『危険な関係』 座談会
【 第7回 (99.11.25放映分) 】
「八重垣くん。第6回のことは忘れよう。」
「え、何ですか藪から棒に。最初のご挨拶もしないうちいきなり本題ですか。」
「いやぁもうね、『アレレ?』の第6回は、あれは神様のストライキだね。まさかまた、あのままズルズルと興味を失うんじゃなかろうかと自分で心配だったけど、失うどころか、今回第7回のあのシーンはね、もぉ日本TV史上に残る名場面だから。あたしゃそう言い切るよ。だから仮にこれでこのままストーリーが盛り上がらずに終わろうと、有季子とののさんが駆け落ちして仁美が鷹男と再婚して、新児は綾子と心中してもだね、あたしは許す。もぉそれほど素晴らしかった今回は!」
「仁美と鷹男が再婚って(笑)何だか面白そうじゃないですか。」
「いやーホントにね、今回は、脚本・演出・撮影・音楽、そして役者と五拍子揃った名演奏だったねぇ。見て泣くどころの騒ぎじゃない。泣くなんてよりもずっと先の方まで、気持ちが行っちゃったよマジ。」
「何だか久しぶりですね、智子さんのそういう手放しの賛辞を聞くの。智子さんに限らず、辛口の意見て確かにシャープで論理的でスカッと胸のすくようなことも多々ありますけど、やっぱり熱い褒め言葉って、聞いてて気持ちいいですよ。」
「そりゃそうさぁ。ウチは決して辛口サイトじゃないンだから。」
「(笑)…えー、はい、という訳でですね、ご挨拶が飛んじゃいましたけど、…1週間ぶりですね。皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。前回が『アレレ?』の第6回ってことでね、今智子さんも言ってましたけど、まさかこのまま悪夢パート2の到来かと心配になってたんですけれども、落ち込むどころか第7回のおかげで雲の上まで行っちゃったみたいなんで、今週もさくさく行きたいと思います、はい。」
「今回ってさ、演出が中江さんなんだよね。いやぁ重厚だねぇこの人は。前回とはあらゆる点が対照的で、この第7回にはBGMなんかもそれほど使われてなくてね。やっぱコレでいいのよ、豊川さん主演なんだから。ねっ!」
「はいはい。えーとそれじゃあ行きますよ。前回のおさらいは飛ばして、ちひろのシーンからです。」
■みどりタクシー■
「今回はほんとにちひろ大活躍ですね。でも次回からは多分、回想シーンでしか見れなくなるんですよねぇ…。可愛かったのにな、ちひろちゃん。」
「篠原涼子ファンとしては寂しいか、そうかそうか。ここでちひろの着てるコート、あったかそうだよね。衿元がモコモコしてて。」
「そうですね。風のある日なんかすごくいいかも知れない。」
「通勤に自転車使ってるとさぁ、こういうロングコートは着ないからね。」
「ああ、裾がからむと危ないんですね。」
「てゆーかね、寒い(笑)ペダルこぐから裾が完全に割れるじゃん。下から風がバサバサ入ってくんだよねー。自転車乗るならダウンジャケットっしょ。もぉこれっきゃないよ。」
「確かにダウン着ちゃったら他は着られませんよね。やっぱあれが一番だよなぁ…。」
「まぁそれはいいとしてタブチ君…じゃないやオブチ君だ。オブチ君たら、ちひろにはメチャ甘だねぇ。大企業の可愛い秘書嬢。おじさんにしてみりゃたまんないか。」
「でもちひろも、うまい嘘を考えたもんですね。」
「ほんとだね。『都築に言われておわびに来た』なんて白々しい(笑)この顔でおじさんにニコッと笑いかければ、テキは大抵聞いてくれるよね。もしこれちひろじゃなくて、むっさいおっさんなんかが来てたら、興味があるから見てみたいって言ったって、オブチ君もOKしないよね。」
「そりゃそうですよ、追い返されますよ。ちひろはここで資料を見せてもらう時、『拝見します』ってちゃんと言うじゃないですか。こういうのが可愛いんですよ、見せる方にすれば。」
「こういう教育に関しては、大企業はしっかりしてるからね。そしてちひろが手にした写真は、誰がどこから見ても『都築雄一郎』…。住所は新宿区大久保、もしかすっとかまりんちの近くだな。」
「ガードくぐって、職安通りとかのあっちの方ですよね。そういえば第1回めの時、彦左小路が映ってたな。」
「ちひろはこれで住所を暗記しちゃったんだろうね。まさに女は生まれながらの探偵だなぁ。」
■新児のアパート〜歩道橋の上■
「どうもいろんなとこに出入口があるらしいねこの木造家屋は。仁美が帰って入れ違いにちひろ。ここで2人がハチ合わせしたらおっかしいよねー。」
「部屋のドアのノブがちょっとへこんでるのがいいですね。」
「うんうん、何かレトロ感覚で好きだなー。ちひろがドアあけて中のぞいた時、廊下にある消火器が見えてさ、アパートつうより昔懐かしい『共同住宅』って感じ。つっても八重垣くんには判んないか。」
「すみません(笑)でも何となくノスタルジーは感じますよ。このギシギシ鳴る床とか全体の薄暗さとか。」
「今どきレトロで、かえっていいかもね。ここってお家賃幾らくらいなんだろ。」
「うーん…。風呂つきではなさそうですよね。じゃあ6万から8万てとこじゃないですか? 場所は一応いいですからね。」
「それくらいはするか。さすが23区。群馬なんて月6万出したらそれなりの部屋借りられんぜ?」
「群馬と新宿比べてどうするんですか。相場が違うんですから相場が。」
「そりゃそうだね。ところでさやかちゃんの法事は土曜日の2時からか。まさか2人きりでやんのかなぁ。親戚とか1人も呼ばないのかしらん。新児も仁美も天涯孤独の身の上でもあるまいに。」
