*          *         *


 ふう、と息をついて気怠い視線を窓の外に投げると、空はすでに夕暮れの色をしていた。
山里は日が落ちるのが早い。すぐに景色は夜の闇に飲み込まれ、星々の時間がやってくる。
 ドアのすき間から入り込む湿り気を帯びた冷気が、火照った身体に心地よい。
「──それにしても、しばらく会わないうちにずいぶん上達したんじゃないの? やっぱ
り誰かに手ほどきでも」
 冷ややかな物言いに、ランディは大きくかぶりを振った。
「な、なんてコト言うんですか!? 俺は毎日あなたのこと考えて、……!!」
 言い募ろうとして、ふいに言葉に詰まる。見る間に赤くなるランディに、ひどく楽しそ
うな声が追い打ちをかけた。
「僕のことを考えて?」
「ぅ…………」
「イメージトレーニングでもしてたのかな」
 息を詰めていたランディがキッと顔を上げた。頬を染めたままセイランを睨むが、迫力
はかけらもない。
「……っそうですよ!! 悪いですかっ!?」
 ぷいっと横を向いてしまったランディを、くすくす笑いながら見つめるセイランの眼差
しはとても優しい。
 嬉しいことを言ってくれるじゃないか、──毎晩のように僕のことを考えてくれていた
んだ? なら、僕がこの地に戻ってきたのも報われるってものさ。
「ねぇランディ様、女王試験の後、なぜ僕がこの地に辿り着いたのか、そしてなぜ今また
ここに戻ってきたのか、あなたにはわかる?」
「え?」
「この、深き霧の惑星のさらに山里の奥深く、こんなところに僕が暮らしている理由を。
人嫌いの僕には確かにうってつけだけれど、それだけじゃない。──わかるかな」
「えっと……、セイランさんって、霧、好きでしたっけ?」
 思わず呟いた途端に、呆れたようなため息が聞こえた。慌てて手を振り弁解する。
「いや、そうじゃなくって……!!」
「くっ……。まあ、おまけで正解にしてあげてもいいかな」
「え?」
 セイランは窓の外に視線を移した。暮れゆく紫のグラデーションを見つめるセイランの
瞳は、優しく、穏やかだ。
 綺麗だ。改めてランディは思う。彼こそが、至高の芸術のように。
「初めてここに来たとき、心に浮かんだんだ。──あなたと初めて話をした、朝霧に包ま
れた聖地の光景に似ている、って」
「…………セイランさん」
 ゆっくりと目を見張ったランディに甘やかな眼差しを返し、セイランは言を継いだ。
「僕もあなたと同じ気持ちだったってことさ」
 ──ずっと、あなたに、会いたかったんだ。


 セイランが小さなくしゃみをした。慌ててランディが腕の中に包み直そうとするのを抑
えて、セイランが口を開いた。
「いつまでもこんなカッコをしてたら風邪をひいてしまうよ。まあ、あなたは大丈夫だろ
うけどね」
「そんな、セイランさん! 俺だって風邪くらいひきますよ──たぶん」
 途中で自信がなくなったのか、小さくつけたされた言葉にセイランが笑った。ランディ
の好きな、あの肩をすくめる笑い方で。
 しょうがないから今晩はここに泊めてあげるよ。服を身につけながら、笑いのおさまら
ない口調でセイランが言った。
「え、いいんですか!?」 
「いくらあなたでも、こんなに暗くちゃ今から村へ降りるのは無理だろう? 言っておく
けど、上等な食事もベッドもないからね」
「もちろんですよ! 俺、セイランさんと一緒にいられるだけで嬉しいです!!」
     オクメン                ミハ
 あまりに臆面のない台詞に、セイランの瞳が軽く瞠られる。ふいと背けた白い頬に赤み
がさすのが見えた。
「まったく、あなたって人は……」
「え。だって好きな人といられるのは嬉しいですよ。女王試験が終わって、これでもう一
生会えないのかって思ったときは、泣きそうなくらい悲しかったんですよ。それが、重大
事件のため、戦いへの旅とは言え、あなたにまた会えて──いろんな景色の中でセイラン
さんを見られて、俺はすごく嬉しかったんだ。それだけでいいって思ったんだ。だけど」
 セイランの頬に軽く手を当て空と海の視線を合わせて、ランディは続けた。
「今、またあなたに会えた。手の届くところにあなたがいて、こうして触れることができ
る。夕暮れの空みたいな髪の色も、薔薇のような唇も、俺を見つめてくれる優しい眼差し
も、全部、本物だ。俺に触れた手も──」
 すっと手を落とし、白い神経質そうな手を握る。自分とは違う、その細い指を万感の思
いを込めて見つめ、唇を押しつけた。
 顔を上げ、手をぱっと放すと途端に頬が染まり、栗色の髪が無造作にかき上げられる。
「あっ、と、俺……。なんか、……照れるな」
「まだ修行不足だね。教わらなかったかい? そういう台詞は最後まで言わなくちゃダメ
だよ」
「セイランさ……」
 柔らかな栗色の髪ごと手を握り、顔を上向かせて、唇を触れ合わせた。
「好きだよ」
「セイ、」
 魅惑的な瞳を輝かせて告げ、けれどセイランはさっと立ち上がってしまう。名を呼びか
けた唇と伸ばした手が空しく置き去りにされた。
 僕も、これだけでもう十分だよ。あなたがそう言ってくれるなら、これから先の一人の
時間を、無駄に悲観的にならずに生きていけそうだ。
 夕食の準備にキッチンへと向かったセイランを追いかけ立ち上がったランディが、ふと
キャンバスを振り返った。
      アサモヤ
 そこには、朝靄を切り裂く光を放つ、一人の若き神の姿が描かれていた。


   こめんと(byひろな)     2000.10.14

1000番をGetしてくださったコハクさんからのリクエストは、
『甘甘のラン×セイで。やおいはちょっとでもあればいいです。』
だったのですが……甘甘……甘、くらい?……やおい、ちょっとか……?(苦笑)
セイランといえば誘い受け、誘い受けといえばセイラン、というようなイメージが定着しつつある
今日このごろなセイランさんですが、HIRONAはめちゃめちゃ苦手です。
今回も、これ書くのめっちゃめちゃ苦労しました。マジで。セイラン嫌いになるかと思ったモン(笑)
もともと、リクエストをいただく前にちらっと浮かんだランセイ話(“ArtMoist”:制作中)があった
ので、その延長線上で考えてみたんですが……。
Hが入るので、よりディープにってことで、タイトル“DeepMoist”、ヒネリがないな。
ちなみにこの話、最初に浮かんだシーンは、エロ画家・セイラン(笑)な、あのシーンだったりします。
でも当初の予定より遙かに……いや、ナニも言うまい。
くそうセイランめ、ランディにナニするのサ〜(怒)←おまえだって。
しかしセイラン、そりゃぁ誘ってるっつーより襲ってる、つーかソレってもしかして「視●」じゃ!?(爆)

ランディくんはひたすら希望・前向きなイメージ。セイランさんは、バカらしいと思いつつも後ろ向き
な考えをしてしまうヒトというイメージがなんとなくあります。きっとセイランさんはランディくんの
そんなところに惹かれるんだろうなと。
そういやパンドラの箱やら太陽神アポロンやら、地球の神話をたくさん引用しましたが、いいよね?
どっかにあっても良いでしょ、こういう伝承。


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