その目で見つめて

「チッ、──ったく、何が悲しくておめーと二人でこんなコトさせられてんだか」
「ゼフェル、そんな言い方することないだろう!?」
 今回の女王試験の育成対象である謎の物体が宇宙のたまごだったことが分かってから3
週間後、ゼフェルは本を借りにルヴァの執務室を訪れていた。本当は王立研究院に行った
方が早いのだろうが、エルンストとか言うオカタイヤローはジュリアスと同じニオイをさ
せていて、なんとなく近づきたくない。で、ルヴァのところで山のような本を図書館に運
ぶのを手伝わされそうになり、ちょうどうまく逃げたところで、ランディが現れたのだ。
──ランディの親切(と書いておせっかいと読む)につきあわされて、ゼフェルも本運び
を手伝うハメになったのは言うまでもない。
 十数冊の本をそれぞれ抱え、ようやく図書館にそれらを返すと、ランディは一つため息
をついた。
「ふう、疲れたね。──重たいのは平気だけど、大切な本を落としちゃいけないって思っ
て気を張ってたから、なんか肩こっちゃったよ」
「ふん、てめーでも気ィ使うのか」
「ゼフェル」
 どうしておまえはいつもそういう言い方しかできないんだ。咎める視線を送りつつも、
もう1年もこんなやりとりをしてきたのだ、さすがにランディも慣れてきたらしく(?)
とっくみあいのケンカになることは減ってきている。お互いに、少しは成長したというこ
とだろうか。
 あ。ランディが何かを見つけたらしく足を止めた。つられてゼフェルもそっちを見る。
そして、目にした人物をおそらく呼び止めるだろうランディを制しようとしたが、──
ちょっと遅かった。
「あ、セイランさーん!」
 そんなでけー声じゃなくても聞こえるって、と思わず言いたくなるような、元気いっぱ
いの声。けれどセイランは少しも歩みを滞らせることなく川面の木の葉のようにすっと通
り過ぎてしまう。
「あれ、聞こえてないのかな」
「おい、ランディやめとけって」
「セーイラーンさ────んっ!!」
 あちゃー。ぴたりと立ち止まり振り返ったセイランの険のある眼差しに、ゼフェルは額
を押さえそっぽを向いた。どーしてコイツはこー“こりる”ということを知らないのか。
「こんにちは、セイランさん!」
「やあ。こんにちは、ランディ様ゼフェル様。──ランディ様は今日もムダに元気なよう
ですね。僕の創作活動をジャマしないでくれって前に言ったはずだけど、汗と一緒に流れ
てしまったのかな?」
「えっ。──あ、ごめんなさい」
 冷たい美貌に似合う冷ややかな声を返されて、ランディが肩を落としたのがわかった。
ひどい言い草に憮然とするより、相手の望まないことをしてしまい嫌がられた悲しみの方
が大きいのだ。どこまでお人好しなんだか……、ゼフェルはそんなランディのいかにもしゅ
んとした姿を見るのはさすがに胸に痛くて、無意識のうちに少し言葉を選ぶようになって
いた。けれどセイランは──洞察力に富む彼のことだ、気づいていないはずはないだろう
──相変わらず針を仕込んだ氷の言葉を投げ続けている。
「ところで、あなたたち二人が一緒にいるなんて珍しいですね。ルヴァ様にでも仲良くお
つかいを頼まれたんですか?」
 ゼフェルの方に視線を流して、セイランが問いかけた。こんななにげない言葉に、ゼフェ
ルたちだけでなくルヴァへの皮肉までもが含まれているのはさすがだと、ゼフェルは呆れ
るを通り越して感心する。有名な詩人でもあるというのは本当のようだ、まだ彼の詩を見
たことはないけれど。
「あ、はい、そうなんです。俺たちルヴァ様に図書館へ本を返すのを頼まれて……」
「そう」
 ゼフェルの代わりにランディが答えると、セイランは興味を失くした様子を隠しもせず、
きびすを返そうとする。
 ランディがまた傷ついた表情をするのを感じた瞬間、ゼフェルはセイランの腕を掴んで
いた。
 さすがに驚いて目を瞠り、セイランが振り返る。
「オレ、おめーに用があったんだ。──ランディ、おめー先に宮殿に戻ってろよ」
 突然の展開に、ランディが戸惑った声をあげる。
「ふうん。──じゃあ、僕の部屋にでも来る?」
 そう言うと、セイランは返事を聞く前に歩き始めていた。