「仁美はともかく、新児は高校の時にご両親が亡くなったんですから、ほぼそれに近いんじゃないですか。」
「でもうちらの親の代って大抵きょうだいがいるやん。だからおじさんおばさん連中が…ああ、でもロクにつきあってなかったりするかもね。」
「寂しい男なんですよ新児は。じゃなきゃ人間、殺人なんかしませんよ。」
「そういうモンだよね。歩道橋の上に独り立ってる背中が、それを物語ってるよなぁ…。」
「ここってナレーションがかぶるじゃないですか。誰の心にも悪魔は潜んでいる、誰の背中にも天使の羽は隠れている、って。そこで一瞬、新児の後ろを流れていく白いイルミネーションが、大きな翼に見えませんでした?」
「ああ見えた見えた! ここでの新児はさ、寂しい墜天使ルシフェルって感じですっげよかったよねー。人を殺してそいつになりかわって、自業自得の地獄を這いずってる男の背中に、何でだか翼が似合うんだ。1歩間違えば悪の賛美になりかねないところ、それがきちんと“悲しみ”に変換されて伝わってくるのがすごいよね。」
■路上〜バァ〜店の外、有季子と鷹男■
「マンションに帰ってきた有季子の前に、バッ、と立ち上がる鷹男。ここでの『よっ』はすごく好きだなー。」
「車の騒音が効いてますよね。ざわめく心を象徴するみたいで。」
「イルミネーションの達人が木村達昭さんなら、象徴手法の王者が中江功さんかもね。どっちが好きかは置いといて、演出家によってほんっと雰囲気変わるよね。これはもう何度も言ってるけど。」
「店の中での2人の口喧嘩は、わりとリアルでいいですね。こうして見ると前回の有季子のクールダウンは、鷹男を有季子のパートナーとしてじゃなく、1人で都築雄一郎に立ち向かわせるための伏線ていうか、そのためのエピソードだったんですかね。」
「うーん…。かも知んないねー。解釈は色々あって、その中のどれを取るかだろうけど、これってむしろ、有季子は組織に戻れた安心感で気持ちが守りに入りかけたのと、ののさんまで危ない立場に追い込むかも知れないってことで怖じ気づいてしまった―――そういう展開にしといた方がよかったんじゃないかと思うけどね。そうすればここで鷹男にビシッと言われて立ち直るのも、もっと説得力あったのにさ。」
「やっぱりねぇ…あれなんですよ。紀香さんも、その1カット1カットの世界では、動きも表情も十分に合格点なんですよ。ところがストーリー全体を総合的に俯瞰しての『キャラクターづくり』にまでは、まだ至ってないのが本当なんじゃないですか。カメラが映さない部分の速水有季子にまでは、いまひとつ気持ちが届いてないというか。」
「うん。多分その通りだよ。このドラマはさ、けっこう人間の二面性を出さなきゃいけないってとこ、あるでしょお。誠実さと残酷さを新児が、男性の“柔”と“剛”を鷹男が、若い女の生真面目さと愚かさをちひろが、そして女の強さと弱さを有季子が…。
難しいとは思うけど、頑張れ頑張れノリカ! もう1歩つっこんで、なぜ有季子はここでこのセリフを言ったのかとか考えてみようよ。右脳だけの、感覚だけの演技には限界がある。豊川さんは左脳もフル回転してるぞー!」
「確かに豊川さんは、台本読みこんでる感じがしますよね。物語全体に対する『この場面での魚住新児』が、座標軸でしっかり捉えられてるから、芝居が上っすべりしてないんですよね。」
「いいことゆーなー八重垣。そして吾郎も多分それやってるだろうね。鷹男ってキャラには立体感あるもん。」
「でも…ちょっと違った考え方をしてみれば、TVドラマっていうのはとりあえず、その1シーンがよければOKなのかも知れませんね。1シーン1シーンをどう魅力的に見せるのか、それを積み上げて作るのがTVドラマなんじゃないかなと思います。舞台や映画とは根本的に違う。お金払って見にいく映画なら、よっぽどつまんなくない限り観客は最後まで見てくれますけど、TVの視聴者なんて気まぐれですからね。フラッとやってきて、いつ離れるか判んない気まぐれな視線を、いかに繋ぎとめるかがTVドラマの勝負どころ…。」
「ほんとだね。いや〜、何かすごく座談会っぽくなってきたやん(笑)でもさぁ八重垣。何となくだけど、吾郎も紀香さんも、芝居が豊川っぽくなってきてるとゆーか…『表情』ってものにすごく工夫するようになってる気がすんのは気のせいかね。私には何となくそう思えるんだけども。」
「ああ、それはあるかも知れませんよ。豊川さんの演技には、誰よりも共演者が一番近くで接してる訳ですし。」
「いいところは真似するべきだもんね。サル真似はみっともないけど。自分なりに消化して力にするのは、とても正しいことだよ。うむうむ。」
「ここでのイナガキの表情は、十分豊川さんに迫るものがありましたよ。無言の決意っていうか、戦いに赴く前の誓いみたいなものが伝わってきました。一言の台詞も、大袈裟な動きもないのに。」
「いろんな想いが、言葉より雄弁に見るものに伝わってくる。これができたら役者さんも1段ステップアップだもんね。ここでの鷹男の目はいろんなことを言ってた。『見てろよ』だったり『お前を渡さない』だったり、『元のお前に戻ってくれ』だったり『俺がきっと守ってやる』だったり…。そしてそうは言っても、有季子は都築雄一郎…つまり新児に惹かれていくんだろうって、心のどこかで鷹男は予感してるんだよね。抱きしめていた有季子を放したあとのまなざしには、悲しみがこもってたもん。いいぞいいぞ吾郎! その調子だその調子!」
