この雪に願えるならば


 僕の国では雪は降らない。 
 今だけの、この景色を楽しむように、今だけ、あなたを僕のものにしたい。 
 あなたの髪の色に似たこの雪の中に、閉じこめてしまいたい。 
  
  
 再会は、突然だった。 
「アンジェにきーたぜ。おめー、即位式、延期してきたんだってな。王妃はとらないし、
即位式は延期するし、とんでもねー王サマだな」 
 呆れて笑う表情を作りながら、ゼフェルが一抹の責任を感じているのをティムカは感じ
取った。 
「妃を迎えずに王位に就こうと思ったのは、あなたのことがあったからではありません。
あなたが気に病むようなことではないんです」 
 女王試験の教官として聖地に召されたティムカは、そこでひとつの恋をした。鋼の守護
聖ゼフェル。4つ年上の、人間に慣れきらない獣のような目をした人は、ティムカの想い
を受け入れてくれた。期間限定だと承知の上で。そして、女王試験が終了した時、2人の
恋も、永遠の終焉を見たはずだった。 
 大人びた顔でティムカが笑う。消しきれなかった残り火が、再び燃えはじめるのを感じ
ながら。 
「この旅が終われば、僕は国に帰って王位に就きます。きっともう、あなたに会うことも
ない。それまで、この旅の間だけ……」 
「いいぜ」 
 最後まで台詞を待たずに、ゼフェルは了承の返事をした。ティムカが墨色の瞳を見開い
た。 
「1週間くらいで終わっちまうかもしんねーし、1年近くかかるかもしんねー。女王試験
みてーなモンだ。──おめーがそれでいいなら、オレは、いい」 
 紅い瞳は真剣そのものだった。 
 また、僕は……。 
 これがこの人の優しさなのだと、ティムカは泣きたいような思いに胸をつかれる。 
「ありがとうございます……」 
 震える声で、口に出せたのはただそれだけだった。 
  
  
 旅を続け、それまで皆をまとめ引っ張ってきたアンジェリークがついに疲労で倒れた。
雪に閉ざされた街で、一行は足止めを余儀なくされる。 
 ティムカがゼフェルを初めて抱いたのは、そんな雪の降りしきる夜のことだった。 
 暖炉の火のはぜる音が、あたたかさを誘う。同時にティムカの胸の内に眠る炎も、ちり
ちりと痛んだ。灯りに照らされる首すじ、その陰影に、思わず手を伸ばしそうになる。 
 視線に気づいたのか、ゼフェルが振り向いた。 
「なんだよ、黙って見てねーで、言いたいことあんなら言やいーだろ。ここは城じゃねー
んだ。今のおまえは、王の責任もないんだから」 
 その言葉に甘えて、ティムカは想いを口にした。 
「あなたに、触れたいと思って」 
 愚かなことを口にしていると思いながら。 
 ゼフェルの瞳が、静かに見開かれる。 
「僕のこと、子供だって思ってらっしゃいますよね。でも僕は、これでも一国を背負う王
なんです。本来ならまだこの年では知るべきでないことも、たくさん知っています」 
 以前には見せることのなかった大人の表情を、ティムカはした。自嘲の笑み、大人びて
はいても、そんなずるさや弱さを窺わせる表情はしたことがなかった。
                 メト
「しきたりでは、王位に就く者は妃を娶ることになっています。僕にはまだ妃はいません
が、──慣例に則り、男女の営みの手ほどきを受けました」 
 顔を上げたティムカの視線の強さに、ゼフェルは気圧されそうになる。 
「けれど僕は、それを教わりながら、今腕に抱いているのがあなたであればいいと、思っ
てしまったんです」 
「それでおめーは、顔だけすげ替えて、オレを女にしたのかよ?」 
「いいえ。想像の中でも、あなたはちゃんと、僕と同じ男の身体をしていましたよ」 
 想像の中で、その身体を抱いたと。 
 挑むように告げられ、ゼフェルの頬がかっと赤くなる。 
「紅い瞳が蝋燭の炎のように揺らめいて、綺麗でした」 
 夢見るようなその視線の先で自分がティムカに抱かれているのかと思うと、ゼフェルは
