*              *                  *


「ランディー、ラーンディー! ──もう、どこ行っちゃったんだろう」
 マルセルが唇を尖らせて呟くと、後ろからゼフェルの声がかかった。
「よっ、何してんだ?」
「あ、ゼフェル。ランディ知らない? そうだ、ゼフェルもおいでよ。リュミエール様が
ね、ミントのクッキー作ってくださったんだ。ランディ、こないだ食べそこねて、今度食
べたいって言ってたから探してるんだけど、見つかんないんだよ」
「へー。ま、見かけたら伝えといてやるよ」
「えっ? ゼフェルは来ないの?」
「わりーな」
 そっか……、と少し俯いて、けれどマルセルはすぐに笑顔を見せた。
「じゃあ、ぼく行くね。ランディに会ったら早くおいでって言っといて。──ゼフェルも
気が向いたら来てね!」
「ああ、──じゃな」
 マルセルと別れた後、何の気なしに森を歩いていて、ゼフェルはふと上を向いた。何か
があるような気がしたわけではなかったのだが……
「──あいつ、こんなトコで何してやがんだ」
 木の上に、ランディを見つけた。寝ているのかも知れない。驚かせてやろうと思って、
声をかけずにゼフェルも登る。
「おいっ! 何してんだよこんなトコで」
「うっわっ! ──びっくりさせるなよ、危ないじゃないか」
 落ちてアタマ打ったら少しはマシになんじゃねーのか、と軽口を叩いて、ゼフェルはラ
ンディの隣に腰を下ろした。
「なんだよ、寝てたのか? マルセルが探してたぞ」
「えっ、ほんとかい? 全然気づかなかったよ」
「リュミエールがミントクッキー焼いたんだとよ。おめーが食いたがってたから探してん
のにどこにもいないとか言ってたぜ。──ここなら、声、聞こえるよなぁ?」
「うん、たぶん……。ちょっと、考えごとしてたんだ」
「考えゴト? おめーが? マルセルの声も聞こえないくらいにかよ?」
 ゼフェルが疑わしげな顔をすると、ランディは眉を寄せて髪に手をやった。
「ほんとだよ……。でも、マルセルも誤解してたら困るな」
「誤解?」
 聞きとがめて、ゼフェルが片眉を持ち上げランディをちらりと見る。ランディは、きょ
とんとしているようにも見える表情でゼフェルを見つめ、くすっと小さく笑った。
「──実は俺、マルセルに言っちゃったんだ。振られちゃったよ」
 ジュリアス様に怒られちゃったよ、と言うのと同じように、ランディは言った。ゼフェ
ルが呆気にとられて振り返り、ランディの顔をまじまじと見つめる。
「な……っ? ランディ、おめー?」
 うん、と頷いて、ランディは苦笑混じりの笑みを浮かべた。けれどどこか吹っ切れたよ
うにさわやかなその笑顔に、ゼフェルは他人事なのに心配をしてしまう。
「うん、て、おまえっ……なんだよそのさわやかそーなツラはよ!?」
「あはは、ゼフェルこそ、なんだよその顔。おまえの方が振られたみたいな顔してるぞ」
 ぶち切れそうになったゼフェルを押さえるタイミングで、ランディが名を呼んだ。
「だってさ。俺はマルセルを幸せにしたい、マルセルと幸せになりたいけど、マルセルが
幸せになりたい相手は他にいるって知ってるから。──それに、マルセルが幸せになりた
い相手、俺も知ってる奴だし。そいつ、すごいいい奴だって、俺も知ってるからさ」
 な、と同意を求めるように、ランディが首を傾げた。
 困惑と呆れと驚きの混じった複雑な表情で、ゼフェルが呟く。
「おい……」
「え? あれ、ゼフェル、まさか気づいてなかったのか? ──いつも俺のこと鈍感野郎
とか言ってさんざんばかにするくせに」
「っせっ! ちげーよ、てめーと一緒にすんなっ!」
 わめいてゼフェルはそっぽを向いた。自分がマルセルを想うように、マルセルも想って
くれているというのは、あの、久しぶりに話をしたときに何となくわかった。それに、そ
もそもランディが言ったのではなかったか。マルセルの想い人は自分ではないと、ゼフェ
ルを睨みつけて。
 そうではなくて。
 ゼフェルの呟きは、ランディの行動に対してのものだった。
                         ハンチュウ
 こんな時まで、即断即決即行動なのかよ……。理解の範疇を超えた急展開に、心がつい
ていけない。思えば最初っからコイツはこーゆーヤツだった。ランディの無鉄砲に、一体
何度つき合わされ、振り回されたことか。自分のことは棚に上げて、ため息をつく。
「ゼフェル?」
 なんにも考えてなさそーなツラしやがって……。
 この先もずっと、こんな風に振り回され続けるのかと思ったら、無性に腹が立った。覗
き込むランディの頭をはたいて、枝の上に立ち上がる。
「オレ様はテメーとちがってなあっ! ────そんなん急に言われても、どーしろって
んだよ」
 怒鳴りかけて、弱り切った本音が口をついて出る。ランディは、いつもの兄貴面で、さ
も当然のことのように口を開いた。
「どうしろって、ゼフェルがすることはひとつしかないじゃないか」
「〜〜っだからっ!」
「だってゼフェル、マルセルのこと好きだろ?」
 息を吸い込み、けれどゼフェルはそのまましゃがみ込んだ。もう何も言う気がしない。
「……ゼフェル?」
「っせーな、そんなん口に出して言うなよ恥ずかしーだろがっ」
 顔を赤くしてそっぽを向いたゼフェルの後ろで、ランディが笑う気配がした。
「ゼフェル。────マルセルのこと泣かしたら承知しないからな」
「っせーな、するかよ」
「──うん」
 穏やかに頷いて、ランディは立ち上がった。
「さ! ゼフェル、クッキー食べに行こうよ!」
「はぁっ!?」
「クッキーだよ、ミントクッキー。リュミエール様が作ってくださったんだろ? 早く行
かないとなくなっちゃうよ」
「てめー一人で行けよ」
「なんでだよ。一緒に行こうよ。な?」
「────ちっ。ったくコイツは……」
 ぶつぶつ文句を言いながら、ゼフェルは軽く伸びをするとランディに続いて木を降りた。


