Je te veux

 清澄な朝の空気に、威勢の良い掛け声と剣を打ち合う音が響く。
 もともと大きな瞳をさらに見開いて懐に飛び込んできたランディを難なくかわし、オス
カーは振り向いたランディの喉元に剣先を突きつけた。一瞬硬直して、悔しそうな顔をす
るランディに、木の幹に寄りかかって眺めていたゼフェルがふうんと小さく唸る。
「フッ、──惜しかったな、ぼうや」
「くそっ、今度こそ!」
 と、その時、緊迫した決闘モードにはえらく場違いな愛らしい声が聞こえた。やわらか
な声に、その場にいた皆が心を和ませ声のした方を振り返る。
「おはようございます。オスカー様、ランディ、──あ、ゼフェルも来てたんだ?」
「おう」
「やあ、マルセルおはよう!」
「マルセルか、相変わらずおまえの声は戦場に咲く一輪の花のように俺の心を癒してくれ
る。──で、その愛らしい腕に抱いている花束は、俺にくれるのか?」
 ここは戦場かよ、とゼフェルが小さく呟いた。たしかにオスカーとランディは先ほどま
で打ち合っていたが、──本来なら一瞬でも油断をしたら即座に命はない戦場において、
オスカーが足元の一輪の花に気づくとは思えない。いや、相手がマルセルならばもしかし
て、今のようにオスカーどころか皆が気を取られて戦いがなくなるかもしれない。──ジュ
リアスでさえ、あの笑顔と涙には敵わないと言われているのだから。
 ゼフェルの考えなど知る由もなく、マルセルはオスカーたちにもよく見えるよう、花の
向きを変えた。
「これですか? ──はい、昨日ランディたちと出かけたときに見つけたお花たちです。
オスカー様がお好きそうなのを選んできたんですけど……」
 そう言うマルセルが抱いている花束は、白や淡いピンク・紫が基調の、春らしい色合い
をした小さな花で作られている。
 ──オスカー(様)って、こーゆーのが好みなのか!?
 ランディとゼフェルは同時に驚き、花束からオスカー、マルセル、そして再び花束へと
視線を移して納得した。これは、オスカーの中の、マルセルのイメージなのだ。マルセル
本人はそれに気づいているのかいないのか、花束を抱えて軽く首を傾げている。
 オスカーが歩み寄り、はちみつ色に透ける髪をすっと撫でた。
「ああ、そうだな。──おまえによく似合っている」
 精悍な顔に微笑みが宿る。その瞬間、マルセルが真っ赤になった。
「けっ、勝手にやってろ。ランディ、行こーぜ。──おい、ランディ?」
 すたすたと歩き出し、隣にランディが並んでこないのを訝しんで振り返ると、ランディ
はマルセルに引けを取らないくらいに真っ赤になっていた。
「おい、……おまえが赤くなってどうすんだよ」
「だって……。──あんなオスカー様の表情、初めて見たよ」
 頬が火照って熱いのだろう、拳を頬にあて、少しでも熱を逃がそうとしている。
 ゼフェルに並ぶと、ランディは小さく息をつき、微かに笑みを浮かべた。
「オスカー様、すごく優しい顔してた。──マルセル、愛されてるんだな」
 ほっとした、というのとは別に、何だか少しうらやましそうなニュアンスを感じ、ゼフェ
ルは一瞬真顔になった。
「なんだよ。おまえだってオレにメチャクチャ愛されてんだろーが」
 ちょっと拗ねたように言って、ちらりとランディに視線を流し、ニヤリと口端を歪める。
と、ランディはようやく赤みのひいてきた頬を再び赤くした。
「な、なに言ってんだよ……」
                     ・・
「お? なに、まだ足んねー? ──おめーもスキだなぁ」
 ゼフェルのニヤニヤ笑いは止まらないどころかますます大きくなってくる。
「だっ……から! ──もう、何の話をしてるんだよバカ!」
 なんでおまえはすぐそっちに話をもっていくんだ、とランディは足を速めてずんずんと
歩いていってしまう。さすがにちょっといじめすぎたかと、ゼフェルが慌てて後を追った。
「おい、ランディ待てって! ──ん? なぁランディ、あいつらってよ、もうヤッたと
思うか?」
「だからゼフェ……──って、ええっ!?」
 ふと思いついて尋ねたゼフェルを、ランディはまじまじと見返した。
「なぁ、おまえどー思う?」
「どう、って、……え? や、やったって、その……」
「そー。“その”」
「────っそんなわけないだろっ!? マルセルはまだっ」
「だって相手はあのおっさんだぜ」
「っ、そんなっ、いくら何でも」
「さー、どーだか」


