『危険な関係』 座談会
【 第8回 (99.12.2放映分) 】
「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。12月に入りましていよいよ、最終コーナーを今まさに回らんとしている『危険な関係』、その第8回の座談会なんですけれども、前回の第7回がね、本当に素晴らしかったものですから、それに比べると今回は、皆様落ち着いて見られたんじゃないかって気がしますけれども、はい。」
「いやいや全くその通りだよ八重垣くん。何というか今回は、すごく普通なドラマだったね。淡々とストーリーが進んだというか…そう、まさにさくさくさく、って感じだった。」
「それは言えてますね。ちょうどあれですよ、『展覧会の絵』のプロムナードの部分。そんな感じの第8回でしたね。」
「おおナイス例え! 『アレレ?』の第6回、『ワンダフル!』の第7回に続く、プロムナードな第8回か。バラエティに富んでてよろしいんじゃないでしょうか(笑)」
「じゃ、そのプロムナードな第8回を早速いきましょうか。前回のおさらいが…これまたけっこう長かったですね。」
「うん。えーとね、テープカウンタで勘定したら1分14秒あったよ。でもって番組全体が、オープニングタイトルとエンドロールを除くと約44分20秒だから、それで割ると約2%。…なんだそんなモンか。」
「そんなモンなんですね。」
■警視庁会議室■
「山ほど資料抱えて会議室にこもって、2人きりの捜査会議か。ご苦労様です。」
「ブラインドもおろして外から見えないようにして、念入りにやってますね。」
「タクシー運転手って都内で1万人もいるんだぁ。まぁそれくらいはいるだろうね。すごい量走ってるもんね。」
「でもそれが出払っちゃうことがあるんですから、東京ってとこはすごい人口密度ですよね。雨の降った金曜日の終電後なんて、どこの駅前でもタクシー乗り場は長蛇の列でしょう。」
「下手すりゃ2時間待ちとかね。雨の金曜かぁ。ラブホも満室なんだこれがまた。休憩から宿泊へのシフトができないっていう、あのシステムは何とかならんもんかねぇ。」
「稼ぎ時ですからねラブホも。その点抜け目はないですよ。…いえラブホの話じゃなくて、タクシー運転手というキーワードは、このシーン以降大きくクローズアップされてくるんですね。」
■都屋社長室〜本社前■
「社長室に新児が入ってくると、当たり前のことながらちひろはいない。今朝は新児のシャツもスーツも、違うやつになってるね。」
「ドロドロでしょうからね。夕べは徹夜で肉体労働か。疲れてるだろうな新児。」
「疲れてるよ。だって彼は36歳だべ? もう徹夜はこたえる歳だ。」
「遊びの徹夜って平気なんですけどね。翌日が仕事だったりするとつらいけど。」
「つらいっしょお。それでアンタ30越えてみな? もぉ翌日ド――ッとくるから。まぁそれはそうと新児の着てるスーツ、今さらながら高そうだよねぇ…。雄一郎と同じような背格好でよかったこと。」
「この秘書室長…結城、でしたっけ。この男と綾子はデキてるんですよね。いわば綾子の寵臣。」
「そうだよね。もう定番だよねこういう立場の部下。でもってここに鷹男が電話かけてくんじゃん。すぐ下の、本社前のアプローチから。そん時に吾郎ってばさ、名前聞かれて鈴木って名乗るんだけど、そこで『あたしは』って言ってんの。まさに呉服屋の若旦那だよね。」
「そういえばイナガキはバリバリの江戸っ子ですよね。”し”と”ひ”の発音が時々ちょっとおかしいもんな。」
「”ひおしがり”って言うパターンだよね。『もし無断欠勤なら場所を確認した方がいい』って言う鷹男は、つまりちひろに何かあったと直感してるんだろうね。」
「したんじゃないですか? 夕べすっぽかされた後ですから。」
「ここのBGMがさ、例の『over the rainbow』なんだけども…この曲はアレかね、ちひろのテーマ曲みたいな位置づけになっちゃってんのかね。でもこのシーンにはちょっと合わないっていうか…あれだけの名場面で流した曲なんだから、あんまりちょこちょこ挿入してほしくないな。」
「ちひろのテーマっていうか、タイトル曲にも取って代わりそうな勢いですよ。」
「都屋の外でさ、駐車場出入口の黄色いパイロットランプにかぶさる鷹男のアップの時にも、この曲が大きく流れてんだよね。どんなもんかなぁこれは。」
「今回の演出はまた水田成英さんですよね、第4回と同じく。この人がどのくらいの人なのかは知りませんけど…今回は随所に、前回の真似じゃないかって演出があるんですよ。このBGMといい、ぴたっと音を消す手法といい。」
「まぁ真似と決まったもんでもないけどね。いかんせん前回がよかったから。それにしては前回の回想って奴がさほど多くなかったのは、これは褒めていいと思うよ。頼むからあの名場面だけは、もう1回流すなよ流さないでくれよと思って見てたけど。」
「ええ、あれはそうそう流してほしくないですよね。一種の心象風景なんですから。」
「殺害シーンとかの回想はね、まぁしょうがないというか。そうそうそう言えばさ、ちひろの代わりにコーヒー持ってきた若い秘書嬢。なんかヘアスタイルが紀香さんに似てない?」
「え、そうでしたか?」
「そんな感じしたよ。絵に書いたような『おっさん好みのセクレタリー』だった。」