「あーっ! ランディ、ゼフェルもっ! おっそいよ〜」
「ごめんごめん。ミントクッキー、まだあるかな」
「あんまり遅いから全部食べちゃったよ。──なんてね、うっそ、ちゃんととっておいて
あげたよ」
 2人で並んで座ると、リュミエールが湯気の立つ紅茶のカップを差し出した。
「どうぞ。今日は2人でどこかへ行っていたのですか?」
「ちげーよ、たまたま会っただけだ。──ああ、マルセル、こいつ木の上で寝てたぞ」
「だからっ、寝てたんじゃないって」
「オレが声かけたら落ちそーになってやんの」
「ゼフェルッ! それはおまえが脅かしたからだろっ!?」
「もーっ、2人ともっ! やめてったらあっ!」
 マルセルに睨まれて、2人は口をつぐみ、ちらり互いを見やって微かに笑った。
 このところずっと3人の心にあったわだかまりが消えた様子に、お茶会保護者組の面々
もほっとしたようだ。


 お茶会を終え、3人並んで歩いていると、ランディがいきなり声をあげた。
「あっ、いけない、忘れてた! 俺、オスカー様のところに行かなきゃだったんだ。──
悪い、俺、先行くなっ」
「えっ、ちょ、ランディ?」
「マルセル、クッキーとっておいてくれてありがとな。──ゼフェル、じゃーな!」
 そのままあっと言う間に小さくなった背中に、マルセルがきょとんとした目を向け、ゼ
フェルが小さく舌打ちをした。
 わざとらしすぎんだ、バカランディ!
「──ゼフェル? ランディどうしちゃったの?」
「…………知んねーよ。──なぁ、ちょっと寄り道してかねーか?」
「? うん、いいよ」
 ゼフェルは、マルセルを連れ森の湖の方へと歩いていった。わずかな期待に、マルセル
の胸が高鳴る。
「──おめー、前にナントカっつー白い花のこと言ってたじゃねーか。あれとおんなじよー
なヤツ、この先でも見つけてよ」
 なんだ、と思った次の瞬間、言葉が続いた。
「見せたら、おめー、喜ぶかと思って」
 顔を上げると、視線をそらしたゼフェルの耳が赤くなっていた。悪くない予感に、口元
がほころぶ。
「──あっほんとだ! すごーい、良く見つけたねぇ!」
「まぁな」
 鼻を擦りながら笑って、ゼフェルは花の前にしゃがみ込んでいるマルセルに近づくと、
隣に腰を下ろした。
「おまえよ、花見ながら、どんなこと考えてんだ?」
「え? ──そうだなぁ。きれいだなとか、今日もがんばって咲いてるねとか、あとは、
自分のとこのお花だと、ぼくがもっときれいにしてあげたいな、とか。かな?」
「ふーん」
「ゼフェルは? メカ作りながら、何考えてんの?」
「んー、そーだな……。オレ様が立派なメカにしてやっからな、とかか?」
「あははっ、ゼフェルってば自信過剰ーっ」
「るせっ。あとは、そーだな、メカチュピの改造してっトキは、おめーのこと考えてんぜ」
「え……っ?」
「なんせ、おめーらみてーなメカ音痴にも操れるようにしねーとなんねんだからな」
「ひっどーいっ」
 マルセルが頬を膨らませると、ゼフェルは声を立てて笑った。
 笑いがおさまると、ふっと真剣な顔になり、ちらりと視線をそらす。
「────あのよ、………………ランディに、聞いたぜ」
「え? ──あ」
 さっき、突然ランディが先に帰ると言い出したのはそのせいだったのかと、マルセルは
納得した。目の前の白い花を見つめながら、ゼフェルの言葉を待つ。花びらの先が細いふ
さのようになっていて、まるでゼフェルの髪のようだ。
「マルセル、────オレ、……おまえが好きだ」
 怒ったような口調のゼフェルは、白い花を睨みつけるように見ていた。けれどその目に
は、きっと花なんか映っていないに違いない。
