ヒーリング雑感第3集(第61回〜第80回 )


第80回

2007年6月24日(日)にいただきましたメールを拝読し、2007年6月25日(月)に返信を致しました
メールです。ただし、今回のお話とは関係しない箇所の削除をした上で文章を掲載しております。


○○先生、おはようございます。
整体院 トータス・ホリスティック・ヒーリングの阿部です。


>あの△△先生が××より信頼?があるんですか?私もなんかいか
>面識があります 静かな方ですが人の波動の高さを数字で判断した
>り ふ−ち を使ったりする人です

あくまでも「巷では。」というお話です。人の波動の高さを数字で判断
というのは私は日記でも解説したことがありますが、おかしな話なの
です。

例えば、客観的な基準が確立されていて反論の余地が無い度量衡
によるものの測定結果(例えば、1気圧で気温25℃、湿度70%の
環境下におけるAさんの体長は○○cmだの体重は××kgだのと
いったお話)とそれとは根本的な違いがあるからです。

また、フーチ、ダウジングやMRA等のいわゆる波動測定機器と呼
ばれている機械等をお使いになる方につきましては、自分の松果
体が直接判断している情報に、更にいろんな介在物を有すること
もあり、精度が落ちる上、目に見えない存在の悪戯に遭うリスクや
主観で測定結果を決め付けてしまうリスクも高いです。

私はフーチ等の道具を使用しないと情報が取れない方は、リスクが
高いテストを実施しているとみています。一般人に理解されやすい五
感(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)以外の意識・末那識・阿頼耶識と
いった識を全て道具によらず直接的な情報として感得出来ない方の
情報の純度は比較的低いです。その場合の純度は人により程度問
題はありますが、全然違うなんてことも珍しくありません。

しかし、それがエスカレートしてしまうと(実はそうではないのに)「あの
人間は波動が悪いから極悪人の人格しか有していない。」だの、「あ
の人間は波動が悪く、人格が低いからガンに罹患した。」だのと決め
付け、根拠の無い見下しを行う魔女狩りのような陰険な世界を展開
させてしまうのです。

ガンにかかる原因にはいろいろなものが考えられ、人格云々だけが
原因として絶対視されてしまうのは間違いです。しかし、波動につい
て言及する人はその単純な事実でさえも頭から消え去ってしまうの
です。これは恐ろしいことです。


 
--------------------------------------------
整体院 トータス・ホリスティック・ヒーリング
院長 阿部真士
〒134-0088
東京都江戸川区西葛西6-21-9 第2山藤ビル410号室
tel:03-5658-6580
http://www5d.biglobe.ne.jp/~albireo/
kiramekialbireo@yahoo.co.jp
--------------------------------------------


簡単ではありますが、今回のメールで波動云々について語る方が陥りやすい陥穽につき、書くことが出来た
と思いましたので、ヒーリング雑感のコーナーで話題にすることに致しました。

このお話に関することは、以前かめかめ日記にも書いたことがありましたが、波動を語る上での鉄則だと私
は思っております。波動を語る人は根拠の無い人格攻撃や見下しを行うことの愚を犯さぬよう、自戒するこ
とが必要なのです。 しかし、現実にはその愚を犯してしまう人が後を絶たないのです。


2007年6月25日(月)


第79回

今日は久しぶりにおにぎりと定食の『一福』に行き、和定食(680円)を注文しました。

待ち時間ですが、そこに週刊ポストのバックナンバーの非常に古いのがあったのが目に入り、もっと新しいの
がいくらでもあったにもかかわらず、今日はこれが気になりましたので、手に取って開いてみました。

表紙には2/23とあり、どうやら2007年2月23日号のようです。中を見て納得しました。

今から約半年前のお話になってしまいますが、20年間無戸籍だった男性が起こした事件がありました。そ
の母親がどのように子供を育てて来たか、 そして義務教育を受けさせず、家庭内でどのように子供に教育
を施したのかといったことが母親の弁で載っていました。

今日は教育3法が参院本会議で可決し、成立した日になりましたが、「こんな日に過去の記事とはいえ、こ
のような記事を読むことになるとは。」と思ってしまいました。で、読んでみて、これは大変な問題だと思いま
した。

母親の弁によりますと、12歳年上のお姉さん(この方は戸籍があり、義務教育も受けられています。)の教
科書を使い、 母親とお姉さんが読み書きを教えていたとのことなのですが、現実には仮名文字が使える程
度(それもカタカナになるともう怪しくなるほど)で、漢字はほとんど使えないということでした。

これは親には自覚が足りないかも知れませんが、暴力によらない一種の虐待行為を実の子にしてしまった
のに等しいと言えます。

いくら貧しくとも、また家庭にどんな事情があろうとも、子供に義務教育を受けさせないでおくことなど、決し
て許されるものではありません。何のために福祉や生活保護の制度が存在するのかと、この男性の両親
には申し上げたい思いがしましたが、恐らくは自らの都合の元に聞き捨てられることでしょう。それを思うと
本当に無念です。

義務教育で扱われる教育は、それを学ぶのに適切な年代を逃してしまうと、その何倍もの努力を重ねても
習得が困難なもの、いや不可能になってしまうものも多々存在します。週刊ポストのこの記事を読み、私は
狼に育てられた2人の少女の話の結末を思い出さずにはいられませんでした。 現在、この男性は戸籍を取
得し、さいたま地方裁判所で執行猶予の判決を受け、義務教育レベルの学習を受けているとのことですが、
失った過去の時間の価値はあまりにも大きいです。

この男性は義務教育レベルのことをほとんど習得出来ないまま、また、家庭内の躾や道徳教育も行き届か
ないまま成人になり、恐らくは通常の責任能力を有する大人とは全く違った価値観で犯罪行為に至ってしま
ったのではないかと私は思わずにはいられませんでした。

週刊ポスト誌上の母親の弁によりますと、この男性は、母親からもらったお小遣いを貯めて秋葉原に行くの
が好きな青年となり、アニメは深夜になっても観るほど好きで、中でもアキバ系と呼ばれる美少女のアニメ
等が好きでお金を貯めてレンタルビデオを借りてよく観ていたが、 それが異性に関する異常な興味となって
いったのではないかとのことでした。

私はこういった、俗に言うオタク文化やアキバ系と呼ばれるものを、頭ごなしに否定する気はありませんが、
精神的な成熟が伴わない環境下でのアンバランスな状況でこれらに浸ることにより、 身を持ち崩してしまう
人が出るであろう危険性もそれらの中には存在するとみております。その意味において、この男性のような
家庭環境下でこのような状況に陥ったというのは、 「周囲の人はまずいとは思わなかったのだろうか?」と
疑問でなりません。 そんなことではなく、もっと他に親や姉としてこの子にしてやれることはなかったのかと、
そう思うと辛いものがあります。

あともう一つ、母親の弁ですが、「あの子には〜して来たつもり。」という表現が至るところに見られ、それも
私をげんなりとさせるのでした。「〜のつもり」「〜して来たつもり」という表現は、(そういうケースが全てだと
はさすがに申しませんが、)「実は私、出来てなかったのよね〜。」というのと同義です。もしかしたら本人は
そのような「つもり」で言ってないかも知れませんが。

親になることは簡単です。しかし、いまだかつて親であることの試験が実施されたことは無いのです。


2007年6月20日(水)


第78回

最近、新規でヒーリングセッションを受けられたり、きらめきヒーリング講座を受講されたりする方のご相談
内容をうかがっていて思うことなのですが、食生活の二極化が進んでいることが新たな問題を起こしてい
ます。

これはどういうことかというと、ジャンクフード過剰な食生活を送る方がいらっしゃる一方で、有機栽培の野
菜や無添加物の食品のみの食生活にこだわるあまり、極端な場合、それら以外の食品に近づいただけで
嘔吐したり咳き込んだりじんましんが出たり下痢をしたりして日常生活に支障が出ている方もいらっしゃい
ます。中にはお付き合いで昼食に行くこともかなわず、会社勤めが出来なくなった方やスーパーの売り場
に行けなくなった方のご相談もありました。

ジャンクフード過剰の食生活が良くないことはわかりやすい問題ですから、こちらのお話の詳述は割愛さ
せていただき、今回は健康食品や無添加食品のみにこだわるあまり、日常生活に支障が出てしまうよう
になってしまった方のお話を書こうと思います。

健康食品や無添加食品以外の食品に食べるどころか触れてもいないのに、それらに近づいただけで身
体が過剰反応してしまうという現象はその多くの場合生来のものではなく、そのような身体になってしま
った経緯があります。

お話をおうかがいしていて多いのは、一部の新興宗教の信仰や祈りや行を長年続けられたがゆえに目
に見えない世界の影響を受け、敏感体質にさせられているケースや、精神世界の指導者の誤った食事
指導を受けて体質が変化してしまったケースです。【注1】

一部の新興宗教の影響の場合はその宗教から離れて下さい。これはただ脱会するだけでは足りず、そ
の宗教独自の信仰や祈りや行の類も一切やめ、その教えに基づく思考も捨てることです。食生活の指
導も「過ぎたるは及ばざるが如し」の類であるか否か、長年行うとかえって身体がおかしくなるものであ
るか否かをよく吟味して下さい。

私が思いますに、危険な食品を避けたいというお気持ちはわかります。しかし、それで別の問題に苦し
められるのだとしたら、それはそれで問題だとも思うのです。そのお方の現在の程度問題もありますが、
私は比較的危険度が低いハンバーガーショップに行ったり、比較的抵抗が低いスナック菓子を見抜い
て買ってみたりしてみたらなんて言ってしまいます。実施していただいた結果、「A社のは無理ですが、
B社のならば食べられます。」といったお答えをいただくことがよくあります。

