【眠森談義 座談会編 第12回】
BGM:ラベル作曲「ボレロ」
「えー…暮れも押し迫って参りまして、皆様年越しの準備はお済みでしょうか、八重垣悟です。3か月の長きに渡ってお送りして参りましたこの『眠森談議・座談会編』も、とうとう最終回になってしまいました。まぁもう1回ね、総集編ってことで『言いたい放題』をやる予定ですけれども、本放映に即しての座談会は、これが最後ってことになります。」
「いや〜いやいやいや、木村智子です。何だかんだ言って全12回、きっちりつきあったなあって気がしています。最終回が終わったあとはしばらく怒ってたんですけども、きっちりケジメをつけました。その最終回についての座談会を、てくてくいきたいと思います。」
「てくてくね(笑)…しかし何ですかこのBGMは。何か意味あるんですか。」
「いや雰囲気合うかなーと思って。ドラマのカラーっていうか。」
■診療室■
「子供の声の実那子…。先週からつながって入ってるけど、可愛いよね。しぐさもちゃんと女の子になってて。」
「そうですね。『はい』って返事するところなんか、ほんと12歳ですよね。」
「でもこのロケットの写真見て、すぐに直巳だって判るのがすごい。顔、かなり変わってんじゃねーか?って気もするけど。」
「判ってもらえなかったら悲しいじゃないですか、お父さん。」
「悲しいね。『これ誰? おとなりのおじさん?』とかいって(笑)」
■埠頭〜船内〜春絵の店〜夜の埠頭■
「これって要はただの東京湾クルーズなんだね。太平洋まで出んのかと思ったらそうじゃないんだ。」
「いえ、でも東京湾ってゆっくり一周するとけっこう広いですよ。房総に近いあたりまでこう、ぐるっといくと。」
「夏にはさ、竹芝から出てんだよねー、ビヤホール船が! NECの納涼会がよくソレでさぁ、招待されて行ったもんだ。懐かしいねぇ。」
「ありますねそういえば。」
「乗ってる時はいいんだけどさ、降りて浜松町駅まで歩くのが、アレがまた暑いんだ!」
「けっこう距離ありますからねぇ…。」
「東京人てさ、歩くよねー。富士通の営業さんがね、転勤で群馬支店来てから太ったって言ってた。そのへんにちょっと行くんでも車乗るからさ。」
「歩くのも早いでしょう、東京人て。」
「そうそう。田舎モンとは全然違う。」
「違うっていえば、そう、この夜のシーンの直巳、なんかカッコいいですよね、ダンディで。」
「そーそーそーなの! こんなお父さんだったらいいな!って感じ。ブーケを地面に置く、なんてキザなことがサマになるとは、さすが学会で出かけた先で再会した女に、子供生ましちゃうだけのコトはあるね、うん。」
「そういう言い方しちゃうとアレですけど(笑)」
「あ、ちょっと順番が逆だけど、春絵もさぁ…なんつーか、不幸な女だね。」
「いえ、でもこれはですね、今回国府はつかまってもただの傷害罪じゃないですか。15年前の事件は無実だったって恩田刑事にはもう判ったわけですし、直季襲ったサンタも輝一郎だったんですから、無期とかじゃなくて今度は、けっこう早めに出られるんじゃありません?」
「うん、実はそうなんだよね。無期懲役なのに模範囚で仮出所した、そのまんまの立場だったら二度と出らんないだろうけど。」
「とすればですよ。今度出所した時には輝一郎は精神病院の中で、探すも刺すもないでしょう。独房にいるあの姿見たら、もう地獄を味わわせる必要はないと思うだろうし…。そうしたら国府は春絵のところへ戻って、彼女と結婚するんですよきっと。」
「そうだね。そうかも知んないね。頑張れ春絵―! もうちょっとの辛抱だ!」
「コタツ買った、っていうのは笑いませんでした?」
「笑った笑った。コタツといえば即、連想されるのはリーダーだからね。」
■船の上■
「しかし豪華なパーティーだねぇ…。なんぼ東京湾とはいえ、船のレストランて陸より数段豪華なんだよね。世界で最も格式の高いディナーは、国賓を迎えてエリザベス女王が主催するバッキンガム宮殿での晩餐会で、…んでその次に来るのが外国航路の客船だそうだから。」
「正輝のネームバリューは大きいでしょうからね…。文化人とか知識人とか言われる人たちがけっこう集まってるんでしょうね。」
「こういうのに招かれたら…ご祝儀、2万じゃ済まないだろね。」
「いえそれより中村園長じゃないですけど、着ていくものとかの方が大変ですって。」
「そっか。…よかったぁ有名人の友達いなくて。」
■無人のバァ〜パーティー会場〜デッキ■
「なんで直季はこんなところにいるんでしょう。」
