『危険な関係』 座談会

 
【 第1回 (99.10.14放映分) 】

「はいはいはい、いらっしゃい八重垣くん! いやー急に呼び立ててすまなかったねぇ、はいこれインカムつけて。んで下原稿はこれね。はい。」
「ちょっ…待って下さいよ智子さん。まさか本当にやるんですか? 『危険な関係・座談会』…しかもそれを、この僕と。」
「そだよ? やだねー何聞いてきたの。」
「いえだって確か、今回はぜってーやんねーとか何とか言ってませんでした?」
「いや、人の気持ちは移り変わっていくさ。ホレもうとにかく、オンエアから1週分飛んでんだから、さくさくさくーっといかないとヤバいのよ。」
「ヤバいのよって、やること自体ヤバくないんですか。仕事のスケジュールと体調と…。智子さん寒くなると必ずギックリする人じゃないですか。」
「ンだとテメー、人をババァ扱いしくさってからに!」
「だからそうじゃなくて…。全く、なんでそうコロコロ気が変わるかな…。」
「だからさぁ、思いそして忘れ時は巡るからぁ、ね?」
「だけどもう忘れたんですか? 去年のあの苦い経験。回が進むにつれて智子さん、地滑りするようにハマれなくなったって…。」
「忘れてない忘れてない。だから今回リワインダーはやんない。座談会だけ。」
「それにしても、それを僕と、って…。一応僕は八重垣ですけど、イナガキゴロウとは顔も声も一緒なんですよ? 僕とやっててヘンじゃないですか?」
「『僕とやってて』って、やめてよ人聞きのいい…。別にヘンじゃないよ。その点はしっかり区別ついてるかんね。あーたは私の中で、ちゃんとした別キャラとして独立してる。前髪も上がってるし、安心したまへ。」
「そんな旧仮名づかいで言われても。」
「前にも言ったけどさー、拓にしてもアナタにしても、原本をコピーしてワタシ用にアレンジした、1個の別キャラなのよ。原本に対するイメージはさ、皆様個別に持ってらっしゃる訳で、それと私のイメージが全然違うことだってあるっしょ? それを無理に押しつけるんじゃなくて、切り取って別モノにしちゃった。それがああたなんだから。そういう自分の立場をだね、よーく判っておくれでなきゃあ。」
「原本てそんな、フロッピーからコピーしてきたみたいな言い方しないで下さいよ。ソフトウェアですか僕は。」
「あ、位置づけとしては似てるかもね。ウィンドウズの98(キュッパチ)用拡張バージョンみたいなカンジ? まぁそんなんはいいから、始めようってば往生際の悪い…。ホレ、カウントダウンいくよ。いいねっ? はいっ5秒前! 4! 3! 2! 1! Q。」
「ッとにもう…。えーと、はい、皆様お元気でしたでしょうか、八重垣悟です。こうしてまた皆様の前に戻って来ましたけれども、考えてみれば古畑vsSMAPの座談会以来ですから…半年ですか。もうそんなにたってるんですね。まぁでもその間にも、飛鳥旅行記だとかしゃぶしゃぶ懇親会だとか、そんなのでお目にかかってはいるんですけれども。なんかいきなり…ねぇ。こういうことになって、僕も少しとまどってるんですけれども、言い出したら聞きませんからこの人は。だから僕も観念してですね、3か月間皆様と、またおつきあいさせて頂ければと思ってます。はい。」
「ヒューヒューヒュー! 八重垣節は健在だねっ! いいノリしてんやん、さてはこっそりどっかで練習してたな!?」
「してませんよ。そんな思わせぶりな。はいはい、ほらもう始めちゃったんですから、始めたからにはしっかりいきましょう。形式は今までと同じでいいんですね?」
「おおいいともさ。シーンごとに追いながら感想だの何だの、ランダムに言い合うというね。んで時には大きく脱線して、八重垣くんが慌てて戻すと。その形式でいきましょお。」
「じゃあまずは早速、冒頭のシーンからいきますよ。」
「あいよっ! それではVTR、スタート!」
「ノリノリですね…。」
 
■有季子のマンション■
「ねー、コレってば有季子のマンションなのぉ?」
「だと思いますよ。外観がどう見てもホテルじゃないし…。」
「土砂降りの雨と雷鳴。これってまさに眠森だよね。いきなしフラッシュバックするかと思った。」
「カナペに智子さん書いてましたけど、演出が同じ中江さんですからね、似てるのは当然でしょう。」
「そうなんだよね。同じ木10枠だしね。この先も随所に眠森ちっくな画像が出てくるんだ。それにBGMの入れ方もさ、似てるよあのドラマに。」
「演出のクセまで覚えちゃったんですか?」
「みたいだねー。それだけあのドラマは、魂入れて見てたってことだよね。なのにその結果がアレだからさ。だもんでこの、今回の座談会をやりたくないって思った理由のヒトツに、『気づかなくていい欠点に気づいちゃうから』っていうの、あるもん。ボケーッと気楽に眺めていればさ、眠森ももっと表面的に楽しめて、今頃は『ああ、あれはいいドラマだったね〜!』って言ってられたかも知れないのに…。はー。虚しいのぅ。」
「そんな虚しい思いしたのになんでまた、今回もやろうと思ったんですか? しかも急に。怖くなかったんですか? また、その…ねぇ。いろいろあるんじゃないかと。」
「いや、怖いけどさ。一抹の危惧は今でもあるね。」
「なのにやるんですか? ってもう始めちゃいましたけど。」
「うん。…ちょっとさ。その危惧と戦ってみようかなーなんてケナゲなこと考えちゃった。豊川さんと吾郎なら、だいじょぶだよ多分。」
「ほーんとですかぁぁ? って僕が否定してどうするんでしょうね(笑)」
「言えたよ。どうすんのよ(笑)」
「まぁとにかく先に進めましょう。このベッドシーンについては…」
「パスしよっか(笑)」
「そうします?(笑)」
「だって自分と同じカオの男が、ベッドですったもんだ、ってのもねぇ。あんまゾッとしないでしょお?」
「いやそうはないんですけどね。」
「んじゃ細かくみるか!? えっ!? できたてのむか!?」
「いや、いいです。ひなつさんと2人でやって下さい。」
「駄目だよ北海道は寒いんだから。あたくし冷え性だから寒いのって嫌い。ひなつ邸の枯山水も、今の時分は雪と氷に閉ざされてるぜ。ひゅうう、思うだに寒いね。あーさぶさぶっ!」
「またそういうシベリアみたいなこと言って…。苫小牧の人に怒られますよ?」
「ああ関東から見りゃあトマコマイもシベリアも大して変わりゃせん! 江の島と石垣島が隣り合わせだと思ってた人もいるんだ。福島の県庁所在地が博多だとかな。訳判んねんだから。はいではどんどんいくよ。次!」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。1つ言い忘れが。」
「何よ。」
「このシーンの有季子のセリフに、重要なテーマが出てきてるんですよ。『どんな人の中にもある日突然、悪魔が生まれる瞬間があるとしか思えない』っていうの。」
「ああ、あったあった! そうだね、このドラマの基本コンセプトか、それ。」
「ええ。周到に計画された完全犯罪とかじゃなくて、ある些細なきっかけから、ふっと主人公の心の中に生まれてしまった悪魔。まさに『魔がさす』って奴ですね。」
「それによって引き起こされていく犯罪と悲劇、か…。ある意味、完全犯罪より怖いのかもねそういうの。一種『現代社会の病巣』みたいな隠し味もあるのかも。」
「そうですね。偶然ほど完全なものは、世の中にないって言いますからね。」
「お、いいこと言うなぁ八重垣。今のは拍手拍手!」
「まぁまぁそのへんで押さえて(笑)」
 
