『危険な関係』 座談会

 
【 第6回 (99.11.18放映分) 】
 
「はい、えー日1日と寒くなってくる今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか、八重垣悟です。すっかり恒例となりました『危険な関係・座談会』の第6回めをですね、早速いってみたいと思います、はい。」
「いやいやいやいや八重垣くん。実は今回は、魔の5回を前回軽くクリアして、よっしゃ楽勝楽勝〜!くらいに思ってたら、なんと大波は次にきたぜオイオイ!みたいな、『アレレ?』の第6回だったんですよ。」
「え、そうなんですか? 初めて聞きました。やめて下さいよ縁起でもない。」
「いやー…やっぱね、あるんだねー脚本と演出の見直しっていうのは。第1〜5回でやってきたことに対して、視聴者だの何だのの意見を聞いて微調整する。そりゃま、必要なことだとは思うけどさ。作り手の自己満足にならないためにもね。けどその結果が、『アレレ?』とゆーか『何デスカ?』とゆーか、カクッと来ちゃうことがある…。その意味でちょっとヤバかったのね今回はね。」
「ほんとですか。悪夢再びなんてことにならないで下さいよ。」
「まぁそれはないけどね。今回はちょっとそのへんのいきさつをね、最初に述べてみたいんだけど。」
「『総括』って感じでですか?」
「うん。あのね、これはあくまでも想像なんだけど、このドラマ、表現が判りにくいっていうか、全体的に重たいって意見は、あったのかも知れないなーって思って。」
「重たい、ですか。」
「そう。要は好みの問題だけども、民放のTVドラマの宿命は、最大公約数を狙わなきゃならないってことでしょう。
10人中、好みのうるさい人間2人をうならせるより、6人の平均値に受け入れられなきゃいけない。スポンサーは道楽でお金出しちゃいないんだからさ。
んで豊川さんていうのは典型的な“ツウ2人”にウケるタイプだと思うし、今までの…第5回までの『危険な関係』にも、実際そのきらいはあった。ところがここでさ、やっぱ平均値6人へのアプローチを強化しようってコトになって、今回みたいな仕上がりになったんじゃないのかな、と…。」
「と、そういう風に智子さんは想像するってことですよね。」
「そうそう。実際にどうかなんて素人には判んないよ。だからこれはあくまでも『私見』ね。ただ私個人としては、豊川さんの『重厚さ』を、今回はずいぶん薄められちゃってる感じがして不満なのね。
気がつかなかった? やたらと回想シーンが多かったでしょ今回。これってねぇ、今までだったら新児の表情1つで表現してたことなのに、『それだけじゃ象徴的すぎて何だかよく判らない』って意見が多ければさ、制作側も考えるでしょお。
現に私の知ってる人に感想聞いたら、『豊川悦司がやたらもったいぶってて、顔でばっか芝居すんのがハナにつく』っていうのがあったもんね。私からすりゃ『何言ってんだ、アレこそが演技ってもんだろがドアホ!』とか思うけど、そう見る人もいるんだなーと思って。」
「ああねぇ…。確かに好き嫌いは分かれるでしょうね。万人向きじゃあないのかも知れない、豊川さんの存在感は。」
「だから今回はさ、豊川さんの演技自体はそのままに、けども新児が思ってることを、目の動きだけじゃなく回想シーンの映像でもって視聴者に伝えるとか、BGMを多用して軽やかな雰囲気を出すとか、そういうことをしてる気がすんのね。だからよく言えば味つけのクセがなくなったけど、悪く言えばファミレスの味に近くなっちゃった。」
「あ、BGMについては僕も『あれっ?』と思いました。今までも効果的に使われてはいましたけどね。第1回めのホテルの部屋で、雄一郎と新児が『人間の値打ち論』を戦わせるシーンにも、けっこう軽快な音楽使ってましたし。」
「うん。あれってつまり重厚になりすぎるのを防ぐためだよね。で、第1回めはあの程度だったことが、第6回ではぐんと強化された気がする。それはそれでよくなった面もあるだろうけど、私は重厚な方が好きなモンでねぇ。あんまり軽くしてほしくないんだよなーこのドラマ。それにハッキリいって物語自体はさ、最初っから『んなバカな』って設定じゃん。」
「ええ。他人になり変わって社長になるなんて、現実にはできるはずありませんからね。地場の中小企業ならともかく。」
「そうそう。でもそんな一種の荒唐無稽さを、『いやソレもありかなー』と思わせてくれてたのは、有無をいわさぬ存在感で豊川さんがかけてくれてた魔法なんだよね。それをわざわざ薄めてどうする。それってかなり怖いことだと思うのよ。」
「うーん…。難しいですねぇ…。これで面白くなった、見やすくなったって思う人も大勢いるでしょうからね。」
「あのさ、三谷さんの『ラヂオの時間』にあったセリフだけど、『ドラマづくりに携わる人間はみんな、自分が本当につくりたいものを、スポンサーだ予算だ主演女優の我儘だっていうウザいもんになんか振り回されずに、夢中になってつくりたいと思ってる。だけど”今回は”違うんだ。そう自分に言い聞かせて、みんな仕事をしてるんだ』っていうの。ああなるほどなぁ、そうなんだろうなって思ったよ。」
「…で、今回もそれが当てはまるんじゃないかと?」
「そう。そんな風に想像した。だからもしかすると今回以降、グッと吾郎がクローズアップされてくるかも知れないね。TV的な軽やかさを強調するためにさ。もともと河瀬鷹男ってキャラは遊撃手の位置づけだったのかもよ。都合によっては前に出し、場合によっては後ろに下げる…。
俳優・稲垣吾郎の最大の長所は、この『ツブシがきく』ってことだと私は思うもん。言い替えれば『使いやすさ』ね。これは純粋にいい意味だよ。4番バッターもできれば1番バッターもできて、ことによっては3塁コーチにもなれるという小回りね。4番をはずしたらもうどうにも使い道がない、ってコトがないのよ吾郎は。」
「確かに料理しやすい素材ではあるでしょうね。でもそれって重要なことですよ。」
「まぁそうやって吾郎がフロントシフトしてくれるのは、ファンとしては嬉しいからいいんだけど…豊川さんにしか出せない”重低音”を、私はもっともっと堪能したいのよ。こういう場合はどうすりゃいいんだろヤエガキ。ねぇ、アンタはどう思う?」
「いえ僕に聞かれても(笑)まぁ以上のことを総括としてですね、いつものように場面ごとに見ていきましょうか。あくまでも『アレレ?』の第6回であって、『魔の第6回』ではなかったんでしょう?」
「だからそれはないってば。コンセプトが変わったんだなと理解できたから。」
「それならいいんですけど。もしかしてまた、『座談会なんてやらなきゃよかった』って結果になったら困るなと思って。」
「ないない。別に誰にも失望はしてないから大丈夫。」
「それを聞いて安心しました。じゃあとにかくVTRいきますよ。」
「あんまり総括に時間をとってもね。ほないこか!」
 
