『危険な関係』 座談会

 
【 第4回 (99.11.4放映分) 】
 
「いやー朝晩すっかり寒くなりましたねー! お元気でしょおか木村智子です。『危険な関係』、略してキケカン、その座談会第4回をば、しゃかしゃか参りたいと思いまーす!」
「はい、こんにちは八重垣悟です。今回のご挨拶は智子さんがやってくれちゃいましたのでね、じゃあさっそくですが本題に入りましょうか。」
「そうだね。でもって私、思ったんだけどさ、番組のタイトルに『ん』が入るとヒットするってジンクス聞いたことない?」
「『ん』が入ると? それってアニメの話じゃありません? 『宇宙戦艦ヤマト』とか『機動戦士ガンダム』とか…。」
「そうだったっけ。でもそれにしても『危険な関係』ってさ、8文字中2文字が『ん』なんだよね。何だか、よっしゃー!ってカンジ?」
「そんな、家康の鐘じゃないんですから、何でもかんでも自分なりに解釈しちゃ駄目ですよ。はい、じゃあ早速前回のおさらいからいきますよ。」
「家康の鐘…。判りにくい例え引くなぁ八重垣…。イミ判んなかった人いると思うぜぇ?」
「じゃあそれは最後に説明します。もうVTRスタートしちゃいましたから。」
 
■警視庁の前〜走る車中〜捜査二課■
「前回のおさらいシーンから素直に流れ出しましたね。一点を凝視して逃げるように車を走らせる新児の回想が、雄一郎を殺したと彼が思いこんでるシーンなのがいいですね。」
「気分はまさに殺人犯だね。人間、悪いことは出来ないなぁ。」
「で、捜査二課で有季子はまた、イヤミな上司にお小言貰っちゃうんですね。」
「ねー。全くさぁ、尾行すんのはヘタだは尾行されても気づかないは、しょうがないよねぇ有季子も。三流私立探偵じゃねんだからよぉ。都築雄一郎から電話受けたことまでバレてるとしたら、尾行者は相当近くにいたはずじゃん。ちったぁ気づけよなぁ。」
「でもここにいる同僚たち、やっぱりちょっとひどすぎますよ。普通、男が女の人にここまで悪意はむき出しませんけどね。」
「うん、それは言えると思う。男が女に本気で敵意見せるのって、ぜってー何かの裏返しだよね。嫉妬だったり欲望だったり。ただ単にムカつくだけなら、攻撃するっていうより相手にしない態度取ると思うけど。」
「とするとこの同僚は、内心、有季子に気があるのかも知れませんよね。1回誘ってフラれたとか。」
「あるかもねー! でさ、ここで気づいちゃったのがさ、紀香さん、忙しくてお肌のコンディション悪くねーか? お口元にちょっと、ぷつっと…。メイクでごまかしてはいるけども。」
「ああ、このへんのね。うん…。口の回りのトラブルはまず胃から来ますからね。」
「寝不足とかあるのかも知れないね。その点女優さんて大変だよなぁ。サラリーマンなら目の下に隈作ってたって自分が我慢すりゃいいだけだけど、ゲーノー人は日本中に放映されちゃうからねぇ。」
「でもそれは当然でしょう。姿かたちは彼らの商売道具なんですから。僕のこの左手と一緒でね。」
「左手っていやぁ、あんたマウスってどっちで動かしてんの。」
「ああ、マウスは右で使うようにしてます。そうしないとトラブルとかで呼ばれて他の人のマシンいじらなきゃなんない時に、いきなり面食らっちゃうんですよ。人の機械なのにいちいち、右ひだり付け替えてらんないし。」
「そりゃそうだね。納得納得。そういえばこのシーンでさ、有季子がワイン疑惑について喋ってる時、映像は部屋全体をロングで撮ってんじゃん。手前の机にパソコンの画面が見えるんだけど、スクリーンセーバーが『ミステリー』の怪奇の館になってんべ! 思わず笑っちゃったよ私。」
「え、そうでした? あの…窓の明かりがついたり消えたりして、夜空を蝙蝠が飛んでいく?」
「そうそう。ウィンドウズ標準のやつ。どうせやるならみかん星人とか、いっそラピュタにしてくれればもっと笑えたのにな。」
「笑えるっていえば、警察って始末書書くのに市販の便箋使うんですかね。『極東』のじゃないですかあれ。」
「あー! あれねー! さぁてどうなのかねぇ。一般企業なら大抵、社名の入った便箋あるはずだけど。」
「ああいうのって小道具さんの範疇ですよね。どこかの警察に聞いたのかな。じゃなきゃフジTVがそうなのか…。」
「フジの始末書ってどういう時に書くのかな。視聴率がヒトケタになっちゃったプロデューサーとか?」
「さあ、どうなんでしょうね。」
「TVマンたってサラリーマンだからね。サラリーマンと言やぁこのシーン、第1回めで私めが申した通りのセリフが出てきてびっくりしたなー。『セクハラが事実か事実でないかより、相手につけ入るスキを与えたことが問題なんだ』っていうの。そこだけはこの大沢課長と、握手したい気分だぜイェ〜イ!」
 
■ホテルの部屋・新児■
「ここはひなつ様から疑問提示あり。クロゼットからバサバサと洋服を取り出した新児は、もしかしたら逃げる気だったのか?と。」
「うーん…。どうとでも取れるんですよね。そもそも新児は、何か確たる目的があって雄一郎になりすました訳じゃない。いわばもののはずみ的なところがあるでしょう。だからハッと現実に立ち返れば、36計逃げるに如かずみたいな気分に一瞬なってもおかしくない…。」
「それはあるね。クロゼットに入ってたのはほとんどが、雄一郎じゃなく新児の着てたものでしょ。それをハンガーからはずして、今着てるスーツの上着を脱ぐ。つまり彼はもとの新児の服を着て、自分の世界に逃げようと思ったのかも知れないよね。一種、発作的にさ。」
「ええ。そう取れると思います。だけど今着てたスーツのポケットからは名刺と祝い金が落ちる。すでに雄一郎としての現実は始まっていたんだと、新児はそれを見て気づく訳ですね。」
「同時にさ、ラベルなんてクソくらえとか言いつつも、手に入れた地位はそれなりの美酒だった。未練なく打ち捨てるにはいささか惜しい―――と、そう思ったところへタイミングよくか悪くか、悪魔が使いをよこすんだ。何も知らない若林ちひろを。」
「嬉しそうな顔して入ってきましたもんね。こんな時間に済みませんとか言いながら、内心はけっこうドキドキしてるんじゃないかな。」
「してるだろうね。そしてちひろは昼間会った若い男のことを報告する…。鷹男ってばプロのゴーストライターなのに、おやまぁ興信所と間違われちゃったのか。よっぽどウサン臭かったんだね。」
「ちひろにすれば『ピンと来る』って奴でしょうね。雄一郎に対する鷹男の質問が、ただの周辺情報収集だけとは到底思えなかった。」
「女のカンてこういう時が一番鋭いからね。『役員の誰かが社長就任を反対してるんじゃないか』っていうのも尤もな疑問よ。」
「ここの、2人が話してるシーン、途中から鏡の映像になるじゃないですか。これはけっこうよかったな。いっぺんにいろんなことが流れ込んできて混乱してる心をよそに、表面だけ冷たく静かに取り繕ってる新児の心情を表すみたいで。」
「凝ってるよねぇ演出が。『秘書としても女としても私は味方だ』って言うちひろに、微笑んでうなずく新児。これやられたら女は参るよなぁ。受け入れてくれたと思っちゃっても責めらんない。」
「でも1つだけ気になったんですけど、ちひろが新児を呼ぶ呼び方が、最初は『都築さん』だったのが途中から『社長』になったでしょう。人の呼び方には相手と自分の関係が表れるじゃないですか。ちひろの気持ちの位置づけは、ここでどう変わったのかな。」
「うーん…。最初部屋に来た時は、さっきの話じゃないけどちょっとドキドキしてたから個人的な『都築さん』だったけど、『私は味方だ』と言った時には、自分はこの人の部下なんだ、大事なこの人の邪魔をする奴は許さないって気分に変わったから、それが表れて『社長』という呼称になったんだろうけどね。まぁ確かにちょっと、そのへんのメリハリというか違いは、もう少し強調してもよかった気がするね。」
「まぁ、涼子ちゃん可愛いですからね。いいんですけど。うん。」
「くわー! 男だのぅお主も、八重垣よぉ。」
 