現在は危険な食品が氾濫しているのは確かです。また、危険な食品に関する情報も豊富です。私は
それらの情報を決してないがしろにしろというわけではなく、むしろ重要な情報だと思うのですが、神
経質になり過ぎるあまり、かえって日常生活を送れなくなった方のご相談をおうかがいする度に考え
させられます。

トランス脂肪酸や悪玉コレステロールが身体に危険という情報そのものは重要ですが、それを気にし
過ぎて「ファーストフード店には一切行かない。」「揚げ物は一切食べない。」「肉も玉子も乳製品も食
べられない。」といった毎日を送ったため、脂肪分が欠乏して冷え性になっている方もいらっしゃいま
した。これでは本末転倒です。それに全てのコレステロールを否定すると細胞の生成に支障が生じ、
老け込んでしまいます。

こんな時によく批判の対象になるファーストフード店ですが、その全てがいけないわけではなく、トラ
ンス脂肪酸が生成されやすいショートニングを揚げ物に使用しているお店と菜種油等の植物油を使
用しているお店とではその危険度が全く異なります。それを見抜いて下さい。また、食品添加物の
類に対処するには、その食品の添加物の表示を読むことは当然として、それでも体内に入ってくる
ものがありますので、(何でも解毒出来るわけではありませんが、)肝臓の解毒能力を向上させて
おくことも重要だと思います。過剰な飲酒はもちろんご法度ですし、化学薬品も服用せずにすむの
ならばそれが望ましいです。


【注1】
断食をして日常生活に戻る前も敏感体質の状態になりますが、この場合は徐々に普通に戻していっ
て下さい。また、敏感体質の方の悩みがわかりにくい方が敏感体質がどのようなものかお知りになり
たい場合、断食ではなくとも10日間ほど食品添加物が入っていない食品だけを摂取してみることで
す。野菜は無農薬のもののみとし、果物や糖質は取らず、魚介類、肉類、玉子や乳製品も避け、蛋
白質や脂肪分は植物由来のものに限り、(ただしマーガリンやショートニングは取らないで下さい。)
コーヒーや紅茶は飲まないか、飲んでもブラックやストレートに限る生活にして、食品添加物入りの
食品をコーヒースプーンに1/5杯くらい食べてみると、てきめんに反応が現れます。頭皮や眉毛や
目がむずがゆくなるという人が多いです。また、人によっては大きなくしゃみをしたり、鼻水が止まら
なくなったり、鼻詰まりを起こしたりするケースもあります。こういった経験をすると、私達がいかに食
品添加物にならされているのかがわかります。 なお、断食でお知りになりたい方は1人では行わず
に必ず専門の先生の元で行って下さい。


2007年2月28日(水)


第77回

週刊現代2007年1月27号のP.120からP.121にかけて掲載されている江原啓之先生の『会社のオ
ーラ』第34回の内容を読み、江原先生がスピリチュアルな意味において戦争とは何かを語られていたこと
でいろいろ思うことがありました。そして書かないわけにはいかないものを感じました。

江原先生は「そもそもスピリチュアリズムにおいて戦争とは何なんですか?」という編集部の質問に対し、
「物質主義的価値観における国と国との喧嘩です。」とお答えです。そして、「戦争だって、大きな視点で
見れば、国と国との争いですが、根本をたどれば、いわゆる『物の取り合い』であることがほとんどではな
いでしょうか。初めから、必要以上の物を持たず、欲を出さなければ、争いなど起きるはずもないと思うの
です。」とも語られています。

私は「初めから、必要以上の物を持たず、欲を出さなければ、争いなど起きるはずもないと思うのです。」
という江原先生のご意見を完全否定するわけでは無いのですが、欲を出さないことで争いが少なくなるこ
とはあっても、それだけで争いの全てが無くなるわけではないとも思うのです。

何故ならば、私は江原先生が語られる「物質主義的価値観が動機となった戦争」も多々存在するとは思
いますが、それだけで戦争の全てが語れるわけではないとみているからです。

人間は物質主義的価値観の動機とは異なる動機でも戦争を起こし得る存在ですし、実際過去において多
く起こしています。それは思想信条や信仰、忠誠心、正義感、義侠心等によって勃発した戦争です。

例えば国内ですと幕末の会津においても物取りなど一切関係が無い戦争がありましたし、中近東とヨーロ
ッパにおける(次第に動機は不純なものになっていき、中には戦争というよりも山賊になっていった者もい
ましたが)十字軍の遠征は少なくとも最初は物取りや領土拡大が目的ではなかったと言えます。こう書くと
「聖地」という不動産をめぐって争う物取りであり、領土拡大だという意見が出そうですが、当時の彼等は物
取りの感覚で戦争を起こしてはおらず、あくまでも信仰上の理由が十字軍遠征の動機になっています。私
は聖地だ聖地だと土地に執着して戦争をしているようではいけないと思いますが、それはあくまでも私の
個人的意見です。

私の個人的意見はさておき、もし江原先生が朝鮮戦争やベトナム戦争、そしてユーゴスラビア紛争が物の
取り合いで始まったと思われているのだとしたら、それは認識が大きく異なっているのではないかと私は思
います。

江原先生は今回、いじめと戦争の構造の類似性についても語られています。子供達の間でのいじめの問
題が最近よく話題として取り上げられていますが、私はこの問題につき雑感に書こうと思いながらもずっと
書かずにいました。一部の読者の方々への需要を感じながらも書かずにいました。しかし今回は機が熟し
たと思いましたので書きます。

このようなことを書くと当事者の方々から非難されるかもしれませんが、いじめそのものは、かなり昔から
存在していました。しかしそれは最近のいじめとは異なるものもありました。それは何かというと、クラスの
中に悪いことは悪いと雷を落とす怖い先生や、度を過ぎたいじめを許さないリーダー的な子供やガキ大将
がいたことです。そして、学年や性、そして家庭環境が違う子供達が近所にいるというだけで仲良くなり外
で遊んでいたことです。昔のオバQやひみつのアッコちゃんを見て下さい。犬や猫も人間と一緒に遊んでい
ます。


今のいじめは際限が無いものになっていること、当事者以外に解りにくく陰湿化が進んでいること、そして
先生の中に人事考課における保身を優先し、事なかれ主義に走り、「いじめの事実はありません。」という
人が増えてきたこと、「いじめは人として最も卑劣な行為だ。」といじめのアンケートには模範解答らしきも
のを理路整然と書くものの、本音の部分ではいじめを平気で行い、それに関する良心の呵責を感じない
性癖を有する子供がクラスのリーダーになっているところが増えてきたことなどがあります。また、いじめる
側の者が些細なことからいじめられる側になることも多いです。

今のいじめ問題は即席で出来たものではなく、主に戦後以降の家庭での躾と学校教育が生み出したもの
です。長年かけて出来てきたものだけに、日本中のいじめを無くす即効性がある薬は存在しませんが、個
々の事例であればアプローチのしようがあるものもあるかとも思います。

いじめについては「やられたらやり返せ」という発想をし、それを子供に言う親がいたりしますが、それでは
いじめられっ子にいじめっ子と同レベルのことで復讐しろと言っているのに等しいです。いじめられっ子の中
にも様々なレベルの子がいますから、暴力で返してはいけないと言う子もいれば腕力で挑む子もいればキ
レて刃物を振り回したり、陰湿な不意打ちをしたりする卑劣な子供も出てくるかも知れません。

私はいじめられっ子に暴力には暴力でやり返せとは決して言いません。しかし、どんないじめにあってもじっ
と耐えて無抵抗でいなければならないとも言いません。無抵抗主義は結局のところ、いじめる側の行為を助
長し、いじめを結果的に肯定してしまうのです。これではいじめられる側はもちろん、いじめる側もいじめの螺
旋から脱することが出来ず、救われないのです。

ではどうすればよいか。この物質世界は様々なレベルの魂が混在する世界であり、そこにあたかも全ての人
間が無欲で人格高潔な規格品であるかのような前提で論を進める左翼的似非平和主義や無抵抗主義は人
間を不幸にします。それらの思想は戦後の日本の教育界に侵食していき、戦後教育を受けた子供達を苦しめ
たのです。特に心根の優しい子供を直撃しました。共産主義は政治的、或いは実証的には破綻しましたが、
左傾マスコミの論調や一部の大学、そして教育界の中ではいまだに思想的な根を張っている感があり、それ
が問題なのです。

まずはこれらの思想からいじめられっ子の思考を救い出すことです。いやならいやだという意思表示も許され
るし、やり返さない対処法も存在するのです。暴力には暴力で返すのではなく、智恵の力で対抗するのです。
残念なことにいじめを平気で行える人の精神レベルは著しく低いですし、しかも卑劣です。しかし、それだか
らこそ彼等は計算し、以下のものを認識した場合はいじめをやめます。

1.相手が自分よりも強者であることを認識した場合
2.相手が自分より弱者であったとしても、いじめることが自分にとって得策ではないと認識出来た場合

今、いじめにあっている少年少女がこれを読んだらもの凄くいやだと思います。しかしこれがいじめっ子の本
音です。もう一つ書きますが、比較的軽い層を除き、彼等は良心の呵責など感じていません。それどころか
いじめを楽しんでいます。ゲーム感覚で非道なことを平気で行います。それでいじめられっ子が自殺しても
げらげら喜びます。弔意を述べるどころかものの1分もしないうちに他のものに興味がいっていることでしょう。
ここまでいくと悪魔的な性格であり、実際、重いものには強い憑依も見られます。実を言うと、救われるのが
より難しいケースが多いのはむしろいじめっ子の魂なのです。いじめられっ子の方がケースに幅があります。