 そんな疑いをかけられているとはつゆ知らず、オスカーとマルセルはアグネシカをつれ
てオスカーお気に入りの高台に来ていた。
 とは言っても、特に何かをするというのではなく、ただ寝っ転がって雲を眺めたり、花
の名前をマルセルがオスカーに教えたり、アグネシカの隣で一緒にランチをとったりと、
のんきな休日である。
 2人寄り添い昼下がりのやわらかい陽射しにまどろむ。
 風が木々を揺らす音が微かに聞こえる。
 ただそれだけの、けれど何にも代えがたい時間。
「この緑の木々も、おまえの力に支えられているんだな」
 ふと、オスカーが呟いた。
「俺の故郷は草原の広がる惑星だったんだ──って話は、前にもしたよな。今の俺を形づ
くるものはすべて、あの草原で生まれたと言っても過言ではない。その草原も、代々の緑
の守護聖のサクリアによって育まれているんだ。今、あの草原がおまえの力に護られてい
るかと思うと、なおさら愛しく思えてくるな」
 うすく瞼をあけ遠くを見つめるオスカーは、とても穏やかな顔をしている。
 その横顔を見つめていたマルセルの手が、すっとオスカーの頬に触れた。
「ん、どうした?」
「え。──あっ、な、なんでもないです」
 振り向かれて初めてオスカーに触れていたことに気づき、マルセルは慌てて手を引っ込
めようとした。その手首をすかさずオスカーが掴む。
「なかなか思わせぶりなことをしてくれるな」
 アイスブルーの瞳が、意味あり気に瞬いた。
「キスでもしてくれるつもりだったのか? ──惜しいことをしたな、もう少し気づかな
いふりをしていればよかった」
 うすい唇の端がわずかに上がる。笑みの形のまま手首の内側に口づけられ、マルセルの
頬が赤く染まった。俯こうとした顎を捉え、オスカーの唇がマルセルに触れる。
「おまえの側にいると、花畑の中で寝っ転がっているような気になるな」
 耳元に顔を寄せ、オスカーが囁いた。
「え……?」
「自分では気づかないのか。ボディソープか何かのか、それともおまえの育てる花のかは
わからないが、いつも何か花の香りがするぞ」
「そうなんですか……?」
「ああ。甘い蜜の香りに誘われて集まるミツバチのように、俺はおまえに引き寄せられて
しまうんだ」
 頬にかかるはちみつ色の髪をひとすじ手に取り、口づける。
「いつ見ても見事な髪だな。──初めてジュリアス様にお会いしたときも素晴らしいと思っ
たが、それとはまた違う……。今日のような穏やかな陽射しを紡いだ絹糸が、こんな色に
なるんじゃないか?」
「この、陽射し……?」
「ああ。──どうだ、気に入ってくれたか?」
 肯定の笑みを、マルセルは返した。そっと手をのばして、炎の髪に触れる。
「オスカー様の髪の色も、すごくきれいですよ。──思ってたより、やわらかいんだ……」
 気がつくと、オスカーのこめかみにキスをしていた。はっと我に返り、慌てて身体を離
す。
「あっ、ご、ごめんなさい、ぼく……っ」
 オスカーは一瞬目を瞠り、頬を染めるマルセルに表情を和ませた。
「フッ、自分からしておいて恥ずかしがることはないだろう。さすがに俺も驚いたが、─
─嬉しかったぜ?」
 同じように、こめかみにキスが返された。マルセルの頬が色味を増す。
「──マルセル、今度の誕生日、何か欲しいものはあるか?」
 突然、オスカーが話題を変えた。
「え?」
「もうすぐ誕生日だろう。溢れんばかりの俺の愛の他に、欲しいものはあるか?」
「えっ、と……」
 新しい花の種やプランターや、いくつか欲しいものはあったが、誕生日プレゼントにオ
スカーにもらうのは、少し違う気がする。首を傾げて考え込むマルセルに、オスカーが小
さく笑みをこぼした。
「フッ、そんなに無理して考えなくてもいいぜ。特にないようなら、俺が適当に選ばせて
もらう」
「あ。はい」
「当日は、確か土の曜日だったな。リュミエールの邸あたりで、誕生会があるんだろう?」
 誰かの誕生日が近づくと、お茶会メンバー持ち回りで誕生会が開かれるのが習慣となっ
ている。ちなみに、前回のオスカーの時は、ランディの邸だった。
「わかりませんけど……たぶん」
「誕生会が終わったら、俺の邸に来ないか。2人で夕食を一緒にとろう。どうだ?」
「はい、ありがとうございます!」
 オスカーの邸で食事を共にしたことは何度かある。けれどそれが誕生日のディナーとも
なれば、また格別だ。
「今から楽しみだな」
「はい! 誕生日って、いつもどきどきわくわくするけど、今回は特に待ち遠しいです」
 素直に喜びを表すマルセルに、オスカーも満足げな笑みを浮かべた。

Marcel's BirthDay




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