■駅構内〜都屋社長室〜公園〜オープンカフェ■
「雑誌『ボーダー』で鷹男が打ち上げた花火の火の粉が、四方八方に撒き散らされる様子だね。なかなか興味深いじゃん。」
「でもフリーライターって自分で雑誌買うんですね。内部のつてで1冊くらい、もらえるのかと思ってましたけど。」
「ゴーストにはそんなの許されないんだよきっと。作家先生なら編集部が恭しく捧げ持っていくんだろうけど。」
「歴然たる格差ですね。」
「第一さ、自分の文章を勝手に直されるっていうのは、書き手にしてみれば最高の屈辱だからね。『直せ』とも言ってもらえない訳でしょお。プライド傷つくよなぁ。」
「著作権も何もあったもんじゃありませんね。まぁ、あの編集長の言ってることは、それはそれで尤もなんですけど。」
「でもここでさ、『あんたほどの男が』っていうのにはちょっとドキッとしたなー。前髪ヒラヒラの鷹男ちゃんは、その名の通りおいしいネタを何度も捕らえて飛んできたんだろうね。わりとあざといことも平気でやって。」
「顔に似合わぬ策士なんですね。」
「そういうことよ。まぁ確かに人間は変わるモンだけどさ。」
「ところでこの公園、どこなんでしょうね。こじんまりしてて綺麗な感じしますけど。」
「うーん、どこだろね。でもカメラアングルひとつで雰囲気は全然変わるんじゃないの? だって『ソムリエ』のあの教会も実際はすごく狭いそうだし。…んで、都屋の社長室では新児も『ボーダー』を読んでる。自分で買ったのかねこれも。鷹男が何て雑誌に書くのかは知らないはずだと思うけど。」
「『ボーダー』って、F・F誌と同じ写真情報誌ですよね? だとしたらタクシー運転手だった新児には予想がついたんじゃないですか?」
「ああそうかもね。新児は世間知らずの御曹子じゃないもんね。でもって有季子は有季子でそれを読んで、意外というか心外というか、『ひどいじゃない?』って顔してるよね。」
「ここでの紀香さん、うまいですよね。回を追うごとに彼女、よくなりませんか?」
「いえてるね。”速水有季子”をちゃんと自分のものにしてってるよ。」
「でも大沢課長にしてみれば、これは怒って当然ですよね。自分のしてることはタナに上げて、ですけども。」
「だよねぇ…。『警視庁捜査2課』って部署名、出ちゃったろうからね。」
「神奈川県警が今ああいうことになってますよね。マスコミは警察内部に口をつっこみたくてウズウズしてる。そこに…ねぇ。こんな恰好の撒き餌ばらまいたら、大変な騒ぎになりますよね。」
「なるよねぇ。案外課長、そっちで責任とらされたりして。」
 
■都屋社長室・役員たちと新児■
「松宮さんてなかなか切れもんじゃん。単に目先のことだけでホッとしてる他の役員に比べたら、ちゃんと問題のツボを押さえてるよ。」
「ひょっとして管理部門の出なんじゃないですか? 総務経理、それに内部監査。」
「それはあるかもねー。老中みたいなモンだ。けっこう口うるさくてケムたがられる立場。」
「そのあたりが綾子とぶつかるんでしょうね。綾子からすればうっとおしいだけの男でしょう。」
「あのさ、ここでさぁ、綾子が『雄一郎さんは堂々としてればいい』って言ってニッと笑いかけんじゃん。で、次にくる短い回想シーンね? これがさっき総括で言った『私テキには邪魔な回想』なんだ。
だって綾子の表情、前回までとは明らかに違うよ? 新児に対して今までは、じーっと観察するような嫌味な目を向けてたけど、今は視線に甘さがあるでしょ。余さんは綾子のそういう心の変化を、ちゃんと演じて見せてくれてんのにさ、回想の映像でダメ押しされんのが私テキにはどうにもクドい。」
「なるほどね、そういうことなんですね。」
「まぁこれはTVドラマなんだから? 評価基準が映画とは違う。判りやすさが重要なポイントな訳だけどもね。
えーとそれで何だっけ。ここでの新児の『嘘は大きければ大きいほどバレない』っていうのはホントだよね。中途半端にセコいのが一番バレやすいんだ。」
「それは確かですね。ある人に聞いた話なんですけど、誰かを尾行するのに、一番バレない方法ってどんなのか知ってます?」
「知らない。それは是非有季子に教えてあげなきゃ。どんなのどんなの?」
「いえ言っちゃえば馬鹿馬鹿しいんですけどね、なるべく大勢で尾行することなんだそうです。」
「へ? 逆じゃないの?」
「違います。大勢って言っても、10人20人じゃ駄目なんです。例えば500人とか、それほどの人数で尾行したらまずバレないそうですよ。」
「そらそーやが。仮に電車に乗ったとしても、1両全部が尾行要員だなんてまさか思いもしないよ。」
「そう。だからバレないんですよ。『大きな嘘はバレない』っていうのは、つまりこれに近いものでしょう。」
「なるほどね。まさか社長が別人だなんて、普通は疑う訳ないもんね。」
 
■捜査2課■
「ののさんサイコー! もぉもぉ有季子はこの人を選ぶべき。間違いないね。」
「うーん…。そうかも知れませんねぇ。前回でしたっけ、品川署の的場刑事はののさんに会うなりペコペコしてましたけど、つまりそれだけの凄腕なんだな、ののさんは。」
「実際の刑事って、ほんとはののさんみたいな雰囲気だもんね。ハデでもなければ見るからに鋭そうでもない。ちょっと見、ごく普通のオジさんにしか見えないもん。」
「その意味ではリアルですよね。ただこの大沢課長は情けないな。」
「うん。部下に脅しかけられたくらいで、こんなに焦った表情見せちゃだめよね。あ、もしかして天下りなのかなコイツ。現場を知らないから刑事ってモンの灰汁(あく)を知らない。お屋敷育ちのシェパードが野良犬に追われて尻尾まいて逃げる、みたいな。」
「そんな人が上司じゃあ、ののさんみたいな叩き上げとはソリが合わなくて当然ですね。」
 
■社長室〜双葉会病院〜公園■
「ソファーに座ってる新児の、何かをじーっと考えてる表情。うーん…コレなんだよなぁ。この表情だけで新児の胸の中が判るじゃん。動揺を押し殺して冷静に、先のことをシュミレーションしてんの。」
「ええ。静かなのは表面だけなんでしょうね。」
「でもって本物の雄一郎は、こちらは着々と回復しているようで何より。嬉しそうな仁美が印象的だね。」
「この主治医も良心的じゃないですか。身元不明の怪我人にここまでの手当てをする、考えてみれば日本はいい国ですねぇ…。国としての制度が整ってるからこんなことができるんで、政治経済の乱れた国だったら、川から助け上げることだってしたかどうか。」
「言えてんねー。マスコミもさ、最近の日本はああだこうだって悲観ばっかしてないでさ、こういういい面をもっと積極的に見直すべきだよね。」
「日本人はいつの世にも悲観論が好きなんですよ。21世紀はもっと前向きにいかないと。」
「しかしそれにしても次の公園のシーン。『空を見上げるキャラ』鷹男についての表現が、チトくどくねーか? 前回のとってつけたような虹同様、何も飛行機雲まで出さなくたって。」
「え、そうですか? 僕は綺麗だなと思いましたけどね。噴水の脇に寝そべってる鷹男のやるせない気持ちとは裏腹に、美しく澄んだ青空がひろがっている。この対比は効果的だと思いますけど。」
「おお何と前向きな解釈(笑)落ち込む心の虚しさと、うららかな小春日和の空か。確かになかなか文学的かもね。」
 