本当は個別の対処以前に幼少時の情操の形成の時点で親が行わないといけないことがあるのですが、今
の子供は全員ではないにせよ、なされていないケースが多く,長じて問題になることが多いです。個別のア
プローチ法については個別に答えます。無抵抗主義による放置や自殺は当事者にとっても、また周囲にとっ
ても最悪の選択です。


2007年1月24日(水)


第76回

この年末から年始にかけてバラバラ死体が発見される事件が2件も発生し、一方は兄妹の対話のいざこざ、
もう一方は夫婦間のDVが発端なのではないかと報じられています。これらの事件の報道を見て私も思うこ
とがありましたので、今回はこれらの事件のうち、東京・渋谷区で歯科医師の長女がバラバラにされ遺体で
発見された事件につき書きます。

この事件で殺害されたのは短大生、武藤亜澄さん(20)で、逮捕された1歳年上の医歯薬系予備校生の兄、
武藤勇貴容疑者(21)は警視庁の調べに対し死体損壊の容疑を認め、「妹から夢がないとなじられ、頭にき
たから殺した。」と供述していて、警視庁は更に詳しい動機を追及しています。


この供述の報道があった後、さまざまな情報が飛び交い、また後追いの報道がなされました。亜澄さんの
生活態度がなっておらず、兄を小馬鹿にしたような態度をとるのはいけないと彼女が両親から言われてい
たといった情報も流れました。これが事実であるならば、亜澄さんの姿勢が改められねばならなかったのは
もちろんなのですが、ここで重要なのは、だからといって勇貴容疑者の行為が許されるわけではないという
ことです。また、運命論者やスピリチュアリストが言いたがる「勇貴容疑者の行為は宿命だった。」という論
にも私は異を唱えます。

では何かというと、いくら亜澄さんの発言や行動に問題があろうと、勇貴容疑者がいくら浪人を重ねている
という事実があろうと、勇貴容疑者のマインドが弱くなければこのような事件に至ることは無かったというこ
とです。何年も浪人を重ねるという人は勇貴容疑者の他にも日本全国に多々いらっしゃいます。しかし、勇
貴容疑者のような行為に至る人は極めて稀なのです。また、なんであろうと避けられなかったというもので
はない以上、宿命などではありません。

勇貴容疑者は歯科医師になることを志望していたため、歯学部の受験を志望していましたし、報道を見ても
「一貫して歯科医師になることを志望していた。」とありました。私はこれも疑問に思うのです。歯科医師にな
るためには大学の歯学部に行くことがまずは必要であり、歯学部には全く勉強なくして合格することなど有
り得ません。そんなことは勇貴容疑者は言われなくてもわかっていたはずです。しかし、報道を見ると「自分
が合格しないのは勉強しないからだ。」と本人が語っています。優秀でないがゆえ、懸命に勉強しても学力
が身につかず合格点に達しないというのならまだわかります。しかし、彼は「勉強しないからだ。」と歯科医
師になるために必要なものを最初から放り出しています。彼の歯科医師になりたいという志望の意思に私が
疑問符をつける理由もここにあります。「本当になる気があるのか?」と。

もし、私が高校教師か予備校講師だったとして、彼の志望動機が純粋に歯科医師の仕事内容に関すること
にあるのではなく、「周囲(特に身内)の期待に応えるため。」「親が他の仕事を許してくれない。」「ステータ
スがある仕事だから。」「裕福な生活が送れそうだから。」「異性にちやほやされそうだから。」「エリートとし
て尊敬されるだろうから。」等の理由であったのだとしたら、私は歯科医師になるべきではないと彼に言った
ことでしょう。(本心を言うことは無いかも知れませんが。)

医師、歯科医師、弁護士等の職業は関係者以外からは羨望の目で見られやすい職業かも知れません。し
かし、激務であることが多く、取り返しがつかない失敗をしてしまうリスクも高く、職に就くためには学力が高
いことが必要ですがそれだけでは足りず、倫理観の高さや自分を律する力も求められます。また新たに勉強
していかねばならないことが次々と出て来る職業でもあります。開業医の場合は設備へのお金も、それも大
金が必要です。ステータスは大いなる責任という前提があるからこそ、それが認められるのです。責任なき
ステータスを追い求める者はその責任の重さに耐えられません。勇貴容疑者とて歯科医師の子です。そん
なことはわかっていたでしょう。ならば歯科医師の志望を変えるか、変えないのであればその責任を負える
腹をくくれる自分をつくるしかないのです。それが出来ないならば志望を変えるべきです。

勇貴容疑者は亜澄さんから「夢が無い。」と言われたことにキレてしまったとのことですが、これも自分の志
望の気持ちを整理出来なかったこと、そして(これは勇貴容疑者の個人的な感情ですが)「歯科医師になる
ことは夢が無い。歯学部に行くための勉強もする気が起きない。しかし自分には他の道が無い。」という感
情があったことがキレた理由になったのだとしたら、やはり彼のマインドは弱いです。

今、夢が無いのならば、それを率直に認めたらいいだけのことです。今、夢が無いのならば、これから解れ
ばいいだけのことです。「志望を変えたら、(または歯科医師になれなかったら)自分の存在や将来はどう
なる。親兄弟の愛が得られなくなる。」という思考はマインドの弱い人の思考です。そのようなことで無くな
る愛など、真の愛ではなく、見栄と計算とでハリボテとなった偽りの愛です。(彼の両親や兄妹はそのよう
な愛の無い人達ではないと私は思いたいです。)普通の人にはそのような偽りのものを捨て、自分で生き
る強さがあります。そのような人は真の愛を持つことを知り、そして魂が知る夢の本当の意味を知るのです。
彼は妹を殺害しましたが、そのマインドの弱さゆえ、それよりもずっと早い時期に自分の魂をも殺していた
のです。本当にやりきれない思いがします。

2007年1月12日(金)


第75回

当サイトを閲覧されている一部の方に誤解が生じてますので、今回はそのお話を致したく思います。

私は整体院にて施術料とヒーリングセッション費用、講座費用につきいただいておりますが、整体院
での経済活動はこれらが全てであり、他に整体院内の活動で有料なものは存在しません。【注1】

これが何を指すかと申しますと、団体を作ることを行っていないがゆえ、入会費用や会を維持する費用
を必要としないということです。これは今後もその方針で行きます。

既にお気づきの方が多いかとは思いますが、私は、特に講座関係で横のつながりができにくい運営を
してまいりました。これで団体ができにくい構造を維持していたのです。これが何を意味するかと申しま
すと、私が行っていることが宗教団体化、カルト団体化することへの拒否であり、また会員制という名の
もとにお金を徴収し続けるシステムをよしとしないということです。

ここ数年講座を開講してみての実感から申しまして団体創設の必要性を私は感じておらず、そして他
団体の多く(もちろん、その全てがそうではないかも知れませんが)が団体を作ったことによる弊害(団
体のための団体化、団体の私物化、団体を集金マシーン化させようとする人物の登場、カルト宗教化、
組織特有の歪みや軋轢の発生など)を有することから、団体創設は不要であり、益よりも害が大きいと
いう判断もあります。

セラピストはクライアントの問題が解決したら捨てられるのが仕事だと以前私は日記に書きました。その
方針は現在も続いています。


2006年8月16日(水)


【注1】
強いて挙げれば当サイトがらみでアフィリエイトがあるとはいうものの、これらの実績は現在のところほ
とんどゼロ円に近いのが実情です。また、これらの設置経緯ですが、目利きの参考資料が原点になっ
ています。
また、施術料とヒーリングセッション費用、講座費用の料金設定ですが、その全額が整体院を維持す
る賃借料と光熱費に消える水準です。整体院内の収入では毎月赤字になっているがため、私の他の
仕事の収入をその維持費用に充当してもいます。これは税務署も証人になっていただける現状です。
「お金儲け目的で行っている」「暴利を貪る悪党」と一部で言われていますが、お金儲けどころの話で
はなく、赤字なのです。毎月赤字です。自分の財産の持ち出しで行っています。少しでも私財を投げ
出すのがいやな人ならばとうの昔に辞めています。
それでも続けているのは他に理由があるからです。問題解決の糸口になることのお力になれれば望
外の喜びがあることも大きいのかも知れませんが、それは所詮理由にはなり得ず、真の理由が他に
存在します。それは、一口に言うとするならば、例え微々たる力であるに過ぎないと言えど目に見えな
い世界のことも含み、あらゆる理不尽に泣く人のために立って語るということを約束したからです。


第74回

今日も遠隔ヒーリングの依頼を電話で受けましたので実施しました。今日の方のケースは、生きて
いる人の想念エネルギーの関係での身体上の苦痛でした。

ヒーリング実施後は「楽になりました。」とのことだったのですが、生きている人の想念エネルギーの
場合、それが可能ならばですがその人との人間関係の良好化を図ることが最も有効です。ヒーリン
グを実施して一時的に楽になったとしても、こだわり続けていたとしたらまた同じことの繰り返しだか
らです。あと、自分の毎日の生き方や他の人との関わり合い方を省みるよい機会なのではないかと
も思います。

もちろん、逆恨みや誤解、我が侭や身勝手な感情による価値観、あらゆる意味におけるギャップ等の
理由によって想念エネルギーが入るということもあるかも知れませんが、いずれにしても(未だ会った
ことの無い人からのものも含め) 自分のあり方と外界との関係性を想念エネルギーは示しています。
これも学びの機会だと思うのです。


