奈良・大和路 夢幻紀行

 
【 1日め 6月18日(金) その3 】
 
 土砂降りの歩道を走りに走って、拓と智子は近鉄奈良駅へたどりついた。地下への下り口で傘をたたみ拓はゼイゼイと、
「ね、…何でさ…何で、こんなに、息切れるほど走ってんの、俺ら…」
「やれやれ着いたねー。…え? 何で走ってるかって?」
「そうだよ…。何もさ、何も、全速力で走んなくたって、時間はまだ…」
「だってこのシチュエーションなら走るべきでしょお。…土砂降り? 知らない土地? 道に迷いそう? 時間の余裕はあんまりない?」
「んなむちゃくちゃなシチュエーションがあるかよっ!」
「まぁまぁ無事に着いたんだからよしとしようや。えーと? これを下りちゃっていいのかな?」
「ッたく…。どうしてそう訳判んねんだよ、やることが…。」
 はーはー言いつつ階段をおりて乗り場に着く。自動改札機は通れないので一番端の有人改札を抜け、
「いやーこのフリーきっぷは何が便利だって、いちいち小銭出して切符買わなくて済むのが何よりだねぇ。えーと西大寺西大寺…何番線から出んのかな。急行とかあったような気もするな。」
「急行なんか乗って大丈夫かよ。停まんなくて通過、なんて嫌だかんな俺。」
「大丈夫大丈夫。西大寺駅は何でも停まる。特急でも急行でも準急でも快速でも各駅停車でも。しかし急行と快速ってどう違うんだろね拓。」
「知るかよ。急行ってのは多分急行券がいんじゃねぇの。…こっちだこっち。西大寺方面て書いてある。」
「ほんとだ。なんか井の頭線に似てんね、雰囲気が。」
 案内板に従って階段を下りていくとちょうど難波(なんば)行きがホームに入ってきた。乗客はほとんどが学生である。
「すっげフツーの電車じゃん。浮くなーこのカッコ。」
「なぁに天下の観光地・奈良! みんな旅人は見慣れてるよ。こんな雨の中出かけてくんのは珍しいかも知んないけど。」
「やっぱ珍しいんじゃねぇかよ。」
 学生とサラリーマンを乗せたただの通勤電車は、間もなく発車し地上に出た。走ってしまえば5分の距離、あっという間に西大寺駅だ。関西の私鉄は便利だと言われる通り、ドアは左右が開くという。どちらから下りるべきか迷う間もなく、
「あ、橿原神宮行きがいるっ! こっちだよ拓。」
「5時ジャスト到着、よっしゃ正確だっ!」
 2人は左のドアから下りた。反対側のホームに電車が停まっている。
「八重垣くんはさっき、待ち合わせは『各駅停車の橿原神宮前行きホームの、いっちゃん橿原寄り』つったんだよね?」
 目の前の6番線にいるのがまさにその、各駅停車橿原神宮前行きである。
「ああ。だからここでいいんだろ。」
「でもどっちが橿原方面? 逆向きだったら尻尾だよこっちが。」
「そっか。」
 拓はホームをキョロキョロし駅名表示を探したが、駅員が2人向こうから歩いてきたので、
「あの、ちょっとすいません。この電車、どっち向かって進むんですか。」
 妙な質問だったが駅員は、こっちです、と言って拓の背後を指さしてくれた。
「こっち。そうですかありがとうございました。―――こっちだってさ。だからいいんだよここで。」
「あっそ。ほいじゃちょっと時刻表などを…。」
「多分あれがそうじゃねぇ?」
「おおそうだそうだ。判りやすいとこに下がってんねー。えーと? 橿原方面は?」
「それは休日用だろ。平日はこれだよ。」
「なになに。各駅があって次が特急で…。うーむどっちに乗るかなぁ。」
 数字と時計を睨んでいると、各駅停車は駅員が教えてくれた方向に向けて発車していった。
「ところで八重垣たちはまだなのかよ。もう5時過ぎてんぞ?」
「そういやそうだね。何やってんだろ、あたしらをこんなに急がせて。」
「雨ン中あれだけダッシュしたんだからよ、これで遅れられっとムカつくよな。」
「んだんだ。幹事八重垣、何をしとる。…んっ、アレは!」
「え?」
「あっちのホームにいる怪しい3つの人影! あれって多分そうじゃない?」
 智子が示した1番線ホームで、3人もこちらに気づいたらしく大きく手を振っていた。
「なんであんなとこにいんだよ。各駅停車はこっちだろがよっ!」
 親指を下にして拓は自分の足元を指した。八重垣が「えっ?」というジャスチュアでぐるりと1回転するうち、女2人は階段へと姿を消した。ほどなく6番線へ現れて、
「うっそぉー! 各駅停車ってこっちぃ? あっちじゃないのぉ?」
「こっちだよぉ。今さっき橿原神宮前行きが出てったもん。」
「えー、あっちにもさっき停まってたんだよ?」
「あ、そんじゃきっと時間によって振り分けみたいになってんだね。」
