『五重奏曲(クインテット)』
〜第2部〜

【 第1楽章 主題1 】

 王太子ハインリヒの死は大きな衝撃となって国中を駆け巡った。侍従が発見した時には王太子はとうにこときれており、おそらく不意をつかれたのだろう、頸動脈をもろに断ち切られた失血死であった。だが遺体には無数の刺し傷があり、犯人は倒れた王太子の体を執拗に嬲っていたことが判る。そのことは王族と大貴族の一部にのみ知らされ、王太子は急に心臓を煩い発作を起こして死んだと一般には報じられた。
 祭りが終わってすぐに発表されたこの訃報に民たちが不安を覚えぬよう、第2王子アルベルトはただちに王太子の位を嗣いだが、ただでさえ体の弱い彼は、人望篤き兄の死にすっかり参ってしまい、枕から頭も上がらない状態に陥ってしまう。
 国王は『五色の御旗』の各当主たちを召集し、緊急御前会議を開く。謁見室のテーブルに着いたのは、シュテインバッハ公爵(夏八木勲さん)、アレスフォルボア侯爵(緒形拳さん)、ジュペール伯爵(ロゼ)、ヘルムート子爵(田村正和さん)、ラルクハーレン男爵(西田敏行さん)の5人で、玉座にはじっと腕を組み目をとじた国王ゲオルグU世(仲代達矢さん)が座っている。
「問題は刺客が、あの通路の存在をどうやって知ったのかということです。」
 考えこんでいたヘルムート子爵は誰にともなく言う。
「王太子殿下を襲ったのはエフゲイアの刺客と思ってまず間違いないでしょうが、あの通路のことはこの国のほんの一握りの人間しか知りません。それをああもたやすく侵入して来られたということは、誰かが手引きしたとしか思えないんです。もちろんこれは、この場だからこそ言える、非常にヤバい話ですがね?」
 子爵は一度言葉を切り、溜息をついて苦しげに言う。
「この国に誰か内通者がいる…。いってみればこれは、最悪の状況だと思われます。」
「確かに。」
 続いて口を開いたのは公爵だった。
「ヘルムの言う通りだ。考えたくはないことだが、事実から目をそらす訳にはいかん。ただの刺客や間者に出来る技ではないからな。」
「けどねぇ…。」
 ぼそりと言ったのは男爵である。
「誰が内通者だとかあいつが怪しいとか、そういう疑心暗鬼は一番いけないと思うがなぁ。いやもちろん、事実に目をつぶって仲よしごっこをする気はないけど…この大事な時に変に疑り深くなるのは、本末転倒じゃないかなぁ。」
 公爵はうなずく。
「ハーレンの気持ちも判る。確かに今は、身内を疑ってる時じゃない。犯人捜しは犯人捜しで進めるとしても、我々同士がお互いを疑うのはやめようじゃないか。」
「当然ですよ。」
 子爵は言う。
「私もまさかこの5人が犯人だとは思っていません。大切なのは今後の危機管理です。何気ない一言から重要な情報をかぎつけられることだってある。我々はもう一度それを肝に銘じて、これからのことを考えましょう。」
 ヘルムート子爵の意見は全員の考えをまとめた形だったが、
「すまん。」
 そこで言ったのは侯爵であった。
「王宮警備は俺の仕事だ。国外からの曲者にばかり気を取られて、国内の警備に十分に気を配ったとは言い難い。王太子殿下がおかくれになった今、悔やんでも悔やみきれないが…。済まん、全ては俺の責任だ…。」
 侯爵は立ち上がって頭を下げる。ラルクハーレン男爵は首を振る。
「いいや、アレス侯のせいじゃないよ。まさかあの通路を使って王宮に刺客が忍び込むなんて、俺たちの誰も、予想もつかなかったんだから。」
「そうですよ侯。あなたの責にするにはあまりに重すぎる。」
 子爵も穏やかに否定する。さらに公爵は言う。
「まぁそう悲壮な顔をするなアレス侯。お前はどうも昔から、1人で責任をとりたがる癖がある。警察と軍隊は皆お前の管轄といっても、それは俺たちに責任がないという訳じゃないんだぞ。」
 侯爵は唇を噛みしめるが、
「まぁ、落ち着け侯爵。」
 重々しく言ったのは国王だ。全員サッとそちらを見る。
「王太子の件は誠に遺憾だが、それより問題は今後のことだ。内通者がいるという事実は厳粛に受け止め、あくまでも内密に調査を行って貰いたい。今、最も恐ろしいのは人心の乱れだ。皆の心が離れることだ。そなたたちもまず第一に、それを憂えて貰いたい。」
「御意、陛下。」
 公爵は言い、4人も深く礼をする。
 
 会議を終えた侯爵はすぐ、スガーリに命じてルージュを城へ呼ぶ。サヨリーヌはルージュに1週間外出禁止の罰を言い渡していたが、侯爵の命とあっては仕方ない。ルージュは、怪我の治療のため海岸地方に送り出している愛馬シェーラザードの代わりの、クレオパトラを駆って父の居城に向かう。