2006年7月29日(土)


第73回

雑務をしている時に「ガンジーの無抵抗主義を背景とした人生とジャンヌ・ダルクの人生との違いについて
考えて下さい。」といったインスピレーションがありました。共に全く異なる人生です。

私は今、何故このテーマについて考えねばならないのか考えましたが、「結局のところ不作為により救わ
れない人、理不尽に泣く人を多数作る無抵抗主義を選んで政治家となるのは消極的な悪である。ヒトラー
はナチズムという主義を掲げ、 積極的に悪を遂行する政治家であったが、 無抵抗主義を掲げる政治家は
不作為による消極的な悪の遂行者なのではないか。」という結論でした。

悪には「不作為による悪」というものも存在します。それをもって「何の問題があろうと私の知ったことでは
ない。」と山に篭り仙人になるのであれば、まだ社会的な影響力はたかが知れているのですが、 その主義
を掲げて国民の命運を動かす政治家、 それも政界のトップになってはいけないのです。

こう書きますと、「無抵抗主義は無関心主義と同一ではない。」「無抵抗主義は無関心主義でなく非暴力
主義なのだ。」という反論をいただくかも知れませんが、無抵抗主義と無関心主義は実社会における現
象面の結果において違いがありません。また、非暴力主義を極めるものは、暴力により滅ぼされる罪無
き人を多く作り、その理不尽を放置してしまいます。 これは本当に残念なことですが、今の人類の精神レ
ベルではそう言わざるを得ません。だから消極的な不作為による悪なのです。

「その人にその仕事を行う能力が無かったからその仕事が出来なかった。」というのと、 「その人にその仕
事を行う能力はあるのだが、(やる気の無さ、無関心、解決しようとしない心、その仕事を内心馬鹿にして
いる等の理由で)結果的にその仕事が実を結ばなかった。」というのは、 「その仕事の結果がますいもの
であった。」という意味において全く同じなのです。

私は仮にAさんという人が善を思っていたとしても、それが善性に基づいた行動となって発現されるのでな
ければ、この実社会にその善が反映されるのは想念の関係の働きを除き、ほんの微々たるものであるに
過ぎないと思います。

善は思うだけでは不十分で、実社会に向けた行動が無いことには大きな実を結ばないのです。

「ジャンヌ・ダルクの人生は無抵抗主義における不作為とは対極に位置するものであり、善を為すことの尊
さは不作為に遥かに勝るのだということではないか。」とも思いました。オルレアンの解放は彼女の行動無
くしては有り得ませんでした。ただ自分はこうだと思うというだけで行動が無いのでは彼女は火刑に処され
ることは無かったかも知れませんが、フランスの歴史も変わっていたことでしょう。

ジャンヌ・ダルクはその自らを動かす善性によって行動を示された方で、彼女には天啓によって動かされて
いた面がありましたが、彼女自身もその天啓を冷静かつ的確に処理する智性(知性とは異なります。)を有
していたことがうかがえ、私は彼女のその智性面を見落としてはならないと思います。

善性は天啓のみに頼るのではなく、正しき智恵を通した判断に基づくフィルターに耐えられるものでなけれ
ばそれは本物ではないことに注意せねばならず、 さもなくば履き違えの行為による悲劇も起こり得ることも
私は思わずにはいられませんでした。


2006年7月27日(木)


第72回

このコーナー、本当に書くのが久しぶりなのですが、今日は私生活でも久しぶりに西葛西駅南口側のドトールに
行き、アイスコーヒーを飲みました。

北口側のドトールが改装中であるせいか、ほぼ満席の集客状態でした。南口側のお店は西葛西駅の駅舎がよく
見える見晴らしの良いお店です。この駅をみていると過去のいろんなことを思い出します。

整体院ももうすぐ開いて4年が来ます。あっという間の4年間でした。現在は通常の整体院という感じではなく、ヒ
ーリング講座とセッションがメインになった感じが定着し、「整体院というよりも、私設の小さなミステリースクール
みたいな感じになったかなあ?」と思うこともあります。

質問メールのご質問も、ボディーワーク的なものよりも波動を感じることや五感以外の要素に関するものが遥か
に多いです。「講座を受講後はものすごく感覚が鋭くなりました。」といったメールをいただくこともよくあります。

これは五感以外のいわゆる「波動感覚」というべきものです。気感についても鋭くなります。職場や社交場で人
の気持ちが入ってくるような感じもあります。他者の身体よりも微細な情報や想念エネルギーの情報を感知して
いるのです。

逆にわかり過ぎるのがいやな場合は、慌てたりむやみに怖がったりせず、入門編の図形を使って防護を作る
か、チャクラを意図的に閉じるか、理性を保って気をしっかり持ち、丹田(ハラ)に意識を持っていき、丹田呼吸
を行うかして下さい。鈍い感覚になります。丹田呼吸ほどではありませんが、単に腹式のゆったりした深い呼
吸でも効果はあります。

「ハンドヒーリングを行った時、すごく自分の手の平がビリビリ感じる人、そんなに感じない人、すごく手が暖かく
感 じる人がいました。 ビリビリすごく感じる人は、よくないものが入ってるってことですか?」というご質問を受け
ることもよくあります。これも受講後いろいろわかるようになった方からお出になることが多いご質問です。

これはビリビリの感覚もいろいろあるのですが、それが快ではなく不快なビリビリした感じ、蝕まれる感じ、埃っぽ
い感じ、いがらっぽい感じ、鼻を刺激されたわけでもないのにくしゃみが出そうな感じ、むせるような感じ・・・・etc.
といったものであるという場合、それはその方の邪気であることが多いです。同一人物の身体のコンディションの
中でも澄気の箇所と濁気の箇所が混在しています。また気には虚と実(じつ)という違いもあります。濁った実の
気は邪気となって滞留していることが多いです。それをビリビリ不快に感じているケースが最も多いです。

しかし、邪気といってもいたずらに恐れないで下さい。邪気そのものよりも、邪気をいたずらに恐れる心や邪気に
対して何等対策を冷静に立てないこと、 そしてヒーリング中の自らの意識がどうなのかといった要素の方が遥か
に問題が大きいのです。

対策ですが、ヒーリング実施後にグラウンディングをよくしたら地球がアースになってくれます。その他は入門編で
もお話ししたようなことがあります。また、メソッドの素性によっては(全てがそうとは限りませんが)、頭頂から邪気
を一挙に洗い出すかのようなエネルギーが流入して一挙に楽になって救われることもあります。


2006年6月22日(木)


第71回

今から11年前にこのようなことがありました。


がんの民間療法として大ブーム“野菜スープ”の著者逮捕

「元祖 野菜スープ強健法」の著者が医師法違反と薬事法違反容疑でこの日、逮捕。
医師免許がないにもかかわらず、ホテルなどに主婦らを集め問診や触診を行って数
万円の診察料を取ったり医薬品を販売したりした疑い。
飲用を勧めていた野菜スープはがんの民間療法として大きな話題を集め、著書は発
売直後からベストセラーとなっていた。

                                       1994年6月16日


『野菜スープ健康法』を唱えられていた方が1994年6月に医師法違反(無免許医業)と薬
事法違反(無許可薬品販売)で逮捕されてから、この『野菜スープ健康法』はすっかりその
人気を落としてしまい、今では実践されている方のお話をほとんど聞きません。


しかし、ここで注意しておかねばならないことがあります。

1.野菜スープ健康法が廃れた理由は、その内容が悪かったからというのではなく、
  提唱者の方が野菜スープ健康法そのものとは無関係な無免許の診断行為によ
  る医師法違反と、無許可薬品販売による薬事法違反で逮捕されたことが大幅な
  イメージダウンを招いてしまったのが最大の理由であったこと。

2.野菜スープ健康法はそれ単体でみる限りは合法であること。



これは仮に1つのメソッドを有し、それを提唱していながらも、提唱者が全く別件の問題を
有していたがために本来その問題とは無関係なはずのメソッドまでが否定され、忘れ去
られてしまったという過去の典型的な事例です。しかし、これが世の中の現実です。

ヒーリングメソッドや民間療法の提唱者はスキャンダルが原因で仮に内部から逮捕者が
出た場合、 本来そのスキャンダルとは関係無いはずのヒーリングメソッドや民間療法ま
でが世の中から抹殺されてしまうということを知るべきです。そのヒーリングメソッドや民
間療法が本物の内容を有するのであれば自ずと提唱者や実践者には重い責任がのし
かかることも知るべきです。 私は今回、この話を書かずにはいられませんでした。 今回
の話は一部の方に向けています。どうかお察し下さい。


2005年8月28日(日)


第70回

ヒーリングセッション60分コースを受けに来院された方と波動の話になりました。
お話がはずみ、しかも次の予約が入っていなかったものですから120分間のお話にな
りました。

そのお方(第69回の方とは別の方です。)は波動に敏感な方で、悪名高い一部の新
興宗教のお守りの類や波動次元の低い癒しのグッズでは身体が痛くなったり気分が
悪くなったりするのだそうです。しかし、最近とある団体のペンダントだけは身体が痛く
なったり気分が悪くなったりしなかったということで、数日前にその件でご質問のお電
話があり、その時私は「今はまだ大した問題は出ないでしょうが、恐らくはそう長くない
うちにその団体とは接触を持とうとは思わなくなるんじゃないかと思います。」と回答し、
本日ご来院いただくこととなりました。

そのお方は整体院にそのペンダントをお持ちになって来院されたのですが、そのペンダ
ントには龍が入っていました。龍が入っていたのに何故この団体のグッズを入手した時
は身体にも精神にも何もダメージが無かったのかということに私は回答しました。【注1】
そして、やはり今は接触を持ちたくないとそのお方が思われているということでした。