「ンだよ判りにくい駅だな。待ち合わせするモンの身にもなってみろ。」
 拓がぼやいたところへようやく、幹事が階段を登ってきた。
「なー、八重垣ぃ。どうするよ特急乗っちゃうか? 6時には民宿、入ってねーとやべぇんだろ?」
「え? いや電車やバスじゃないんだから6時ジャストじゃなくても大丈夫だよ。一応6時『くらいには』って言われてるだけ。」
「駅から民宿までどんくらい。」
「んー…。タクシーなら10分くらい?」
「そっか。んじゃそんなに焦んなくてもいいな。」
「まぁ駅前にタクシーがいればの話だけどね。」
「おいおい大丈夫かよ幹事ぃ。何かあぶなっかしいなお前…。」
 男2人が話しているそばで相談していた女3人は、
「ねー。とりあえず早めに着いて悪いことはないんだから、特急で行っちゃわない? 特急料金ったって大したことないでしょ。んね。」
 サッサと結論して返事も待たずに、階段を下り始めた。
「ちょ、…どこ行くんですかまた!」
 妙に焦る八重垣だったが智子は、
「1番線ホーム! 特急だったらあっちなんだって。」
「…もう、行ったり来たりホントに…」
 ゲッソリした様子で歩き出す八重垣に、拓は笑って聞いた。
「なに。秋篠寺で何か楽しいこと、あった。」
「いやちょっとね、焦ることが…」
 話そうとしたところへ、先を行くカマタがくるっと振り返り、
「ねぇ八重垣くん、民宿って夕食の時アルコール出ないんでしょ?」
「ああ、出ないと思いますよ。深酒とマージャンと夜遊びは禁止ですから。」
「そいじゃさあ、部屋で飲むワインか何か買ってかない?」
「え、ワインですか? かまりんオープナーとか持ってきました?」
「やーねー、手で開けられる奴あるじゃないよ。そういうのでいいのよ。」
「駄目駄目かまりん! 八重垣くんは高いワインしか飲まないからそういうのは知らないんだってっ!」
「そっかぁ。いいなー独身貴族は。」
「それって死語死語。」
 橿原に着いたら酒屋を探そう、と相談している女たちの背中をぼんやりと見守って、2人は1番線ホームに入線してきた特急電車に乗り込んだ。
「あ、ここあいてるあいてる。…拓! シート回転!」
 さっさと座る女たちに八重垣は、
「いえちょっと待って下さい? 特急って座席指定なんですよ、だから誰か来るかも…」
 言っているそばから券を持ったおばさんが、そこは違うんじゃないですかと割り込んできた。
「あ、どうもすいません。」
 代表して謝るのもやはり八重垣。拓はリュックを手に下げて、
「いいじゃん面倒臭ぇから、デッキで。大した時間じゃねぇよ。」
「そうだね、立ってこ立ってこ。」
 5人はゾロゾロとまた移動した。ふう、と八重垣は溜息をついた。
 
 検札があるだろうと思っていたのに、橿原神宮前が近くなっても車掌はやって来なかった。
「ね、これさ、ヒョッとして特急券ゴマカセないかな。」
 考えることは皆同じである。座ってないんだからいいよね、と意志の疎通をはかったもののホームには、
「はい特急券だけお渡し下さ〜い!」
 しっかりと駅員が2人立っていた。真面目に商売してんねと500円払い、『飛鳥方面』の出口から外に出た途端、
「うっわぁー…」
 カマタと智子がそろって感嘆の声を放った。
「うっそぉ、変わったあ…。昔あたしが来た頃と全然違うぅ。別の土地みたい…。」
「昔って12年前だろ? そりゃ変わるって。10年ヒトムカシっつーだろが。」
「ううんううん拓。あたしが来たのは2年前。それでもこんなじゃなかったよ。」
「なに、かまりんも来たことあんだ。」
「うん。やだぁこんなに変わっちゃって…。信じらんなぁい。」
「まぁそれはいいですから、ワインですか? 買いにいきましょう。」
「よっしゃー、酒、酒、酒ぇ!」
 5人は横断歩道を渡り、酒屋を探した。コンビニを見つけ中に入ったが、そこはアルコールを置かない店で、レジで聞いたところ少し先にある酒屋を教えてくれた。看板はすぐに判った。古くて小さな店だがワインはちゃんとあった。シャトォ・マルゴーがいいのモンラッシェって美味しいのかだの好きなことを言っていた女たちだったが、実際に買ったのはとても庶民的なワインだった。
「さて、じゃあこれで宿に向かいますよ。買い物とか、もういいですね。」
 気分はまるで保父さんの八重垣が言うと、
「はーい!」
 4人は声を揃えて答えた。
 タクシー乗り場には先客が2人いたが、さほど待たずに車はやってくるようだ。
「1台じゃ無理ですよね。2台に分乗しましょう。」
 八重垣は言ったが真澄が、
「えー、乗れないかな5人。ちょっと無理?」