「そういえば思い出しましたけど、結城は『スケジュール帳が見あたらない』って言うじゃないですか。これって何かの伏線かも知れませんよね。」
「あー! もしかしてぇ! 土曜日2時の法事のことが書いてあるとか!?」
「ええ。その可能性は高いと思いませんか。そうでもなきゃ、あそこでわざわざ結城のセリフにする必要ないと思うんですよ。」
「言えてるなー…。スケジュール帳の行方。これはポイントだよ。」
「でも鷹男とちひろって、もしかしてあのまま行ってたら、いい感じになってたかも知れませんよね。」
「ちひろはともかく鷹男はね。惚れてたかも知んないよね。だって第2回めのオンエアでさ、都屋の前であくびしてた鷹男は、向こうから歩いてくるちひろをまずは『お、可愛いじゃん』って感じに見てたもん。んでそのあとで『都築の秘書だ』って気づいたんだから。」
「少なくともタイプ的には好きだってことですよね。何だ、俺と一緒じゃん(笑)」
「よかったね好みが一緒で。でもってえーと? 鷹男は何とかしてちひろに連絡を取ろうと、秘書仲間っぽい女の子に声をかけるんだけど…どうもケーハクに見られてしまうんだねぇ鷹男ちゃんてば。」
「この女の子2人、どこへ行こうとしてたんですかね。ランチタイムにはまだ早そうなのに。」
「うーん…。ちょっとコンビニとか、備品買いに文房具屋さんとか。秘書仲間じゃなくって総務部の同期かも知れないし。」
「まぁ細かいことですけどね。でも『ここでかけて本人が出たら代わって』っていう頼み方はうまいな。こういうところが1匹狼の強引さかも知れませんね。」
「記事書くためにいろいろとさ、鷹男はインタビューとかしてるだろうからね。だから知らない人にモノを頼むのがうまいんだ。芸は身を助けるって奴か。」
「うーん…それとはちょっと違うと思いますけど。」
■社長室■
「自宅にも携帯にもつながらない、って言う結城に、警察に知らせた方がいいって言う新児は…これはどういう心理なんだろうね。バレない自信があるって訳でも、綾子と結城に対するハッタリでもなさそうだし。」
「一種の開き直りじゃないんですか? 腹をくくって、来るなら来い、みたいな。」
「来るなら来い、か。そんなもんかも知んないねー。大物だよな新児は。それに比べて結城は凡人。そんなさぁ、子猫がライオンにツメかけるような真似したって駄目だよね。『警察なんか呼んで、よろしいんですか』とか。」
「でもここでは結城の意見の方が普通ですよ。無断欠勤1回じゃあ、警察に連絡しないでしょう普通。」
「てゆーか警察も受けつけてくんないんじゃない? いや紙に住所と名前くらいは書かせてくれるだろうけど、捜査なんかしないよ。ぜってー2〜3日様子見ろって言われる。」
「捜索願のほとんどが、そう言われるって言いますもんね、実際。」
「綾子は頭っから、ちひろは男と遊んでるって決めてるし。そんな彼女を見上げる新児の目の、この軽蔑の色はすごいよなぁ。1度でも関係した相手にこの目をされると女はキツい。綾子が話題を変えるのももっともだよ、うん。」
「副社長の松宮を放り出す話ですね。綾子にしてみればこの偽物と2人で、都屋を食いつぶす気なんでしょう。」
「その計画は着々と進行してるかに思えたんだけどね。どっこい新児は全く別のことを考えていた。それをよく表してんのが、この横顔のアップだね。」
■病院〜社長室■
「雄一郎はとうとうICUを出て一般病棟に移ったんですね。いやぁ奇跡的な回復力だよなこの男。」
「もともと心臓が丈夫なんじゃないの? やっぱ心臓が強いと、難しい手術なんかでも体力もつっていうよ。アタシの場合は毛が生えてっけどな。」
「…言おうかどうしようか迷ってたことを先に言ってくれてありがとうございます(笑)で…品川署の刑事が付いてきてますけど、仁美は嬉しそうですね。雄一郎が回復していくのが素直に嬉しいんですね。素敵な婦長さんだよな。18歳の男の子に、僕の永遠の天使だって言われるのも不思議はないですよ。」
「うん。これじゃあ患者に慕われるだろうねー。お母さんよりは若くてお姉さんよりは年上の、メッチャ頼れる女性ってとこか。他に誰もついててやれない身元不明の重症患者に対して仁美は、私が守ってあげなきゃみたいな気持ちになってるんだろうね。そうなると女は強いからな。」
「品川署の刑事たちは、『ワイン』だけじゃ手がかりにならないと思ってるみたいですね。確かにそれだけじゃ、事件とワインが係わってるかどうかなんて判りませんからね。」
「で、こうやって雄一郎が順調に回復してるとは露知らず、新児は社長室で煙草をくゆらせている…。コーヒーカップから立ち昇ってる湯気がいいよね。もしかしてちひろのコーヒーほどは美味しくなかったのかも。」
「ああ、別の秘書がいれてるんですね。」
「何を思っているのかねぇ新児は。ちひろのこととか、いろいろとりとめのない回想してるのかも知れないね。」
「でも雄一郎の死体が、こんなにいつまでも発見されてないのを新児は不審に思わないんでしょうか。山奥の沼とかなら浮かび上がってこないってこともあるだろうけど、ただの川ですからね。」
「うん。身辺が慌ただしくてそれどころじゃないって感じかも知れないね。けど、内心は気になって仕方ないんじゃないかな。」
