「はい、もしもし」
「あ、裕太? オレ」
「──んだよ、こんな時間に」
 眉間にしわを寄せた裕太の心を知ってか知らずか、兄・周助は明るい声でこう告げた。
「うん、あのね。──オレ、手塚と結婚することになったから」
「────はあっ!?」


  Can You Celebrate?


「──────んだよ、夢かよ……」
 朝っぱらから疲れる夢だ……。裕太は大きくため息をついた。一人部屋で良かった、つくづく思う。ここ聖ルドルフの学生寮は、贅沢なことに全室個室だ。その理由には様々な憶測が飛び交っているが、一説に同室のふたりがデキてしまうことが多いから、というものがあるらしい。まがりなりにもミッション系の学校だというのに。
「まさか、正夢とかだったりしないだろうな……」
 はたと思い至り、裕太は冷や汗を感じて顔をしかめた。占いを趣味とする姉の由美子を始め、不二家の人間は勘が良い者が多い。虫の知らせなんかもしょっちゅうだ。だがまさか、兄に限ってそんなこと……と思おうとして、いやあの兄だからこそあり得ると思い直した。テニスの才のみならず、どこか常人とかけ離れたところのある兄が、生涯の伴侶として同性を、しかもあの万年仏頂面の青学の帝王を選んだとして、何ら不思議はないように思える。
 ──そう思えてしまう自分が嫌だ……。
 裕太は心の底から思った。


 その夜、兄から電話がかかってきたと呼び出しを受け、裕太は死刑台におもむく罪人のような思いで受話器を受け取り耳に当てた。
「もしもし」
「あ、裕太? オレ、周助」
「……んだよ」
 夢の中とそっくり同じ会話を交わす。
「裕太? どうしたの、なんか元気ないね」
 誰のせいだ誰の……。
「っせえな、関係ないだろ」
「関係あるよ。裕太は僕の大事な弟だもの」
「んな時ばっかりボクとか言うなよ」
「普段はボクだよ、家ではオレだけど」
「──猫かぶり」
「だってホラ、イメージって大事でしょ? 女の子の夢はこわしちゃダメだよ」
「ならその味覚をどーにかしろよ」
「あ、それはご愛敬ってコトで。見逃してよ、ね?」
 かわいく首を傾げてお願いポーズな兄の姿が脳裏に浮かんだ。舌打ちをして、裕太が話を本筋に戻す。
「で? 何の用だよ」
「あ、うん。──あのさ裕太、今度の週末、帰っておいでよ」
「はあ? 今度の週末って……あさってだろ、そんな急に無理だって」
「部活の後でもいいからさ」
「おい人のハナシ聞けよ」
「ね、裕太」
「……」
「ちょっとでいいからさ。裕太に見せたいものがあるんだ」
「──まさかウェディングドレスとか言わないだろうな」
「は? ウェディングドレス? なんで?」
「いや、いい。こっちの話」
「ふうん? ──まあいいや。で、帰ってくるよね」
「ああ、土曜は午後から部活だからその後だけど」
「うん、いいよ。日曜は? 部活ないなら泊まっていきなよ、うちも次の日曜はオフなんだ」
「ああ」
「よかった。じゃあ母さんに伝えておくよ。土曜日、楽しみに待っててね。おやすみ、裕太」
 通話の切れた受話器を見つめ、裕太は不審な面持ちで呟いた。
「楽しみに、“待っててね”……?」


          *          *          *


 さて問題の土曜日の夕方、部活の荷物を背負ったまま、裕太は懐かしの我が家の玄関前に立っていた。自分の家だというのにどこか入るのを躊躇うのは、今では幾分薄らいだ兄へのコンプレックスというよりも、強引に転校を決めてしまったことに対する家族への負い目なのかも知れない。
 もっとも、その躊躇いはドアに手をかけるまでのことで、一歩中に入ってしまえば何の変わりもない我が家だということは裕太にもわかっている。
「ただいま」
 後ろ手にドアを閉めながら声をかけると、ぱたぱたと軽い足音がして、姉の由美子がやってきた。
「お帰り、裕太。──あら、あんたまた背ぇ伸びた?」
「ん、先輩にも言われた。──それより、誰か来てるんだ? 兄貴の友達?」
 裕太の視線の先には、裕太のものより少し大きい靴が一足、丁寧に揃えて置かれていた。
「うん、手塚君が来てるのよ」
「手塚さんが……?」
 それはまた、タイミングが良いというか悪いというか。裕太は言いしれぬ不安に眉をひそめた。
「あんた部活終わってそのまま来たんでしょ、服洗っといてあげるから、上に行ってらっしゃい。周助たちも待ってるわよ」
「ちょっと待てよ、なんでオレが兄貴んとこ行くんだよ」
「何言ってんの、そのために来たんでしょ。早く行ってあげなさいって。かーわいいわよ〜♪」
 “かわいい”の主語を問う前に、バッグを奪われ階段に向けて背中を押し出される。ほかにも会話の中に引っかかる表現は多々あったが、10も年の離れたこの姉に敵うわけがないのはわかっていたので、裕太は諦めの息をつくとしぶしぶ階段をのぼりはじめた。