■朝の歩道 有季子と鷹男■
「ここって映像が綺麗ですよね。雨上がりの緑の並木に、2人ともモノトーンなんだな衣装が。」
「うんうん、綺麗だね。この木ってアオギリかなぁ。場所はどこだろ。」
「アオギリですか? 場所は…どこでしょう。246とか…。いや明治通りなのかな。」
「有季子を見送る鷹男の笑顔がさ、なんかステキだよね。一見、恋人つーよりも、頼りなげなボーイフレンドに思えるんだけど、気が強くてはねっかえりな有季子をさ、鷹男は内心、可愛いなと思って見てるつーか、しょうがないなと見守ってるみたいな、そんな感じするよね。」
「それって贔屓目じゃないんですか? 果たしてそこまでやってるかな、イナガキ。」
「おいおいおいおいぃ、あんたがケナしてどうすんのよぉ。」
「いや、僕…今回ひょっとして、稲垣吾郎には点がからいかも知れませんよ(笑)」
「マジ!? うっひゃひゃひゃ―――! なんか面白くなりそうだねこの座談会ね!」
 
■新児の部屋〜出勤途上■
「軒下に干す白手袋。なんかさ、男の独り暮らし、って感じが切々と出てるよね。」
「切々とですか(笑)」
「せんたくばさみにさ、昨日の雨粒がくっついてんのを払い落としてから干す。このへんの演出はすっげ好きかな。遠くに高層ビルの見える古い木造アパート…。しかしこんなんが都内にまだあるんだねぇ。」
「ありますよ。新宿でしょう?ここ。新宿っていうか新大久保の方だろうけど。けっこう建ってますよ、古いアパート。むしろ郊外より多いんじゃないかな。大都会の不思議さですよね。」
「ああ、かもねー。何から何までピンキリ揃ってんだよね東京は。でもってさ、このアパートの外観の映像に、白文字でスッと『脚本・井上由美子』って出てくるのが何か映画っぽい。」
「うん。印象的なスーパーの出し方ですよね。」
「で、シーンは新児の部屋の中に戻って、多分手袋を洗った洗面器を片づけて、懐かしいあのマッチでつけるコンロに火をつけて…」
「小道具も凝ってますよね。久しぶりに見ましたああいうトースター。」
「で、さらに包丁でパンをザクザクと切って、ドリップでコーヒー落として水筒に入れる…。多分、運転中の眠気覚ましなんだろねこのコーヒー。」
「よく覚えてますね智子さん。相変わらず北島マヤみたいな人だな。何回見たんですか?」
「えっとね、3回かな。3回見りゃコレくらい覚えるよ。でもって新児はドアをあけて外に出ていく。薄暗い逆光の廊下にかぶって、ここで『豊川悦司』の文字…。いーなぁココに主要出演者の名前が出んのって。『稲垣吾郎』ってさぁ、最近思うんだけどもすごくいい字面(じづら)だよね。」
「そうですか? こういう出方すればたいていよく見えるんじゃありません?」
「おっと、こりゃまたシビアだね八重垣(笑)」
「だってもしもですよ? ここに、こういう画面にね? 『脚本:木村智子』って出たらそれなりにいい名前だって思うでしょ?」
「それなりにって何だよ。…あ〜…でもいいだろなぁ…。『脚本:木村智子』かぁ…。」
「なんかトリップしてません? 遠い目になってますよ。おーい、帰ってこーい(笑)」
「あいよただいま(笑)えーと、それでもって何だ(笑)このへんの映像はさぁ、まさに眠森ちっくだよねぇ。小さなゴミを捨ててグリーンのネットかぶせて、停めてあった自転車の向きをヒョイと変えて走り出す。町工場の音が聞こえて、遠くに新都心のビル街、中央線のオレンジの電車…。」
「BGMも綺麗ですよね。全然台詞のないシーンだけに音楽は大事ですよ。」
「そうだね、その通り。」
 
■刑事部第二捜査課(有季子の職場)■
「有季子の視線でカメラが動いてるのは判るんだけど、ちょっと酔いそう(笑)」
「部屋にいるのがなんか、使えなそうな刑事ばっかりだと思いません? キリッとしたのが全然いませんよね。」
「やっぱ、それが捜査二課のイメージなんじゃないの?」
「室内にいる全員が有季子のことを、何ていうかな、馬鹿にしたような呆れたような、そう嘲笑の目? そんなので見てますよね。」
「職場でさぁ。浮いてるんじゃねぇかぁ? コイツ。」
「かも知れないですね。派手ですもんね。」
「呼びつけられた上司の部屋で、ネチネチとお小言か。最近はもぉ猫も杓子もセクハラ、セクハラってさ。あ、でもこの場合は逆セクハラか。」
「でも紀香おねぇさまのセクハラだったら、僕もされたいですね。…してくんないかな。」
「ん、正直でよろしい。」
 