「いや無理ですよ、だって後ろに4人ですよ? お巡りさんが来たら怒られるじゃないですか。」
「んな来やしねぇよケーサツなんて。行っちゃえ行っちゃえ。」
「おい、拓…お前まで妙なこと言い出すなよ。」
「妙じゃねーだろ。俺、前に乗るからさ、女3人、後ろ乗って貰って。な。」
「ま、待ってよ。じゃあ俺は?」
「んでお前は後ろの床に寝んだよ。レディースのお足元に。」
 拓のアイデアに女たちは大爆笑した。八重垣は一瞬真顔でビビり、
「ほんとにみんな冗談が好きだな。これなら3日間、飽きないよね。」
 必死で話をそらそうとしているのに拓は、
「じゃなきゃトランクとかな。あ、屋根ってのもアリか。んじゃなきゃいっそ、走れ。」
「拓…。お前、そういう奴…?」
 幸いにもタクシーは2台続けてやってきた。これがもし1台だったら八重垣はどんな目にあっていたか判らない。前の1台に秋篠寺トリオ、後ろの1台に拓と智子が乗った。
「えーと、岡夷前、っていうんですかね。吉井さんって民宿なんですけども。」
 助手席に乗った八重垣は、明日香村民宿協会から郵送されてきた地図を運転手に渡した。
「吉井さん〜?」
 運転手は地図をぐるっと一回りさせて、
「何や、ウチの営業所のすぐそばやね。はいはい。」
 アクセルを踏みハンドルを左に回した。
「このへん、けっこう変わったんですか? 昔来たことあるって人が驚いてたんですけど…。」
 八重垣は運転手に尋ねた。観光地のタクシーは上質な情報源である。
「昔ってどれくらい昔?」
「ええと確か、12年前だって…」
「ああそりゃ変わったやろね。このへん全部ただの広っぱで、な〜んもなかったと思うよ。」
 それを聞いた真澄はカマタに、
「でもかまりんが来たのって2年前でしょう? その頃もそんな感じだったの?」
「…いやそれがね真澄っち…。もしかしたらあたし、勘違いしてたかも知れない。2年前に下りたのってここじゃないや、飛鳥駅だ。」
「それじゃ違って当然じゃないよぉ〜!」
 小雨をワイパーでかきわけながら、2台のタクシーは5人を民宿へと運んでくれた。吉井、と表札の出ている家の前で彼らは下りた。
「ごめん下さぁい…。」
 玄関で幹事が声をかけると、中からハイハイと小母さんが出てきた。一見して世話好きと判る、典型的な民宿のおかみさんである。
「予約しといた八重垣ですけど、どうも遅くなりました。」
「ああお待ちしてました、雨で大変でしたねぇ。」
「失礼します。」
 三和土(たたき)に足を踏み入れようとして、彼はおかみさんに止められた。
「いえここじゃなくてあちらです。客室は向こう。」
「あ、すいません…。」
「何やってんだよ八重垣! 母屋入ってどうすんだよ、ホントに油断も隙もねぇよな。」
「そんな、俺がちょっと失敗するとそうやってさ…」
「ほら口とんがらしてんじゃねーよ。そっちだって、そっち。」
 拓は八重垣の背中を押して庭へ回り、靴脱ぎ石に立った。縁側から室内へ入れるようになっている。
「そちらの一番奥の2部屋、使って下さい。」
 5人の後からおかみさんの声がした。拓はレッドウィングを脱いで廊下に上がった。左手突き当たりの障子が開け放されている。
「こっちか?」
 見ると8畳の二間続きで、シーズン中なら4家族の相部屋に十分であろう広さだった。
「うわ、フツーの旅館みてぇじゃん!」
 明かりをつけて拓は座敷の真ん中に立った。民家にしては天井が高く、畳の上に敷かれた濃いピンクのカーペットがなぜか懐かしい。
「へぇ、いい部屋だね。」
 続いて入ってきた八重垣も言った。予想外だったに違いない。
「こんならさ、5人でもゆっくりできるよな。そこ閉めちゃえばカンペキ個室じゃん。」
「そうだね。いやぁ…さすがシーズンオフだな。」
 八重垣は荷物を置いてあぐらをかき、
「こっちをさ、男部屋にしようか。で、そっちがレディース3人。しゃべったりすんのはこっちにしてさ。ね、そうしようよ。」
「ああそうだな。着替えとかあるもんな。」
「えー、じゃあなに、あたしらこっちでいいの?」
「いいですよ。荷物とかそっちに置いて。」
「はーい。」
 早速荷物をひらいたところへ、おかみさんがお茶を持ってきてくれた。
「どうも、いらっしゃいませ。お天気悪くて残念やったねぇ。」
「あ、すいません。二晩ですけどお世話になります。」
 こういう時の八重垣は妙に流暢で人慣れしている。子供の頃から年配の人間に囲まれて育つとこうなるのだ。
「先にお風呂、あがります? それともお食事?」
「ああ、どうしようかな…。みんな、どっちがいい? お風呂が先か食事が先か。」