■みどりタクシー〜社長室■
「このシーン好き好き! 呑気におべんと食べながら週刊誌読んでて、好奇心をそそる見出しに事務員はニヤッとするじゃない。んでその直後に、写ってるのが新児に似てるって判って、ビクッとしてむせそうになっちゃう。リアルでいいわー。」
「ふっ、て笑うのがいいですよね。『おーおー美人デカかぁ』みたいな顔になって、それから咳こむのが印象的です。」
「写真自体は有季子のが目立ってて、新児の横顔はかなりボケてるじゃん。でも全体の姿恰好で、親しい人なら何となく判るんだよね。で、そうやって判ってしまうだろうことを、当の新児は悟っている。」
「ワイン疑惑なんかよりもはるかに大きな問題ですよね、新児にとっては。」
「こんな雑誌、誰が見るか判んないからねー。でもってここのさぁ、カーテンをそっとめくる豊川さんの手が! このまんま石膏で型とって玄関に飾りたいくらい綺麗っ!」
「指が長いですよね。先端までスッとほっそりしてて、芸術家みたいな手だな。」
「背の高い人ってだいたい手も大っきいもんだけどね。カーテンをめくった窓の下にはいつかの雨の日に有季子が立っていた軒先があって、でも今そこには誰もいないのか。いろんなことが新児の胸の中で泡立ってるんだろうね。」
 
■捜査2課■
「うーん…。大沢課長、やっぱカッコ悪すぎだな。廊下でののさんに脅されたくらいで、朝令暮改…いや朝改しちゃなぁ。都屋とつるんでたっていう確かな証拠を、目の前に突きつけられた訳でもないのになぁ。」
「まぁ大の男がね、部下の言葉だけで即、手の平返すのかと言われると疑問ですけど…しょうがないですよ天下りなんですから。」
「天下りだからね。世間知らずの頭でっかちか。」
「意外と脆いですよ、そういうタイプは。打たれ弱いっていうかね。」
「人間、挫折を知らなきゃ駄目だよね。挫折から立ち直った時にこそ、ひとは真の成長をするんだ。うむうむ。」
「やけにきっぱりと言い切りますけど、智子さんも何か挫折したんですか?」
「あたしゃほとんど毎日、1つや2つ挫折してるよ(笑)」
 
■都屋本社、ロビーと社長室■
「これはもぅ、ない方が不思議なシーン! 新児をよく知る人が、写真の人物に疑問を抱くというね。あの雑誌が出た以上はあたりまえの結果だね。」
「この事務員さん、きっと最初は新児に連絡とったんですよ。でも前回の終わり近くに新児はアパートを出て、電話もモジュラージャックから外してあった。それで連絡がつかなかったんでしょう。」
「うん、そりゃそうだよね。写真見て似てるってだけで、いきなり会社には来ないわな。」
「ちひろに名刺渡す時、ニコニコしてますよね。ちひろが可愛いんで嬉しいのかな。」
「だろうね。タクシー会社の営業所なんてたいてい男ばっかやん。事務の女性もいるかも知れないけど、若い美人じゃないことが多い、なぜか(笑)」
「女性タクシードライバーも時々見かけますけどね、まだまだ全体の割合からすれば微々たるものでしょうし。」
「男女雇用均等法がどーのこーのいってもさ、やっぱ仕事上の男女差はあるからね。ところがこれが100%、完全にない業界が1つだけある。それこそが我々のいるコンピュータ業界。」
「そうです。これは迷わず即答します。徹夜も超過残業もクレーム対応も、男女関係なくやりますからね。」
「だから当然の結果として、世間一般でいう『いわゆる女らしさ』は、コンピュータ屋の女の子には見事にないよね。まず依存心がきれいさっぱりどっかに行っちゃう。何となく1歩下がるなんて考えも及ばない…。だからそういう女の子に囲まれて仕事してるSEとかの殿方諸氏はさ、たまにユーザ先行ってそこの女子社員に親切にしてもらうと感激するみたいね。
NECの某SEが言ってたよ。『こないだメンテに行ったらお茶とお菓子出されてさー、もしよろしければお口汚しにどうぞ、だって! お口汚しなんて言葉オレ初めて聞いた』なんてさ。」
「全く同感ですねそのSE氏に。あれはもう僕なんかからすれば違う星の生き物さんですね。自分の会社にいて、女の子にお茶出されたことなんて1度もないですよ僕も。」
「人間を変えるのはさ、環境なんだよねぇ。あたくしも就職したのがコンピュータ会社じゃなかったら、ああも簡単にリコンしなかったかも知んない。第一会社なんて腰掛けにするつもりだったんだから。2〜3年くらいお勤めしてぇ、そのうちカレシのお給料が上がったら寿退社してぇ、なんて人生設計してたのにね。今じゃ見てよ(笑)会社勤め15年めだよ。」
「ご苦労様です(笑)…で、たいぶ話がズレたんですけど、ここでちひろはいったん名刺を預かって、新児に聞きにいった訳ですね。こんな人が来て社長に会いたがってますけどどうしますかと。」
「びっくりしたろうねー新児は。ついこないだまでの同僚、つうか上司なのかな。仁美以外では最も親しい知り合いじゃないの?」
「人違いだって名刺を返して、ちひろが出てったあとに新児は、バッと口を手でおさえるじゃないですか。これって衝撃のあまり叫び出しそうになった心を咄嗟に押し殺したんですよね。」
「そうそう。このみっしりした演技と質感のある雰囲気ねー。大事なのはこれなんだよなー。新児が何を悩もうと苦しもうとしょせんは自業自得なんだけどさ、それは判ってるんだけども、なぜか彼が悲劇の人に思えてくる。物語世界がそうやって回り始める。まさにこれこそが主役の力量って奴よねぇ…。」
 
