*                  *                  *


 何事もなかったかのように過ぎた数日後の夜、風呂上がりのオリヴィエが自室へ戻ると、
控えめなノックの音がオリヴィエを呼んだ。
「オリヴィエ様、お客様がお見えですが」
「客?──だれ」
「ランディ様でございます。いかがなさいますか」
 髪を拭く手を止めて、オリヴィエはしばし言葉を失った。
「……オリヴィエ様?」
「あ、ああ。──いいよ、通して」
「かしこまりました」
 遠ざかる静かな足音を聞きながら、オリヴィエは小さくため息をついた。
「──すいません、こんな遅くに。でも、なんか急に……、あなたに会いたくなっちゃっ
て」
 そう言って、照れたようにランディは笑った。
「ここ数日、ずっと考えてたんです。俺の、あなたへの気持ちと、他の人への気持ちはど
う違うんだろうって。でも……、考えれば考えるほどわからなくなってくみたいで。だか
ら何も考えずにあなたに会えば、わかるのかも知れないって思って」
「それで……、私に会ってみて、どう、わかった?」
「はい」
 迷わず即答して、ランディは力強く、笑みさえ浮かべてオリヴィエを見つめた。
「俺、やっぱりあなたが好きです。なんでとかどこがとか、どういうふうにとか、そうい
うのはよくわからないけど、これだけは自信を持ってはっきり言えます」
「ランディ」
「オリヴィエ様のこと、ずっと考えてました。そしたら、何かが違うって思ったんです。
こんな言い方、傲慢かも知れないけど……、俺、あなたに大事にされてるって思ってまし
た。俺が聖地に来たとき、オスカー様やリュミエール様と一緒に、聖地のことや守護聖の
こと、いろいろなことを教えてくれましたよね。オスカー様もリュミエール様も、オリヴィ
エ様も、俺、それぞれ尊敬してます。あなたの……さりげない優しさを、俺も見習いたいっ
て思ってます。──だからあの日、いつものオリヴィエ様とどこか違うって、そう思った
んです。俺のことを気遣ってくれてる言葉だったけど、何かが違ってた」
 ランディの眼差しが強さを増す。
 どんな困難にも負けずに立ち向かう瞳がオリヴィエを貫いた。
「あなたが……、俺のこと、ただの後輩としてしか見てないなら、本当に俺のことを好き
じゃないならそう言ってください、俺、諦めます。でも、もしあなたが俺のことを思って
そう言ってくれてるのなら、そんなのやめてください、俺はあなたが好きなんだ」
 理屈ではなく、ただ本質を知る。ただ真っ直ぐに最短でそこに辿り着く。オリヴィエの
本音のあるその場所に。
 けれど間違えちゃいけない、この想いは、きっと恋にとても似すぎていて、けれど恋じゃ
ないはずなのだ。憧れを恋と勘違いしているだけだ、そう言おうとして、オリヴィエはし
かし違う言葉を口にしていた。
「ランディ……、あんたもわかってんでしょ。あんたの隣には、元気でかわいい女の子が
似合うよ」
「そんな言葉が聞きたいんじゃない!」
 叫んでランディはきつく眉を寄せた。
「似合う似合わないなんて関係ない。俺はあなたの隣にいたいんだ。あなたに、」
「関係あるよ」
 冷ややかな声がランディの動きを止めた。
「関係あるよ。あんたは男の子でしょ。かわいい女の子と恋をして、いつか自然に触れあ
いたいと望むようになる。だけど私は男だよ。普段は化粧をしてるけど、あんたも知って
るとおり、今のこの顔が私の素顔だ。身体も、あんたと同じ男のものだよ。──この身体
に、あんたは欲情できるの?」
 そう言って、オリヴィエは着ていたバスローブを床に落とした。何も身につけていない、
引き締まった美しい身体が部屋の灯りの下に晒される。瞬間、ランディの頬がかあっと赤
くなった。
 照れて目をそらし、逃げてしまいたい。けれど今ごまかしたら、もう2度とこの人は手
に入らないことを知っていた。そして何より、自分はそんなことを望んではいない。
 引き寄せられるように身体が動いた。片手がオリヴィエの手を掴み、もう片方の手は頬
を滑り、そのまま髪の間に差し入れられる。
「なんでですか。──俺はこんなに、あなたに触れたいと思っているのに……」
 そのままランディは、オリヴィエを抱きしめ、口づけた。
 軽く目を伏せて、唇を押しつけるだけのキス。耳まで赤く染めながら、何かに戸惑う想
いを隠せないまま、けれどランディは真っ直ぐにオリヴィエを見つめている。
 その目を見つめ返し、オリヴィエはため息混じりの微笑をもらした。
「しょーがないなぁ……。──いいよ、おいで」
 言ってオリヴィエは、ランディを促しそのまま歩き出す。その行く先が寝室だと知って、
ランディはオリヴィエの背中を呼び止めた。
「待ってください! ──オリヴィエ様、俺、まだあなたの気持ちちゃんと聞いてません」
 同情や慰めでそういうことをする人ではないとわかっていても、曖昧なままで、いい加
減に触れたくはない。
 振り向いたオリヴィエは、軽く目を瞠り、やがてため息をついて髪をかき上げた。
「まったく、あんたは……。ん、そうだね、──ランディ、好きだよ」
 おいで、と再度促され、ランディは唇をきゅっと結ぶとオリヴィエの後について寝室へ
と入っていった。