■証明写真■
「これって伏線だったのねー。なんか、どうってことないシーンなのに、豊川さんに引きずられて見入っちゃったよ。」
「え、伏線ですか? このシーンが?」
「いや、あとでまた言うけども、小銭がないってシチュエーションはポイントでしょお。だってこれ、この日新児がいっぱい小銭持ってたら、彼は殺人なんか犯さなかった訳だからね。」
「ああ成程、そういう意味ですか…。」
「100円足りなくてさ。返却レバー回したのに返ってこなくてさ。あるよねーこういうことって。朝からツイてないなって感じ。」
「何かこう、全体的に“ツイてない男”って感じしますよね、新児は。」
「ねー! そうなんだよね。醸し出す雰囲気でソレを感じさせるってのは、マジすごいよね豊川さん。役柄と個性が合ってるってのもモチロンあるだろうけど、それを差っ引いても余りある。」
「写真撮るの諦めて、シャッ、てカーテン引くじゃないですか。で、実はここが最初なんですよね、新児の顔が正面からはっきり画面に映るのは。」
「そうそう。まぶしそうに目をこすって、んで、出勤の人波を逆方向に走っていく…。いわゆる『俗世間的な幸福』からは遠い位置にいる主人公を、あらゆる角度から強調してる感じするね。んで、その凝った演出に、豊川さんの存在感が負けてないんだよ。ほったらまぁすげぇこったよなぁ。」
「どこの言葉ですかそれ。」
 
■本庁前の道路■
「ここが例のNG集の時の映像ですね。髪の毛のホコリが皆さん気になったという。」
「それそれ(笑)ッとにさぁ、取ってやれよディレクター…。」
「でもなんか、お金のないゴーストライターっぽくて逆にいいんじゃないですか?」
「吾郎のさ、胸おさえて『あいた』つーの好きだな。スマスマでよく見せてくれるコミカルな吾郎。この軽さがセカンドの役割だとあたしは解釈したね。てゆーのもこれに続く車内のシーンがさ、この物語全てに対するプロローグつうか、序曲におけるコーダでしょう。」
「コーダ。…クラシックでいう?」
「そうそう。ラストのいっちゃん盛り上がる部分ね。その盛り上がりを前にして、フッと息をぬいておくっていうか。全体の構成をバランスよくするためにはさ、すごく必要なことだと思うな。だって重大なシーンだよぉ? 次の、車中は。」
「見てみましょうかそれじゃ。次。」
 
■新児のタクシーの中〜鷹男の独白(ナレーション)〜タイトルへ■
「さっきの、証明写真のシーンで視聴者はさ、初めてはっきりと新児の顔を見て、んでここの『どちらまで』で、初めて声を聞くんだよね。」
「ああそうですね。新児の最初の台詞なんだこれが。」
「ここには大事な台詞がいっぱい詰まってるよね。有季子の『出口がないなぁ…。』と、新児の『この車線から引き返すことはできないんです。』うーん…象徴的だよね。」
「2人の運命は、重なってしまった訳ですね。鷹男が彼女を呼び止めて1万円貰ったせいで。ホントに余計なことするよなぁ鷹男は。ノンキにナレーションなんか入れてる場合じゃないよ全く。」
「おいおい(笑)ホントに今回点が辛いね八重垣。」
「その方が面白いですって。どうせ智子さんが褒めちぎるんですから。」
「ちぎらないちぎらない。今回は冷静に行くつもり。でもさぁ、この吾郎のナレーションいいよね。カナペに書いちゃったけど、これから起こる事件のすべてを通り抜けた後の河瀬鷹男、って感じがちゃんとあんだわ。今、有季子に手を振ってる鷹男とは別の、『語り手』としての鷹男がいる。これはね、大したモンなんだよ八重垣。判る?」
「ほら褒めちぎってるじゃないですか。」
「時間の経過を演技で表現するのってねぇ。難しいんだからぁ。そういや読売新聞にも褒めてあったっけ。『抑えのきいたナレーションが印象的な稲垣』って。」
「ふぅん。演技は別に褒めてないんですね。」
「うっるさいなぁ…。何よあんた。アタシに喧嘩売る気?」
「いや別に売りませんけど。褒めと抑えでちょうどいいんじゃないですか。」
「そりゃまそうだけどぉ? まぁいいや話進めるけどね。でもってここで車を見送ったあと鷹男は、虹のかかった空を見上げるやん。これが、TV誌に紹介されてたプロデューサーの言葉、『鷹男はこの物語で唯一、空を見上げる余裕のあるキャラ』ってコトを表してるんだろね。空と虹と鷹男だけの、他には何もないシーン。綺麗だわぁ。」
「ここで音楽変わりますよね。ぐっとサスペンスタッチに。」
「うんうん。タクシーはトンネルに入っていって、同時にあたりは暗くなり、さぁぁーっと集まった光の点が、タイトル『危険な関係』の文字になる…。いいねぇいいねぇドラマチックだねぇ!」
「でもこの羽根が…僕はどうしても、『BIRDMAN』のプロモ思い出して笑っちゃうんですけど。」
「あ、言えた! これさ、偶然だとは思うけど、なんか他の番組でも、タイトルバックにこんな感じに羽根散らしてるでしょ。『美しい人』だったかなぁ…。」
「そういえばありましたね。偶然なんでしょうか。」
「うーん…。何か1つ印象的なモノ見ちゃうと、人間どうしても引きずられちゃうからなぁ。模倣、じゃなくて『無意識に似ちゃう』ってヤツね。」
「学ぶ、は『真似ぶ』だって言いますからねぇ…。」
「なんか今回、ほんっと八重垣ワールド冴えてんね。」
 