「こればかりは誰にも聞けませんからね。」
■本庁会議室■
「これさーこれさー! 八重垣くん見てて思わなかったぁ? 丸っきしQC。しかもKJ法!」
「思いました思いました(笑)やっぱり同業者ですねぇ。見た瞬間、僕は思わず笑っちゃいましたよ。」
「ブレーンストーミングからKJ法。そのうちフィッシュボーンだぜきっと。QC7つ道具。くわーっ懐かしー!」
「ええとですね、ここで皆様に少しご説明しますと、QCというのは『クオリティ・コントロール』の略。つまり日本語でいう『品質管理』のための、問題解決手法のことです。例えば工場で、不良製品を出さないためにはどうすればいいか、などをグループを作って話し合う。そういう時に使う…まぁノウハウの一種ですかね。」
「で、その中にKJ法ってのがあんだよねー。有季子とののさんがやってるみたく、こうやって要素を紙に書いて並べていくの。これやると頭ん中、すっごく整理されるよね。」
「されますね。ぼんやりと認識してたものが、きちんと形になるっていうか。」
「ここでの2人の推理はさ、言ってみりゃ視聴者より遅れてる訳やん。見てるうちらはもう全部知ってんのに、2人はまだこうやって、ああだこうだ考えてる。だから視聴者の興味はさ、このあと2人がどうやって真実を解明するかにある訳でしょ。そこにこういう『目で見る推理』みたいな演出を持ってきたのは、すごく正解だと思うね。」
「そうですね。だらだらとセリフだけでやられちゃつまんないし、ホワイトボードにただ書くのも平凡ですし。」
「けどさ、ポストイット使うのはいいとしても、サラの便箋に書くのはちともったいないよな。こういう時にこそ使うのよ、失敗コピーの裏をさぁ。」
「また細かいですね(笑)」
「だってこの便箋、ゼーキン使って買ってんでしょお? 民間企業が経費削減に必死になってる今、お役所が率先垂範しなくてはいかんよ。赤いマジックで『魚住新児』と書いて、それをちょっと眺めてから有季子はビリッ!とめくりとって、んでそこでシーンチェンジする演出はよかったけどもね。ばってんこれを失敗コピーの裏でやってくれればモンクなかったな。」
「まぁその方がリアリティはあるでしょうけどね。」
■都屋・役員会議室■
「松宮さん命拾いの場、だね。対して綾子にとっては悪夢。新児はこれさ、会議に先立って役員たちに根回ししてあったね。」
「ああ、そうでしょうね。役員の1人が新児に目でチラッと合図されて、すぐ立ち上がりますでしょう。あの連携プレイはいきなりじゃ出来ません。知らぬは綾子ばかりなり、ですね。でも松宮も、これだけ驚いたりホッとしたりしてるってことは、新児に何も聞かされてなかったんですね。緊急動議がある、って聞いた瞬間から彼はどぎまぎしてましたし。」
「松宮に対してはその方が効果的だと、新児は判断したんだね。『まさか俺を追い落とす気か!?』とゾッとさせといて、そいでその直後に違うと判る。これじゃ松宮も毒気抜かれるっていうか、逆らえなくなるでしょお。」
「そこまで判断してやったとすれば、新児の洞察力は恐ろしいですね。両親の死というどうしようもない運命によって、人の後ろを歩いて来なければならなかった明晰なる頭脳の持ち主・新児は、人間の心の醜さとか偽りとかを、じっと見つめ続けてきたのかも知れませんね。」
「悲しいよねぇすごく…。人生は彼に冷たかったって訳か。でもってこのシーンの間にオープニングが入って、しかもそこでの曲が『over the rainbow』ていうの、何だかヘンといえばヘンだったよ。まぁヘンていうか…あらまぁさようですかってカンジではあるけども。」
「なんでここへ来てオープニング変えたんでしょうね。あんまりサスペンスサスペンスしない方がいい、っていうことなのかな。」
「どうだろうねー。興味本位っぽい2時間ドラマ風にしたくなかったのかも知れないし…。曲とシーンがミスマッチなのも、かえって印象深いかもよ。」
「まぁここであの『チャッチャラ〜♪』を流すと、来週あたり綾子が新児を殺しに来そうな気はしますよね。」
「はっはっはっ言えた言えたー! そんな感じするする。でもさすがの綾子もここまで孤立無援にされたんじゃ、この場で何を言うこともできなかったね。『場の論理』っていうかなぁ、会議室の空気全体が敵に回ってる? これじゃ打つ手はないよ。ほんとに頭いいね新児って。」
■本庁会議室■
「こっちはこっちでおヒルも食べないでやってるみたいですよ。」
「立ったまんまでサンドイッチなんかつまんで、お行儀悪いわっ、ののさんたら。」
「2人の推理もいいとこまで行ってるんですけどねぇ。あと1歩のところで横道に逸れちゃってるんだよなぁ。」
「ここでさ、思ったんだけどね私。有季子の言う『一番重要なカードが1枚裏返ったまま』っていうの。これはつまり都築雄一郎と魚住新児の間にある『イコール』の記号な訳じゃん。だけど思い返せばそれって、すなわち有季子の心の中に伏せられてるんだよね。だって有季子は見たんだから。『出口がないなぁ…』とつぶやいた時タクシーを運転していたのは、誰あろう新児なんだってことを。」
「ああそうか、そうですよね。有季子が思い出しさえすれば、糸は全部ほどけるんだ。」
