TASTING



「あ〜っ、ランディ、ちょーどイイトコに来たっ! おいでおいで♪」
 扉を開けた途端、そんな言葉で大歓迎を受けた。
 誰の言葉かと言えば、もちろん夢の守護聖オリヴィエだ。しかしその口調は、待ち侘びた恋人を出迎えると言うよりは、とっておきのおもちゃを見つけた子供のものに近い。
 尊敬すべき(見習わない方がいい点もいくつかある)先輩であり、同じ宿命を持つ仲間であり、そして何より愛すべき恋人であるオリヴィエの異様な歓迎っぷりに、風の守護聖ランディは困ったように眉を寄せた。
「……オリヴィエ様? どうかしたんですか……?」
 困惑と警戒を表しながらもオリヴィエの待つソファへと歩み寄る。
「ん〜、水くさいな〜。オリヴィエって呼んで、って言ったじゃないか」
 伸びた腕が、ランディの身体をぐっと引き寄せた。
「ぅわっ!?」
 よろけた身体を抱きとめられる。──と言うより、ランディの身体は、腕をがっしり抱き込まれる形でオリヴィエに押さえ込まれていた。
「オ、オリヴィエ??」
「んっふっふ〜、つーかまーえた♪ こないだ買った新色のネイルを試してたんだけどさぁ、手が足りなくて困ってたんだよねー」
 言うが早いかオリヴィエの左手は掴んだランディの指を開いて押さえ、右手は鮮やかなネイルカラーの蓋を開けている。
「うあ゛っ!? ──ま、待ったオリヴィエ……っ! そんな俺の手で試したってあなたに似合うかどうかなんてわかんないでしょう……!」
 爪の形も指の長さも、肌の色だって違うのだ。比べられるわけがない。
「だいたい、あなたが自分で選んだ色なんだから、似合わないわけないじゃないですか」
「あら。なかなか言うようになったじゃない」
「だ、か、ら! ──手っ! 放してくださいってば!」
「ん〜、ソレとコレとは話が別☆」
 腕を取り返そうともがくランディを振り返って、オリヴィエは、手にしたネイルにキスをした。
「ほら、コレ、おいしそうな色でしょ? だからあんたの指に塗って味見しようと思ってさ」
 言いながら腕を口元に引き寄せて、今度はランディの爪にキスをする。そのまま指先を咥えて軽く吸うと、ランディが一気に赤くなった。
「ん、おいし。──マルちゃんトコにでも寄ってきた? 何か甘いよ?」
「え? あ、いえ、マルセルじゃなくて。ここに来る途中でユリナが──近くに住んでる小さい子がくれたんです」
「ふぅん? ランディお兄ちゃんモテモテだ」
「──っ、からかわないでくださいよ」
「からかってなんかいないよ」
 指先を口に含んだまま、オリヴィエが呟いた。
「恋人がモテるのは良いことだよ。そんな人が自分を一番に想ってくれてるってのは、ちょっと自慢したくなっちゃうよね」
 言って視線をちらりと流す。また少し顔を赤くして、しかし少し拗ねた表情でランディが返した。
「俺は……。俺は、不安です。あなたがどんなに綺麗で、格好良くて素敵な人かなんて、俺じゃなくてもみんな知ってて、いつ誰があなたのことを好きになってもおかしくない。あなたが……」
 言い淀んで、ランディはきゅっと唇を噛みしめた。続く言葉は、寄せられた眉に表れていた。
「──お馬鹿さんだね」
 ため息交じりの言葉が優しく響き、手の甲にやわらかな唇が触れる。ほんのりと紅く、口紅の跡を残して離れた唇が、もう一度同じ言葉を紡いだ。新色のネイルカラーで飾られた指が乾いた唇に押し当てられ、頑なさを解すように軽く揺らされる。
「味見、する?」
 空色の瞳が、一瞬だけ躊躇うように揺れた。いつの間にか拘束を解かれていた両手をオリヴィエの手に添えて、ランディはひどく大切なものを包むように口づけをした。オリヴィエもまた、初めとは打って変わった真摯な眼差しでそれを見つめている。
 と、添えられた手に力がこもり、唇が強く押しつけられた。かと思うとすぐに離れ、掴んだ腕の強さはそのままに、ランディが強く目を瞑る。
「オリヴィエ……!」
 押し殺した声が名前を呼んで、今度は手首に唇が触れた。強く吸い上げて離れ、再び近づいた頭がぴたりと止まる。
 顔を上げたランディは、照れ屋の少年の貌の中に、飢えた獣のような、照りつける真夏の太陽のような烈しさを滲ませていた。
「──いいよ」
 オリヴィエは、自然と微笑みの形を取る唇を自覚しながら口を開いた。
「味見。好きなだけどうぞ。──あんたのものなんだから」
 深い濃青の瞳が細められる。ランディは一瞬目を瞠り、視線を動かして鮮やかな爪を捉え、躊躇いがちに唇を触れた。その仕草は、身の内の熱を鎮めるための動作のようにも思えた。
「オリヴィエ。手だけじゃなくて、……他のところも、いいですか」
 真っ直ぐな瞳は、真夏の空の色をしている。
 返事を言い終える前に、オリヴィエは唇を塞がれていた。