 ルージュは侍女に導かれて侯爵の執務室に通された。普段は私室なのにどうしたのかと思っていると、奥の扉から父が現れる。
「ご苦労、急に呼び出して悪かったな。」
 侯爵は言う。ルージュは椅子に組んだ足をぶらぶらと面倒臭そうに揺らし、
「何だよこんな落ち着かねぇとこで…。なに改まってんだよ。」
 2人だけで話すには広すぎる部屋の壁には、侯爵家代々の当主の肖像画がずらりと掛かっている。侯爵は執務机に向かう。
「実はついさっき御前会議が終わってな。」
「会議?」
「国王陛下ご臨席のもとで、五色の御旗の各家と、今後のことについて相談してきた。全員が揃うのは久しぶりだったが…みんな老けたな。男爵なんか生え際がもう怪しかったぞ。」
 微笑する父をルージュは怪訝そうに見る。何の話だ、と思った時、
「お前、これにサインをしろ。」
 彼はルージュの前に1枚の誓紙を押しよこす。手に取ったルージュの顔色が変わった。
「何だよこれ…。」
「何って、見りゃ判るだろう。お前からコンスタンシア王女への、正式な結婚申込書だよ。」
 ルージュは父を見る。侯爵はペン立てから羽根ペンを抜き、ルージュに差し出す。
「安心しろ、式はまだまだ先でいい。だがこの先、俺がお前に全てを譲る日はそう遠くないかも知れん。その時のために今から手を打っておかないとな。正妻となりうる婚約者が、お前には必要なんだ。…判ったら、ほら、サインしろ。」
 ルージュはペンを受け取る。エフゲイアの間者、王太子の死と、ただならぬ時代の到来をルージュは肌で感じていた。父のあとを嗣ぐ者としての立場を、自分はもう固めなければならない。彼は誓紙に目を落とす。マイストブルク王国第3王女コンスタンシア。見たことも会ったこともない女の名前だった。
 カリ、とペン先が動く。侯爵は、サインしている息子の顔をえもいえぬ表情で見守る。
 短く溜息をついてルージュは文字を確かめ、ほら、と紙を机に置く。
「これでいいんだろ。」
「ああ。これでいい。」
 ルージュは立ち上がる。
「おい待て。」
 侯爵は止めるが、
「用はこれだけなんだろ。俺は別に話なんかねぇよ。」
「まぁ待て。あと1つ聞かせておくことがある。」
「何だよ、もったいぶんねぇでさっさと言えよ。」
 侯爵はルージュを見上げる。
「全てを早める必要がある。ルナ王女のお輿入れも、それにお前の司令官就任もだ。正式な着任は後日だが、実質上来月から、第3・第4騎甲師団はお前に任せる。お前の軍隊だ。しっかり指揮をとれ。」
 
 ヒナツェリアはロゼの執務室の扉を遠慮がちにノックした。応えはなかったが彼女は静かに中に入る。思った通りロゼは机の向こうの窓べに立って庭を見下ろしていた。ここ何日かというもの彼はほとんど王宮に詰めきりで、帰ってくるとこの執務室に籠っていた。わずかの間に彼の顔つきが、すっかり大人びたとヒナツェリアは思う。もともとの思慮深さに加えて何か研ぎ澄まされた精悍さと清冽さが宿り、誇らしいと同時に彼女は、一抹の寂しさも感じていた。
 そのロゼは今、外を眺めつつ何か真剣に考えている。手に持ってきた銀のティーセットを、ヒナツェリアは音もたてずにテーブルに置き、彼の背に一礼して部屋を出る。
 ロゼが考えていたのは王位のことだった。ハインリヒ亡き今、ヒロの立場は微妙なものになっている。立太子したとはいえ弟のアルベルトに王位継承者の知力も体力も胆力もないことは、朝臣の誰もが判っていた。今やヒロは第2位王位継承者、アルベルトを廃太子にしてヒロを立てようとする動きが、出てこないとも限らない。敵国の間者と刺客だけではない、国内にも災いの芽はある。それは御前会議で侯爵が言ったことでもあるのだ。
 ヒロのあの警戒心のなさと人のよさは、ある意味両刃の刃だとロゼは思う。ただ救いがあるとすれば、ヒロは何か不安を感じたなら、必ず自分たちの誰かに相談するだろうということだ。奇妙な企てに担がれたりしないよう、ヒロにも注意しておこうとロゼは考える。
(あとは内通者か…。)
 ロゼは腕を組み変える。王宮内の秘密の通路を知り得るほどの身分の者である。1歩間違えば疑いの眼は、この五色の御旗の各家にさえ注がれかねない。