「新児の言った『それはあなたが大きな間違いをしているからです』っていう台詞を、有季子はここで思い出すよね。あの言葉はいったい何だったんだろうかと。でもってね、でもってね八重垣くん! 実は私は思いついたのであった、この物語の結末を!」
「思いついたって…別に智子さんが書く訳じゃないんですから。」
「いや、多分こうじゃないかなって予想したんだけどね、…これってひょっとして、本物の都築雄一郎は、実は彼こそが殺人犯なんじゃないの。都屋の経理部長、それからコトによると父親の勇三まで殺した犯人。でもって彼になりかわり彼の人生を盗みとった新児は、皮肉にも本物の雄一郎が犯した罪まで背負わなきゃならなくなるんだよ。どうかね、この皮肉にして悲劇的な結論は。」
「…それって面白いですよ。うんうんありえますね。だってこのドラマ、『やがて本物の雄一郎の意識が戻って、新児はとうとう逮捕されてしまいました。あーあ。人間悪いことはできませんね。おしまい。』じゃあ…まとまりはつくけどいまいち面白くないですよ。新児は最後の最後まで、悪魔にふさわしくうっすらと笑いを浮かべながら、自分ではない人間の犯した罪まで、背負って地獄へ堕ちていく…。うーん、すごくいいじゃないですか。」
「ねー。いいっしょお。この先どうなるかはスタッフじゃないんだから判らないけど、考えて楽しんでる分にはかまわないよね。」
「ええ、全然かまわないと思いますよ。最初はもののはずみに近かったことが、最後に新児は、希代の殺人鬼の汚名…いや、ここは語弊を恐れずに”称号”と呼びましょうか。きらびやかなその称号をまとって、見事破滅するんですね。」
「でさ、それだけじゃなくてさ。今回ののさんが殺されちゃうじゃない。これも新児のしわざにされちゃうってのはどうかな。何もかもが彼一人のせいにされちゃうのよ。んで、ここが肝心なんだけど、新児はそのどれをも否定しないの。それによって彼の望んだ物語は完結するんだよ。実にふさわしい幕切れじゃん、エゴイスティックな美意識の塊である新児にはさ。」
「まさに映画か小説ですね。このドラマの下敷きは『太陽がいっぱい』だって聞きましたけど、あれの結末ってどんなのでしたっけ。」
「えーとねぇ、何しろ昔1回見ただけだからテーマ曲くらいしか覚えてないけど、ヨットだか何だかを陸に引き上げた時、捨てたはずの男の死体がくっついて上がってくるんじゃなかった? んでもネタ元の『太陽がいっぱい』とは違うドラマである以上、ラストは1ひねりも2ひねりも、ひねってくるんじゃないかと思うよ。」
「有季子はいつ思い出すんでしょうね。あの時運転席にいた新児を。」
「多分最終回とみたね(笑)このペースならそうじゃないの。」
■社長室■
「綾子は完全にキレちゃってるね。けれども彼女の、『バラしてやる』って脅しなんか新児は怖くも何ともない。立ち聞きしてた結城を部屋の中に入れるとこ、落ち着き払ってるもん。肩をこうグッと掴んで、引きずりこむみたいにして。」
「ちひろを殺したことで、新児の中の何かがふっ切れたんでしょうね。もう本当にこのままやるしかないっていうか。」
「ドアにガッチリ鍵までかけちゃって、もう完全に新児のペースだよね。綾子も結城も、今さら慌てたってどうしようもない。」
「土地建物の権利証と7千万の株券を、さも『くれてやる』って感じにバサッと放り出すのがいいですね。そのあと机の引き出しを膝で乱暴にしめるのもいい。」
「7千万プラス、あのホテルみたいな家と、葉山っていったら高級別荘地だし、なんぼ今が底値だっていっても、全部売りさばけば天文学的な数字だと思うよ。カナダなんて楽勝さぁ。結局綾子は受け取るけど、これは誰が考えたって受け取るのが得策だよ。仮にあたしが綾子だって、有り難く頂戴して好きなとこ行くね。青森とか、じゃなきゃ知床とか。」
「国内じゃないですか(笑)スケール小さいですねずいぶん。」
「いいの。あたしが地球上で一番行きたいところったら知床なのマジで。カナダが何だスイスが何だ。キタキツネとシマフクロウと丹頂鶴とノゴマに会いた〜い!」
「ノゴマって何ですか。ゴマの花か何か?」
「ちゃうちゃう、野鳥。日本では北海道にしかいない鳥。そのうちぜってー行ってやるんだ、北の別天地ホッカイドー!」
「ひなつさんに笑われ…いや怒られますよ。前に『日本じゃねー』とか言ったんでしょう?」
「だって津軽海峡渡るにはパスポートいるんじゃないの? 海底トンネルに入ると車掌さんが、乗車券・特急券とパスポートのチェックに来るって聞いたよ? …なんてバカなこと言ってないで八重垣。ここでの結城の態度は同じ男としてどうよ。長いものにグルングルンに巻かれちゃって。」
「また急に話を変えますね。秘書の結城ですか? まぁあんまり褒められた態度じゃないことは確かですけど、でも素直っていうか正直っていうか、つまり彼は綾子のことは、最初から利用してただけなんですよ。」
「そうだよね。綾子もまさか本気で惚れられてるとは思ってなかっただろうけど、こうも手のひら返されるとショックは隠せないよなー。」
「いくら自分の側に寝返ったからって、新児は結城を軽蔑するでしょうね。何の信念も真実もない薄っぺらな男だって。」
「いつの日か新児にも、使い捨てられる運命だよな結城は。」
「ところで綾子はこのあとどうするつもりなんでしょう。『これで終わると思うな』っていうのは、ただの捨て台詞とも思えませんけど。」
