「そんでねー、その時ゼフェル様ってば……────あれっ?」
 はしゃいだ声で報告をしていたレイチェルが、ふと足を止めた。アンジェリークもつら
れて立ち止まり、かすかに聞こえてきた声に顔を見合わせる。
「今の……」
「……オリヴィエ様……の、部屋?」
 そして今の声は。
「アンジェ、行こう!」
 レイチェルに頷くより先に、走り出していた。
「──いーじゃないのさちょっとくら〜い。別に減るモンでもないんだし! ねっ?」
「そういう問題じゃないでしょうっ!? もうこんなこと二度とごめんだ、離してくださ
い!」
 オリヴィエの執務室の扉に耳をぴとりとつけて、二人は聞き耳を立てていた。聞き慣れ
た楽しげな声はオリヴィエのものだ。それに対し、らしくもなく声を荒げているのは……。
「よぉし!」
 小さく呟いて拳を握ると、レイチェルは扉に手をかけた。アンジェリークが止める間も
なく扉を開け放つ。
「オリヴィエ様っ、こんにちは〜っ! ──あ、」
 あっれ〜? セイラン様も来てたんですか〜? という台詞を、レイチェルはその後に
用意していたはずだった。その口が、室内の二人に向けられたまま顎の力を奪われたよう
にぱくんと開かれ動きを止める。
 アンジェリークも無言のまま、青緑色の瞳をまん丸に見開いていた。
「はぁ〜い♪ お二人さん、ナ〜イスタイミング☆ ちょうどあんたたちを呼びに行こう
と思ってたんだよ〜」
 オリヴィエは相当にご機嫌のようだ、声の高さの振幅がいつもより大きい。掴んだ腕を
離さないまま、二人にバッチン☆と音のしそうなウインクを飛ばした。そして、そのオリ
ヴィエの腕に掴まれているセイランは──二人の記憶が確かならば、青紫色の髪に湖水の
ような薄青の瞳の持ち主は、聖地にはただ一人、感性の教官であるセイランしかいないは
ずだった──今まで見た中でも最高に壮絶に不機嫌の真っ直中にいるようだ。
「────セイ、ラン、様……?」
「──────────なに、」
 ぽつり、確認するように呟いたアンジェリークに、ぼそり低い声でセイランが答える。
そのやりとりで我に返ったように、レイチェルが素っ頓狂な声を上げた。
「ウッソォ〜。セイラン様ってばホントにキレイだったんだねーっ。さすがのワタシも負
けそうだよ。そのドレスも似合ってるし」
 そう、セイランは何とドレスを着ていた。パーティ会場で女性が着るような……という
か、これはもしかして本当に女性向けのカクテルドレスではなかろうか。しかも色がピン
クときている。絹のように光沢のある淡いピンクの色合いが、白い肌を際立たせている。
薄く紅を引いた唇も頬紅のためだけでなく赤くなった頬も──もちろんオリヴィエとの格
闘の末のものだ──知らない人が見たら、初々しい少女のように映るだろうと思わせた。
「あ〜らレイチェル、イイコト言うじゃな〜い。そうでしょそうでしょ、何たってこのオ
リヴィエ様が布地選びからナニからぜぇ〜んぶやったんだからね!」
「さっすがオリヴィエ様☆ でもなんでピンクなんですか〜? セイラン様の好みじゃな
さそう……あ、もしかしてそれで?(いやがらせってヤツ?(^^;)」
「う〜ん、ハズレ。この子ってばいっつも白とか青とか水色とか、そんな寒そーな色ばっ
か着てるでしょう。だからたまには暖色系着せようと思ってね。かと言ってどっかの女タ
ラシや熱血少年みたいな赤が似合うとは思えないし……ってコトでピンクにしてみたんだ
よ。だけど私もびっくりさ、まさかここまで似合うとは思わなかったからね〜」
「それはやっぱり素材の良さとコーディネイターの腕の良さでしょ」
「そぅお〜? やっぱりぃ〜?」
 派手な二人が異様な盛り上がりを見せる傍で、ピンクのカクテルドレスを纏ったセイラ
ンはむっつり黙り込んでいる。そんなセイランを見つめて佇むアンジェリークもまた、ご
機嫌はあまり麗しくないようだった。
 ……ちょっと。何よこれ。セイラン様って前からキレイな人だとは思ってたけど、……
それにしたって、こんなのってない。
 目の前のセイランは、どう見ても絶世の美女だった。一方のアンジェリークは、発育不
良とまでは行かないが、レイチェルには貧弱だと言われてしまう体型な上に、自他共に認
める童顔である。いかにも勝ち気そうにきらめく青葉色の瞳が、この場合は裏目に出てし
まっているのだ。どちらが美人かと聞かれたら、客観的に見て勝ち目はない。
 それはわかる。が、理解できるのと納得がいくのとはまた別の話だ。女の子なら誰だっ
て、自分の恋人──いわゆる“彼氏”が自分より美人であることを手放しで喜びはしない
だろう。
 何を言いたいのか定まらぬままアンジェリークが口を開こうとしたとき、すっとセイラ
ンが動いた。
「もう満足したでしょう。僕はこれで」
「えっ? ────あっ、ちょっとセイランッ!」
 マイナス273度(絶対零度というヤツだ)の声で告げ、一瞥もくれずに身を翻したセ
イランは、アンジェリークを見ようとしないまま横を通り過ぎる。息を詰めて立ちつくし、
背後で扉の閉まる音を聞いた瞬間、アンジェリークは走り出していた。