 ロゼはハッと気づく。もしかしたらそれこそが、エフゲイアの狙いかも知れない。王太子を死に追いやった裏切者は誰か。その疑いが政(まつりごと)の中枢を麻痺させ、やがてはこの国を自滅に追い込む。そんなことがあってはならないとロゼは思う。自分たちの中に敵を作るほど愚かで醜いことはないと、ロゼは知っていた。
 ローボーイの上に飾った小さな絵を彼は見る。父と母の肖像画だ。優しく暖かい両親の笑顔に、励まされる思いでロゼは机に戻る。と、そこには銀盆が置いてあった。ヒナツェリアの持ってきたティーセットである。冷めないようポットには手縫いのキルトカバーが掛けてある。ふっと笑ってロゼは紅茶を入れる。小皿にはロゼの好きなプラムの砂糖漬けも添えられていた。
(なぜ、人は裏切るんだろう…。)
 紅茶をすすりながらロゼは考える。
(満たされない思いがあるからだ。おそらく孤独を癒すことができない。その辛さに耐えかねて、自虐的な行為に出るんだ。だから、自分には大切な仲間がいるという意識が強ければ、ひとは決して裏切らない…。多分そういうものなんだろう。)
 ロゼの考えは徐々に固まり始める。今一番大切なのは、自分たちの結びつきを一層強めることだ。この国が今まで以上に1つになれば、ことさらに探し出さなくても、内通者などは自然に、あぶり出されてくるに違いない。
 ポリ、とロゼはプラムを噛む。結びつきを強めるにはどうしたらいいかと、彼の考えはそこに移る。自分たち5人だけがいくら仲良くしても、それではおのずと限界がある。もっと広く、もっと大きく、色々な人間を巻き込む必要がある。
「そうか。」
 彼は思わず声を上げた。指に付いた砂糖を拭きとってから、ロゼは卓上のクリスタルのベルを振る。
「お呼びでございますか、伯爵。」
 ヒナツェリアはすぐにやって来た。スカートを広げ礼をとる彼女に、
「もっと近くへ。」
 ロゼは言う。
「は?」
「もっと、そばへ来て。大事な話があるから。」
「は…。」
 顔を伏せて彼女は近寄る。真剣なロゼの瞳が、ヒナツェリアを見つめていた。
 
 ルナ王女にとって父王の言葉は、子供の頃から絶対命令だった。モリィ皇太子との結婚式を早めるぞと言われても、黙ってうなずくしか彼女にはなかった。王女は新たな家庭教師をつけられ、嫁ぎ先であるロワナ国の地理や歴史、王家の人間関係などについてを、大急ぎで学ばされることになった。
「お疲れのご様子ですね、殿下。」
 本を開いたままぼんやりしているルナに、彼女付きの侍女は言った。王女ははっとし、彼女を見る。
「お式が急に早まって、何もかも慌ただしゅうございます。殿下もご無理をなさいませぬよう、御身ご大切になさいませ。」
「ありがとう。」
 王女は悲しげに笑う。
「でもこれが私のつとめなのですから、弱音を吐いてはいられません。それに…」
 辛いのは体ではないと言おうとして、王女は言葉を止める。
「それに、何でございますか?」
 だが侍女は聞いてきた。王女は逆に尋ねる。
「そなたには…お慕いする殿方がいるのですか?」
「はい?」
 思いがけない質問に侍女は驚く。
「知っていますよ。近衛連隊の中隊長から、よくお文が届いていますね。」
「ま、殿下、いつそれを…。」
「気にすることはありません。好きな殿方からのお文とは、さぞや心踊るものなのでしょうね。」
「殿下…。」
 侍女はようやく王女の言いたいことに気づく。だがそれは、聞いてはいけないことでもある。王女は笑い、
「大丈夫、これは私の独り言。この部屋を出たらお忘れなさい。」
「は…。」
「私はそなたが羨ましい…。慕わしい殿方に心おきなく、好きだと言えるそなたがのぅ。」
「殿下…。」
 侍女は涙ぐむ。身分の上下にかかわりなく、同じ女として、王女の悲しさは痛いほど判った。
 ルナはそっと左腕を撫でる。あの夜ルージュに掴まれた感触は今でも鮮やかに甦り、そのたび彼女を苦しめていたのだ。
「王女になど、生まれたくはありませんでした。もし普通の貴族の娘なら、いいえ、いっそ平民だったなら、あの方のおそば近く仕えることも、…もしかしたらお心をとらえることさえ、私には出来たかも知れないのに…。」
 
 物思いに沈む女はルナ王女だけではなかった。
 ルージュがコンスタンシア王女に贈る婚約の品々を、整えるのはサヨリーヌの仕事だった。ピジョン・ブラッドのルビーのついたエンゲージリングを初めとする豪華な宝飾品に、翡翠の香炉や金細工の燭台、嫡男の正室だけが持てる家紋付きの懐剣などなど、侯爵家の力をマイストブルク王家に知らしめるためのそれら品々は、馬車10台分にも及ぶ量だった。しかしサヨリーヌを一番悲しませたのは、侯爵家のしきたりに従って花嫁に贈られる、婚礼衣装であった。