「ナンかやるだろうね彼女は。自分の旦那が死んで役員たちに放り出されそうになって、それを阻止するために新児を利用しようとしたのに、結局は役員たちが願ってた通りの結果になっちゃたんだから。」
「ある程度の財産は手に入りましたけどね。それだけで満足する女じゃないでしょう。」
「多分最終回あたりに復帰してきそうな気がするね、綾子は。」
■雄一郎の病室■
「これさ、石黒さんも大変な芝居だよね。毎週毎週、まばたきしないどころか、目がぴくっとも動かないもん。大したもんだよ。」
「そういえば雄一郎って、1回めからずっと登場してるんですね。今回部屋に訪ねてきた有季子と仁美の会話に、あそこまで激しく反応したってことは、自分の言葉や感情を外に出せないだけで、みんな聞こえてはいるんでしょうね。」
「そうだろうね。実際そういう患者さんて多いらしいよ。だから意識がないように思えても、病室では『この人はもう治らない』って話とか、入院費の相談とかはしない方がいいって。」
「聞こえてるとすればそうですよね。お見舞いとか行った時も、気をつけなきゃいけないな。」
■廊下〜病院の庭、有季子と鷹男■
「『全てを暴くまでお前には会わない』とか何とか言ってたくせに、鷹男はもう有季子に会いにいっちゃったんですね。」
「このシーンでさ、けっこう皆さんあれっと思ったらしいのが、鷹男はちひろに対して特別な思いがあるんじゃないかってコトね。視聴者ばかりか有季子も、ひょっとして感じてるんじゃないのこれ。」
「『喫茶店でじっと待つことしかできない』って言う鷹男を、有季子は何とも複雑な表情で見てますからね。」
「そういえば鷹男がいちいち空を見上げるシーンはここんとこなくなったけど、このシーンの明るい庭の雰囲気は、これって鷹男の『テーマ映像』って感じだね。噴水と緑の木々。パッと空へ抜けるような爽やかさ。そういうものがこの画面にはあるの。」
「豊川さんの重厚さに対して、イナガキは第1回めからほんとにいいアクセントになってますよね。河瀬鷹男ってキャラクターは僕としては、これくらい下げて使った方がいいと思いますよ。新児vs鷹男!みたいに前へ前へと押し出すよりも。」
「うん、それは私も同感。吾郎がどうのこうのじゃなく、鷹男ってキャラには1歩下がった位置から物語世界を見回す視線でいてほしい。その方が全体がすごくいいまとまりになると思うんだ。」
「ええ。それをやれる若手俳優って貴重ですからね。イナガキらしい自己主張で、いいと思いますよ。」
「言えたね。スマスマのエンドトークにもあった『後ろに下がる自己主張』ね。貴重だよ実に。うんうん。」
■雄一郎の病室〜廊下■
「今回のヒロインは仁美であることが、このへんからも判りますね。若い看護婦にあとを任せて廊下で溜息をつく仁美。何かを決意したように聴診器を握りしめる…。うまいですねこの女優さんも。」
「ほーんと。ののさんだの仁美だの、決してメインではないキャラクターが魅力的なんだよねこのドラマは。」
「脇役がいいとドラマに個性が出ますからね。」
「私はみどりタクシーのオブチ君も好きなんだけど、彼の見せ場はないのかなぁ。」
「どうでしょう。案外あるかも知れませんよ。この先ちひろの失踪が取り沙太されるようになれば。」
「ああそっかそっか。本物の都築雄一郎と違ってちひろの場合、3日もすれば実家の家族と、それに同僚も騒ぎだすよね。
「結城だっていつまでも様子見てばかりもいられないでしょう。もしかしたらオブチ君はキーマンかも知れませんよ。」
■社長室■
「打合せしてんのは都屋スーパー・いずみ台支店についてだよね。こないだ新児が無料の駐輪場を作れと言った。」
「多分地元の商店街と話をして、計画は大きく前進したんでしょうけど、そこへいきなり突拍子もないことを言い出す新児は、やっぱりもう完全に開き直ってるんですね。」
「そうだろうね。前回は駐輪場のために売場の面積を縮小しろって言ったのに、今日になって『ちっぽけです』はねぇだろ。何を言い出すんだと役員たちは驚き、松宮は振り回される。たった今忠誠を誓ったばかりの新児に別人のような物言いをされて、松宮はどうにもとまどってるんだね。」
「ここにいる役員たちのことを、新児は軽蔑しきってるんでしょう。綾子と大して変わらない連中だって。」
「どうせ嘘でかためて突き進むなら思いきり大きなことをしようとばかり、駅前の再開発とは恐れ入ったな。バブルの頃ならイザ知らず、『あとは借りればいい』とシラッと言ってのけちゃう。素人は怖いわ。そりゃー松宮さんも驚くよなぁ。」
「ここでの新児は、まるきり人が変わったみたいですよね。『部下は黙って従えばいい』なんて、まず言わなそうな男だったのに。」
「でもさー、面白いもんで、案外この計画、大当たりしちゃったりしてねー。まぁタイムスケジュールからして、着手前に最終回が来るだろうけども(笑)」
「今の時期、どこの企業も再開発なんて途方もないことはやりませんからね。その分ライバルはいない訳で、工事業者もヒマですから、安く叩いても質のいい仕事をします。銀行の金利だって今はかなり安いんですよ。ことによると成功しますよこれは。」
「もしも成功したらさ、いずみ台の都屋スーパーは、渋谷における東急と同じ位置づけになるよね。すげーじゃん。」
