【(Xー1)年二月十五日】

 まったく、君というひとは。
 判っている。君にとっては些細なことで、ことさらの想いなど籠っているはずがない。社交辞令だ。儀礼的なことだ。それはもう、よく判っている。だがね、拓。君の微笑は私にとって、これほど胸はずむ幸せなのだ。
「先生。協会美術賞受賞、おめでとうございます。すごい賞ですよね。実物も見に行きましたけど、なんか圧倒されちゃって…。今ごろで、なんか遅くなっちゃったんですけど、でも、ほんと…おめでとうございます。」
 ふいに贈られた祝いの言葉は、小体(こてい)なコンチェルトのようだった。くるくる動く君の目と白い歯と、一言ずつ区切るように話すつややかな唇。じゃあ、と言って歩いていく君の背中を、しばし私は見送った。日本フローラル・アソシエイツ協会最優秀美術賞(通称FA協会美術賞)の、受賞が決まった時から今日までの間に、何十人いや何百人が、口々に私におめでとうと言った。本心で、また口先で、素晴らしい、最高ですと褒めてくれた。それら全てとはかりにかけても、私は今日の君の言葉が、何よりも一番、嬉しかった。
 自分の作品が、自分の表現が、正当に評価されるのはいいものだよ、拓。満足感と、この上ない充実感。今回の受賞によって私のスクールは、全国にあまたあるフローラルアートの、名実ともに最高位にあると認知されたのだ。
 Takaaki Kuzuu フローラル・アート。
 いつの日か、君はこの岬から飛び立ってゆけ。それまでに私はこの岬を、どこよりも天に近い場所にしておいてやる。私の力でバックアップして、君を支えられる立場になっていたい。フローラルは既に一部の趣味人のもてあそびものではなく、芸術の新しい流れとして、確たる地位を築きつつある。その一翼をやがて君は、力強く担ってくれるだろう。
 

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