 雪よりも白い手織りのレースにその肌を包み、いつか侯爵家に嫁いでくる女。ルージュに抱かれ彼の子を産み、ご正室様として彼の隣に葬られる。それは決して自分ではない、他の女であるのだった。
 もちろんサヨリーヌには、この婚約が国にとっても侯爵家にとっても、どれほど大切であるかは判っていた。さらにはルージュの意志でもない、大貴族の宿命の政略結婚であることも。実際の式がいつになるかはまだ予定さえ立っておらず、婚約は単なる形式にすぎない。…などと自分をなだめてはみたが、花嫁衣装を櫃に詰めるサヨリーヌの手には、やはり涙が滴り落ちるのだった。
 
 その頃ルージュは中庭で、ヒロに剣の稽古をつけていた。武人ではないヒロには攻撃よりも防御が肝心であると考え、ルージュは敵の剣のよけ方と返し方を、重点的に教えてやることにした。
「いいか、左手はこう。肘は緩めて、この手で全身のバランスを保つ。んで、右手はこうまっすぐに…ああそんなピーンと棒みたくすんじゃなくて、肘はあくまでも柔らかく。な。」
 文字通り手取り足取りのしかたでルージュは根気よく教えるのだが、
「重てぇよぉこの剣…。あーやだ、もう持ってらんね。なー。疲れたよルージュぅ。休憩しようよ休憩。」
「またかよ。ッとに体力ねぇなお前。」
 ヒロは剣をずるずるひきずって木陰に入り、草の上にぺたんと座り込んだ。
「大丈夫か?」
 ルージュも隣に腰を下ろし、ヒロの顔を覗きこんだ。
「だいじょぶじゃねぇよ…。」
 ヒロは膝の間に頭を垂らし、
「やっぱおいらには向いてねぇよ武術なんて。んな、護身用だって言われたって、イザ敵が来た時に頼れんのは自分の運だけだぜぇ?」
 一理あるといえばある意見に、ルージュは苦笑した。
 ヒロは顔を上げルージュを見、
「そりゃお前みたいにウデの立つ奴なら、敵に向かってったって勝てんだろうけど、おいらの場合はもう、逃げるっきゃねーべ? 昔っから言うじゃねぇかよ、46計逃げるに如かず…。」
「ああ、言うな。ただし36計だけどな。」
「いいんだよ細けぇことは。おいら剣には向いてない。」
 きっぱりとヒロは言い、それからひょいとルージュを見た。
「そういや親父に聞いたけど、お前、どっかの王女様と婚約したんだって?」
「…ああ。」
 ルージュは手元の草をちぎった。
「形式だけだけどな。実際に本人がこっち来るのは、2年先か3年先か…。」
 人ごとのように言うルージュを、ヒロはじっと見つめた。しばらく黙って草を弄んでいたルージュは、
「ンだよ。」
 もの言いたげな瞳に笑いかけたが、それでもヒロは無言だった。問わず語りにルージュは言った。
「しょうがねぇんだよ、家と家…いや、国と国のことなんだから。月が変わったら俺、大隊を2個任される。司令官、将軍、元帥と、上がってかなきゃなんねぇんだ。ほらそのためにはさ、どうしても、家柄のいい奥方様が必要なのよ。」
 最後は冗談めかしたルージュにヒロは眉を寄せた。
「おめ、まさか本気で言ってんの?」
 ルージュは草の茎を口にくわえた。
「この国のしきたりがどうだか、おいら正直まだよく判ってねぇのかも知んねぇけど、でも会ったこともない女と結婚するなんておかしぃだろ。ぜってー変だよそんなの。相手にも失礼だし、第一お前…さよぽんの気持ち、考えたことあんのか?」
 えっ、とルージュはヒロを見た。
「さよぽんて…サヨリーヌがどうしたんだよ。」
「お前、まさか気づいてねぇの? さよぽんはお前のこと、本気で好きなんだぞ?」
 ルージュのくわえた草の動きが止まった。
「ただの若君と侍女じゃない。そんな関係はとっくに越えたとこで、あいつお前しか見てねぇだろ。んな、ずっと近くにいて、そんなこともお前には判んねぇのかよ。」
 ヒロは自分が泣きそうな顔で言った。ルージュは一見無表情に彼を凝視した。
 物心ついた時から、ルージュのそばにはいつもサヨリーヌがいた。ルージュにとっても彼女はただの侍女ではなく、身内に近い存在であった。だからサヨリーヌには弱音も吐けたし、何かイライラする時には当たり散らしたりもした。しかるに彼女が女として自分をどう見ているかなど、ルージュは考えたこともなかったのだ。
 黙ってしまったルージュに、ヒロは一方でまずいと気づいた。サヨリーヌが懸命に隠している心情を、自分がルージュに教えたと知ったら、彼女はいたたまれない気持ちになるに違いない。ヒロはポリポリ頭をかいた。
