SCENE 7


「相変わらずキレイな月☆ ──なのに何だろうねぇ、このうっとおしいのは」
 聖地にいるときと変わらない優雅さで、オリヴィエは夜の庭園を歩く。けれど耳を澄ま
せば、闇に蠢く魔物の息遣いが感じられるような夜だ。
 しっかし皇帝ってヤツも、気色悪いコトしてくれちゃうよね。私達の偽物だって?
 昼間の光景を思い出す。シュールだ、なんて言葉じゃ片づかない。9人の守護聖と9人
の偽守護聖が一堂に会したその様は、異様としか言い様のないものだった。
 料理と同じで、器が同じだとしても、中身が違えばそれはもはや違うものだ。そんなこ
とは、美しさを司どるこの夢の守護聖・オリヴィエが一番良く分かっている。だからこそ
いっそう、この事態のおぞましさを耐え難く感じているものもまた、オリヴィエだった。
「気持ち悪いねえ、さっさと出てきたらどうなのさ」
 歩みを止めずに宙に声をかける。左斜め後方の木陰から、自分と同じような姿をした男
が姿を現した。違うのは、瞳の色。オリヴィエのダーク・ブルーの瞳に比べ、その男の瞳
は柘榴石のような赤だ。柘榴石はオリヴィエも好きな宝石の一つだったが、この男の瞳の
色は好きになれない。暗い、熾き火のような光がまとわりついている。不幸な人生を歩ん
できた者の目だ。幸せではなかった過去を思い出させる、目だ。
「いったい何の用さ、私のニセモノさん」
「特におまえに用はない。いずれ闘う相手だ、偵察と言ったところか」
「気に入らないね。──偵察係はあんた一人かい? 水色の髪の男もそうだね。それから、
金髪の小柄な男」
 自分の知っている彼らとは違うから、容赦はしない。外見の特徴がほんの少し似ている
だけの、別人だ。
「フ、良い読みだが、残念だな。今回は、全員だ」
「──なんだって?」
「今回は、全員が偵察係だと言ったのさ。それぞれ気に入りの獲物を偵察することになっ
た。俺はおまえを選んだ」
「それはどうも」
「理由は聞かないのか」
「聞いたら教えてくれるのかい?」
「ああ。──昼間見たときにすぐに分かった、おまえは一番俺たちに近い。だから興味を
持った」
「…………」
「……その目だ、」
 ざらりと神経を逆撫でする目つき。きっと他の守護聖は知らない。いつもきらびやかに
着飾るオリヴィエの、酷薄な瞳を。
「オリヴィエ、おまえは一番俺たちに近い」
「気に入らないヤツだね。──あんた、傭兵かい」
「元傭兵だ、テログループを率いていた。今は、レヴィアス軍の騎士団長の一人だ」
「他の奴らがそのお仲間ってワケかい──名前を、聞いておこうか」
「カーフェイだ」
「カーフェイ。それで? 私があんた達に近かったとしてどうするんだい。仲間になれと
でも言うつもり? 先に言っとくけどムダだよ。そんな気はさらさらないね」
「俺とておまえがそんなヤツだとは思っていない。おまえは仲間を裏切らないタイプの人
間だ。……手強い、殺りがいのある相手だと思っただけさ」
 冷たい視線が絡まりあい、静寂を飲み込んで無音の空間を構築した。
「……ター! ウォルター!」
 どこかから、風に乗ってランディの声が聞こえてきた。二人同時に声のした方角に意識
を向ける。一瞬だけ視線を交わして、二人ほぼ同時に駆けだした。



SCENE 8


 風が、なんだかイヤな匂いをしている。こんなにキレイに晴れているのに。
 弓形に少し欠けた月を見上げ、ランディは呟く。
「なんだろう。……マルセル、おとなしくしてるかなぁ」
 寝付かれないのと不穏な風が気になるのとで、マルセルを置いて外に出てきてしまった。
そのことを少し後悔する。だがもし何者かに襲われたとして、自分一人ならともかくマル
セルを守りながら闘うことができるとも思えなかった。