「俺はどっちでもいいよ。合わすから。」
「あたしらは…どうする?」
「どっちでもいい。八重垣くんにまかすよ。」
「いいんですか? …じゃあ、時間も早いし、お風呂先にします。」
「はいお風呂ね。その廊下の先ですから、もう使って下さい。」
「え、もう頂いちゃっていいんですか?」
「どうぞどうぞ。沸いてますよ。ほなごゆっくり。」
「どうもお世話様です。」
 ぺこり、と頭を下げる八重垣は、宿の人間から見てもいい幹事かも知れない。真澄はポットに手を伸ばし、5人分のお茶をいれ始めた。
「お、美味そーなカステラ。食っちゃお〜。」
「こーら拓。お行儀悪いっ。」
「いいじゃん別にさ。くつろごーぜ。」
 モグモグと口を動かしながら、拓はリュックの中身を出し始め、
「あ、風呂の順番どうする。てゆーか一緒に入る?」
「やだあああ拓と一緒なんてっ! 鼻血ブーブー出ちゃううっ!」
「いいノリしてんなー、かまりん。ちょっと見といでよ拓、お風呂場。」
「なに、俺が行くの? 幹事コイツだよ?」
「だからそんな何でもかんでも八重垣くんにやらせないの。ほら言われたらすぐ動く。…カステラはあとっ! 可愛い女の子が入ってるかも知れないよっ!」
 拓はサッと表情を改め、ダダッとすごい勢いで出ていった。
「馬鹿だねーアイツ…。交尾することしか考えてないのかねぇエロ孔雀。」
「考えてないんじゃないですか?」
 あっさりと八重垣は言い、真澄のいれたお茶を飲んだ。孔雀は廊下を戻ってきて、
「誰も入ってねぇじゃんかよ…。」
 ブツブツ言いながら腰を下ろし、残りのカステラをほおばった。
「どうだった。どんなお風呂? 大浴場じゃないんでしょ?」
「ちゃうちゃう。ふつーのフロ。シャンプーとか石鹸は一応あったけど、1人ずつじゃないと無理だねあれは。」
「あっそお。じゃあ…どうしようか八重垣くん。」
「そうですね、レディーファーストでいいですよ。どうぞ、そちらから。」
「えー、あたしらからぁ? それってやっぱ…ねぇ。」
「うん…。ちょっと抵抗あるなー。やっぱ殿方お2人、先に入ってくれないと…」
「え、何でですか? そんな男尊女卑でいいんです?」
「ううんそうじゃなくてぇ、一番ブロは心臓に悪いしぃ…」
「そうそう、かまりん年寄りだもんね。」
「そーなのよぉ、最近目がかすんで…って、違うだろキムラーっ!」
「あいてっ!」
 即席漫才に八重垣は笑い、
「じゃあまあ、それでいいってことなら、先に頂きます。どうする拓。どっち先入る。」
「お前でいいよ。」
「俺?」
「だって幹事がさ、何でもチャッチャと先に済ましてくんねぇと。…なぁ。」
「そうだね、それは言えるかも。どうぞ最初に、八重垣くん。」
「…いいんですか? 何か、申し訳ないな。」
「いいからほら、さっさと入っちまえよ。覗いたりしねぇから大丈夫。こいつらは俺が見張っててやっから。」
「どういう意味よっ!」
「じゃあお先に、頂きます。」
「はいはい行ってらっしゃーい。」
 バッグの中から八重垣は、手早くタオルとポーチと着替えだけ出して座敷を出ていった。その間に他の4人は荷ほどきを済ませる。
「なんかキムラのリュックさぁ、見た目ちっちゃいけど色々入ってない?」
「へっへっへっ、荷造り大王と呼んで。でも化粧品ないから楽ってば楽だよ。」
 などと言っているうちに八重垣が、タオルで髪を拭きながら戻ってきた。
「お待たせ。いいよ拓、次。」
「なに…お前やけに早くね? チ○コとかちゃんと洗った?」
「こらーっ拓! 伏せ字にせなならんよぉなこと言うんでねぇっ!」
「…洗ったよ失礼な奴だな。俺はほら、湯舟とかあんまり漬からないから。温泉でも行けば別だけどね。」
「へー。悪いけど俺、長いぜ。あったまっちゃう方なんで。んじゃ行ってきまっす。おねえさんがた、お先。」
「あいよ。1時間も2時間も入ってんじゃないよっ!」
 八重垣はまだ髪を拭きながら、
「僕ってお風呂、そんなに早いですかね。けっこう丹念に洗ってるんだけどな。」
「うん、ゆっくりではないよね。ねー真澄っち。」
「そうかも知れない…。でもシャワーだけならね、あんなもんでしょ。」
 バッグの中から八重垣は、期待を裏切らない大型のドライヤーを出した。荷物整理を終えてこちらの座敷へ移動してきた女3人は、コンセントを探してウロウロしていた彼の姿に大ウケし、
「やーん、なんか八重垣くんのそういうカッコって、新鮮―。」
「え、そうですか?」
「だってさ、脇にラインの入った紺のジャージに、しかも素足でしょー? 肩にはタオル、髪の毛ボサボサ。すっごいレアモノ!」
「レアって…生焼けじゃないんですから…」
