<水>の守護聖・リュミエールの館に花を届けた後、マルセルは林を抜ける道を歩いてい
た。その林が途切れる頃、ふと空を見上げるときらりと光るものが頭上を横切った。
「あれ、メカチュピ。ってことは・・・。あ、ゼフェル、おはよう」
「ん、よお、マルセルか」
 コントローラーで鳥型ロボットを操縦しているのは、<鋼>の守護聖・ゼフェルである。
銀灰色の髪にいつも黒い服を纏っている彼は、きつい眼差しとぶっきらぼうな口調のせい
で一見とっつきにくいが、実は結構友達思いのいい子だということをマルセルはもうわかっ
ている。ルビーのような赤い瞳の色がいつもより少しくすんで見えるのは、徹夜でもした
せいだろうか。
「メカチュピの調子、どう?」
「ん、まあまあだぜ」
 メカチュピとは、マルセルの飼っているチュピという鳥にちなんで、ランディがこのロ
ボットに付けた名前である。この名前をゼフェルは気に入っていないのだが、マルセルも
ランディも一向に直す気がないようなのでもう半分諦めてしまっていた。
「そういや、熱血バカはどうしたんだ」
「え、ランディ? まだ剣の稽古をしてるんじゃないかな」
 そう言ったときにマルセルがかすかに動揺したのを、ゼフェルは見逃さなかったが気づ
かないふりをした。
「あいつも凝りねーよな」
 そのとき、遠くから誰かが駆けてくる音がした。微かに金属の擦れる音もする。
「と、噂をすれば」
「やあ、おはよう。マルセル、ゼフェル」
「おう」
「おはよう、ランディ」
 木立の間から現れたランディは、額の汗を手のひらでぬぐいながら、ふとゼフェルの手
の中のものに目を止めた。
「あれ、ゼフェル。コントローラー変わったか?」
「ああ、ゆうべ改良したんだ」
「徹夜でね?」
「うるせーよ、マルセル」
 ふふっと笑うマルセルをランディはしばらく眩しそうに見つめていたが、そんな自分に
気づいて慌てて視線をそらした。
「ランディ、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
「・・・そう? ならいいけど」
 マルセルの瞳がまた少し憂いを帯びたのに気づいてゼフェルは小さく舌打ちをした。
「おい、マルセル。こないだ言ってた時計、どうだ? 動かないまんまか?」
「あ、うん。直してくれる?」
「ああ、持って来いよ」
「うんっ。じゃあちょっと待っててね」
 そう言って自分の館のほうへ駆けていこうとする。と、小さな石につまずいた。
「あぶないっ」
 地面に倒れそうになったマルセルを抱き止めたのはランディだった。ぐいっと自分を抱
き上げた腕の力強さに、マルセルはドキリとした。
「ご、ごめ、──ぼく、時計取ってくるっ」
 ランディの腕を押しやるなりマルセルは駆けていってしまう。その後ろ姿を、ランディ
はびっくりしたように見つめていた。
 腕にマルセルの暖かみが残っている。やわらかな感触。それに、──なんて軽いんだろ
う。おまけに自分の腕の中にすっぽり入ってしまうなんて・・・。
「おい、ランディ、正気か?」
「え? あ・・・っ」
 とたんに真っ赤になるランディに、ゼフェルは少々呆れたような眼差しを送った。
「ったく、おめーらは・・・」
 溜め息をついてしゃがみこむ。視線を向けると、ランディも隣に腰を下ろした。
「なあ、ランディ。マルセルのこと好きなのか?」
「う。・・・うん、たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「だって、自分でもよくわからないんだ。・・・ただ、マルセルを見てるとドキドキして
きちゃって、なんか、最近うまくしゃべれないんだよ」
「それって好きなんじゃないのか?」
「・・・そうだよな」
「マルセルも最近変だし」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「ちゃんと言ってやれよ。でないとあいつもかわいそうだぜ」
「? かわいそう?」
 きょとんとするランディに、ゼフェルは今度こそ呆れた・・・というよりケーベツの眼
差しを向けた。
「おっまえ、バカか?」
「なんだとっ」
「とにかくうだうだ言ってねーでマルセルに打ち明けちまえって言ってんだよっ。どーせ
今までみたいに笑ってくれなくなったらどうしようとかなんとか考えてんだろーが」
 ・・・図星である。だがそれでも尚迷っている様子に、ゼフェルはさらに言をついだ。
「ランディ、おめーは<風>の守護聖だろ。<風>がもたらすものは何だ?」
「! ・・・ゼフェル」
「自分のサクリアを、自分のために使うのぐらいはいいと思うぜ、オレは」
「・・・そうだな。サンキュ、ゼフェル」
 立ち上がって微笑んだ顔には、もう迷いは見られなかった。


 ランディが駆け去ると、ゼフェルはその場に寝っころがった。爽やかな風が吹き抜けて
いく。
「自分のサクリアか・・・」
 ランディの持つ勇気は、サクリアなんかではなく彼自身の持っている魅力だ。そしてゼ
フェルは、そんな彼を少しだけ羨ましいと思う。ゼフェルの<鋼>のサクリアは器用さを司
るものだが、それはつまり技術や科学力のことで、彼の望むものではない。もう少し、素
直に人と接することが出来たら・・・と、思うことも何度かある。思ったからといってこ
の意地っ張りな性格は直せるものでもないのが少し悲しい。
「あー。ゼフェル。ここにいましたか」
 そんな彼のもの思いは、知恵を司る<地>の守護聖・ルヴァののんきな声に破られた。
「ルヴァ。なんだ?」
「昨日あなたが探していた本が見つかったので、持って来たんです」
 そう言われて見ると、確かに腕の中には分厚い本があった。ちらりと見える表紙から、
鉱物の事典のようなものだとわかる。
「ああ、サンキュ。でも何もわざわざこんなトコまで持って来なくても良かったんじゃ
ねーか?」
「はあ、そうですか? 私はただなるべく早くあなたにお見せしたかったもので・・・」
 穏やかに微笑まれて、ついゼフェルはそっぽを向いてしまう。
「な、だからって・・・」
「おや、喜んではくれないんですか?」
「なっ・・・!」
 カッと赤くなって振り向くと、すぐ目の前にルヴァの顔があった。今まで気づかなかっ
たが、心持ち目が赤い。
「ルヴァ、おめー、もしかして徹夜で・・・?」
「いえ、そういうわけでは・・・。ただ探しているうちに、気がついたら朝になってしまっ
ていたんです」
 それってつまりは徹夜じゃねーのか。思わずゼフェルは心の中で呟いた。
 でもなんだか胸のあたりがあったかいようなくすぐったいような、不思議な気分だ。
「ま・・・、とにかく、これありがとな」
「いえいえ、どういたしまして。あー、そういえば、ゼフェル。さっきランディが何やら
走っていきましたが、何かあったんですかー?」
「んー? まあな」


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