さみしくないよ

 新しい緑の守護聖・マルセルが来て、聖地の時間にして数カ月が経った。ほとんど常春
の聖地では季節もへったくれもないが、外界ではそろそろ雪の中から春の使者が顔をのぞ
かせる頃だ。
 ゼフェルは、2匹の子犬がじゃれ合うように駆け回っているマルセルとランディを呆れ
たように眺めながら、傍らで本を開いているルヴァに声をかけた。
「なぁ。──最近よ、マルセルのヤツ、……なんか変わったことねぇ?」
 途中で話の切り出し方を変えた台詞に、ルヴァが顔を上げゼフェルの横顔を覗き込んだ。
「……ゼフェル?」
 慎重なルヴァは、相手の真意が読みとれない場合には余計なことを言わずに次の展開を
待つ癖がある。不用意な言葉を口にして相手の気持ちを傷つけることを恐れるからだ。
 ただ静かに名前を呼ばれ先を促されて、ゼフェルはちらりとルヴァを見て再び前方に目
を向ける。
「最初は泣いてばっかでよ、そんなんで守護聖が務まんのかとか思ったけど、最近はほと
んど泣かなくなったし、仕事もあいつなりによくやってっと思うぜ。──けどよ、最近ま
た、なんかヘンじゃねえか?」
「ああ……、そう言われてみれば、そうですねぇ」
 今はそうではないようだが、時々、カラ元気のふしがある。
「あとでランディにもそれとなく聞いてみましょうか」
「あいつが気づいてっかどーかわかんねーけどよ」


 ところがゼフェルの予想に反して、ランディはマルセルの異変に気づいていた。
「そうなんですよ! 最近、……なんか、無理に元気にしているようなときがあって」
「あー、やはりランディもそう思いますか……。う〜ん、どうしたんでしょうねぇ……」
「──ごきげんよう。皆さんで難しい顔をなさって、何かあったのですか?」
 悩む3人に、ちょうど側を通りかかったリュミエールが声をかけた。
「あー、リュミエール、ちょうど良いところに来ましたねー」
「おいっ、リュミエール、あんた最近マルセルに何かあったとか聞いてねーか?」
「──は? マルセルに、ですか……?」
「ええ、そうなんです。なんか最近、元気ないところがあって」
 リュミエールはしばし考える仕草をして、何かに思い当たったらしくわずかに目を瞠っ
た。
「何かご存じなんですか!?」
「そういえば、先日、私の邸に来たとき──」
 リュミエールの邸に遊びに行って、マルセルはいくつかの楽器に興味を示した。小鳥の
声に似た音を出す小さな笛は特にお気に入りで、良かったら譲ってくれないかとリュミエー
ルに申し出たのだ。
 いつもなら、リュミエールは優しい笑みとともに快諾の言葉を返すのだが、今回ばかり
は少し困ったような顔をした。
『あなたに差し上げたいのは山々なのですが、その笛は、私が故郷にいたときに、母が誕
生日プレゼントにと贈ってくれたものなのです。──同じ種類の笛を今度差し上げますか
ら、それは勘弁していただけますか?』
『えっ、──あ、ごめんなさいリュミエール様。ぼく、そんなに大事な物だとは知らなく
て……』
 そのときに、マルセルが少しさみしそうな顔をしたというのだ。笛がもらえないからと
いってそんな表情をするほど、マルセルは子供ではない。
「あ、そういえばもうすぐマルセルの誕生日ですよ!」
「んじゃ、それであいつ、また家族んコト思い出したってワケか」
 マルセルの家は大家族で、末っ子のマルセルは皆にたいそうかわいがられていたと言う。
そのマルセルの誕生日ともなれば、きっと家族総出で、賑やかにお祝いをしたのだろうと
いうことは、容易に想像がついた。
「そうだ! じゃあ、俺たちみんなで、マルセルの誕生会を開きませんか!?」
 突然、手をぐっと握ってランディが提案する。その目はすでにやる気満々で、その場に
いた全員が、その提案がすでに実現に向けて走り出していることを認識した。
「みんなで、って、──どこまで含んでンだよおまえの“みんな”は」
「え? そんなの、もちろん“俺たち全員”でだよ、決まってるじゃないか」
「全員、と、言いますと……」
「あー、それは、ジュリアスやクラヴィスも……」
「ええ! だって、どうせやるならなるべく人数多い方が良いですよね?」
「それはそうですが……」
 オリヴィエはきっと面白がって乗ってくるだろう。オスカーも、まあなんとか説得はで
きると思われる。けれど問題は、聖地の2TOP、ジュリアスとクラヴィス……特にクラ
ヴィスだ。たまにディアが開く茶会には顔を出すものの、すぐに引き上げてしまうし、他
の者が主催のものには、顔を出しすらしない。そんな彼が、たかがマルセルの誕生会に出
席をするかというと……むずかしいものがある。
 ランディ以外のメンバーは、その道のりの遠さと同じくらいに気が遠くなるような思い
を味わっていたが、当のランディは、何を不可能なことがあるものか、とさらにやる気を
募らせている。
「大丈夫です! ジュリアス様もクラヴィス様も、ちゃんと話せばわかってくださいます
よ! 俺、がんばります!!」
 かくして、マルセルの誕生会が催されることになったのだった。


