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   Little Birthday

 鏡を見ながら髪にリボンを結んでいると、来客を告げるベルが鳴った。
「はーい」
 ドアに向けて返事をし、手早くリボンの形を整える。ぱたぱたと駆け寄りドアを開けて、
アンジェリークは翡翠の瞳を丸くした。
「ランディ様っ!?」
「やあ、おはようアンジェリーク。君さえ良ければ、今日は一日、俺と過ごしてくれない
かな」
 その申し出に、思わず手を口元に当てる。
「あっ、……なにか用事があるなら、別に無理にとは」
「あっいいえ! 違うんですランディ様! ──よろこんで!」
 そのまますぐにでも帰ってしまいそうなランディを慌てて引き止める。勢い込んで、ア
ンジェリークは両手をぎゅっと握りしめていた。
「本当かい? 良かった!」
 安堵の吐息と一緒にランディは笑顔をもらし、照れながらも空色の瞳を真っ直ぐにアン
ジェリークに向けた。
「じゃあ、行こうか──アンジェリーク」


                    *          *         *


 ランディと共に公園を歩くと、たくさんの人に声をかけられる。ランディはそのひとつ
ひとつに元気良く挨拶を返しながら、その度アンジェリークを見て、はにかむように微笑
んだ。アンジェリークもまた、皆に挨拶と笑顔を返す。
「いい天気だね。こんなに気持ちいい風が吹いて──こんな日はさ、部屋にこもってるよ
り、やっぱりどこかに出かけたくなるよな」
「ふふっ、そうですね」
 両手を広げ、大空を満喫するように息を吸い込む。アンジェリークも同じように深呼吸
をして、二人顔を見合わせ笑みを交わした。
「ランディ様、お姉ちゃん、こんにちは! 一緒にあそぼう?」
 二人の姿を見つけて、公園で顔馴染みになった女の子が駆け寄ってきた。ランディはア
ンジェリークを見やり、彼女が頷くのを見ると少女の前にしゃがみ込む。
「いいよ。何して遊ぶんだい?」
「んーとね、んとね、──かくれんぼ!」
「よし、じゃあ俺がオニになるから、20数える間に隠れるんだぞ!」
「わーいっ! お姉ちゃん、行こっ」
 アンジェリークの手を引いて、少女は走り出した。


「ランディ様、お姉ちゃん、またねー、ばいばーい!!」
 ぶんぶんとちぎれるほどに手を振る少女に同じように手を振り返し、アンジェリークは
ふっと満足げにため息をついた。
「おなかすいたね、お昼にしようか」
「はい、ランディ様」
 風の守護聖ご推奨の公園入口の露店で、ホットドッグを3つとコーラ、グレープフルー
ツジュースを買い、二人並んでベンチに腰を下ろす。目の前を行き過ぎる人々を眺めなが
ら食事を終えると、ランディはアンジェリークを高台へと誘った。
「ちょっと歩くけど、そこからの眺めがすごく綺麗なんだぜ!」
 ワクワクする気持ちに押されて、アンジェリークは元気に返事をした。
「はいっ、行きましょう、ランディ様!」


                    *          *         *


 道行く人々に挨拶しながら歩くうちに、だんだんと人通りが少なくなっていく。なだら
かな斜面を登り息をつくと、二人を歓迎するように心地よい風が吹き抜けていった。
「わぁ……っ、すっごーいっ!!」
「だろう?」
 歓声を上げるアンジェリークに、ランディはちょっと得意気に笑う。
「景色も綺麗だし、風が、ほら、すっごく気持ちいいだろ? 俺のお気に入りの場所なん
だ。──ジュリアス様とオスカー様も、馬に乗ってよく来るらしいよ。俺は、朝のロード
ワークのついでに走って来ちゃうんだけどさ」
 草むらに直に座り、そのまま仰向けに身体を倒す。瞳を閉じて、青空を抱きかかえるよ
うに両手を広げて。
「うん、気持ちいい。生きてるって感じがするよな。君もどうだい?一緒に──あ、服が
汚れちゃうよね、これ下に敷いていいよ」
 ランディは一度身を起こすと、肩からマントをはずし、自分の隣にばさりと広げた。
「はい! いいよ、座って」
「ありがとうございます」
 ふふっと笑ってマントの上に腰を下ろす。そして、ランディと同じように仰向けに寝っ
転がり、両手を広げた。
「ほんと……気持ちいい…………」
「だろ?」
 二人で青空を流れる雲を見つめ、何の形に見えるかを考える。
「あっ、あの雲、ちょっとチュピに似ていませんか?」
「え、どれだい?」
「あれです、えっと、小さい丸いのが2つある隣」
「あ、ほんとだ。──あっ、その隣の雲、君のリボンの形だ」
「え?」
「ほら、ちょうど、──あっ」
 雲を差した指と一緒に顔を横に向けたら、ちょうどこちらを向いたアンジェリークと目
が合ってしまった。二人同時に息を詰め、頬を染めて笑うのまで同じタイミングだ。
「ハハ、なんか、照れちゃうね。──でも、ちょっと嬉しいって言ったらヘンかな?」
 アンジェリークはそっと首を横に振った。
「そうかい? 良かった。──今日、晴れてよかった。君と一緒に、ここに来られて嬉し
いよ」
 ふっと真剣な眼差しになり、やわらかい声がそよ風のように囁いた。
 もう少しだけ、こうして一緒に空を見ていよう……?