「まぁイナガキだけじゃなく紀香さんも涼子ちゃんも、このドラマに出たことで実力UPしたなんてことになったら、それって素晴らしいことだと思いません?」
「うんうん何よりだよね。あのさ、バレリーナの森下洋子さんが対談で言ってたことなんだけど、プロのバレリーナって、やっぱスケジュールとかがハードなんだって。そりゃそうだよね、公演のために世界中を回ってたりする訳でしょ。そうするとトレーニングの場はレッスン場じゃなく、本番の舞台に求めるしかないんだって。お客様も共演者もいる真剣勝負の場で、自己研鑚し上達していくしかないんだってさ。それがプロの厳しさであり、また楽しさでもあるんだって言ってた。」
「なるほど。ということはつまりはプロの役者たちも、1つの役ごとに成長しなきゃ勤まらないってことですね。」
「うん。転がりながら成長してくって奴だよね。しかし話は違うけども、このドラマの特徴の1つに、主人公と女主人公が異様にモテるっていうのがあるね。新児といい有季子といい、いわばよりどり見どり状態?」
「ねぇ。それは言えてますよねぇ。ずるいですよ主役だと思って…。」
「ッたく有季子もさあ、ちったあ鷹男の男らしさに気づいてやれってんだよなー。」
「新児もちひろのけなげさを、もっと早く受け止めてやればよかったんですよ。可哀相ですよ。あんなに可愛いのに。」
「こうやって感情移入するとさ、ドラマってハマるよね(笑)」
「同感です(笑)」
■捜査2課■
「もぉもぉここは、ただ一言の繰り返し。『アレレ?』の第6回は忘れよう! 落とした第2セットみたいなモンなんだから、サッと気持ちを切り替えて次のセットに臨むのが得策!」
「面白い例えですね。でもまぁ確かにその通りかもな…。」
「だってさぁ。都築雄一郎は8月の19日から21日にかけて帰国していて、都屋の経理部長が死んだのが20日。これはもしや自殺ではなく雄一郎の犯行ではないか。有季子がそのことに気づいて雄一郎を追うのはもうやめようと考えたんだとしたら、それは知らず知らず芽生えていた彼への愛情が、無意識にかけたブレーキってことになるでしょ?
じゃあ何がこのブレーキを外したのよ。鷹男にバシッと言われたあと痛いほど抱きしめられたこと? それとも自分1人だけ捜査のカヤの外に置かれて、同僚から嫌味を言われたこと? 階段で1人、よよと泣いたほどの“ショック”から、こうもたやすく立ち直っちゃうのはあまりにもご都合主義じゃないか?
このへんの有季子の気持ちの『揺らぎ』にさ、どうにも説得力がないんだよね。そりゃ解釈は色々できるけど、視聴者が努力して辻褄合わせするなんて、それこそ悪夢パート2じゃん。」
「ですから『アレレ?』の第6回というより、エアポケットの第6回だったんですよ。そういうことも世の中にはあるんですきっと。」
「そうだよね。そういうことにしとこう。ところでこのシーンでも、相変わらずののさんは優しいなー。」
「男として有季子を好きとか嫌いとかいう前に、ののさんは組織の体制が、内心嫌でたまらないんでしょうね。だから自分の信念のままバンバン行動する有季子が好もしい…。若い頃の自分を見る気がするのかも知れませんよ。」
「かもね。こんなに丸くなっちゃう前の、ビンビンにとんがってた自分か。そういう意識はののさんの中に、確かにあるのかもね。」
■都屋社長室■
「副社長の松宮さんはさ、やっぱ総務経理の統括役員みたいだね。地元商店街を黙らせるだけのモノを経理上ひねり出すのなんかも、ずっと彼がやってきたんだ。」
「そのようですね。自殺した経理部長は、案外松宮の直轄の部下だったとか。」
「ほっほぉ、さすがは現役サラリーマン。鋭いぞ八重垣。拍手!」
「『さすがサラリーマン』て言われても、あんまり嬉しくないですね。」
「しかしこのシーンでは、またまた新児の明晰なる頭脳が披露されたね。明晰っていうか、一種の観察眼かなぁ。タクシーに乗ってあちこち走りながら、いろんなことを感じてたんだろうね新児は。アタマ硬くなってる役員どもには思いもよらないことなんかをさ。いい社長じゃん新児。」
「いい社長といえば、ここで役員たちが、お世辞半分でしょうけど新児を褒めちぎって『先代にそっくりだ、血は争えない』って意味のことを言うじゃないですか。てことは先代の社長も、こんな風に豊かな発想とイマジネーションを持った男だったんでしょうか。」
「そうなんじゃないの? だってさ、役員たちがなぜ、会ったこともない二代目の社長就任を渋々とでも許したかといえば、偉大なる先代の息子であり遺言で示された後継者だからでしょ? 死してなお影響を残す、文字通りの大黒柱だったんだよ勇三くんは。んで多分松宮がさ、経理とか資金とかの帳簿っぽいことを担当してた。いわばこの2人が都屋のツートップだったんだよ。」
「だから松宮は浪費家の綾子が嫌いなんでしょうね。」
「そういえば綾子って今回登場しなかったね。まぁ今回は例の名場面にたっぷり時間とってるせいか、全体的にシーン数少ないんだけど。」
■捜査2課・有季子■
「ようやくまとめ終えた資料を課長の机の上に置いて、有季子はやっぱり抜け出しちゃうんですね。デスクワークが1週間ともたない…。営業向きだな有季子は。少なくともSEにはなれませんね。」
「なれないねー。うちら座ったまんまで即身仏になれんもんな。」
「なりたくありませんよ(笑)」
「廊下で警官とすれちがって有季子はチラッと振り返る。ちょっとした演出だけどよかったね。」
■社長室・新児とちひろ■
「保険屋の田中さんはやはりしつこかった。同級生が会社の社長なら、そりゃー昔のよしみで1口2口契約してもらおうと思うよなぁ。商売の姿勢として実に正しい。」
