「ゼフェル、こんなところにいたのか。探したぞ」
 ランディは、ゼフェルが逃げないのを確かめてから、隣に座った。
「マルセル、泣いてたぞ」
「ッ、──知るかよ」
「ゼフェル、」
 咎めるような口調に、ゼフェルはまたイライラして、立ち上がって叫んだ。
「それがどーだってんだ、オレにゃカンケーねーだろ!? あいつのお守りは、ランディ、
てめーの役目だろーが!!」
「落ち込んでいるマルセルを慰めて、気を紛らわせてあげることはできるよ。だけど、マ
ルセルに笑顔をあげられるのは、俺じゃない」
 睨み下ろすゼフェルを見上げるランディは、いたって真面目な顔をしている。無言のま
まほとんど睨み合うような視線が交差して、ぴりぴりと、痛いほどだ。
 わずかに視線をそらして、ランディが呟いた。
「俺はマルセルのことが好きだよ。仲間として、弟として以上に好きだ。できることなら
俺がこの手で幸せにしたいと思う。でも、俺じゃ、マルセルを幸せにすることはできない
んだ」
 一瞬だけ、ちらりとゼフェルに視線をやって、またランディは顔を背けた。
「おまえ、マルセルのこと見てないだろ。最近、ずっとマルセルから目をそらしてるの、
俺、知ってるんだぞ。おまえがいつまでもそのままでいるつもりなら、俺にも考えがある
からな」
 言い置いて、ランディは返事も待たずに去っていった。
 立ち上がったときに合わせた視線からは、ランディが珍しく真剣に怒っていることが伝
わってきた。
「ちくしょう。……クソッ、わーってるよそんなことは!」
 吐き捨てて、どかりと草の上に座り、そのまま背中から倒れ込む。身を包む草いきれに、
息がつまりそうだ。
 目を閉じて、マルセルの顔を思い浮かべる。けれど、現れたのは良く見知ったはずの笑
顔ではなく、悲しそうな、もの問いたげな表情だった。愕然としてゼフェルが目を見開く。
木の葉の間からチラチラと射し込む日の光が眩しい。
 しばらく考え深げに目を伏せて、むくりと起きあがる。
「ヤメだヤメ! こんなん考えたってわかるワケねんだ。会いに行ってやろーじゃんか、
マルセルに」
 半分ヤケクソで、ゼフェルは立ち上がり、緑の館を目指した。


                    *                  *                  *


 会いたいのに、会いたくない。一緒にいたいのに、側にいて欲しくない。
 ゼフェルが側にいないときは、会いたいと思う。けれど実際に側にいられると、どうし
て良いかわからなくなってしまう。ゼフェルが何か苛立っているのがわかるからだ。
 あからさまに避けられていた状況よりはマシかも知れないが、側にいるのにちゃんと見
てもらえていないのがわかるのも、何とも言えず悲しいものだ。
 ゼフェルと目を合わせなくなって、ゼフェルの笑顔を見なくなって、もうどれくらい経
つのだろう。ランディがいろいろと気遣ってくれているのもわかるけれど、ランディはあ
くまでもランディであって、決してゼフェルにはなりえないのだ。
 花壇の紅いチューリップを見つめ、ぽつり呟く。
「ゼフェル……」
 その時、かさりと土を踏む音がした。
「なんだよ、──花に向かってヒトの名前呼びやがって」
 すみれ色の瞳が大きく見開かれ、ばっと声のした方を振り向いた。
 無造作に短い髪をがしがし掻いて、視線は斜め上、空を見ている。チューリップの花び
らと同じ、紅い瞳がちらりとマルセルを見て、また空に戻された。顔は背けたまま、視線
だけが下に降りる。
「──よ、」
 少しふてくされたような顔でぼそりと呟いた、それは紛れもなくゼフェルの姿だった。


 久しぶりに、ゼフェルと話をした。
 最初はぎこちなく、けれどだんだん打ち解けてきて。
 マルセルはとても久しぶりに、ゼフェルの笑顔を見たのだった。左右対称ではなく、片
方の口端をより強く歪める独特の笑い方。皮肉げにも見えるその笑顔が、とても嬉しい。
「──なんだよ?」
「え?」
「今、笑ってただろ」
「そうなの? ──あ。ふふっ、ゼフェルの笑った顔って、久しぶりに見たなーと思って」
 マルセルがあまり幸せそうに笑うものだから、ゼフェルは面食らって、その後照れたよ
うに視線をそらして……。頬をぽりぽり、
「そうだな」
 照れくさそうに笑った。
 それだけのことが、とても嬉しい。自分の言葉で、目の前の顔に笑顔が浮かぶ。それだ
けのこと、けれどなんて素敵なことなんだろう。
 やがて、辺りが暗くなってきたことに気づいてゼフェルが立ち上がった。
「お、もーこんな時間なのか。そろそろ帰るわ」
「あ、うん」
「──なんだよ、そのツラはよ」
「え?」
 何のことを言われているのかわからず、マルセルは首を傾げた。
「……そんなカオしなくても、また明日会えんだろ」
「────、うんっ!」
 一瞬きょとんとして、マルセルはぱっと笑顔になった。得意気に、少し照れくさそうに、
鼻をこすってゼフェルも笑う。
「じゃな」
「うん! ゼフェル、また明日!」
「おー」
 片手をあげて去っていくゼフェルの背中を見送っている間も、マルセルはずっと笑顔だっ
た。笑顔のままでいるのではなく、次から次へと新しい微笑みが湧いてきて、尽きること
なく溢れるように、ずっとずっと、笑顔だった。
 くるっと玄関の方へ振り返って、ふと足下のチューリップに視線を落とす。
「チューリップさん、おやすみ、また明日!」


