SCENE 9


 ジュリアスの手前、いつもより早めの就寝に賛成の意向は示したが、いかんせん、まだ
太い月が南中には程遠い時刻に床に就いても目が冴えるばかりで良いことは何もない。
 ルヴァは、そっと部屋を抜け出すと、足音を立てぬように気をつけながら、館の中庭の
方へと進んでいった。
 中庭のはずれに、小さな池があった。周りを木立に囲まれて、聖地にある森の湖をその
まま小さくしたような趣を見せている。そこに、木立に埋もれそうな濃緑の衣を纏った影
がしゃがみ込んでいた。自分の持っているものと同じ衣装。と、いうことは、自分の姿を
真似た人物ということだ。日中の短い邂逅で、ルヴァは彼がもっとも年若い、まだ少年と
呼んで良い年ごろだと見抜いていた。おそらくマルセルと同じくらい、もしかするとなお
若いかも知れない。
 そんな彼が、どのような理由で皇帝なる者のもとにいるのかに興味がわいた。むろん、
興味だけではない。出来るものなら皇帝の企みへの荷担をやめさせたかった。
「──こんばんは、」
 そっと声をかけると、少年は大げさなまでにびくりと飛び上がって驚いた。声も出せず
に尻をついたまま後ずさる。極力驚かせずにすむように声をかけたつもりだったのだが、
こうまで驚かれてしまうとこっちの方が驚いてしまって次の手が打てない。
「……えー、と……、すみません、驚かせてしまったようですねー」
 ルヴァは首を傾げ、申し訳なさそうに呟いた。その困惑した様子に、敵意はないと見て
取ったのか、少年─自分と同じ姿をしている者に対しこの言い方はおかしいかも知れない
─が気を持ち直して体制を整える。だが、気弱そうな瞳にはまだ怯えの色が見られた。
「あー。私は、ルヴァといいます。あなたさえ良ければ、少しお話をしたいと思うのです
が、どうですか?」
 少年は答えない。
「うーん、警戒されても仕方ないかとは思いますが、今日は停戦協定もありますし、あな
たを傷つけるようなことはしないとお約束します。──だめですかねぇ」
「────い、いいよ……」
「はー、良かった。じゃあちょっと隣に失礼しますねー」
 消え入りそうな返事にルヴァは人懐こい笑みを浮かべると、どっこらしょ、と呟きなが
ら腰を下ろした。
「えー、あなたのお名前を聞いてもいいですかー」
「ル、ルノー」
「ルノーですか。良い名前ですねー。昼間お会いしたとき、14・5才くらいかと思った
んですが、合ってますか?」
「じゅ、13さ、才だよ」
「13才ですかー。それじゃあいきなり大きくなってしまって、いろいろと慣れないでしょ
うねえ。マルセルの身体ならもう少し馴染みやすかったかも知れませんが、」
 あー、マルセルというのはですねー、蜂蜜のような金色の髪をした少年で、草花や小鳥
が大好きなんですよー。ほんわかとした物言いに気が和んだのか、ルノーが初めてほのか
な笑みを浮かべた。
「あー。やっと笑ってくれましたねー」
 にこにこと屈託のない笑みを見せるルヴァに恥ずかしそうな微笑を返すルノーは、きっ
とマルセルと気の合いそうな、心優しい少年なのだろう。
「ルノーは小鳥は好きですかー?」
「、うん」
「そうですかー。マルセルはチュピという名の青い小鳥といつも一緒なんですよ。とても
頭のいい子でしてねー、ゼフェルが作った機械の小鳥ともお友達なんです」
「……き、機械の、鳥?」
「ええ。すごいでしょう」
「ぼくはま、魔道が使えるけど、と、鳥は、つくれないよ……」
「…………でも鳥たちと遊ぶことはできますよ」
「……うん。でもユ、ユージィンが来ると、に、逃げちゃうんだ」
「ユージィン?」
「うん。ゲルハルトとかも、う、うるさいって、追い払っちゃうし」
「それはさみしいですねぇ」
「……うん」
 そこで、はっと顔を上げ、ルノーはこぶしを握りしめた。
「で、でもっ、ユージィンはや、やさしいよっ。ゲルハルトや、ウォルターも、あ、遊ん
でくれるし」
 この少年は、きっと仲間たちにもそれなりにかわいがられているのだろう。だがそこに
いることが彼に幸せをもたらしてくれるとは、ルヴァには思えなかった。
「えー、ルノー。あなたはどうして皇帝のもとに?」
「ぼく、か、かみさまに、ぼくの命と引き換えに、兄さまを返してくださいって、お、お
願いし、してたの。そしたら、ユージィンが、兄さまに、あわ、会わせてくれるって」
 その言葉にルヴァは眉をひそめる。
「い、今は、レヴィアスさまが、ぼくのに、兄さまなんだ。だからぼくは、」
「──皇帝と共にいる、と、そういうことなのですね」
 少年はこくりとうなずいた。その言葉に偽りは少しも感じられない。──なんというこ
とだろう。兄を慕う子供の気持ちをも利用するとは。
 おそらくこの少年はその魔道の素質を買われたのだ。戦力として。それ以上でも以下で
もない。ただのコマなのだ。いや、きっと、皇帝にとっては他の者たちもコマのひとつに
しか過ぎないのかも知れない。そう思うとやりきれない。
「……あなたは皇帝のもとにいて幸せですか?」
 思わずルヴァはそう問うていた。
「え。……た、たたかうのは、人をこ、殺すのは、好きじゃないけど、でもレヴィアスさ
まが」
「ルノー」
 突然割り込んできた声に、ルノーは身体を強張らせた。おびえる小動物の眼差しで声の
方を振り向くと、その顔がぱっと笑顔に変わる。
「ユージィン!」
 ルヴァもそちらを振り向くと、そこにはリュミエールに似た優しい微笑みを浮かべた男
が立っていた。昼間見たときの、油断ならない雰囲気とはあまりにも印象が違うので、一
瞬本物のリュミエールかと思った。だがその瞳の色は、間違いようもない。
 ユージィンと呼ばれた男は、駆け寄ってきたルノーの背を抱くと、ルヴァに視線を寄越
した。その目は昼間見たのと同じ冷たい眼差しだ。いや、それ以上の──敵意さえ含んだ
煉獄の炎のようだ。
「……ルノーがお世話になったようで」
 謎めいた笑みを浮かべて、ユージィンが口を開いた。心情の読みとれないその笑みに背
筋が薄ら寒くなるような気を覚えながら、ルヴァは答えた。
「いえ、少しお話をしていただけですよ」
 息苦しい沈黙が流れる。視線をはずせないまま、ルヴァがこのまま息が止まるかと思っ
た頃、ようやくユージィンが口を開いた。
「ルノー、もう帰りましょう」
「う、うん。…………ルヴァ、」
 振り向いたルノーに、ルヴァは微笑を返したが、頬が強張って上手に笑えたかわからな
かった。
「おやすみなさい、ルノー」
 ルノーを抱いたまま、ユージィンはふっと姿を消した。不吉な笑みが、目の奥に焼き付
いて離れない。今夜はうまく眠れそうにない。
 妖精のささやきのような声が、そんなルヴァの緊張を少しだけとかした。
 ──おやすみなさい、ルヴァ。