「あの、なぁルージュ。今のは…今のはおいらの勝手な想像だから。さよぽんが実際お前をどう思ってるかなんて、んなのおいらに判るわけねぇよな。んだから忘れて? な? 今の話はおいらの寝言。気にすんな気にすんな!」
 ヒロは胸の前で両手を振り、
「さっ! んじゃ、やんべ! 続き続き!」
「続きって…」
 たった今、剣は自分に向いていないと言い切った舌の根も乾かないうちから、ヒロはルージュの手を引いて中庭の中央に出ていった。
 
「元帥、アレスフォルボア侯爵閣下に、敬礼っ!」
 凛と通る声で伍長(段田安則さん)は号令した。大練兵場にずらり整列した兵士たちの前で、騎上の侯爵は口を開いた。
「共に栄え来し、我らが佳き国の兵士諸君。本日をもって諸君たち、陸軍第3騎甲師団ならびに第4騎甲師団の司令官に、我が嫡男レオンハルトを就任させることとする。諸君らも知っての通り、昨今北方の地より、不穏な気配が漂うことしきりである。我らが佳き国の平穏を乱そうとする者は、断固としてこれを排除し、民草の1人1人に至るまで、日々の暮らしが脅かされることのないよう、守り戦うのが我ら武人の任であり誉れである。本日着任した新たな指揮官のもと、諸君らのより一層の奮闘努力を、大いに期待するものである。以上!」
 腹の底から響くような侯爵の声を兵士たちは静聴し、再度の礼をもって応えた。ごくりとルージュは唾を飲んだ。伍長が眼で彼を促した。ルージュは馬の腹を押し前進させ、4000人の兵士たちの前に歩み出た。ここにいるのは、彼が生まれて初めて直接指揮する、自分の兵士・自分の軍隊であった。兵士たちの眼は食い入るようにルージュ一人に注がれていた。
「レオンハルト・メルベイエ・フォン・アレスフォルボアだ。」
 多くを語る必要はないとルージュは思った。
「だが…普段の呼び名はルージュでいい。以降、よろしく頼む。」
 それだけ言って彼は轡を返し、元いた位置に戻った。あまりに短い言葉に伍長は驚いたが、侯爵が小さくうなずいたのを見、
「各隊長に続き、行進!!」
 指揮棒を振るい、号令した。
 
「こちらが司令官室でございます。どうぞ。」
 伍長に案内されてルージュは、今日から彼の仕事場になる部屋に足を踏み入れた。司令本部の建物の中では最も豪華な調度だが、侯爵家に比べれば倉庫に近い。ルージュは執務机に近づき、椅子を引いて座ってみた。何となく尻がこそばゆくて、彼は伍長に照れ笑いを向けた。と、そこへドンドンと大きなノックの音がした。
「誰だ!」
 伍長が言うと、
「失礼します!!」
 ゾロゾロと4人の男たちが部屋の中に入ってきた。
「隊員を代表いたしまして、新任司令官殿にお祝いとご挨拶を述べに参りました!」
「そうか。」
 嬉しそうにルージュは立ち上がった。4人は踵を鳴らして横1列に並び、順番に自己紹介した。
「自分は第3騎甲師団第1連隊隊長、シュワルツであります! 御前試合での司令官殿のご活躍に胸を熱くいたしました!!」
 直立不動で言われたルージュは、こういう時は威厳を保つべきなのか迷ったが、自然にいこうと決めた。
「そっか。よろしくなシュワルツ。」
差し出した右手をシュワルツ(岸谷五朗さん)はがっしりと握った。2人は互いの目を見た。ニッ、と笑ったシュワルツはその時、ルージュが思わず顔をしかめたほど、異様な力を指にこめた。
「よろしくな、世間知らずのお坊ちゃまよ。」
 ルージュは笑いを消し彼を見返した。シュワルツは知らんふりで手を離した。続いて隣の士官が言った。
「自分は第3騎甲師団第3連隊の隊長を勤めますヴォルフガングであります。司令官殿の御ため、命をつくす覚悟にございます。」
「…頼もしいな。」
 ルージュはやはり手を差し出した。ヴォルフガング(椎名桔平さん)は手に力はこめず、囁いた。
「果たしてあんたがどれほどの器なのか、じっくりと見極めさしてもらうからな。」
 さらに他の2人は、第4騎甲師団の第1連隊長と第2連隊長であった。一通りの名乗りが済むと、シュワルツはルージュに言った。
「さて、つきましては司令官殿。兵舎の方に我々の歓迎の陣を敷かせて頂きました。心ある兵士は皆参加しておりますゆえ…」
 彼はルージュの腕を掴んだ。
「是非ともおいでを賜りたいんですがね。」
 挑戦的な言い方に伍長はオロオロして、
「連隊長! ぶ、無礼ではないか離したまえ!」
 止めさせようとした彼の手をシュワルツは振り払った。伍長は壁まで突き飛ばされた。
