*          *         *


 部屋の中は、雑然としているような殺風景なような、不思議なバランスで僅かな家具が
置かれ、絵や彫刻がその間を飾っていた。
「……セイランさんらしい部屋ですね」
                                                                      イチベツ
 見回して、ランディは素直な感想を口にする。セイランは片眉を上げてランディに一瞥
を投げてから、おもむろにランディに向き直った。一瞬考え込むような表情を見せ、くる
りと背を向ける。椅子やイーゼルなどを取りに向かいながら、じゃあそこに座って、と言
う口調でセイランが言った台詞は──。
「じゃあ服脱いでそこに立って」
「え、────ええっ!?」
 どっと赤くなったランディに、セイランは冷ややかな声を投げる。
「言っておくけど、その服を描くつもりはかけらもないからね。それともあなたは、そん
な疲れた旅装束で僕の絵に残りたいのかな」
 そこまで言われては脱がないわけにはいかない。ぐっと手を握って覚悟を決めると、ラ
ンディは上衣の裾を掴んで威勢良く脱ぎ捨てた。下衣も靴もすべて脱いで、セイランに声
をかける。
「セイランさん。──これでいいですか」
 振り向いて、一瞬セイランは言葉を失った。ランディの背後にある窓から、あつらえた
ように光が射して若い裸身を際だたせている。
「太陽の神……だね」
「え?」
「アポロンって知ってるかい?」
「……いいえ。なんですか?」
「そういう名前の太陽の神を信じている人々がいるそうだよ。子供のように無邪気で天真
爛漫な神。その力強い輝きは人々に生きる力と希望を与え、美しくしなやかな青年の姿を
している。──あなたのことだ」
「それって……」
「一応褒めているつもりだけど?」
「一応、ですか?」
 その問いには答えずセイランは、椅子に腰を下ろしキャンバスの位置を調整して脚を組
んだ。
「動かないで、そのまま」
 言うなり自分の世界に入ってしまったセイランに、ランディは追求を諦めそっとため息
をついた。こうなってしまうとセイランには周りの音など聞こえてはいない。ただ目の前
にあるモチーフとセイランとの、目に見えない、言葉にならない対話があるだけだ。今回
はそのモチーフが自分であるだけまだマシというものだろう。
 セイランはランディとキャンバスとを何度も見比べては手を動かしている。その眼差し
はランディを見つめるときとはまた違った、熱い輝きを秘めていて、ランディの胸に軽い
嫉妬にも似た思いがよぎる。けれど同時に、普段の冷ややかなそれとは比べものにならな
い真剣な眼差しの熱さを、愛しいと思い美しいと感じる自分がいるのも確かだった。
                セイヒツ   ソウゴン
 ゆっくりと穏やかに時が流れる。静謐とも、荘厳とも言って良い時間だった。
 しばらくして、ふっとセイランの眼差しが変わった。だが視線の往復も手の動きにも変
化は見られない。
「……腕が、少し逞しくなったね。肩のあたりも」
 唐突に話しかけられてランディは驚いた表情を見せたが、すぐに破顔して、そうなんで
すよ!と叫んだ。
「やっぱり実戦って違うんですね。聖地に帰った後、剣の稽古をつけてもらってオスカー
様にも少し上達したなって言われたんですよ! いろいろと辛いこともたくさんあったけ
ど、皇帝がしようとしたことは許されないことだけど、俺、みんなと旅ができて良かった
と思ってます。……セイランさんにもまた会えたし」
「────驚いたな。剣の腕だけじゃなくて、口も少し上手くなったみたいだね。それこ
そオスカー様にでもあちこち連れ回されたのかな」
「〜〜セイランさんっ!!」
「ああ、まだ動いちゃダメだよ」
「うっ……」
 笑みを刻んでいたセイランの頬にゆっくりと緊張が戻る。再び芸術の世界へと飛び立っ
てしまったセイランを、ランディは見るとはなしに見つめていた。そしてまた、あの静謐
な時間が取り戻されたように思えたのだが。
 ふと、セイランの視線がそれまでと異なる輝きを帯びた。ランディの姿を写し取る動作
は変わらない。ただ、その眼差しが。
 何とはなしにセイランと視線が合って、ランディは一瞬違和感を覚えた。セイランが、
こちらを見ていた気がしたのだ。いや、目が合ったのならそれは当たり前なのだが、描く
対象としてではなく、自分を見ていた、そんな気がしたのだ。いや、気のせいだよな。そ
う思って他のことを考えようとすればするほど、その違和感は大きくなる。ちらりとセイ
ランを見やって、──ドキリとした。
 セイランが、こちらを見ていた。熱い眼差しを以て。ふいに“見られている”羞恥がラ
        ウロタ
ンディを襲った。狼狽える姿を楽しむように視線をはずすと、セイランはまた作業に戻っ
てしまう。
 軽く首を傾げるようにしてキャンバスに向かう青紫色の髪の間から、紅い唇が見える。