「まぁ、もとからあんまりワイワイ社交的なオトコじゃないんだと思うよ。15年間1人の女を遠くからずーっと見守ってたっていうのは、社交的な人間のするコトじゃあ、ない。」
「確かに(笑)」
「それにホラ、このパーティーって彼の友人知人は皆無でしょ。話し相手がいないってのもあるかもよ。」
「でもこれだけのルックスだったら、グラス片手に所在なげに会場をブラブラしてるだけで、女性グループに引く手あまたな気はしますけどね。」
「そういうのが好きじゃないんだよ多分。…ウチの拓だったらもぉ、キョロキョロウロウロ大変だろうがね。別のイミで姿を消すやも知れん。」
「はぁ(笑)」
「ところでこの携帯…2766番てヤツ。撮影でほんとに海に捨てたのかな。」
「はっきりとは写っていんですよね、暗くて。」
「今は安いかも知れないけど、捨てちゃあイカンよねもったいない。撮影にリアリティを重視するのも大事だけどさ、こういうののウソって私かまわないと思うなー。動物もののフィルムで、その動物が崖から落ちるシーンがハッキリぬいぐるみだって判っても、それはかえっていいような気がする。作り手側の良心が見えるし。―――ああそういや新年から番号が11ケタになるんだっけね。」
「またいきなり現実的なことを…。」
■バァにて・輝一郎の告白■
「私ここ見て思ったんだけどさ、野沢さんて…『虚無への供物』読んでるっぽいよなコレな。」
「『虚無への供物』については、この座談会の第9回でも確か話題に上ってますよね。」
「うん。ミステリー書く人なら誰でも1度は読むだろぉ。私としちゃ、日本のミステリーの最高傑作、まさに金字塔と呼びたいね。」
「以前BSかどこかでありましたよね。『薔薇の名前』…じゃない、何でしたっけタイトル。」
「忘れちゃった。見てないし。…んでもあれでトオルさんって氷沼蒼司やったんだよね確か。そんなカラミで今回輝一郎役なのかな、ってちょっと思った。」
「原作とは大分ストーリー変わってましたよ。それに人物設定も。」
「だろうね。あのまんま映像化しようとするとヘンなことになるっしょ。だからいっそ大胆に変えてもいいんじゃないの。あのドラマの『言いたいこと』が伝わるなら、文章と映像じゃ手法が違うんだから。」
「案外野沢さん、中井英夫ファンだったら面白いですね。」
「かもよぉ、かもよぉ! 考えてみれば、『実数としての愛と虚数としての憎しみ』って対比がはっきり述べられんのは『虚無〜』じゃなくて『人形たちの夜』だもん。」
「中井作品をあれこれ読んでなきゃ無理だってことですね。」
「そうそう。『銃器店へ』なんかも無視できないかも知れない。」
「…えーとですね、今出ております『虚無への供物』というのは、智子さんに言わせれば『悪魔のように面白いミステリー』です。講談社文庫にありますので入手はしやすいと思います。かなり長編なんですけどね、眠森でミステリーに目覚めたって方は是非、一読してみて下さい。」
「輝一郎ってキャラについては言いたいこといろいろあんだ、私。でもここでやっちゃうと『言いたい放題』とモロかぶるんで、我慢して次いく。」
「次って、次のシーンですか?」
「いや、次の話題(笑)このシーンでの、時効までの時間についての直季と輝一郎のやりとりは、なかなかよかったなと思って。『ああそうか、輝一郎はマレーシアに行ってたんだっけ!』って視聴者をドキッとさせといてさ、『てことは時効寸前に恩田が来るのか!? 警視庁のヘリが飛んできてSAT部隊の突入か!』って思わせといて…」
「思わないですよそんなこと(笑)」
「んで、実はマレーシア行ったなんていっても空港でトンボ帰りだったんだと、視聴者にも直季にも初耳のことを告げて、輝一郎はこの場の主導権を奪い返す、と。なかなか映画っぽい骨太の駆け引きで、よかったよかった!」
■デッキにて・15年めの惨劇■
「このシーンはねぇ…。第12幕中ではトップだね。さすがクライマックスっていうか、なんでこれだけの『実那子』を今まで出さないのかって思ったよ。初めて実那子に感情移入できたし、ストーリーの駆動輪が実那子になったって感じした。」
「駆動輪が?」
「うん。輝一郎の傷口を手でおさえて、そのあとショールを当てて泣きだす…。この時実那子の胸にあるのは、輝一郎に対する憎しみだけじゃないはずだよ。てゆーか憎しみを丸ごと包含した愛? 男と女の不思議さみたいな情念もあって、ここで実那子は完全にヒロインだったね。第12幕のこのシーンにだけは私、惜しみない拍手を送った。」