■集中治療室■
「このシーンの入り方は、前の場面の新児の回想からのスライドだよね。雄一郎を車で轢いた時と、川原で殴った時の回想の映像が流れて、そこから機械のピーピピピって音が大きくなって、雄一郎の寝てるシーンになる。これってなかなかいいんじゃない?」
「いいですね。いよいよ雄一郎の意識が戻って、さあどうなる!って感じですか。」
「石黒さんも大変だね。目とかほんと動かないもん。すごいや。」
 
■捜査二課■
「市販の便箋で書いた始末書を叩きつける有季子。残ってたののさんは、多分当直なんだろうねこれね。」
「捜査二課ですからね。一課とは違って足元から火の出るような突発的な事件は比較的少ないんでしょう。」
「殺人とか、それに強盗とかな。んで、ののさんは有季子に何か判ったかと聞く。ヘタな尾行して始末書書かされて、何も判りませんでしたじゃ馬鹿だもんね。『背が高くて声が低くて素敵な方でした』で、いいって訳にゃあいかない。」
「『全くつかみどころのない男』っていうのは合ってると思いません? 捕まえようとすると、その指の間をするっと逃げていく…。」
「それってちょうどあれだな、オケの中のどぜうみたいなモンだな。」
「どぜうって…(笑)」
「だぁってつかみどころがないじゃんよぉあれー! 前に何かの番組でやってたでしょう、ドジョウリレー。」
「うなぎですよ。」
「あ、そかそか(笑)見てんじゃん八重垣。」
「見てるといえば、ここでののさんが見てる天気予報の画面。ちょうどこの週のスマスマのマー坊の天気予報ネタみたいで、あれ思い出して笑っちゃいましたよ。」
「おお、あったあった。この画面には何か意味あんのかなぁ、何の伏線なんだろうと思ってたら、つまり翌日は雨になるでしょうってことだったんだね。土砂降りの中での、新児と有季子の語らいへの伏線。あたしさぁ、いつものクセでつい群馬の天気見ちゃってさ、曇りだなとか思ってたら、違うんだよ東京を見なくちゃ駄目なんだよ。」
「ひょっとして関東以外に住んでる人にとっては新鮮な画面だったんじゃないですか? これ。」
「ああ、言えたー! 宿屋さんで見るニュースみたいなモンだよね!」
 
■路上〜新児のアパート〜有季子のマンションの前〜新児の部屋の中■
「警視庁から外に出た有季子は、上空にさっきと同じ月を見る。どうってことないシーンですけど、僕はけっこう好きですね。雰囲気があって。」
「そうだね。嫌でも新児のこと思い出すだろうからね有季子は。」
「で、その新児は自分のアパートで仁美のメッセージを聞いている。あの切れかけてチカチカしてるのは外灯なんでしょうか。ホテルのスイートルームと比べて侘しさが強調されてるなぁ…。」
「侘しいといえばこっちも侘しいぞ。外に突っ立って有季子をずっと待ってる鷹男もさ。」
「これってドラマならともかく普通は無理ですよね。夜中に道端でずっと立ってたら、誰かに見咎められるか、最悪、警察呼ばれますよ。」
「それは言えるね。あのさぁ私さぁ、前に埼玉の川越に住んでた時にね、ある晩会社にウチのカギ忘れてきてさ、入れなかったことがあんのよ。もう時間も遅かったから母親は2階で寝てて、夜は呼び鈴の音をオフにしてるんで聞こえないのね。でも下手に声なんか上げたら近所迷惑じゃない。どうしようって悩んだのよ、塀の外で。」
「そんな、どこかの公衆電話から電話かければいいじゃないですか。」
「それがねぇ…。電話は1階の居間にあって、しかも夜は留守電にしてあるんだ。だから自力で何とかするしかなかったのよ。」
「不思議な家ですね。」
「でもって考えた末に、しょうがない、この塀を乗り越えるしかないと決意したのね。門にも錠前かけてあるから、居間の方のガラス窓はしょっちゅうカギ開けっぱなしなのよ。塀ったって1.5メートルはないくらいの高さだからね、よしっ!てんで手にこうペッペッと唾つけてね、ハイヒール脱いでバッグと一緒に塀の中に放り込んで、よっ!と手をかけてジャンプして、猫みたく塀の上に登ったのよ。あたりは暗い住宅街、人っ子ひとり通ってない訳。なのにアンタたまたまさぁ、そこへ向こうから誰かジョギングしてきてねぇ。」
「(笑)」
「うっわ、どーすんべー!とか思ってさ、塀の内側は砂利敷きなんで無防備に飛び降りれば足ケガするし、第一足元暗いしね。でもこんな夜中に塀の上にいるのは、誰がどう考えたって泥棒だろぉ。いくら自分のウチだつっても、その場ですぐに証明できねーし。さりとてニャーオとか鳴きまねしてもねぇ。コントじゃないんだからさ…。あたしゃマジ真っ青になったよ、深夜の自宅の塀の上で。」
「馬鹿ですねー!(笑)で、それでどうしました。続き続き。」
「しょうがないから、その見知らぬ人に会釈したわよ(笑)『あ、ども』って感じで。」
「相手驚きませんでした?」
「いや思ったよりは驚かなかった。まぁこっちもスカート穿いてたしな。」
「スカートでそんなことしてたんですか!?」
「だって道っぱたで脱ぐ訳にいかんでしょおー! 当時は髪の毛ゾロッと長くて、浅野温子さんみたいだったんだから私。」
「それじゃ泥棒っていうより、何か夜這いみたいじゃないですか。」
「あー、もしかしてそう思われたのかなぁ…。でもこれ断じてウソじゃないんだよ。ほんとにあったほんとの話。」
「智子さんだったらやりそうですよ。判ります、本当だってことは。」
「まぁそんなこんなでね、無事ウチへは入れたけども、さすがにストッキングは伝線してた。手にもすり傷できてたし、さんざんだったよ。以来あたしは、決してカギは忘れまいと固く心に誓ったね。…てことで閑話休題、えーとそれで何だっけ。鷹男がどうしたって?」
「忘れちゃいましたよ(笑)何の話してたんでしたっけ。」
「『危険な関係』座談会だよ。」
「いやそれは判ります。」
「ああそうそう。鷹男がさ。こんなところで突っ立ってたら怪しまれるって話だよ。塀の上にいたらもっと怪しまれるとは思うけどね。」
「そうでした(笑)まぁでも鷹男、追い返されなくてよかったですね。だってこの2人、この前に会ったのはあのバーでしょう? 『何よ、下りたんじゃなかったの?』なんて言われて無視されることも、ありえると言えばありえるじゃありませんか。」
「どうかなぁ。ベタベタの恋人同士っていうより友達みたいな2人だから、あんまりわだかまりも残んないんじゃないの?」
「部屋にいる新児の場面がまた次にきますけど、流し台にこう両手をついて、ふと見たガラスに自分が映っていて、さらにそこに雄一郎としての自分がクロスしてハッとするのがすごくいいですね。」
「そうそう。新児の時と雄一郎の時って、表情とかじゃなく雰囲気自体が見事に別人なんだよね。ほんっと豊川さんには唸らされっぱなしだなぁ。でもってそれにかぶる鷹男のナレーションが、これまたいいんだ!」
「うん、あのナレーションはいいですね。きっちり世界に溶け込んでるっていうか。」
「吾郎ってさぁ。1歩1歩着実に成長してる気がするね。そういうのってファン冥利に尽きるよなぁ。ありがたいことですよ全く。」
 
