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 今回のマルセルの誕生会は、オリヴィエの邸で開かれた。
 特別な日なんだし、思いっきりドレスアップしなくちゃ!という申し出を丁重に断って、
マルセルはお気に入りのひとつ、黄緑のセーラーカラーのシャツを着ている。
 おいしい料理にデザートもたくさんついて、皆にプレゼントをもらい、マルセルはすっ
かりごきげんだ。会がお開きになると同時にジュリアスは執務に戻り、クラヴィスとリュ
ミエールはいつの間にか姿を消している。
 オスカーは、グラス片手に壁に寄りかかり、プレゼントの山を前にはしゃぐ子供たちを
眺めていた。
「なぁマルセル、これから一緒にゼフェルんちに行かないか? 新作のメカ見せてくれるっ
てさ」
「え、っと、……ごめん。先約があるんだ」
「え? ──あ、そうか。ごめん」
「しっかしよー、おまえがあのおっさんに惚れてるって聞いたときも驚いたケドよ、まさ
かまとまっちまうとはな。──なんか、いまだに信じらんねーぜ」
「そんなことないよ! すっごくお似合いじゃないか」
「ベツに、似合ってねーなんて言ってねーじゃんか。──ま、要はおまえが、その……幸
せなら、いーんだよ」
 ゼフェルはわずかに顔を赤くしてそっぽを向いた。ランディとマルセルが思わず顔を見
合わせる。
「ゼフェル……、いいこと言うじゃないか」
「るせっ、悪かったなガラじゃなくて!」
「ううん、そんなことない! すごい嬉しい、ありがとう!」
 抱きついたマルセルを引き離そうとしてゼフェルが暴れる。ランディはどちらにも手を
貸さずに笑っているだけだ。と、その先に視線をやって、オスカーがこちらを見ていたこ
とに気づいてランディが笑いをおさめた。
「マルセル、オスカー様が見てるよ」
「え?」
 ゼフェルにしがみついたままランディが指さす方向を見ると、オスカーと目が合った。
口端を片側だけ上げる微笑みに、はっとして手を放す。その反応は予想通りだったらしく、
オスカーの笑みが濃くなった。
「よぉ、マルセル。おめーいちいち抱きついてくんのやめろよな。おっさんの嫉妬買うの
なんて、オレはごめんだからな」
「えっ? それはないと思うけど……」
「わっかんねーぞー」
「ははっ、まあオスカー様がヤキモチ焼きかどうかはわからないけどさ、マルセルのこと
すっごく大事にしてるんだなっていうのは、見ててわかるよ」
「えっ、……そ、そう……?」
「うん」
 頷いて、ランディは自分の方が幸せそうな微笑みを浮かべた。マルセルの頬がうっすら
赤くなる。
「おいランディ、おまえこないだといー今といー、なんなんだよそのうらやましそーな言
い方は。まさかおまえまでおっさんのこと好きだとかぬかすんじゃねーだろーな!?」
「ええっ!? なんでそうなるんだよ!」
「それはてめーが」
「ちょ、ちょっと! ヘンなことでケンカしないでよ〜!」
 あわてて止めに入ろうとしたマルセルは、後ろからがっと羽交い締めにされて悲鳴を上
げた。
「はぁ〜いマルちゃん、お元気ぃ〜?」
「オッ、リヴィエ様っ!? もう、おどかさないでくださいよ〜」
「ふっふ〜ん。さっきからダーリンがあんたのこと待ってるよん」
「ダ、ダーリンて……」
 三人が一様に呟き、途方に暮れた表情をする。
「この2人なんかほっときなさいな。犬も喰わないナントカってやつなんだから。──早
くダーリンとこに行ったげな」
「は、はい……。──じゃあね、ランディ、ゼフェル。新しいメカ、今度見せてね」
「おう」
「じゃあな、マルセル!」
 手を振って、マルセルは壁際に駈け寄った。気づいてオスカーが身を起こす。
「何やら楽しそうだったな。もういいのか?」
「はい。すみません、お待たせしちゃって」
「いや、ここから眺めているだけもなかなか楽しかったぞ」
「えっ、──もしかして、ずっと見てたんですか?」
「ああ。なんだ、熱烈な視線を送り続けていたのに気づかなかったのか?」
 マルセルが答えにつまったのを見て、オスカーは冗談だと笑ってマルセルの頭に手をお
いた。
「さて。じゃあ行くか?」
「はい!」


