Peaceful World


 詰め襟姿の衛兵が、表情に見合った固い声で、品位の教官ティムカの到着を告げた。
 静かに一歩を踏み出す女王補佐官ロザリアの視界に、鈍いオレンジの民族衣装に身を包み片手を胸の前に掲げた礼を取る幼い王子の姿が捉えられる。
「ごきげんよう、ティムカ。よく来てくれましたね」
 微笑みながらも凛と響く声に萎縮する者も多い。だがこの少年は初めから、ロザリアの目をまっすぐに見つめてきた。むろん、それが失礼に当たらない程度での話だ。
 挨拶を返し、弱冠14才にしてこの度の女王試験の教官を務める少年は、小さく瞬きをすると首を傾げた。そうすると、途端にその年らしい幼さが現れる。墨色の瞳が不安を映してかすかに揺れたのを見て、ロザリアはふっと表情をやらわげた。
「そんなに固くならないで結構よ。堅苦しいお話ではないの。むしろ本来なら私たちがあなたのもとに赴くべきなのですけど……」
「ねぇロザリア、堅苦しい前置きはいいから、早くお茶にしましょうよ」
 言葉を濁すロザリアの背後から、鈴を震わせるような声が届いた。かすかに響くそれではなく、小さめの鈴を、複数一度に鳴らしたような音色だ。辺りがいっぺんに明るくなったようにさえ思えるその声の持ち主に、ティムカはただひとり心当たりがあった。
「──女王陛下!?」
「うふふっ、あったり♪」
 いやに弾んだ調子で答えて何重もの紗の後ろから現れたのは、紛れもなく宇宙の運行を見守り星々の秩序を司る、女王陛下その人であった。
「陛下! 私がお呼びするまでおとなしくしていてくださいと申し上げたでしょう!」
「だってロザリアったら前置きが長いんですもの。時間は限られているのよ、有効に使わなくっちゃ。──ねぇ、ティムカ?」
「えっ。え、ええ……」
 話を振られ、思わず頷いてしまってから、ティムカは困ったように眉をひそめた。代替わりしてまだ間もないこの女王は、しばしばこのように気さくな言動で周りの人間を戸惑わせる。ティムカの故郷の皇后、すなわちティムカの母も、その出自故か皇后らしからぬ気さくな人物ではあったが、この若き女王はそのはるか上を行く……と、ティムカは思った。
「つまりはね、この度の女王試験について、そして聖地での生活について、あなたの正直な気持ちを聞かせていただきたいと思ってお茶の席を用意したというわけなの」
 諦めたように息をついて、ロザリアが告げた。後を女王が引き受ける。
「ホントはあなたの暮らす部屋の様子を見に行きたかったんだけど、それはロザリアにダメって言われちゃったから、あなたの方に来てもらうことにしたのよ」
「僕の、部屋の様子……ですか?」
「ええ。何か不自由なことはないかとか、どんな部屋でどんな生活をしているのかとか、話に聞くより実際に見た方がわかるでしょ?」
「──そんなことを言って。どうせそれにかこつけて遊びに行きたかっただけなんじゃないですこと?」
「もうっ、ロザリアったらひどいわ! 女王補佐官なんだから、少しは女王の威厳を保つ手伝いしてくれたっていいのに」
「保つも何ももともと威厳なんかないでしょ! 最初っから“親しみやすい路線”だったクセに何言ってるの。──あら、」
 くすくすと笑いだしたティムカに気付き、ロザリアが軽く咳払いをする。陛下と補佐官の漫才──と言いきることができるのは、守護聖の中でもゼフェルやオリヴィエくらいだろう──が聞けるのは、聖地が宇宙が、今日も平和である何よりの証拠だ。