「『このシーンにだけは』っていうのが引っかかりますけど…。僕はまた最初から最後まで智子さんは怒って見てたのかと思いましたよ。でもそうじゃないんですね。」
「そぉんなアナタ、ヒトをヤマアラシかハリセンボンみたいに(笑)ここでのやりとりは、多分野沢さんが『僕が一番書きたかったもの』って言ってるヤツなんだろうな。輝一郎がどんな想いで生きてきたか…、野沢さんの想いもそこに籠ってる気がする。」
「じゃあむしろ、影の主人公は輝一郎だったってことですか。」
「ここで言うなよぉ(笑)せっかく輝一郎論については『言いたい放題』でって言ってるのに。」
「あぁ(笑)失礼しました。」
「これね、ミステリーとして、謎解きの面白さと男性的語り口のストーリーの味を楽しむんだったら、…伊藤直季ってさ、いない方がよかったね。究極の意見だけどもそう思った。輝一郎と実那子だけで描いた方が、うんと小説っぽい、いわゆる『ドラマ好き』が寝食忘れてハマれる作品になったろうね。ただし数字は12〜3%だろな。」
「え、じゃあ直季の存在意義って…。」
「うん、そこに突き当たっちゃってねぇ私。けっこうヤなこと考えたりもしたんだけどさ、『そうか』って判ったこともある。結果として全部が全部辛口の意見じゃあないよ。」
「木村拓哉に対してもですか。」
「うん。甘くもなきゃ辛くもない、すごく冷静に見られた。これってある意味、進歩かもね。」
「転んでもただじゃ起きない人ですよね、智子さん。」
「おいおいソレは単なる褒め言葉じゃないよ?」
「ええ、単なる褒め言葉で言ってません。」
「そっか、失礼しました(笑)」
■運ばれていく輝一郎、倒れる実那子■
「このお母さんはやっぱり生身の存在じゃありませんでしたね。」
「そーよそーよ。警備の厳しい深夜のビルにだね、あんな目立つドレスで平気で入って来られる人間なんていねってば。」
「でも、じゃああのアトリエで正輝に言った、『許さないから…』の意味は何なんでしょう。何で正輝があれほど恐怖におののいたのか。」
「あ、それって謎の積み残しの気がする。未解決部分。システム開発でいうところのバックログ。」
「積み残しは、悪いけどけっこうありますよね、このドラマ。」
「あるある売るほどある。15年前のクリスマスイブの晩に、『お客さんがいらして』って実那子言うじゃん。それで2階に追いやられたって。けどさ、来たのは輝一郎なのに、母親はどうして実那子を部屋に遠ざけたのか。貴美子は居間に残ったのはなぜか。第一さ、包丁1本で大人3人を殺せるものなのか…。」
「細かいとこまでいくとキリがないでしょう。」
「ほんと。…言いたい放題ではソレを全部拾い上げるからねっ! …って嘘ウソ嘘! 全部なんてやらない、てゆーか出来ない! だから特に気になるものを、幾つか取り上げてみようかなって思って。」
「そうですか。まぁ全部じゃね、アラ探し大会になっちゃいますから。」
「うん。それは本意じゃないからね(笑)」
■カタストロフ(終焉部)■
「こっれっがっねー! これが! もぉもぉこれがこれがこれが!」
「何ですか(笑)」
「これが大変だったっ! 放送見終わった時に、アタマぐりぐりになった! クライマックスで感動できただけに、何てゆーかなぁ…。寒い雪の中を歩いてきて、やっと山小屋にたどりついてさ、火にあたって、あったけーとか思ってたら、お風呂入んなさいって言われて、喜んで入ったら水風呂だった、みたいな。」
「悲惨ですよそれ(笑)」
「ヒサンだろー? ほんっと悲惨だったんだからぁ。ビデオ見直したくらいじゃ直んなかったね。リワインダー書いてて、ほんと書いてるその最中に、『あ?』って思ったんだ。まぁそれが製作側の言いたいことだったのかどうか確証はないけどもさ、自分的には一応納得できた。
だからねぇ…このシーン自体が、言いたいことがすごく小説的なんだと思うよ。私もリワインダー書かなかったら肯定できなかったかも知れない。映像表現としては…ちょっと、消化不良…とまではいかないかなぁ。でも少なくとも『消化の悪い食べ物』みたいな感じで、ぱくっとヒトクチ食べて、あっ美味しい!これは体にもいい!ってラストじゃないよね。」
「そうなんですよ。何か重要なこと言いたいんだろうけど、いまひとつよく判らないっていうか、割り切れないっていうか。」
「だよねぇ。だから何とも後味の判んないドラマになったかもね。」
「後味が、『悪い』んじゃないんですね。」
「うん。悪いんじゃなくて判んない(笑)美味しいんだか、まずいんだか。」