「でもさ、前から思うんだけど、八重垣くんて見た感じよりずっと、背、高いよね。」
「ああそれはよく言われます。なんでなのかな。そんなおチビに見えるんですかね。」
「おチビっていうんじゃなくて、すっごい華奢に見えるのよ。頭、ちっちゃいからかな。でも実際はさ、肩とか男らしくてカチッとしてるし、腰の位置も高いし…」
「足、長いんだよね。だってジャージでこれだぜ?」
「…やだな、そんな見ないで下さいよ。何か、恥ずかしいじゃないですか。」
 八重垣はコードをプラグに挿してスイッチを入れ、ブローを始めた。慣れた手つきで綺麗な流れを作っていく。
「さすがだねー。あっという間に完成じゃん。美容師さんみたい。」
「いえそんな、別にプロみたいだなんて…」
「ううんそのドライヤーがさ。それあとで貸して?八重垣くん。」
「あ、これですか。…ええ、いいですよどうぞ。」
「こんないいのがあるならさー、わざわざ持ってこなくてもよかったぁ。」
「ホントだねー。ドライヤーって重たいもんね。」
 風量切り替えがいっぱいついてるのノズル口がこんなに広いの、ドライヤー評に余念のない女たちのそばで、八重垣は無言で荷物を整えた。そんなこんなしているうちに、
「ひゃー、サッパリしたぁー! なんかやけに深ぇ湯舟なんだもん、溺れっかと思った。」
 ご本体は切ったというのに相変わらずゾロッと長い髪を、タオルでガーッと拭きながら拓が戻ってきた。上はTシャツ、下はグレイのジャージという姿でどっこいしょとあぐらをかいた彼に、
「ねぇねぇ拓ぅ、ドライヤー使う?」
 おめーのじゃねーだろうという感じで真澄は言ったが、
「いや、俺はいい。放っときゃ乾く。…それよりお次。とっとと入っちゃえよ俺ハラ減ってきた。」
「ふんじゃ、うちらはと…かまりん大姐さんから、Go。」
「あいよ。じゃあお先にね。」
 一式持って立ち上がったカマタに拓は、
「いちおう目につくとこは拾っといたけど、インモーチェックとかすんなよな小姑みたく。」
「インモー?」
 何のことだろうと一瞬変換できなかったカマタは、意味を悟るとタオルのへりでパシッと拓を叩いて出ていった。
「なぁなぁ夕メシ何かな。この部屋で食うの?」
 子供のように体を揺すりながら、拓は八重垣に聞いた。
「いや…多分食堂は別だと思うよ。旅館じゃないんだから上げ膳据え膳はしてくれないだろ。」
「他の客、いんのかな。廊下のそこんとこ、障子閉まってたけど。」
「うーんどうだろ…。例の遺跡とか見つかってるからね。明日あさっては現地説明会だそうだし、けっこう人、集まるんじゃないのかな。」
「遺跡って、噴水とかのある庭園ってやつか? そーいやニュースでやってたな。」
「とか言って拓。あんたのコンタンは判ってんのよ、泊まり客に可愛い女の子、いないかなって思ってんでしょ?」
「ピンポーン。当た〜り〜、ドンドン! 食堂でご一緒できたらいいなー! したら俺ウェイターやってやるウェイター。んで、このあと私たちのお部屋で一緒に飲みませんか? とかって言われて、え、いいの?マジ? ってお邪魔して…。んでもって、…えっ、いいの?マジ?ほんとマジ? ってなって…ひゃっひゃっひゃっ、サイコー!」
「ああもう何でも好きにしなさい。その代わりちゃんと装着すんのよっ。」
 大人の気配りができる(ということにしておこう)女3人は、次々と手際よく入浴を済ませた。途中おかみさんがいつでも食堂へどうぞと言いに来てくれ、全員風呂から上がったところで、彼らは廊下をつたい母屋の方にある食堂に入った。拓の希望は虚しく彼らの他には誰もいなかったが、空腹はやはり性欲に勝るらしい。
「あーハラ減ったぁ。めしメシ飯〜。」
「ねぇどこ座るぅ?」
「んじゃ年長者かまりん、そっちの奥にどうぞ。私はこの、嫁の位置で…」
「でもそこだと真澄っちがお給仕しなきゃなんないよぉ?」
「いいですやります。これは私のツトメ。」
「ああもうどこでもいいからさ。テキトーに座れ座れ!」
 壁ぎわの座布団に奥からカマタ、真澄、電子ジャー、拓と並び、向かい側に奥から智子、八重垣の順で5人は座った。
「じゃあ…はい、拓。お茶碗出して?」
 左右を見渡し真澄は言ったが、
「いや、そっち。かまりんからでいいよ。歳の順。年功序列。」
「…全然嬉しくな〜い。」
「いーから、さくさくっとよそえよ真澄っち! ハラ減ってんだよ俺はよ!」
「はいはいはいっ! さくさくっとね!」
「でもさ、旅行ってやっぱり女の人が一緒だといいよね。食事の時は特にさ、楽しいじゃない。ごはんまでよそってもらえて。ねぇ。」