「悪魔にふさわしい大胆さを持ち合わせてるんですね、新児は。」
「よくも悪くも、大物なんだよね。」
■喫茶店・鷹男〜公園・有季子と野々村■
「こりゃやっぱ鷹男は、ちひろに惚れちまったかなぁ…。ケナゲにも同じ席で、じっと待ち続けるなんてさ。…ここで思い出すのもナンだけど、かの有名な忠犬ハチ公ね。仲代さんが上野教授をやった映画では、ハチは主人である先生が亡くなったことはちゃんと知っていて、なのにそれでも待ち続けたんだっていう風に解釈してたっけ。自分を可愛がってくれた先生の愛に応える、それがハチのやり方だったんだって。」
「ハチ公を思い出しますかここで(笑)そういえば雰囲気ありますよね(笑)」
「一方の有季子とののさんのシーン。私、ここ案外好きかも。今回のクライマックスは新児と仁美の会話だろうけど、その次にいいと思うよ、このシーン。」
「小道具のガムが効いてますよね。『真実はいつだって単純なんだ』って言いながらこうやって見せて、取りに行こうとした有季子に、ののさんは投げ渡すじゃないですか。有季子がそれを取り損ねるのがすごく象徴的ですよね。」
「あっ、と思って拾ってるうちにののさんの背中は遠ざかっちゃった。そしてこれが2人の別れなのか。なかなか印象的な演出でいいんだけどさぁ、ただヒトツ、この赤い風船はどうかね。ちょっとワザとらしくねーか?」
「うーん…。微妙なところですよね。気になるっていえばなるし、ならないっていえばならないし。」
「どっちなんだよ(笑)まぁ目障りってほどのことはないけどねぇ。別になくてもよかったんじゃないかなぁ。ののさんの象徴はあくまでも、あの赤い包み紙のガム。これだけで十分だと思うんだがなぁ。」
「第1話からずっと登場してますね、あのガムも。」
「名小道具だよね。新児のペガサス号とどっちだってくらいの。」
「ペガサス号?」
「自転車よ自転車。新児の。」
「ペガサスなんですかあれは(笑)」
■都屋本社ロビー■
「この秘書は使えねーな。駄目だ。ボツ。ペケ。採用失敗。」
「ペケ、って何でですか。けっこう可愛いじゃないですか。」
「可愛いきゃいいんかいあんたはぁ。こんなおばかちゃんが秘書じゃ社長は困っちゃうでしょうが。だってだよ? 受付から社長室に内線してる時に、真後ろを本人に歩かれてるは、『ご無理でしたらお断りしますが』って、そんなとこで言ったらぜってー客に聞こえるは、どーしよーもないボケじゃんよぉ。『社長はただいま居留守です。』って平気で言うぜ? このタイプは。」
「居留守って、それはたまりませんね(笑)」
「もうさ、上から金ダライ落とすしかないよね。でもって新児は、後ろから近づいてくる足音の主が仁美だってことを、振り向く前から判ってる感じ。」
「元の奥さんですからね。見なくても耳が覚えてますよ。」
「耳が覚えてる…か。そういうもんだろね。2人の後ろで回る回転ドアと、風の音が効果的だった。」
■川原の車の中■
「しかしこう年中ガム噛んでたんじゃ、舌が荒れるぜののさんよぅ。」
「ヘビースモーカーのガム版ですね。」
「ああ、もとはそっちだったのかも知んないね。煙草やめてガムにしたと。でも『噛む』って行為は、精神集中のためにはいいらしいよ。長谷川町子さんは案を考える時、やたらスルメやコンブをかじったって。」
「ああいう単調な動きの連続って、脳の活性化にいいみたいですね。学生時代に僕、よく山手線の吊り革につかまって暗記ものやってました。」
「電車のあの規則正しい揺れがねー。いいっていう人いるね。でもさ、それって吊り革につかまってないと思い出せないって副作用は出ないの? テスト中にいきなり立ち上がって、こう、パントマイムで吊り革につかまる…(笑)」
「出てけって言われますよそんな(笑)えーと、ここでののさんが見てるのは、品川署の捜査資料なんでしょうね。みどりタクシーの乗務員名簿、そういえば2人の刑事が調べてたっけ。」
「新児のページ見てさ、ののさんは内ポケットから小さなノートを出して、都築雄一郎のデータと照らし合わせるじゃない。あそこで映し出された新児の職歴。彼ってばいきなりタクシー運転手になったんじゃなくて、卒業後いったん明香建設ってとこに就職してんのね。建設会社で彼は何をやってたのかな。」
「やっぱり現場とかに出てたんじゃないですか?」
「ヘルメットかぶって? くわー、似合わねー! でもってさ、確か平成4年にみどりタクシーに入社ってなってたから、それが約7年前じゃん。仁美が新児と別れたのって6年前だよね。てことはだよ。さやかちゃんが病気になって、入院費とかの費用を稼ぐために新児は、会社辞めてタクシー運転手になったんじゃないの。」
「なるほど。計算が合うんですね。」
「だってさぁ。言い方が悪いけども高卒で建設会社じゃあ…給料は一般平均より低いと思うよ。それに比べてタクシーは基本給+歩合だべ? やればやっただけ上乗せされるんだから、明香よりはよかったんだろ多分。」
「それでもやっぱり手術代までは用意できなくて、さやかちゃんは死んでしまった。なんだか、やるせないっていうか悔しいっていうか…。判りますね新児の気持ち。心の中に何かを、ずっと押し殺していたんだろうな。」
「職歴なんて大したことじゃないけどさ、よくよく掘り下げればこのドラマ、しっかりキャラ設定がされてるんだよ。」