「判った。」
 ルージュが言うのを聞き伍長は、
「司令官!それは、それはおやめになった方が…!」
「なんでだよ。」
 不敵な笑いをルージュは浮かべた。
「歓迎は、受けんのがスジだろ。少なくともそれが俺の流儀だ。」
 シュワルツはフンと笑った。
「いい度胸をしてらっしゃる。ご存じだろうたぁ思いますが、我々第3第4騎甲師団は、ただの育ちのよろしいお坊ちゃまに上官風吹かされて、へいこらするほど腐っちゃあいないんでね。戦場に限らず、俺らの仕事は命懸けさぁ。悪いけど、あんたがそれだけの器じゃないと判ったら、元帥閣下のご嫡男だろうが何だろうが、即、叩き出さして貰うからな。」
 ルージュと4人は睨みあった。この大隊が一筋縄ではいかないことは、ルージュも聞き及んでいた。実力主義者である父侯爵がなぜ自分をここの司令官にしたのか、真の意図をルージュは今悟った。彼はついさっき胸につけたばかりの司令官章を外し、机に置いた。一瞬あれっという顔をしたシュワルツを、
「なに突っ立ってんだよ。」
 じろり、と見上げてルージュは言った。
「俺もヒマじゃねぇんだよ。つきあってほしけりゃ、とっとと兵舎に案内しろ。」
 声もなくおたつく伍長を部屋に残して、ルージュは4人の男たちに囲まれ司令官室から兵舎へ行った。シュワルツとヴォルフガングは横目で見合って笑った。
「さぁ、皆、外で司令官殿をお待ち申し上げております。どうぞ。」
 慇懃無礼にヴォルフガングはドアを開けた。奥歯を噛みしめ、ルージュは外に出た。先程は整然と整列していた兵士たちが、およそ100人ばかりたむろしていた。
「連れてきたぜ!」
 シュワルツは言った。軍服の前をはだけ袖をまくりあげた猛者たちが、若鹿を見つけた狼の群れのように、ぞろぞろと集まってきた。
「剣はこちらへ、司令官殿。」
 ヴォルフガングは恭しく両手を差し出した。ルージュは気色ばみかけたが、兵士たちの誰1人として剣は下げていないと気づくと、言われるまま腰から外しヴォルフガングに渡した。
「武人はやはり、最後は腕力勝負ですからなぁ若君。まずはこいつらと素手で、やりあって頂きましょうか。心からの歓迎の意をこめて…」
 シュワルツは男たちを見回し、怒鳴った。
「やっちまえ!!」
 
 サヨリーヌは厨房でボルケリアにメニューを指示していた。ルージュにとって今日は司令官就任日、いろいろ気疲れして帰って来るだろう彼のために、好物でかつ栄養の採れるものを用意してやろうと、サヨリーヌは考えたのだ。
「ではメインは鴨肉ではなく子牛に致しましょう。トマトソースをたっぷり使って柔らかく煮込みまして…。」
 慣れた様子でボルケリアはメモを取った。
「そうですね。そうして下さい。あとデザートにはフルーツだけでなく、何か甘いお菓子を…」
 そこへ執事が走ってきた。
「サヨリーヌ様、若君が…若君がお戻りでございます!」
「そうですか、今参ります。ではボルケリア様、あとはよろしく。」
「かしこまりました。」
 サヨリーヌは玄関へ向かったが、執事はやけに早く早くと彼女を急(せ)かした。
「何があったのです。」
「いえ、それが…。」
 彼が答える前に2人は玄関に着いた。見るとルージュはどうしたことか、スガーリに肩を借り、足をひきずりながら歩いていた。
「ル、ルージュ様っ!!」
 彼の顔を見てサヨリーヌは悲鳴を上げた。額と頬と口のはたに血がこびりついていて、白羅紗の士官服は泥々かつボロボロであった。
「どうなさったのですか! スガーリ、一体何があったのです!!」
 うろたえる彼女にルージュは、
「んな、大袈裟に騒ぐなよ…。何でもねぇって…。」
「とにかく、とにかくお部屋へ! 誰か! ご本邸へ早馬を出して父を呼んで下さい!」
 サヨリーヌは命じたがルージュは止めた。
「待て、サミュエルは呼ぶな。」
「なぜですか若君!」
「あいつに言ったら親父の耳に入んだろ。いいから。マジ大した怪我じゃねぇから。」
「…。」
 彼女はスガーリを見た。彼もそうしろとうなずいていた。2人は左右からルージュの体を支え、彼の私室に急いだ。
 
 部屋に着くとスガーリはルージュをソファーに下ろした。
「いってぇ…。」
 腹を抱えてうめく彼の頬を、サヨリーヌは両手で包んだ。
「んまぁ、何てひどいことを…。若君、あ〜んして、お口の中を見せて下さいませ?」
 幼子に言うように言うと彼は、切れた唇を開いた。頬の内側がバッサリ裂けていたが、幸い歯は折れていなかった。