■翌朝、有季子の部屋■
「ここでの鷹男の寝顔はサービスカット! んまぁっ何て綺麗なのー!って感じよ。ちゃんとソファーで寝てあげてんだ。偉いというか、優しいよね。」
「テーブルにモルツの缶がつぶれて並んでるのがいいですね。ああ昨日は飲んだんだなって判る。酔いつぶれた有季子を、鷹男はベッドに寝かせてやったのかも知れませんね。優しいっていうか…男一匹それでいいのかって気はしますけど。」
「でも酔いつぶれた女になんか手ェ出したってつまんないんじゃないの? 南極Z号じゃあんめぇし。」
「露骨…。」
「しかし起きたあとの有季子の足音はデカいな。鷹男はまだお休みしてるんだから、スリッパなんぞ履かないで爪先立ってそーっと歩いてやれよ。」
「細かいですね。これだけ部屋が明るければ、遅かれ早かれ目は覚ましますって。」
「まぁな、十分陽は昇ってる明るさではあるね。んでも目覚めのコーヒーを2人で、ってのは何やら妖しげでいいけど、起きぬけのコーヒーは胃には最悪だよ? 牛乳にしなさい牛乳に。まずは牛乳をクーッと飲んで胃壁を保護して、それからコーヒーでも何でも飲めばいいのに。」
「そんな、いいじゃないですか2人の好きにさせておけば。」
「そりゃまそうなんだけどさ。あ、それでここでも1つ、ひなつクエスチョンが出されてね。」
「へぇ。ここでは何ですか。」
「鷹男のさ、『やるかやらないか迷った時は強引にでもやっちゃう。その方がうまくいく』ってセリフに対する有季子の答え、『じゃあ女はやらせないに限る』って返しは、これって噛み合ってなくないか?って。」
「ああ(笑)確かに一見ずれてますもんねぇ。ええとねぇ…これに関する意見はそうだな、『うまくいく』の捉え方が鷹男と有季子では違うってことじゃないですか? 有季子は男に主導権握らせて『うまくいく』のが好きじゃないんでしょう。強引に男にリードされるのは嫌…。」
「ああ、そういや有季子って、ベッドでのクライマックスも“上”だったよねぇ! ああそっかそっか! いやースゴイこと判っちゃったよひなっつう! はっはっはっはっ。」
「ちょっ…(笑)突然ソッチに話持っていかないで下さい。僕はそういう話にしたかったんじゃなくて…」
「いっやー奥が深いねぇこのドラマは。緻密にして大胆な演出だよ。『魔の5回』どころのさわぎじゃないじゃん。『驚愕の第4回』だわこりゃ。」
「いえそんなことで驚愕されても。とにかくベッドのことはこっちへ置いといてですね。」
「いやいやいやいや八重垣くん! 女の本性は案外ベッドに出る。い〜や男も出るかな。『フィニッシュはやっぱり男性がリードして…』なんて思ってる女は、根本が保守的なのよ。大胆な女はベッドでも大胆か。うんうんそうかなるほどねぇぇ…。」
「そんな自分で言ってしみじみしないで下さいってば。ズレまくりですよ話が。」
「おおそうかそうか失敬。んで、その、男にリードされるのが大嫌いな有季子は、そこに鷹男がいるってェのに引き出しからサッサと着替えを出してシャワー浴びに行っちゃうんだな。うーん…マジで男と思われてないぞ鷹男。シャワールームから出てきたところをだな、どーんと1発やっちまえっ!」
「でもここでの鷹男はそれなりに、複雑な心境をうまく表現してたと思いますけどね。って僕はあんまりイナガキを褒めたくないんですけど(笑)」
「なんでよー。褒めなさいよどんどん。えーと例えばそうね、『いっそのことやらせちゃえば?』って言って有季子の頭をクイッてやるとことか、『捜査の駆け引きだ』って言われた時の『どうかねぇー』の口調とか、『やっぱ惚れたか』と笑うとことか、いっぱいあるじゃーん!」
「でも得してますよイナガキは。今までわりとデフォルメされた役が多かっただけに、こういう自然なキャラがちゃんと演技として見えるんですよ。例えば外国のね、SMAPも稲垣吾郎も全然知らない人に、いきなりこのドラマを見せるのと、ゴロクミと佐竹城とぜんまいおばあちゃんをまず見せたあとで、この鷹男を見せるのとじゃ反応違うと思いますよ。」
「あ、それは鋭いや八重垣。確かにそれは言えるかもねー。佐竹城のあとだからこそ、このナチュラルさが際立って見える。いい仕事してんねぇ吾郎ってば。」
「『ソムリエ』、『催眠』、『月晶島綺譚』と来て、次にこの河瀬鷹男が来るのは、彼としても正解なんじゃないですか? これで次がいきなり明智じゃ、マニアックの代名詞になりかねませんよ。どこにでもいる普通の青年・鷹男。しかも豊川さんていう独特の雰囲気の役者さんのセカンドの位置。全部が全部彼にとっては、すごくいい方向にはたらいてるんじゃないですかね。…って、だから褒めたくないんですってばあんまり。」
「ああもう無駄な抵抗はやめなさい。好きだろうと嫌いだろうと、いいものはいい。それは素直に認めなくっちゃあ!」
 
■都屋本社■
「雄一郎になった新児。敵の陣地に足を踏み入れるみたく、油断のない目で辺りを窺うのがいいよね。」
「全身のアンテナがピリピリ緊張してるって感じですね。だからこそ気配に振り返って、有季子の姿を見つけることもできたんでしょう。」
「そうそう。目立たないグレイのコート着て足早に通り過ぎていった彼女をね。ばってんそんな有季子に対して、これまたちひろのハデなこと(笑)会社に着て来られるギリギリの服だべこれは。いったい月に幾らくらい、洋服代につぎこんでんだろうねこの子。」
「ほとんどそれに消えてそうですよね。ボーナスとかも。」
「ウチは制服だからねー。衣料費はかかんないなぁ…。今年になって買ったもんって、私、GパンとTシャツくらいじゃねーか? 雑誌代のがぜってーかかってるよ。あとはCD代。」
「秘書も制服、って会社ありますよね。」
「あるある。ウチの親会社もそうだよ。一応制服は”君島ブランド”なんだけどね。」
「けっこうカッコいいですよね智子さんとこの制服。僕は好きですよ。」
「そぉ? うふ、ありがと。」
「でも智子さんて、上に作業着着てるじゃないですか。だから全然違っちゃいますけどね。」
「……」
「それより思いませんでしたか? 今回のオープニング・タイトルって、始まってから13分14秒後、この社長室のシーンなんですよね。決算報告書を開いたらそこに、あのメッセージが挟んであったと。ずいぶん引っぱりましたよねぇ。最終回でもないのに。」
「……」
「あれ? どうかしたんですか? お茶、取り替えます?」
「いいえ。どーかおかまいなくっ!」
「決算報告書の表紙に『第73期』ってありましたよね。半期カウントだろうけど、けっこう伝統ある会社なんですね都屋って。」
「まぁね、そうみたいね。何を隠そうウチの会社が73期だからね確か。」
「へぇ。でもこういうプリンタ文字って、誰が書いたか判らない分、何とも不気味ですよね。」
「そうなんだけどさ、一昔前のプリンタって、たいていドットインパクト式だったじゃん。だからその頃だったなら、字体によってプリンタのメーカーは簡単に特定できたんだよね。富士通のプリンタとNECのプリンタじゃ、はっきり字体が違うから。」
「ええそうでした。プロなら一目で判りますね。『ああこれは87LAの字だ』って。」
「今じゃとても無理だけどね。ページプリンタで印刷されちゃ判んない。」
「しかし新児も大したもんですよね。こんな恐ろしいメッセージ見ても動揺を押し殺せるんだから。誰の仕業なんだと思った時に、有季子を思い浮かべるのはちょっと違ってますけど。」
「視聴者は薄々判ってるよね、これをやるのは綾子しかいないって。」
「社長室に来て挨拶して、あれこれ話す綾子の言葉の1つ1つに毒がありますもんね。お父様に『なりかわって』とか『それにしても大した人』とか。」
「でも決して挑発されずに、真意を探るような目で綾子を見る新児も負けてないよ。」
「この2人、まさに”互角”って感じですか。」
 
■仁美の病院■
「シーンとしては短いですけど、今後のストーリー展開にとって重要な意味を持ちますよね、ここは。」
「そうだよね。雄一郎の意識は戻ったものの、すぐに元通りにはならなそうなこと。ぼちぼち警察が動き始めてること…。重要な、押さえとくべきポイントだよ。」
「しかしひどい怪我ですね。顔なんかボロボロじゃないですか。」
「ほんとだね。素手で殴ってここまでとは新児も思いきったことをしたもんだ。まぁ最初の一撃は車によるものだって、刑事たちは傷の具合から判ってるかも知んないね。だとするとタクシー運転手なんてのは、真っ先に疑われる恐れがあるな。」
「いくら全裸で川に放り出されてても、日本に家族がいれば捜索願いが出されるでしょうに、雄一郎もアンラッキーでしたね。」
「その雄一郎のアップと新児がオーバーラップして、次のシーンへ移る訳だね。」
 
