オリヴィエの館への道を歩いていると、右手から人の話し声が聞こえてきた。聞き慣れ
たその声の方に顔を向けると、向こうもこちらに気づいたらしく、2人がそろってこちら
を向き、……そろって硬直した。
「──おっ、まえ、……マルセルか……?」
 その2人とは、ランディとゼフェルだった。女装させられた姿(オリヴィエに言わせれ
ば女装ではないとのことだが、レースのついた服を着せられた時点で、マルセルにはもう
十分に女装である)をこの2人にはすでに何度か見られているが、やはり恥ずかしいもの
は恥ずかしい。──先ほどオスカーといたときは、自分はリラだと割り切っていたから大
丈夫だっただけだ。
「また、オリヴィエ様にやられたのかい?」
「それにしちゃーヘンだぜ。だってこいつ、オリヴィエの家から出てきたんじゃなくて、
あっちから、あいつんちに向かって歩いてんじゃん」
「そうか。──あ、でも化粧を落としてもらいに行くとこかも知れないよ」
「えっと、」
 勝手に話を進める2人を止めようとしたとき、別の声が飛び込んできて2人の会話を遮っ
た。
「はぁ〜いマルちゃん、おっかえり〜☆ ──っと、ランディとゼフェルもいたんだ」
 オリヴィエは2人に気づくと一瞬だけ眉を上げて考える仕草を見せ、マルセルの耳元に
顔を寄せると小さく囁いた。
「──で、どうだった?」
 途端に赤くなったマルセルを見て、上手くいったみたいだね、とオリヴィエは笑った。
「おいっ! 何2人でコソコソしてんだ。全然ハナシが見えねーぞ。こっちにもわかるよ
うに話せよ」
「ちょーっとゼフェル、人にものを頼むときはそれなりの言い方しな! ──デェトだっ
たんだよね、マルちゃん♪」
「でぇとぉ〜〜〜っ!?」
 2人は声をそろえて叫び、マルセルを改めてまじまじと見つめた。
「──って、そのカッコでか?」
「え、相手は女の子なのかい? それとも、お、男の……」
「何どもってんだよ、てめーはヒトのこと言えねーだろ」
「てめー“は”って、なんで俺だけ! ゼフェルだって人のこと言えないじゃないか!」
「はーいはい、痴話喧嘩はヨソでやんな。──マルちゃん、こんなトコで立ち話もなんだ
からウチにおいで。メイクも落とさなきゃ、ね?」
 4人はそろってオリヴィエの館に向かって歩き始めた。