「お体もですね? おみ足を引きずっていらっしゃいました。すぐにお手当て致しますから、お召し物をお脱ぎ下さいませ。」
 サヨリーヌはスガーリに手伝わせて、薬箱や洗面器を揃えた。
「あいっ、て…。」
 消毒液を含ませたガーゼで口もとをぬぐわれ、ルージュは痛がったが、サヨリーヌは彼の顎を押さえて、
「ご辛抱下さいませ、ここが一番深く切れております。スガーリ、膏薬を。」
「はっ。」
 消毒したところに薬草を練ったものを塗りつけ、その上にサヨリーヌは小さな麻布を貼った。手足の擦り傷も同じように手当てし、胸と背中、腰の打撲には湿布薬を貼ってやった。
「…シュワルツ、でございますか首謀者は。」
 長い部屋着を羽織りサッシュを結んでいるルージュに、スガーリは尋ねた。ルージュはぶすっとしていた。
「あの隊は指揮官に反抗的で有名でございますからな。前司令官は着任して3日後に兵士の暴行を閣下に訴え出たところ、逆に罷免され左遷されております。今までは閣下御直々にご監督なさっていました故、きゃつらも大人しく従っておりましたが…。」
 スガーリの言葉から、薬などを片づけていたサヨリーヌは、ルージュが誰に何をされたのかようやく理解することができた。
「閣下は若君を真の意味での後継ぎと見定めて、あの隊をお任せになったのでございます。それをお忘れになりませぬよう…」
「うるせぇよ。」
 そっぽを向いてルージュは言った。
「ッたく、ふざけんなよあの馬鹿野郎。10人1束で次から次へと殴りかかってきやがって…。きたねぇんだよやることがよ。」
「彼らは若君を、ご無礼ながら試しているのでございます。生死をともにする上官として、命を賭ける価値のある方かどうか、自分たちの心でじかに納得したいと…」
「んなもん殴って判んのかよ。俺は別に好きで元帥の息子に生まれた訳じゃねぇっつの!」
「若君!」
 スガーリは強く叱責した。
「そのお言葉、2度とお口になさってはなりませぬ! 司令官は兵の命を預かるお立場。元帥とは、この国の命を預かるお立場なのですぞ!」
 ルージュは応えなかった。完全に臍を曲げると彼は、指の爪を弾く癖があった。プチン、プチンという音にサヨリーヌとスガーリは顔を見合わせたが、
「申し上げます。」
 そこへ執事がやって来た。
「ただ今、ヘルムート子爵家ならびにラルクハーレン男爵家より、両家ご嫡男がお見えでございます。」
「ジョーヌとヴェエルが?」
 ルージュはソファーに身をおこした。
「ここに通せ。構わねぇから、すぐに。」
「かしこまりました。」
 執事はスガーリとともに下がった。入れ代わりに2人がやって来た。
「どしたのルージュその怪我!」
 ヴェエルは目を丸くした。
「ああ、ちょっとな。それよりお前らこそどうした。こんな時間に来るなんて珍しいじゃねぇかよ。」
 タイミングのよい来訪に、ルージュの機嫌が直ったのを見てサヨリーヌはホッとした。お茶の用意をするため彼女は下がった。
「それがさぁ、聞いてくれよぉ。」
 ヴェエルは泣きまねをして言った。
「親父がさぁ、城下をぐるーっと取りまく城壁工事を始めるとか言い出して、いっきなり俺に指揮とらすんだぜぇ。んな、そこらのドブの工事すんのとは訳違うっつーのによ、人夫の手配から配置から現場監督から、んなの全部俺に出来る訳ねぇじゃんよー!!」
「まぁまぁ、泣くなって。」
 ジョーヌは彼の肩を叩いた。
「それだけさぁ、期待されてんだよヴェエルは。お前も来年は13になるだろ? 後継ぎとしてもっと、しっかりさせたいんだよ。」
「だけどよぉ…。見てくれよこのマメー!」
 かざして見せる両手には、いたるところに水泡が出来ていた。
「お前だけじゃないって、大変なのは。」
 ジョーヌは言い、持ってきた紙を広げてルージュに見せた。
「今度ね、小麦の保存庫を増設することになって、それと工場の稼働率も上げろって親父が言うんだよ。工場長たちを集めて相談して、冬までに製造能力を倍にしろって…そんなの無理だって言ったのにさぁ、出来ないなら旅に出ろとか信じらんないこと言うんだよ?」
「ジョーヌぅ。俺たち、一緒に旅に出ようかぁ!」
 ふざけて抱きついてきたヴェエルに、彼はきっぱりと言った。
「駄目だよそんなの。俺たちがしっかりしなかったら、この国の人たちが困るんだよ。」
 ルージュは耳を疑った。大人しくて気が弱くて、年下のヴェエルにいつも叩かれていたジョーヌが、これを言うとは驚きであった。ジョーヌは設計図に目を落として言った。
