One Night in HEAVEN


SCENE 0


 よく晴れた、風の穏やかな夜だった。弓形に少し欠けた月が、中空に浮かんでいる。程
良い明るさで、夜はそこにあった。自然に。
 これも目に見えぬ運命とやらの導きなのか。宇宙を統べる女王を守る9人の守護聖と、
その女王の力を狙う皇帝のもとに集いし9人の──守護聖の姿を騙る者たちが、一つの夜
を共有していた。



SCENE 1


 夜の散歩というものが、無気力で怠惰な人物として知られる闇の守護聖の日課になって
いることを知る者は少ない。それは、このように「宇宙を救う旅」なるものに参加を余儀
なくされてからも変わることはなかった。あらかじめ定められた、星々の巡りのように。
 天を仰ぎ、聖地と変わりなくそこにある月を見つめる瞳は、夜空よりは少し青い。明る
い陽差しの下でなら美しい紫水晶の瞳は、月光の下では青みを増して深い影を見せる。
 女王陛下の御心を窺うことが出来ないのと同じように、宇宙の深遠を映す瞳のもの思い
を窺い知ることは何者にも不可能だ。
 その瞳が、葉陰の揺れの向こうに立つ人影を捉えた。
 現れたのは、地上に降り立つ陽光の輝き。黄金を捉えた紫紺の瞳には、常と同じく何の
感慨も浮かばない。
「これは、闇の守護聖殿。夜の散歩とは“風流”な」
 聞き慣れた声が、聞き慣れない──そぐわない言葉を紡いだ。
 9人の守護聖を束ねる気貴き光の守護聖ジュリアスと同じ黄金の髪、しかしその端正な
美貌は思慮深さや気高さとは程遠い、残忍な笑みに歪められている。そして、魂の奥底
まで射抜く紺碧の輝きがあるはずの眼窩には、凶星のような赤い虹彩があった。
 皇帝レヴィアスの配下の一人、キーファーだ。
「瞳の色だけで、こうも違うものか……」
 憂えうように眉宇をひそめて、クラヴィスは呟く。
 いや、たとえ姿を完璧になぞらえたとて、その内に宿る気質が異なれば、表情ひとつ、
手の動きひとつにまで違いは明らかだ。
「なんと、醜悪な…………。哀れなものだな」
 気色ばむキーファーを置き去りに、クラヴィスは夜の闇の中へと歩を踏み出した。



SCENE 2


 何かが呼んでいるような予感に導かれ、ジュリアスは古びた館を出て月光のカーテンが
揺れる夜の中に足を踏み出した。他の守護聖たちに示しがつかないとも思いはしたが、行
かなくてはいけない、とひどく心に訴えるものがあったのだ。
 少し歩くと、聖地の公園にあるような噴水が、水の流れを失いうち捨てられているのが
見えた。そのほとりに、夜を紡いだかと思える黒髪を纏った長身の影がたたずみ、月を見
上げている。
 クラヴィス、と声をかけようとして、その時ちょうど振り返った瞳が異なる色合いをし
ているのに気づき、口を閉ざした。夜闇に溶け込むような衣や髪に逆らい赤く浮き立つ瞳
                           ツヨ
のせいか、オリジナルの──闇の守護聖クラヴィスよりも、毅い生命力を感じるように思
える。
「そなたは……」
「カイン、と申します。光の守護聖ジュリアス殿」
 誰何するつもりではなく口に上った声に、長身の男は礼儀正しく名を告げた。
 昼間、何の因果か偶然か、この館を共に今宵の宿とする協定を結んだ時に、彼の名は聞
いている。皇帝の9人の配下を束ねる立場にあるのだろうとの目星は容易につけられた。
もう一人の参謀─あの、おぞましくも自分の姿をかたどっている男だ─には、人を束ねる
手腕はない。カインは他の者からも一目置かれているのだろう。一時の停戦協定を、皇帝
の名を借りてのものではあったが他の者に認めさせた一幕からもそれは知れた。
「ジュリアス殿、少し話をさせていただいてもいいですか」
「ああ、私の方こそ、そなたとは少し話をしてみたいと思っていた」
 それは……、と呟き、カインはふと微笑をもらした。その間が少し、クラヴィスに似て
いるとジュリアスは思う。
「カイン殿、そなたは何のために皇帝のもとにいるのだ? 私には、そなたが皇帝の望む
力で奪い取る支配を喜んで支えるような人間には見えぬのだが」
 ジュリアスの問いに、カインは表情を曇らせた。
「あの方には……、つらい過去がおありなのです。そして私もまた……。身の程知らずと
は思いつつも、私はどこかあの方に自分を重ね合わせているのかも知れません。そして、
あの方の心が少しでも癒されるなら、救われるのなら……、私はあの方のために力を尽く
すと、決めたのです」
 独白のような言葉は、最後には強い意志を秘めたものに変わっていた。そしてジュリア
スは、彼の揺るがぬ心を知る。いま、二人の道は分かたれたのだ。改めて、はっきりと。
 ふ、と自嘲するような笑みをひらめかせ、カインはジュリアスを見た。旧知の友に向け
るような眼差しだった。
「このようなことを口にしてしまうとは。──なぜでしょうね、ジュリアス殿。あなたに
は、なぜかすべてを話したくなってしまう。あなたにそういった力があるのか、私が心の
奥底では誰かに話したいと思っていたのか……」
 ジュリアスも内心、カインをただの敵の将としてだけ見るには惜しいような気持ちを抱
いていた。同じように人を束ねる立場にある、ただそれだけではなく、彼と自分との間に
通じ合う、何かがあるように感じた。──それは例えば思慮深さや、自己への戒律の厳し
さ、それに隠された密かな優しさといったものかも知れなかった。
「私も幼き頃より女王陛下に忠誠を捧げた身、陛下の御為に盾となり剣となる覚悟だ。…
…このような出会いでなければ、そなたとは良き友人になれたかも知れぬと思うと、少々
残念だな」
「光栄です。──私もそう思いますよ、ジュリアス殿」
 幼なじみともいうべき半身、闇の守護聖に似た笑みを浮かべ、カインは夜闇の中に溶け
ていった。
 ──今宵のあなたとのひととき、忘れはいたしません。




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