■成田空港■
「お釣りが9580円かぁ。ヤな額だよなー。420円くらいあんだろって、そりゃ聞きたくもなるよねぇ。」
「多分これで細かいの使い果たしちゃったんでしょうね。次に乗ったお客さんに万札出されたら困りますよね。」
「でも遠距離の上客だからNoとも言えず、か。若おやじじゃないけど、タクシーの運ちゃんて態度悪い奴も多いけど、客の方もタチ悪いの、いるんだろうなぁ。」
「いるでしょうね。大変な仕事ですよ。」
「あたしもさぁ、昔、酔っぱらってタクシー乗って『武蔵小杉!』つったままガーッと熟睡しちゃって、運転手さんに揺り起こされたことあるもんなぁ。ほっぺた叩かれてたみたい。」
「…危ないですよそれって。1歩間違ったら…ですよ?」
「うん。いい運転手さんでよかった、マジ。」
「タクシーの運転手、か。人間のいろんな面が、ダイレクトに見える商売なんでしょうね。」
「だよね。どっか影のある、同時にクセもある…。豊川さんにピッタリなのかなぁ。でもってココに、嫌な客の典型みたいな野郎が乗って来る訳だ。」
「雄一郎ですね。」
「うん。図々しいっていうか、ヒトをアゴで使うことが自分のステイタスだと勘違いしてるような金メッキ男ね。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』ってコトワザを知らんのか、ッたく。」
「新児としても、本来ならカラで東京に戻るより客を乗せた方がいいに決まってますけど、でも疲れてるんですね彼は。こうやって目頭押さえてるし。」
「客を乗せての長距離運転て、疲れるんだろうね。あたしゃ免許持たんから知らねーけどさ。」
「疲れますよ。僕だって助手席に部長とか乗せるとクタクタになりますもん。」
「だろうねぇ。上司でさえ疲れんのに相手が客じゃあ、荷物積めって言われたって嫌とは言えないし。もしコレ子連れのお母さんとかならね、進んでやってもあげたいけど、いい年こいたオトコがさ、荷物くらい自分で積めよタコ、だよね。」
「それを顔に出さずに接客する新児。プロですよねぇ。」
「そうそう、ポイントはそれ。今の言葉、覚えといてね八重垣。」
「は?」
 
■MIYAKOYAスーパー店内■
「この店って…あれですかね、モデル的には明治屋、なんでしょうか。」
「あ、言えてる。店構えが似てるかも。店員さんが感じいいんだってねぇ、あそこ。あたしゃ行ったことないけど、中島みゆきさんが言ってた。」
「そこで有季子はワインを万引き、ですか。入口でガードマンに呼び止められた時の表情、なかなかいいんじゃないですか?」
「してやったり、って感じのね。うんうん。」
 
■タクシーの車内■
「洋モクふかして話しかけてくる雄一郎。ムッカつく客〜。」
「まぁ彼にしてみれば久しぶりの日本で、誰かと喋りたい気持ちは無理もないですけど…。この偉そうな口調が嫌ですよね。」
「現地でもこんな感じだったんだろうね。こういうのが日本の評判を悪くするんだよ。」
「肩をかわすみたいに相手にならない新児。客との距離のおき方に慣れてるんでしょうね。バックミラーに映る目が、うん、いいですね。」
「いいよねぇ。なんかこう、影があってね。で、雄一郎は乗務員証から、魚住新児の名前を知る、と。雄一郎が勝手に室内灯つけるまで、暗くて新児には客の顔は見えないんだよね。」
「『覚えてるよな』って言われた後で、新児は『はい』って答えるじゃないですか。ここに新児の…何ていうかな、過去っていうか影っていうか、そんなの感じませんか? だってねぇ。陽気な男だったら『えっ、何、都築!? 何だお前かよぉ!』なんて、調子よく騒ぎそうなもんじゃありません?」
「そうなのそうなの! ずっと日陰を歩いてきた男なんだよねぇ新児って。若おやじのあのドライバーだったらさ、懐かしいねぇオイオイ!っつって大騒ぎだろうからね。」
「嫌な客乗せちゃいましたよね新児も。今日は朝からツイてないんだなきっと。」
「そうだねぇ…。そして多分そんな時を狙って、悪魔は人間に近づいてくるんだよ。」
 
■スーパーの警備員室■
「ここはさぁ、ちょっと『アレ?』だったのが、『危ないワインを調べてる』って言う有季子の言葉に、警備員ごときがおたつくかね。そんな末端の人間までがてめェんとこの商品の違法性を知ってたら、ミヤコヤスーパーも先は知れてんぜ?」
「そりゃまそうですけど…。でもあれなんじゃないですか? もと製造ラインの人間が定年退職後に嘱託採用されて警備員やってるとか。それなら判って当然ですし。」
「おお、背景設定するする八重垣。小説家になれるよアンタ。」
「でもそういう細かいところはしょうがないですよ。大目に見てあげましょう。」
「…何だよぉ、吾郎には厳しいクセに他には甘いなぁ。ま、同僚の刑事の助け舟とチューインガムに、『ども。』って感じの顔する有季子はキュートだけどね。」
 
