瞳に映るものランディは、近頃よく何か考え事をしている。 そんなことは、オスカーでなくともきっとすぐにわかることなのだろう。 けれど、今回ばかりは少し様子が違うようで、ランディがふと考え込む表情を見せるの は自分と二人きりの時に多いと、オスカーは気がついていた。他の人間もいるところでの こともあるが、オスカーのいないときにはないらしい。──というのは、彼に何か変化が あるようなら、目ざといオリヴィエかゼフェルあたりが何か言ってくるはずだからだ。 たった今も、オスカーの部屋の上等なソファに身を預けて、ランディはどこか遠くを見 ている。話しているうちに眠ってしまう子供のようだ、とオスカーは頬に微苦笑を刻んだ。 「おい、ランディ。──コーヒーが冷めるぞ」 「えっ? ──あ、オスカー様。おかえりなさい、ありがとうございます」 「おいおい、おかえりなさいはないだろう」 「え、あ、そうですね。はは……」 夕食後、部屋に戻ると、ランディに請われて先日の査察の話をして聞かせた。一息つこ うとオスカー自らがコーヒーを淹れに立ち、戻ってくるまでに10分はかかっていない。 そういえばランディのこの物思いが始まったのは、オスカーが査察に出かけると決まった 頃だったとオスカーは思い出した。それが何か関係あるのだろうか。 「俺と二人でいるっていうのに、他のことを考えているとは、ぼうやもなかなかやるな」 「ええっ!? ち、ちがいますよ!」 叫んでランディは、あ、と顔を赤くした。 「ほう。じゃあ俺のことか。──俺の勇姿を思い浮かべでもしていたか?」 「もう……、どうしてオスカー様って、いつもそう自信満々なんですか」 「それが俺だからな」 しれっと答えてランディを呆れさせておいて、精悍な頬に自信に満ちた笑みを浮かべる。 だが実際のところ、オスカーの内心はそれほど自信があるわけではない。いやむしろ、 ランディのことに関しては自信はほとんどないと言っても良いかもしれない。 ランディは、自分を尊敬していると言った。女王陛下やジュリアスの期待に応える以上 に、彼の期待に応えるのは難しい。守護聖として騎士として、そして一人の男として、彼 の尊敬に足る男になるための努力は常に惜しまずにいるつもりだ。そう、鮮やかな空の色 の瞳を持つ少年の目指すところは遙か遠く高く、常に理想を見据えていて、──オスカー は、時々、その目に自分がどのように映っているのかと不安になってしまうのだ。らしく ない、そんなことは百も承知だ。だが彼の尊敬と思慕とを得るためにならまさしく何でも やってみせようと、そう思うくらいにはすでに自分は彼に心を奪われている。 「一体どんな俺を思い浮かべていたのか、この俺に教えてはくれないのか?」 すっきりと肉が落ち、少年を脱し始めた顎に手をかける。くいと持ち上げ瞳を覗き込む と、濃い睫毛に縁取られた瞼が瞬きをし、戸惑うように寄せられた眉の下で空色の瞳がか すかに揺れた。 「別に、ただ……特別な活躍とかじゃなくて……。──オスカー様って、かっこいいんだ なって」 視線を逸らして呟かれた台詞に、オスカーは静かに目を瞠った。 「俺、オスカー様に憧れて、あなたみたいな守護聖になろうって、執務はもちろん、剣と か乗馬とかいろいろ教えてもらって……、いろんなことできるようになったけど、でもま だ全然追いつけてないなって、そう思ったんです」 「ランディ……」 「俺、あなたのこと尊敬してるし、その、……好きです。愛してます、誰よりも大切です。 だけど俺は、あなたに守って欲しいんじゃなくて、あなたと一緒に走っていきたいんです。 もっと強くなって、いつの日かあなたを支えられるように。あなたに背中を預けてもらえ るように。今オスカー様がジュリアス様のことを支えているみたいに、もっとそれ以上の 存在に、俺はなりたい」 毅く鮮やかな眼差しが、まっすぐオスカーを見つめていた。その瞳はまっすぐオスカー を映し、またオスカーの瞳の中の自分を、遥か彼方の二人を映している。 「ランディ……」 もう一度その名を呼んで、オスカーはふっと表情をゆるめ、すぐに挑戦的な視線をラン ディに向けた。 「ランディ。おまえの目標は、俺か?」 「はい。でも俺、いつか必ずオスカー様よりかっこいい男になります」 その眼差しに嘘はない。 「フッ、そうか。──そうだな、おまえはいい男になるだろう、俺が保証してやる。きっ と今の俺よりもいい男になる。だがその頃には、俺はそれ以上にいい男になっているぜ?」 にやりと口端を持ち上げたオスカーに、ランディは一瞬きょとんとした顔をして、次に 思いきり破顔した。 「はい! そしたら俺、そのオスカー様よりもっとかっこよくなるようにがんばります!」 「それは楽しみだ」 表情を和らげ、やわらかい栗色の髪をかきまぜるように撫でる。 