■捜査2課・有季子と野々村■
「すごい書類だねしかし。『これじゃあ便所も行けんな』ってののさん…。アンタそんな風だから縁遠いのよ。妙齢の女性つかまえてべんじょはねーだろ。刑事だねぇ全く。」
「そうですね。一般企業じゃまず言いませんね、女の人にこの単語は。うっかり言っちゃったら大変ですよ。それこそメーリングリストであっという間にかけ巡っちゃう。」
「そういう時にこそネットワークって一番威力を発揮すんだよね。メールシステムが社内に定着しないと嘆いている全国の社長さん。ダレとダレが不倫してるっていうガセネタを1発社内ネットワークに流してごらんなさい。みんなあっちゅー間に操作覚えるから。」
「それっていいアイデアかも知れませんよ。まぁすぐ実行に移す会社があったら、それはそれでしょうもないですけど(笑)」
「ここでのののさんのさ、『2課に戻れたんだから2課の仕事をやれ』っていうのはものすごく正しい。太陽は東から昇るっていうのと同じくらい正しいぞ。」
「課長に対するののさんの脅しも1回くらいなら有効でしょうけど、そうそう何度も使ったら有季子が言った通り、彼が組織につぶされますからね。」
「そっちの話にも興味あるなぁ。有季子をかばったせいで危ない立場になっていくののさん。そして有季子は、恩返しのために今度は彼を助けようと必死になる。やがて2人の心は通いあって、…」
「どうしても話をそこへ持っていきたいみたいですね。」
「だってののさんいい人だもんよー。平気でべんじょとか言うけどさぁ。有季子ももう若かぁないんだから、男ってモンの真の価値をね、見抜けるようになんないと。」
「うん、少なくとも外見で判断するのはよくないですね。」
「あたしさぁ、新児と鷹男と有季子の三角関係に、ののさん入れて四角にしたい(笑)」
「じゃああれですか? 『危険な関係』の番組ポスター、ソファーのところにこう新児と有季子がいて、扉の影に鷹男が立ってますよね。で、そのこっち側にはののさんが?」
「そうそうそう!(笑)しぶ〜く背中向けてね、横顔で振り返ってるの。うーんいいねぇいいねぇ! 実に『キケンな関係』!」
「カタカナで書くとコメディみたいですね。」
 
■社長室・新児と鷹男■
「いよっ出ました全面対決! 全く違う空気をまとった者同士の対決ね。なかなか見どころあったやん。前回はコマゴマと邪魔なおっさんたちがいたけど、今回はモロにタイマンだもんね。」
「ここで鷹男が言う言葉の1つ1つが、新児の痛いところを突くんですよね。鷹男はそこまで意識はしてないんでしょうが、時々自分が思ってる以上の反応を新児が返すんで、逆にびっくりする感じですね。」
「そうなんだよねー。『肖像権の侵害で訴えればいい』とか言って、そんなん新児にできる訳ないじゃん。『あんな時間に病院に何しに行った』とか、『少しくらい顔写真が出たってみんなすぐに忘れちゃう、犯罪者じゃないんだから』―――って、鷹男がそう言った時の新児の視線ね。あれには鷹男もハッとしてたよね。すげーじゃん吾郎。立派にタイマン張ってるよ。」
「豊川さんの視線って、じーっと見据えると蛇みたいな凄みが出ますよね。これと同じ凄みは、緒形拳さんにあるんじゃないかな。」
「あー、緒形さんねー! 好き好きあの人! 金子社長! 岸和田! ルージュぱぱ!」
「ルージュぱぱって…(笑)6番楽屋オチですね。」
「『あなたが守ってるものも壊しますよ』って新児は言うけど、それって例えばどんなものかな。ゴーストライターって元々が身ひとつの商売だろうし。」
「やっぱり『有季子』ってことになるんじゃないですか? 意味はいろいろありますけど。」
「やっぱそう考えるのが、物語的にも面白いよね。鷹男が唯一守りたいものは有季子だけ。でも彼女の心は、やんぬるかな、いずれはののさんの元へ…」
「だから違いますってば。玉手箱からたいやき君が出てきたみたいな結末にしちゃ駄目ですよ。」
「はっはっはっはっ玉手箱からたいやき君ー! 子門君ね子門君! ウケたウケた、はっはっはっ!」
「そんな大口あいて笑ってると、電線からハトのおそそうが落ちてきたとき大変ですよ?」
「げげーっ! やめろよぉキモわりー! 判ったよ話戻しますよ。えーとね、ここでの2人を比較するに、新児は追いつめられた蛇で、鷹男は『窮鼠猫を噛む』っていうより『寸鉄人を刺す』って感じの、市井の小悪党をうまく演じてるね。」
「小悪党なんですか鷹男は(笑)」
「いや、彼自身というよりも彼のやってることがね。あえてそうふるまってるというか。大企業の社長なんていう一種の権威に対抗する場合は、こんな風にヒトを舐めた小悪党になりきるのがいっちゃんキクと思うよ。『僕もこれでメシ食ってる』なんてね、いっぱしのワルを気取ってさ。
でも新児は、そんな鷹男の腹の内は完全に読んでるね。ただの小遣い稼ぎの強請りたかりじゃないってこと。」
「『この男、下手したら命取りになる』って思われたんじゃないですか?」
「ありえるかもね。この先新児がさ、一命を取りとめた雄一郎が双葉会病院にいるって知った時、新児の刃は鷹男に向かうのかもよ。うっわゾクゾクしてきたっ!」
「鷹男はさらにここで、この間病院で見た身元不明の男は、ちひろが落としたあの写真に写ってた奴だと気づくんですね。」
「うん。各伏線が順調にオープンしてってんじゃん。ストーリーがさくさく進む感じで、心地いいよねこういうの。」
 
■みどりタクシー〜路上■
「あたしさ、今までずっとこのオブチ君を事務員事務員て書いてきたけど、もしかしたら所長さんとか総務部長とかの偉い人なのかな。だって刑事に乗務員のこと質問された時、『うちは人間重視で採用してます』って言うじゃない。これってただのヒラに言えるコトバじゃないよねぇ。」
「けっこう偉い人なんじゃないですか? オブチ君。だから新児も近々辞めたいってことを、彼に言ったんですよ多分。」
「そうだよねー。あっちゃあ…。今まで失礼致しましたホントに。これからは事務員なんて失礼な一般名詞ではなく、謹んでオブチ君に統一させて頂きます。」
「あの車椅子の女の子…藤代さんも、かなり新児が気になるみたいですね。いいなぁ主役は。」
「刑事たちが運転記録見るじゃない。それで魚住新児のページに来たところで藤代さんからの電話が鳴るのね。このへんの演出って、細かいけどやっぱ凝ってる。」
「新児が休みと判って藤代さんは電話切りますよね。オブチ君は憮然として受話器を置いて、…で、ここで急に何かに気づいて机の上の『ボーダー』の記事を見るじゃないですか。これって何に気づいたんでしょう。」
「うーん…これが謎なんだよねー…。もう都屋へは行っててさぁ、他人の空似だってとりあえずは納得した訳でしょ? なのにまたハッとするってことは、もっと大きな何かに気づいたってことだよね。それも藤代さんからの電話に触発されて。」
「彼女に渡されて預かってるお金とメモ、あれに関係してるのかも知れませんね。」
「そうかもねー。新児の犯す第2の殺人ってさぁ、被害者は誰なんだろ。ちひろか…まさか藤代さんとか。」
「オブチ君てことはないですか?」
「うーん…いまいち絵的に美しくないよ。」
「美しい、といえばここの、藤代さんが車椅子で通っていく歩道のガードレール、すごく綺麗でしたね。白い波の形のやつ。」
「ああ、綺麗だったねあれ。あそこってやっぱ幕張なのかな。あんなもん作る地方自治体つったら、やっぱ海のそばだろぉ。」
「撮影クルーが先にロケーションするんですよね。おっとここは使える、とか思うんだろうな。きっと何を見ても。」
「そういうもんだろうね。あたしも何かってぇと『あ、これってカナペのネタになるな』とか思うもん。すでに習慣になってるよ。」
「自然と観察眼が磨かれて、いいことなんじゃないですか?」
「まーな。それはそうなんだよな。うん。」
 