 不二家の2階の間取りは、階段を上がってすぐのところに裕太の部屋、そしてその隣が兄・周助の部屋になっている。階段を上がりきったあたりから、くすくすと兄のものらしい笑い声が聞こえてきた。
 が。
 忍び笑いに混じって聞こえてきた台詞に、裕太は我が耳を疑った。
「んっ……やだ、くすぐったいってば、クニミツ……」
 クニミツ!?
 ──現在兄の部屋に一緒にいるはずの、泣く子も黙る青学テニス部の部長は、フルネームを手塚国光という。
 裕太が手塚に疑いをかけるには、状況証拠(夢含む)があまりにも揃いすぎていた。たとえ裕太がノックもなしに兄の部屋のドアをぶち開けたとしても無理はない。
「……!?」
 三人は、それぞれ驚愕の表情をして、しばしの間、沈黙を共有した。
「────やあ。裕太、お帰り」
 にこっと微笑んで口を開いたのは周助だった。その真似をするように、腕の中の小さな黒猫が、裕太に向けてミャァと鳴いた。
「お、おう」
 つられたように返事をして、隣の手塚にも会釈をする。周助から30センチほど離れて座り、見慣れた無表情のまま会釈を返した手塚の周りにも、兄の抱く仔猫と同じくらいの大きさの毛玉がいくつかもぞもぞと動いていた。
 裕太はそのまま、黒や白、茶色などの動く毛玉を凝視した。
「ほら、かわいいだろう? 裕太もこっちおいでよ」
「…………なんだよコレ……」
 もしや突然呼び戻されたのはコレのせいだったりするのだろうか。
「引き取り手が見つかるまでうちで預かることになったんだ。僕と由美子姉さんとで、今里親になってくれそうな人に声かけてるとこ。いついなくなっちゃうかわからないからさ、今のうちに裕太にも見せてあげたいなって思って」
 言いながら、周助は黒猫の背を抱き小さな額を指先で撫でた。気持ち良さそうに目を細める仔猫を見て、周助も同じように目を細めて笑う。その隣では、一匹の白い仔猫が胡座をかいて座る手塚を乗り越えようとして失敗し、ジーンズの脚の上でつんのめっていた。それを抱き上げようと手を伸ばす手塚は、一見変わらぬ無表情ながら、裕太が初めて見る優しい光を眼鏡の奥の瞳に宿している。
「もしかして。────クニミツって、……ソレ?」
 とてつもなく嫌な予感に苛まれながら口を開くと、兄はにっこり頷いた。そして黒猫を裕太に向かって掲げてみせる。
「うん。このコだよ、クニミツ」
 続いて手塚の方を指差す。
「で、今手塚の脚の上で寝てる白いのがシュースケ、つまづいてもがいてるのがユータ、後ろで寝てる茶色いのがエージで……」
 ──ちょっと待て。
「おい、兄貴、まさか」
「うん、みんなの名前」
 にっこりと、花のような笑みを浮かべて周助が答えを返した。
「ふ……っっざけんなよ、ンな名前つけんな! っつーかよく恥ずかしげもなく自分の名前なんかつけられるな!」
「あ、それは違うよ、僕じゃなくて手塚。──っていうより、このコが勝手に、シュースケって自分のことだと思っちゃったみたいで……」
「不二っ、」
「はあっ!?」
 手塚が慌てて周助を遮る。裕太は思いきり顔をしかめて問い返した。
 どうやったらそんな器用な思い込みをさせることができるんだ。
 と、ある可能性に気づき、裕太は手塚を振り向いた。ほぼ同時に手塚が逃げるように目を逸らす。何やらばつの悪い表情をしていると思うのは、裕太の気のせいではないはずだ。
「……おい、周助」
 低く兄の名前を呼ぶと、兄がきょとんとした顔を裕太に向けた。同時に手塚の脚の上で丸まっていた白い仔猫が身じろぎをして、ブルーグレーの瞳で裕太を見上げて首を傾げる。
 裕太は大きくため息をついた。
「ゆう、」
「手塚さん」
 言いかけた手塚を遮り名前を呼んだ。緊張の面持ちで裕太の言葉を待つ手塚を見返し、裕太は思い切って口を開く。
「手塚さん、──周助のこと、よろしくおねがいします」
 眼鏡の奥の瞳が驚きに見開かれた。深く頭を下げる裕太を、周助も目を瞠って見つめている。
「裕太……?」
「兄貴。“ネコ”、大事にしろよ」
 忠告を込めた餞の言葉を口にして部屋を出る。扉を閉めて寄りかかり、裕太は小さくため息をついた。
「正夢、か……」
 夢の中でとは言え、一度経験しているからか、思ったよりも衝撃は少ない。ああやっぱりな、というのが正直な感想だ。
「あいつらしいと言えば、あいつらしいかな」
 再び息をついて、自室に向かう裕太の頬には穏やかな笑みが浮かんでいた。


 ──その晩、裕太はたくさんの仔猫を抱えて自分の子供だと紹介する兄の夢を見て飛び起きることになるのだが、それはまた別の話である。




                               fin.




