恋の発展途上国



<革命勃発!? 恋の伝道師、一計を案じる>

「どうしたぼうや、浮かない顔をして」
「オスカー様……。──ゼフェルとアンジェリークって、お似合いですよね」
 肩を落としてランディが呟く。しゅんとうなだれた耳と尻尾が見えるようだ。オスカー
は、大げさに眉を上げ、さらには手までつけて、呆れた表情を作ってみせた。
「なんだ、ゼフェルをお嬢ちゃんに取られてさみしいのか」
「ええっ!? ちがいますよ!! 逆です、俺だってアンジェリークのこと好きだったの
にって……」
「だが今の言い方じゃそう聞こえたぞ」
 どこがだどこが、とツッコミの聞こえてきそうな台詞だが、あいにくここにはオスカー
とランディの2人しかいない。素直な(単純な、とも言う)ランディは、オスカーの言葉
をマトモに取ってさらに慌てた。
 ランディは今どき貴重なくらいにとても純粋で、からかわれたと分かるたびに、「もう、
執務と剣のこと以外ではオスカー様は信用しません!」とか何とか言って怒るくせに、翌
日にはもうぱたぱたと子犬のように懐いてくるのだ。
 このランディの習性(?)を、オスカーが利用しないはずは、ない。
「ケンカするほど仲がいい、とはよく言うが、まさかそれほどだったとはな……」
 ため息がわざとらしい。
 否定しようとするランディを言いくるめ、オスカーはとどめの励ましの言葉を残して去っ
ていった。
「普通ならば、早く諦めて次の恋を探せと言うところだが、他ならぬおまえの恋路なら、
俺はいくらでも応援してやるぜ」
「だっ、だからぁ……っ、そんなんじゃないですってば、オスカー様ぁ〜!」
 ひとり残されランディは、困ったように眉を寄せ、栗色のくせ毛をかしかしと掻いた。


<承前。または、それぞれに悩み多き少年たちの話>

 土の曜日の昼下がり、ランディとマルセルが庭園を散歩していると、デート中と思われ
るゼフェルとアンジェリークに出くわした。2人がつき合っていることを知らないマルセ
ルが、姿を見かけると同時に声をかけてしまい、結果としてランディも一緒にお邪魔虫だ。
 ジャマが入ったことを嫌がるような、デート現場をみられて恥ずかしいような、けれど
逆に少し嬉しそうな、微妙で複雑な表情をゼフェルはした。アンジェリークとつき合うよ
うになってから、ゼフェルはこんな、今まで見せたこともない表情をすることが良くある。
そのたびにランディは、ケンカをしつつもそれなりに分かり合えていると思っていたゼフェ
ルのことを、何も知らなかったような気になるのだ。
 以前にも2人が一緒にいる姿を見かけたことは何度もあったが、その時はアンジェリー
クにばかり目がいっていたのでゼフェルにまで意識が回っていなかった。ふわふわ風に踊
る金の髪やきらきらした大きな翡翠の瞳、つややかなピンク色の唇からこぼれる笑い声を
愛しいと思い、自分に向けて欲しいと思うだけだった。
 それが今は、変わらぬアンジェリークの姿に心を惹かれつつも、ゼフェルが気になって
仕方がない。
「ランディ様って、ゼフェル様のことがお好きなんですか?」
 唐突に、アンジェリークが尋ねて首を傾げた。三人の驚きの声が重なる。
「ええっ!?」
「はぁっ!? ナニ言ってんだてめっ、どこをどー見たらそーなんだよっ!」
「そうだよアンジェリーク、俺が好きなのはゼフェルじゃなくて君……、っ!」
 しまった、とランディは手で口を塞いだ。
 三色の大きな瞳が、みるみる赤くなるランディの顔を見つめている。
「──っ俺っ、もう行くよ、ジャマしてごめんな!」
「えっ、ちょっとランディ!? ランディってばぁ、待ってよ〜!」
 脱兎の如く駆けだしたランディを追って、マルセルも走り去る。ゼフェルとアンジェリー
クは、呆然と、2人の消えた方向を見つめていた。
「──おめー、どーすんだよ」
 しばらくして、拗ねた顔でゼフェルがぼそっと呟いた。
「え? どうするって?」
 きょとんとしたアンジェリークに、ゼフェルが声を荒立てる。
「だからっ! ──っアイツのことだよっ」
 途中で思い直して息を鎮め、後半は低く声を押し殺して囁く。眉間を狭め親指の爪を噛
むゼフェルを、アンジェリークはそっと抱きしめた。
「どうするって、どうもしませんよ?」
 慌てて引き離そうとするゼフェルを見上げて、アンジェリークが首を傾げた。
「それともゼフェル様、私にどうかしてほしいんですか?」
「!! ──っ、もーいーから、おめー、ちょっとはなれろよ」
「おめーじゃなくてアンジェ、」
「っ、……わかったから、──アンジェ」
 顔を背けて呟くと、アンジェリークはくすっと笑ってゼフェルを抱きしめていた腕を解
いた。と思いきや、今度は腕に抱きついてくる。
「ふふっ、ゼフェル様、大好き♪」
「────────おぅ」
 ことさらに顔を背ける首すじが真っ赤になっている。楽しそうに微笑んで、アンジェリー
クはすぐに真顔に戻り、唇をわずかに尖らせた。
「でもランディ様、絶対ゼフェル様のこと好きだと思ったんだけどな」
「なっ! ──おめーまだンなコト言ってんのか!」
「だってー、────あっ、ねぇねぇゼフェル様、クレープ食べましょっ?」
「だからオレは甘いモン嫌いだって……、おい、アンジェ、ヒトの話聞けよっ!」