「んきゃっ! そんな風に言われたら喜んでお給仕しちゃうっ! はい八重垣くんはごはん山盛りねっ!」
「ああ、ありがと。」
「…お前ってさ、それ、天性か? ヤエガキ…。」
 メニューはごく普通の家庭的な夕食であった。かりっと揚がった天ぷらが嬉しい。5人もいれば大概1人は好き嫌いのある奴がいて、えーこれって食べらんなぁい、などとほざくものなのだが、
「おいしー! 自分で作んないご飯ってほんとにおいしー!」
「真澄っち、食べてるとこゴメン。おかわり、いい?」
「あ、そのタイミングであたしもっ!」
「そんなぁ、いいですよわざわざタイミング合わせなくてもぉ。言って頂ければよそいますって。はい、ねーさまどうぞ。拓は? まだいい?」
「あ、うん。…いいペースで食うよなコイツら…。」
 会話は二の次、のような健康的な夕食であった。ごちそうさまでしたと言って部屋に戻る際、食器しか残っていないお膳の上を見て拓はつぶやいた。
「これ見たら誰でも、男5人で食ったと思うよ、ぜってー…。」
 
「はー、満足満足―。おいしかったっ!」
 部屋に戻るとみな足を投げ出し、ポンポンと腹を撫でた。まだ8時になったばかりで、夜はかなり長い。
「ねーねーワイン飲もうワイン。冷えてるかなぁ。」
 さすがに部屋に冷蔵庫はないので、カマタと真澄は先ほど風呂場から桶を1つ借り、水をくんだ中にボトルを入れておいたのである。
「ちょっとぬるいけど、ま、いっか。贅沢は言わない。」
「それよりグラスどうする? 借りてくる…っていうのもちょっと、でしょ?」
「いいじゃんコレで。お湯呑みで。何だか風情があってさ。」
「でもお茶っぱがくっつている…。ちょっと洗ってくるね。」
 動きのいい真澄が洗面台で湯呑みをゆすいでいる間に、カマタはまず赤ワインの方からシールを剥がし、
「多分、八重垣くんのお口には合わないと思うけど、いいよね旅先だし。」
「そんな、合わないなんてことないですよ。ワインは値段じゃないですから。」
「そーだよ、ねぇ!」
「…な。かまりんさ。なんで俺には聞かない訳。『拓のお口には合わないかも』って。」
「え?」
 答える前に真澄が、
「お待たせー。ゆすいできたよー。」
「ありがとぉ。んじゃそこ並べて。」
「あ、けっこういい匂いじゃないですか。色も綺麗だし。ナイスセレクトですよ。」
「…俺の質問は無視するわけね、そやって。ふん。ふん。いいよーだ。」
「え? 何か言ったっけ?拓。はいどうぞ、乾杯しよ乾杯。」
「なんかさ、コレだとワインつーよりモロ『ぶどう酒』だよね。」
「そうですね、面白いじゃないですか。じゃあぶどう酒で乾杯ってことで。」
「かんぱーい。」
 湯呑みをカチンと触れ合わせ、5人はごくっと一口飲んだ。
「ああけっこう美味しいですね。」
「ほんとだぁ。あの値段の割には、なかなか。」
「な、これ自分で勝手についじゃっていい。」
「そうしよそうしよ。もう手酌手酌。あと3本あるからじゃんじゃんいって。」
「ところでさ、この中で一番お酒強いのって、誰かな。」
 真澄の問いに拓の即答は、
「八重垣。」
「え、俺?」
「コイツ強い。も、半端じゃないね。俺も弱くはねぇけどコイツには負けるわ。だってブランデー飲んで、顔色一つ変わんねぇんだもん。」
「ブランデーって…なんでそんな高いモン2人で飲んでんのっ!」
「いや拓に連れてってもらったんですよ、よくいくバァだからって。そしたらボトルが、ブランデーしか入ってなかったんだよな、あん時。」
「そうそう。俺ってほら、ブルだから。知り合いが。」
「あはっ、自分じゃなくて知り合いが、なんだ。」
「そ。俺はしがないアルバイター。」
「でも拓だって酒強いだろ? 俺が顔色変わらないなんて言ってさ、そっちも変わんなかったよ。」
「いや俺けっこう来てた。翌日アタマ痛かったもん。…んでこっちの3人は? 誰が一番強いんだろ。おねえさんか?」
「ぶぶー。あたしじゃない。かまりんのが強い。多分こいつ、ウワバミ。」
「えー、あたしぃぃ? いやーそんなことないよぉ。」
「違うの違うの、ねーさま! かまりんは、いつから酔ってんのか判んないの。」
「何だそら。今から酔います!って酔っぱらわねーだろ普通。」
「てゆーかねぇ! 多分あたし雰囲気によっては最初っから酔っぱらったみたいになんの! 初対面で飲みに行ったりしても、時と場合では…」
「そういえばさっきのおじさん。あれってやっぱあたしたち誘ってたんじゃない?」
 不意に真澄が言うとカマタはパンと手を叩き、女2人で「!」とうなずきあって、それからあっはっはと爆笑した。
「え? なに、なに? さては秋篠寺チームには何か笑い話があんの?」