「『お断りしていいか』と聞くちひろに対してこのとき新児は、書類から目を上げて『うん』て言いますよね。ここの表情、『気が利くな』って感じしませんか?」
「するする。最近新児はちひろに対して冷たいというか、そっけなかったのにね。」
「でも『それでよろしいんですよ、ね』という口調が、どうもおかしいことに新児はすぐ気づく訳ですね。さっきの会議中にも、ちひろは様子が変だったし。」
「でさ、おかしいと気づいた時の新児の、ちひろを見る目の鋭さね。これは一瞬ゾクッとする。穏やかで物静かなさっきの『うん』と、この鋭い視線の落差。人間とはかくも多面的な生き物かと思うよね。」
「静かな奴こそ本当は怖いんですよ。ヤクザ屋さんなんかもそうでしょう。」
「いえたいえた! あのね、私の叔父さんがある時新幹線に乗ってたら、通路を挟んで斜め向かいにヤクザ屋さんが4人座ってたんだって。ほいでこの叔父さんが、よせばいいのに『うわー、迫力―!』とか思ってチラチラ見てたら、案の定ガンづけしたって思われたんだろね、中の若い1人が立ってきて、『話があるならデッキで聞く』みたいなことになったんだって。もー小心者の叔父さんはビビっちゃって真っ青になってたら、一番奥に座ってた男が『よせ』ってひとこと言ったんだって。そしたらその立ってきた奴、『失礼』つって席に戻ったって。もうその凄みといいドスのききかたといい、さすがってのは変だけどハンパじゃないって言ってたね。大物ってのはこんな風に静かなんだよ。」
「ヤクザ屋さんの本物って、冗談じゃなく怖いですよね。そこらのチンピラとは、しょってる空気が違うっていうか…。僕も新宿で兄貴格の人見たことありますけど、異様なオーラが出てたよな、あれ…。」
「一般人としてはさ、『危うきに近寄らず』を決めこむしかないよね。それに比べて、って別に比べはしないけど、ちひろはちょっとアタマ悪いな。」
「なんですかいきなり(笑)」
「いや、だってねぇ…。もうちょっと様子を見てからバラせばいいのにと思ってさぁ。もちドラマとしてはこれでいいのよ。最初っから若林ちひろってキャラは、ブランド好きのミーハーだって十分判ってたんだから。そんな子がこんなとんでもない秘密を知ったら、腹になんぞしまっておける訳がない。だから批判じゃなくただの感想だけどさ、もっと巧く立ち回って得すればいいのになーとか思った。」
「得って、例えばどんなのですか?」
「まぁ判りやすいところでは、恋人になって貢がせるとか。」
「貢ぎますかね新児が。」
「いや貢がせるのはお金や高級品だけじゃないさ。『社長の威を借る秘書の地位』を楽しませてもらうのよ。」
「でもちひろはそんなものに興味はないでしょう。」
「まぁそうなんだけどな。でもって話を戻すけど、ちひろに法事のことを言われて、新児はビクッと目を動かすんだよね。ちひろの言葉に最初に反応したのは彼の目なの。それからゆっくり体を起こして、ちひろに歩みよろうとしたのかしないのか、でも彼女は逃げるように出ていっちゃって、新児は資料を今にも落としそうに、腕をダランと下げる…。」
「ここでこの資料を、落とさないのがいいんですよね。」
「そうそう。落とすとマンガっぽいとゆーか、演技として平凡だよね。人間そうそう物は落とさんつーに。」
「この社長室が、普通に明るいのもいいと思いません? いつもと何も変わらない平日の午後。そこでいきなり告げられた衝撃の言葉。」
「穏やかさと急転直下のコントラストって奴だね。フレーム内に豊川さんがいる時はあんまり凝った演出しない方がいいのかも。」
「ああ、際立ちますからね、その方がね。」
■路上・新児〜病院・仁美■
「ここでネクタイほどくのは伏線だったんだねー。もちろん『魚ちゃんスタイル』になるため、ってのが第一の目的だけど。」
「ほどいたネクタイは無造作にポケットに入れて、全体に着くずすんですね。」
「いやー、実はあたしさぁ、このネクタイほどくとこ見てね、こんなんで縛られたらいいだろな〜って、ほんの一瞬だけ思っちゃったぜぇ、はっはっはっ!」
「ちょっとちょっとあぶないなあ(笑)その妄想は危なすぎません?」
「だーってさぁ、ネクタイほどく時のシュルッて音はなかなかいいモンだぜぇ? そう、女の人が帯をほどく時のエロティシズムに通じるかも知れない。」
「あ、なるほど。あれですか。ふーん。」
「またずいぶんと早く納得したね。」
「いえピンと来ましたから。そうか、あの感じなのか。判ります判ります。」
「…あんたさ、目の前で女の人に帯ほどかれたことあんの?」
「いえ目の前でっていうのはありませんけど、想像つくじゃないですか本能的に。」
「本能的にな。それはあるかも。」
「で、次のシーンですけど、雄一郎の意識はどんどん回復してきてますね。」
「まだ『ワイン…』としかしゃべってないのかなぁ。」
「うーん、どうなんでしょうねぇ。仁美の声じゃなくて、手を揺らされたことの方に反応したのかも知れませんからね。」
「赤ちゃんと同じだね。こうやって握ってる手をさ、指でちょんちょんってつつくと、いきなりギュッて握ってくることあるでしょ。」
「ありますあります。あれって可愛いですよね。で、そのあとすぐ口に持っていこうとしません?」
「そうそう! おいおい食うなよぉって感じでね。」
「赤ちゃんの手ってほんとにモミジみたいですよね。そういうのを見てるとなぁ。子供欲しいなって思うんですけどねぇ。」