■川べり、鷹男とちひろ■
「なんか画(え)が月9っぽいね。稲垣吾郎&篠原涼子…。そういや吾郎のストレートな恋愛ものってとんと見てない気がすんな。」
「あ、そうかも知れません。『ソムリエ』の前って…『恋の片道切符』ですか。あれも純然たる恋人の役じゃなかったし。」
「来年はまたどんな吾郎が見られるかなぁ。…まぁとにかく今は鷹男ちゃんに集中せねばね。えーと、まさにちひろを拝み倒す勢いで、『写真をどうこうする訳じゃない。見るだけだから。ね? ね?』ってすっかり弟モード入ってるなー。」
「このシーンて水面がきらきらしてて、逆光っぽいじゃないですか。今回の演出ってまた木村達昭さんですよね。光の扱いがほんとにうまいなこの人は。」
「ああそっか。じゃあ月9っぽいのも当然かもね。
でもって思ったんだけどさ、ちひろは新児を好きな訳で、その新児を強請ってる鷹男は、いってみればカタキな訳じゃない。写真見せるどころか口をきくのも嫌なはずなのに、こうして話をきいてやってる。これってさ、彼女の、ゴシップ好きで立ち聞きなんかも平気でしちゃうミーハーな性格にもよるんだけども、新児と綾子が怪しいっていうの、ちひろはピンときてるかも知れないね。社長室で向き合ってた2人の間に、独特の秘め事を感じた…。
この嗅覚はね、女は絶対だよ。気をつけなねヤエガキ。自分の彼女、ないし関係のある女。まだ関係はないけど明らかに自分を好きな女。そういう女たちを会わせちゃだめだよ。ひとことも口きかなくたって、全員がほぼ間違いなく、それぞれのことを理解しちゃうから。『ははーんこの女は八重垣くんとヤッてんな』、『まだヤッてないな』って。」
「…そんな怖いこと言わないで下さいよ。ビビりましたよ今。」
「てことは身に覚えがあるな? よしなさいよー。女の第6感は神に授けられた超能力なんだから。」
「はい。肝に命じます(笑)」
「まぁちひろの立場も微妙だよね。新児はさ、この子だけは押さえとかないとまずいよ。秘書だけは徹底的に味方につけとかないと。」
「でもちひろは、新児を守りたいとは思ってるんですよね。だから鷹男にあの写真を見せなかった。」
「映ってるのが誰なのかは判らないまでも、ただならぬ何かを感じるんだろね。写真を見たかった理由を鷹男が適当にごまかすと『そんなんばっか…』って言うじゃない。彼女の苛立ちを表してるよねこれ。」
 
■捜査2課・有季子残業中■
「警察ってこんなにヒマなんですかね。いくら2課とはいえここって本庁でしょう? 何だか定時退社日のオフィスみたいですよ。」
「うん。大抵何かしかの事件が合って、人がわさわさしてるようなイメージあるけどね。どうなんだろ。実際はよく判んないや。」
「2課の仕事に専念しながらも、有季子の頭からは都屋事件が…いや都築雄一郎のことが離れない。こだましながらリフレインする新児の言葉は、これまたいい演出ですね。」
「うん。これはいいね。『追いかけ続けて下さい』で有季子のペンが止まるのもいい。けどあんな重たそうなボールペンで1日書きものしてたら右手死ぬぞ。中指はカンペキ動かなくなって、手首なんてガチガチ。」
「それってよく智子さん言いますよね。量を書くなら万年筆、なんでしょう?」
「そ。ボールペンで3時間は無理だよ。今度試しにやったんさい。」
「いえいいです。…で、有季子は結局部屋に誰もいないのを幸い、都築雄一郎の出入国記録を調べちゃうんですね。ここはさすが刑事だな。電話1本で調べられるんですからね。本庁からは大抵ホットラインで繋がるから、相手の管理官もスラスラ教えてくれる。」
「これで悪事やられちゃたまんないよね。神奈川県警に村雨刑事に。」
「村雨…ああ『美しい人』のですね。」
「今クールのドラマでさ、ストーリー自体がビシッと決まって面白いったら、やっぱ『美しい人』だなー。田村さんも演技力つーよりオーラの人だからな。物語全体が1から100まで、マサカズ・カラーに統一されてる。実にまとまりがいいのね。ロココ時代のさ、名工が作った綺麗な宝石箱みたいな感じがする。」
「まぁ面白いのも事実でしょうが、要は智子さんの好きな世界なんですよ。」
「それはそうなんだよね。人間、最後は好き嫌いで決まるからね、何事も。」
 
■社長室〜病院〜捜査2課〜社長室■
「このあたり、細かいシーンがくるくると切り替わるね。社長室には綾子が入ってきて、恋人に向けるような甘〜い視線を投げて笑う。病院のベッドの上で雄一郎は、何か言いたげに口を動かす。捜査2課のデスクで有季子は都築雄一郎のデータを管理官に電話で告げる…。」
「でもこのシーンは、意味としては非常に大きいんじゃないですか? 副社長の松宮をどこかに飛ばそうという綾子の意見は、これってある意味まともですよねぇ? 彼女は別に都屋スーパーのより一層の発展なんか願っていない。自分の手に十分なお金が入るのであれば、会社なんてどうだっていい訳でしょう。偽物の雄一郎の目的も当然お金だろうと考えてる。まぁ普通はそうですよね。」
「『僕はお金なんか欲しくない』って新児に言われて、『じゃあ何がほしいの』って笑う。そりゃそうさね。金でないなら何が目当てでこんなことしてるんだか、聞いてみたくもなるよねぇ。都屋の経営を立て直すためでもないしさ。通産省のお役人じゃあるまいし。」
「聞かれた新児もふと考えますよね。何のために?って思わず自問してるんだろうな。でも現実に会社とか経営してる社長も、欲しいのはお金だけじゃないはずですよ。名誉欲とか、権力欲…。」
「いや、何よりも『戦いの本能』を満たすためじゃない? あたしさー、よく思うんだけど、男っつーか雄って、戦うために生きてるようなとこあるよね。でもこの平和な日本で、力で決するリアルな戦いはありゃしない。じゃあ男はどこで戦うのかっていうと、これが企業なんだろな。企業というのは現代の男に残された最後の戦いの場。本能を満たせる場所なのかも知れない。」
「でも組織と人間の係わり方も、だいぶ変わってきてますけどね。」
「まぁね、環境によって人間は変わる。21世紀がどんな時代になるかは、誰にも判りゃしないけどね。」
 