■昼食会議■
「これってさ、支店長たちの集まりなんだよねぇ? だとしたら都内っていうか、近場の店だけなのかな。だってあの役員の数からすれば、支店長の人数少なすぎるやん。」
「まぁそうですね。23区内の支店長だけ集めたんですよきっと。」
「それにしても思うのは、魚住新児って男の頭のよさだよね。本物の雄一郎が言ってた通り、学生時代はさぞや成績よかったんだろうなー。
『ご挨拶を』って言われて最初に、部下たちに深々と頭下げるじゃない。あれはポイント高いよぉ。
ここに集まってる支店長たちっていうのはさ、言ってみれば会社にとって一番大切な人材なんだ。現場を仕切る小隊長っていうか、前線にいる指揮官たち。こいつらの力いかんで、会社の売上なんて決まっちゃうんだから。彼らの心をいかにうまく束ねるかが、トップにとっては重要なんだよね。
そういう『人づかい』を、新児って、経験はなくてもきちんと頭で理解してるんじゃないかしらん。何とか人心を味方につけようなんていうセコくてずるい小細工じゃなく、彼個人の、人間性の本質から出た理解力みたいなもん? いってみりゃ『物事の本当の意味を見抜く力』をね、新児は持ってるんだと思うな。
120円の缶コーヒー買いに都屋へ入った時、この店のよさはどこなのか、客は何を見て店を選んでいるのかを、彼はちゃんと理解したんだよ。
そういう、頭のいい、真面目で穏やかな男が、一転悪魔のように残酷になれるっていうのは、なんかかえってリアルだもんなー。本物の雄一郎は”小者”だよ。目先の利益で動く男。思いきった悪事なんかできやしない。でも新児は違うんだな。えてして物静かで真面目な奴こそ、デカいことやってのけるんだ。」
「よく『滅多に怒らない人は、1度怒らせたらおしまいだ』って言うじゃないですか。あれに通じるものがありますよね。」
「あるある、それに近い。そういう複雑な人間の二面性をさ、よくもまぁ表現してくれるよ豊川さんも。もうさぁ、吾郎はこの人から、いいとこいっぱい学ぶべきだよね。得るもの多いと思うよぉ絶対。」
 
■本社前・有季子、社長室に戻る新児■
「でねー。とっても不思議なんだけどねー、関東で雷が鳴る時って、寒くはないような気がすんだけど。急激に発達した低気圧が雷を鳴らすことはあるかも知れないけどさぁ、そういう時って日中は馬鹿にあったかいんじゃないかしらん。そのあたりどうよ八重垣。生粋の江戸ッ子としては。」
「うーん…。まぁ僕もねぇ、東京で寒い日に雷が鳴った記憶はないですね。」
「まぁいいか。自然の驚異は予測もつかないから。」
「そういうことにしときましょうか。」
「んで、お食事会が終わって社長室に戻ってくる新児の、カーテンめくる手の形が綺麗ねぇ…。何かのTV誌でさ、『危険な関係ポスタープレゼント』のコメントに、『紀香さんのドレスの肩にかけられた豊川さんの手がすごくセクシー』って書いてあったけど、いやぁほんとだね。」
「そうですね。手の形自体がよくて、しかも仕種が決まったらこれはもう怖いものなしでしょう。」
「手フェチにはたまんないねぇホントに…。」
 
■編集部■
「きったない部屋ですねぇ。編集部ってどこもこうなんでしょうか。」
「そうなんじゃないの? 使ってる本人だけはどこに何があるかちゃんと判ってるという。」
「ああね、かも知れませんね。新人とかがなまじ片付けて怒られたりして。」
「ここで鷹男はさ、『適当でいいから締め切り守れ』の、『ゴーストなりに真剣なんだったら何か面白いネタ持ってこい』のってズケズケ言われて、んで、この女編集者に都屋のネタを教える気になったんだろうね。好きなことをホザかれてさすがにとカチンと来たモンだから。」
「『俺にだってネタぐらいあるんだぞ』って気持ちですか。そういう気持ちが応にして、落とし穴になるんだよな…。」
「もしもこの女性編集者がさ、『今回の原稿、面白いわぁ。ありがとう、お疲れ様』とかってニコッとしてれば、鷹男もわざわざ話さなかったかもね。」
「ものごとのきっかけは、みんな些細なことなんですね。」
 
■社長室・新児とちひろ■
「ここはなぁ。ちひろの気持ちも判るよなぁ。いささか秘書の立場を逸脱した発言だけど、これを言わせるのは新児の態度だからね。若い彼女ばかり責めらんないよ。」
「判ります。急に優しくされたかと思うと今度は取りつく島もないって、残酷なんですよね。それって男も女も一緒ですよ。」
「おやま(笑)経験者は語るかねヤエガキ。」
「いえ別に改まって言うほどのことじゃないんですけどね。いるじゃないですか気紛れな美人って。まぁ美人は大抵気紛れなのかな。それで周りが許しますからね。」
「まぁ傾向としてはあるかも知れないね。自分のためにキリキリ舞いしてる男を見るのは、女にとって麻薬みたいな快感だし。くすくすっ。」
「これで噛むと話が長くなりそうなんでノーコメントにします(笑)…で、ちひろが出ていったあと新児はまた窓の下を見下ろしますけど、有季子はこれひょっとして、飲まず食わずで張り込みしてるんですかね、たった1人で。」
「コンビニでパンくらい買ったかも知れないけどね。食べたにしても流しこんだに近いでしょお。体には最悪の仕事だね刑事なんて。」
「確かに体力なくちゃできませんよね。」
「けどこの立ち位置は目立ちすぎだべ(笑)張り込んでるってことをこんな簡単に、新児に気づかれちゃ駄目っしょお。…ッたく尾行は下手だは張り込みは下手だは、そりゃ有季子も手柄立てようと思ったら女しか使うモンがないわなぁ。」
「本職の刑事は大抵のドラマに腹がたつっていうじゃないですか。智子さんのサラリーマン世界と同じで、プロの刑事にしてみれば、有季子みたいな刑事はそもそも、いる訳ないんじゃありませんか?」
「だろうね。『美しい人』の村雨刑事だってさ、自宅にピストル持って帰るなんて許される訳ないもんね。まぁ虚構は虚構として1つの演出なんだから、その中でリアリティが出せればいいんだけど。…演出ってば今回はさ、シーンの切り替えというか、場面転換にひと工夫もふた工夫も凝らされてる感じね。演出家は水田成英さん。聞いたことないけど新しい人かな。」
「けっこう演出家変わりますね。その方がいいのかな、視聴者を飽きさせないためには。」
「うーん。どうなのかね。現場の台所事情かも知んないし…。素人にはそこまでは判んないね。」
「でも確かに今回の、シーンチェンジは凝ってますね。ここでも新児がポケットから出したあの紙…『あなたは誰?』にかぶせて、次の綾子と秘書の会話ですからね。」
 
■綾子と秘書■
「『あなたは誰?』の紙をタイプして報告書に挟んだのは、どうやらこの秘書みたいですね。」
「うん。いっぱしの愛人気取りの若僧に比べて、綾子ってば迫力あるわぁ。スーツの肩をグイッと掴んでさ、『私には私の考えがあるんだから』って言って、何とも意味深な横顔を見せるの。」
「あの唇にはちょっとそそられました(笑)誘ってるような、けしかけてるような。」
「それって劣情を刺激されるって奴か?ってあたしが聞くのも何だけど(笑)」
「いや、その通りですよ。って僕が即答するのも正直ですけど。」
「この”劣情”って奴はやっかいなんだよねぇ。心の、妙に奥の方でさぁ、ぶすぶすとくすぶる感じでねぇ。頭では制御できないっていうか、人間てのは元来が野蛮な生物なのかなぁ。」
「綺麗ごとの理屈じゃおさまらない生き物なのは確かですね。」
 