 濃青の瞳が自分を見つめ、ルージュをひいていない唇が自分の名を呼ぶ。
「私に触れたいって、そう言ったね。──あんたの思うようにしてごらん」
 オリヴィエの言葉に、ランディは一瞬躊躇うように視線を揺らした。
 ベッドに座るオリヴィエに歩み寄り、身をかがめてシーツに手をつく。オリヴィエに近
づくにつれ鼓動が早くなるのを感じながら、そっと唇に口づけた。
 キレイなカーブを描く肩に触れた手のひらが途端に熱を持ちはじめる。微かにベッドが
軋む音がして、長い金の髪がシーツの上に広がった。
 初めて目にする白い肌を指先が一瞬掠め、すぐに離れた。思わず握りしめた手を解き、
ランディはおそるおそる手を伸ばす。再び肌に触れた指がぴくりと震え、けれど今度はそ
のまま手のひらを肌に押しつけた。
 肌に触れた微かな震えに気づき、オリヴィエが小さく声をかける。
「ランディ……」
 名を呼ばれ、戸惑いを消さぬままランディは、自分の下に横たわる身体を抱きしめた。
「オリヴィエ様……、好きです。どうしよう、俺……、こんなにあなたが好きだ」
 耳のすぐ後ろで心臓が鳴っている。オリヴィエの肌に触れた指先がとても熱くて、全身
を巡る血液が激流になったような気さえする。
 ランディがそんなことを呟くように告げると、オリヴィエは小さく笑った。柔らかい髪
を撫で、梳くように指を差し入れる。
「私だって……、これでも緊張してるんだよ」
 その眼差しに誘われるまま、3度目の口づけを交わした。軽く開いた唇の間から、舌を
伸ばして一瞬だけオリヴィエの唇を舐める。応えるように開いた唇を割って、口腔の中へ
と舌を伸ばして。舌先が熱く濡れた感触に触れて息を飲むように一瞬動きが止まり、再び
触れ合い、絡み合うと同時にランディの手に力がこもった。
 こんな、恋人のキスをするなんてことは、ランディはもちろん初めてだ。誰かの身体に
意味を持って触れるのも。けれど、躊躇いも戸惑いもそのままに、何かを考える前に勝手
に身体が動いていた。
 全身を音を立てて駆けめぐる鼓動に押されるまま、オリヴィエの胸に触れ、口づけた。
触れた舌先が痺れる。と同時にぴくりとオリヴィエの身体が震え、小さく声が漏れた。
「ん……っ」
 ランディは一瞬目を瞠って、今度は確信を持ってそこに舌を這わせる。熱い吐息に追い
立てられるように、もう一方の胸の突起を指が辿った。
「は……っ、ランディ……」
 かき抱くようにランディの頭を撫で、オリヴィエがランディの名前を呼ぶ。そのまま首
筋へ滑った長い指が、ランディの服の襟の中へと入り込み、肩を撫でた。
「……ッ」
 ぴくんと身体を震わせてランディが動きを止めた。少しだけ身を起こしてオリヴィエを
見つめる。思いつめたように寄せられた眉の下、空色の瞳が熱く潤んでいる。見返す濃青
の瞳も、いつもよりきらめきを増している。
 オリヴィエの指がすっと動き、シャツの裾から素肌を探った。息をつめて手を握りしめ、
ランディはその衝撃に耐える。浅く息をついて身を起こし、シャツを脱ぎ落とすと、しな
やかな筋肉のついた身体が汗ばんでいるのがわかった。
 眩しそうに目を細め、唇を微かに笑みの形にして、オリヴィエの手がランディの脇腹に
触れる。その手の目指すところを悟って、ランディは慌ててその手を掴んだ。
「ちょっ……、オリヴィエ様っ」
「──私だってあんたに触れたいんだよ」
                                                    アリカ
 囁きに腕の力が緩んだ隙に、手を伸ばしてランディの情熱の在処に触れる。服の上から
探られて、息を殺したランディの口の中で歯を噛みしめる音がした。長い指が閃き、下衣
をくつろげる。熱く張りつめた情熱に直に触れた途端、ランディの手がシーツを強く掴ん
だ。
「ッ……はっ、オリヴィエ様……!!」
 痛みをこらえるようにきつく寄せられた眉の間にキスをして、オリヴィエの指がランディ
を絡め取るように追いつめる。
「ぅっ、……あ、も……っ、──!」
 熱い身体を震わせて、ランディが想いを解き放った。汗ばんだ身体が崩れ落ちるように
オリヴィエの上に重なる。
「あ──すいません、重いですよね」
「ふふっ、いいよ。────あったかいね、熱いくらいだ」
「うん、俺……、全身熱くて、何も考えられなくて。身体が勝手に……、あなたに触れた
くて……」
 言いながらランディの唇が降りてくる。舌を絡め合う深いキスをしながら、ランディの
手がオリヴィエの身体を辿り、腰から脚を押しつけるように撫でた。滑らかな感触が、手
のひらに伝わる。
「気持ちいい……」
 思わず呟きが漏れる。その吐息がまた、オリヴィエの肌を撫で、身体が震えた。
 もはや躊躇いのない手がオリヴィエの脚を割り、熱く濡れる情熱を手のひらに包み込む。
「んっ……」
 オリヴィエがぴくりと眉をひそめる。
「オリヴィエ様……、あなたが好きです。あなたにもっと触れたい……」
 熱い眼差しに求められるまま、オリヴィエはランディの手に自らの手を重ねた。触れた
ところから甘い痺れが全身に走り、ランディが身体を震わせる。
「私も……、あんたにもっと触れられたい。あんたに触れたいよ……」