「──で? 味見した感想は?」
 突然の問いかけに、ランディは空気を飲み込んで噎せた。涙目になりながら睨んだ先で、オリヴィエは笑い声を立てている。
 絶対、わざとその言い方を選んだに違いない。決めつけて、ランディはいくつか仕返しになるような言葉を探したが、どれもとてもではないが口にできそうになく、やむなく行動で示すことにした。
 まだ汗の残る身体に乗り上げ唇を塞ぐ。予想外の反撃にオリヴィエは驚き、しかし微笑むように目を閉じた。
「オリヴィエ。──好きです」
 真顔で告げて数秒の後、ランディがふいと目を逸らした。目元から耳にかけてが赤くなっている。気づいてオリヴィエが息だけで笑った。
「ん、アリガト。──で? 感想は?」
「──っオリヴィエっ!?」
「ねぇ、」
「……っ、……さっきのが! その、感想ですっ!」
「さっきの?──ああ、『好き』?」
「オリヴィエッ!? 意地悪ですよっ!!」
 噛みつく勢いの抗議に、オリヴィエが肩を揺らして笑う。
「もう……、俺に何を言わせたいんですか」
「ん〜、そうだな、あんたが頭に浮かべただけで赤くなっちゃうようなコト?」
 艶を含んだ眼差しに、ランディは言葉をなくして硬直した。やがて、肘をついた腕に額を押しつけ髪を押さえ、ランディが小さく呟きを洩らす。
「言えませんよそんなこと……」
「どれかひとつでいいからさ」
「──っっ!? …………俺、そんな顔に出てました?」
「ぅん? 何かいろいろ考えてるなぁとは思ってたけど?」
 さらに沈めた頭をオリヴィエの肩口につけて、ランディが盛大なため息をついた。
「ああ、もう……」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回す手の甲には、まだうっすらと口紅が残っている。
「ランディ、」
 その手を押さえ、引き寄せて、指先にオリヴィエが口づけた。顔を上げて目に止まった光景に、ランディが狼狽えたように視線を揺らす。
「あんたの手、好きだな。誠実そうな手だ、あんたらしい」
 声に交じる確かな親愛に、ランディの中でまたひとつ想いが募る。
「オリヴィエ……」
 長い逡巡の後、ようやくランディはその言葉を口にした。
 ふたりの身体を、よりぴったりと重ね合わせて。
「オリヴィエ。──たった一度の味見だけじゃ嫌です。もっと……何度でも……」
 あなたが欲しい。
 最後のセリフは、首すじから直接キスとともに注ぎ込まれた。触れる頬はとても熱く、どれだけ赤くなっているのだろうとオリヴィエは頬を緩ませる。優しく髪を撫で、指に絡めて引き寄せて、オリヴィエは返事の代わりにキスを強請った。




fin.






こめんと(byひろな)     2004.01.19

ちひろさんにお送りした風夢です。TOPカウンタ15151Get記念(……いつの話だ(^^;))。
さしあげるのがとても遅くなり、うちでのUPはもっと遅くなってしまった一品……(^^;)。
相変わらずウチの二人はこんな感じ(笑)。──ランディ、弱いなぁ……(笑)。
いつになったらオリヴィエ様を負かせるような攻め攻め男になれるのか(いやかなり一生無理そうな気がしてきたよ・笑)。
アン平での新刊『mondschein』の時も思いましたが、こういういちゃこらしている(だけ(笑)の)二人もたまにはイイですねv




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