「うーん…。そういうのってどうなのかなぁ…。何にしてもいろいろ考えさせられるラストシーンでしたね。」
「ただ、さ。これは文学作品でもなきゃ、世界芸術祭参加の映画でもなくて、日本の庶民のお茶の間に届けるTVドラマだった訳じゃん。そのために作られたモンだよね。だったら、
『こんなに考えてドラマ見たのは初めてだ。』とか、
『いろんな見方があるんだなぁと思った。』とか、
『ただボーッと画面を見てるんじゃなくて、何だか一緒に参加してる気がした。』
…なんていう人がたくさん生まれた『眠れる森』は、いちおう、成功したって言っていいと思うね。ドラマとして非常にいい仕事をしたと。」
「それって最高の褒め言葉じゃないですか。どこが辛口なんです。」
「…いや、でも私は嫌いだぞと(笑)」
「なるほど(笑)」
「特にこの、実那子ってヒロインの扱い方にはすごく反感があるね。由理に至ってはもうもう…。女性キャラをこうも平面的にしか捉えられないなんて、製作側の殿方諸氏、アンタら揃って童貞ちゃうん?みたいな。」
「そ、そんな危険発言しないで下さいよ(笑)僕の方がハラハラします。」
「大丈夫だって。放送禁止用語は使わないから。」
「当たり前です。」
「ま、しかしそんな訳で、全12回の放送も無事に終わって、よかったよかった。数字とれたのも喜ばしいことです。視聴率偏重主義は困るけど、数字は大いなる1評価だもんね。それが全てじゃないとはいえ。」
「でもですね、僕、今一番知りたいのって、TV番組の『録画率』ですね。発表されてないだけでデータはあるっていうじゃないですか。それ聞いてみたいなぁ…。」
「いえたね。録画しっぱなしでいつまでも見ない人もいるからアテにならないとか言うけどもさ、視聴率だって、あれTVの前にネコが座ってたってカウントされるんでしょ? そしたら同じことだよ。せっせと録画して見返して、ツメ折って保存してる人いっぱいいるんだから。」
「フジのドラマって何となく録画率高いような気がしません? バラエティーよりは録りますしね、ドラマは。」
「視聴率が高くて録画率はゼロに近い番組。それは朝のNHKニュースだべ。」
「間違いないでしょう(笑)」
「―――さてさて、そんな感じでこの座談会も、12回無事にやれましたねぇ。八重垣くんほんと、お疲れさまでした。」
「あ、お疲れさまでした。智子さんこそ大変だったですよね。」
「大変だったけどね。新古今和歌集にこんな歌があるんだ。
『嬉しくば 忘るることもありなまし つらきぞ長き形見なりける』
清原深養父…清少納言のおじぃちゃまだぁね。嬉しかったことより、辛かったことの方を人間は長く覚えていますよねって、まぁちょっとシニカルにヒネった恋歌ではあるんだけどさ。ここまで大変だった企画はトリT始まって以来…つーても大してたっちゃいないけどよ、いいトレーニングになりました。スケジュール通りに原稿仕上げるって行為の(笑)」
「でも本当に、この座談会形式って皆様にご好評なんですよね。ですからまた、何かの機会には是非。」
「おぅ、是非是非。てゆーかスデに予定はある。古畑vsSMAPはリワインドしてみようかなって思って。もちろんセットで座談会もね。」
「…もうすぐじゃないですか。」
「そだよ。」
「………」
「なに、ヤなの。」
「いえ嫌じゃないですけど。」
「そんじゃやろうよ。別に連ドラじゃないんだもん。急いで仕上げる必要はないしね。」
「それはそうですね。―――といった訳で、はい、全12回でお送りしてきました座談会編、皆様のおかげでここまでやって来られました。ドラマは終わりましたが、新しい年にまた色々と、楽しいことがあるでしょう。その時には必ずまた、皆さんにお会いできると思います。」
「そしてそして年明け早々に! ズーっとやるやる言ってきてやっぱホントにやっちゃうぞという、『眠森言いたい放題』をお届けする予定です。特別ゲストにH・Kさん…インテリジェンスにあふれた下ネタ眼で、リワインダーのドライメモをずっと作って下さいましたH・Kさんを、スタジオにお招きする予定です。」
「それでは皆様よいお年を。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「会社のコピー機で年賀ハガキ印刷してたら、紙詰まりして焦りまくった木村智子でしたー! ご機嫌よ〜!」
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