鮮やかな瞬間


「はぁ〜い、遊びに来たよん♪」
 子供たちが眠りについた頃、きらめく星々の光をまとわせて夜闇の中をやってくる者が
ある。
「オリヴィエか……」
 何の感慨も感じさせない声で、クラヴィスは訪問者の名前を呼んだ。
 ひらりとテラスに現れたオリヴィエは、相変わらずの派手な装いをしているが、何故か
煩さを感じさせず、クラヴィスの部屋にもしっくりと馴染んでいる。いつだったかそれを
言うと、場所に合わせて服や化粧を考えるのはオシャレの基本だよ、と見事なウインクが
返った。いつでもどこでも漆黒や濃紺の長衣を纏っているクラヴィスには、とうてい理解
し得ないことである。
「まーた一人で飲んで……。たまにはリュミちゃんでも招んであげたら?」
「あの者は、酒は好まぬ。────それに、そろそろ来るだろうと思っていた」
 クラヴィスの言葉に、オリヴィエはルージュを付けた唇の端を満足げに持ち上げる。ク
ラヴィスの心に呼ばれるのか酒の匂いに誘われるのか、こうして一人杯を傾ける夜には、
ほぼ必ずオリヴィエがやってくる。そして二人で何を話すともなく酒を飲むのが、いつし
か習慣のようになっていた。
「んふっ、やっぱり? ──で、今日は何飲んでんのさ」
 問われて薄い唇が紡いだ名は、宇宙でも指折りのキツイ酒のものだ。
「あーいかわらずスゴイの飲んでんね……。──ん〜、私は水割りにしようかな」
「シェリー酒で割るのも良い。おまえの好みだろう」
「ほんと? じゃあそうしよっと♪」
 弾んだ足取りで棚からグラスとシェリー酒の瓶を取って戻ってくる。勝手知ったる何と
やらだ。優雅な手つきで酒を注ぎ、ハイ、とグラスを掲げる。
 そんな何気ない仕草にさえ、どこか華を感じさせる。存在そのものが派手なのだ。
 だがオリヴィエは、クラヴィスを煩わせない。強すぎる光が与える一種の不快感にも似
た感覚を、クラヴィスがオリヴィエに感じたことは一度もない。それがあまり語りたがら
ない過去のせいなのかはわからないが、何にせよクラヴィスを疲れさせない人間というの
は貴重である。
 紫水晶の瞳が、うっそりと目線を上げるのを待って、オリヴィエはにっこりと極上の笑
みを浮かべた。
「ステキな夜に、カンパイ☆」


                    *                  *                  *


「ん〜、やっぱあんたの手って気持ちい〜」
 うっとりと呟くオリヴィエの髪を、大ぶりな、しかし細い手が梳くように撫でる。
「飽きぬのか?」
「うん、飽きないね。気持ちいい」
 ちょっとひんやりしててちょーどいいんだよね、と目を細めるオリヴィエは、まるで猫
のように、ソファに身を沈めるクラヴィスの膝に頭を預けていた。
「やっぱりさ、キレイなものに囲まれてるトキが一番幸せだよね」
「綺麗なもの……?」
「そ。この手、髪、眼、──みんなキレイだよ」
「別に、自分の容姿に興味はないが……、おまえにそう言われるのは、悪い気はせぬもの
だな」
「ふふっ、そ〜お? アリガト☆」
 言外の称賛に微笑んで腕を伸ばし、手入れの行き届いた爪が漆黒の髪を玩ぶ。
「いつも思うけど、この部屋って夜そのものだね。そのまんまあんただ。ここに来ると落
ち着く、すごい安心する……」
「そうか」
「うん」
 素直に頷きながら、瑠璃より濃い青の瞳が悪戯を思いついた子供のようにきらりと光っ
た。
「夜の闇を支配する眠りの王。──ホント、あんたにぴったりだよ」
「──ヒュプノスか?」
「あっ、やっぱ知ってた? ねーねー、似てない?」
 はしゃいだ口調に、クラヴィスはただ苦笑を返した。ヒュプノスとは、自らも眠りを趣
味とする、少々やる気に欠ける眠りの神の名前である。
「フッ……、そうだな」
 ならばオリヴィエは……と思いを巡らせ、美しく染め分けられた前髪に指を差し入れる。
「──イリス」
 ぼそりと呟かれた言葉に、オリヴィエが問い返す。
「おまえを神になぞらえるならば、虹の女神イリスだ」
 人々の目を奪う鮮やかさ。しかし、数多の色を纏いながらけばけばしさを感じさせず、
ただ純粋に美しいと思わせる調和のとれたその装い。そしてまたそのつかみどころのなさ
も、どこか似ている。
「へぇ……? イイね」
 身を起こし、広い肩に手をかけて、艶めいた眼差しが紫紺の瞳を覗き込む。
「虹の麓には何があるか知ってる?」
「──いや。虹の向こうにあるものなら知っているが」
「虹の向こうには希望がある、ってんでしょ。それもいいけど。──虹の麓にはね、」
 もったいつけて言葉を切り、ルージュをつけた唇が笑みの形に引き上げられる。
「虹の麓にはね、眠りの海があるんだよ」
 鮮やかな笑みが閃いて、シェリー酒の香る唇が押し当てられた。



                                    fin.

   



こめんと(byひろな)     2001.7.8

TOPカウンタ8485をGETしてくださった更紗様にさしあげた闇夢。
個人的にけっこうお気に入りなお話になりました(自画自賛)。
しかし、うちの夢様、なんだか天下無敵かも(^^;)と思った私。なんて言うか…………、甘えてるって言うか甘えてあげてるって言うか? 付かず離れずな二人の関係ってイイですね。CDドラマのおまけ話で萌え〜vだったので、そんなイメージで書いてみたんですが。
そして闇様すっごいひさしぶりに書いたような気が。ホントか? そしてうちの闇サマなので(笑)、攻めでも自ら動きません(笑)。闇の帝王みたいなクラ様も、それはそれでかっこいいんですがね。
闇様というと冥王ハデスというイメージを抱く方が多いかもですが、それじゃつまんないので(笑)、眠りの神様にしてみました。おんなじように、愛と美の女神、じゃ面白くないので夢様は虹の女神です。──この世界にその神様たちがいるかどうかはわかりませんが(苦笑)、ま、どっかの辺境惑星に伝わる神話かなんかだとでも思ってくださいませ。

「虹の麓には、眠りの海がある。」これは、私のオリジナルではなく、以前読んだ小説の中の伝承を借りてきています。虹の生まれるところ、眠りを司るそれを探すたびに出かける人たちのお話。──しかし、<眠り>の上に<虹>があるってことは…………、夢様、上に乗っちゃうんですか?(爆)
──と、書いたら、更紗さんは「夢様って上に乗るの好きそうですよね」と返してくださいました(笑)。いい人だ。てゆーか夢様(夢受け)FAN共通の見解でしょうかこれ?(笑)


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