未来へ「ランディ様。──ありがとうございました。それと……すみません、お役に立てなくて」 生真面目な表情で見上げてきた墨色の瞳に、ランディは意外そうに目を見開いた。 心もちひそめられた眉、真摯な眼差し、目尻に入れられた水色の入れ墨、そして耳元で かすかに揺れる飾りを順に目で追って、その向こうに、群青に近い青紫色の髪をした青年 が佇んでいるのに気づく。青年は、ランディが気づいたことに気づくと、薄い唇の端に微 笑みを浮かべて身を翻した。その笑みはいつもの冷たい皮肉用のものではなく、“仲間” に向けられる優しくやわらかなものだ。セイランさんて、ティムカのことではあんな表情 をするんだ、内心瞠目して、はっと目の前の存在を思い出す。 「ティムカ、どうして君が謝るんだい? 君が謝るようなことなんて、何もないじゃない か。あの窓を破れなかったのは、ティムカのせいなんかじゃないよ」 そう言うランディの口調には、かすかに自責の響きがある。謎の館に閉じ込められた仲 間を救うため、クラヴィスの召還した黒龍に乗って、矢を射り窓を破ることを考えたのは ランディだった。あの場にいた面子で指揮を執るべき人間は、確かにランディだった。 ティムカにもう少し腕の力があって、矢を強く弾くことができたら。クラヴィスの黒龍 がもう少し館に近づくことができたら。メルのサポートがあったら。ランディがもっとしっ かりティムカの身体を支えることができたら。仮定は挙げればきりがない。だが結果は変 わらない。 「確かにあの作戦は失敗してしまったけれど、最終的に皆が助かったんだから、良いと思 うよ」 空色の瞳が、優しく細められる。何かを言いかけ、ためらったティムカに、ランディは 軽く首を傾げ、な?と肩をぽんと叩いた。 「反省すべき点もいろいろあるけど、得られたものも多かったと思うんだ。自分の行動を 省みて、その経験を次の機会に活かせば良いんだよ。──なんて、ジュリアス様の受け売 りだけどさ!」 明るく笑うランディに、ティムカも口元を綻ばせる。 「ティムカがいてくれて良かった。正直なところ、あの場にティムカがいなかったら、俺 は何の案も出せなかったと思う。──ほら、俺の武器は、今回は弓矢じゃなくて剣だった から。それに、一緒に黒龍に乗ってくれそうなのって、ティムカくらいしかいなかったじゃ ないか」 「……ふふっ、そうですね」 「だから俺はティムカがいてくれて良かったと思うよ。心からそう思ってる。ありがとう。 ──あれ? そういえばティムカ、さっきの、ごめんの前のありがとうって……?」 改めて問われ、ティムカは少し照れくさそうに頬を染めた。 「あの、僕に、機会を与えてくださったことに、です。突然のことに途方に暮れていた僕 に、あなたが、皆さんの役に立てる機会を与えてくださったから」 「……はは、なんか、そう言われると……照れるな」 「ランディ様、あなたの言葉は、いつも僕に力をくれるんですよ。ご存じでしたか?」 大きく目を見開いたランディに、ティムカはこの日初めて──いや数日ぶりの、曇りの ない笑顔を見せた。 「これからも、僕に、前に進む力を、挫けず立ち上がる勇気をくださいますか?」 「あっ……ああ、もちろんさ!」 「今度、弓を教えてください。僕、もっと上手くなりたいんです」 「ああ、いいよ。──じゃあ、今日はもう寝よう。たっぷり睡眠を摂って、体力を回復し て、全てはそれからだ」 「はい! ランディ様、おやすみなさい」 「ああ、おやすみ、ティムカ」 同じ試練を乗り越えた二人は、少し頼もしくなった顔で笑い合い、それぞれの部屋へと 戻っていった。 それぞれの夢を越えて、それぞれの、未来へ。fin. |