「まぁ人の子供と自分の子供じゃ責任の重さが違う。ただ可愛いだけじゃ済まないからなー。それでなくても私はホラ、小指がこんなに短いよってに、多分子供は持たんべなぁ。」
「よくそういいますけど、当たるんですか? その占い…。」
「占いなのか? これ。よく判んないけどそういうよね。んで、そんな風に雄一郎の意識が戻ったことを喜ぶ仁美のもとに、誰かが訪ねてくる。一瞬新児かと思ったら有季子だったね。」
「こういうカメラワークの『気の引き方』って、中江さん独特かも知れないですね。」
「あ、それはあるかもねー。やりすぎるとワケ判んなくなるけど、うまく使えば効果的。」
「仁美は有季子を覚えてたみたいですね。前に来た刑事だって。」
「廊下で携帯使って注意されてるしねー。印象深かったんだろきっと。女刑事そのものが男よりは珍しいしね。」
■駅・ちひろと鷹男■
「ぼんやりと家路につきながら、ちひろはだんだんと新児の不審点が1つや2つじゃないことに気づくんだねー。いくら何でも実の父親の写真をあんな風に外さないだろうとか、自分が送ってきたFaxをもう1回見たいなんて変だとか、大きな嘘はバレないとか、いろいろ。」
「1つ何かに気づくと、そういえば…ってつながること多いですもんね。ドラマ的にいえばつまり伏線の引き方がうまい、ってことになるんでしょうけど。」
「またここでの鷹男がねー、さもケーハクなあんちゃんをワザと演じてますって雰囲気をよく出してますこと。」
「ちひろの口調も途中で変わりますよね。彼女自身の興味が動いたことがよく判ります。」
「ああ、鷹男の『俺、見たんだよなー』のアトで変わるんだよね。それまではケンもホロロというか取りつく島もないというか、ですます調を崩さなかったのに。」
「ちょっとした駆け引きですよね、ここでの2人の会話は。」
「ちらっと目を上げたことでちひろはYesと言っている。こういう目の動きは涼子ちゃんって抜群だよね。」
■みどりタクシー■
「オブチ君は魚ちゃんがお気に入り〜。何としても辞めてほしくないんだね。」
「勤務態度も何も、文句なしなんでしょうね新児は。もしかしたらこの営業所でナンバー1なんじゃないですか?」
「かもねーかもねー。CS評価とかあるんだよきっと。」
「それにしても藤城さんの預けたお金とメモは、ただこのための伏線だったんでしょうか。休んでる間に新児を訪ねてきた女の子、って意味の。」
「だとしたらやられたねー。巧いよシナリオが。あっと、ここで1つ訂正事項。藤代さんじゃなく藤城さんだったね。エンドロール見ててやっと気がついた。藤代って駅があるからさ、ついそっちに変換しちゃって。」
「藤代なんてありましたっけ。」
「あるよ。常磐線の取手駅の次。まぁそれはどうでもいいとして、ここでいったん藤城の名前を出されたことで、新児は一瞬肩すかしをくらう感じだよね。来たとすればてっきりちひろだと思ってたのに。」
「そうですね。衝撃の前にワンクッションあるんですよね。遠山の金さんじゃあるまいしとか(笑)」
「そうそう。んでその直後に、『秘書の女の人がきて、この社長が魚ちゃんに会いたがってると言ってた』と告げられる。一瞬『違うのかな』と思ったあとだけに、衝撃は一層大きいだろうね。」
「で、その衝撃を象徴するのが、ここでぴたりと止まるBGMですか。前回多用されてたBGMという演出道具を、今回は逆に消すことで効果を高めてるんですね。」
■喫茶店・鷹男とちひろ■
「ここさぁ、BGMがアベマリアなんだよー。思い出すなぁ『Gift』の名場面! ボウリング場のロッカー室でセンザキたちに素手でいためつけられる武弘。ちっぽけなナイフを奪われた彼にもう抵抗のすべはなく、記憶を失うほどの私刑(リンチ)に身を晒す…。あそこに流れてたのもこの曲、アベマリア。『神よ、この魂を救いたまえ』と。」
「この喫茶店のシーンでのアベマリアは、これはちひろへの鎮魂歌の序曲でしょうね。悲劇の渦にのみこまれていく哀れな…少しだけ愚かだった若林ちひろに対する。」
「そういうことだよね。何かさ、豊川さんの存在感がいろんなとこにのりうつって、物語全体をキューンと1つにまとめてる気がするね。」
「でもイナガキも、それに押し消されずにぴったりついてるって感じで、いいんじゃないですかなかなか。」
「うんうんいい位置にいるよね。きちっとこなしてるって感じがする。えーとここではね、写真に写ってる男…つまり本物の都築雄一郎が、身元不明の重症患者として入院してるってのを聞いた時、ちひろはだんだんと自分で自分を抱きしめるようにするでしょ。あれがよかったね。『まさか、それってあのひとのしわざなんじゃ…』って、実は直感してるんだ、彼女。」
「9時にここへ来いって言って、ちひろはいったん鷹男と別れますよね。でも店の外からガラス越しに店内を見た彼女の表情に、鷹男はふと、えもいえぬ『何か』を感じる…。このあたりも印象的でした。」
「あるよねー、こういう『何か』の感覚って。『絶対帰ってきてくれよ』ってセリフは、鷹男の感じた不安が言わせたんだろうね。
…またまた思い出話になるけど、ウチの会社で結構親しくしてた人が、ある日入院しちゃったのね。何の病気かなーとか思ってたら、そのうちヒョッコリ退院してきて。てっきり治ったんだろうと思ってたら、また入院しちゃったのね。んで、その2度目の入院の直前に会ったんだけど、別れ際に何かちょっと、いつもと違う感じがしたんだ。後ろ髪引かれるとでも言うかなぁ…。何だか立ち去りがたい感じ。で、その人は二度と退院できずに帰らぬ人となりました。急性の白血病だったんだって。今でもさ、あの時の奇妙な感覚…予感、ていうのかなぁ。思い出すと不思議な感じがする。」