「やっぱり帰ろう」
 くるりと踵を返す。と、目の前に人影があった。思いもしなかった。ずいぶんと近い。
 木陰からその人物が月光の下に姿を現したとき、二人は同時に声を上げていた。
「──ええっ??」
 鏡かと思った。だがよく見ると瞳の色が違う。目の前の人物は、ゼフェルによく似た赤
い目をしていた。鏡でいつも見る自分の瞳は、空色だ。
「なんだ。おどろかすなよ。鏡かと思ったじゃねーか」
 相手も同様の感想を持ったらしい。前髪をかき上げる仕草が、自分と同じ癖だと気づく。
しかし……、変な感じだ。声は確かに自分の声なのに、口調はゼフェルに近い。最初に彼
の瞳からゼフェルを連想したためか、なんとなく彼の中に自分よりもゼフェルの影を重ね
てしまう。
「えーっと……、なんつったっけ、なまえ。おれはウォルター」
「ランディ、だよ」
「ランディか。せっかくだし、ちょっとハナシでもしねーか? どーせ闘えないし、まだ
こんな時間じゃ眠れもしないだろ」
「──そうだな。ああ、いいよ」
 年の近い気安さからか、見知った人物に重ねたからか、ランディはすぐに結論を出した。
 それに、なんだか彼とは仲良くなれそうな予感がしたのだ。
「ランディ、おまえ、年いくつ?」
「うーんと、正しいのは分かんないんだけど、たぶん、18くらいだと思うよ」
「何で自分の年がわかんねーの?」
「守護聖は、他の人たちと時間の流れが違うんだ。だから聖地も、守護聖の時間に合わせ
て、外界とは異なる時間の中で動いてる。俺達にとっては1日でも、外にとっては1週間
だったり、1ヶ月だったりっていう、長い時間が過ぎているんだ」
「へえー、そんなトコがあんのかー。おまえらって、すごいヤツなんだな」
「そ、そんなんでもないんだけど……」
 屈託のない感想に、ランディは思わず照れたように髪に触れた。
「ウォルター、君は? 結構年が近いんじゃないかって思ったんだけど」
「ああ、おれも18だぜ。ま、一回死んだ分、ちょっとずれてっかもしんないけどさ」
「死んだって……!?」
「あれ、知らねーのか? おれたち─って9人いんだけどさ─、故郷の宇宙で、一回死ん
でんだ。それをレヴィアス様が、魔道で復活させてくれたってワケ。──アレ、これって
言っちまったけど良かったのかなぁ?」
「君たちは何のために陛下の力を狙ってるんだ? この宇宙を乗っ取るのか?」
「へいか? ああ、女王か。おれたちが故郷の宇宙に帰るために女王の力がいるんだって
さ。俺はそーゆうのはよく分かんないけど、カインやユージィンが言ってた。女王の力を
吸収して、もっとレヴィアス様が強くなるんだって」
「……そのために、何の罪もない人達を、魔道の力で魔物に変えているのか?」
「それはユージィンとショナの役目だけどな。俺は毎日ゲルハルトと腕ならし。そだ、お
まえ強いか? 腕試ししないか?──って、闘っちゃいけないんだっけ……。この身体っ
てさ、俺のと近いから、けっこうなじみやすくってさ。ゲルハルトは、前より小さくなっ
た分、腕力も落ちたってぼやいてたけど」
「ウォルター! 君は、故郷の宇宙に帰るためだけに皇帝に力を貸しているのか!? 皇
帝は、暴力で無理矢理陛下のお力を奪うようなヤツなんだぞ!」
 少しも悪びれた風のないウォルターに、ランディはしびれを切らして詰め寄った。肩を
掴み、視線を合わせて訴える。
「もっと他に君の力を役立てる道があるはずだろう!?」
 その時、不意にまわりの風が変わった気がした。素早く気づいたランディが辺りに視線
を走らせる。──異変は、ランディの腕の中、ウォルターの周囲で起こっていた。
 低く、獣がうなるような声が漏れる。ランディの手がはなれると同時にカッと真紅の目
が見開かれた。すさまじいほどの──殺気!!