■路上・仁美■
「ここで『ボーダー』立ち読みしてる女、誰かなーってずいぶん考えちゃったよ。編集長じゃないしなー。そしたらここで初めて登場した人だったんだね。」
「仁美はさやかちゃんのお墓参りにでも行くんでしょうか。キリンのぬいぐるみが気に入ったみたいですね。」
「キリンかぁ…。あのねあたしね、人間の形した人形ってキライなんだ。特にあの高級な抱き人形。まぶたとかついてるヤツ。あれが嫌い。誰かの部屋にあったら仕舞ってくれって言うかも。何かキモチ悪いんだ。」
「ああ、いますねそういう人。日本人形とかも嫌いだって。」
「だからあたしひな祭りって嫌だった。ウチの親も変わっててさ、ウチのおひな様はケースに入った一対の立ちびなだったのね? ところがこれが名のある職人さんの作ったやつで、そこらのデパートで売ってる豪華7段飾り!とかと同じくらいの値段だったらしいんだ。だけど人形ってさ、高級なら高級なほど生々しいでしょ。幼な心に何ともいえず怖かったの覚えてる。」
「もしかしたら智子さん、それで人形嫌いになっちゃったんじゃないですか? なまじそんな高級なのを子供の頃に見ちゃったから。」
「そうかもねー。まぁだから人形は嫌いなんだけど、その反動なのかぬいぐるみには感情移入しちゃう。このキリンさんみたく、親子とかファミリーになってる奴って、ぜってー1つだけ買えないもん。残された方が寂しいよなぁと思って、だいたいセットで買っちゃう。」
「そういえば智子さんのウチ、キャビネットの上で白いあひるのぬいぐるみが偉そうにしてますもんねー。『木村ガァ』って名前でしたっけ。あの座布団って本縮緬でしょう?」
「そだよ。多分あたしが使ってる座布団より高い。だからここでの仁美にもさ、できればキリンの親子を両方買ったげてほしかったな。新児は2万渡してたじゃん。ぬいぐるみが2万もせんだろぉ。だめよピンハネしちゃ仁美さんったら(笑)」
 
■社長室前室〜捜査2課■
「ミーハーちひろの好奇心に、鷹男ちゃんは火をつけちゃったかな? もしかしたら手帳に入れっぱなしで忘れかけてたかも知れないあの写真を、仕事中にしげしげ見てるねー。」
「今までと違って彼女、オブチ君に会っちゃってますからね。」
「鷹男の仕掛けたボヤ騒ぎが大火事になりそうな予感だよね。さしも冷静な新児も、椅子に座ってばかりもいられなくなったか。」
「有季子のもとには照会結果の電話連絡が入りますね。そして衝撃の新事実が発覚する―――んですけど、2か月前に一時帰国したっていうのがそんなに衝撃なんですかね。」
「いんや違うだろぉ。ここにはもう1つ何かあるはず。」
「ですよねぇ。ここまで有季子が驚くんですから。」
「『危険な関係』ネタサポーターのひなつ様も、これには疑問を投げておられましてね。電話を切ったあとで有季子はさ、何かに気づいたように資料をめくって、そこで目を見開くじゃない。あそこで『とんでもないこと』に気づいたとしか思えないんだけど、それが何なのかは明かされないでしょ。
さらにここってBGMに主題歌がかかって、しかもそれが歌詞入りの歌だから、またまた妙にライトな雰囲気になっちゃってる。むしろあのオープニングの『チャッチャラ〜♪』ってオーケストレーションの方がね、ここはよかったんとちゃいますか。
『有季子は何か重大なことに気づきました。果たしてそれは何でしょうか、以下次号!』ってさ、もっと強調してほしかったな。ただ単に、2か月前にいったん帰国したのを自分に隠していたのがショックだったのかと、そう取れないこともないんだよねここね。
この演出はさ、物語全体に流れる重たい空気を軽くするつもりで、大事な強調点まで軽くしちゃったって感じ? 何とも割り切れない、スッキリしないものが残っちゃったよ。」
「でも2か月前に、本物の雄一郎は何をしに戻ってきたんでしょう。しかも捜査資料に関係してたとすれば、事件がらみには違いないですよね。」
「うん。気になるよね。何だろうね。」
 
■夜の街・新児〜前室・ちひろ■
「ここは木村達昭さんお得意のイルミネーション・アレンジだね。新児の心情を表現するとともに絵的な美しさも見事に確立してる。黒いスーツが映えるねぇ。」
「ここで新児が考えてるのは、『俺はなぜ、何のためにこんなことをしてるんだろう』ってことなんでしょうね。
最初は本当になりゆきのままズルズルと流されて都築雄一郎になっちゃったんだけど、若い美人秘書に素敵だと言われ、レストランの従業員にペコペコされ、役員たちには起立して迎えられ、取締役会では全員に拍手され…。そういう『権力の美酒』は、決して不愉快なものではなかった。新児自身がだんだんにそれを味わい始めていた。」
「そう。そこで有季子のあの言葉よ。『私にはあなたが大きな会社の偉い人になんて思えない』。それを思い出して新児は、何かにはじかれたように振り返ってそちらへ歩き出す…。
多分さ、ここで新児は気づいたんだろうね。有季子と鷹男が、まぁその、グルだというか繋がってることに。考えてみれば新児って、有季子と鷹男が一緒にいるとこ、ハッキリとは見てないんだよ。第1回めの、エレベーターホールでぶつかった時だって、印象に残るほど近くでは鷹男の顔なんか見てないでしょ。
でも有季子はワイン疑惑で都築雄一郎を追いかけてる。鷹男はワインの記事で自分を強請ろうとし、先手を打たれるや否や、有季子と新児の写真を週刊誌にスッパ抜いた。ここまで材料が揃えば、新児ほどの頭脳なら簡単に気づくよね。」
「『やられた!』って感じかも知れませんね。誰にも漏らさなかった本心を、あのカフェで新児は有季子に話してさえいるのに。」
「そうそう。ゆえに新児が感じたのは、裏切りというかショックというか、だからつまりは『やられた!』か。」
「追うものと追われるものが、いよいよ危険な関係になっていく訳ですね。」
「そうしてちひろはちひろで、あれこれ考えを巡らせ続けている。いろんな疑問が絡みあって渦を巻いて、ずんずんヒートアップしてくんだろね。」
 
■警視庁の階段■
「このシーンがねぇ…。一番最初に見た時はさ、さっきの『雄一郎が2か月前に一時帰国したのはなぜなのか、捜査資料から有季子は気づいた』っていうのがはっきり判ってなかったモンだから、どうにもスッキリしなくて『???』だったよ。『いったいぜんたい有季子は何がそんなにショックだったの?』ってことの方が気になっちってさぁ。
2回めにビデオ見直して初めて、『ああ有季子はここで何か重大なことに気づいたのか。でもってそのナゾは次回以降に明らかにされるんだな。成程。』って判ったから、やっと気持ち入れて見られるようになったけど。」
「それはちょっともったいないですよね。最初に見た印象って大事だし、ビデオになんか録らずに見てる人の方が断然多いはずですから。」
「ねー。1回見て判んなかったら、普通は『なーんかつまんないドラマ』で終わりだもんね。もう1回ビデオ見て理解しようなんていうのは、豊川ファンか稲垣ファンか紀香ファンか…もしくは単なるヒマ人でしょお。」
「鷹男の気づいた、『あの病院にいた身元不明の患者は秘書が持っていた写真の男。でも秘書はそれを隠そうとしていて、かつ、都築雄一郎はその病院を訪れている』って事実は大きいですからね。これほどの手がかりに対してもやる気を失っちゃうなんて、有季子が知ったのはよほどのことなんですよね。」
「そういうことだよね、どう考えたってね。ひどくクールダウンしちゃってる有季子に比べ、鷹男はすっかりやる気モード入っちゃってる。この2人の落差は、吾郎も紀香さんもよく演じてくれてたと思うよ。」
 