SCENE 10


 よく晴れた、風の穏やかな夜だった。弓形に少し欠けた月が、間もなく南中しようとし
ていた。程良い明るさが、夜を照らす。自然に。
 運命に導かれて出会った、宇宙を統べる女王を守る9人の守護聖と、その女王の力を狙
う皇帝のもとに集いし9人の──守護聖の姿を借りる者たちは、一つの夜のなかで、それ
ぞれの思いを胸に、明日へ続く夢路へと旅立つ。
 密かに聞こえる、葉擦れのような音が、穏やかに夜を包んでいった。



                                                                       fin.



BACK the SCENE



こめんと(byひろな)    2000.8.14

……やっと書けた。アンジェリークレクイエムの中でのお話。守護聖様vs偽守護聖×9(……)。
ハッキシ言って疲れました。
そりゃそうだ。実質9個のお話(いや、5個、6個か?関連性を考えると)だもの。
タイトル、懐かしきWinkの曲から。しっかし何がヘヴンだ。
天国どころか地獄でした、HIRONA的に。しかも一夜じゃとうてい終わらんやん!
でも楽しかったです。比較的、コドモな人が出てくるシーンが長い気もしますが……、
場面の長さと、そのキャラへの愛情は、別に比例しているわけではありません。はい。
だってルヴァとルノーじゃすぐ本題に入れるワケないじゃん!!
そして一部の方の過去・癖・性質等を少々(?)捏造しちゃいました。
あと大変な目に遭われたごく一部の方……。ごめんなさいね。
そしてその方々のファンの方、怒らないでね、カミソリも送らないでね(苦笑)。
個人的に、夢様暗い過去ネタは好きです。密かに考えてある、意外なカップリングで……。
あとねー、前からイイなぁとは思ってたんですが、これ書いてウォルターへの愛が爆発!(大笑)
書き足りずに早くもランディ&ウォルター、考えてます。ふ、愛の暴走列車、ってかんじ?



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