■ホテルのフロント〜スイートルーム■
「どこですかねこのホテル。何か、どっかで見た記憶はあるんだけどな…。」
「おっと。こんなトコでワルサしてるんかいキミは。けーっ! 侮れんなっ八重垣悟っ!」
「いやそういうのだけじゃなくて。ちゃんとした、取引先の接待とか、しますよ僕。こう見えても。」
「ま、サラリーマンやからねアンタもね。いろんなお仕事があるだろうけど。しかしスイートだけあって豪華な部屋だよねぇ。1度でいいから泊まってみたいモンだ。」
「え、ないんですか智子さん。」
「ねぇよ。悪かったよビンボーで。」
「いやお相手が……いえいえ何でもありません。」
「まぁこのシーンはだ。新児と雄一郎の対決って感じで、重要だからね。小道具も効いてるよねぇ! モルツの缶に、シャトーマルゴー96年。…みんなさぁ、どうしてだか言わないけどさぁ。一瞬、『ここにルームサービスで佐竹城が入ってきたら』ってシチュエーション、頭に浮かんだと思うよぉ。」
「言っちゃ駄目ですよ智子さん、それを。」
「いや誰か言うかな、誰か言うかなとは思ってたんだけど。」
「で、自分で言っちゃったんですか。」
「そう。あたしの人生って、ワリとこういう感じ(笑)」
「損なんだか得なんだか…。まぁそれはいいですから、このシーンは重要なんでしょう? ちゃんと論じなきゃだめですよ。」
「おおそうか。うーんとね、ここでのポイントは大きく3つ。1つは雄一郎の心情ね。」
「雄一郎のですか。新児じゃなくて。」
「いやそれは3番め。雄一郎はさ、昔、落ちこぼれだったんでしょ? 高校中退して外国行って、商売とかやってた。それに比べて新児は成績優秀、多分先生とかにも可愛がられてたんじゃないの? それが今や立場逆転。荷物運ばせたりチクチク嫌味言ったりすんのが、雄一郎は嬉しくってたまんないんだろうね。でもってまた新児がさぁ、あくまでも下手に出て受け流してんのが、内心かえって癪にさわるんじゃない? きっと昔と同じなんだよ。なんか常に1歩距離をおいてるような余裕。そのことが雄一郎を、挑発的にしてるんだと思うね。」
「なるほど。それは言えるかも知れませんね。」
「第2点は、サラリーマン木村智子。」
「はぁぁ? 何ですかそれ。」
「いや〜…。金狼の時もそうだったんだけどねぇ。こういう企業っぽい設定って、私からすっとたいていが嘘っぽく思えてしゃーないねん。金狼では敵方のコンツェルンにケチつけまくってさ、しまいにゃ真澄っちにムッとされたかんねアタシ。」
「ああ、してましたねちょっと(笑)」
「つまりさぁ、本職の刑事が刑事ドラマ見るとハラ立つっていうのと同じなんだろうね。そんなさぁ、バブルの頃ならイザ知らず、今や日本の全企業でね、将来に何の不安もない順風満帆な会社なんかないんだから。いやしくも企業のトップがね、そんな大事な時期にだよ、19年間会ったこともない息子に会社譲る訳ねぇだろっつの。リスク大きすぎるよ。第一トップの座に就いたって、今は大変だぞぉ? まずはコストダウン。利益率アップ。競争力の強化。合併の危機。そんな問題突きつけられて、あっちゅー間に総白髪よ。『貰って嬉しい社長の椅子』ってのは15年前までの話。今は出来れば御免こうむりたいんじゃないの? 少なくともアタシはヤだね。いらんいらんそんなもん。」
「いや、でも…それを言ったら全然違う話になっちゃいますよ?」
「判ってるって。だからそのへん、割り切ってるけどさ。それに、非現実的な設定も、物語が面白ければ結局気にならなくなるかんね。あぶ刑事がいい例よ。」
「それはありますね。…で? 3番めは新児の心情でしたっけ?」
「そうそう。今までに何度も言ったけど、彼は決して、華やかな喝采を浴びたことはなかった男。成績はよかったのに親御さんが早くに死んで、行けたはずの大学にも行けなかった。ツイてないんだよ。ひっそりと影のように生きてきて、人の下座に座ることが、もう身に着きかけてる。雄一郎の挑発よりも新児は、むしろそんな自分にちょっとジレンマ感じたかも知れないね。全てを諦めて、争わないように生きてきた自分にさ。だけど、頭のいい奴ってのは大体が冷静だから、目の前でこれ見よがしに高級ワイン飲んでる雄一郎が、本当はカッコだけの薄っぺらい奴だってことも新児には判るんだと思うよ。本当に実力のある人格者ならさ、タクシーであんな態度とらないって。」
「…熱弁はいいですけど、そんな、ツバ飛ばさないで下さいよ。」
「あ、飛んだ? ごめんごめん。ちょっと熱くなっちまったい(笑)」
「いえ話題が盛り上がるのは最高なんですけどね。それでどうしました。それから?」
「何だっけ。えーと…だからね、雄一郎が本当に尊敬すべき男になってたら、新児も素直に、自分が下なんだ、こいつの言う通りだなって思えたと思うの。タクシー運転手って仕事に、新児は満足はしてなくても、それなりに誇りとやり甲斐は持ってたんじゃない? その象徴があの白手袋なんだよ。わざわざ洗面器で手洗いして、丁寧に干してたじゃん彼。なのにさ、雄一郎はそれまで否定した。しかも嘲笑いながらね。でも、ルームサービスに来たボーイの態度や、ホテルの雰囲気に気圧されてる自分も確かなことで、新児は嘲笑を跳ね返せなかった。『たとえ千円のワインでも、12万だって言われたらみんな有り難がって飲むんじゃないか』がせめてもの反撃…かなぁ。」
「ああ、あの台詞はよかったですね。ドキッとしました僕も。」
「うん。あとさぁ。まるで負けを認めたかのように、新児は目を閉じたじゃない。このへんはもうさ、豊川さんの醸し出す雰囲気に、ぐいぐい引きずり込まれちゃうよね。」
「うん…。うまいですよねぇ本当に。こういう影のある役やったら今は、豊川さんの右に出る役者さんっていないんじゃないですか?」
「あたしもそう思う。…で、自己の内面的葛藤に耐えているかのような新児に比べて、雄一郎はあくまでも俗物だから、ゲームしようなんて言い出す訳だよね。会社の連中は誰も自分の顔を知らないんだって言って。馬鹿な男だぜ全くもう。」
「ここのBGM、けっこう軽快なの使ってるじゃないですか。重くしすぎないためなんでしょうけど、印象的ですね。」
「うん。センスいいよね。」
 
■地下駐車場■
「しかしスタイルいいなぁ豊川さんて…。スラッとしててさ。頭ちっちゃいし。」
「うん。がっちりしてますしね。男性ファン案外多いでしょうこの人。さもありなん、ですよね。」
「薄闇にじっとしているタクシーを見るあの目がさぁ。もぅ、何とも言い尽くせない複雑な感情を、きっちり見せてくれるよねぇ。今さらだけどあたしさぁ。豊川さんてこんな巧いと思わなかったよ。」
「美形!!って訳じゃないですからね。判ります判ります。」
「おお判るか私の面食い度が(笑)」
「ここで新児が飲んでるコーヒーって、朝自分で入れた奴ですよね。お酒は…確か一口も飲んでないと思いましたけど。」
「多分ね。心身ともに疲れたんだよきっと。だって考えてみりゃ、成田往復してんだよ?」
「あ、そうか。成田往復だ。ははぁ、だからここでちょっと休憩を…。」
「そうそう。事故起こす前にね。プロだもん彼は。無茶はしないんだよきっと。」
「なのにそこへ、よせばいいのにまた来るんですね俗物が。」
「来るんだよねぇ。嫌味な奴。新児の手袋届けに来たかと思えば、貰ってもいいかだなんてさ。だったら最初から来んなっつーに。明日っからお前を指名して乗るなんて、一生運転手やらす気かい。」
「やらせる気なんでしょう。優越感の道具にしたいんですよ。」
「休憩まで邪魔されて新児はハンドル回して、んで…ここよここ。証明写真と成田の客が伏線になるのは。」
「そうか。駐車料900円をすんなり払って地上に出れば、何事も起こらなかった…。」
「でしょおお。ところがどっこい小銭がなくて、両替しようにも事務所はガランとしてて誰もいない。参ったな…って感じでふとバックミラーを見ると、雄一郎がふざけて手を振ってる。その手にさぁ。奴は手袋はめてたんだよ。タクシードライバーとしての新児の、ささやかな…なんつったら失礼か。白手袋に象徴される新児の誇りをさ。雄一郎はおもちゃにしたんだと思う。運転する真似なんかして、人を小馬鹿にした態度で肩すくめて。」
「成程、あの手袋がねぇ…。新児のプライドの象徴だったって訳ですね…。」
「そう。新児の中にひたひたと満ちていた黒い憎悪、つまり悪魔がさ。ここでついに牙を剥いたんだよ。幸か不幸か事務所には誰もいない。エンジンのアイドリング音がやけに大きい。ガクッとギヤをバックに入れて、新児はアクセルを開いたんだね。」
 