                    *                  *                  *


 その日、マルセルが執務室に行くと、机の上に一通の手紙が置いてあった。
 歩み寄って手に取り、裏を返すと、差出人は女王補佐官ディアになっている。
「ディア様から……?」
 軽く首を傾げて、マルセルはペーパーナイフで封を切った。
 中に入っていたのはお茶会の招待状だった。しかも、今日、あと30分後に始まるとい
う。マルセルは、数度瞬きをして、それが確かにディアの筆跡であることを確かめると、
イブカ
訝しみながらも招待状を手に部屋を出た。


「──よー、マジでクラヴィスもくんのかよ?」
「ああ、来てくださるって」
「マジかよ〜」
 ゼフェルが疑うのも無理はない。けれどランディは、しっかりはっきりばっちり、ジュ
リアスからもクラヴィスからも、参加の約束を取り付けてきたのだった。
 説得は、意外なことにクラヴィスの方が簡単だった。
 ランディが執務室に赴くと、クラヴィスは水晶球をのぞいていた。
『クラヴィス様、お願いがあるんですけど、』
『──緑の守護聖、か?』
『え? ──あ、はい、そうです。……ご存じだったんですか?』
 驚いて尋ねると、これが教えてくれた、とクラヴィスは水晶球を指差した。
『行くと答えるまでひくつもりがないのもわかっている。──フッ、たまには良いかも知
れぬな』
 かくして、ランディが拍子抜けするほど簡単に、クラヴィスの参加は決まったのだ。
 ジュリアスの方はと言うと、マルセルの誕生日当日が平日だったこともあって、説得は
難航した。半日とはいえ、全員が執務を離れるなどということは言語道断なのだ。
『何も誕生会を開くのをやめろと言っているわけではない。──執務が終了してからなら
ば、私も参加しよう』
 けれどそこで引き下がってはランディではない。マルセルが家族を思い出してさみしい
思いをする前に、すなわち朝イチでお祝いをする必要があると主張する。もうすでにジュ
リアス以外の全員の参加の約束を取り付けていること、それどころかディアまでが協力し
てくれるということを告げ、さらに、切り札を突きつけた。
『マルセルはきっと、今まで家族全員にお祝いしてもらってたと思うんです。だから俺た
ちも、全員で、お祝いしてあげたくて。それに、他のみんなは参加するのに、ジュリアス
様だけ参加されないのは不自然ですよね。──仲が悪いんじゃないかって、マルセルに思
われたら困りますよね?』
 ジュリアスは、思わず言葉に詰まった。ふいに、マルセルの前任であった緑の守護聖・
カティスの言葉が思い出される。
 去り際、ジュリアスとクラヴィスの肩をばんばんと叩いて、お前らももっと仲良くしろ
よ!と言い置いて去った、陽気な男。──マルセルに何を言ったかわからないのが怖い。
それに、目の前のランディは何がどうあってもひくつもりがないという意志を全身で表し
ている。メラメラと、背後に燃えるオーラが見えるようだ。
 ジュリアスが、深くため息をついた。
「────良かろう。ただし、くれぐれも羽目をはずしすぎることのないように。それと、
午後からは全員必ず執務に戻ること。それが、私が参加する条件だ」
「はいっ! ありがとうございます! ──ジュリアス様の誕生日の時も、俺、朝一番に
おめでとうを言いに来ますね!」
 空色の瞳を輝かせて叫ぶと、ランディは身を翻してあっという間に姿を消した。
「ランディ! ──廊下は走るなと、何度言えばわかるのだ……」
 そう言いつつ、ジュリアスはどこか優しい表情をしていた。

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