☆クインテット番外編1 『サヨリーヌの涙』☆

 

 

サヨリーヌは母につれられて侯爵家へ上がった。ご嫡男レオンハルト様(ルージュの本名)の乳母である母を助けて、彼のお守り役を勤めるためだ。サヨリーヌは10歳、ルージュは生後半年である。以来サヨリーヌは文字通り、お側を離れずお仕えすることになる。

 

3歳になるとルージュは、剣の稽古をさせられるようになった。サヨリーヌは彼の怪我が心配だが、稽古場は女人禁制で入れない。5歳になるとルージュは一通り基本を覚えて、稽古も真剣を使うようになった。

ある日、ルージュの右手がどうも変だと気づいたサヨリーヌが無理に袖をまくると、けっこうひどい傷があった。負けず嫌いのルージュは自分のミスでしてしまった怪我を、誰にも言わずにいたのだ。

手当てをしてやりながらサヨリーヌは、
「どうかこの私にだけは隠さず話して下さいまし。若君のお身に何かあったら、私は生きてはおりませぬ。」と言って涙をこぼす。
手元をじーっと見ていたルージュは「ごめん…」と言って、その小さな唇で彼女の頬にキスをした。

 

12歳になった冬、ルージュははやり病にかかった。医者もあとは本人の生命力に頼るしかないというほどの、きわめて重い病だった。サヨリーヌはつきっきりで看病する。

外はひどい吹雪になる。夜中でもサヨリーヌは桶に雪を取ってきて、彼の額を冷やしてやる。
私の命を、ななたび生まれ変わるまで奪っていっていいから、どうかルージュを助けて下さいと神に祈り、彼女はつい、うとうとしてしまう。美しい青年に成長した彼が自分を迎えにくる夢を見ていると、耳もとで、
「おい。…おい!てめ、おもてぇよ!」と声がした…。

 

サヨリーヌの看病のおかげでルージュは回復する。彼女の剥いてくれる林檎をベッドでしょりしょり食べていた彼は、こんな話を始める。

「俺さぁ、あ〜…これでもう死ぬのかなぁ…って思ったマジで。死神ってのはホントにいんだな。息ができなくてさ、苦しくて目あくと、ここんとこ…胸んとこに、ボーッと白いもんが座ってんだよ。んで、じぃーっと俺のこと見てて。
けどドアがあいてお前入ってきたら、そいつ、ビクーッとかして飛び降りたかんね。お前がさ、あのでっかい桶ん中に雪入れてそこに座ったら、そいつ近づいてこらんねーでやんの。俺、雪よりお前の手の方が冷たくて気持ちよくて、こいつには死神もびびんだな、とか思ってたらいつの間にか寝ちゃってさ。
んで。気がついたら、楽んなってた。」

やつれた頬にルージュは照れたような笑みを浮かべて言う。
「…お前ってさ、俺の…守り神かも知んねぇな。」

サヨリーヌの目に、じわっと涙が浮かぶが、口の悪いルージュは「鬼の目にも涙」などと言って笑うに違いないから、彼女はベッドのそばを立って廊下に出る。

ドアに背を向けて泣いていると、案の定ルージュは隙間から顔を出して、
「何喜んでんだよ。寒いから中で泣けば?」と笑う。さらに彼は、
「お前が泣いたって全然可愛くねぇよな。」と憎まれ口をたたく。

「若様っ!」とサヨリーヌは怒り、叩く真似をする。ルージュは、
「俺、病み上がり病み上がり! 病人だっつーの!」と言ってベッドにもぐり込んだ。

<完>

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