SCENE 3


「ったく、なんなんだ、この空気の重さはよぉ! うっとぉしったらありゃしねぇ!」
 一人で毒づきながら夜道を歩くのは、鋼の守護聖ゼフェルである。言葉の悪さを咎める
ものはいなかったが、誰かに見られているような不快感が身体の奥の方にまとわりついて
離れない。簡単に言ってしまえば、“イヤな予感”というヤツだ。 
 夕食の後、明日に備え早めに眠るようにと言われてはいたが、そんな言いつけを守るよ
うな人物ではない。そもそもゼフェルは宵っ張りなのだ。こんな、月がまだ昇っている途
中だってのに眠れっかよ、イヤに明るい月と同じ色をした髪の持ち主を思い浮かべて月に
向かって悪態をついた。
 いつもなら、新しい場所に来たら探検まがいのことをするのは当たり前なのだが、今回
はさすがに事情が違う。女王の力を狙う皇帝とやらの直属の部下が同じ屋根の下にいるの
だ。停戦協定を結んだとは言え、出歩かないに越したことはない。そんなことは分かって
いる。けれど。
 向こうのリーダーらしき、偽クラヴィスを思い出してみた。ジュリアスとクラヴィスを
足して2で割ったらあんな感じになるのだろうか。どっちにしろうっとおしそうだが。他
にも、あんまり変わっていないように見える者と、ずいぶんと印象を違えている者があっ
て、それはなかなかに興味深いものだった。自分は、──俺はあんなんじゃねぇよ、思い
出して顔をしかめる。おそらく年の頃は自分とそう変わらないだろう。ひどく無表情なヤ
ツだった。同じようで全く違う、赤い目をしていた。
 ゼフェルの目は、血のように濃いルビーの紅さだ。昼間目にした偽物の目は、もっと…
…、そう、熟れすぎた苺のような赤さだった。
「あいつら、何考えてんだろうな……」
「僕は、人の『死』について知りたいんだ」
 すぐ近くで声が聞こえて、ゼフェルは大きく飛びすさった。気配は全くなかったのに。
自分の声だけれど自分の声じゃない、変な感覚だ。気持ち悪い。
「なんだてめぇ!」
 声のした方に向けて怒鳴る。すっと静かに、偽物が現れた。相変わらず、クラヴィスに
負けず劣らずの無表情だ。
「今夜は戦わない。その約束だよ。君は、鋼の守護聖のゼフェルだね。僕は、ショナ」
「戦わねぇってんなら……何の用だよ」
「鋼の守護聖の力は、戦いに関係があるから……。だから君なら分かるかと思って」
「あぁ? 何の話だ?」
 ショナが何を言っているのか分からない。戦う意志が全くないのは感じ取れたので、ゼ
フェルは咄嗟に腰から引き抜いた武器をしまい、ショナに呼びかけた。
「とりあえず聞いてやっからよ。……座れよ」
「ありがとう」
 ショナは、呟くように礼を言うと、少しだけ笑った。微妙な、曖昧にも思える程度の、
微笑み。同じ顔でも、表情で全然違うんだな。そう何度も鏡を見る質ではないが、それく
らいは分かる。オレはあんな笑い方はしたことねぇ。
「おい、ショナ。オレなら分かるって言ったよな、何のことだ?」
「……ゼフェル、君は人を殺したことがある?」
「ねぇよ。おまえらに操られてるモンスターなら何体かやっつけたけど、あいつらは死ん
でないんだろう? そんなら、ねぇ」
「そうか……。じゃあ、誰かの死を見たことは?」
 淡々と続く質問攻撃に、苛つきもせずに答えてやっている自分を不思議に感じながら、
ゼフェルは故郷の惑星に思いを馳せた。
「あるよ。……オレの生まれた惑星は、技術が発展しすぎて、逆に新しい病気が多かった
んだ。汚染された水のせいで、ひどい死に方をしたヤツもいた」
「かなしかった?」
「かなしかったかって、そりゃぁ……。ああ、でも、くやしいって気持ちのほうが、大き
かったかもしれねぇな」
「……「くやしい」? 『死』は、くやしいの?」
「あぁ? おめーさっきから何言ってんだよ?」
「僕は、『死ぬ』ってことがどういうことか、分からないんだ。姉を殺したときも、ウサ
ギを殺したときも。レヴィアス様の下で大勢の人を殺したけれど、分からない。自分が死
んでも、やっぱり良くわからないんだ。復活したのがいけないのかな」
 ・・・・
 隣の自分は、困ったような表情を浮かべている。
「な、おめー」
「たくさん『死』を見れば分かるってカインは言ったけど、僕にはまだ分からない。まだ
足りないのかなぁ」
「おめー、『死』を知るためにレヴィアスんとこにいんのか?」
「ホントに知りたいのは『生』なんだ。生きてても楽しくないから。──たくさんの『死』
を見れば『生』が分かるってカインが言った」
「カイン……、あの、偽クラヴィス野郎か」
 ゼフェルは眉を寄せると、がりがりと親指の爪を噛んだ。やっかいなことを考えるとき
の彼の癖だ。明らかに唆されて─もっと言ってしまえばだまされて─いるのだ、ショナは。
「おい、ショナ。おめーが皇帝んとこにいんのは、『生』を知るためだけなんだな?」
「……そう、だね」
「オレらと一緒に来いよ。その方がきっといい。人助けなんてガラじゃねーけど、オレの
かっこしたヤツがそんな、生きてんだか死んでんだかわかんねーツラで一生送るのなんて
ぞっとしねぇからな」
「え?」
「オレらといた方が『生』が分かると思うぜ。オレはそんな、生き生きとした生活なんて
モンしてねーけどよ、ランディ野郎だとか、マルセルなんかは毎日毎日、異様に楽しそう
にしてるぜ」
「マルセル、──あっ」
「な、なんだ!?」
 マルセルの名に反応して、ショナはゼフェルを振り向いた。素早く向けられたその顔に
は、緊迫した表情が浮かんでいる。ゼフェルが初めて見る、彼の人間らしい表情だった。
「マルセルのところに行った方がいいよ。彼はたぶん、狙われる」
「なんだと!? 今夜は闘かわねーって、さっきおめー言ったじゃねーかよ!」
「ジョヴァンニにはきっとそんなの関係ないよ」
「ジョヴァンニ? 誰だそれ」
「緑の守護聖マルセルの……、君流に言う『偽物』の名前だよ。彼には気をつけた方が良
い。彼は、自分が楽しいと思うことしかしないからね。彼は、新しい肉体を気に入ってい
た。でも、緑の守護聖のひととなりについては、ずいぶんと否定的だったから」
「おい、ショナ! そのジョヴァンニのいるトコにつれてけ!」
「そんなのわからないよ」
「ちっ、──じゃあとにかくついてこい!」
 闘いになったら、マルセル一人では勝ち目はない。最悪、殺される可能性もある。無事
でいろよ──緑のサクリアの波動を探しながら夜を駆けるゼフェルの心の中で、同じ言葉
が何度も唱えられた。