 翌朝、途中からランディと一緒に宮殿へ出仕したマルセルは、廊下でゼフェルの姿を見
つけた。
「あっ、ゼフェル! おはよう!」
 ぱたたっと駆け寄る、それは、少し前までならとても見慣れた光景だった。けれどその
様子を見てランディが目を瞠る。
「おう。──はよ」
 マルセルの後ろ姿を追った空色の瞳が、ゼフェルの笑顔に何かを納得したように微笑ん
だ。うれしそうにも、少しさみしそうにも見える微笑みだ。
 ふと、ゼフェルの瞳がランディを捉えた。気づいてランディが笑顔を大きくする。
「ゼフェル、おはよう」
「……おう」
 いつも通りの仏頂面で答えたゼフェルに安心して、ランディも2人のもとへと駆け寄っ
た。


 その日1日考えて、ランディはひとつの結論を出した。
 それは、マルセルに自分の気持ちを伝えようということ。
 告白することによって避けられてしまう可能性はゼロではなかったが、ランディは多分
そうはならないだろうと思った。少しは気まずくなってしまうかも知れないが、きっとす
ぐに自然に一緒にいられるようになる。
 マルセルと恋人になりたいとか自分のことを好きになってほしいとかじゃなくて、ただ
自分がマルセルを好きだということだけを、伝えればいい。
 今の自分なら、できると思った。
 何も言わずに静観するという方法もあるが、あいまいにしたりただ成りゆきを見守るだ
            テ
けというのはランディの手法ではない。それにきっと、それだとゼフェルがいつまでも自
分のことを気にする気がした。
 自分はただ、マルセルに笑っていてほしいだけなのだ。そのために、できるだけのこと
をしたい、それだけだ。──少しも胸が痛まないと言ったら嘘になるけれど、それがラン
ディの正直な気持ちだった。
 夕刻、執務が終わってからマルセルの執務室を訪ねると、マルセルはいつもの笑顔で迎
えてくれた。
「やあ」
「あっランディ! ──ねぇねぇ、こないだ言ってたお花、もう咲いたかなぁ? ぼく見
に行こうと思うんだけど、ランディもどう?」
「ああ、俺も行くよ」
「ほんとっ!?」
 いそいそと片づけをし、半ば駆け足で草原に行くと、白い小さな花が点々と花開いて、
可憐な顔をのぞかせていた。
「わあっ、咲いてる! ──かっわいいなぁ……」
 元気に咲くんだよ、とか、君もがんばってね、とか、幸せそうに花々に声をかけるマル
セルを見て、ランディも頬に笑みを浮かべる。
「マルセル、」
 名を呼ばれ振り向いたマルセルは、きょとんとして、ランディと同じように真顔になっ
て向き合った。
 気負うことなく、自然な息の流れでランディが口を開いた。
 すみれ色の瞳が微かに大きくなり、やがて目の前の空色の瞳と同じように、優しい穏や
かさをたたえはじめる。
 ランディは、少しも照れたりしていなかった。好きな子に想いを告げ、その返事を待つ
時間、期待と不安と照れくささとで真っ赤になっていてもおかしくないのに。
 マルセルは気づいた。ランディは、自分のゼフェルへの想いを知っているのだ。だから
マルセルも、同じように穏やかに言葉を返した。
「ランディ、ありがとう」
「うん」
 ごめんね、とは言えなかった。悪いことをしているわけではない。今謝ったら、自分の
想いもランディの想いも、ゼフェルの想いも、罪深いものになってしまうような気がして。
 だからマルセルは、ただ感謝の言葉を口にした。
 君が好きだよ、大切な友人なんだ。いつもぼくのこと見守ってくれてたのを知ってる。
友人として、仲間として。家族として。そしてそれ以上に。
 今、それを口に出しては言わないけれど。伝わればいい。物言わぬ風が木々を揺らすよ
うに。花の香りを風が運ぶように。
「ありがとう。────じゃあ、ぼく、行くね」
「ああ」
 名残惜しげにきびすを返し、ちらりとランディを横目に見て、マルセルは走っていった。
 その背を見送って、ランディは右手で前髪をかき上げるように掴み、目を閉じる。ゆっ
くり深呼吸をして、マルセルの消えた先を見つめて呟いた。
「マルセル、ありがとう。明日からは、ちゃんと、おまえの良い友達でいられるから……」
 今はもう少しだけ、ここで花の香りに小鳥のさえずりに、慰めてもらっててもいいかい?


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