■夕刻の本社前〜社長室〜路上■
「この一連のシーンで思ったのは、河瀬鷹男ってキャラの重要性ね。今まで豊川さんの存在感に圧倒されてどうしても目が新児を追ってたけど、物語がダイナミックに動き出すと同時に、プロデューサーが言ってた『鷹男の目を通して物語が進行する』って意味が、何だか判った気がしたな。」
「あれ、ずいぶんと重たい発言じゃないですか。」
「うん。まずはさ、新児の心を求めはするものの掴めずに悲しんでいるちひろが、建物を出ていくじゃない。それを鷹男は見てるんだよね。で、彼女が行っちゃったあと、彼は有季子を見つける。『あいつ…』ってつぶやいて、でも近づいて声をかけることはしない。なぜならそれは鷹男ってキャラの役割じゃないから。彼は『全てを見ていた男=視聴者の側にいる視線』なんだと思うんだ。カナリ生意気な意見だけどね。」
「そんな、生意気なんて今に始まったことじゃないでしょう。もう慣れてます、平気ですよ。」
「あっそ(笑)」
「で、次の社長室のシーン。ここも手フェチにはたまらなかったんじゃないですか?」
「おお、よく判ったねその通りさ。細い洋モクを指に挟んだ、あの手の形が! 立ち昇る煙が! 静かに目を閉じて椅子に凭れている姿が! テメー、コラ豊川、なにもんだキサマ〜!ってカンジ?」
「はいはいお湯呑みをちゃかぽこ叩かないで(笑)」
「これさー、思ったんだけど新児ってさー、『本当の自分を見てくれる女』を、必死に探してるって感じじゃない? 多分奥さんと別れてからは、ろくに女も抱かずに今日まで過ごして来たと思うんだ。孤独とか人恋しさとかを、心のどこかで感じてたはずだよね。
そしてある日かつての同級生と偶然再会したのがきっかけで、新児の人生は大きく変わってしまった。今まで胸の中に押さえてつけていたものも、ここぞとばかりに一気に流れ出ようとしている…。名前も過去も関係ない、本当の自分を、剥きだしの魂を、受け止めてくれる女を新児は渇望してるんじゃないのかな。そして今、有季子の中にそれを見つけられるかも知れないと、この雨の夕ぐれ、彼は思った…。
なーんちゃってドラマっぽく語っちゃったぜ。ちっと自己陶酔の拡大解釈入ってっか知んない。」
「いえ、それは拡大解釈とは言わないと思いますよ。シナリオにもはっきりと書かれてはいないそういうふくらみをキャラクターに与えるのは、それこそが役者の力量ってもんでしょう。『ああ、新児はろくに女も抱いてないんだろうな』って雰囲気を、豊川さんは魚住新児に与えてるんですよ。これ、もし新児役を…例えば本木雅弘さんが演(や)ったら、全く別の魚住新児が生まれる訳ですから。」
「うんうん。つまりそれが役者の個性なんだよね。北島マヤは気づいたんだ、『私の美登利と亜弓さんの美登利は違う』と。」
「『ガラスの仮面』て、あの頃の話が一番面白かったですよね。」
「なに、あんたもアレ読んでんの?ヤエガキ…。手広いねーしかし。」
「まぁこのへんで話戻しますけど、次の『何やってるんだろうあたし』って言う有季子のつぶやきのあとの、回転ドアの前に立ってる新児。これにはまた皆さん、悲鳴上げたんじゃないですか?」
「んっ、おっしゃる通りっ! 悲鳴上げたっつーか息を飲んだ。ただそこに立ってるだけの、ほんの2〜3秒のシーンなのに、なんなんだトヨカワー!の第2回(笑)うっわ〜…って口あいちゃったね。これはカメラマンも演出家も、スタッフ全員同じ思いだったんじゃない? そこに立ってるだけで空気が変わる…。月影先生みたいな存在感だよね。」
「今度は月影先生ですか(笑)」
「でさぁ、新児はスッと有季子から目をそらして、大股に雨の中へ歩み出ていくでしょう。有季子もコートの衿を立てて、濡れるのも構わず彼のあとを追っていく。―――で、そこに配される河瀬鷹男by稲垣吾郎。まぁまぁ何て難しい位置に、しかも絶妙に立ってるんだろうと思った。
…ね。気がついたかなぁ。ここってさ、新児と有季子は雨という狂気に打たれてるけど、鷹男だけはカサさしてんだよね。つまり鷹男は狂気じゃなく、視聴者と同じ『現実』の上に立ってんのよ。あそこでカメラは鷹男の立ち姿でも正面アップでもない、斜め上からの”目”を映してたじゃない。あたかも視線を強調するかのように。
新児と有季子は恋愛という、また、追いつ追われつの戦いという、一種異常な虚構のドラマの中へまっしぐらに突き進んでいくんだけど、でも鷹男はそうじゃないんだよ。立ち止まり、凝視する。それが彼の役目。現実の側の、視聴者の視線と同じ場所にいるキャラクターなんだなと思った。
鷹男はあのシーンで、あの2人をじっと見てる。視聴者は鷹男と同じ視点に立つことによって、魚住新児と速水有季子という2人の登場人物の会話を聞き、追う者と追われる者の緊迫感をひしひしと感じ、やがて2人が落ちていくのだろう恋の奈落の深さを予感することができた…。
鷹男ってねぇ、すっげ重要なキャラだと思う。狂言回しに回った時は視聴者からは見えなくなるけど、これがどっこいとんでもない要(かなめ)の位置に立ってるよ。」
「うーん…。難しいですねぇ…。」
「何が。」
「いえね、智子さんの言いたいこと、僕にはよく判るんですけど、果たして皆さんに伝わってるかなぁと思って。かなり観念的な話じゃないですか。『鷹男の視点』て言い方が、智子さんの言いたい、『物語全体のとらえ方・切り口』って意味じゃなく、『画面の見え方・撮影してるカメラの位置』って意味に混同されないかなぁと。」
「ああそうか。『視点』って言い方がね…。なるほど、難しいなぁ確かに。」
「ちょっと比較論でやってみましょうか。その方が判りやすいかも知れない。河瀬鷹男というキャラの役割。」
「そうだね。でも何と比較すんの?」
「うーん、そうですねぇ…。一番皆さんの見てる確率が高い、『氷の世界』なんかどうでしょう。」
「あ、それいいんじゃない? 賛成賛成。」
「じゃあ進めてみましょうか。『氷の世界』ってドラマの視点は、主人公である廣川英器の上に固定されてますよね。恋人が次々と不幸な死をとげた謎の女・塔子を調べる保険調査員。彼が何かをつきとめれば視聴者もつきとめるし、彼が塔子を疑えば視聴者も疑い、烏城と敵対すれば視聴者も敵対する。このように主人公の上に視点がある場合は、彼と一緒になってドラマ世界を旅する楽しさが、視聴者にとっての魅力ですよね。」
「そうそう。いやー話がレッキとした演劇論になってきてるぜ八重垣。」
「で、『美しい人』の場合も、ドラマの視点は主人公・岬京助の上にある。でもその視点は『氷の世界』とは逆に、視聴者の方を向いてるんでしょうね。京助という魅力的な大人の男性が、心の底に封印していた『人を恋する心』をみゆきとの出会いによって思い出していく。この”みゆき”という女性に自分を重ねることで、視聴者はまるで自分自身が京助に見つめられているような幸福感を覚える…。これが、主人公の持つ視点に対し、視聴者が受け身になって陶酔するパターンです。」
「そうそうその通り。男性が主役の恋愛ものは、大抵がこの形を取るんだ。」
「で、さて『危険な関係』の場合。視点は新児でも有季子でもなく、第3のキャラ・河瀬鷹男の上にある。つまりこの形式をさして狂言回し』と呼ぶんですね。
この形式のメリットは、視聴者が物語全体をわりと広い視野で眺められる点です。だから、入り組んだ人間関係とか、複雑な舞台背景とかを持つドラマ、ないし主人公の心の変遷を長期間に渡って見つめるような、そういうドラマに適してるんですね。時代劇にはこの形式、多いんじゃないですか?」
「あ、いえるかもねそれ。登場人物の数が多いホームドラマなんかにもいいかも。」
「『危険な関係』は、新児という主人公がもう1つの人生を手にいれて2つの自分を生きる話で、なおかつ立場だの過去だの環境だのを振り捨てた真実の自分を愛してくれる女・有季子と出会う話―――だと僕は思います。
この場合は視聴者に、新児と有季子という2人のキャラクターを、対等に眺めて貰った方が効果的ですよね。そうしてこの2人がどんな危険な関係になっていくのかと、ドキドキしてもらった方がいい。だからこのドラマには”河瀬鷹男”が必要なんですよ。2人を見つめるもう1つの視点が。雨の中の2人のやりとりを、傘の下で息をつめて見つめるキャラクターが。
まぁ、これもドラマを作る上での1つの選択肢で? 謎の男・新児を追っていく凄腕女刑事・有季子の上に視点を固定してもいい訳ですが、そうするともっとドロドロした、女性の本音と欲望を前面に押し出したような別の話になる訳で、今回制作側が作ろうとしたのはそういう世界じゃなかった…。つまりはこんなところですか。」
「…八重垣くん、座布団10枚っ! いんやー、私が言いたかったことをきっちり全部言ってくれた。サンキュウ、メルシィ、オブリガード、シェイシェイ。」
「いえ1枚でいいです。そんな、10枚もらっても座れません。」
「だから観念的な話だってば(笑)観念論の座布団を10枚ね。」
 