■回転寿司■
「…そんな新児に比べて、ずいぶん呑気じゃありません? この2人。」
「いや、これでいいのよ。緊張と弛緩は交互に構成せなぁ。息詰まるシーンばっかじゃ息が詰まるわな。」
「そりゃそうでしょう。」
「ただしBGMはサスペンスタッチなんだなこれが。ナイス選曲。考えてるねぇ。」
「ここでのポイントは有季子の『出口見つけたいの…』ですか?」
「そうだね。1回手に取ってつまみ食いしてから、お皿戻した鷹男には笑ったけども。」
 
■川原■
「なんかさ。ここでの新児の表情…すでに別人て感じで、ぞくっとしない?」
「します。このシーンの最初、煙草の煙がこう立ち昇ってて、シート起こして起き上がったあたりから、何ていうかな、真に迫ってるっていうか。」
「ねー。リヤトランクあけると毛布にくるまれた雄一郎の死体があってさ、不吉なBGMも緊迫感を高めてくれるよね。」
「死体って、でもあれ生きてるんでしょう? 第2回めの予告でそうなってましたもんね。」
「ねー。こりゃあヤバいぜ新児。まぁまだドラマ始まったばかりだから、しばらくは意識を取り戻さないんだろうけど。」
「そりゃそうですよ。翌朝雄一郎が普通に目覚ましたら、そこで話終わっちゃうじゃないですか。」
「まぁ、これが現実だとね。応にしてそんなもんなんだけども。それにしてもこのシーンて、スタントマンがやったのかなぁ。石黒さん本人だったとしたら、…大変だったろうね。」
「ああそうですね。でも暗いし、回り。」
「どっちにせようつ伏せでよかったよかった。てゆーか男性の水死体って大抵うつ伏せなんだってね。四谷怪談の戸板のシーンで、確かそんなようなコトを聞いた記憶があんだけどな。」
「さぁどうなんでしょうね。やったことないから判りませんね。」
「やったことないって、何をよ。」
「いやだから、裸で水に落ちたことはないですから。」
「そりゃ普通はねぇだろぉ。酔っ払ってプールに飛び込む奴はタマーにいるみたいだけどね。」
 
■仁美の病院■
「病院てさぁ。婦長がピアスしてていいのかぁ? 私はまずそれが気になった。」
「ああ、してましたね確かに。うーん…。どうなんでしょうねぇ…。」
「今度本職の看護婦さんに聞いてみるけどさ。んでもピアスはおいといて、この婦長、テキパキと仕事できそうな感じするよねー。第1回めでは特に説明されてないけど、新児の元の奥さん…だろ?」
「多分そうですよ。ことさらに説明のセリフがなくても、『痩せたんじゃないの?』とか、『1人でもちゃんとしたもの食べなきゃ駄目よ』とか、言葉つきと雰囲気で判りますよ。元の奥さんだからこそ、新児も電話してきたんじゃないですか?」
「この重大時にねぇ。よっぽど信頼できる相手じゃないと手当てなんか頼めないよね。ただの彼女とかだったら来ないかも知れない。それが、元夫婦と元恋人の違いか。」
「ぎゅっと傷押されて痛そうにするの、なかなかいいですね。」
「そだね。んでもさぁ、腕の怪我だけなのにセミヌードになる必要あるかね。これはもしかしてサービスショットか?」
「相変わらず話をそっちに持っていきたがりますね。違いますよ。一番ひどいのが腕の傷で、でも雄一郎と揉みあったときに、他にも怪我してるんですよきっと。」
「ああ、そっかそっかなるほど。それは言えんな。うんうん。」
「で、僕、思ったんですけどね、この2人はきっと、以前子供亡くしてるんですね。」
「え? なんでなんで?」
「だって婦長が言うじゃないですか。同じ命なのに、お金があるかないかで生きたり死んだりするって。その時に新児、チラッと彼女の顔見るんですよ。『あれ? もしかして…』って、思いましたね僕。」
「はっはー! なぁるほどねぇ! いやぁ今回ずいぶん細かく見てんじゃん八重垣。どしたの? ひょっとしてアンタ豊川さん、好き?」
「好きですね(笑)それと藤原紀香さんと。」
「正しい見方してんねぇ…。」
 
■みどりタクシー営業所■
「左腕をかばいかばい、上着の衿を立てて事務所に入る新児。何ともニヒルな後ろ姿がいいねぇ〜!」
「上着の衿…。ああ、そうか。いま判りましたよ。」
「何が。」
「さっき地下駐車場で車に乗るとき、新児は上着を後部座席に置いてたじゃないですか。だから上着には血も泥もついてなくて、平気で着てられるんですねこれ。」
「ああねぇ。そっかそっか。とすると衿立ててんのも、血で汚れたワイシャツをなるべく隠したいって気持ちの表れなのかなぁ。」
「うん、そうかも知れませんね。」
「事務所出てから車を洗って…。まるで清めるみたいにね。」
「清める、かぁ…。新児の仕事のパートナーである大切なこの車は、今や彼の共犯者、かつ事件の目撃者な訳ですね。」
「うん。複雑な気持ちだろうね。虚無的な背中が印象深いや。」
 
