Sincerely


 遠慮がちなノックの音に、青年は手を止めないまま返事をした。
「いいよ、入って」
 10秒待って返事がないときは、部屋の主が作業に集中しているときだ。すぐに応えが返ったことに安心して、10代の後半くらいと思われる少年が顔を出す。
「先生、お仕事中すいません」
「ストップ」
 先生と呼ばれた青年が、やはり絵筆を止めずに口を開く。
「ほんとに君は覚えが悪いね、いつから僕は君の『先生』になったのかな」
 青年の身の回りの世話をするために雇われた少年は、もう何度も注意されているのだろう、しまったと言うように肩をすくめた。
「すいません、──セイランさん」
「で? なに」
 呼び方を改めた少年を褒めることはせず、青年──セイランは淡青色の瞳を一瞬だけ少年に向けた。手を止めて、キャンバスを見つめたまま一歩下がって首を傾げる。肩のあたりで切り揃えられた濃藍の髪が、かすかな音を感じさせて揺れた。
「お手紙なんですけど、差出人が」
「ラブレターなら間に合ってるよ」
 この少々変わった芸術家は──えてして芸術家はどこか変わっているものだが──、仕事の依頼をこのように色恋事になぞらえることがある。たしかに彼に依頼をするものは多く、また非常に熱心なため、彼が自らの容貌への皮肉も込めてそう言うのも無理がないと少年には思えた。どちらにしても彼にとっては迷惑なものという意味だ。
「あ、いえ、そうじゃなくて。──あの、“Z”って」
「──っ!?」
 ばっと振り向いたセイランに、少年は驚いて大きな目をさらに見開いた。
「あの、また例の、匿名のファンレターかとも思ったんですけど、でも“Z”ってあんまし使わないよなと思って……」
「見せて」
 言うなりひったくるように手紙を受け取り、セイランは壁際のデスクに歩み寄るとシンプルに過ぎるペーパーナイフで封を切った。
 一瞬躊躇い、細い指が中から折り畳まれた手紙を取り出す。開いて、セイランのからだがよろけるように傾ぎ、机にぶつかって音を立てた。


Dear Sei−Lan,

 よお。元気にしてるか? オレは、相変わらずだぜ。コレを書いてる今は、残念ながらまだ守護聖やってる。
 ほんとはさ、ホントに奇襲かけてやろうかとも思ってたんだけど、あれから何年経ってんのかも、おめぇがドコにいんのかもわかんねぇだろうと思って手紙にした。──お前の誕生日に着くようにって、指定してよ。
 今のお前が何才なのかは知らないけど、誕生日、おめでとう。何才でも、たとえ今日がお前のホントの誕生日じゃなくても、オレにとっては大切な日だ。
 皮肉も勝手気儘もいくらでもいいけど、メシだけはちゃんと食えよ。誰か飯係でも雇って、無理矢理でも食わしてもらえ。睡眠は、……まあ、ほっときゃそのうちぶっ倒れっからな。けど倒れる前に寝とくにこしたことないんだからな! お前のつくりだす、絵や音楽や、言葉や、そういうのを必要としてる人間は世界中にたくさんいるんだ。お前の作品も、それを生み出すお前自身のことも、もっと大事にしろよ。
 そんじゃ、……元気でな。

Sincerely Yours,
Zephel



「ゼフェル…………」
 最後に綴られたその名前を確認するように呟いて、セイランのからだが崩れ落ちた。
「! セイッ、……!?」
 駆け寄ろうとして、少年が足を止める。交差する両腕に隠されたセイランの顔のあたりから、透明な雫がこぼれ落ち、木目の床を濡らしていた。
 声を出さず、静かにセイランが涙を流す。やがて顔を上げたセイランは、涙に濁った瞳を少年に向けて微笑んだ。
「ありがとう。──この手紙、大切な人からなんだ」
 セイランのもとに送られてくる手紙には、嫌がらせ目的のものや、逆に行き過ぎた熱狂的なファンからのものも少なくない。いつもなら、そういった不審なものは、セイランの目に止まる前に少年の手によって破棄されているのだが、なぜか気になってセイランに伺いを立てることにしたのは良い判断だったらしい。少年は、滅多に見ることのできない、セイランの心からの優しい笑顔に触れる機会を持てたことを、手紙の主に感謝した。
「あ、いえ。──よかったですね」
 それだけ言うと、セイランは軽く目を瞠り、ついで小さく吹き出した。
「ふふっ。そうだね。──うん、よかったよ」
 幸せそうな表情で、セイランは微笑んだ。
「少し早いけど、そろそろ夕食にしようか。ちょっと辛いものが食べたい気分なんだけど、何かあるかな」
 食事をリクエストするセイランというのも珍しい。少年が驚いた顔をすると、セイランはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「僕だってたまには食への執着を見せることもあるよ。でも食べたいって言うより、……そうだな、何かスパイスの香りを嗅ぎたい気分なんだ」
「スパイス……ですか? じゃあ、チキンを煮込んで……」
「メニューはまかせるよ。君の腕は信用してるから」
 短く告げて、背を向ける。少年が退出し、扉が閉まる音を背中で聞いて、セイランは窓に歩み寄ると両手で窓を開け放った。夕暮れに向かう風が部屋の中に吹き込んでくる。
 手に持った手紙に目を落とし、セイランは小さく呟いた。
「ゼフェル様、ありがとう」
 そして手紙を胸の高さに掲げると、音を立てて破り去る。細かくなった紙片は風に乗り、あっという間に見えなくなった。
「愛すべきこの世界と女王陛下、陛下を支え宇宙を導く騎士達に忠誠と祝福を。──そして、ゼフェル様、あなたに……」
 唇を震わせたセイランの頬を、再び涙が伝っていた。
 あなたに、心からの……



fin.





こめんと(byひろな)     2002.9.10

蒼月リヒトくんのお誕生日記念に突如押しつけた話(笑)。
最初は別ジャンル(ていうかテニ)にしようかと思っていたのですが、何やらテニ熱は冷めてきたとかいう噂を耳にしたので、原点に戻ってセイゼ──もとい、ゼフェセイを。やっぱり私が書くとゼフェセイになってしまうのですねぇ……。
ホントはゼフェル×リヒト(笑)を思い浮かべたのですが、いやそれよりもゼフェセイの方がいいかと思って(それならセイゼ書けよ)。

何年経ってるかもセイランがどこに住んでるのかもわからないのに手紙が届くのだろうか、と、後になって冷静なツッコミを自分で入れてしまいそうになりましたが、まあそこら辺はセイランさん有名ならしいからってことで(^^;)。
個人的に、セイランがもらった手紙を後生大事にしまい込んで取っておくんじゃなくて、ソッコー破り捨てる(ってその言い方はどうか・笑)のが気に入っています。セイランってこんなイメージなんですが。
私の中では、ランセイのセイランよりはゼフェセイのセイランの方がマトモな(?)前向きな思考をしています。こういう手紙もらって、ありがとうって思えるくらいには。もう会えないけど、ちゃんとまだ大事に想い合ってるんですねぇ……(しみじみ)。

そして久しぶりに書いて思ったことは、私、ゼフェセイってかなり好きだわ、ってことでした。ええ。またふとしたときに書くかもです。


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