身体が燃えるような思いがした。そして思い知るのだ。自分が目の前の少年王に、惹かれ
ていることを。その腕の中で乱れる様を思い浮かべることができる自分を。 
「ゼフェル様。──あなたに、触れたい」 
 言ってティムカは手を伸ばし、ゼフェルの頬を包み口づけた。暖炉の火で暖められた手
の温もりが、ゼフェルの身体の内にも火を灯す。 
「んっ……」 
 手が顎に滑り、顔を上向けられた。深く入り込んできた舌に、口の中を蹂躙される。上
顎を執拗に舌で撫でられ、ゼフェルの背が小刻みに震えた。 
「ゼフェル様……」 
 有無を言わせぬ王者の風格をもって、ティムカはゼフェルの名前を呼ぶ。まだわずかに
幼さの残る声に、ゼフェルは囚われていく。 
 厚着を好まないゼフェルは、今もたった一枚のシャツを身につけているだけだ。そのシャ
ツの上から、ティムカはゼフェルの胸に手を這わせた。肋骨の形を確かめるように指を這
わせると、ゼフェルが息をつめたのか、くっと筋肉が緊張したのが感じられた。 
 両手が身体の脇を滑り、シャツの裾をたくし上げる。炎に照らされ朱くなった肌が目に
眩しい。ゼフェルは素直に腕を上げ、ティムカがシャツを脱がせるのに協力する姿勢を見
せた。 
「いいんですか……?」 
「何度も同じこと言わせんなよ。──おめーがそれでいいなら、オレは、いい」 
「優しいんですね。僕は、あなたに甘えてばかりだ」 
「そんなんじゃねぇよ……」 
「ずるい人だ」 
 語気を強めて言うと、ゼフェルがはっとしたように目を瞠った。 
「──なんて、僕は思いません。ずるいのは、僕のほうだ」 
 奪うようなキスをしながら、ゼフェルの背を抱いていない方の手がベルトをはずす。下
着の上から手を触れると、そこはゼフェルとは別の意志を持っているかのように、ティム
カの手に応えた。 
 手を上下に動かし、刺激を与える。徐々に堅さを増していくのを感じながら、褐色の肌
に舌を這わせた。手が舌が動くたびにゼフェルの身体が揺れる。声をこらえるように、滑
らかな喉が上下する。想像の中でしか聞いたことのない声を実際に聞きたくて、ティムカ
は下着の中に手を差し入れゼフェルの情熱を直に握った。 
「は……っ!」 
 びくんと喉が反り返り、息が吐き出される。 
 自分を高める時のように手を動かすと、同じようにゼフェルが高まっていくのが手のひ
らに伝わってくる。自分の腕の中で、ゼフェルが自分の手に感じている、それは目も眩む
ような快感をティムカに与えた。知らず、背を抱く腕に力がこもる。 
「あ……っ、はっ、く……ぅ、ティムカ……っ」 
 ゼフェルの手が、ティムカの肩を掴み押しのけようとする。 
 引かないティムカに舌打ちをして、ゼフェルは左手を下にやるとティムカの服を掴んだ。
裾を引きずり上げられて、ティムカの動きが止まる。 
「されるだけってのは性に合わねーんだよ」 
 言ってゼフェルはティムカの情熱に手を伸ばした。 
「え……っ? ──んっ」 
 不意打ちの刺激にティムカが身を揺らす。反射的にゼフェルを握る手にも力が入り、ゼ
フェルがくっと眉を寄せた。 
「聞き分けたオトナのフリなんかすんなって言っただろ。おめーはまだオトナじゃねーん
だ、そのままでいればいい。──手慣れたフリなんかしてんじゃねーよ」 
 直に触れた手が、ティムカの幼さを暴く。触れられれば熱くなる、それは当然のこと。
他人の手に触れられたことの少ない幼い身体ならばなおさらだ。 
 反撃の隙を与えず、ゼフェルが手を動かす。やがて小さく呻いてティムカが達すると、
ゼフェルは黒髪を撫でて、額に優しいキスを贈った。 
「ゼフェル様……?」 
 思いがけない仕草に、ティムカが目を瞠る。 
「ワリィ。さっきはずりぃ言い方した」 
「え……?」 
「おまえがやりたいからさせてやんじゃねぇよ。──オレも、やりたい」 
「ゼフッ──んっ」 