「また豊川さんて人が、こだわりそうですよねそういうの。」
「で、新児と雄一郎が同級生だって気づいたののさんは、そのノートに新児の情報も書き込んでいくじゃん。こん時のさ、写しながら資料に走らす目の鋭さにドキッとしたぜ。ダテに『凄腕ののさん』は名乗ってないなと。」
「右下からのアオリのアップですよね。刑事らしい表情でした。」
「そしてページの向こう側に折り込まれていた顔写真を広げて、ののさんは驚愕する…。そりゃまそうだわな。一瞬見まちがいとさえ思ったろぉ。」
「これって、そうかB4ヨコの紙をA4タテのキングファイルに綴じてあるんですね。だからあんな中途半端な位置で折り畳んであるのか。」
「あんたも見るとこ細かいよ八重垣(笑)」
■社長室、新児と仁美■
「さぁさぁ今週の名場面ねここが! てゆーか前回の、珠玉のラブシーンに次ぐ屈指の名場面といってもいいかも知んない。」
「仁美役の床嶋佳子さんて、TVで有名な人じゃないと思いますけど、これだけ手ごたえのある芝居ができるなんてすごいですね。豊川さんと真正面から向き合って、存在感が負けてませんでしたからね。」
「ほんとだよねー。もうさぁ、新児にとって仁美以上の人はいないよね。この場で仁美が示した愛情は、言ってみれば究極のもんでしょ。地位や名前は関係ないどころか、新児の”嘘”まで真っ向から受け止めて、否定せずに受け入れてんだから。」
「そういうことですよね。仁美はここで最後まで、かつての夫・新児じゃなく、都屋社長・都築雄一郎と話していた。つまり彼女は、『都築雄一郎になってしまった新児』をも否定しなかったってことですからね。」
「だから新児は涙を流したんだよね。前回の、ちひろを絞殺した時とは全く異質の涙。」
「判るんですよね新児には。自分の魂だけを見てくれている仁美の愛情の深さが。」
「そうなんだよね。普通の女だったらここで、2人きりになるや否や彼を魚住新児扱いするでしょ。『どうしてこんなことしてるの、訳を説明して、こんな恐ろしいことは今すぐにやめて』って。」
「でも仁美はそうはしなかった。『誰に何を聞かれても迷惑になることは答えない』って言うからには、これがつまり犯罪であろうことも、彼女は気づいてるんですよね。」
「なのに、それでも彼女は新児の嘘を否定しない…。ッとにもぉ新児くんよぉー! こんないい女は世界に2人といねぇぞー! 何で別れちまったかねぇぇ。放しちゃいけない人だよ仁美は。」
「前にも出ましたけどこの夫婦は、揃って頭がいいんですよね。都築雄一郎と看護婦の立場をともに貫きながら、言葉の裏では別の会話をしてるんです。『名前も申し上げず失礼しました』って言う新児の言葉には、『入院費について尋ねられたと答えてくれた、それで十分だ。事情は説明できない。もう引き返せないんだ』って思いが、見事にこめられていると思います。」
「さしもの新児も、ここではいつもの冷静さは失ってるけどね。無表情だけど視線が落ち着かないの。彼がそうやって動揺してることで仁美は、彼の『事情』のただならぬ暗さを鋭く察知するんだね。いずれ破滅が待っているだろうことも、新児はそれを覚悟してることも。」
「だからあの言葉が出たんですね。『私は今までの人生を大切にする。なぜなら大切な思い出がいっぱいあるから』って。これはつまり『あなたに会えてよかった。幸せだった。これからもその思い出を大切に生きていく』って意味ですよね。」
「ここでの新児の笑顔…。これって初めて見せる表情じゃない? 心からの微笑み。都築雄一郎じゃない、魚住新児の顔。」
「そうなんですよ。ここで一瞬だけ新児は、本当の自分に戻るんです。全てを受けとめてくれた仁美への、これもまた彼の愛なんですね。」
「うん…。ことさらな演出もなく、役者の演技をストレートに出した、ずしっと重い名場面だよねこれも。溜息というより思わず唸っちゃう。第7回とはまた違った意味で、見る者は黙らされるよね。その両方を演じられる豊川さんは、冗談ともかくすごいよこの人。」
「すごいですね。とんでもない役者さんですよ多分。」
「かつて5番手でも主役を食ったという存在感…。なるほどなぁと思うよね。『feature』って雑誌の特集で豊川さんは、自分のことを『集中力はあるけど技術のない役者』とか言ってんだけど、またまたご謙遜。ハンパじゃないですよあなたのパワーは。」
「買ったんですか『feature』。立ち読みだけじゃなくて。」
「はい。買いました。ちゃんとファイリングしてあります(笑)」
■都屋前、有季子と仁美■
「ここでの女2人のやりとりは、直前の名場面をひきずってるだけに、有季子が軽く見えるよなー。仁美を問い詰める有季子に対して私、余計なとこに姿見せやがってとか思っちゃった(笑)一瞬だけ困った様子をした仁美が、キッと目を上げたとこなんか感動したもん。言ってることはさすがに無茶苦茶だけど。」
「『人違いじゃないか』は、いくら何でもちょっと無理ですよね。何はともあれ有季子は現職の刑事。別人のふりをするのは突拍子もなさすぎでしょう。」
「うん、そりゃそうだよね。『婦長さん?』て呼ばれて振り返ってるんだし。また有季子がさ、人違いだなんて嘘に決まってるんだから、『お会いしたじゃないですか覚えてらっしゃらないんですか?』なんて間の抜けなこと言ってないで、『そういう嘘をつくと今ここで、任意同行お願いしますよ』くらい言えばいいのに。」