「うーん…。命に係わることに関しては、人間て一種の予知能力に近いものを持ってますからね。鷹男は小説家志望なんですから、そういう感性は人より鋭いはずですよ。」
「その不吉な予感が的中しちゃう訳だよね。鷹男がちひろの姿を見たのはこれが最後になるのかぁ。そう思うと何か切ない。んでも気がついたんだけど、ここでテーブルの上にはさ、水もコーヒーも1つずつしか置いてないでしょ。てことはちひろはオーダーしてないんだよね。『すぐ出ますから』とかウェイトレスに言ったのかもね。」
「細かいとこもちゃんと見てますね。」
■病院・有季子と仁美■
「仁美って頭いいんだねー。新児とはお似合いだよなぁ。」
「そうですね。たったあれだけの短い間に、いろんなことを一ぺんに理解して、言い訳まで考えたんですからね。しかも表面上は全く冷静に。こういう頭のいい同士だったからこそ、さやかちゃんの死をすごく深く受け止めちゃったんじゃないですか。『さやかが死んだのは悲しいけど、子供はまた作ればいいよ。』『そーよねー!』みたいな訳にはいかなかったんだろうな。」
「頭がよくて感性が豊かで、だからこそ耐えられなかった娘の死、か…。新児ってさぁ、つくづく不幸な男だよね。もっとズボラで鈍感だったら、こんなこともなかったろうに。」
「全く、皮肉なもんですね。」
「確か第1回め…いや2回めか。新児の傷の手当てに来た仁美が、皺になっちゃうよって言って上着をハンガーに掛けた時、内側の縫い取りを見たじゃない。『都築』って名前、あれで仁美は覚えてたんだよね。口に出して読んでるしね、あの時。」
「あれも伏線だったんですねぇ…。何か各エピソードが、縦糸と横糸みたいに緻密に、しかもさりげなく織りこまれてますよね。途中で切れちゃってるのがほとんどないじゃないですか。すごくよくできたドラマですね。」
「ほんとだよね。てゆーか元来これが普通で、オイオイちょっと待てってドラマが多すぎんのかも知れないけど。」
■新児のアパート〜夜の街■
「さー! ここがここが! ここが目玉よ何つったって!」
「だからって椅子の上に正座しないで下さいよ。じきにキツくなってやめるんですから。」
「…よく判ってんね(笑)じゃあ早速いくけどさ、まずは廊下を歩いていく新児の後ろ姿。豊川さんて足長いなー! Gパンの裾なんか、ぜってー切らなくていい人だよね。」
「僕なんか、まくり上げてますけどね(笑)」
「ドアの隙間からそっと中を覗くと、きっちり正座してるちひろがいる。新児があんまり驚かなかったのはある程度予想がついたからだろうね。」
「この正座はちひろの覚悟を表してますよね。はっきり白黒つけてやる、みたいな。ここでの涼子ちゃんはほんっと上手いよなぁ。」
「うん。上手いよね篠原涼子さんって。私さぁ、ナニ金の…ほら、恋人の保証人になったせいでソープで働かされる女の役。あれ見て感動したもんねー。最初の客が帰ったあと、泣きながらバスタブをゴシゴシ洗うの。あれには思わず胸が痛んじゃったよ。」
「今のところナニ金は、あの回が最高傑作ですね。そういえば羽場裕一さんがその恋人役で出てたでしょう。」
「ああそうだったそうだった! セリフ回しが絶品だよあの人は。…おっとまた話がそれた。この回ばかりは涼子ちゃんに、完全に食われたよね紀香さん。まぁ有季子の出番自体が、今回は少なかったんだけどさ。」
「ここでのちひろの心情は、初めは表面的っていうか、騙されたことへの単純な怒りが主体で、そのうち『好きだったのに、ひどい』っていう悲しみがボルテージアップする。そこで新児は彼女に、自分の本心を語り始めますでしょう。でも、この新児の“感覚”というか“哲学”は、彼女にはほとんど理解できなかったんですね。」
「そうなの。それが哀れだった。理解できないちひろも、されない新児も。」
「そして新児の言いたい意味が判らないちひろは、今度は自分の本心を爆発させる。『本物でなきゃ誰も認めてくれない』。きっと彼女は子供の頃からそう思って生きてきたんでしょうね。いわゆる3K至上主義ですか。」
「だろうね。都屋の秘書なら一流大学出だろうからね。英検・秘書検、ズラッと持ってんだな多分。」
「感情が昂ぶるままコーヒーのドリップを床に落として、それを黙って拭く新児の姿に、ちひろは全ての思いが冷めちゃったんでしょうね。怒り・悲しみ・混乱。そして最後に失望と、さらには憎しみへと気持ちが変化する。見事でしたねこのへんは。」
「ほんとほんと。あっぱれ篠原涼子!だよ。井上さんの書くセリフも効いてるよね。つい今まで『好きだったのに』とか言ってたのが、『あんたみたいな貧乏人の偽物なんかに』だもんね。普通そこまで言うか?だよ。そもそもあのスイートルームであんたが雄一郎と間違えたから、新児はアトに引けなくなったんじゃないかって、あたしゃ内心つっこんでたもん。」
「そうなんですよね確かに。事の発端はちひろなんですよ。でも今度はそのちひろが、最初に新児に牙を剥くっていうのもドラマチックだと思います。綾子の場合はあれは、牙を剥いたんじゃありませんからね。誘惑しようとして逆ネジをくらっただけで。」
「新児はさ、コーヒーを用意しながら淡々と語るじゃない。社会とか常識とかの価値判断が全てのちひろに対して、人の真実の何たるか、人間の本質の何たるかをさ。ちひろが一時静かになったのは、その言葉が新児の本心だからだよね。言おうとしてる内容は判らなくても、真剣さにひきずられたって感じ?
