君に届け


「ねぇランディ、ぼくって……ゼフェルに嫌われてる?」
「え?」
 ことの起こりは、マルセルのそんな一言だった。
「嫌われてるって……ゼフェルに? マルセルが?」
 聞き返して、ランディは髪をくしゃりと掴んだ。
「俺ならともかく、マルセルのことをゼフェルが嫌う理由なんて何にもないじゃないか」
 口では甘ったれだの泣き虫だの言っているが、本当にそう思ってそれを嫌がっているわ
けではないのはすぐにわかる。ランディのことだって、何だかんだ言って友人としてゼフェ
ルも認めているのだ──そんなことは、口が裂けても言いそうにはないが。
「でもね、何か、最近ゼフェルに避けられてるような気がするんだよ……」
 ぼく、何かしたかなぁ……。
 唇を少しとがらせ、膝を抱えて。さみしそうに呟くマルセルの横顔を見つめて、ランディ
がぽつりと問いかけた。
「マルセル。──ゼフェルがいないと、さみしいかい?」
「え? ……うん、だって、ずっと3人で遊んでたのに。──あっ、別にランディと2人
でいるのが楽しくないとかいやだとか言うんじゃないよっ! でもね、ゼフェルがいたら
もっと楽しいだろうなって、思っちゃうんだ」
「そうか……。──俺の方からも一度それとなくゼフェルに聞いてみるよ」
「ほんとっ!? ランディ、ありがとう!」
 マルセルは素敵なプレゼントをもらったときのように喜んだ。その様子に目を細め、マ
ルセルの頭を撫でてランディが立ち上がる。
「じゃあ、俺、そろそろ行くよ。研究院に資料取りに行くって言ってあるんだ」
「あ、うん、じゃあね」
 顔を上げたマルセルに微笑みを返して、ランディはいつものように走っていった。
「──ゼフェル、どうしたんだろう……」
 再び物憂げな表情に戻り、マルセルが呟く。
 脚をゆるめたランディの小さなため息を、マルセルは知らなかった。


 王立研究院を出たところで、ランディはばったりゼフェルに出くわした。
「ゼフェル。いいところで会ったな、今からおまえのとこに行こうと思ってたんだよ」
「はぁ!? おめーがオレに、一体何の用だってんだよ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。──なんだよ、何かあったのか?」
「べえっつにぃ……」
 めんどくさそうに顔を背けるゼフェルは、いつもと何ら変わりのないように見える。い
や、少し元気がないだろうか。
「研究院に用があるんだろ? 俺、ここで待ってるよ」
「いいって。別に大した用じゃねぇし」
「いいのか? じゃあ……、どうしようかな、この裏にでも行こうか」
「何だよ、ヒトに聞かれちゃマズイ話なのか?」
「う〜んと……、そういうわけでもないんだけど……。宮殿戻るより近いからさ」
 ゼフェルが了承の返事をすると、ランディは先に立って研究院の裏手へと歩き出した。
「──なぁゼフェル、おまえ、最近忙しいのか?」
「あぁ?」
 唐突な話の切り出し方に、一体何を言い出すんだコイツは、といった様子でゼフェルが
片目を眇めた。そうすると逆にもう片方の目が少し大きくなり、紅い瞳が迫力を増す。
けれどランディは、まったくひるむ様子もなく話を進めた。
「最近ちっとも誘いに乗ってこないじゃないか。だから、忙しいのかなって思ってさ。─
─マルセルがさみしがってたぞ。俺も、何だかんだ言っておまえがいないと張り合いない
し」
「別におめーらにゃカンケーねーだろ。いつまでもつるんでるトシでもねーし」
「それは違うだろゼフェル! なんでそんな冷たい言い方するんだよ、俺たち仲間じゃ─
─友達じゃないか」
「それが気にくわねーってんだよ!! てめーらのトモダチごっこにいつまでもつき合っ
てられっかっ!!」
「ゼフェル!!」
 ランディの制止を無視してゼフェルは走り出した。
 背中を見送って、ランディは大きくため息をついた。長めの前髪をかき上げるように掴
み、そのまま頭の上で両手を組んで俯いて、またため息をつく。
「トモダチごっこ、か……」


 執務室に駆け込んで、音を立てて扉を閉める。ゼフェルはそのまま扉に寄りかかってず
るずるとしゃがみ込んだ。
「クソッ、よけーなお世話だってんだよ、バカランディ!」
 確かに、最近ゼフェルは極力マルセルと顔を合わせないようにしていた。
 あんなん気の迷いだと、自分に言い聞かせて。
 そう、マルセルの笑顔に胸が音を立てたり、あの細い手首を掴んでみたいと思ったり、
そんなのは、ただの気の迷いだ。少し距離を置いて頭を冷やせば、自然と消えるはずだ。
 そう思って、遊びの誘いは断り、なるべく姿を見ないように見せないようにし、考えな
いで済むようにわざと調べものやらの仕事を増やしていたのに。
 マルセル、と、その名を聞くだけで心がざわめく自分がいる。
 またその名を口にした人物が悪い。
 ランディが、マルセルのことを“友達”として見てないなんてことは、とっくの昔から
わかっているのだ。マルセルの方も、どういうつもりかは知らないがまんざらでもなさそ
うである。あの懐きようからすると、マルセルもランディのことを兄として以上に思って
いるのかも知れない。
 それなのに、こんな想いを抱いても。
「ちくしょ、不毛すぎるぜ……」