これは私がその団体やペンダントは龍の影響を受けていると言ったからではありません。
と申しますのも、そのお方は整体院に来院される前からその団体のトップの方の想念エ
ネルギーの影響を受けられ、 それが嫉妬や面白くない不平不満の想念であり、このお方
を苦しめるようになったからでした。それくらい想念エネルギーに敏感な方なのです。実を
申しますとこのお方のヒーリングセッションは2回目で、1回目よりもその傾向は軽減され
ているような感じはあったのですが、まだ時間がかかるかなあとも思いました。本多和彦
先生がよくおっしゃる「受け入れる」をしてしまいやすい面があります上、スイッチング(気
の世界におけるエネルギーパターンの錯乱現象)が起きやすい状態の方でもあったから
です。

目に見えない存在のうち、龍の影響を受けている団体の教えを守ったりグッズを使ったり
した場合、病気治し等の現象や商売繁盛などの下世話な願望実現のような現象が起き
ることはあるかも知れませんが、私は薦めません。彼等には「慮る」という概念が希薄で、
願望達成の反対給付を求めることもあります。また、宗教の場合は拝み崇め奉らせるよ
うなところはありますが優しさや理性、真の愛とは何かということに無頓着であったり、理
や科学性に合わないようなものを出したりすることもあります。修行によって生じる一部の
神秘的現象の体験を演出したり、大仰な奇跡現象(「ミカンの中から誰が入れたわけでも
無いのに真珠が出て来た。」「誰が彫ったわけでもないのに床の間に突如木彫りの恵比
寿大黒等の七福神の像が出現した。」等といった現象)で驚かせて信じ込ませてついて
来させようともします。

本日のお方にお話ししたことの中に、荒唐無稽なものの代表として古史古伝(竹内文書、
富士宮下文書等のアカデミックな立場からは偽書とされている超古代を扱う歴史書)があ
ります。【注2】

これらの偽書は主に霊能力があった神主さんが口寄せの口述筆記や自動書記といった
現象で「お告げ」として出したもので、目に見えない存在、主に龍の影響を受けています。
やたらスケールが大きくてしかも非科学的な宇宙や地球の創世の話をしたり、「人類の
歴史や言語は全て日本から始まった。」等の大言壮語をしたりするのが特徴です。また、
人騒がせな予言(人類の大部分が向こう数年以内に死滅する等の予言)をしたりするケ
ースもあります。このような支離滅裂で整合性がとれず、しかも荒唐無稽な話を真顔で言
い、「私は指導者だ。」「私は救世主だ。」といった類の話を「神のお告げ」等と称して何の
疑いも無く真に受けて真剣に言い、「私について来れば救われる。」などと寝言を言ってい
る人には決してついて行ってはいけません。

人間の脳の中には「理性の座」というものがあります。人間は考える葦なのです。それに
もかかわらずその「理性の座」を彼等に委ね、彼等の荒唐無稽な話を無条件に鵜呑みに
していてはいけないのです。もっとも、私は彼等の存在自体を完全否定するつもりはあり
ませんが、人類は彼等に仕え盲従し、その生を翻弄されるがままになるしかない存在で
もないとも私は思うのです。


【注1】
その回答はそのお方の細かい事情にも入り込んでいくお話になりますので、ここでは割
愛させていただきます。

【注2】
実はこのお方がお持ちになったペンダントにもこの古史古伝でお馴染みの「神代文字」と
いう文字が使われていたのです。

2005年7月29日(金)


第69回

ヒーリング講座の途中でセッションを行いながら講座を進めることが増えています。(講座中の
セッションにつきましては料金をいただきません。)このセッションですが、身体に触れることは
それがどうしても必要であるケースを除き、普通はありません。

ヒーリング講座を受講されるまでにいろいろなところに行かれてる方もいらっしゃいますが、それ
でかえって身体の調子を崩されている方が多いです。特に身体の調子を崩す影響があるのは
特定の新興宗教の信仰や現世利益のお願いの垂れ流しの場になっている神社やお寺への信
仰です。物の怪の影響を受けた能力者のところに行くのも同様です。物の怪の龍や蛇が体内に
棲みぐるぐる動きまわってお腹が痛いが、医師の先生に検査を依頼しても「原因不明」「異状な
し」というご回答をいただき苦しまれる方もいらっしゃいます。

龍や蛇がどんどん出て来て「最近何か信仰をしてませんか?」と質問すると「最近、お不動様の
お寺に行き、お札をいただいたりお守りを買ったりしてます。」「○△という所の先生から自縛霊
よけに水晶のグッズを勧められてウン十万円で買って部屋に置いてあります。」等のお答えをい
ただいたりします。この○△という所の先生は龍神信仰をしていて、龍のパワーでお仕事をされ
ていますが、龍という存在の中にはどすを効かせて仕事をし、仮に願いごとをかなえたとしても
身体の調子を狂わせたり何らかの反対給付を求めたりする者もいることを伝えました。お不動
様の寺社もいわゆる「なんちゃってお不動様」で、そこのお不動様は本当のお不動様ではなく、
龍がなんちゃって不動明王をしているのがわかりました。

こういった存在はいわゆる人間が発した想念波動エネルギーとは異なる存在で、一般的には目
には見えない存在ですが、影響を受けることがあります。影響といっても体調を崩すとかよくない
ことが立て続けに起きるとかいった類の影響です。

最近原因不明の頭痛がする、腹痛がよく起きるといったことが起きやすくなった方は最近寺社関
係のお札や開運グッズの類を買ってないかとか、龍神信仰や一部のヨーガ等の修行をしている
指導者の先生の元で問題を解決しようとしていないかを振り返ってみて下さい。グッズ類の場合
はそれらのグッズを処分するか、影響が出ないようにするかしたら問題が無くなったり、問題があ
ってもかなり軽減されたりします。そして信仰や修行を謳った先生の元には行かないことです。ご
利益信仰の寺社関係に現世利益目的のお願いに行くのも避けます。

もともと神社というものは、古の時代のものをたどってみれば古代人が現世利益のお願いをする
ために建てたのではなく、波動のよい自然環境の場を見抜いてそこを神社としたのでした。しか
し、時代が下るにつれて神社の目的が変わり、多くの人達の現世利益を求める我欲でその多く
の神社が穢れてしまったのです。もともと自然環境的には優れた場ですからその意味におきまし
ては自浄作用がありますが、想念波動エネルギーという意味では願望達成を願う我欲のエネル
ギーが多いです。


2005年5月31日(火)


第68回

最近の「きらめきヒーリング講座」ですが、特に女性受講者の方が受講されるケースが増
えてます。今日は入門編を開講しましたが、自己ヒーリングの実習でずっと気にされてた
右足の痛みが消失したことを驚かれ、また不思議がられました。

飲食物の味を変えたり、グラビア写真から情報をとったりする実習も入門編では毎回実施
しております。

味を変えることはともかく、グラビア写真から情報をとる実習は、例えば問題が発生してい
る土地や建物の写真から情報をとってクライアントの相談に答えることが出来るようになる
といった応用がきくようになります。「人と人との相性とかわかりますか?」というご質問が
出やすいのもどちらかというと女性受講者の方からのケースが多いです。

この場合はまるでわからない訳ではないのですが、注意が必要で、例えば「この被検物
は身体や精神に負担がかかりやすいものなのか、 それともかかりにくいものなのか?」
といった本来の筋反射テストやそれに類似した種のテストの通常の検査事項の検査結
果よりも精度が落ちます。

また、 通常の検査における注意事項の「百発百中とは限らないから結果を絶対視
しない。」「未来予知に使ってはいけない。」「遊び半分で行わない。」
に加え、「人間
は一生ずっと同じ状態とは限らず、未来のその人は現在のその人とは全く違うキャ
ラクターや価値観の人になるかも知れない。」
という認識も必要です。

占いみたいに使われてる方も中にはいらっしゃいますが、結果の絶対視と他者への意見
の強要はなさらないで下さい。

これを守らないと、行っていることが「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の世界の話やオカ
ルトの世界の話になってしまいます。

ところで今日の話ではないのですが、私の手の動きが魔法使いみたいと形容されたのも
女性受講者の方でした。「魔法使い○リー」や「奥様は○女」みたいな手の動きを連想さ
れたそうですが、やってる私はおっさんだからなー。


2005年5月3日(火)


第67回

きらめきヒーリング講座を受講される方ですが、遠方の道府県から来院される方の受講
が増えてます。世の中に数多くのセミナーがある中で遠方の道府県在住の方がきらめき
ヒーリング講座を選ばれたことが本当に嬉しく、また感謝の念でいっぱいです。

私は1都3県から来院される方にも遠方の道府県から来院される方にも講座が有意義な
時間となるよう仕事をしていきたいと考えておりますし、また受講者の方々が当講座を選
ばれたということが嬉しくて感謝の気持ちでいっぱいなのですが、遠方の道府県から来院
される方は受講料のみならず交通費や宿泊費も半端ではない額になるということもあり、
往復の回数を極力少なくしようと考えました。2回の受講で全課程修了というのは開講当
時から変えていないコンセプトです。

ヒーリング講座を受講される方の中にはいろいろな方がいらっしゃいます。この種の講座を
受講するのは初めての方がいらっしゃる一方で、様々な講習会やセミナーを受講された方
もいらっしゃいます。医師の先生や治療家の先生として超一級のご活躍をされている先生
もいらっしゃいます。今日受講に来院された先生も施術の打率が高い素晴らしい整体の先
生です。ただ、どのようなお方が受講に来院されても私は初心を忘れないようにしています。