SCENE 4


 ちょっとだけ散歩をしてくる、そう言ってランディが部屋を出て行ってからまだ10分
も経っていない。それなのに無性に心細く思ってしまうのは、この館周辺に漂う何とも言
えない、さみしい気配のせいだ。サクリアに似た手触りで、けれど正反対の性質を持って
いる。例えばランディのサクリアは人に勇気を与えるが、この気配は勇気を挫く力がある
ようだった。
「どうしよう……、探しに行ったら、怒られるかな……」
 一人で出歩くなんて、あぶないだろう!? そんな声が今にも聞こえる気がする。
「でも……、玄関までなら、いいよね、」
 自分に言い聞かせるように声に出して、マルセルはそっと扉を開け廊下へと一歩を踏み
出した。
 館の中は不気味なまでに静かだった。だがランディと自分をのぞく全員がジュリアスの
言うとおり眠りについているとはとうてい思えない。少なくともゼフェルは起きているは
ずだ、もしかしたら同じように外を出歩いているかも知れない。そう思うと少しだけ心強
い。自分の思いつきに励まされて歩を進め、マルセルは玄関へとたどり着いた。
 人の気配はない。仕方なく、重い戸を押し開けて顔を覗かせようとしたとき、
「あれぇ? 君がこんな時間に出歩くなんて、ちょっと予想外だなあ。そんな度胸がある
ようには見えなかったけど。まあ、いっか。迎えに行く手間が省けたわけだし」
 背後で声がした。聞き覚えのある声──あるはずだ。自分の声だ!
 振り向きながら背で扉を開け、マルセルは外へと身体を押し出した。目の前には、自分
とそっくりな、ただ恐ろしく赤い目をした少年が立っていた。
「緑の守護聖の、マルセル、だよね。ぼくはジョヴァンニ。君と話をしようかと思ってさ」
 緊張に張りつめているマルセルには全く頓着しない様子で、ジョヴァンニと名乗ったそ
の少年は楽しそうに言を継ぐ。少し早口なしゃべり方が、よりマルセルを追いつめる。
「ちょうど月がキレイだからさ、外を散歩しようよ。ねえ?」
「い、いいよ……」
 マルセルには、そう答えるしか道は残されていなかった。