          *         *         *


「──あれ? ゼフェルじゃないか。おまえがお茶会に来るなんて、すごい久しぶりじゃ
ないか?」
「るっせーな、好きで来たんじゃねーよ。こいつにとっつかまったんだ」
「いーじゃないたまには。部屋に一人で閉じこもってばっかは良くないよ。考えが悪い方
に流れていっちゃうからね」
「っせーな、黙れよカマヤロー! ──ってっ!」
 オリヴィエは何か感づいているらしい。ゼフェルは隣を睨んで暴言を吐き、その報復に
耳を思いきり掴まれて悲鳴を上げた。
 何かを見るでもなく、考え深げに眉を寄せて立っているマルセルに気づいてリュミエー
ルが声をかける。
「マルセル、どうかしましたか?」
「えっ。──あ、いいえ、何でもないです。ちょっとぼーっとしてて」
 慌てて取り繕うマルセルに、ゼフェルがちらりと目をやった。
「ねぇゼフェル、あんた最近マジメに調べものしてるって聞いたけど、一体何調べてんの
さ〜? まさかココを抜け出す算段でも考えてんじゃないでしょーね」
「今更ンなコトすっかよ。──別に、何だっていいだろ」
「あーゼフェル、悪いことをしているわけではないんですから、隠さなくてもいいではあ
りませんか。──ゼフェルが今調べているのはですねー、主星からの距離とサクリアの浸
透率、それからその星の文明の発達に、どのくらいの相関関係があるのかということなん
ですよー。これはつまり……」
 長々と続きそうなルヴァの台詞を遮るようなタイミングで、マルセルが感嘆のため息を
ついた。
「ゼフェル、そんなの調べてたんだ。すごいなぁ……」
 純粋に尊敬の眼差しを向けられ、ゼフェルがばつの悪い顔をする。
「ははっ、ゼフェル、照れなくてもいいじゃないか。──そうか、それでおまえ最近忙し
そうにしてたんだな」
 夢中になると周りが見えなくなるからな、とランディは笑った。彼なりに、ゼフェルが
遊びにつき合わなくなった理由を考え心配していたのだろう。
 ゼフェルの胸が、最悪感に痛む。
 どうせやるなら没頭できそうなものを、と思って選んだテーマだった。テキトーなもの
では思考からマルセルを追い出すに至らない。結果としてゼフェルはこの調べものに、か
なりの興味関心を抱いて熱心に取り組んではいたが、そもそもの動機が動機なだけに、後
ろめたさがつきまとい、あまり周囲には言えないでいる。ルヴァが言うにはジュリアスも
感心していたとのことだったが、動機を知ったら嘆かわしいとか何とか延々と説教を喰ら
うのは目に見えている。
「でも、たまには息抜きも必要だろ。今度3人でピクニックにでも行かないか?」
 自然な話の流れでランディが誘いの言葉を口にする。そこにわざとらしさを感じた人間
が、一体何人いただろうか。
「行かねーよ」
 低い声を耳にして、皆がそれぞれの思いで瞠目する。
「……ゼフェル、」
 小さなマルセルの呟きに、ゼフェルの瞳が微かに歪んだ。
「ゼフェルっ」
「るせー! 何度も言わせんな! てめーらのトモダチごっこにつき合ってんのは、もう
うんざりなんだよ!!」
 立ち上がり、ランディを睨みつけた紅い瞳が、一瞬だけマルセルを見た。
 そのまま走り去る背中を、皆が無言で見送る。
 沈黙を破ったのは、オリヴィエだった。
「まったく、あの子にも困ったモンだねー。やっと反抗期が終わったと思ったら、今度は
思春期ぃ〜?」
 リュミエールが、たしなめるようにオリヴィエの名を呼ぶ。
 かたんと音を立てて、ランディが立ち上がった。
「俺……探してきます」
「ランディ?」
 潤んだ瞳で見上げてくるマルセルを見返して、ランディは一瞬、辛そうに顔をしかめた。
 無言で顔を背け、走り出す。
「ランディ……。──ゼフェル……」
 2人の消えた先を見やって、マルセルが不安そうに呟いた。


 気づいてしまった。──気づかなければ良かった。
 全速力で木々の間を走り抜けながら、同じくらいの速度でランディの頭の中を様々な思
考が駆けめぐる。
 いつものランディなら、あんな些細なことには気づかないはずだった。あんな、たった
一瞬の眼差しで。
 けれど、一度思い至ってしまえば、他にも思い当たる節はいくつもある。
 ゼフェルはマルセルのことが好きなのだ。自分が彼を好きなのと同じように。仲間とか
友達とか、そんな言葉ではもうごまかしようのないくらいに。
 そして、マルセルも……。
 どうして気づいてしまったんだろう。いつもの“鈍感野郎”の自分なら、そんなこと、
知らずに済んだのに。
 それだけ、マルセルのことに対して敏感になっている証拠だ。それだけ、マルセルを好
きになってしまっている、証拠だ。
 ぴたり、ふいに立ち止まる。
 もう、自分は知ってしまったのだ。知らなかった頃には戻れない。知らない振りも出来
はしない。見て見ぬ振りをするなんて、そんなのは、マルセルにもゼフェルにも、自分に
対しても失礼だ。皆真剣なのに。
「真剣なのに……、どうして逃げるんだ」
 そんな卑怯なのは自分じゃない。そんなことはしたくない。たとえどんな結果が待って
いようと、真っ直ぐ正面から向き合うべきだ。
「ゼフェル、おまえも……、ちゃんと向き合えよ」
 呟いて、ランディは方向転換した。
 ゼフェルを探そう。探して、ちゃんと言おう。彼はきっと、誤解している。自分とマル
セルは、彼が思うようなものではないのだ。
 逃げてはいけない、逃げさせてはいけない。ゼフェルが逃げたら、悲しむのはマルセル
なのだ。


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