いつの頃からか、ランディの瞳を見つめるのがこわくなっていた。目を合わせて話すの は、相手を自分に引き込むため。けれどランディの目は、それ以上に自分が引き込まれそ うで、こわかった。だがもう答えは出た。自分の在るべき姿は、この瞳の中にある。ラン ディの瞳が見つめる未来の、その中に。 「ランディ。おまえのその瞳に俺は誓おう。俺は常におまえの尊敬に足る男であり続ける。 そしておまえの成長を見届けよう」 オスカーの留守の間、オスカーがらしくもない焦燥に惑わされている間に、ランディは その先にあるものを見つけていた。それは一時の気休めのような安らぎではなく、些細な 自己満足ではなく、もっと深く、もっと身体中を満たしてもなお余りあるほどの充足感を 与えてくれるはずだ。 「はい、俺も、オスカー様の片腕と呼ばれるにふさわしい男になるようがんばります。─ ─もっと、いろんなことを教えてください。もっとずっと、あなたのそばにいられるよう に」 「厳しいぞ。覚悟しとけよ」 「はい!」 「いい返事だ」 くしゃりと髪を撫でて、そのまま頭を支え、顔を寄せる。素直に目を閉じたランディの 唇に自らのそれを押し当て、唇を挟むように軽く吸う。何度か繰り返して顔を離すと、オ スカーは氷蒼の瞳をきらりと光らせた。 「じゃあとりあえず、今日は俺のことを教えてやろう。たっぷりと、時間をかけてな」 「え? ──あ……っ!」 一瞬何のことかと首を傾げたランディだったが、オスカーのにやにや笑いから何かを察 したらしい。小さく声を上げて真っ赤になった。 「な……っ、──もうっ、どうしてすぐそっちに話を持っていくんですか!!」 「それはもちろん、ぼうやがかわいいからさ」 「俺は! ぼうやじゃありません! それとかわいいって言うのもやめてくださいっ!」 「フッ、そうやってムキになってるうちはまだまだぼうやだぜ」 「オスカー様っ!」 すっかりいつもの調子を取り戻したらしいオスカーが、余裕の笑みを浮かべてランディ を引き寄せる。 「ずいぶん長いこと独り寝が続いていたからな、少し参っていたところだったんだ。ぼう やのかわいい寝顔を見ながらじゃないと寝付けなくなっちまったらしい」 「そんなこと……っ、よく言えますね、恥ずかしげもなく」 「本当のことだからな」 「またそういう……」 ため息をついて軽く睨むランディの頬に、掠めるキスをして立ち上がる。 「まあそれはともかくとして、──実はな、おまえに土産があるんだ。下のカジノルーム に置いてあるんだが、見に行くか?」 「えっ? ありがとうございます! 何だろう……」 「それは見てのお楽しみだ」 「はいっ!」 元気のいい返事をしてランディも立ち上がる。微笑みを浮かべてオスカーは踵を返し、 先に立って歩き始めた。すぐ後ろに、ランディの気配を確かに感じながら。 fin. ![]() こめんと(byひろな) 2001.7.19 蒼衣さんにさしあげた、7764HIT記念のオスランです。 オスカーがランディに愛の言葉を囁くのはいつものことなんですが(笑)、今回、ど〜っしても!ランディにちゃんとオスカーが好きだって言わせたくて、また、私なりの、ランディがただのかわいこちゃんで終わらないオスランというのを探したくて、ちょっと試行錯誤しました。だって、オスランFANの方が、「ランディはオスカーのこと抱きたいとか思わないのかな」と思ってランオスor攻めランを探してうちに来てくださって、それでリクエストしてくださったオスランですもの、よくあるオスランなお話を書くわけには行きません。これは“私ならではのオスラン”を書くチャンスだ、と思ってがんばりました。その甲斐あって、自分でもお気に入りv 蒼衣さんにもとても気に入っていただけたようで、ホントもったいないくらいのお褒めのお言葉をいただいてしまいました(#^.^#) 。以下、ちょぴっと引用しちゃいます。 『私はランディって「オスカーに守られているばかりではなく、守れるような存在になりたい」という気持ちが強いと思っています。 オスカーもまた、ランディのそんな気持ちを解っているのでランディの望み通り 、彼を甘やかしたりしないで時には厳しく指導して、そして最後はそちらへ話を 持って行く(^_^;) オスカーも強いだけの人ではなくて、弱い面も持っているのにそれを表に見せな い人だと思ってます。 ひろなさんのお話は正に私の理想とするオスラン像なんですvv』 ……うわ、もうホントに、こちらこそどうもありがとうございますm(_ _)mって思ってドキドキしてしまいました。 しかしこの二人、これ以上かっこよくなっちゃうんですか?(笑) 5年後とか、ランディ23歳のオスカー27歳、──萌えっv(笑)。いや〜ん、見てみたいかも〜っっvv……て、一人で盛り上がっております(^^;)。やばいやばい、落ち着け私。 |