 元気な女王候補たちに邪魔されたくないからね、とセイランはゼフェルを執務室ではな
く私室の方へ通した。その、思ってもみなかった待遇の良さに少し驚く。
 初めて見たセイランの私室は、ゼフェルが思っていたものに比べ、ずいぶん雑然として
いた。もっと、ほとんど物がないくらいにすっきりと、冷たく無愛想に整えられているの
かと思った。セイランの顔のように。けれどこの部屋を実際に見ると、これはこれで非常
に彼らしい。おそらく無頓着なのだろう、彼が自分や他人の顔の美醜にこだわらないよう
に。
「なに。──ああ、部屋が汚いって? 別に、僕が過ごしやすければそれでいいのさ。あ
なただってそうでしょう?」
 決めつけるように言って、セイランは少し含みのある笑みを浮かべた。その表情に何か
引っかかるものを感じつつ、ゼフェルは素直に頷く。
「ああ、まーな。──でよォ、セイラン」
「何か飲みますか? 今日なら僕が紅茶を淹れてお出ししますよ。それともあなたにはミ
ネラルウォーターの方がいいかな」
 呼びかけた言葉を遮られ、怒るより先に驚いた。少し考え、セイランが茶を入れる姿を
見てみたいと思い、そう申し出る。まるでその答えを予想していたかのように、セイラン
が笑った。
「──それで、改まって僕に話って何? あなたも僕のことが苦手なんじゃなかったっけ」
 ソファにゆったりと座り、細い指で摘んだカップに口を付けると、セイランが切り出し
た。
 ゼフェルのそれとは少し違うが、器用そうな指をしている。
「あ、ああ。──別にオレはおめーのこと何も思っちゃいねーよ、ただマルセルやランディ
が、!」
 突然唇を指先で押さえられ、驚いて言葉を止めた。きらりと瞳を光らせて、セイランは
わざと皮肉を込めた眼差しをする。
「僕の言葉に傷ついているからやめろって? ──そんなことを言うんだ、この唇は」
 あなただって口の悪さでは似たようなものでしょう。そう言われたと思って、ゼフェル
はカッとしてセイランの腕を振り払った。
「オレのはっ! あいつらもう慣れてっからいーんだよ、本気だとも思ってねーし。けど
おめーのは」
 本気が見えない。ただの戯れなのか、意図的に相手を傷つけようとしているのか。美し
く整いすぎて表情の読めない、冷たい顔のように。
「僕の本当の気持ちは、僕がそれをわかってほしいと思う相手にだけ伝わればいい」
 向けられた真摯な眼差しにどきりとする。視線がぴたり重なった次の瞬間、セイランは
すっと目を伏せた。
「確かに、あなたの言葉の棘はただ子猫がじゃれてひっかいているだけだ。それに比べた
ら、僕のはずいぶんと悪意を含んでいるだろうね。けれど僕は僕で、これは一応戯れのつ
もりなんだよ」
 探しているんだ、その爪で傷つくことなく、一緒に遊べる相手を。
 言葉にはされなかったセイランの想いが、ゼフェルはわかったような気がした。その目
で見直してみれば、今までの彼の冷たく気まぐれな言動も、すべてわかる気がする。
 今まで知っていると思っていたセイランとは違うセイランが、そこにはいた。
 なんだ……、オレとそう変わんねーじゃん。
 少し拍子抜けして息をついたのを感じたのか、セイランがくすりと笑った。
「ふふっ、見つかってしまったみたいだね。やっぱりあなたには見えるんだ」
 その微笑みから伝わる喜びと、思いもかけない甘さにどきりとする。けれど平静を装っ
て、ゼフェルはもう一度ため息をついた。
「おめー、……わかりにくいんだよ」
「言ったでしょう、僕がわかってほしいと思う人にだけ伝わればいいって」
 そして唇を塞がれる。しなやかに入り込んできた舌に、やっぱコイツも舌は熱いんだな
どと思いながらも、一応ゼフェルは驚いていた。
 これで二度目、またセイランの印象が変わる。──今日は忘れられない日になりそうだ。
「あなたは少し僕に近くて、けれど違う人だからね。興味深いよ。同じものを見て、きっ
と似たものを感じているのに、その表し方が違う。もっと僕に見せてほしいな、あなたの
魅力的な表情を」
 甘やかな眼差しで告げると、セイランはゼフェルの執務服から露わになっている鎖骨に
唇を落とした。それがもたらした不思議な感覚に、ゼフェルの肩がぴくりと揺れる。
「ちょっ、おい、セイラン!」
「見せて。まだ僕の知らないあなたを」
 思わずごくりと息を飲む。艶のある眼差しのまま微笑まれて、ゼフェルは体温が一気に
上がったのを感じた。
 一瞬ひるんだように動きを止めた隙に、肩当てをはずされる。現れた肩のカーブを愛お
しそうに撫でられて、背筋を悪寒とは違う何かが走った。
「ふうん、ここが弱いんだ? それとも、全身敏感なのかな」
 揶揄する台詞に抗議しようと開いた唇は、言葉を発する前にセイランに飲み込まれた。
さっきよりも深く、より力強くうごめくその感触に翻弄される。
「んっ……ふ、うっ」
 片手でゼフェルの頭を支えながら、セイランのもう片方の手はすでにゼフェルの服を脱
がしにかかっていた。ツナギの前のジップを下ろす音とその感触に、慌ててセイランの手
を押しとどめる。
「どうしたの? ……見せてくれるんでしょう?」
 言うなり侵入した手が脇腹を撫でた。
「アッ……!」
 反射的に声があがり、身体がのけぞる。
 自分の口から漏れたとんでもない声に、ゼフェルは全身を朱に染めた。
「いいね、素敵な声だ。──もっと聞かせて……」
 耳元での囁きに背が震える。自分でも知らなかった自分がいる。それを知ってしまうの
は少し恥ずかしく、少しこわい。けれどそれ以上に、まだ知らないセイランをもっと知り
たくて、ゼフェルはセイランにその身を委ねた。