「──で? その、マルセルが会ってるヤツってのは、男なのか女なのか?」
 マルセルが化粧を落として服を着替えている間、ランディとゼフェルはオリヴィエを囲
んで話を聞き出そうとしていた。
「んー。私からは言えないよ。マルちゃんのプライベートだからね」
「てっめ……っ、ンなこと言って、さっきはやけにあっさりデートだとか言ったじゃんか
よ!」
「それはそれ、これはこれ」
「ヒキョーだぞっ!」
「ゼフェル、なに大声出してるの?」
 そこへ、ちょうどマルセルが帰ってきた。オリヴィエの隣の椅子に座ったマルセルに、
ゼフェルがさっそく質問を投げかける。
「おいマルセル、おめーが会ってたのって、男か、女か?」
「……お、男の人、だよ」
「“男の人”? じゃあマルセルより、……俺たちより年上なんだね」
「ロリコンじゃねぇのそいつ」
「そんなことないよっ! ──あ、」
 力一杯否定して、マルセルははっと我に返って赤くなった。ランディがくすりと笑って、
すぐに真顔に戻る。
「マルセル、その人は、マルセルが本当は男だってこと知ってるのかい? あと、……守
護聖だって……」
 そんなこと、言えるわけない。マルセルの表情を見て、ランディがなにか言いたそうな
顔をした。
「いつか、機会を見て言えば良いんだよ」
 オリヴィエの言葉が、優しく胸にしみる。
 その後も、いつになく興味をひかれたらしいゼフェルの質問に答えているうちに、ふと
何かが引っかかったらしくランディが声をあげた。
「あれ? ──なぁマルセル、おまえ、占いの館の先の川原で会った、って言ってたよな
……?」
「え。……う、うん」
 なんだかイヤな予感がする。
「確かオスカー様も……」
 ぎくり。マルセルの肩が強張った。
「こないだ川原で素敵な人に会ったようなこと言ってた気が……。川のほとりに咲く可憐
なすみれの花とかなんとか……、──って、えっ? ああっ!?」
 ぶつぶつと呟いてちらりとマルセルを見ると、ランディは大きく叫んでガタンと立ち上
がった。
「もしかして……っ! オスカー様の言ってた“すみれ色の姫君”って、……マ、マルセ
ルぅ〜っ!?」
「な……っ、にぃ!?」
「ちょっ……、マルちゃん!? あんたが会いに行ってたのって、オスカーなの〜!?」
「──────────う、うん……。はい、そうです……」
 三人三様の叫びに圧倒されながら、マルセルは小さく頷いた。
「バ……ッカヤロ、そんなん今すぐやめちまえっ! あの女タラシがおまえのコト本気な
ワケねーだろっ!!」
 最初に立ち直ったゼフェルが喚き立てた。ランディも右に同じといった様子だ。
「うーん。確かにあんましオススメはしないねぇ……」
 2人を見て、マルセルを見て、──オリヴィエは、にんまり唇の端をつり上げた。
「でもさ。オスカーは相手の子がマルちゃんだって知らないんだよ? ──ちょっとおも
しろそうじゃなぁい?」
「オリヴィエ様っ、無責任なこと言わないでください!!」
 せっかく座り直したばかりなのに、ランディはまた立ち上がった。
「だってさ、別にマルちゃんはオスカーと恋仲になりたいわけじゃないんでしょ?」
 手で弄んでいたスプーンで指差され、マルセルはこくんと頷いた。
「ぼく、今までオスカー様とほとんどお話したことなかったから、知らなかったオスカー
様を見られたらいいなって……」
「でもそれなら、変装なんかしなくても、」
「ばーっかランディ、あのオスカーがだぜ、マルセルに遊んでくれって言われてオッケー
するとでも思ってんのかよ?」
「う……」
「とーにかくっ! 私は応援したげるよん♪ マルちゃん公認で、毎週マルちゃんをかわ
いーくできる機会なんて、これを逃したらもう一生ないだろうからね☆」
「オスカー様を騙すみたいで、ちょっと気が引けるけど……、マルセルが、それでいいな
ら……」
「ま、確かに、あのオッサンの鼻を明かすってのはおもしろそーだよな」
「けっ、て──いっ! そんじゃあんたたち、このことは一切他言無用だよっ! 特にラ
ンディ! あんたはオスカーに会う機会多い上に隠しゴト下手だからね、気をつけなさい
よ!」
 そんなこんなで、当事者(たち)を差し置いて、なにやら周りは──というか、特にオ
リヴィエは──とても盛り上がっていた。