「新しい身体がこれで良かったよ。この身体が一番キレイだ」
 脈絡を無視してジョヴァンニが口を開く。
「ふふっ。──気に入ってるんだよ、君の身体」
 そう言って笑顔を見せるが、何を考えているのかは全く読みとれない。緊張を解くこと
を少しも許されぬまま、マルセルは慎重に言葉を選んで問いかけた。
「君は……、ぼくを呼びだして、何の話をするつもりなの?」
「話? 話なんかないよ、もちろん」
 くるり、と振り向くと、金髪が月光に光る。にっこりと微笑む様は、愛らしい。だがそ
の瞳がマルセルは恐ろしかった。
「君って、いろんな人にかわいがられて育ったんでしょう。いろんな人が、君のわがまま
を聞いてくれる、そうだよねぇ」
「そんな……! わがままなんてっ」
「そおなのぉ? せっかくかわいく生まれたんだから、ちゃーんと有効に使わないともっ
たいないよ。前の身体も良かったけどね、今の、この身体の方が若いから、その分きっと
もっと簡単に騙されくれるよみんな」
「人を騙すなんて……! ぼくと同じ顔して、そんなコトしないでよ!」
「──気に入らないなぁ。いい子ぶって。……殺しちゃいたいとこだけど、今日はまだダ
メなんだよねー。君に死なれると、ぼくが困るんだ。だからね、」
 一瞬の隙にジョヴァンニが間近に迫る。がっと腕を掴んだ力は驚くほどに強かった。
「ふふっ。だから、殺さないで、いじめてあげるよ。」
「やっ──!」
 飛びかかられて背中から地に落ちた。衝撃に息が止まりそうになる。見上げると不気味
なほどに楽しそうな顔をしたジョヴァンニの顔があった。もう、一瞬でもこの顔を見てい
たくない。自分の顔が嫌いになりそうだった。こんなに醜い表情ができるのか。こんなに
も美しく禍々しい、──恐ろしい、顔が。
「14才、だったっけね。じゃあまだ、他人に触れられたこともないんだろうね、君は」
 マルセルは相手の意図が掴めずに眉根を寄せる。
     ・・・
「ふふっ。だからぼくがさわってあげるよ。──自分に抱かれるのって、どんな気分なん
だろうねぇ」
「やっ、やだ──!」
 助けて、誰か! ランディ! ゼフェル!
「てめぇマルセルから離れろ!!」
 声と共に、風を切る音がした。ジョヴァンニが身軽に飛び起きる。マルセルの目の前を、
矢が飛んで木の幹に突き刺さった。
「あぶないなあ。今日は闘うのはナシってことになってたんじゃなかったっけー? ……
と、なんだい、二人いるの? ショナ、いつから君は守護聖サマ達と仲良くなったのさ?」
「ジョヴァンニ。レヴィアス様からも言われてるじゃないか」
「ふん。ぼくは闘ってなんかいないよ。マルセルと仲良くなろうと思っただけだったんだ
けどなー。ねぇ、マルセル?」
 胸元を押さえて後ずさるマルセルに、ジョヴァンニは意味ありげな視線を投げる。気づ
いてゼフェルが声を上げた。
「な!? おめー、まさかマルセルに……!?」
「しようと思ったところで君たちが来たんだよ。あーあ、せっかく面白いことになりそう
だったのに。」
「ジョヴァンニ」
「ショナ。君が今更そっちに行ってもぼくはぜーんぜんかまわないんだけどお?」
「──僕はレヴィアス様の役に立つと決めたんだ」
「ふーん。まあ、べつにいーけどさ」
 とりあえず今夜はもう面白くなさそうだから帰るよ。そう言うなりジョヴァンニは姿を
消した。金髪をすべり落ちる月光の反射さえも、残らない。
「────ショナ、おめぇ」
「僕も帰るよ。ゼフェル、今日は君と話せて、少し嬉しかった」
「ショナ」
「次に会ったときには君たちと闘うことになると思う。──マルセル、君は、死ぬことが
こわい?」
「え……?」
「──こわいんだね。僕は、こわくない。死ぬことも、……殺すことも」
 囁くように告げると、ショナもまた暗闇の中に姿を消した。少し困ったような、かなし
そうな瞳のまま。
「ショナ!」
 ゼフェルの叫びも、もう届かない。
「ゼフェル……。あのこ、かなしそうな顔してた……」
「────帰ろう、マルセル」
 マルセルの背を押して促し、二人は館の中に戻っていった。




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