「うっ……ん、あっ」
 初めこそ声を殺していたゼフェルだったが、弱いところを何度も撫でられ、舐められ、
甘咬みされて、耐えられずに叫んだ後はもう、声を抑えることなんて少しもできなかった。
ただセイランに触れられるたびに、素直に身を震わせ声をあげる。
「ゼフェル様……、もっと、あなたの声を聞かせて」
「ゃあっ、……んっ、セイラン……っ」
 震えるゼフェルの情熱は、セイランの手に促され、その先から想いの雫を溢れ出させて
いる。ゼフェルの様子を伺いながら徐々に速さを増していく指の動きに、たまらず腰を揺
らめかせる。
「セイラ……、あっ、ん、もっ……」
「いいよ」
 耳に息を吹き込まれて、ゼフェルは全身をつっぱらせた。セイランの手の中に、ゼフェ
ルの生命の息吹が吐き出される。
 ゼフェルがふっと力を抜いたその隙に、セイランの濡れた指がゼフェルの腰の奥へとす
べり込んだ。初めてのその感触に身体を強張らせると、セイランの声が優しく耳元で囁く。
「ゼフェル様……大丈夫、力を抜いて──息を吐いて」
 言われた通り息を吐いた瞬間、セイランの指が入ってきた。思わぬ衝撃的な感触に息を
つめながらも、ゼフェルのそこは細いセイランの指を奥まで受け入れる。
「──くっ……」
「ゼフェル様……、ゆっくり、力を抜いて……そう……」
 なだめるような言葉とともに、抜き差しされる指の感触。痛いのとも気持ちいいのとも
違う、不思議な感覚。ただセイランの指がある一点を通るとき、それは微妙なむずがゆさ
となってゼフェルを襲う。やがてセイランがゼフェルの表情からそれに気づいた。
「……ここ……?」
「んあ……ッ!」
 くっと指を曲げてそこを突かれ、ゼフェルは大きく身体を震わせた。叫びをあげたと同
時に、身体の中に火の河ができた。重ねてそこを擦られ、たまらず身をよじる。
 セイランの指が一度ゼフェルを離れ、2本になって再び入ってきた。今度はほとんど何
の抵抗もなくセイランを受け入れたゼフェルの内奥を、2本の指がそれぞれ繊細な動きで
かき乱す。
「んっ、……ひぅっ、く、……あっ、セ、セイランッ……、んっ」
 赤い瞳に涙さえ滲ませて、ゼフェルはセイランにしがみついた。顎を捕らえられ顔を上
げさせられて、ゼフェルはそこで初めてセイランの熱い眼差しに出会う。
 女性的にさえ見られるセイランの美貌は、今やゼフェルに向かう欲情に包まれ、思いつ
めたように寄せられた細い眉の下の瞳がゼフェルを求めて輝いていた。
「ゼフェル様……!」
 息を殺して囁きゼフェルの中から指を抜くと、セイランは自らの情熱の昂ぶりをゼフェ
ルに押し当て身体を進めた。
「あ……っ! く、うっ……」
「ゼフェル様、力を抜いて、僕を受け入れて」
 何度も息をつまらせながらも、少しずつ息を吐き、少しずつセイランを受け入れる。やっ
とのことでセイランがその身をすべてゼフェルの中に収めたときには、ゼフェルはすでに
半分意識が飛びかけていた。
 夢現の中で、請われるままセイランに口づけ、その背に腕を回す。
 まどろみの海に旅立つ直前、ゼフェルはセイランの「好きだ」という台詞を聞いたよう
な気がして小さく笑った。
「あぁ……オレも、好きだぜ……」