                    *                  *                  *


「──ねえっ、セイラン様! セイラン様ってば!」
 足をゆるめる気配のないセイランに、アンジェリークは走り寄り腕を掴んだ。
「もう、さっきから呼んでるのに! なんで無視するんですか」
「なんでだって……? ──君と話をしたい気分じゃないからだよ」
 きつい眼差しに一瞬ひるみ、しかし負けじと言い返す。
「それでも私はセイラン様とお話ししたいです」
 睨み返すと細い眉がぴくりと揺れた。さらなる言葉の矢を予想し身構えたアンジェリー
クの前で、セイランは乱暴に息をつき髪を掻き上げる。
「あのね、君が僕のことをどんな人間だと思ってるのか知らないけど、僕自身はいたって
まっとうな神経をしているつもりなんだ。どこかの夢見がちな評論家が言うような繊細な
心でもなければ心臓に毛が生えているわけでもない。フツーの、ただの、この年の男だ」
「──?」
 セイランの言いたいことがわからず、アンジェリークが首を傾げた。
「好きな子の前でこんな格好をさせられて、平然としていられる男がいるならお目にかかっ
てみたいものだね」
 ふいっと顔を背け、苛立たしげに吐き捨てる。アンジェリークは、ぽかんと目と口を丸
くして、その様子を見つめていた。
「────何とか言ったらどうなのさ」
 じろりと睨んでくるセイランは、白い頬をわずかに赤く染めている。
「びっくりした……」
 放心したように呟いた唇から、くすりと笑みがこぼれた。身体の力が抜け、言葉が滑り
落ちた。
「なんだ、セイラン様ってばかわいいんだ」
「なっ……!?」
 まさかそんな言葉を言われるとは思っていなかったらしい。狼狽えるセイランというの
も、それはそれで、滅多にお目にかかれない貴重な姿である。
 セイランは、今までアンジェリークが知っていた男の子達とはずいぶんとその性質を異
にしていた。神も同然にあがめられているはずの守護聖の面々の方が、そういう意味では
“フツーの”男の子で。セイランの外見や浮世離れした言動は、アンジェリークを引きつ
けたが、それと同時にアンジェリークの中の“男の子像”からセイランを遠ざけるものだっ
た。アンジェリークはセイランに確かに恋をしていたが、それはとても憧れに近く、また
セイランが他の男の子達のように恋に一喜一憂する姿など、とうてい想像できなかった。
 それが今、アンジェリークの目の前にいるセイランは、確かにアンジェリークの良く知
るセイランではあるのだけれど、感性の教官でも稀代の芸術家でもなく、ただの一人の男
の子だった。セイランという名前の、アンジェリークの恋人である男の子だった。
 憧れ、という届かない月に捧げるような想いではなく、初めてセイランを対等に見るこ
とができたと思った。いや、むしろ、──普段とりすました顔を崩さない分、こういう姿
は、……かなり、かわいいかも知れない。
「今まで知りませんでした。もったいないことしてたな、セイラン様ってかわいい」
「……っあのね、」
「かわいいなんて言われて喜ぶ男がどこにいる、って言うんでしょ? でも私は『思った
ことをそのまま言ってるだけ』ですよ。──あなたが私を面白いって言うのと一緒です」
 言葉に詰まったセイランに、アンジェリークはにっこりと勝利の笑みを閃かせた。こん
な風に彼を言い負かすことだって、ほら、やろうと思えばできるのだ。
「──今日はダメだね。もう、何を言っても何をしても、君には少しも敵わない気がする
よ」
 諦めてため息をついたセイランが降参のジェスチャーをする。その様子はいつもの彼に
戻ったかのようだったが、ほんの少し、拗ねたようなニュアンスが感じられて、アンジェ
リークは表情に出ないよう気をつけながら、心の中で笑みをこぼした。
「毎日同じような日々に退屈するよりは、たまにこういう刺激があった方がいいんじゃな
いですか?」
「──不本意ながら賛同するよ。でももう二度とごめんだ」
 心底嫌そうな口ぶりに、また笑いが込み上げる。じろりと睨まれて、慌てて頬を引き締
めた。
「でもセイラン様、自分ばっかり不機嫌になってズルイです」
 突然の宣戦布告に、薄青の瞳が瞠られる。
「私だって、女の子なんです。好きな人が自分よりキレイだったら、ちょっと悔しい気分
になって八つ当たりくらいしたくなるのに。──でも、今日はセイラン様の意外な一面見
られたからもういいです」
 唇をとがらせたふくれっ面から、一転して晴れやかな笑顔に。鮮やかな変貌を目の当た
りにして、麗しき青紫の髪を持つ詩人はゆっくりと薄青の瞳を瞬かせ、次いできらりとい
たずらっぽい光を浮かべた。腕を伸ばして目の前の身体を引き寄せると、明るい栗色の髪
が風に泳ぐ。
「君は充分キレイだよ。でもまだ不満だって言うなら、これからもっとキレイになる努力
をすればいい。僕を虜にして離さないくらい。ただし、美しさを履き違えるようなら、僕
は即座に愛想を尽かすからそのつもりで」
 間近に迫った瞳とミントティーのような清涼な、しかし甘い声にとろけそうになる。し
かしここで負けてはせっかく奪った主導権を取り返されてしまう、とアンジェリークは若
葉色の瞳でセイランを見返した。
「私、そんなコトしません。そんな私だったら、セイラン様のこと好きになってないです。
──それにね、セイラン様、お言葉は嬉しいですけど、その服じゃカッコつかないですよ」
 にっと笑ったアンジェリークに、セイランは露骨に嫌そうな顔をした。
「そういうの、減らず口って言うんだよ」
「毎日鍛えられていますから♪」
「悪い口だ」
 言うなり唇を塞がれる。さすがのアンジェリークもこれには驚き反撃を忘れた。
「──っっ、」
「今のは、この僕を動揺させた“ごほうび”だよ」
 こういうときだけ極上の笑みを閃かせるセイランにはやっぱり敵わない。少し悔しいけ
れど、認めざるを得ないだろう。だけどいつか絶対勝ってやる、と誓いを心に秘めて、ア
ンジェリークは先を歩くセイランを追いかけた。
                                           fin.