「私は医師でも医業類似行為の国家資格者でもなく、ヒーリング講座を受講するのも初め
てですがセラピストの仕事をこれから始めたいです。」とおっしゃる方の場合は入門編の法
的規制についてのカリキュラムに要する時間が医師の先生や医業類似行為の国家資格を
取得された先生方が当講座を受講されるケースよりも長くなります。また解説することも多
くなります。これは当然のことで、セミナーを実施している先生の中にはこの項目を軽視し、
更に酷い場合は法的規制についてセミナーで扱う講師のことを馬鹿にしているとしか思え
ないような文章を自著やサイトに平然と掲載したりしているケースもあるのですが、そのよ
うな先生のご発言やセミナー内容を私は信用しておりません。全くの初心者だからこそ法
的規制の問題は白紙の状態であり、新たに知らないといけないことだというのは明白です。

また、これは開講当初からあった話なのですが、受講者の方の中にはレイキセミナーを複
数の場所でセカンドやサードまで受けたとおっしゃる方が多いです。しかし、一部の良心的
なところを除き、アチューンメントとシンボルの型の紙だけもらってまともな説明も実習も無
かったという方のお話が多いです。もっと酷い場合は回路が出来ていませんし、「受講をし
たけど受講前と何等変わらない。ただ手を当てているだけとしか思えない。」と告白される
ケースも多いです。レイキセミナーの団体で誠意がありしかも優れたところがある一方で、
大変残念なことに誠意に欠けるところも存在します。共に実名は挙げられません。しかし私
はいけないところにはその誠意の無さに憤りを感じております。

特に遠方から決して安くはない費用を使って受講される方々を前にしてセミナーや講習会が
雑談だけで何も教えずに終わってしまうところや、法的規制について何も触れないで、しかも
ろくに説明すら行っていないようなセミナーや講習会を平然と行っているところは誠意が無く、
無神経で信用がおけないところであるとみるべきです。


2005年4月27日(水)


第66回

最近いろいろネットサーフィンをしておりますと、誤解が発生していると思いましたので、今
回はそれについて書きます。

私は自分自身は行いませんが、クンダリーニヨーガやハタヨーガ等のヨーガ否定論者という
訳ではありません。きちんとした先生のもとで実習をされるのならば危険性は低いとみてお
り、特に能力開発系ではなく健康体操的なものはその傾向が強いです。これは気功のグル
ープも同様のことが言えます。

ただ、能力開発系のものとなりますと、健康体操的なものとは異なり、成就した場合はより
人間として優しい人であらねばならなくなります。武道家もそうです。真に極められた方なら
ばそう思われることと思います。

私は、例えばクンダリーニ覚醒者の方々の能力は確かに能力面において卓越したものが
あると思っております。しかし、その能力は使い方によっては自他共に破滅の方向性を有
するものであり、既にそのようなものを通常人とは異なり保有してしまっている状態なので
す。

私は決してクンダリーニ覚醒なるものを行ってはいけないとは申しません。完全否定論者で
はないのです。しかし、覚醒が成就した場合にエリート意識に陥り、「自分は他人とは違うス
テージに立った。」と他者を見下す心が芽生えたり、また、神秘体験をしたことが仇となって
それにとらわれる人生となってしまったりしたとするならば、その人はむしろ成就しない方が
よかった人だったのだということになってしまうと思っております。誰でも目指してよいとは思
っていないのです。

しつこいようですが、何の開発系にせよ、成就した人は、成就する前よりも優しい人であり続
けねばならないのです。仮面ライダーになれるか、オルフェノクになってしまうのかはここにか
かっているのです。

なお、釈尊はご自身の悟りの経過を語られていますが、その中にクンダリーニ覚醒のことが
載った文献は存在しません。これが仮に悟りの過程において必須のものであるとするならば、
釈尊直伝の記録が残されていてしかるべきなほど重要なものであるはずなのですが、存在
しません。仏陀の悟りへの過程においてクンダリーニ覚醒が必須だという方は、その根拠を
挙げていただきたいです。21世紀における一個人の推測に過ぎないというのならば、私は
それは根拠のうちに入らないと答えます。


2005年4月11日(月)


第65回

巨大匿名掲示板の類に何故私は(例外的なケースを除き)出ないのかというご質問のメー
ルをいただきました。その方は出たほうがよいのではないかというご意見です。

これには理由があります。匿名掲示板はフェアな議論が可能な場ではないからなのです。

私が仮に本名かハンドルネームで登場した場合、私の素性はガラス張りの状態になります。
しかし、議論の相手は匿名を守る限りそのようなことがありません。これではフェアな状態だ
とは言えないのです。両者の環境がフェアな状態であらねば私は正常な議論がなされること
はまず有り得ないと見ます。

ところで問題の巨大匿名掲示板ですが、最近、気になる書き込みが1件ありましたので、今
回はこのことについて述べようと思います。

その方の書き込みですが、波動が悪いサイトは難解な文章を書いているわけではないのに
もかかわらず読んでいると眠くなるという書き込みでした。これを読んだ私はそのことを本に
書かれた先生が過去にいらっしゃったことを思い出したのです。

その先生ですが、生体律動調整法の茂木昭先生です。

少々長い抜粋になりますが、茂木昭先生の『気の治療学 律動法』(茂木昭著/千早書房)
からその箇所の抜粋をしてみます。


26.最後まで読まれてきた方に

 

本書より半年前に、治療家向けの専門書『生体律動調整法』がエンタプライズより刊

行されている。その刊行により、わたしの自著でのエネルギー作用が予測どおりであっ

たことが完璧に証明された。もともと自分がそうなるだろうと予測したことで外れたこ

とがなく、臨床上のことでもひらめいたことを実験すると必ずそうなった。予測は既に

結果であった。

 この本のエネルギーについて最後の項で、読者にお教えしよう。

 この本にはエネルギーがあるということである。従来書店に並べられてきたすべての

本で、このようなエネルギー作用が存在する本は無かった。

 ただエネルギーと言っても、良くないほうの邪気エネルギーを持った本はいくらでも

ある。邪気エネルギーとはどういうものかというと、社会面で問題を起こす宗教団体が

発行する本がほとんど該当する。書店の宗教、精神世界のコーナーの中を探すといくら

でも見つかる。簡単な見分け方は、その本を手にすると頭がぼーとしてだるくなったり、

呼吸が浅くなり、嫌な気分になったりする。敏感な人ならこの時点で眠気が出て、あく

びが出る。ここで眠気が起きなくても、読み出すと知らず知らずのうちに居眠りが出て

なかなかページが進まない。内容も決して難解な表現を使用していないにもかかわらず

理解できない。

 しかし、この邪気に波長が合っている人は内容を批判的に読めず魅力的に思え、ただ

ぐいぐい引き込まれる。このような本は多くの大衆に対して吸引力がある。通常、宗教

関係の本に多いのである。多くの気に関する本も該当している。

 近頃、世間を騒がせた宗教関係の本が書店に並べられていたら、あるいは自宅の書棚

にその類の本があったら、試していただきたい。エネルギーの悪い本には、判断力を鈍

らせ、人の人身機能を乱すものがある。

 では逆に、心身が調整され爽快になる正気エネルギー。このような真に健康にするエ

ネルギーは、まず邪気の浄化が必要である。この浄化された気を律動法では、澄気とい

っている。気・エネルギーは、先に澄気となっていないと気の効果が発揮されない。こ

のような正しい、治療的効果が発生するエネルギーを所持している本があるだろうか。

手にしたり、体の一部に接しているだけで、腰痛が楽になったり、頭がすっきりして疲

れが取れたりする本である。このようにはっきりとしたエネルギーのよい本は今まで見

つけることができなかった。

 エネルギーのよい本の第一号となるのが、今あなたの手にしているこの本である、こ

の本を体の具合の悪いところ、あるいは腰のところに一分間当ててみよう。あなたの心

身のエネルギーが現在、浄化されているだけ変化が起きるだろう。そのためには、事前

に本書の中で説明した気のチューニング法を行っておく。

 次の方法もある。あおむけに寝て、本書を枕代わりに後頭部の下に入れ、ニ〜三分、

力を抜いてこの姿勢でいる。心身が爽快になり、息が全身に行きわたる感じの深い呼吸

になる。

 どういう変化があっただろうか。もし効果が認められたら、その後は、あなたの工夫

しだい、いろいろと活用することができるのである。この後もおそらく、わたしの著作

以外ではこのようなエネルギーのある本は出ないと思う。

 この本を手にする読者の中には、治療家も多いと思うが、この本の治療効果を試し、

自分の体の調整に使うのはよいが、患者の治療には使わないほうが無難である。たぶん

依存心から治療家としての能力が次第に低下してくるだろう。

 

 

『気の治療学 律動法』P.261〜P.264より抜粋

(茂木昭著/千早書房)

 


少々茂木先生の文章は手前味噌に過ぎるとお感じの方がいらっしゃるかも知れません。茂木
先生のこの本は1999年4月30日に初版第一刷の本が発行されており、現在ではこの本の
みがそのような本であるというわけではないと私はみております。


眠気関係について解説された本ですが、こんなのもありました。

これは宇山敦雄先生がお書きになった『真空の謎 運命の鍵を握るエネルギー』(宇山敦雄著
/アクア出版)という本からの抜粋です。


宗教によるバックのエネルギーを正常に戻す

 