薔薇の花びらのようなその唇がやけに濡れているように見え、ランディの心をよりざわめ
かせた。見ないようにしようと視線を逸らすと、熱い眼差しが追いかけてくる。困惑して
セイランに視線を戻すともう、セイランは軽くうつむいていたが、口元にはそれと分かる
くらいの薄い笑みを浮かべていた。セイランの意図が読めず、ランディは助けを求めるよ
うな思いでセイランを見つめる。けれどその身体が敏感にセイランの望みを感じ取ってい
るということを、セイランは知っていた。
 軽くため息をつきながら腕を組み、キャンバスの中のランディを見つめる。どこか陶然
とした、それでいて意地の悪い笑みを浮かべると、セイランは口元に当てた指を舐めた。
ランディが思わず息を飲む。見せつけるように、セイランは自らの指を愛おしそうに舌で
辿った。
 もはやランディにもその意図は明確だった。けれどセイランはランディを見ない。自ら
描いた偶像の太陽の神に視線を向けているだけだ。それなのにランディには、自分自身が
まさにその熱い眼差しを受けているかのように感じられていた。セイランの視線が、羽毛
  ハケ
の刷毛のように身体中を撫でている気がする。触れるか触れないか、そんな微妙で、効果
的な、そしてセイランらしい意地の悪さをもった動きで。
 ちらりとセイランの目がランディを見た瞬間、ランディの喉が音を立てた。セイランの
唇が満足げに歪む。そしてまたキャンバスへと目を向ける。
              カオ
 獲物を待ち伏せる獣のような貌をしていると、セイランは自覚していた。そう、自分は
待っているのだ、美しい太陽の神が再びこの手に落ちるのを。
 身体をくすぐるもどかしさに耐えられなくなったランディがセイランの名を呼ぼうとし
たまさにそのタイミングで、セイランはすっと立ち上がった。しなやかな猫のように音も
           エンゼン
なくランディに近寄り、婉然と微笑む。
「セ、セイラ……」
 言いかけた唇を軽く塞いだ。けれどランディの唇が強く押しつけるような動きを見せる
とすぐに身を引いてしまう。先手を打って手を握り動きを止めると、ランディの唇の形を
なぞるように舌で辿り、瞳を光らせた。
「切羽詰まっているみたいだね」
 情熱の証に手を伸ばすと、喉の奥からくぐもった呻きが漏れる。セイランはそのまま身
       ヒザマヅ
を落として床に跪いた。
「え……」
 つられて視線を落としたランディを見あげたまま、セイランはことさらに唇を笑みの形
に歪め、自分の唇の内側の輪郭を見せつけるようにゆっくりと舌で辿る。そして脈動を伝
えるランディの情熱を握り直すと、舌を伸ばしてその先端を舐めあげた。
「ッ……!!」
 びくりとしなやかな裸身が揺れ、反射的に浮いた右手が青紫色の髪を掴む。
 率直な反応に気をよくしてセイランは、さらに手の中のものの形を辿るように舌を這わ
せ、口の中に含んだ。そのたびにランディの身体は正直な反応を返す。セイランの髪の間
に指を差し入れ頭を抱え込むような形で押さえつけていたランディの口から、やがて切迫
した声が上がった。
「うっ……、セ、ランさ……っ、もう、放し……!」
 慌ててセイランの頭を引き剥がそうとしたが間に合わず、小さな叫びとともにセイラン
の口元と手が白く濡れた。
 荒い息をつきながら謝るランディを見つめ、セイランは指を濡らすものを舐め取る仕草
を見せつける。
 次の瞬間には、セイランはもうランディの腕の中に抱き込まれていた。
「セイランさん……!!」
  余裕のないキスが口腔内を嬲る。向き合って互いに床に膝をついた姿勢のまま、何度も
繰り返されるキスの合間に名を呼び、身体を辿り、服に手をかけて、最初の激情が峠を越
える頃にはセイランの衣服はほとんどはだけられていた。
 白い首筋に胸元に与えられるキスも、乱暴にさえ感じられるほどに情熱的で、セイラン
の身体はすぐに幾つもの紅い花におおわれた。
「痛……っ」
「あっ、ごめ……」
                                   シ ル シ
 ふいに上がった声に反射的に謝って、ふとランディは腕の中の身体に咲いた所有印の多
        タメラ
さに気づく。一瞬躊躇って、けれど今さら止まれるはずもなかった。
「セイランさんごめん、でも」
「ちょっと待ってよ、まさかここでするつもり?」
 寝室は、そこのドアを開ければすぐだ。学芸館の私室に比べたら、この小屋すべて合わ
せてもまだ狭い。
「…………挑発したのセイランさんじゃないですか」
 責任取ってくださいよ、と言わんばかりの口調に思わず苦笑が漏れる。少し男らしさを
増した肩に両腕を乗せ、セイランはいたずらっぽく囁いた。
「あなたの身体がとても魅力的だったからね。──触りたくなったんだ」
 応えるように、セイランの腰を抱く腕に力が入った。


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