「はぁ〜いマルちゃん、お元気ぃ〜?」
「あ、オリヴィエ様。ランディ見ませんでした?」
「ランディ? ──あぁ、さっきなんか超ダッシュで走ってったけど」
 礼を言って駆け出そうとしたマルセルのフードを、オリヴィエの手ががっしと掴んだ。
「なんかおもしろそ〜な予感がするねぇ。──何があったのさ、話してごらん?」
 そんなヒマはないと思いつつも、話さない限り、解放してもらえそうにない。仕方なく
マルセルは、先刻の庭園でのやりとりをかいつまんで説明した。
「ふぅ〜ん……。ま、オコサマはオコサマ同士楽しんでおいで。私は私で楽しんでくるか
らサ☆」
 ルージュを引いた唇を、意味ありげに引き上げる。はっとマルセルが目を瞠った。
「ふふっ、──私、これからデートなんだ。じゃあね」
 ことさら低く告げて、指をひらめかせて去っていく。
「────、もうっ! みんなして勝手なんだからぁっ!」
 八つ当たりできる物は周りにはなく、マルセルは地団駄を踏んで喚いた。


<閑話休題。分かりきってはいたけど事件の真相。──オトナって卑怯ね>

「オスカー、あんたねぇ、いたいけなコドモたちを混乱に陥れてどーすんのよ」
「フッ。すべては俺とお嬢ちゃんの幸せな未来のためだ」
「さーいって──」
「紳士の名が聞いて呆れますね」
「オリヴィエ、おまえは人のこと言えないだろう。ロザリアを手に入れるために、マルセ
ルに妨害工作してるの知ってるんだぞ」
「人聞きの悪いコトお言いでないよ。あれは牽制してるって言うんだよ!」
「おやめなさい2人とも。大人げない……」


<風雲急を告げる。事態は一気に終結へ!?>

「ようお嬢ちゃん、今日も元気そうだな。ひまわりのような笑顔が眩しいぜ」
「オスカー様。──こんにちは。良かったら一緒にお散歩しませんか?」
「お嬢ちゃんの方から誘ってくれるとは、今日は良い日だな」
「ふふっ♪」
 カッコつけて言いながらも、内心結構かなり喜びを噛みしめているオスカーである。恋
の伝道師とか何とか言って、策を講じたりすることもあるが、根は単純な男なのであった。
 あっさり術中にはまったランディの言動は耳に入っている。ゼフェルのリアクションも、
悪くない。問題は、アンジェリークがそれをどう感じているかだ。
「オスカー様って、ランディ様と仲がいいんですよね?」
 表情を変えず、短く肯定の言葉を返す。
「私、ランディ様ってゼフェル様のことがお好きなのかと思ってたんですけど」
 片眉を上げて、オスカーは隣でかわいらしく首を傾げているアンジェリークを見下ろし
た。
「まあ、何だかんだ言って良くつるんでいるようだが。ケンカするほど仲が良いってやつ
だろうな」
 当たり障りのない返事の裏で、いきなりそう来たか、とオスカーは驚いていた。しかし、
ランディのゼフェルへの想い(込み)に気づいていながらゼフェルとつき合うとは、なか
なか食えないお嬢ちゃんである。
「そうなんですよ! でも私がヘンなこと言っちゃったせいで、お二人とも、なんかぎく
しゃくしちゃって……」
「ヘンなこと?」
「えっと、『ランディ様って、ゼフェル様のことがお好きなんですか?』って、聞いたん
ですけど……」
 それは……。
「お嬢ちゃん、それはいつのことだ?」
「こないだの土の曜日です」
 それは、ランディの受けたショックは相当のものだっただろう。アンジェリークは、オ
スカーのしかけた罠に落ちかけもがいていたランディを、思いっきり突き落としたことに
なる。さすがのオスカーも、ランディにちょっと同情した。
 しかしそこで手を緩めたりしないのがオスカーだ。利用できるものは利用しなくては。
「そうか。ケンカばかりで騒がしいのはごめんだが、あいつらの賑やかな声がないとさみ
しい気がするのも正直な気持ちだ。お嬢ちゃんがあいつらの仲直りを望むなら、このオス
カー、いくらでも協力するぜ?」
「ホントですか!?」
「ああ、もちろんだ」
 きらきらと瞳を輝かせたアンジェリークに、オスカーはとびっきりの笑顔を向けた。
「他ならぬ、“俺の”お嬢ちゃんの頼みだからな」
「ありがとうございます!!」

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