☆クインテット番外編2 『チュミリエンヌ頑張る!』

 

 

チュミリエンヌの家は町の洗濯屋さん。ある風の日に彼女は洗い上がった品物をお客様に届けに行くが、強い風が吹いてきてブラウスを1枚飛ばされてしまう。
あわてて道を追いかけても、持っている籠が重くて速く走れない。すると角から馬に乗って出てきた1人の少年が彼女に気づき、馬を走らせて無事拾ってくれる。

身なりからして彼が上流貴族の子弟であることは一目瞭然。白いブラウスを手にカツカツと馬を歩ませてくる少年を、チュミリエンヌは呆然と見上げる。こんな美少年に会ったのは初めてだ。

「ちょっと汚れちゃったね。…ん。」
彼は馬上から腕を伸ばしてブラウスを手渡してくれる。その時かすかに漂ってきた薔薇の香りは、多分彼のものだ。

そこへ数人の騎士がバラバラと駆け寄ってくる。
「遅いぞ、ちゃんとついて来いよ!」と言って彼は馬にムチを当てる。騎士たちの馬も彼を追って走っていってしまう。

 

彼の面影が忘れられずボーッとしてしまうチュミリエンヌに、女たちは「何があったの?」と聞く。

じつはこういう少年に会った、と話をすると中の一人が
「ねぇ…その人が乗ってた馬の腹当てに何か紋が入ってなかった?」と言う。
「えーとね、真っ赤な地に金色の、頭が二つある鷹が書いてあった…。」
「ちょっとちょっとチュミ! あんたホントにそのお方とお話したの!?」
「…うん。」

女は妙に自慢げに言う。
「その方、侯爵家のレオンハルト様…"ルージュ"様だわ。宮中の貴婦人たちも競ってお目に止まりたがってるって話よ。剣の名手で、いずれはこの国の元帥になられるお方。大貴族を鼻にかけずに、こんな町なかにも平気でおいでになるのね。本当に素晴らしい方だわ…。」

「あの方が、ルージュ様…。」
チュミリエンヌはつぶやく。海のように深い瞳と薔薇の香りが、彼女は忘れられなくなってしまった。

 

ルージュ様は所詮は雲の上のお方。判ってはいるが、どうかもう一度会わせて下さいとチュミリエンヌが毎日神に祈っていると、思いがけない伝手(つて)が見つかる。
彼女の家にある日、久しぶりに兄が帰ってくる。兄は鷹狩りに使う鷹を育てていて、実は今度侯爵家にお仕えすることになったと言う。現侯爵(ルージュの父)が彼の献上した鷹をいたく気に入ってくれたためだ。

チュミリエンヌは頼む。
「兄者! わたくしをお城に上がらせて下さいまし!! 下働きでも門番でもお便所掃除でも何でもやります。お願いでございます!! 兄者のお力を貸して下さいまし!」

そんな権限は俺にはない、と困りながらも、可愛い妹の頼みを兄は何とか叶えてやろうと考える。
侯爵夫妻のお身の回りには現状、人員の不足はない。そこで彼は若君の御所をシメているサヨリーヌ様にお伺いを立ててみる。
すると「総料理長が助手を欲しがっていましたね」と言われ、兄はチュミリエンヌを雇って欲しいと頼む。ならば、とりあえず連れて来いとサヨリーヌは言う。

 

チュミリエンヌは天にも昇る気持ちでお城へ行く。でも面接にうからなければどうしようもない。下働きの控室でかしこまっていると、総料理長のボルケリアが入ってくる。

「料理は」「武術は」「他に得意なものは」…次々質問されるが、チュミリエンヌは自分は何も出来ないのだと判って泣きそうになる。駄目だ、と諦めかけた時、総料理長は彼女の目の前にコトンとグラスを置く。

「私たちの仕事は、若君やそのお客様のお食事を作ること。つまり若君のお命を預かることです。そなた、若君のために毒味をしろと言われたら、もしや毒が入っているかも知れないそのワインを飲み干せますか?」

チュミリエンヌはグラスを持ち、迷いもせずに飲み干す。はーっ、と溜息をついてグラスを置き、
「若君の御為ならば、何でも喜んでいたします。わたくしの命で若君をお護りできるのならば。」

ボルケリアは黙って立ち上がる。チュミリエンヌは「駄目だな」と観念するが、ボルケリアはリンリンと呼び鈴を鳴らし、部下の料理人に言う。
「彼女に下働きの服を出してあげなさい。明日からここで働いてもらいます。仕事の決まりを教えてあげて。」

「ほ、ほ、ほ、本当ですか!?」
チュミリエンヌは感動のあまりそこで絶句し、バッタリ倒れてしまう。見ると顔が真っ赤にほてっている。ワインのせいで酔っぱらってしまったのだ。

「この子に酒のお毒味は、させない方がいいようね…」とボルケリアは苦笑する。

 

こうしてチュミリエンヌはルージュの城で働けるようになったが、侯爵家の召使は200人からいて、そう簡単に若君へのお目通りは適わない。
が「強く願えば夢は適う」を座右の銘にしてしまった彼女は、スキあらばと城内をウロウロするので、サヨリーヌに睨まれている。

<完>

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