 ガンッ!!と音を立てて剣が交わった。ランディがその一瞬で剣を手に取れたのは、奇
跡としか言いようがなかった。力負けして、上体が後ろに倒れる。両手で支えても精一杯
だ。オスカーにも負けない程の力と剣の腕だ。
「ウォルター!」
 ウォルターの豹変の意味が分からないままにランディは叫んだ。分からないけれど、─
─これは別人だ。
「ウォルター!! 俺の…っ、話を聞いてくれ……っ!」
「おれは……っ、役立たずじゃない……っっ!」
「くっ、──ウォルター!!」
 ひときわ大きく叫んだとき、ひゅっと第三者の気配がしてウォルターの身体が吹っ飛ん
だ。見上げると、オリヴィエが──いや、目が赤い。オリヴィエの体を使う、皇帝の部下、
カーフェイだった。冷たい視線がウォルターの飛んでいった方に注がれていた。見ると、
ウォルターは脇腹を押さえてうずくまっている。この男が、彼の脇腹を思い切り蹴り飛ば
したようだった。
「ウォルター! ──なんてコトするんだ、仲間だろう!?」
 立ち上がり、ランディは思わず男につかみかかろうとする。
「ランディ、おやめ!」
 オリヴィエの制止の声が飛んだ。
「──カーフェイ。とりあえず、うちのランディを助けてくれたことには礼を言うけどね、
やり方ってモンがあったと思うよ」
「こいつは一度凶暴化したらなかなか止まらない。動けなくするのが一番だ」
 ウォルターに歩み寄り、見下ろす男の目にはひとかけらの憐憫もない。壊れた機械を直
す口実で蹴りつけるのと同じように、ウォルターを蹴ったのだ。
「オリヴィエ。おまえは、おまえ達9人の中で一番俺たちに近いと思ってたが……、違っ
たようだな」
 ウォルターを背に担ぎ上げ、立ち上がりながらカーフェイが言葉を投げる。同じ冷酷さ
で、オリヴィエが返した。
「似たようなところはあるかも知れないけどね。──あんた達のようにはならないよ。」
「そうか。──フ、おまえと闘うのが楽しみだ」
 二人の姿が消えてもなお、オリヴィエの視線はそのまま動かない。ランディが躊躇いが
ちに声をかけた。
「オリヴィエ様。──ありがとうございます、助けてくださって」
「……私じゃなくてあいつだけどね、」
 ふうっ、と溜め息をつくオリヴィエはどこか不機嫌そうだ。カーフェイの言葉が耳に残っ
ていた。
『おまえは一番俺たちに近い──』
「さあて、と。ランディ、帰るよっ!」
「オリヴィエ様!」
「ん? なにさ?」
「俺、あなたとあの人は違うと思います。あの人達は、皇帝は──、自分の故郷に帰るた
めと言いながら、他の罪のない人を巻き込んで辛い目に遭わせている。あなたは違う。陛
下を、宇宙を──俺達を守るために闘ってるんじゃないか。だから」
「ば〜っか。私を誰だと思ってんのさ☆」
 言葉と同時に額に手のひらがぶつかってきた。予期せぬ動きに押されてよろける。
「私は夢の守護聖オリヴィエ様だよっ! ──ま、心配してくれてアリガトね」
「──オリヴィエ様」
「さーて。ほら、早く帰るよ。あんたそんなかっこジュリアスに見つかったら大目玉だよ」
「え?」
 見ると、先ほどのウォルターとの攻防で、服が草と泥だらけになっていた。
「げっ」
「ナイショにしててあげるからさ☆ ほーら、早くしないとおいてっちゃうよん♪」
「待ってくださいよ、オリヴィエ様!」
 ランディが追いかけてくる足音を聞きながら、オリヴィエは月を見上げ、語りかける。
 ──確かにあんたと私は少し似てたね。世の中のほとんどは、ゲームと同じさ。だけど
ねカーフェイ、今の私には、大事なものがあるんだ。守りたいものがあるんだ。だから私
は、あんた達と同じにはならないんだよ。




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