 皆にもらったプレゼントを一度マルセルの邸に置いてから、2人はオスカーの邸に向かっ
た。敷地内に入ると、オスカーは見せたいものがあると言って、マルセルを厩舎の方へ連
れていった。
「なんですか? ぼくに見せたいものって……」
「ちょっとそこで待ってろ。今つれてくる」
 そう言うと、オスカーは一人厩舎の中に入っていく。
 つれてくる……?と首を傾げたマルセルの前に、オスカーが現れた。手に握った手綱の
先には、一頭の小ぶりな馬がつながれている。
「え? 子馬……?」
「いや、これはポニーと言って、成長してもあまり大きくならない馬なんだ。こいつも、
見かけの大きさはまだ子供だが、もう立派に大人なんだぜ」
「へぇ〜」
「マルセル、──こいつが俺からの誕生日プレゼントだ」
「────え?」
 マルセルは、言葉を失い目の前のポニーを凝視した。
 オスカーからは、さっきの誕生会で花の種をもらったばっかりなのだ。
「あまり驚くと目が落ちるぞ。──さっきの花の種は、まぁ言わば“おまけ”だ。まさか、
誕生会のあの場にこいつを連れてくわけにもいかんしな」
「この子を、ぼくに……?」
「ああ。思いのほか、馬たちを気に入ってくれたようだったからな。これならおまえでも
楽に操れるだろう。──どうだ?」
「あ……っ、──ありがとうございます!!」
「フッ、喜んでもらえたなら光栄だ」
「ええ、とっても! ──オスカー様、この子、なんて名前なんですか?」
「なんて名前だと思う?」
「え?」
 ニヤリ、オスカーが唇を歪めた。
「こいつの名はな、──リラだ」
「えっ……」
「──なんてな」
「もう、オスカー様っ!」
 おどけて眉を持ち上げたオスカーに、マルセルがふくれっ面をする。軽快な笑い声を立
てて、オスカーはポニーの首を叩いた。
「リラってのは冗談だが、まぁ似たようなもんだな。──リリィだ」
「リリィ……」
「ああ、こいつの毛並みを見てみろ、白に班が入っているだろう。それで付いた名だそう
だ。おとなしくて言うことも良く聞くし、名前も気に入ってな、こいつにした」
「リリィ、か……。ぼくはマルセルって言うんだ。よろしくね、リリィ」
 マルセルが手を差し出すと、リリィは匂いをかぐように鼻をひくつかせ、わずかに湿っ
た鼻面をマルセルの手のひらに押しつけた。
「ふふっ、かわいい♪」
 リリィはすぐにマルセルに気を許し、首や頭を撫でてもらって気持ちよさそうにしてい
る。目を細めてその様子を眺めていたオスカーが、乗ってみるか、と声をかけた。
「え?」
「そいつに乗ってみるか?」
「いいんですか?」
「おまえの馬だ。──それだけ仲良くなっているんなら大丈夫だろう」
「はいっ! ──リリィ、いつか一緒に草原に行こうね」
                        アブミ
 オスカーは慣れた手つきでリリィの背に鞍を乗せ、鐙を下げるとマルセルを振り向いた。
「これくらいでいいか。──マルセル、たてがみと手綱を掴んでここに足をかけて乗るん
だ。一人でやってみて、無理なようなら手を貸してやろう」
 言われたとおり、手綱と一緒にトウモロコシの毛のようなたてがみを掴む。鐙に左足を
かけ、もう一方の手を鞍の上に乗せて、えいっと力を入れて地を蹴った。
 あと少し、というところで身体が落ちそうになる。と、オスカーが後ろから支え、マル
セルはなんとかリリィの背に乗ることができた。
「わあっ、すごーい!」
 ポニーとは言え、馬の背の上はけっこう高い。いつもと同じ景色も全く違ったものに見
えてくる。オスカーの馬に一緒に乗った時ともまた少し違う感動に、マルセルは頬を紅潮
させた。
 手綱の持ち方を教えてもらい、背筋を伸ばして姿勢を整える。オスカーに引かれて、リ
リィが歩き始めた。最初はおっかなびっくり、けれどやがてリラックスして、マルセルは
リリィとの散歩を楽しんだのだった。


This Evening




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