「──ん? あれ? ここ……」
「気がついた? ずいぶんよく寝ていたね。初めてだったのに疲れさせたかな」
 見覚えのない景色に首を傾げたゼフェルに、セイランが声をかけた。その台詞ですべて
を思い出したゼフェルはどっと赤くなり、セイランを睨みつける。
「てってめ……っ」 
「ふふっ、さすがに今のはいただけない冗談だね」
 冗談になってねーよ……、ゼフェルは呟いた。
 そんなゼフェルを見つめるセイランの眼差しは、とても優しい。
「初めてあなたを見た時からなんとなく予感めいたものは感じていたんだけど……、ちょっ
と今日のは僕も驚いたな」
「あ?」
「自分でも知らなかった自分を突きつけられたよ、あなたに」
 意味がわからず眉を寄せたゼフェルにセイランは笑った。
「ゼフェル様。あなたも知っての通り、僕は少し他の多くの人と違ったものの見方をして、
違った表し方をしている。僕にはこれが普通なんだけどね。
 人と同じことが良いなんて僕はかけらも思わないから構わないけど、それでも僕は、心
のどこかで探していた。僕と同じ景色を見る人を。
 ゼフェル様、あなたなら……、同じ一つのものを目にした時に、同じとまではいかなく
とも似たものをそこに見ることができると思うんだ。似た思いを感じることができると思
う。僕は、そんなあなたと景色を共有したい。同じものを見て同じように感じて──時々
その違いを感じて。そんなあなたを見ていたいんだ」
 セイランの言葉をじっと聞いていたゼフェルは、言い終え口をつぐんだセイランを赤い
瞳でしっかりと捉え、少し笑った。
「おめーの見る景色と、オレの見るのと、そーだな、きっと似てるぜ。──ま、おめーの
が容赦なさそーだけどよ」
「ふふ、ありがとう、誉め言葉として受け取っておくよ」
 さらりと髪を揺らして微笑むと、セイランは身をかがめゼフェルに口づけた。
「ゼフェル様、あなたのその真実を暴く眼で、僕に新しい景色を見せて。僕を、見つめて」



 
                                    fin.

   



こめんと(byひろな)     2001.1.9

我が相棒蒼月リッヒ〜(笑)に奪われてしまったキリ番、しかもMyバースデイにちなんでつけた2811。なんだか、嬉しいような悲しいような。しかも、先日4000HITまで踏まれるし。私はまだ君んとこのキリ番、かすってもいないというのに……。やはり、マメさの差がこんなトコにも現れるのか!?
で。セイゼフェです。ええ〜〜!?と思ったけど、書いてみたら、わりかしあっさりと書けましたね。や、エッチはあっさりじゃないです(笑)。多分今まで書いたアンジェのお話の中で、一番しっかり書いてんじゃないでしょうか。やっぱリヒトにあげるやつだし(笑)。
そして話がエロいかわりに、壁紙は清純派。珍しくゼーを天使ちゃんなんぞになぞらえてみたり。

ところでこの話、本編よりもひろなが自分で書いたノートの欄外コメントが笑えます。
「押しの強いセイラン様、押しに弱いゼフェル様(笑)」とか、
「しかしセイランさん、告白してソッコー押し倒して最後までやっちゃうんすか(汗)」とか。
──っつーか書いたのおまえだおまえ!(笑)
なんだかんだで、こっちでのUPが遅くなってしまいましたね〜。


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