 名を呼びかけた唇を塞がれた。主導権を奪い合う舌の攻防を続けながら、2つの身体が
もつれ合うように倒れ込む。 
「ゼフェル様……っ」
          カオ
 王ではなく、少年の貌で。鋭い吐息が鼓膜を貫く。 
 ぞくりと背を震わせて、下から食らいつくようにゼフェルが口づける。応える舌は、教
えられた性技など思い出す余裕もなく、けれどそれ以上の情熱を以て、2人の鼓動を高め
ていく。 
「ゼフェル様……」 
 ずっと、僕ばかりがあなたを欲していると思っていた。他の人に向けるのとは違う想い
を確かに僕に向けてくれてはいても、あなたはどこか覚めていて。兄であり、守護聖であ
り、僕のわがままを聞き入れてくれて。 
 僕ばかり夢中になって、僕ばかり求めて。 
 けれど、あなたが少しでも僕を求めてくれるのなら。わがままではなく、この言葉を口
にして良いのなら。 
「ゼフェル様……。あなたを抱きたい」 
「ン……ッ!」 
 言葉とともに、腰を抱え再び手を差し入れる。肌を辿りながら服を脱がし、脚の間に身
体を割り込ませた。羞恥に頬を染めるゼフェルを、暖炉の灯りが照らし出す。 
 初めて目にする全裸のゼフェルは、想像の中の彼よりもっとしなやかで美しく、そして
なまめかしかった。 
 脚を閉じようとゼフェルが身体を動かすたびに、膝がティムカの脇腹を擦る。逆に、挑
発されているような気分だ。片手で脚を押さえ、もう片方の手で目の前で震えるゼフェル
の情熱を包み込む。確かな反応に励まされるように手を動かす。 
「あ……っ、ティム……っ」 
 反らされた喉の曲線。床を掻く指。 
 滲み出る想いがティムカの指を濡らしていく。 
 暖炉の火のはぜる音にまじって、湿った音が鼓膜を震わせる。 
 かすかに水音をさせて指をはなすと、ティムカはその指をゼフェルの中へと差し入れた。 
「ぁっ、はぁ……っ」 
 異物感に、眉間にくっと力が入る。ティムカの身体を挟んだ両膝が締まり、思わぬ快感
を呼び起こした。 
「くっ…………、イッ──────っつ」 
 暖炉の熱か、個人差か、そこはティムカが抱いた女たちの中よりも熱く感じられた。灼
けつくような熱さとはこういうことを言うのだろう。南国の陽差しに慣れたティムカでさ
        ナカ
え、ゼフェルの内部にある指先から、ちりちりと皮膚が灼けていくような気がする。 
 想いを受け入れるようには作られていないこの身体に、それでも己が想いを注ぎ込みた
い、受け止めてほしい。すべて侵しつくして、自分のものにしてしまいたいとさえ思う。 
 叶わないと、知っているから。 
「はっあ、……う……ごかすな……っ」 
 悪いけれどその頼みは聞けそうにない。手の動きを止めぬまま、ティムカは目を伏せ、
静かに首を振った。 
「すみませんゼフェル様。それは、できません」 
 もう、とまらない。
                                 クワ 
 身体を寄せ、耳元で囁く。組み敷いた身体が震え、ティムカの指を深く銜え込もうとす
る。まるで、ティムカの求めに応えるように。 
 一度指を抜き、唾液をまとわせて再び差し込む。 
「くぁ……っ! んっ、は……ティムカッ……」 
 背を反らせ、ゼフェルが炎を吐くようにティムカの名を呼んだ。肩に手をかけ、ひっか
くように引き寄せる。目の前に迫った胸の飾りに舌を触れると、肩に触れた手がびくりと
揺れた。 
 もう限界だった。早く、身体の内を駆け巡る熱さを吐き出してしまいたい。ゼフェルの
中に、とかしてしまいたい。 
 指を抜いて、脚を抱え上げる。 
 潤んだ紅い瞳が、暖炉の灯を映して綺麗だ。 
 炎よりも熱い視線を絡ませて、ティムカは熱く濡れた想いのすべてを、ゼフェルの中に
注ぎ込んだ。 

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