 私の子どもたちふたりの家庭教師を、知人にお願いしたときのことです。最初教えて

もらったとき、なぜか子どもたちや妻がとても眠そうにしているのです。どうも様子が

おかしいので、自己対話法で聞いてみました。すると「宗教が原因」となってしまうの

です。何回聞いても同じなのです。家庭教師の宗教が問題ならば、本人の自由だから放

っておくしかないと思い、そのままにしておきました。

 次の週、家庭教師がくる3時間前から、今度は私が眠くてたまらず、何もできない状

態なのです。ここ数日、多忙のためにあまり睡眠をとっていないからかな、と思いまし

たが、それにしても異常な睡魔です。いったいどうしてなのか、と思い、自己対話しよ

うと思うのですが、眠くてたまらず、そう思ったとたんに意識が薄れてしまうのです。

しかたなく、そのまま寝ることにしました。

 家庭教師の先生がきましたが、まだ眠いのです。眠気と戦いながら1時間くらいがま

んしていましたが、そのときにようやく自己対話ができ、その眠気の原因は、どうやら

家庭教師自身ではなく、宗教的なバックのエネルギーであることがわかりました。

 通常ならば、どんなに強力なエネルギーでも、宇宙に帰したり、その宗教団体に帰し

たりすることが簡単にできるのですが、そのときばかりはちょっと勝手が違いました。

彼の家系や遺伝子レベルにまで入り込んでいて、いったんは帰るのですが、またすぐに

戻ってきてしまうのです。何回やっても同じように、戻ってくるのです。

 いったいなぜ戻ってくるのか・・・・・・私は家庭教師の体のなかにその原因をさぐ

りました。彼の体のなかに、そのエネルギーを引き寄せる何か強力な原因があるに違い

ないからです。

 ひとつずつ消去法で探していきました。すると、異常エネルギーの存在が次から次へ

と出てきたので、これらの異常エネルギーをすべて消してしまいました。こんなに多く

の異常エネルギーを引きずっていたのでは、先生自身もきっと体になんらかの異常をき

たしているに違いないと思い、子どもたちを教えている彼のそばに行くと、

「いやあ、今日はなぜか眠くて眠くてしかたがなかったんです。子どもたちもほとんど

寝たような状態だったんですが、今、突然、はっきりと目が覚めました」

 そこで私は彼に聞いてみました。

「今、先生のところに来ている宗教のエネルギーを取り除いたんですが、何かの宗教を

信じておられますか」

「宗教ではありませんが、ある団体に参加しています」

といいます。その団体のことを聞いてみると、どうにも宗教としか思えません。しか

し、彼は「それは宗教ではない」といい張ります。

「それを証拠に、宗教ならば教祖がいて、超能力的な力をもっているものでしょう。私

の入っている団体は、自己のカルマを自己修行でひとつずつ消していくというセミナー

であり、宗教とは違います」

といいます。最近、こういう集団のことをよく聞きますが、なぜ彼らは宗教という言

葉を嫌うのでしょうか。宗教でないならば、宗教まがい、といえば納得するのでしょう

か。いずれにしても、どのように査定しても、そのエネルギーは宗教そのものであり、

そのエネルギーが彼自身のエネルギーを狂わせていました。

「宗教や神さまの問題は、その人の体のなかに呼び込んでしまうなんらかの原因はあり

ます。それを取り除くことはできますが、呼んでいるあなたの意識が変わらない限り、

エネルギーを正常に戻すことはできませんよ。あなたが本当に腰痛を治したいならば、

そのエネルギーを呼び込まないようにすればいいんです。取捨選択は先生ご自身の問題

ですね」

 家庭教師は、立って腰を前後左右に動かしてみました。こわごわ、床に手をつけるよ

うな運動もしました。

「あれ、長年の腰痛が治っています。どうしてわかったんですか。こんな運動、ずっと

できなかったんです。どうしたんだろう」

 家庭教師は、ずっと不思議そうに腰を動かし、いぶかしげな顔で私をみつめていました。

彼の質問に答えて、その原理をわかりやすく説明し、ようやく納得できたのです。その後、

彼はその集団と縁を切りました。その集団の本やテープなどの処分に困り、相談されま

したので、近くの氏神様にもっていって「おたきあげ」をしてもらうようにしました。

 宗教や神というエネルギーは、信じる者を苦しめようなどという意識は毛頭ありませ

ん。信者の幸せを願い、信者の願いを聞き届けようと一生懸命に動きます。宗教活動を

行う者に対しては、なおさら強力にエネルギーを送り続けて応援するのですが、残念な

がら、そのエネルギーは左回りのエネルギーであるため、信者のウイークポイントに作

用し、その部分をより弱める結果となってしまうのです。

 もし、なんらかの宗教、もしくは宗教まがいの集団に入り、体に異変がおこった場合

には、宗教の発する左回りのエネルギーのせいと考えてください。そして、自己対話法

によって、左回りか右回りかを確かめてください。もし、左回りになっていればその宗

教をやめるか、体調の異変をがまんするか、しかありません。宗教や神の問題は、あな

たの選択によるしかないのです。

 

 

『真空の謎 運命の鍵を握るエネルギー』P.214〜P.217より抜粋

     (宇山敦雄著/アクア出版)



本を読んでみて、少しも難解ではない文章なのに、また、自らの体調が不良だっ
たり睡眠不足だったりといったことも特に無いのに強い眠気が毎度やって来たり、
同じ箇所を何度も堂々巡りで読み返すようなことになったり、通常の思考力が働
かなかったりするケースは要注意であるといえます。

また、ナルコレプシー等の一部の病気を除く睡眠障害、特に医師の先生にナルコ
レプシーではないが過眠症や不眠症ではあると診断された方の症状は波動エネ
ルギー、特に低い想念波動エネルギーや宗教関係者の想念波動エネルギーから
来るものも多いと私はみております。

当然、このような原因は病院では認められる訳が無く、原因不明にされてしまい、
肝臓に負担がかかる薬を処方されることとなります。当整体院に来院されている
睡眠障害の方のお話を複数聞いておりますと、 過眠症が比較的軽症の場合はド
グマチールやメイラック等が処方される可能性が高く、精神賦活剤であるベタナミ
ンやリタリンの場合は医師の先生も相当な決断をされた上で出されていることか
と思います。ナルコレプシーや過眠症ではなく、不眠症における入眠障害と診断
された場合に睡眠導入剤であるハルシオンが処方されるケースもまた然りです。

しかし、どうしても化学療法が必要である病気の方を除き、化学療法の力を借りず
に症状が消失してくれればそれに越したことはありません。

睡眠障害ですが、想念波動エネルギーの問題の場合と硬膜異常による髄液の循
環不良によって起こるものの場合は、程度の問題はありますが、手技療法家やヒ
ーラーによる対処が出来得ると私はみております。

要領と致しましては、想念波動エネルギーの浄化の後、後頭骨及び頚椎1番の調
整、そして腰椎5番と腰仙関節の歪みの調整を行った後、全身マニュピレーション
を行ってみて下さい。発作が起きるサイクルが次第に短いものから長いも のになっ
ていきます。



2005年4月8日(金)


第64回

私はいろんな方々とのメール交換を致しておりますが、そこでヒーラーや治療家は絶対に
聖人君子であり、品行方正であらねばならないのかというテーマについて書くことがありま
す。

結論を先に書きます。現在生きている人で私が知る限り、本当の意味において聖人君子
であり、しかも品行方正なヒーラーや治療家は存在しません。もちろん、私もそのような人
間ではありません。ですから、「私は聖人君子には到底なれないから。」とか「自分は品行
方正な人間ではないから。」といった理由で治療家やヒーラーへの道を断念することは無
いのです。

私はいろんな治療家やヒーラーの先生に会ったことがありますが、他人に「聖人君子であ
らねばならない。」とか「品行方正であらねばならない。」ということを強要する先生で、しか
もその当の本人がまさしく聖人君子で、かつ品行方正であったという方にはお目にかかっ
たことがありません。

他人に「聖人君子たれ。」とか「品行方正であらねばならぬ。」と強要する先生に限って、そ
の当の本人がその強要をされている人よりも品行方正には程遠いという人であるということ
は冗談ではなく、本当によくあることなのです。精神性を問われない治療法の先生ならば本
当によくあります。そのような先生が何か履き違えて精神主義に走るとまず無茶苦茶なこと
になります。

そしてそれが極まると、その集団の内部で実に陰険な世界が展開されていくのです。本当
はそうではなく、別の理由があるのかも知れないというのに「この手技療法の施術が出来な
い人やここの療法の治療を受けても病気が治らない人は精神性が低いからなのだ。」という
決め付けによる集団いじめの構造です。私はそのような陰湿なものはゴミ箱に捨ててしまえ
と思います。また、似非集団でこのような無神経なことを言われた方はお気になさらないで下
さい。

波動整体療法の本多和彦先生は「良識を失わない先生」という意味で他の先生方とは一
線を画する先生だとは思いますが、聖人君子ではありません。日記のお笑いをみてると品
行方正というのとも違います。これは品行方正ではなく自然体なんだと思います。

ここでいう品行方正とは、優等生とか、「私は絶対に卑俗なことはやらない。」と高尚なとこ
ろしかみせないとか、生真面目でエロ話に目くじらとか、陽気でユーモラスなものを軽蔑し、
「周囲をみても私ほど善行をなす者はいない。」と思うことなどといった類のものですが、そ
ういったものではなく、本多先生は通俗的なお笑いもされますし、聖人君子だと持ち上げら
れるのを恐らくはお嫌いになると思います。また、聖人君子然として一般人の悩みに答えず
に傲慢にふんぞり返るなどという履き違えたことは決してされないとも思います。