「──先日はランディ様に滝の上からの景色を見せていただいたんです。すごいですね、いつもは見上げるばかりの滝を見下ろすことができるなんて! 湖や、その先の川の流れもいつもとはまるで違って見えて、改めて聖地の美しさを実感しました」
 瞳を輝かせて語るティムカに、女王アンジェリークと補佐官ロザリアは、それぞれの体験を思い出して微笑みを交わした。
 この世でたったひとりの高貴なる存在である女王陛下とのお茶会の席に、ティムカも初めは緊張を隠せない様子だったが、女王の気さくな人柄も手伝って、今では年若い守護聖達と過ごすのと同じように歓談を楽しんでいる。
「私も女王候補時代に行ったわ。素敵なところよね。あ、でも今の話、ジュリアスにはしちゃダメよ、怒られるから」
「はい、ランディ様にも言われました。ジュリアス様には内緒だって」
「まあっ! 相変わらずね、ランディも。でも良かったわ。あなたたちが来たおかげで、ランディやゼフェル、マルセルもずいぶん張り切っているみたい」
「そうなんですか?」
「ええ。やっぱり同年代の方が何かと気も合うし、休日に遊ぶにも大勢の方がいいでしょう?」
 王太子という立場上、やはり遠巻きに見られることの多かったティムカには、その気持ちはよりよくわかった。人を束ね、人の上に立つ者ほど、日々のささやかな喜びを忘れるべきではないのに、実際にはそれはなかなか難しい。だがこの地に来て、そのささやかな触れ合い・喜びが溢れていることに、ティムカは驚き、そして喜んだ。
「女王候補たちの調子はいかが? 真面目に学習に取り組んでいるかしら」
「ええ。お二人とも僕の話をとても熱心に聞いてくださっています。お二人との会話から、僕が学ぶこともとても多いんですよ」
 そう言って、ティムカは屈託のない笑みを浮かべた。そんななにげない仕草にも、育ちの良さが窺える。品を感じさせる立ち居振る舞いとは、まず相手に不快感を与えないということだ。さりげない気遣いは、守護聖を始め宮殿に仕える者たちをまとめ、宇宙を導く二人の少女に必要な資質のひとつだ。女王よりもむしろ、補佐官に必要と言える。
「そう、それはとても良いことですわ」
 幼い頃より女王としての教育を受けてきたロザリアは、この度の女王試験と現在の聖地の姿を思って微笑した。こんなふうに、女王が頻繁に皆の前に姿を現し、あまつさえ茶会の席をともにするとは思わなかった。だがそれを良いことだと感じる自分がいる。ロザリアを変えたのは、にこにこと幸せそうにスコーンを頬張っている女王陛下自身に他ならない。女王候補時代、何かと頼りない彼女の世話を焼きながら、ロザリアもまた彼女から様々なことを教えられた。そうやって互いに高め合っているける友人に出会えることは、とても幸福なことだ。
「ティムカ、私たちは、あなたを品位の教官として迎えることが出来たことを幸福に思うわ。あなたと出会えて良かった。あなたもそう思っていてくれるといいのだけれど」
「もちろんです! 僕、こちらに来て、毎日が新鮮な驚きと喜びに満ちていて……。初めは不安でしたけど、今は自分にできることを精いっぱいがんばろうと思っています。皆さんとの触れ合いの中で、僕自身成長していきたいです」
「ええ、そうね。とても良い心がけですわ」
 頷いたロザリアの隣で、女王陛下は悪戯っぽい眼差しで首を傾げた。
「ねぇ二人とも。良い心がけもいいけどね、一番大事なのは、何でも楽しむことよ♪」
「あはっ、そうですね!」
「もう、陛下ったら……」
 すべてを楽しみすべてを愛する女王陛下の力に守られて、聖地は今日も穏やかだ。



fin.





こめんと(byひろな)     2005.3.21

ひろなもメッセージ作成をお手伝いさせていただいている、ASOこと【Angelique Special Online】の、スタッフ応募の際のスキルシート用に書いたお話のうちのひとつです。これでラスト。
お題は「補佐官や女王と会話する守護聖(教官&協力者)」
と、いうことで、ティムカちゃんwith聖地漫才コンビ……もとい、女王陛下リモちゃん&補佐官ロザりん。
そんでもって今回UPしたお題その3SS『Peaceful World』。その名の通り、平和な世界、ていうか暇すぎな人々(笑)。
リモロザのかけあいはとても楽しくて好きです。ていうか女の子大好き(笑)。あと、ティムカ&ロザリアの気品コンビ(勝手に命名)も好き。
このお題でティムカにしたのは、私の作風というか傾向的に、きっとティムカが担当に回ってくる可能性高いなと思ったこともあり(笑)慣れておこうかなという気持ちがあった気がします。たしか。……なにぶん昔のことなのであまり覚えていませんが(^^;)。
背後にいろいろ前回&今回の試験のエピソードをほのめかしております。やっぱこういう日常ものは楽しい。平和だ。うん。
何か“事件”が起きないと、ゲーム本編や長編CDは難しいですが、こういうSSみたいな日常があるからこそ、非日常が活きてくるんだよな、と。非日常……鎮魂歌の続きも、がんばります。




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