■空地(?)■
「そうしてここで証拠隠滅。まさに犯罪者の行為だね。ドラム缶の中で雄一郎の服を燃やすと、炎にチリチリめくれながら『Y.Tsuzuki』の縫い取りが燃えていく。けど何たってここは、血で汚れた白手袋がポイントだね。新児の誠意とプライドの象徴である、真っ白な運転用の手袋さぁ。」
「それもすでに血に汚れてしまったんだと、それが言いたいんでしょうねこのシーンのアップは。」
「だと思う。ポン…と火の中に放り出す動作が、何か悲しそうというか、切ないよね。ほら最初のさ、朝日に光る雨粒を払って丁寧に干してたシーンと対比すると。」
「哀れな感じしますよね。新児は別に、ずっと以前から雄一郎を憎んで、やっと殺してやったって訳じゃないんですから。あいつになりかわってこれから好きなことしてやるぞっていう、毒々しい欲望もない。ただ静かに証拠品を燃やすんですね。」
「痛々しい、よね。そう考えるとね。ふっと胸の隙間に入り込んだ悪魔かぁ。新児の人生、どうなっていくのかねこれから。」
 
■ホテル■
「このシーンが第1回めの白眉だと思うよぉ。さっきも出たけど新児はさ、はずみで雄一郎を殺したようなもんで、特に綿密な計画なんか持ってないんだよね。だからこのホテルに来た時には、まだ都築雄一郎になりすまそうなんて決心は、してなかったと思うんだ。単なる証拠隠滅? 連絡先のメモとか残してきたじゃん。」
「ああそうですね。メモ書いた時は新児、手袋してなかったし…。」
「カードキーは…つぅと『黒孔雀』みたいだけども(笑)雄一郎のポケットにあったはずで、簡単に手に入ったよね。でもさ、冷静に考えればコレってかえってヤバい。今どきのホテルって全部コンピュータ管理してるから、何時何分に部屋のドアがロックオフされたか、記録残っちゃうんだよね。雄一郎はとりあえず、この時とっくに死んでる訳やん? なのに誰かが鍵を開けて部屋に入った…。来ない方がよかったはずよ新児は。」
「ホテル管理システムですね。NECにも富士通にもいいソフトありますからね。」
「お、さすがSE。よく知ってんね。」
「それにホテルのフロントマンて、人の顔覚えるプロじゃないですか。考えれば考えるほど、来ない方がよかったですね新児は。このままで済ますつもりなら。」
「部屋に入って、刑事ドラマの真似ごとみたいにペンとメモの指紋を拭き取って…。だけどここにまたまた、来ちまうんだなぁ妙な女が。」
「今までは自分一人でやってたことに、とうとう第三が加わってきちゃうんですね。都築雄一郎様ですよねって聞かれて、『はい』と答えた瞬間、いわば新児は崖っぷちから飛び降りた…。」
「そういうことだね。追いつめられて最後に、背中押されちゃったんだね。」
 
■MIYAKOYA役員室■
「このセットってさ、織田くんが弁護士やったドラマ…タイトル何だっけ。あれに似てる気がすんなー。そう思わない?」
「織田裕二の弁護士もの? ああ…そういえばありましたね。確か競演者が鶴田真由さん…?」
「そうそうそれそれ! あれはビデオに録ってないんで確かめらんないんだけどね。何か似てる。」
「美術さんとか、同じなのかも知れませんね。アレもフジテレビでしょ?」
「だと思った。まぁこのシーンにもね、今どきそんな顔も知らない男に、先代の遺言だからって社長の椅子渡す会社があるかとは思うけど、繰り返しになるからやめとく。」
「そうしましょう。ドラマの虚と実ですよ。」
 
■ホテルの部屋■
「しかしこういうオドオドしたキャラやらせると、篠原涼子の右に出るモンはいないね。」
「秘書課の子って感じしますよね。実際いますよこういうタイプ。」
「おんや? やけに確信に満ちた口っぷり。さてはどっかの秘書室のレディと、懇意なのかな八重垣くんはっ!」
「部屋を出てすぐの廊下で、すごく嬉しそうに笑うちひろがいいですね。画面左下のピンクの薔薇が、何か象徴的ですよ。彼女の心弾みを表してるんだな。」
「…話そらしたね。」
「ここで笑う新児が、智子さんのツボなんでしょ? 初めてですよね、新児のこういう笑顔って。」
「うん。ここの豊川さんの演技で、ドラマの設定の強引さも大胆さも全部、納得に変えられちゃったかな。人を殺したのも、そいつになりかわって生きるのも、別に新児が強く望んだ訳じゃないのに、いつの間にかそうせざるを得なくなっちゃった。考えると滑稽な気さえして、新児はおかしくてたまらなかったんだと思うよ。同時に彼はこの時、運命というルーレットに自分自身を投げ込んだんだと思う。いずれは破滅が待っている。それもよ〜く判った上でね。失うものが、もう新児にはないんだよ。あの手袋を捨てた今では。」
「怖いですよね、そういう犯罪者って。破滅を恐れていないんだから。」
「ねー。怖いよね。言いかえれば新児はここで、自分の手綱を悪魔に委ねたと。そう言ってもいいと思う。」
 
■有季子の部屋■
「この雑誌、タイトルが『ダイナマイト』なのには笑っちゃったけど、光沢が完全にカラーコピーだよね。」
「『ダイナマイト』って、『プレジデント』のパロなんですかね。」
「だろうね。この記事によって有季子は、ターゲットたるMIYAKOYAの亡き社長に、息子がいるってことを知るのか。…警察だったらもっと他の、プロっぽいルートで判れよって気はするね(笑)」
 
■証明写真■
「昨日はなかった小銭があって、今日は写真を撮れました、と…。フラッシュによって呼び覚まされる殺人の記憶、てのは目新しくないけどさ、仕上がった写真の目の暗さにドキッとしなかった?」
「しました。撮り終わって外に出て、野生動物みたいに辺りを見回すのもいいですね。」
 