 智子は聞いたが2人はヒィヒィ笑っている。仕方なく八重垣に、
「ねぇ何があったのよ。誘ってたって、この2人ナンパでもされたの?」
「いえそうじゃなくてですね…。」
 八重垣も苦笑いし、カマタたちに向かって、
「結局あのおじさんは何だったんですか。要はただの親切な通りすがりですか?」
「そぉれがよく判んないのよぉぉ。でも八重垣くん見て、すっ…ごい、嫌ぁぁ〜〜〜な顔したことは事実だよね。おっかしー!」
「何よぉぉ3人でウケてて、ずっこーい! ちゃんと説明しろよぉ。何があったの?」
「いや実はですね…」
 八重垣の説明内容をまとめると以下のようなことである。
 
 秋篠寺には行ったことあるから大丈夫、とのカマタの言葉を信じて、八重垣は今回そっち方面の下調べをあまりせずにおいた、これが間違いの元であった。行きはよいよい帰りは怖い、の歌詞通り、
「いっつもさぁ、来る時はすんなりいくんだけど、マトモに帰れた試しがないのよねー。」
 そう聞いて感じた嫌な予感がズバリ的中した。妖艶なる天女像のお姿を堪能して寺を後にすると案の定、
「帰りのバスが判んない。」
 おいおいおい!と八重垣は焦り、そのへんに別のバス停は…と探し回っているうちに、今までおさまっていた雨さえ降り始めた。しかもザーザー降りである。
「やばい…。」
 急いで戻ると、さっきまで2人のいた場所に彼女らの姿はなかった。まさか自分たちだけでタクシーでも拾ったのか、いやいくら何でもそれではイジメだ、と思った矢先、
「八重垣くーんっ! こっちこっちー!」
 道の向こうに停まっていた乗用車から、真澄が手を振っていた。八重垣は駆け寄り中を覗いた。運転席には中年の男性がいた。八重垣は助手席のドアをあけた。
「いなくなっちゃったかと思ったじゃないですか。何してるんですか、こんなとこで。」
 車内に問うとカマタは、
「いやそれがこちらの方がね、ご親切に声かけて下さったの! 駅まで乗せてってくれるってぇ!」
「え、ホントですか? どうもすみません、助かっちゃうなあ。ありがとうございます。」
 傘をたたんで彼も乗り込んだが、男はぶすっとして何も言わなかった。ひどく気まずかったがこの雨の中を独りで走るくらいなら、おじさんの嫌な顔を我慢するくらいは仕方ない。
「いいお車ですね。運転もお上手だなぁ。」
 八重垣はミエミエのベタボメをして、どうにか車から蹴り出されずに駅まで乗せてもらうことができた。着いた時には雨もやみ、結果的にはかなり助かった―――と、つまりはそういう話であった。
 
「あれさぁ、あのおじさん。『乗っていきますか』って声かけた時には、あたしらのこと学生か何かだと思ったんじゃない?」
「うんうん、学生とまではいかなくても、でもすっごく若く見たと思う。」
「『もう一人連れがいます』って言って八重垣くん待ってる間に、いろいろ話聞かせてくれたんだよねー。」
「そう! 単身赴任で来てるとか言ってなかった? あれって本当のことだったのかな。それとも誘うためのエサ?」
「でもさぁ…全然ナンパとかするタイプじゃなかったよね。普通の、そのへん歩いてるおじさんだったよね。」
「いや〜…そういうのがあぶねんだって、ぜってー。それ八重垣がいたからいいようなもんの、いなかったら2人とも、今ごろどっかの倉庫でぐるぐる巻きにされてたんじゃねぇ? …しかも、全裸で。」
「やだぁぁぁ! まさかそんなぁ!」
「いいえ判りませんよ。僕が中覗いた時、あのおじさん一瞬ビクッてしましたから。」
「連れ、ってのが男だとは思わなかったんだろな。いわば逆ボッタクリ。でもてめぇが声かけた以上、騙されたとは言えねぇもんな。かっわいそ〜、そのおっさん!」
「ねぇ、案外その人って、青森の方にミサイル飛ばした某国の工作員じゃないの。」
「ボーコクかよ! またコレおねえさんが出てくっと、ハナシがそんなんなんだよな。」
「だってさ、拓。もしもよ? もし西大寺駅でこの3人に会えなくて、んでそのままこの時間になったら、あんたどーするよ。こりゃ何かあったなって思うでしょ?」
「ま、そりゃ思うな。事故か、じゃなきゃカドワカシか。」
「秋篠寺のそばで、この3人がさ。『いい人だ〜!』なんて喜んで車乗ったら、いきなり口にガーゼか何か当てられてクロロホルム嗅がされて。気がついたら夜になってて、どっかの港の倉庫の中に全員裸で縛り上げられてて。これから本国へ帰る密航船に、乗せて行こうって魂胆さぁ。」
「ちょっ、待って下さいよ僕もですか? しかも何でハダカなんです。」