ちひろはここへきてとまどったみたいに『でも本物じゃないの偽物なの』なんて、小さな女の子みたいなことを言う。ここでシュンシュンとお湯の沸く音がするのがなかなか効果的だね。まぁ1個だけバカな話をすればさ、コーヒーいれろって言われて新児は、ヤカン持ってすぐ蛇口をひねるじゃない。ここで私思わず『しばらく出さなかったんだから、ちょっとの間出しっ放しにしないと水が鉄臭いよー!』ってツッコミました(笑)」
「またそうやって変なところを気にするんですね。」
「いやそういうのを気にするのが楽しいんだけどさ、さすがに今回はそんなものすぐ忘れたけどね。新児の目から涙がこぼれた時、すごく胸が痛かった。現実的にはちひろの言ってることの方が正しいのに、なぜか新児が可哀相に思える。それだけでこのシーンは成功だよね。『偽物は絶対に本物にはなれない!』ってちひろが言い放った時の新児の顔は、まるで幼い子供みたいに見えたよ。」
「その直後に悪魔の行為に出ながら、新児は泣いてるんですね。殺すしかないって判断する頭と、済まないって詫びてる心とが新児の中でぶつかりあってるんでしょう。最初に雑巾でちひろの口を押さえて悲鳴を上げられないようにしてる。そこまで冷酷に状況を判断してる頭と、涙を流す心と…。」
「ここのさ、『ごめんなさい若林さん』以下のセリフは、なくてもよかったんじゃないかって意見もあるんだけど…ここはあって正解かなーと私は思うね。『金も地位も欲しくない、ただ確かめたかっただけなんです…。』そのために殺されるんだよなちひろは。考えてみりゃ新児って、何つぅ恐ろしいエゴイストなんだ。」
「苦しがっていたちひろの手から、足から、力が抜けると同時に、音がぴたっ…と止まりますよね。またこれがよかったなぁ。」
「新児がさ、ちひろの上にのしかかってた体をずらして、崩れるように床に座るじゃん。横顔にまた新たな涙が流れてさ。このへんがずっと無音なんだよね。冷酷と誠実が刺し違える感じ? あー…何か思い出しただけで鳥肌が立つよ。」
「で、音も動きも凍りついたような世界に、再び戻ってくる最初の音があのストリングスですよ。ここは本当に、もうTVじゃあないですね。映画館の大スクリーンで見てみたいですね。」
「見たーいっ! あああっいいだろぉなぁ! 綺麗なんだよねこの画面がねぇ! まるで光の海の中に、2人をのせた小舟がゆらゆらと漕ぎだしていくみたいなの。最初に見た時はさ、多分私、口あいて見てたと思う。今だからこんな色々書いてるけどさ、言葉なんかどっかいっちゃったよ。」
「人間、感動すると黙りますからね。」
「初め画面に映ってるのは新児だけで、そのうち靴が道に落ちてはずんで、あれっと思ったら後ろにちひろを乗せてる。ぞわーっと来たよなここでさ。」
「で、この靴についてなんですけど、僕はシンデレラがベースにあるんじゃないかと思うんですが。」
「え、シンデレラが?」
「ええ。王子様の持ってきたガラスの靴を履いて、シンデレラは幸せになったんでしょう。でもこのシーンは、その全く逆をいってる。王女様の靴は脱げてしまったんです。そして2度と覚めることのない、幸せな夢の中に沈んでいく…。」
「うーんロマンチックやねぇ。ここでの2人はまさに王子様と王女様。王子様の体の前で王女の手首を縛ってあるの、あれって新児のネクタイなんだよね。幾つか前のシーンで道を歩きながら、シュルッてほどいてポケットに入れた。」
「智子さんが縛られたかったあれですね。」
「まぁそうだけどもさ(笑)そのちひろの手の上に、自転車をこぎながら新児はそっと手を重ねてるんだ。新児はこの瞬間、ちひろだけの恋人になってやったんだろうね。せめてもの贖罪…っていうと若干ニュアンス違うんだけどさ。新児っていうのは実は、とんでもなくエゴイスティックな美意識の塊なんだけど、このシーンではそれが、かくもかくも美しい。全くもって驚異だよねこれは。」
「そうですよね。見方を変えればこのシーンて、ヒステリー起こして殺されたミーハー娘と、第2の殺人に手を染めた自己満足野郎の2人乗りじゃないですか。そんなの、お巡りさんに見つかったら叱られますよね。いや叱られるどころか捕まるだろうけど、新児は(笑)」
「うんうん、まさにその通り。それなのにさぁ、美しくも悲しい愛のシーンになんで見えるかねぇ。カメラがどうの演出がどうの、そんなもんはもう通り越してるよ。これぞドラマの醍醐味、かつ神髄。虚構が現実に勝る瞬間…。」
「途中で細かなシーンが箸休めみたいに入りますよね。時計見ながら待ってる鷹男、ボーダーを読み返してる有季子、ベッドの上で口を動かしてる雄一郎、立ち読みしてる仁美…。で、その次の、これは大通りなんでしょうか、停まっている車たちの前を新児の自転車がまっすぐに横切っていくシーン。ここが僕は一番綺麗だと思います。まるで夜空を飛んでいるようで。」
「あー…なんかまた涙出そうになってきた。ホントにもー、このシーンのおかげで前回の『アレレ?』なんざどっかにフッ飛んじまったね!」
■病院・有季子と看護婦■
「さて物語は現実に戻りますよ。有季子は若い看護婦から仁美の情報を聞き出してますけど、この看護婦さんて新児の実物を見てますよね。婦長の元の旦那さんだっていうのも多分知ってるでしょう?」
「うん。いつだったかここでも、そんな話したよね。新児みたいな人が訪ねてきたら、若いナースは大騒ぎだろうって。」
「あれって案外いいとこ突いてたかも知れませんね。有季子は仁美じゃなくこの看護婦にこそ、ボーダーの記事見せればよかったのに。」
