「久しぶりだな……。本当に、あの人がここにいるのかな?」
 霧に包まれた森を見回して、ランディは呟いた。
 惑星視察のために外界へ出てきたランディだったが、その帰りにある高名な芸術家がこ
の星にやってきたという話を耳にしたのだ。まだ年若く、非常に美しい青年の姿をしたそ
の芸術家は、人嫌いらしく滅多に村には降りてこないという。
 それだけでも十分だったが、以前にも短期間だけこの地にいたと聞いて確信した。
 セイランさんだ。
 <深き霧の惑星>の、以前住んでいたあの小屋に、帰ってきたのだ。だが、名前以外の
そのすべてが謎に包まれている彼が、一度離れた地に再び戻ることがあり得るのだろうか。
 まして、この地を去ることになったきっかけは──。
 あの旅の日々は夢だったのではないか。そう思う時が度々ある。だが深い霧を抜けて現
れた小屋は、あの時と変わらずそこにあった。
 ハヤ
 逸る胸を押さえて大きく息をする。まだ足りない気がして、肩に掛けていた荷物を下に
置き、両手をつけて深呼吸をした。
「こんなところで体操かい?」
 ふいに背後からかけられた声に、深呼吸の途中、息を思い切り吸い込んだところで身体
が止まる。
「まさか、道に迷ってここに辿り着いたなんてことは言わないだろうね。部屋を間違える
よりもタチが悪いよ」
 息を詰めたまま、ゆっくりと振り返る。俺、まさか霧のお化けに騙されてるんじゃない
よな……?
 振り向いた先には、青紫色の髪を肩で切り揃えた美貌の青年が、皮肉げな表情の中に優
しい歓迎の笑みをたたえて佇んでいた。
「セイランさん……」
 ため息のように吐き出される名前。
「久しぶり」
 そう言ってかの人は、何度も夢に見た、独特の楽しむような皮肉るような微笑みの形に
薔薇のような唇を歪めたのだった。


「セイランさん、何時ここに戻ってきたんですか? それまではどこに?」
「あちこちの惑星を点々としてたよ。ここに戻ってきたのはつい一月前、ほんの気まぐれ
さ。まさか、あなたが深呼吸をしている場面に出くわすとは思わなかったけどね。女王試
験の夢を見ているのかと思ったよ」
「も、もうその話はいいですよ……」
 恥ずかしいところを見られてしまったと頬を赤らめるランディに、セイランは楽しそう
な目を向ける。
「ランディ様は変わってないね」
「え、そうですか? 俺、あの闘いを終えて、少しは成長したと思ってたんですけど……」
「くっ、……そういうところが変わってないんだよ」
 口元に手を当てて、肩をすくめるようにしてセイランは笑う。変わらないその仕草を愛
しいと思う反面、自分はまだ子供扱いなのだと、ランディは思う。
 呼び方こそ「ランディ様」で「あなた」だが、それ以外はまったく対等──いや、自分
の方が優位に立っているといった態度をセイランは崩さない。別に自分が優位に立ちたい
というわけではないが、もう少し認めてくれてもいいんじゃないか、ついそう思ってしま
うのだ。
 一方セイランは、くるくるとよく変わるランディの表情を眺めながら、彼の新しい魅力
に釘付けになっていた。
 考えていることを少しも隠せない幼さはあまりにも変わりなく、苦笑を禁じ得ない。だ
が少し逞しくなったように思う外見だけでなく、表情ひとつとっても、試練を乗り越えて
大きく成長したのは間違いないだろう。
 何よりも……、瞳に宿る力が以前よりぐんと増している。
 勇気を運ぶ風の守護聖にふさわしい、晴れ渡った空の色をした瞳には強い意志が宿って
いる。こうと決めたことをやり遂げる力、くじけずに、ただひたすらに真っ直ぐ前へと進
                           ウト
む力、そして、明日への希望を信じる力。そんな彼の気質を疎ましく思ったこともあった。
己の持ち得ない魅力を持ち、辿ることのなかった愛に包まれた日々を思い出に持つ彼への、
それは嫉妬だった。
 あなたは、僕が自分でも気付かずにいた僕の心を暴き出したんだ。砂漠に吹く風が、砂
に埋もれた宝箱を掘り起こすように。
 箱の中に入っていたものは、「希望」──どこかで耳にした伝承を思い出した。あまり
に似合いすぎている。
 ふいに笑い出したセイランにランディは慌ててたずねた。
「え? 俺、なんか、……ヘンですか?」
 セイランはついに声を出して笑い出した。珍しさに驚きながらも、ワケの分からないラ
ンディは所在なく立ち尽くしていることしかできない。
「相変わらずですね。いや、もしかするとパワーアップしているかも知れないな」
「へ?」
「ふふっ。──ランディ様、久しぶりにあなたの絵を描きたいな」
「え? ──あ、ああ、いいですよ」
「中へどうぞ。あまり片付いてはいないけど、構わないよね」
 そう言ってセイランは、先に立って小屋の中へと入っていった。

NEXT PAGE



Parody Parlor    CONTENTS    TOP