波動整体療法における「波動次元を上げる」というのは聖人君子然とする人とか品行方正で
あらねばならないと他人に強要する人には出来ないことなのだと思います。また、権威主義
にふんぞり返る人にも出来ません。キモは偽善や虚飾に走らない「自然体」です。逆に言うと
他人に「聖人君子たれ。」とか「治療家やヒーラーは品行方正であらねばならぬ。」と強要して
いる似非精神主義者の先生はいけないということです。それこそ本当の偽善者です。 そして
それは過去において問題を起こしたカルト宗教のトップによく見られる精神構造でもあるので
す。


2005年4月6日(水)


第63回

本日は、緊張型の頭痛と偏頭痛の混合型と診断された方が来院され、整体45分のコー
スを受けられたのですが、完全に痛みを消失させることが出来ず、「今は若干楽です。」と
いうお言葉をいただいたことが救いでした。

もちろん、ヒーリング的手法も併用しましたが、このようなことは整体の施術では久しぶり
のことでした。ヒーリング講座を開講する前の私でしたら凹んでいたことでしょう。しかし、
今は違う気持ちになるのです。 それは、その当時よりも深く的確にそのお方の状態をみ
ることが出来るようになったからだと思います。

原因は単一のものから来るものだとは限りません。何でも一つのことが原因とみるのは
危険であるということがあります。解決法もまた然りです。例えば、「何でも医者要らずと
いわれる『アロエジュース』を飲めば治る。」「何でも『M式免疫療法』をやれば治る。」「何
でも『にんにく健康法』をやっていれば治る。」という心的状態になるのはおかしいのです。

想念波動エネルギーが原因の場合も、それが100%の原因となっているのならば問題は
そのエネルギーを浄化すれば解決しますが、それが100%ではなく、別の何かの要素が
あるようであれば、即座に完全なる解決がつくとは限りません。ケースによってはそのこと
に気づかねばならないのです。

例えば、魚の目が痛いという方の魚の目に入っている想念波動エネルギーを浄化すれば
魚の目の痛みは消失するか軽減するかしますが、【注1】魚の目そのものはそれだけでは
消えません。魚の目の組織を軟らかくして皮膚から剥がしてしまう専用の伴創膏を貼るの
が魚の目完治の近道です。そして、更に言うならば身体の歪みを治し、特定のところを刺
激し過ぎる靴を履かないことが再発防止のために必要です。

本日来院されたそのお方の件も想念波動エネルギーのこともさることながら、他の要素も
存在していることがわかりました。その要素が完全に抜けるのに時間を必要とするとも思
いました。しかし、理由が何であろうと1回で解決をつけられなかったのは自分の不徳の
いたすところとも思いました。生活習慣病や癌や腫瘍関係の方と、精神面の問題でご相
談をされている方の件は別として、 痛み関係のみのお話で対面のヒーリングと整体とを
両方行ってもなお宿題を残したのは1年数ヶ月ぶりなのですが、ヒット率が下がったのは
反省の時間が必要なのだと思いました。


【注1】
魚の目の場合、それでも魚の目を強く圧したら痛いです。


2004年4月3日(日)


第62回

前回は脳腫瘍と眼窩内腫瘍のお話を書きましたが、前回書けなかったことを今回書きます。

前回は脳下垂体腫瘍(下垂体腺腫)について書けませんでしたが、この脳下垂体腫瘍の場
合は、最近は外科手術が高度に発達して来ていることもあり、執刀医の先生も名医が多く、
医師の先生とのご相談の上で手術をお受けになるか否かをお決めになる方が多いかと思い
ます。

他の腫瘍の患者さんの場合も、私は患者さんが医師の先生から完全に離れることをよしとは
しません。このようなケースにおいて、中には医師の先生と患者さんを引き剥がそうとする治
療家の先生がいらっしゃるのですが、ただやみくもにそれを行うのは危険極まりないことです。

ただし、眼窩内腫瘍の場合は外科手術を受けると眼球を失うことが多いため、外科手術は他
の選択肢は最早有り得ないというところまで進行しているケースを除き避けたいという患者さ
んのお気持ちを私は尊重したいです。しかし、それでも完全に医師の先生から離れてしまうべ
きではないと私は考えます。医師の先生によっては眼球を失う外科手術を強く勧めるケースが
多いのですが、医師の先生から外科手術を強く勧められないためには、やはり腫瘍を縮小の
方向に向かわせることが一番の方法だと思います。

しかし、各種療法療術やヒーリングの1回や2回の施術でこの種の腫瘍を完全消滅させるとい
うのは無理があります。功を急がず、長いスパンで対処していくことがどうしても必要です。

歴史上の人物は今となっては肉体を伴った形では会えませんのであきらめざるを得ないにせよ、
今生きている方で、1回の施術でこれらを即座に、それも毎度完全消滅させられる方は私はいな
いと思っています。もちろん、私も出来ません。もしいらっしゃるということでしたら、「私は出来ま
す。」と是非名乗りを挙げていただきたいと私は思っております。もし、本当にそのような方がいら
っしゃるのでしたら、 私は今の仕事を全部辞めてその方に弟子入りしたいくらいなのです。(もっと
も、断られるかも知れませんが。)地道に対処していかねばならないのはやむを得ないことです。

最後に、もうすぐ3月が終わろうとしていますが、次年度は「ヒーリング雑感のコーナー」の更新を
今のペースより早いペースで行っていきたいと思っております。 また、他の癒しの分野とのコラボ
レーションも行っていけたら嬉しいです。 これは今年度は実現出来ませんでしたが、次年度の目
標にしています。


2005年3月30日(水)


第61回

「きらめきヒーリング講座」を受講される方ですが、最近の傾向として、セラピスト志望という訳で
はなく、ご自身の重大な疾患への解決の糸口として受講される方が増えられてます。

私自身は自分の施術面において治療を行わないということを明言致しておりますが、受講者の
方ご自身によるヒーリングで疾病に対処していこうとされる方がお出になることは十分に予想さ
れることだと思っておりましたので、そのような需要にもお応え出来るものをと考えてカリキュラ
ムを組んでおります。

特に最近多いのがパニック障害、クンダリーニヨーガの修行や独習によるトラブル、 (ハタ・ヨー
ガを修行されている方からのトラブル相談例はまだありません。)そして癌や腫瘍(悪性、良性、
共にあります。)の関係で受講やヒーリングセッションや遠隔ヒーリングのお願いをされる方々で
す。今回はその中でも脳腫瘍や眼窩内腫瘍のお話を致したく思います。

ご存知の方が多いかと思いますが、眼球という器官は脳から派生している「脳の一部」に近い器
官です。その眼球の至近距離に出来る眼窩内腫瘍や脳腫瘍は長期にわたるストレス、特に心配
事や強い葛藤、そして細かい精神活動、それも計算能力や論理的思考力や判断力を要する作業
の繰り返しのストレスが重なると、身体の設計図外の腫瘍が発生しやすい土壌が出来ることがあ
ります。この場合、一度や二度のヒーリングでその腫瘍が一気に消えるというのはさすがに無理
があります。しかし、その設計図外の腫瘍の細胞にも正常細胞と同じく寿命があり、ジャンクの細
胞情報を作らないようにしていくことが腫瘍の縮小の方向性を有することになります。そのために
は、老化し死滅した細胞を毛細血管に取り込ませ、老廃物として排出する働きを強くすること、そ
して出来得ることならば、ストレス環境の厳しさを極力緩和させることが重要となって来ます。

パソコンを頻繁にお仕事に使われる方の場合は液晶画面のものを使い、姿勢が悪くなるような場
所での使用は避けます。また、水、特に水1リットルにつき自然海塩9gの濃度の自然海塩水を飲
んで散歩するのもよいです。散歩は1日1万歩を目標にします。散歩のある日と無い日で体調に違
いが出ることを実感出来ることと思います。また、そのように告白されるケースも多いです。散歩の
際には小指側に重心を置いた歩き方ではなく、内腿側や親指側に重心を置いた歩き方で歩きます。
散歩が出来ない日は足裏へのリフレクソロジーを行うこともよいです。

自己ヒーリング実施の際には脳腫瘍の場合はコズミックプラグを行います。コズミックプラグとは西
洋式レイキのファーストディグリーで出て来ますが、額に右手を、そして後頭部に左手を当ててヒー
リングするヒーリング法のことです。眼窩内腫瘍の場合は後頭部の左手はそのままにして額の右
手を眼窩に当てる方法に変えます。レイキのファーストディグリーの場合は1回あたり45分以上、
「きらめきヒーリング講座」のメソッドの場合は15分以上行って下さい。また、胸の左右の乳頭の
間にある壇中(だんちゅう)【注1】のツボの位置に手を当てる時間も設けます。就寝前に行ってそ
のまま眠ってしまっても構いません。

直傳靈氣等の国内で伝承されてきたレイキの手法を教えられているところのセミナーを受講された
方であればご存知かと思いますが、しばらく手を置いてずきんずきんとした脈打つような反応があっ
てもしばらく手当てをやめずに続けて下さい。一日二日ではなく、数ヶ月のスパンを持って日課とし
て継続してみる必要があります。手を当てた胸や鳩尾(みぞおち)や頭の側に優しい気が広がって
いくような幸福感が出たり、いやな感じではなく身体を洗われるような清浄感のある気の流れを感
じるようになっていきますが、そのまま手を当て続けて下さい。もし、その感じがいつまで経っても
出ないとか一時期出てたけどもう出なくなったということでしたら、メールかお電話でのご相談に応
じます。何かのきっかけでその感じが無くなることもあります。


【注1】
壇中の「壇」という字は本当は土偏ではなく、にくづきです。


2005年3月28日(月)