「いずれ戦さになるんだろ? その時のために兵糧を集めておかなきゃ。うちはルージュんちとは違って、正面切って戦場に行く訳じゃないけど、でも食べるものがなかったら戦さどころじゃないもんね。大丈夫だよルージュ。ルージュがどこで戦ってても、俺、呼ばれたらすぐ山ほどの食料持ってってやるから。」
 ニコニコ笑うジョーヌの横で、ヴェエルも言った。
「そっかぁ…。戦さになったらルージュは、俺たちのために命懸けで戦うんだもんね。俺たちがバックでしっかり守りを固めなかったら、安心して戦ってもいらんないよね。」
「そうだよヴェエル。だからお前は親父さんに言われた通り、がんばって城壁工事進めなきゃ。雪が降る前に目処つけないと、実際に工事する人夫の人たちが可哀相じゃない。」
「そっか。」
 素直にヴェエルはうなずいた。
「お前らも、大変なんだよな…。」
 ルージュはぽつりと言った。ジョーヌもヴェエルも自分たちの役目を精一杯果たそうとしているのだ。
「なのに俺だけ、弱音吐いてる訳にいかねぇよな。」
 大きく髪をかき上げて、ルージュは明るく笑った。元帥とはこの国の命を預かる立場だと言った、スガーリの顔が頭をよぎった。
「やるっきゃねぇか、俺も、本気で。」
 ルージュの言葉は独り言だったが、それに反応してジョーヌとヴェエルもうなずいた。
「そうだよ、やるしかないよ。本気でやれば何だって出来るよ。な、ヴェエル。」
「よっしゃ! 明日っから頑張るぞー!!」
「よっしゃ!」
「よっしゃー!!」
 そんな3人の会話は、ティーワゴンを押してきたサヨリーヌの耳にも届いた。若君はいい友達を持っている。彼女は心からそう思った。
 
 翌朝、兵営内の食堂で、ヴォルフガングはシュワルツに言った。
「あの坊やは果たして今日も、ちゃんと出てきますかね。」
「さぁどぉだかな。」
 爪楊枝で歯をせせりつつシュワルツは言った。回りを取りまく数人の兵士たちも口々に、
「多分お体の具合が悪くなって、本日はお休みだろ。」
「いや具合は悪くならないにしても『ボクもうあんなとこ行きたくない〜!』って拗ねてらっしゃるんじゃねぇか?」
「ありえるな。仮病だ仮病。布団かぶってしくしく泣いてるぜきっと。」
 兵士たちはどっと笑った。ニヤリとシュワルツは口元を歪めた。
ところがその時、
「おい!!」
 1人の兵士が息せききって食堂に駆け込んできた。
「あのクソガキが、練兵場に来てやがるぜ! シュワルツとヴォルフガング呼んで来いって…。」
「何だと!?」
 兵士たちは立ち上がり、外に出た。
 
 練兵場の中央で、上半身裸で腕を組み仁王立ちしていたルージュは、シュワルツたちの姿に気づくと大声で怒鳴った。
「いつまでメシ食ってんだよ!! 食ったらすぐ動かねぇと、お前ら全員ブタになんぞ!」
 兵士たちは戸口で足を止め、絆創膏だらけのルージュの顔を見た。彼はニッと笑いかけ、
「昨日は途中でノビて悪かったな。お陰で全員に歓迎してもらえなかったから、これから続きと行くつもりだったけど…。」
 シュワルツたちの背後には、聞きつけた兵士たちが集まってきていた。ルージュはバキバキ指を鳴らした。
「どうしたんだよ。おら、かかってこいよ。それとももう降参か? え? 大の男がブッ揃ってアホづらさらしやがって、どうなんだよこの無駄メシ食いども!!」
 カッ、とシュワルツの顔面に朱がさした。彼はつかつかと歩み寄った。
「ほうほうほう…、こちらのご嫡男どのは、ちったあ度胸があるらしいぜ。だがな、俺たちを甘く見んなよ。昨日のは、あれは単なる手慣らしだ。今日は手加減なしでいくぜ。お綺麗なそのお顔の、形が変わっても知りませんよ?」
 頬に手を触れようとしたシュワルツの腹を、ルージュはいきなり殴りつけた。ぐふっ、と声を上げ、しかしシュワルツは、手のひらで腹を撫でつつ言った。
「おいおい、俺からの歓迎は、最後にとっといて下さいよ坊っちゃん。」
 シュワルツが軽く手を上げると、猛者たちが回りを取いた。
「お望み通り昨日の続きだ。悪いけど俺たちが本気出したら、あんた半殺しですよ。よろしいんですねレオンハルト様。」
 ルージュはゴクリと唾を飲み、けれどもすぐに鼻を鳴らして笑った。
「ああ。やれるもんならやってみろ。」
「…そのお言葉、忘れないで下さいよ。―――おいお前ら! 構うこたねぇ、きっちり仕上げちまえ!!」
 

第1楽章主題2に続く
6番楽屋に戻る