「だってその方が面白いじゃないよぉ。んで、船に乗せる前に奴らに、ナグサミモノにされんのさぁ! きゃー!どうするかまりん、真澄っち!」
「な、な、な。だけどそれでさ、1人だけ置いてかれたらチョーやじゃねぇ?」
「はっはっはっはっ、返品! チョーやだぁ! 実はそのおじさん、『人さらいノルマ何人!』とかってなってるのがこなせなくてさ、期限近くなって焦ってて、ほいで2人に目ェつけて。」
「このさいアレでも仕方ない、つってね! やだー、言われてるアタシもそう思うー!」
「ちょっとちょっとかまりん、自分から…」
「ほいでさ、倉庫であのおじさん、ボスみたいな男に『てめぇ、何でこんなもんさらってきやがんだ!』とかって怒られんの。『あの男はともかく女2人…ありゃどうしようもねぇだろう!』つって。」
「はっはっはっはっ! それ聞いたら2人は怒るよねー。『馬鹿にすんなー!』つって。ナグサミモノも嫌だけど、返品ってもっと嫌か知んない。てめぇここまでやっといてソレはないだろう、だよね。んで出航間近になってさ、『こんなもん邪魔だから捨ててけ!』つって2人は置き去りにされんの。八重垣くんは高く売れそうだから拉致されてさ。そいでかまりんが怒って。『待て〜!』つって船を追う追う。」
「やだぁ、自分から追っかける! 『馬鹿野郎、ナグサミモノにしろ〜!』って!」
「そうそう! ほいであたしらは、この民宿のこの部屋で、逃げてきた真澄っちからその話を聞いて、…」
「おやあたしは逃げて来るんですね。」
「うん。で3人で相談して、とにかくかまりんのご家族に連絡を取ろう、と。」
「なんか妙にリアルになってきましたよ。」
「北新宿に電話して、実はかくかくしかじかで、って説明して、『お母さんはオンナのソンゲンを守るために、戦いに行かれました。』って話す。」
「オンナのソンゲン! はっはっはっ、確かに!」
「―――ねー、これさ、あのおじさんが聞いたら怒るよね。親切に送ってくれようとしただけなのに、いつの間にか某国の工作員だとか言われてるぅ。」
「今頃は寂しい単身赴任のアパートで、『昼間の女たちはどうしてるかな…』って、しんみりビールでも飲んでるかも知んないのにね。」
「なのにこの部屋ではさ、工作員だのノルマがこなせなくて焦ってるの、すげー言われよう。何て無礼なんだあたしらは。」
「あたしらって、この話全部、今おねえさんが作ったんじゃねぇかよっ!」
「いやー、材木はプラスチックより木なり、だよ。ありえるありえる。うんうん。」
「で…アレなんですか、僕は結局、某国へ拉致されるんですか。」
「されるされる。あたしらは返品されても八重垣くんは連れてかれるよ。」
「またまたかまりん、そんなマジな顔で。でもまぁ言えてるね。拓がいても同じだと思う。」
「なに、俺? 俺と八重垣は売られて、おねえさんたち全員返品? ひゃっはっはっはっ、おもれ〜!」
「たださ、こいつら売り飛ばすんだったら、某国よりヨーロッパのがいいと思うよあたしは。男色の本場。日本の男は向こうじゃ高級品だそうだし、あたしら一生左うちわじゃん。」
「ちょっとちょっとキムラぁ。あたしらが密売人になってどうすんのよ。」
「あ、そっか。」
「でも何で高級品なんでしょうね。毛深くないとかそういうことなのかな。」
「おいおいヤエガキー! てめ、売られてぇのかよっ!」
「いや拓って幾らくらいで売れるのかなって、チラッと。」
「んー…。1回50万とかだったら俺、考えてもいいかな。」
「え、いいの? だって俺らの相手、男だよ?」
「俺ら! やだーっその気になってるぅ八重垣くんてばぁ!」
 ぶどう酒の心地よい酔いにまかせて5人の話は、弾むにもホドがあるだろうというほど弾み、気がついた時には1時半を回っていて、さすがに明日に障るよと彼らは布団を敷き始めた。
「明日の朝食、何時だっけ?」
「あ、8時にしてもらいました。バスが9時21分なんで、ちょうどいいでしょう。」
「じゃあ今から寝てもグッスリか。明日は山の辺の道だろ? 体力使うかんな。」
「そだね。しっかり寝とかないと。」
 ジャンケンで位置を決め歯を磨いて、部屋の明かりを消し5人は横になった。
「おやすみー。」
 と言ってからまたひとくだり、
「おいヤエガキぃ。なにそこでパンツ脱いでんだよ。」
 だの、
「ねー、かまりん。あっち行くんだったらぁ、そん時は声かけてね。」
 だの、訳の判らない囁きで盛り上がったが、やがて1人また1人と寝息を立て始めた。ひょっとしたらこのあと何がオモシロイことがあったのかも知れないが、それを知るのは明日香の里の、古き神々のみである。

 その4へ続く
インデックスに戻る