■雨の公園■
「で、続いてシーンはここへ移ります。」
「あれ、まだ移ってなかったの?(笑)」
「ええ。話が大きくなっちゃって(笑)ついつい流れを追い越しました。」
「んじゃまぁここは、映像と演出について話そうか。画面は全体的に緑色だったよね。実に綺麗で大人っぽかった。雨音も随所で効果的に使われてたし。
特にさ、新児を見失ったかと思ってきょろきょろした有季子が、あのトンネルみたいなあずまやみたいな、何なんだいったいって感じの建造物の柱の影から現れた新児を見て、思わず恋する女の顔になりかけたところね。
すぐにキリッと気持ち立て直して、バッとポケットに両手突っ込んで背筋をシャンと伸ばした瞬間。メランコリックなBGMが、バシッとカットされて雨音に変わる。夢と現実が切り替わった瞬間だね。あそこがすごくよかったなー。」
「途中で雨が小止みになって、虫の声が聞こえてきますよね。あれもいいなと思いました。あの雨は2人の心を表す象徴なんですね。」
「『最初に会ったのって、いつですか』っていう2人の会話もよかったよね。”都築雄一郎”って固有名詞の表すものが、新児と有季子では全然違う。『どうしようもなくあなたに惹かれた』とか何とか言いながら、有季子が近づいたのは魚住新児じゃなく、”都築雄一郎”という名の男にすぎなかった…。
それを悟った新児は、ここで最後の決意をしたんだと思うよ。それは都築雄一郎になりきること。有季子なら真実の自分を理解してくれるかもなんて甘い願いを捨てること。洋服を着替えて元の世界に戻ろうなんて、2度と再び思わないこと…。」
「有季子の前を立ち去る新児の映像が、一瞬スローになりますよね。あの時の顔は悪魔だったな。有季子も思わずゾッとして、追おうとした脚を止めましたよね。」
「あそこの映像は印象的だね。きびすを返すというよりは、スッと後ろに下がるみたいな新児の動きね。」
「緑色の逆光の中を歩き去っていく新児の後ろ姿に、寂しさはなかったですよね。冷たい虚無的な拒絶だけ。」
「”物言わぬ演技”させたらさ、豊川さんの右にでるモンはいないよねホント。」
 
■夜道を歩く新児〜地下駐車場■
「歩く姿もかっけーなぁ豊川さん! 脚は長いは背は高いは。」
「ここで副社長にワインのことを聞いたというのが、新児の決意を表してますよね。有季子や警察とも対決する気なんでしょう。」
「で、その警察は都屋とツルんでいたと。ここでさ、大沢課長が『都築勇三の息子ですか』って、前社長を呼び捨てするじゃん。ここでアレッと思ったんだけど、ひょっとして前社長ってさぁ、こいつらに殺されたんとちゃうの?」
「あ、やっぱりそう思いました? 雄一郎のことを『思ったより扱いにくい男だ』って言う副社長。もしかして香港から雄一郎を呼び戻そうと決めたのは、前社長じゃなくこの人だったのかも知れませんね。」
「そうなのそうなの。他の役員に次期社長の椅子が行くのは困るから、19年日本を離れてたボンクラ息子を後釜に据えといて、いつか自分がとって代わろうとしてね。どうせボンクラは役に立ちっこないんだから、せいぜいおだててのぼせさせとけば、自分を脅かす存在にはならないだろうし、社長の息子が後を継ぐ分には他の役員たちを無条件で黙らせられるからね。」
「その密談を偶然ののさんが目撃した。うーん、ののさんいよいよ大活躍ですよこれは。」
「いいねーいいねー期待できるねー! 最後ハッピーエンドだったらどぉすんだよ。有季子はののさんの献身的な愛に気づいて心を動かされ、人間は見てくれじゃないという真実に目覚めます。そして2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」
「『もうひとつの危険な関係・ののさん編』ですか(笑)」
「いいかもよぉ。魅力的なちょい役。オーキッドスクエアの中村園長のようだ。」
「雨の上がった靄の中を歩いてくる新児は、ブロッケンの怪物状態になってましたね。ってそれは冗談ですけど、彼の中でもう1人の自分がどんどん大きくなっていく感じを表してて、効果的だったと思います。」
 
■ICU〜ナースステーション■
「ここの仁美はなかなかいいね! 優しくて頼りになる看護婦さん。」
「美人ですしね。新児とはお似合いだよな何か。」
「雄一郎の涙拭いてやるとこ、ちょっとしんみりしちゃった。手術のお金が用意できなくて子供が死んじゃったなんてねぇ。そりゃ新児にしてみりゃ辛いわなぁ。」
「そうですね。いくら回りがなぐさめても、男としてはキツいと思います。娘の治療費が用意できない。男としてある意味失格でしょう。」
「だよなー。あのね、会社の同僚の友達の話なんだけどね。娘さんが心臓病で手術することになったのよ。でもやっぱお金が足んなくてさ、考えた末にその人、友人知人にカンパを募ったの。でもってその私の同僚も、会社の人事に許可してもらって社内に回覧回してさ、幾らでもいいからカンパお願いしますって呼びかけたんだ。
あたしも3000円ほど協力させて頂いた。3000円なんて薬代にもならないけどさ、全社230人が3000円ずつ出せばそれでもう69万じゃん? これを10社でやればたちまち700万。手術費+入院費、見事集まっちゃったって。こん時にさぁ。持つべきものは友達だなあって思った。その娘さんは確か東大だかどこだかに入院して、今でも治療してんじゃないかな。」
「企業ってそういう時メリットありますよね。巨大な人間組織ですから。でも新児にはそんな方法も無理だったのか。友達づきあいは多くないし、タクシー会社の社員っておそらくは個人主義で、横のつながりなんてほとんどなさそうですからね。」
「そうだね…。新児が雄一郎になり代わって権力を手にいれる気になった原因は、案外その時の傷が影響してたりして。」
「でも話違いますけど、この若い看護婦さん、婦長のところにいきなり男性が訪ねてきて、しかもそれが新児だったら嫌でも興味を持ちますよね。」
「持つよ持つよぜってー! 『もしかして婦長の別れた旦那様…? うっそー! いい男じゃん!』てなもんじゃないの?」
「もうナースたちの明日のお昼の話題は決まりましたね。」
「決まったねー。」
 