■前室・訪問者とちひろ■
「この保険屋さん役の女の人、うまいわぁぁ〜! 眠森のあの実那子の元同級生。彼女を彷彿とさせるねぇ。」
「ああ、うちが最優秀演技賞を出した人ですか?」
「そうそう、あの妊婦役の人。中山美穂と木村拓哉と仲村トオルを、一まとめにかすませた名女優(笑)この保険のお姉さん…つーか若づくりのおばさんつーか、保険屋さんてこういう雰囲気だもんねー! 妙に強引で馴れ馴れしくてさ、だけど話してると面白いんだ。」
「よく昼休みにフロアに来ますよね。でもああいうセールスレディって、頑張ればすごい年収なんだそうですね。契約取ると報奨金がドサッと入るんでしょう?」
「そうなんだってねぇ。やればやっただけダイレクトな報酬として返ってくるから、手ごたえもあるって話だね。まぁあたしみたく? 人前で思ったことの半分も言えない大人しいお嬢様タイプにはつとまらないお仕事だけれども。」
「……えーと、ビジターの皆様へ。只今こちらの手違いで、誤った音声が流れてしまったことをおわびいたします。
―――それでですね(笑)」
「何だよ(笑)」
「僕、すごいことに気づいたんですけど、この女の人…名刺には田中さんてありましたが、仁美がぬいぐるみ選んでたあのシーンで立ち読みしてたのはこの人ですよね。いやそれは大したことじゃないんです。この人が雄一郎の同級生なら、当然新児のことも知ってますよね?」
「あー! いえたぁ! そうよそうよ、雄一郎と新児は同級生なんだもん。同じクラスかどうかはさておき、この女の人も廊下で、新児と顔くらい会わせたことあるかも! あっちゃー、ヤバいじゃん新児! とんでもない女が出て… アレ?」
「どうしました?」
「ちょっと待って。だとするとこの田中さんは、この写真見たとたん『あら、これって魚住君じゃない』って気づきそうなもんだよね。」
「ああ、…………」
「おいおい絶句すんなよ(笑)なのに気づかなかったっていうことは、…
その1。記事は読んだが写真の方は写りもよくないし、それこそ19年前の知り合いだから顔なんか変わってるはずだと、田中さんは頭から決めてかかっていた。
その2。新児たちが通っていたのはいわゆるマンモス校で、田中さんは新児と同じクラスになったことはない。新児と雄一郎は1年の時だけ同じクラスで、2年になる時クラス替えがあり、そこで田中さんは雄一郎のクラスメートになった…。」
「ずいぶん細かいですね。脚本の井上さんもそんなところまで考えてないんじゃないですか?」
「でももしも田中さんが今の新児を直接見ちゃったら、『あらっ魚住くん!』てなるかも知んないよね。写真じゃ判んなくてもさ。」
「ここで一番驚いたのはちひろでしょうね。田中さんに見せられた都築雄一郎の写真は、新児とは似ても似つかないだけじゃなく、鷹男が見たがったあの写真に写っていた、知らない男そのものだったんですから。」
 
■警視庁〜前室■
「鷹男を帰したあと有季子は机に戻ってきて、ののさんたちと入れ違いに部屋を出る、か。でもその有季子の様子がおかしいことは、ダーリン野々村にはすぐに判っちゃうんだね。こりゃまさに愛の為せる技だなー。」
「まぁそれはともかく、やっぱり新児はあそこで振り返ったあと、有季子に会いにきたんですね。ここでずっと待ってたって感じですよ。」
「そうだね。こんな素敵な殿方に待ってられたら、マジ女冥利につきるよなぁ…。そのまんまどこへだって行っちゃうぞあたしは。」
「いやそれがいけないんですよ。一方ちひろは、多分田中さんに頼んで貸してもらった昔の写真と、自分が持ってる写真を突き合わせて、写っているのが同一人物だという確信を強めるんですね。」
「そういうことだろうけど…最近あんた、話の切り返しがやけに鋭くなってない?」
「いやそんなことないと思いますよ。そしてついにちひろは行動を起こすんですね。オブチ君の名刺を取り出して。」
「秘書ってさ、名刺は集められる立場だからね。鷹男の名刺にオブチ君の名刺に、それにさっきの田中さんの名刺。くわー! ヤバいもんが集合してるぜオイオイ!」
 
■屋上・新児と有季子■
「あのね、ここでひとつ、ホッカイドーはトマコマイのひなつ様から、笑える質問を頂いてるんだ。」
「笑えるんですか。どんなのですか?」
「うーんとね、このドラマって、けっこう屋上のシーンあるじゃない。この前鷹男と有季子も屋上で話してたよね。そういう『屋上で人と会う』ってシチュエーションは、東京で暮らす場合ごく普通のことなんでしょうかって。」
「(笑)」
「いやー新鮮な疑問だった。思わず人生振り返っちゃったよ。」
「ほんとですねぇ。でも…。うーん…。そんなにないんじゃないですか? これはやっぱりドラマとして、バックに夜景を使おうという狙いですよ。屋上に出ればだいたい夜景は綺麗ですから、都内は。」
「あの位置に東京タワーが見えるってことは…芝浦のあたりなのかな。」
「そうそう、東京タワーが重要なんですよね、ロケーション位置を割り出すためにはね。」
「東京タワーとさ、あとNEC本社ビルだね。この2つがどの角度に見えるかで、大まかな位置は判るけど、…なんかここにはNECのスーパータワーが写ってなかったよ? それとも見落としたのかな、豊川さんに見とれてて。」
「いつのロケか判りませんが…もうかなり寒かったでしょうね。」
「うんうん想像つくね。で、ここでの2人の熱演だけど…ここもさっきと全く同じだな。何で有季子が泣いてんのか、どうにもモヤモヤしちゃっていまいち感情移入を妨げる。ナゾ解きで視聴者を引っぱるのもいいけど、だったら今までみたいな明確な伏線がほしいなーと思うよ。」
「今まで視聴者は、反・謎解きの立場からドラマを見てきましたからね。新児も有季子も鷹男もみんな少しずつ何かを知らないのに、視聴者だけが全てを知っている。都築雄一郎の正体が魚住新児であることも、本物の雄一郎が実は生きてることも。それを何だか…ここで突然、目隠しされちゃったみたいな気がするんですよ。」
「ああ、その通りだね。キャラクターと一緒に謎解きをする、『眠れる森』とか『氷の世界』方式ね。でも『危険な関係』の第5回までは逆だった。まず最初に事実を提示しといて、視聴者はキャラたちがどうやってそれを解いていくかに興味を持って見ていた。ところが今回正反対の手法が、いきなりクロスした感じだよね。
ははぁん…判ったわヤエガキ。それでこんなに割り切れない気分なのか。やっぱこの第6回を境に、制作側は若干、ドラマの海図を書き換えたのかな。」
「そうかも知れませんね。つまり一種のテコ入れかも知れない。テコ入れってあんまりいい響きじゃありませんけど。」
「映像は文句なしに綺麗だよねここ。でもなー、所詮は飾りだからなイルミネーションなんて。ヘタな小細工はしない方がいいと思うけどねぇ…。」
 
