【 17 】

 大塚からの電話は、翌日、会社に入ってきた。電話を受けた事務員が、由布子の席に転送しようとしたのを、
「いま手がはなせないから、折り返しかけます、って言って。」
 そう頼み、かわしたものの、電話は翌日も、翌々日もかかってきた。リダイヤルされる回数もだんだん増え、逃げの一手はいささか使えなくなった。れっきとした提携業者のアトリエ・ニートに居留守を使い続けたら、回りの社員が不自然に思う。三日後、由布子は意を決して、公衆電話からニートにダイヤルした。直接出た大塚に、
「たびたびご連絡を頂いていたのに、失礼しました。」
 事務的に由布子はわびた。大塚は怒らなかった。
「いや、僕こそ悪かったね。どうしても知らせたいことがあったんだ。」
 由布子は黙っていたが、大塚は先を続け、
「例の、上海プロジェクト。今月末に林田君に会うよ。話の流れによっては中野社長にも会えるだろう。うちの事務所を上げて協力させてもらうことになりそうだから。」
 グッドラック・プロジェクトへの強引な加入。そういえばこれもあったと由布子は眉をくもらせた。大塚のはたらきかけに総合企画がうんと言ったら、由布子ごときに口ははさめない。どうしても嫌なら由布子の方が、プロジェクトを下りるしかなかった。
「もしもし? 聞いてるか由布子?」
 苦い気持ちで、彼女ははいと答えた。
「また、連絡する。プロジェクトは君の方が先輩だ。いろいろと教えてほしいことも…」
「大塚さん。」
 さえぎって、由布子は言った。
「もう、お電話も、頂かないようにできませんか。プロジェクトについては会社対会社の話ですから、林田次長を窓口にどのように進もうと、私にはわかりません。ですからもう、個人的なご連絡は一切やめて下さい。迷惑なんです。」
 今度は大塚が黙った。由布子は一息に告げた。
「ビジネス上のおつきあいは、普通に、させて頂くと思いますが、今後は全て、課長の浦部を通して下さい。申し訳ないんですが出先ですので、これで失礼いたします。御免下さいませ。」
 返事を待たずにガチャンと受話器をかけ、由布子はふうっと溜息をついた。
 大塚はプライドの高い男である。ここまで言えばさすがに引くだろう。彼の女は他にもいるはずだ。ALCOHALLの前でちらりと見かけたあの若い女もその一人。プロジェクトの話を聞いて由布子を思い出し、大塚もまた一瞬だけ心が迷ったのだ。きっとそうに違いない。いや、そうであってほしかった。
 電話ボックスの外に雨は降り続いていたが、西空の雲は切れてきていた。真夏の東京は、煮えたぎる灼熱の世界になる。その街から由布子は逃げ出す。翼もつ白馬のような、拓の操るRVに乗って。
 信号が点滅を始めた。由布子は、スクランブル交差点を走り抜けた。
 

第2部第2章その1へ
インデックスに戻る