一言の勇気


 宇宙を統べる女王のまします地、聖地。外界とは異なる時間の流れるこの地には、女王
をはじめ、女王補佐官、守護聖達などが日々を過ごしている。特別な力を持ち、民に尊敬
される立場とはいえ、彼らも人間。時に傷つき、時に悩んだりしながら成長してゆくのだ。

 朝の穏やかな陽差しの差し込む花壇の傍らで、ちょこんとしゃがみ込んでいる人影があ
る。さらさらと風になびく金髪を束ねているその少年の名はマルセル、女王を支える9人
の守護聖が内の一人、豊かさをもたらす<緑>の守護聖だ。現在14歳、守護聖の中では最年
少の彼は、いつも純真で天真爛漫な笑顔で聖地の人々の心を和ませている。
 だが、花壇のチューリップを見つめるすみれ色の瞳には、いつものような少年の無邪気
さはなく、どことなく憂いを秘めた、暗い影が浮かんでいた。
 今日何度目になるかわからない溜め息をついたとき、
「うわあっ」
誰かに後ろから抱きつかれて、マルセルは悲鳴を上げた。
「そーんなに驚かなくってもいいじゃない」
 ふふっと笑って手を放したのは、豪奢な金髪に赤いメッシュを入れ、艶やかな衣装に身
を包んだ<夢>の守護聖・オリヴィエだった。
「オリヴィエさまっ」
「どうした少年、沈んだカオしちゃって。何か悩みごとでも? 私でよかったら話してご
らん」
 優しく髪を撫でられて、ちょっと心が揺れる。でもこんなこと話して──特にこのひと
                      タメラ
に──笑われたりはしないだろうか。マルセルが躊躇ったのを感じたのか、オリヴィエは
くすりと微笑んだ。
「さては、あの熱血ボーイのことかな?」
「なっ・・・!!」
「悩めるお年ごろだねぇ」
 とたんにマルセルの白い頬が朱色に染まる。
「オ、オリヴィエさま・・・!?」
「好きなんでしょう、だったらいいじゃない」
                     カラカ
 そう言って笑うオリヴィエの目に、いつもの揶揄うような光は見られない。
「でも、ぼくは・・・」
 小さく呟いて、マルセルは熱血ボーイこと、<風>の守護聖・ランディの姿を思い浮かべ
た。あのまっすぐで明るい少年は、マルセルの大切な友人であり、同時に兄でもあるよう
な、そんな存在だ。もちろん大好き・・・なのだが、最近その“好き”がなんだか変わっ
てきてしまっているようで、ちょっと困っている。つまりは、彼を見ているとドキドキし
てしまうのだ。ふわりと風に舞う栗色の髪、爽やかで優しい空色の瞳。剣の稽古で生傷の
絶えない腕は、近頃ぐっと逞しくなったようだ。
 オリヴィエは、黙り込んでしまったマルセルをじっと見つめている。この子も恋をする
ようになったんだねぇ・・・なんて、ちょっと娘を送り出す親の心境(?)なのかも知れ
ない。
 沈黙する二人の間を、風が緩やかに通り抜けていく。
 やがてオリヴィエが口を開いた。
「大丈夫、あの子もあんたのことをとても大切に思ってるはずだよ」
 それでも不安げな目をするマルセルに、オリヴィエは極上の微笑みを向けた。やっとマ
ルセルの顔に明るい表情が浮かぶ。
「ありがとうございます、オリヴィエさま。・・・あっ、ぼくリュミエールさまのところ
へ行かなくちゃ。失礼します」
 ぺこりとおじぎをして、マルセルはぱたぱたと駆けていく。その後ろ姿を見送って、オ
リヴィエは立ち上がった。
「青春だねぇ、ふふっ♪」
 長い髪を後ろに払いのけて、優雅に歩き出す。


 その頃、ランディは<炎>の守護聖・オスカーに剣の稽古をつけてもらっていた。威勢の
いい掛け声が響く。と、ランディの剣がはじかれて宙を舞った。
「どうした、ランディ。ちゃんと集中しろ。怪我じゃすまなくなるぞ」
「はいっ!」
 剣を交えながら、オスカーは注意深くランディの様子を伺っていた。剣の腕自体はずい
ぶんと上がってきてはいたが、今日の彼はいまいち覇気がない。いや、今日だけでなく、
最近ランディはどこかおかしかった。
「ランディ、悩みがあるなら早めに解決しろ。──それとも、俺が口説き方を教えてやろ
うか?」
 稽古を終え水を飲んでいたところに唐突に切り出されて、ランディは水を吸い込みげほ
げほとむせた。
「なっ何を言い出すんですかオスカーさま!?」
 問い返す声がひっくり返っている。顔は、運動した為以上に上気して赤くなっていた。
「見れば分かる。おまえのそれが恋煩いでなくて何だと言うんだ」
「・・・そ、うですよね。・・・やっぱり、わかりますか?」
「わかりやすすぎる程にな」
 そしてオスカーはニヤリと笑った。
「で、相手は<緑>の坊やだって?」
 さらに動揺するランディ。──素直すぎる。
「なっなっ・・・」
「安心しろ、そこまで顔に出てるわけじゃない。リュミエールに聞いたんだ。──と言っ
ても、あいつが話を聞いたのはマルセルだから、ばれてるんだろうな、結局」
 ちなみに、最後の一言はぼそぼそ独り言なので、幸か不幸かランディの耳には届い
ていない。
「で、でもオスカーさま、マルセルだって男なんですよ?」
 そう、あーんなに可愛い外見(本人はいたく気にしているらしいので言いはしないが)
ながら、彼もれっきとした男の子である。なのにランディは彼にときめいてしまうのだ。
別に彼を女の子扱いしているわけでもないのに。ちなみに、ランディは今まで男に惚れた
経験はない(惚れられたこともない)。まあ女の子を好きになった経験も少なかったが。
「だがおまえはマルセルに惚れてるんだろう」
「ほ、惚れてるって言うか・・・好きですけど、でも」
「ならいいじゃないか。大切なのは自分の気持ちだ。ランディ」
 オスカーの大きな手がランディの髪をくしゃりとなでた。
「オスカーさま?」
「悩んでばかりいないでぶつかってみろ。そのほうがおまえらしいぜ」
 そう言うとオスカーは館の中へ入って行ってしまう。
「俺らしい、か・・・」
 呟いて、遠ざかる背中に叫ぶ。
「ありがとうございましたっ!!」
 オスカーは背を向けたままひらひらと手を振った。
 くるりと踵を返し、ランディは走り出した。


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