                   *                  *                  *


 朝の光の気配を感じて、ランディは目を覚ました。けれど、いつもなら右頬を温めるは
ずの太陽の熱を、今日は感じない。怪訝に思いながらうすく目を開くと、目の前に金色に
光るものがあった。
「え……?」
 ぱちぱちと瞬きをして、よく見ると。間近にオリヴィエの寝顔が見えた。
「ぅわあっ!」
 思わず叫んで飛び起きる。さあっとシーツが肌を滑る感触がするところが、またいつも
と違った。自分の身体を見下ろすと、──服を何も身につけていない。
「ん……、ああランディ、おはよう」
 まだ少し眠そうな声に視線を移すと、オリヴィエが眠気をこらえて片目を開け、こちら
を見上げていた。白い肩が露わになっているのを見て、ランディはやっと状況を悟る。と
同時に昨夜の記憶が鮮明に思い出され、体温が一気に上がったのを感じた。
「おっ、オリヴィエ様、……おはようございますっ、」
 あっと言う間に真っ赤になったランディに、オリヴィエは笑って身を起こし頬に触れた。
「ふふふっ、──ランディ、真っ赤だよ」
「だっ、だって……」
「ふふっ、そんな反応されると、からかいたくなっちゃうよ」
「え、」
 オリヴィエはそう言うと、問い返したランディの唇を塞いだ。唇を離すと、ランディは
手で口元を押さえ、さらに真っ赤になっている。
「〜〜〜っ!!」
 こらえきれず、オリヴィエが吹き出した。
 やっと笑いがおさまった頃、まだ赤い顔をしたランディがふいにオリヴィエの腕を掴ん
で抱き寄せた。
「これ……、夢じゃありませんよね? 俺っ、────オリヴィエ様……!」
 強い力で抱きしめられ、息が止まりそうになる。思わずオリヴィエは小さく呻いた。
「あっ、……ごめんなさい、大丈夫ですか?」
 ぱっと手を放したランディに、オリヴィエがまた笑った。優しく見守るような、全てを
認めて肯定してくれるような微笑み。それだけで、どんなことでもできる気がする。
 真顔で黙り込んだランディに、オリヴィエが視線を向ける。
「ランディ……?」
「え? あっ、──すいません俺、見とれてて……」
 咄嗟に呟いて、ランディは少し赤くなった。くしゃりと髪を掴み俯いて、またすぐ顔を
上げる。
「俺、オリヴィエ様のこと好きです。──良かった、ちゃんと言えて。あなたのこと好き
になって良かった。俺の中のあなたを信じて良かった。あなたに、応えてもらえて、良かっ
た……」
 そして花開いた笑顔に、オリヴィエは目を奪われた。
 いつだって、そう、これがランディなのだ。これこそがランディなのだと。
 その笑顔ひとつで皆に勇気を伝えてくれる。信じることの強さを、信じる道を進むこと
の素晴らしさを。
 ──ただ己の心のままに。
 ふと、先日のオスカーのセリフが脳裏をよぎった。
「諦めないで良かった。オスカー様にお礼言わないと……」
 その時ちょうどランディが呟いたセリフに、オリヴィエの眉がぴくりと動いた。
「何、オスカーがどうしたって?」
「え。──最初に告白して、振られた後、俺、オスカー様のところに行ったんですよ。で
……あの、……失恋……した気がしないって言ったら……、なんでそう思うのか考えてみ
ろって。答えを見つけたらそれを信じて動いてみろっておっしゃって」
「オスカーが……? ──あいつ、それで……」
 ──炎は風を煽る。
「ったく、アイツは……」
 あの言葉の意味するところがやっとわかった。何が「ぼうやはあきらめろ」だよ、結局
協力してくれちゃってんじゃないのさ。
 オリヴィエは思わず盛大なため息をついた。
「オリヴィエ様??」
「ん、何でもない、こっちの話。──さて、と。シャワーでも浴びて、朝ごはんにしよう
か」
 言ってから、オリヴィエはあることを思いついた。
「──シャワー、一緒に浴びる?」
「えっ!?」
 音がしそうな素早さでランディが赤くなる。予想通りのその反応に、オリヴィエはまた
吹き出した。
「〜〜オリヴィエ様ッ! からかわないでくださいよ!」
 真っ赤になって睨みつけるランディの頭をぽんと叩いて、オリヴィエは立ち上がった。
「ごめんごめん。今日は先にシャワー使わせてもらうよ。──一緒にシャワーは、また今
度ねっ☆」
「〜〜っっ!」
 パチンとひとつウインクを飛ばして、オリヴィエは浴室に向かった。
 どこまでも明るい未来を、今なら信じられる。あの強い眼差しの先に広がる青空を。
「んー、今日もいい天気だね♪」
 窓の外を見やって、オリヴィエはひとつ伸びをした。