こめんと(byひろな)     2001.12.13

キラ姫、こと桜野雪花菜サマに捧げた、“ピンクセイラン”の、セイコレ(笑)。概要ができるのは早かった(ものの数日でできた)のに、その後なぜか時間がかかって苦労した一品。なぜなら、どっかの夢の守護聖様の暴走を抑えるのが大変だったから(^^;)。そして実際にさしあげたのは課長の後、……さらに自分トコでのUPも大幅に遅れ、忘れた頃今頃になって、ようやくのUPです(^^;)。
今回のテーマ(?)は、まずセイランさんにピンクのドレスを着せる(当然)!ということ、そしてたまにはコレットちゃんに軍配を、と思っていたのですが……結局コレット負けてるよ(^^;)。イイトコまで行ったんですがね。あとちょっとだ(たぶん)、がんばれアンジェ!(笑)
セイランさんのカクテルドレスはですね、由梨さんの描かれたピンセイなドレス姿が一番イメージに近いかんじです(気になる方は、キラ姫のサイト【いじわるネコとキラキラうさぎ】へGO!)が、──この姿でアンジェを口説く図を想像してみてくださいな、ほら、カッコつかないでしょう!?(笑)どうぞ笑ってやってくださいませ(笑)。セイランさん、それはあまりにお間抜けな図ですよ、って。
そういえば、同じくピンセイネタで、ランセイも書きかけのがあったはずだけど、どこにやっただろう……?(^^;)


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