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 <おまけ>


 そのとき、周助の部屋の中では────


「ええと…………公認してもらえちゃった、のかな……?」
「……そのようだな」
 閉じられた扉を見つめ、周助はぽつりと呟いた。複雑な面持ちで手塚が頷きを返す。
「──手塚?」
「あ、いや、──裕太くんも、確かにお前の弟なんだなと思ってな」
「それどういう意味」
「俺の理解の範疇を超えるという意味だ」
「僕からしたら、手塚の方がよっぽどヘンなんだけどな」
「ヘンとは何だ」
 顔をしかめた手塚に、周助がくすりと笑いをもらす。
「だって、こんなに真面目な顔して道徳と規律の塊みたいなのに、僕のことなんか好きになっちゃうし?」
「仕方がないな、不可抗力だ」
「え?」
「お前に惹かれない奴の方がどうかしている」
 当然のことのように告げる手塚に、周助は思わず顔を赤くした。抱く腕に力を込められ、黒猫のクニミツが苦しそうな声を上げる。
「──っ、言い切るかなフツウそーゆーこと……」
「お前の言う“普通”は参考にならないな」
 苦笑して、手塚は胡座をかいたまま膝をついて立ち上がった。落ちかけたシュースケを左手で支えて下に降ろし、右手を周助の肩にかける。
「てづ……」
 言いかけた唇は、名を呼んだその人の唇で塞がれていた。
「周助」
「──ミャァ?」
 手塚の呼びかけに答えたのは、人間の周助ではなく猫のシュースケだった。手塚の足元を見下ろして、ふたり同時に吹き出した。
「やだなぁ、もう。──お前のことじゃないよ。シュースケ」
「──すまん」
「いいよ、そのおかげで裕太に認めてもらえたようなものだし。──でも裕太、けっこうすぐ納得したみたいだったね。なんでだろう、何か心当たりでもあったのかな……?」
 まさか弟がそんな夢を見たとは思いも寄らない兄・周助だ。
「ね、手塚、どう思う?」
「……俺に何を答えさせたいんだ」
 顔をしかめた手塚に、周助はただ笑顔を返した。





                               fin.





こめんと(byひろな)     2002.6.25

9232くん、225ちゃん、結婚オメデトーvv(笑)
つーことで(?)前祝い創作……になっていませんが(^^;)、塚不二+裕太です。
初めて裕太をマトモに書きました。っていうか──これって裕太主役?(笑) なにやら妙に物わかりのイイ弟になっていますが、そこらへんはギャグ(?)なので。いろいろとベタな展開を用意してみたり(笑)、由美子姉ちゃんまで出してみたり、書いてる本人はなかなか楽しかったです。

なにやらまた<おまけ>がついていますが、これ、本編書き終わった後に手塚さんがほとんどしゃべっていないことに気づき(^^;)、つーかもしや由美子さんより出番少ない!? それじゃあ新郎としていかんだろう! ってことで、急遽つけ足し(笑)。そしてせっかくなのでちゃんと(?)攻め塚をと。──そしたらなんだか周助くんが別人オトメッコに(ぎゃふん)。いや、そもそも周助が不思議ちゃんになってる時点で別人なのですがあ〜(^^;)。
こ、こんなのがお祝いでスミマセン、9232くん&225ちゃん。そして飼い主サマご両人(違)&ブリーダー涼音サマ。さらに超絶有能なマネージャー(笑)ユーキ様&乾様(え)。さらにさらに225の激ラブ友達(笑)キラ姫&菊ちーにゃんこちゃん。平に平にとお詫びをしつつ、でも返品は不可の方向で(何)。
みなしゃんの素敵塚不二イラor素敵SS、楽しみにしています〜vv

P.S.
つ、次はちゃんとした(?)にゃんこ塚不二SSを書くぞ……ッッ!(^^;)


★このお話は、青学公園9232v225結婚祝いに参加してくださった方のみフリー(お持ち帰り・サイトUP可)です。
 ユタネコとその飼い主からの、密かな粗品って事で(何だよそれ……)。





裕太猫のおうち(笑)    9232v225結婚式場

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