                    *          *         *


 寮へ帰る途中、また公園の前を通り過ぎる。と、ランディがふいに立ち止まった。
「ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」
 何事かと思って見守っていると、ランディは公園入口に店を出している花屋へと近づい
ていった。しばらくして戻ってきたランディが胸に抱えていたのは、色とりどりのチュー
リップの花束。
「お待たせ! ──はい、アンジェリーク、誕生日おめでとう!」
「──え?」
「ハハッ、やっぱり忘れてたな! 俺はちゃんと覚えてたよ、君の誕生日!」
 アンジェリークは驚きのあまり、翡翠色の瞳をまん丸に見開いた。大陸の育成で日々忙
しくて、そんなこと、すっかり忘れていた。
「ランディ様、もしかして今日それで……?」
 二・三度瞬きをして、やっとのことで、けれどまだ呆然として呟くと、得意気な笑みと
ともに肯定の答えが返った。ちょうど背後から午後の光が射して、花束を抱えたランディ
の姿を照らしている。いつもよりもっとずっと、キラキラと輝いているようにさえ見えて、
──アンジェリークの頬が見る見る赤くなった。
「誕生日、おめでとう」
 もう一度、今度は囁くような言葉とともに花束を差し出され、アンジェリークは真っ赤
になりながらも大事そうに花束を受け取った。
「……ありがとうございます、ランディ様」
「うん。──じゃあ、行こうか」
 そしてためらいがちに差し出された手。おそるおそるその手に触れると、少ししてぎゅっ
と握りしめられた。顔を見合わせて、照れて笑う。そして二人はゆっくりと歩き出した。


「──今日一日、君と過ごせてよかった。君もそう思ってくれてると嬉しいな」
 寮の部屋までアンジェリークを送り、ランディはそう言って笑った。
「はい、とっても楽しかったです。ありがとうございました」
「本当かい? 良かった、がんばって色々考えた甲斐があったよ。──本当にものすごく
考えたんだぜ!」
 力説ぶりに思わず吹き出すと、そんな力一杯言うことじゃないよな、とランディも笑っ
た。栗色の髪をかき上げるようにして、くしゃりと髪に触れる仕草、ランディの照れたと
きの癖だ。──今日はもう、そんな彼をどれだけ目にしただろう……?
「でも、本当に一生懸命考えたんだ。なんたって、大切な君の誕生日だからね。
 この日に君が生まれたから、俺たちはこうして出会うことができた。だから感謝しない
と。君を産んでくれた君のご両親に、そして生まれてきてくれた君に……」
 前髪越しに、額にやわらかくあたたかい感触があった。口づけられたのだと知り、アン
ジェリークの頬が再び赤くなる。
「誕生日おめでとう。大好きな、俺のアンジェリーク」


                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2000.11.28

あっはっは。なんと自分の誕生日のために話を書き下ろす女、相川ひろな(笑)。
初のランリモが、こんな超自己満足なモノになるとは思っていませんでした……。
そして自己満用なので、場面のつなぎを考えていません、好きなシーン・書きたいシーンだけピックアップ状態。いつも書いてる他の話も、最初はこんな感じで、後からハイライトシーンをつなぐ流れを考えるのですよ。……貴重な舞台裏ってヤツ?(笑)
公園での昼食シーン、なぜアンジェがグレープフルーツジュースを頼んでいるかというと、私が好きだから(笑)。ただそんだけっす(笑)。

そして、ランディ様がアンジェにチューリップの花束(しかも色とりどり・笑)を渡すシーン、まさにこの、花束抱えてキラキラしているランディ様のイラストを、我が愛しの相棒・蒼月リヒトが描いてくれました!! → ここからGo!!
っつーか、正確には逆っす。りっひーが誕生日プレゼントにくれたこのイラストを見て、HIRONAちゃんモエモエ(思わずA4サイズでプリントアウト・笑)、いきなし思い立ってお話書いちまったのさ。




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