「そうだよね。そうすれば『あら、この人』ってことになって、すぐに仁美の嘘が判るのに。いやそれだけじゃないよ。『写真に写ってる都築雄一郎は仁美の元の旦那さん』→『仁美の旦那さんはタクシーの運転手』。ここまで判ればもうすぐに『都築雄一郎イコールタクシーの運転手』ってピッタリ重なるのにね。」
「そうですよねぇ。まぁそんなに早く全ての謎が解けちゃ、ストーリー的に困るのかも知れませんけど。」
「有季子はさ、仁美が子供を亡くしてるって聞いた時は、すごく同情した顔になってさ、でもそのすぐあとに『タクシーの運転手?』ってハッとなるの。このへんは紀香さんも如才なくこなしてるよね。」
「顔を上げた有季子の視線の先には、ベッドに横たわる本物の雄一郎がいる。これも象徴的でいいですね。」
■森の中■
「ここはさぁ、もぉ、モロに眠森思い出したね私は。国府と違って絵になるなー新児は(笑)」
「同じロケ場所だったらすごいですね。いや別にすごくないか(笑)でもどこなんでしょう、ここ。都内から自転車でいける森か林の中っていうと?」
「まさか代々木公園じゃないだろうからね。高尾とかあっち方面か、じゃなきゃ埼玉。北本のあたりね。」
「それじゃ丸っきり眠森の座談会と同じじゃないですか(笑)駄目ですよ、あの時国府が掘ったあとだから、土が柔らかくて掘りやすかったんだなんて言っちゃ。」
「はっはっはっ面白ぇー! んでもこのシーンに対してはさ、あのシャベルとライトがどっから出てきたんだっていう指摘があることを、私は放送の翌日に掲示板とかで知ったんだけどね。そこで言われるまで全然気がつかなかったよ。『ああ、そう言われればそうですね』ってなもんで。」
「確かにあの街中のシーンには、シャベルなんか影も形もありませんでしたからね。でも…ここでそれを言うのはヤボじゃないですか? ほら『ET』でも、エリオットたちを自転車ごと空に舞い上がらせる力があるなら、どうして一番最初にETは宇宙船を追って飛んでいかなかったんだろうっていう疑問ネタ、あるじゃないですか。」
「あったあった。そういやアレも自転車か。何かとブツギをかもす乗り物のようですなぁ。けどあのシャベルとライトをどうしたのかについてはさ、ちょうどベッドシーンを書く時にね? コンドームの装着シーンをはしょるのと同じコトなのよ。」
「(笑)」
「そんなさぁ、やったことを頭から仕舞いまで全部書くのが正しいってモンじゃないんだから。不要な枝葉は取り去って、『事実』を再構築することで『真実』を描くのが創作なんだから。」
「まぁコンドーム云々はともかく、確かに創作ってそういうものかも知れませんね。」
「私はむしろここではさ、深く掘った穴の中にちひろの死体を、放り込むんじゃなくちゃんと仰向けに寝かせてやって、ポン、とバッグを置いてやるのがすごく印象的だった。」
「このシーンて、撮影は大変だったでしょうね。涼子ちゃんなんか体半分、ほんとに土に埋まってますし。」
「夜だしねぇ。土の中は冷たかろう。風邪なんかひかなきゃいいけどね。」
■喫茶店・鷹男〜川原・有季子■
「店じまいにかかってますからこれは…10時回ってるんでしょうね。いや11時近いのかな。」
「それくらいじゃないの? とすると鷹男は2時間近く待ってるのか。」
「さっきのちひろの様子から推して、気まぐれですっぽかされるとは思えないんでしょうね。」
「だろうね。『天使も揺れ、悪魔もまた苦しんでいる』ってナレーションは、おもに新児を象徴してるんだろうけど、テーブルに肘をついてる鷹男の向こうに天使の置物が見えるじゃない。あれさー、私一瞬、小便小僧かと思っちゃったよ(笑)」
「ちょっとちょっと、それじゃののさんのことどうう言えませんよ智子さん。」
「ののさんといえば、有季子の川原での回想。『ののさんの推理はやっぱり正しかったのかも』って、彼女は思い返してるんだろうね。」
「凄腕・ののさんですからね。この先どうも、彼にも危険が迫るらしいですけど。」
■森の中、朝■
「ここでの白い朝の光は、まさに『天から降り注いでる』って感じで、それに照らされてる新児が何だか痛々しかったですね。」
「うん。夜の女神は罪びとにも夢を見せてくれるけど、朝日って奴は潔癖だからね。夜書いた手紙は出すなっていうの、あれは真実だと思う。」
「夜と昼じゃ人間、考え方が違いますからね。新児の肩には罪の烙印がもう1つ押されてしまった訳か。」
「支えを失った棒のように、新児の体がバタッと倒れる―――ところでカット。間をおかずにエンドロールへというこの流れもいいよなぁ。とにかく今回はホントよかったよ。そりゃまぁ? ほじくればいろいろ欠点もあるけども、大感動の第7回だったコトには間違いないね。」
「あと4回でおしまいなんですねこのドラマも。月刊誌によれば最終回は放送時間も拡大されるみたいですし、楽しみでもあり寂しくもあり、ですか。」
「そうだね。過剰な期待は避けるけど、この手ごたえは本物だと思うよ。1900年代の最後を飾るにふさわしいドラマだったと、そんな締めくくりにしたいよね。」
「そうですね。残り4回、ますます気合い入れていきましょう。―――はい、という訳で『危険な関係・座談会』第7回、このへんで終わりにしたいと思います。実はTV誌なんかのあらすじ紹介も、なるべく読まないようにしているんですけれども、新鮮な気持ちで純粋にオンエアをね、楽しみにしたいと思います。ではまた来週までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「美容院に行く時間すらなくて、慎吾ヘアになりかけている木村智子でございましたぁ! ぶいっ!」
座談会第8回に続く
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