                                       fin.

   



こめんと(byひろな)     2001.1.19

はい、2353キリ番(ちっとも切りよくないって・笑)をGetしてくださったあすみさんへの捧げものの風夢でございます。
大好きな風夢♪だけど、なにげにこのお話は難産でした。
だってリクが、“風夢のお初”!! ひろながなんとなく頭に描いていた風夢お初は、ランディ様ちっとも格好良くなく(笑)、とてもとても、他人様にあげられるようなお話じゃあありません! なので、それとは別に、風夢のお初ストーリーを、考えよう、と、思ったので、ちょっと大変でした。
だからどうせならもっとあすみさんの好みを取り入れよう!と思っていろいろご意見いただいたのですが、ちょっとずつビミョーに違くなってしまいました(^^;)

まず危険度、赤じゃないし。っつーかいらんトコ描写しすぎ?
前半はどちらかというとヴィエ様に同調モードだったんですが、後半、ランディくんに同調しちゃって、初めて触れるヴィエ様に逐一しんぞードキバクさせてました(笑)。
主導……は、これはオリヴィエ主導と言って良いものか・・?
“ランディが告白して一度はさらりとかわされちゃって……”と言うシチュエーションのご指定もありました(笑)。ラン君ががんばってヴィエ様をおとす過程も非常に魅力的かと思ったんですが、なんせ私の中でヴィエ様、既にラン君にぞっこんなんで(笑)。結局、振っておきながら飲んだくれちまうくらいにはラン君に既におちているヴィエ様と相成りましたのさ。
あと、オリヴィエの相談役というかよき友達としてオスカーの登場を、ということだったんですが、ただ相談&協力ッてんじゃ面白くないんで、オスカーを敢えて二人の恋にどちらかというと反対する立場の人にしてみました。でも結局、親友とカワイイ後輩の幸せを願う心には勝てなかったご様子?
そして個人的好みによりリュミちゃんも登場(笑)。普段書いてる風夢では、裏カップリングはゼーマルなのですが、今回は特別編(?)なので、裏カップリングも変えてます。リュミちゃん、とある方に報われぬ思いを寄せています……(笑)。っつーかまるわかり?(爆笑)もちろん、あの方です。


さしあげもの&いただきものコーナー




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