 ちらっと盗み見たゼフェルの横顔が真っ赤になっていて、触ったら熱そうだ、なんてこ
とを考える。その熱は、マルセルの心の中も、同時に満たしてくれるだろう。
「うん。──ありがとう」
 穏やかな返事に、ゼフェルが振り向いた。
「ありがとって、おまえ……。──やけにあっさりしてんな」
 拗ねたように、ゼフェルが呟く。
「そう? だってぼく、どこかでゼフェルの気持ち知ってた気がするし。──でも、うれ
しい。すごくうれしい、ありがとう。──ぼくも、好きだよ」
 最後は少し声をひそめて。
 ほんの少しだけ、ゼフェルに寄り添うように身体を傾ける。傾げた首から垂れる金色の
しっぽがさらりと揺れた。
「っ、──おう」
「ふふっ。ゼフェルってば照れてる。かわいい♪」
 ゼフェルは絶句して、ぷいっと顔を背けた。すかさずマルセルが引き止める。
「あっだめだよ、なんでそっち向いちゃうの? 顔見せてよ。すっとゼフェルの顔見てな
くて、ぼく、さみしかったんだよ?」
 悲しそうな声に振り向くと、マルセルは、なんと笑っていた。
「なっ!? てめっ、──ヒキョーだぞっ」
「ヒキョーじゃないよ。……卑怯でもいいもん」
 ぽふん。マルセルはゼフェルに抱きついた。
「だってぼく、ゼフェルに会いたい、ゼフェルを見てたい、ゼフェルと笑ってたい。──
ゼフェルと一緒にいたいよ」
「……ああ」
 ゼフェルの手が、はちみつ色の髪を撫でる。くすぐったそうに、マルセルが首をすくめ
た。
「──ねぇゼフェル。今度の日の曜日さ、ランディも誘って3人でピクニックに行こっ?」
「今度……? ────3人で行くのもいーけどよ、今度のは2人で行かねーか?」
「初デートのお誘い?」
「っ、──そーゆーコト言うヤツはもう誘ってやんねーぞ」
「ええっ、誘ってよ、ね?」
 大きなすみれ色の瞳が上目遣いでゼフェルを見つめる。
「ちっ、──ったく、しゃーねーな」
「ふふっ、ゼフェル、大好き♪」
 ランディとはまた違った意味で、マルセルにも何かと振り回されそうな予感がする。
 ゼフェルは微かに眉を寄せつつ空を仰いだ。
 いい天気だ。きっと、明日も明後日も、──日の曜日も晴れるだろう。マルセルの髪が
陽に光るのを眺めながら昼寝をするのも悪くない。
 しょーがねー。ランディのヤツも、誘ってやっか。
 ゼフェルの口元が、微かに微笑んだ。


                                             fin.



こめんと(byひろな)    2001.3.6

3000HIT、えみゆきさんからのリクエスト、お子様組の三角関係、ゼーマル←ラン、でございます。っつーか、くっつくとこですな。
えみゆきさんのサイトが現在お休み中ですので、先にUPさせていただきました。
んで。三角関係ではありますが、あんましどろどろした感じにはしたくなかったので、ランディくん、けっこう往生際の良いヒトに。しかし3人それぞれの思うところを書こうとしたら案の定長くなり、と〜ってもお待たせしてしまって、申し訳ないことになってしまったのでしたm(_ _)m。でも、気に入ってもらえたようで、良かった♪(ほっ)。そしてちょうどお誕生日プレゼントな感じに。結果オーライ?(^^;)
三角関係って、書いたの初めてだったのですが、ちょっと、いいかも……と思い始めてます。うん。悩んで大きくなるのだな(笑)。そしてもっとイイ男になるのだな、ランディくん(笑)。
しっかしゼッくん。親友(?)に振り回され、恋人に振り回され、……弱いな(フッ)。


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