■空き病室〜廊下〜病室■
「ここで新児が出した2万円。これって都屋から出た祝い金じゃなく、自分のサラリーなんだろうね。お札がくしゃくしゃだったもん。」
「いいですね何か。亡くなった娘さんへ手向けるのに、偽りの金は使わないって訳ですか。」
「なんか判るなぁ…。いい奴だよな新児って。こういうとこに人間性って出んだよね。」
「『東京を離れようと思う』って、これも新児の決意が言わせた言葉でしょうね。この晩新児は、元の奥さんと亡くなったさやかちゃんに、お別れを言いにきたんですね。」
「そういうことだよね。副社長に電話をし、かつて愛した者たちに別れを告げて、いずれは罰が待つだろう罪の道へ、新児は足を踏み入れていくわけか。」
「(溜息)何だか悲愴ですね。」
「そんな悲愴な場面の間に、いい味出してるぜ鷹男ってば(笑)このワザとらしくもソラゾラしい痛がり方、だてにスマスマやってません、だよなー。」
「巡回に行く若い看護婦さんが通りかかる寸前にうまく廊下曲がって、こっちをホッとさせといてすぐ出てきますからね(笑)おいおい何をやってるんだよって感じで、ほんとに…。」
「でもここまで気づかれずに新児を尾行(ツケ)てきたってことは、やっぱ鷹男は有季子より刑事の素質あるよ。ゴーストライターだけじゃなく、パパラッチまがいのこともやってんのかな。」
「やってるでしょう。フリーライターなんてつまりは何でも屋ですから。」
「興信所にも間違われようってモンだよね。病室の中では相変わらず、深刻な話してるっていうのに。」
「『立ち直らなきゃ。やり直さなきゃ』って仁美の言葉、何だか聖母みたいですね。」
「うん。気持ちは判るけどさぁ、何で別れちゃったかなぁ新児も。つまりこの男、要は真面目過ぎるんだよね。」
「でも奥さんに言った『俺は変わってない、何も変わらない』って言葉は、彼女にしか告げられない言葉なんじゃないですか。『たとえこの先何があっても、お前だけはそれを忘れないでくれ』ってニュアンスがありますよ。」
「出ていく新児を見送る仁美の悲しそうな顔が、切ないよねぇ…。」
 
■有季子の部屋■
「ピンポーンて聞いたあとハッとした有季子は、来たのが新児かも知れないと思ったのかな。あの緊張した表情は多分そうだよね。もう家宅捜査には来やしないだろうし…。だけど鷹男かも知れないってさぁ、せめて思ってやれよ有季子ぉ。」
「インターフォンの受話器を取ってモニターに映ったのが、スーツ姿の男なんで一瞬新児かと思って、で、振り向いた顔はののさんだった訳ですね。どうぞと言われても上がろうとしないなんて紳士的だなぁ…。やっぱりののさん選ぶべきですよ有季子は。」
「うんうん全く同感。服を脱ぐと靴を脱ぐを聞き違えて、『あたしとののさんじゃ誰も疑わない』なんて、どしてそうゆうグサッとくること言うかなぁ。」
「チラ、と上目づかいしてからチューインガムを出すのがなかなかいいですよね。」
「大沢と都屋の癒着現場を目撃して、『やってみるか』と言ってくれるとは有季子にも心強い味方ができたもんだ。国家権力しょってるだけに、ののさんの助力は頼もしいよね。」
「事件の入口から間違ってるような気がしてきた、って言うところを見ると、有季子も都築勇三の死には疑問を持ったんでしょうか。それとも混ぜ物ワイン事件の首謀者からして、実は副社長だったとか…?」
「とすると勇三ぱぱはとことん不幸な人だよねぇ。自分は殺されるは息子はボコボコにされるは、どっかの馬の骨に写真はメチャクチャにされるは…。可愛がっただろう後妻も、自己保身のための陰謀に奔走してるしね。案外本物の雄一郎だけが、彼の理解者たりえたのかも。そう思うと皮肉だね。」
「血は水より濃いですからね。」
 
■スイートルーム■
「まるで王侯貴族みたいなこの食事。これはもう新児の決意を象徴するためにあるシーンだね。陰謀に支えられた権力の座につく決意。大勢の人間を意のままに従えて。」
「でもこのワイングラスの扱い、堂に入ったもんじゃないですか。相当な場数こなしてなきゃ、とてもこうはいきませんよ。」
「まーね、ちょっとソレはひっかかったけど(笑)まぁ無理に解釈すれば、新児が元来持っていた名誉欲や権力欲は、上流マナーをあっという間に彼の身につけさせました、ってことなのかも知れないね。」
 
■みどりタクシー営業所■
「権力の座につく決意は同時に、魚住新児の職業を捨てることを意味する…。今まで履いてた2足のワラジを新児はとうとう脱ぐんですね。」
「人のいい事務員さんの親切は、新児にしてみりゃ有難迷惑か。警察にいる知り合いって誰だろ。ちょっと気になるね。」
「ののさんだったらどうします。」
「いやぁそれはねぇだろ。あまりにも都合よすぎる。」
「まぁそうですね。でもICの記録洗い直されたのは新児も予想外でしたか。サボってたことを責められた方がまだしも辞めやすいのに、好意的に解釈されすぎるのも、人間困るといういい例ですね。」
 
■信濃町〜社長室■
「あの車椅子の女の子はこういう位置づけだったのかぁ。人物相関図とかに全然出てこないから、何者だろうと思ってたら。」
「体の不自由なお金持ちのお嬢様で、ちやほやされてはいるんだけど、きっと心は孤独なんですね。」
「だろうね。信濃町からいっちゃん近い海つったら…どこだろ。」
「まぁ都内で海っていったら、竹芝桟橋あたりがポピュラーでしょう。」
「おっと私のお得意スポット。東京って案外海に近いんだよね。特に銀座ってさ、ちょっと行きゃあもう晴海なんだ。東銀座のあたりって、風向きによっては潮の匂いするかんね。」
「しますね。空の感じも海っぽいでしょう。」
「ところでちひろの洋服はどんどん女っぽくなんないか? 会社で着るというよりはアフタヌーンティーにでも招かれたようなカッコだよなぁ。」
「意識してるんですねぇ。でも女の人が自分のために着飾ってくれるのって、男はやっぱり嬉しいですよ。」
「そりゃそーだべ。女もまたしかりだな。やっぱね、ビシッと決めてきてくれると『やたっ!』て思うよ。自分が着てるもんと偶然合う色だったりすると嬉しいね。逆にさー、着るモンの趣味が合わない相手だと大変よ。…学生時代にさぁ、つよぽんと同じくあたしってフケて見られたんだよねー。だからデートでワンピとか着てくと、大抵相手より年上に見えちゃうの。偶然渋谷で知り合いに会ってさ、『あら弟さん?』って言われたには参ったね。やっぱそのあと気まずくなったもん。」
「そりゃあ、なりますよ(笑)弟って言われたんじゃな、さすがに…。」
「んでもそんなフケ顔だったんで、可愛いカッコって似合わないのよ。いやはや大変だったねぇ。」
「でも若い頃フケてた人って、歳とったあと変わらないっていうじゃないですか。褒めてる訳じゃないけど智子さんって、実際の歳には見えませんよ。ねぇ。よかったですね。」
「ありがと…。ってあんまり嬉しくないのはなぜだかね。まぁいいや。んで、ここの社長室での女2人、これまたリアルでいいね。綾子の下品で挑発的な笑い方が何ともはや。」
「『奥様には負けませんから』って言うちひろ、これはどういう意味なんでしょう。綾子も新児に気があると思ってるんでしょうか。」
「かも知れないね。それとも綾子がちゃっかり前社長の後妻におさまったことを言ってんのかな。どっちにせよ、ちひろって突っ走りそうなキャラだよね。若さゆえの…ちょっと幼い正義感に火つけたら、何すっか判んないかも。」
「案外この先、有季子とも敵対していくのかもしれませんね。」
「かもねー。女同士の戦いの火花。おーこわこわっ!」
 
■海で■
「ここって幕張の海なんだってね。ちっとも判んなかった。幼稚園の頃、潮干狩りに行ったのにな。」
「そんな、30年以……(咳)それにしてもこの女の子、いきなり態度変わってますよね。やけに素直じゃないですか。」
「まぁな、31年もたてば海も変わるわな。そいであたし思ったんだけどさ。」
「な、何をですか!?」
「何焦ってんのよ。このさ、新児を取りまく女たちはさ、彼の、それぞれ異なる面を見てる訳だよね。
いつも堂々と自信に満ちた素敵な新児を見てるのはちひろ。得体の知れない不気味な新児を見てるのは綾子。無口で不器用で、でも信頼できる新児は仁美。真面目で仕事熱心な誠実な新児はこの車椅子の女の子。そして、ただ座っているだけでこぼれてしまいそうな強烈な何かを秘めた、焼けつくほど魅力的な新児を有季子が見てる…。
女たちの当てるライトによって、新児は別人のような表情を見せるんだよね。これもなー、女性の書くシナリオらしいと思うよ実に。」
「確かにそういうとらえ方は、女性の目に特有のものかも知れませんね。この女の子が見ている姿も、まぎれもなく魚住新児の一面な訳ですね。」
 