■ホテルのロビー・有季子と鷹男■
「…で、ここでまた呑気モード(笑)画面見てるだけだと判んないけど、こうして丁寧に追ってみるとさ、鷹男ってキャラには、新児だけだと重厚になりすぎるであろうドラマ世界の空気を、サラッと薄める任務があることが判るね。その点はちょうど、眠森の敬太の位置づけ。」
「そうですね。映画ならともかく民放のTVドラマですから、あまりにも重厚長大だと視聴者が疲れるでしょうし。」
「うんうんその通りその通り。つまりは古今集でいうところの『軽み』ね。それを今回吾郎は求められてるんだろうな。」
「古今集(笑)そこまでいきますか(笑)」
 
■ホテルの部屋〜エレベーターホール■
「呼び鈴押したのって有季子かと思ったら違うんだよね。ちひろなんだ。まー随分とおめかししちゃってぇ。」
「ノックされてドアあけた時の新児の態度が、さっきとは違うんですよね。すでに背後に悪魔がいるのか。おっかないな。」
「このエレベーターホールのさ、照明の使い方が綺麗だと思わない? 壁とかは赤っぽいブラウン、天井はインディゴブルー。」
「綺麗ですね。」
「そこでぶつかる新児と有季子。彼は一目で、あの時タクシーに乗せた客だと気づく…。もし有季子が自分を覚えてたら、そこで1巻の終わりだもんね。」
「でもタクシーの運転手の顔なんて、普通覚えないでしょう。はっきり正面で目を合わせる訳じゃないし。」
「そうなんだけどね。実はここにはひなつ様からの、疑問の提示がありましてね。」
「ひなつさんからですか。」
「うん。彼女曰く、そんな『危険な記憶』を持っているはずの有季子に対して、なんで新児はわざわざ、『出口は向こうですよ』なんて、思い出させるようなことを言ったんだろうって。いわばキーワードじゃん。聞いた瞬間『あっ!』て、なりかねないのにさ。」
「なるほどね。うん。もっともな疑問ですね。」
「おや余裕。んじゃ八重垣くんから解答してみてよ。」
「僕からですか? いいですけど。…えーとですね、つまりここでの新児は、すでに自分自身をルーレットのボール、またはチェスの駒にしてしまっていると思うんです。普通の、っていうのも変ですけど、犯罪者だったらなるべく犯行がばれないように、警察に捕まらないようにあれこれ工夫したりしますよね。でも新児にはそれがない。もちろんこの先、第2の犯行とかもあるらしいですけど、それも多分、ばれないようにばれないようにじたばたするんじゃなくて、自分の中の悪魔に対して受け身になった結果だと思うんですよ。だから有季子に言った『出口は向こうですよ』は、彼自身が回したルーレットの盤? いま新児の胸の中にある台詞は多分ね、こんな感じでしょう。『思い出すのか? どうなんだ? お前が思い出したら俺は破滅する。どうだ覚えてるのか? 俺の正体を。俺が、大企業の跡取りの都築雄一郎ではなく、タクシー運転手の魚住新児だということを。』」
「ほっほー…。うまいうまい(拍手)なんかアンタ、そうやって見ると稲垣吾郎みたい。」
「どうもありがとうございます(笑)」
 
■部屋の前の廊下〜鷹男モノローグ■
「ここのナレーション、いいよねぇ。直前の呑気な鷹男じゃないんだもん。」
「まぁ確かにいい声ですよねイナガキは。」
「でもってここでさ、留守だって判った後の有季子が、ふっと廊下の先を見るのは、ひょっとして残り香のせいかなって考えちゃった。さっきぶつかった男の匂いをさ、嗅いだような気がしたという…。」
「新児がコロンつけてればそうでしょうね。」
「うーん…官能的っすねぇ。レストラン、つぅかロビーか。新児とちひろが歩いていくとこ。ステンドグラスみたいなバックと花が、皮肉なほど綺麗だね。」
「教会のステンドグラスを連想させるためだとすれば、正に逆説の演出ですね。凝ってるなぁ。」
 
■夜の川原・若いカップル■
「ここは…時間が少し前後してますかね。投げ込まれて丸1昼夜はたってないでしょう。」
「うん、たってないと思うよぉ。車で行けるような川原に全裸死体が浮いてたら、この狭いニッポンだ、誰かが気づくっしょお。女の悲鳴にかぶさって次のシーン。計算されてるねぇ。」
 
■レストラン入口■
「殺した男の名を自分の口で、『都築雄一郎です』って名乗る新児。ナレーション曰く『悪魔の誕生』って訳だ。」
「ほとんど無表情なのに新児の気持ちが判るんですよね。これが“演技”ってものの為せる技か…。ほんと、すごいですね豊川さん。」
「サスペンスタッチのBGMが最高潮に盛り上がって、新児が名乗る瞬間にスッと消えて、んでテーマ曲がかぶってエンドロールと。なんかこのへん、密度が高いよねぇ。演出家の頭の中に、詳細なイメージがちゃんとあったんだろうな〜。」
 
■エンドロール■
「いいですよねこのフィルム。何かすごく映画っぽい。」
「言えたねー! 遠くで回ってる風車がいいや。」
「確かこれは、3人が…っていうか新児と有季子がもし出会わなかったら3人はどうなっていたか、がコンセプトなんでしたっけ?」
「TV誌によればそうだね。ここでの吾郎はさ、もぉ、文句なしにチャーミングね。惚れ惚れする。顎の線が綺麗だなぁ…。」
「これくらい普通ですよ。そんなに褒めるには及ばないと思います。」
「…だからヤエガキぃ。同じ顔をケナすなってばよ。虚しくない?」
「いえ楽しいですよ(笑)えーと…、はい、そういった訳でですね、『危険な関係』座談会第1回、そろそろまとめに入りたいと思うんですけれども、まぁこんな感じでですね、これからの長丁場を…想像するとねぇ。ちょっと胃が痛いような…まぁ、始めちゃったからには全力でね、皆様にご満足頂けるものをと、考えております。はい。」
「ま、今回はリワインダーをやめたから。その分のびのびと語れればいいなと、私も思ってますですよ。」
「また最後はあれですか、『危険な言いたい放題』とかやるんですか?」
「うーん、どうかねぇ。とにかく今は早いとこ、第2回めをUPせなぁ。何よりそれが先決っしょ。」
「じゃあ頑張って下さい(笑)次回は多分すぐお会いできるでしょう。それまで皆様、ごきげんよう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「幸せは歩いて来ない、だから走ってドッピンシャン、の木村智子でしたー!」
「何ですかそれ(笑)」
 

座談会第2回に続く
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