          *         *         *


「お嬢ちゃん、もう来ていたのか。待たせてしまったか?」
「オスカー様……。いいえ、ちょうど今来たところです」
「そうか? ならいいんだが。──日の曜日の朝はランディに剣の稽古をつけてやること
になってるんだが、あいつもだんだん上達してきててな、俺もちょっと楽しみにしている
んだ。互角に打ち合えるようになるまでにはまだまだかかりそうだがな」
「期待してらっしゃるんですね」
「フッ、まあな。──しかし最近、ゼフェルの影響かかわいげがなくなってきてていけな
い。今日も稽古を切り上げようとしたら『またデートですか?』なんて聞かれてな。おま
けに『オスカー様の女好きは今に始まったことじゃないし、もう慣れました』ときたもん
だ」
 オスカーは、やれやれといった様子で大げさに手を上げてみせた。マルセルが肩をすく
めて笑うと、オスカーも満足そうな笑みを見せる。
「そうだ、お嬢ちゃん、動物は好きか?」
「動物ですか? はい、大好きです!」
「フッ、そうか。ちょっと大きい生き物なんだが、平気かな?」
「大きい……? あっ、もしかして、」
「ああ。──俺の馬を連れてきたんだが、見てみるか?」
「はいっ!」
 オスカーの後についていくと、林の入口にほど近いところに、一頭の栗毛の馬がつなが
れていた。オスカーの気配に気づき、辺りの草を食んでいた頭を持ち上げ主の命を待つ姿
勢をとる。
「いい子だ、アグネシカ。──リラ、紹介しよう。俺の一番のお気に入り、アグネシカだ。
アグネシカ、リラだ、失礼のないようにな」
 アグネシカは、マルセルをじっと見つめ、何かを探るように鼻をひくつかせていたが、
やがて撫でてくれというようにマルセルの方へ首を差し出した。その様子に、オスカーが
驚いたように眉を上げる。
「オスカー様、この子に触ってもいいですか?」
「ああ、構わんが……、──驚いたな」
 マルセルに首筋を撫でられ気持ちよさそうにしているアグネシカを見て、オスカーが感
嘆の息をもらした。
「お嬢ちゃんはおそらく知らないだろうが、男が乗る馬は雌馬と決まっているんだ。その
方が気持ちが通いやすいというのが理由らしい。だがこのアグネシカは少々嫉妬深くてな、
俺に近づく女性が許せないらしくてすぐに機嫌が悪くなるんだ。それがお嬢ちゃんにはこ
んなに懐いているとはな」
 ぎくりとした。男だと、ばれたのかと。
「こいつにも、お嬢ちゃんの優しさがわかるんだな。お嬢ちゃんの、草花や動物たちを心
から愛する気持ちが、俺にもアグネシカにも伝わって来るんだ。──それに、美女同士で
お似合いだぜ。俺のつけいるスキがないくらいにな」
 ほっとしてアグネシカの首にすがりつきながら、マルセルはそれをごまかすために笑い
声を立てた。結果として、オスカーの言葉を軽くあしらうような反応になる。
「──ふふっ、オスカー様ったら」
「冗談なんかじゃないぜ。お嬢ちゃんといると、心がとても穏やかになる。会えないとき
も、お嬢ちゃんのことを考えるとざわついていた気持ちがすっとおさまるんだ。そしてほ
んの少し、切ないような気持ちになる。故郷によく似た景色を見つけたときと同じような
気分だ。──とても大切なものに、巡り会った気がする……」
「オスカー様……」
 大きな手が、頬に触れた。その温もりに促されて、マルセルの体温も少し上がる。
 オスカーは何も言わず、ただ薄い色の瞳でじっとマルセルを見つめている。その視線が
少しずつ熱を帯びてくるように感じられて、マルセルは目をそらして俯いた。
「あっ、あの……っ、オスカー様、わたし、そろそろ帰らないと……っ」
 うろたえた声で、明らかに嘘とわかる台詞を口にする。けれどオスカーは、マルセルの
頬に添えていた手をすっとどけた。温もりが離れ、途端に物足りなさを覚える。
「そうか。──残念だが、仕方がないな」
「はい……。じゃ、じゃあわたし、これで」
 俯いたままくるりと背を向ける。きっと頬が赤くなっている、そう思うととてもじゃな
いが顔を上げるなんてことはできない。
 そのまま立ち去ろうとしたマルセルを、オスカーが呼び止めた。
「リラ! ──来週も、またここで会ってくれるか?」
「…………はい」
 小さく頷いて、マルセルは逃げるように駆け出した。


 マルセルは、リラと自分を偽ることに限界を感じ始めていた。ランディもゼフェルも、
オリヴィエも、何も言わないけれど気づいているのだろう。オスカーを露骨に避けるよう
になったマルセルを、はらはらしながら見守っているのがわかる。
 マルセルは、次第にオスカーにひかれていった。いつの間にか、オスカーに恋をしてい
たのだった。
 自分であって自分でないリラを、オスカーに笑顔を向けてもらえるリラを、うらやまし
いと思う。オスカーにこれ以上嘘を重ねるのが嫌で会いたくないと思い、けれどせめてリ
ラとしてでもオスカーのそばにいたいと思う。
 そんな、ばらばらの気持ちのまま、日の曜日ごとの逢瀬は続いていた。


NEXT PAGE



Parody Parlor    CONTENTS    TOP