■鷹男の暗室〜都屋の前・有季子■
「ここでの鷹男の心の中は、けっこうドロッとしてるかも知れないね。血の色の明かりに照らされてさ。」
「浮かび上がる映像は、1度だけ体を重ねた有季子と、彼女の心を占め始めている謎の男ですからね。」
「ここでの鷹男のナレーションには、ひなつ様はご不満みたいよ。『全てが終わった今』ってわざわざ言う必要があるのかって。画面の中にいる鷹男とナレーションの鷹男が、別々の時間に存在してることはもう十分判ってるのに、ここへきてダメ押しするのはどうかと。」
「うん、それには僕も賛成ですね。まぁ、でも途中から見始めた人のためにちょっとフォローしたと思えばいいんじゃないですか? 雰囲気壊すほどの不要さでもないでしょう。」
「ふーん。いわゆる許容範囲?」
「ええ。だと思いますよ。」
「私はむしろねぇ、ナレーションの台詞自体にいまいち同意できないんだよなー。命に限りがあることを知っているから誰かを愛す、ってのはちと違う気がする。
『命に限りがあることを知っているから』→『今を懸命に生きようとする』ってェんなら判るけどね。命の長い短いと、人を愛するのは関係ねぇだろぉ。そうじゃなくてさ、
『人はみな本当は孤独で寂しいから』→『誰かの心に寄り添おうとするのだ』ってのはどうよ。」
「まぁそれでもいいですけどね。」
「ここで有季子の携帯にかかってきた電話は、これはののさんなのかなぁ。」
「そうですよきっと。鷹男は暗室にいるんですから。」
「『判った』で通じるなんてもうツーカーの仲やん。そのままイケイケ突っ走れー! 発足! 『有季子とののさんをくっつける会』!」
「また妙なものを発足しましたね。」
「だってさぁ、その方が幸せになれると思うぞぉ有季子。確かなものを掴みたいなら、ここは思いきってののさんにすべきだね。バツイチのあたしが言うんだから間違いねぇべ。」
「うーん…。どうでしょうかねぇ…。」
 
■信濃町の路上■
「この女の子と海に行ったことは、新児も楽しかったのかも知れないね。いい顔で笑ってんじゃん。穏やかでのびやかで。」
「頭の後ろにこう手を組んで歩いていくじゃないですか。あの時の表情、想像できますよね。」
「ねー。こういうさぁ、ちょっとした心の触れ合いがサービス業の醍醐味だと思うよ。…あのね、日本橋の高島屋でバイトしてた時にね、小さな袋をたくさん抱えて持ちにくそうにしてたお客さんがいたんで、薔薇の模様のおっきな手提げ袋持ってって、『よろしかったらどうぞ』って言った事あるんだ。そしたら何日かして売り場の主任に呼ばれてさ、何を叱られるんだろうと思ったら、そのお客さんが主任あてにお礼の電話くれたんだって。アルバイターでも胸に名札つけてるから、『木村』って判りやすい名前を、お客さんは覚えててくれたんだね。
翌日の朝礼でまで褒めてもらって、あたし何か感動しちった。褒められたのも嬉しいけど、知らない誰かに感謝して貰うって、こんなに幸せなのかと思った。人生を生きる楽しさって、きっとこんな些細なことなんだろうなー、なんちゃって。
新児もさぁ、都屋の社長なんかより、本当はみどりタクシー『あ308』号車の中にこそ、青い鳥はいたんだろうにね。」
「ああ、いい例えですねそれ。青い鳥は、決して山のあなたの空遠くにはいない。智子さんの持論でしたっけそれ。」
「おおそうさ。幸せっていうのは、探すもんじゃなくて育てるものなのよ。なーんちゃってわっはっはぁ―――!」
「ところが新児が車に戻ってきた時、そこには青い鳥どころかとんでもないものが乗っていた…。今ここに新児がいるってことを、あの秘書がつきとめたんですかね。」
「だろうねぇ。無能かと思ったら案外使えんじゃん。綾子の『運転手さん』って呼びかけが何とも悪意を秘めてるよ。顔写真入りの乗務員証にカブって、ドアミラーの中に立ちつくす新児。このアングルもいいよねぇ。」
「予告では次回第5回は、なかなかサスペンスタッチみたいですけど…。」
「そうだね。何せ『魔の第5回』なんでビクビクしてるけど、この調子なら大丈夫でしょお。いけるいける。陶酔したままいけそうよ。魚住新児にも河瀬鷹男にも、それから熱演してる速水有季子にも。」
「紀香さんいいですよね。嫌いだって人多いみたいですけど、もったいないなぁ。今回のあの雨のシーン、よかったですよねすごく。」
「よかったよかった。豊川さんてさ、3番手4番手の役でも主役を食っちゃう存在感の強さをむしろ厄介がられたことさえあるみたいだけど、何つーか今回はほんとバランスいいって感じで、紀香さんも引き立ってるよね。制作現場の雰囲気もいいんじゃないのかなぁ。よく判んないけど、一体感を感じるよ。」
「なんとなく伝わりますよね、感覚的にですけど。」
「うん。吾郎ってもともと、共演者の光を消さない役者だと思うんだけどさ、相手の光を”受けとめる”のも、うまいのかなーと思うよ。バランスいいよこの3人。うまーくさ、いい形で影響しあってる気がするもん。」
「何よりですよね、そういうのって。人間ですからそういう空気は、画面に出ると思いますよ。」
「一番嬉しいのはさ、このドラマを通じて豊川ファンが『へー、稲垣吾郎ってけっこういいじゃない』と思ってくれたり、吾郎ファンが『ノリカさんていいね。豊川さんサイコー!』って思ったり、紀香ファンの男の人が『イナガキってただのチャラチャラかと思ったら、けっこういいじゃん。豊川はモンクねーけどな』とか、見直しあってくれることだよね。好きなものが増えるってぜってーいいことだと思うもん。嫌いなもの増やして人生どーすんだよ。」
「そうですね。好きなものは当然いっぱいあった方が楽しいですよ。」
「ねー。あたしもぉ豊川さんには完璧ハマッたもん。紀香さんも好きだなぁ。『ナオミ』は見てなくってさ、悪いコトしたなと思ってる(笑)」
「だったらこれから応援すればいいんですよ。豊川さんも紀香さんも。」
「そうだよね。人生、遅すぎってことは絶対にないからね。」
「ありません。バスに乗り遅れたら、イライラせずに次のを待てばいいだけです。」
「これまたいいことゆーなーヤエガキ! ところで家康の鐘はどうしたの。」
「え? …ああ、そんなこと言いましたっけ僕。」
「やだなー、老化現象? ちゃんと説明しなさいよ。気になって寝らんないと困る。」
「えーとですね、家康の鐘っていうのはですね。太閤秀吉亡きあとの豊臣家をつぶそうとした家康の策のひとつで、豊臣家が奉納した梵鐘に刻まれた『国家安康』の4文字に目をつけ、『家』と『康』を2つに切って呪いをこめたんだろうと難癖をつけたという話です。だから家康の鐘といえばつまり、我儘勝手な曲解で相手を困らせることの例えですね。」
「んっ、そうですその通り! 家康をタヌキ親父とはよく言ったもんだよなぁ。いじめ方に手が込んでんもんね。」
「えーと、という訳で『危険な関係』座談会・第4回は、このへんでまとめさせて頂きたいと思います。次回はいよいよ魔の第5回。ここを折り返せばあとはもうクライマックスになだれこむだけで、何の心配もいらないんですよね。」
「そ。あとは正に、我が世の春じゃ我が世の春!」
「そうですか、それは何よりです(笑)まぁ今回の座談会はですね、重たいような軽いような、いろいろと入り混じったことになりましたけれども、包み隠さぬ本音の討論会という意味でね、こういうのもいいかなと思っています。それでは来週までごきげんよう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「この座談会は毎週水曜の朝にUPしたいのに、今回も木曜日になっちゃったよぉ!の木村智子でしたぁ〜! 第5回は17日更新目標、頑張りますっ!」
「頑張って下さいね。カートリッジインク足りてます?」
「おお差し入れありがとう。当分足りるよダイジョウブっ!」
 

座談会第5回に続く
インデックスに戻る