■ビルの階段〜病院〜路上の鷹男〜大通り・ちひろ〜屋上・新児■
「階段にしゃがみこんで泣く有季子ちゃんに、あたしは聞きたいよ。『あのー、何をそんなに泣いてるんですか。いったい何がショックだったんですか?』って。やっぱ何としても座りが悪いな、今回は。」
「でもドラマは急展開を始めた、には違いないですよ。雄一郎の意識もかなり回復してきてますし。」
「最初の言葉が『ワイン』かぁ。なんでワインなんだろ。新児を部屋に入れてネチネチいじめながら飲んだ、あのワインを思い出したのか…それとも都屋のワイン事件を、ひょっとして彼は知っていたのか。」
「あ、だとしたら2か月前の一時帰国ともつながりますね。雄一郎は父親から、直接それをうちあけられていたとか。」
「仁美は純粋に回復を喜んで主治医に知らせに行ったんだろうね。この患者の意識が完全に戻った時、かつての夫は地獄におちるとも知らないで。」
「ところでここのナレーションなんですけど、何ていうか…ちょっと内容が、しっくりこないと思いませんか?」
「んっ、そうなのそうなの! 『これはちょっとな〜』って私も思った。
これねぇ、このナレーションにたったふたこと足せばいいのよ。そうすればもう少し気分がスッキリしたと思うんだ。『悲しく決定的な嘘を知って、有季子はそれ以上進めなくなっていた。』をね、『悲しく決定的な”ある”嘘を知って』ってするの。これで視聴者はさ、ああやっぱ何かあるんだなって判るでしょ。」
「なるほど、”ある”を足すんですね。そうすればその嘘は、今の段階ではまだ明かされてないんだなって、視聴者にも判る訳ですね。」
「そうそう。このナレーションはさぁ、ドラマの進行とはタイムラグがあるって判ってるんだけども、それにしても『悲しく決定的な嘘を知って』って言われただけだと、その嘘はもう提示されたような錯覚を起こしちゃうんだよねー。
それとさ、『全ての謎を解く1枚のカードは、たった1行の答えを書いたカードは、…』ってあるけど、その『たった1行』っていうのはつまり『都築雄一郎の正体は魚住新児だ』ってことでしょ? でもそれって、有季子をここまでクールダウンさせちゃった『2か月前の一時帰国』とは違うよねぇ。
とすれば伏せられてるのは『たった1枚のカード』じゃないじゃん。しかも『自分たちの心の中にそっと伏せられてる』ってたぐいのモンじゃ、なくないか?
…なんかさ、このナレーションはさぁ。吾郎の声も口調もすごくいいのに、肝心の内容がちょっとヘンだよ。この前の『人間は命に限りがあることを知っているからこそ、誰かを愛そうとする』ってのもそうだしな。どぉも文章がさ、雰囲気に流されちゃって意味がおかしいとゆーか…。私としては納得できないんだよねー。」
「まぁとにかくその『悲しく決定的な嘘』が何なのか、引っぱった分だけ視聴者は期待しますからね。ここで『そうか、そうだったのか!』とヒザを叩かせてくれないと。」
「そうそう。きっちり納得させてもらわんといかん。案外ホントにすごい事実かも知んないしね。期待してましょ、ちょっと意地悪く(笑)」
「意地悪くですか(笑)まぁ早々と失望するよりはいいでしょうけど。」
「でもこのラストシーンの映像はさ、モンクなしの美しさだったね。赤を基調としたイルミネーションをバックに、悲しみに耐えるかのように立ち尽くす新児…。さすがはイルミネーションの達人・木村達昭さんだ。」
「次回以降はいろんな意味で目が離せなくなってきましたね。」
「うん。まさに『いろんな意味で』な。予告編によると、偽の雄一郎の正体に気づいた一番乗り…じゃないや、それは綾子だ。二番乗りはちひろみたいだね。有季子と鷹男もモメちゃうみたいだし、物語は中盤から後半にかけてのドロドロした山場を迎えるのかな。」
「考えてみればあと5回なんですよね。今回がちょうど折り返し地点だったのか。」
「あと5回ねぇ…。振り返れば去年の今ごろは、眠森で同じコトやってたんだよねー。あれはリワインダーもあってさぁ。よくやったよね私もね。今にして思うといつ寝てたんだろってくらいのハードスケジュールだったけど…。ただ去年は今年ほど仕事が忙しくなかったのよ。まぁ、でもここまできたらやり抜くしかないから? あと半分頑張りますよ。」
「そうですね。やるしかないです。…えー、という訳で、そんな決意を新たにしたところで、今回は締めたいと思います。魔の第5回を楽にクリアしたあとの『アレレ?』の第6回(笑)致命的な衝撃は受けていませんのでね、何とかこのテンションのまま、ラストまでいきたいと思います。」
「ええええ、もちろん私もそう思ってますさ。『アレレ?』の第6回の次が『おや?』の第7回、『うそ!』の第8回、『やめんか馬鹿ものぉー!』の第9回とかに、なっていきませんようにと祈る気分で過ごすこのスリルは、慣れるとこれがまた変に快感でねぇ。」
「変な快感なんて、人生、覚えない方がいいですよ。それでは皆様、次回までご機嫌よう。パーソナリティは私、八重垣悟と、」
「結局水曜日のUPはどうしたって無理なんじゃないのかぁ!?の木村智子でございましたぁ! 明日を迎えようー!」
「次回UPは…となると2日になりますか?」
「うー…最悪は2日の夕方だねぇ。なんせ今週は月末〆にかかるからさぁ、残業時間の分だけきっちり執筆時間が削られるのよぉ。
今週も何で木曜UPになっちゃったかっていうとね、あたくし定休日が火曜水曜やん? 月曜の晩までに下書きを上げられれば火曜日にタイプしてhtml変換して、水曜日にサーバへ送信できるんだけどさ、下書きをみっちり書くまとまった時間が取れるのが、どうしても火曜日になっちゃうんだよねぇ…。」
「ああそうか、休みの関係でそうなるんですね。」
「そう。『千年旅人』も見にいきたいんだけどさぁ、上演期間が1週間やて。ふざけんな何やソレはぁ〜!とか思ってたら、なんと下北沢で来年1月の28日までやってくれるんだって! 快挙快挙! これならぜってー見にいける。待っててねーっ豊川さん!」
 

座談会第7回に続く
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