「ここでは有季子は完全に貫禄負けしてますよ。…大丈夫かな最終回まで(笑)ここのとこヒロインの座を奪われっぱなしなんですから。」
「そういえばあと3回かぁ。最初はもっとラブロマンス的要素が強いのかなと思ってて、有季子はかなり早いうちから新児にドロドロに惹かれてくのかと思ったら、どうも違う感じだね。サスペンスではあるんだけど、うんと人間ドラマっぽいっていうか。」
「そうですね。もっとグッと硬派な感じですね。」
「と、そこへ電話してくるののさんの乱れっぷりがいいな。さすがの彼も『都築雄一郎=魚住新児』の等式には仰天したか。」
「珍しく興奮している彼の口調に、有季子は仁美を追うのをやめて、さっきの公園に向かうんですね。この電話で雄一郎の正体を言わなかったのが、ののさん自身の衝撃の深さを物語ってますね。」
「物語ってるねぇ。せめてひとことここで言っとけば…とも思うけど、そこがドラマの旨味って訳か。やりますなー井上さん。」
■川原、野々村〜社長室・新児〜路上・有季子〜喫茶店・鷹男■
「ここでののさんは、よしやったぞとばかり胸の前で手を叩きますよね。『よし、これでこの糸は解ける!』って、思ったんでしょうね彼は。」
「まだ解けない謎は若干あるけど、都築雄一郎…本当は魚住新児を引っぱって吐かせれば、何もかも判るところまでこぎつけてるもんね。証拠固めもヘッタクレも、みどりタクシーのオブチ君に面通しすれば『魚ちゃんじゃないか!』で決まりだよ。仁美みたく人違いだって言っても、ののさんは聞く耳持たんだろぉ。」
「気負った感じでポケットに手を入れて、そこでののさんはガムを落としちゃう。些細な動きなんですけど印象的ですね。さっき有季子がガムを受けとり損ねたのと重なって。」
「ここで近づいてくる男は、多分品川署の的場だよね。警察の人間じゃないとすれば、あるいは新児に命令された結城かも、って気はしたけど、新児はののさんなんて知らないんだし、第一ののさん自身、近づいてきたのが会ったこともない男だったら、あんなに無抵抗なはずはないよ。」
「ののさんは刑事ですからね。素人の1人や2人、咄嗟に投げ飛ばせるでしょう。無言で近づいてくる的場に異様なものを感じつつ、まさか自分を殺すつもりだとは夢にも思わない…。」
「で、いきなりグサ、か。この展開はマジ読めなかったよなぁ。ののさんが殺されちゃうとはね。いつも有季子を助けてくれて、力づけたり叱ったり、素晴らしい先輩だったのに。」
「先輩っていうか、恩人ですよもう。だって有季子を2課に残すために大沢を脅して、多分その結果殺されちゃうんですから。」
「因果だよねぇ…。心底ご冥福を祈りたいね。」
■社長室〜路上〜喫茶店■
「机の上に、まるでピアノでも弾くように広げ置かれた新児の両手。これはつまり『人を殺した罪の手』ってことを表したいんでしょうか。」
「そうだと思うよ。雄一郎を仮死状態になるまで殴りつけ、ちひろの細い首を絞め上げた両手って訳だな。」
「前々から思ってはいたんですけど、有季子って小さな十字架のペンダントしてますよね。まさかクリスチャンなのかな。」
「違うだろぉ。お気に入りのアクセじゃないの? もしくは悪魔である新児と対比させるための、象徴手法の1つかも知れない。とか言って案外、紀香さんの私物だったりして。」
「どうなんでしょうね。細かいことですけど。」
「それにしても鷹男はますますハチ公化してるね。けどここで携帯が鳴って、ちひろかと思って急いで出たら、相手は『ボーダー』の編集長だったと。」
「人の名前で来た郵便物、勝手にあけちゃだめですよね。でもしょうがないのか、鷹男の自宅じゃないんだから。」
「差出人がちひろで、何か写真が入ってるって聞いた瞬間鷹男は、あの時くもりガラスの隙間から彼女が見せた微笑みを思い出すんだねー。死にゆく前に写真を投函するなんて、ちと出来すぎてる気はしなくもないけど、微妙で複雑なちひろの笑顔のおかげで、不自然さはだいぶ減ってるよね。うーむ…やっぱドラマのよしあしは、最後は役者の演技で決まるか。篠原涼子ちゃんは今後、演技派の名を欲しいままにするかな?」
「ここで1つ思ったのは、封筒のサイズなんですよね。鷹男の想像世界では、ちひろが投函したのは普通の白い四角い封筒なんですけど、編集長が手に持ってるのは茶色い厚手の封筒でしょう。これってひょっとして中身は、写真だけじゃないんじゃないですか?」
「ああ! そっか例のスケジュール帳! 土曜日2時の法事!」
「ええ。このサイズの封筒ならそうじゃないかと思うんですよ。」
「なるほどねぇ。そうか、それを見て鷹男はまた動き出すのか。んでもさ、『法事』じゃなく『マルほ』とか書いてあったら笑うよね。『ほ』のつくキーワードは何か、今度は鷹男がKJ法やんなきゃなんないよ。ほ、ほ、ほ…ホタルイカ!とか(笑)」
「なんでホタルイカなんですか(笑)おつまみしりとりじゃあるまいし。」
「あのCM、面白かったよねぇ…。どっかでさぁ、SMAPのCM総棚ざらいやってくんないかなぁ。深夜でいいからさ。ロッテに始まってエースコックのとか、もちJRA全部でしょ、サントリーにスーパーホップスにNTT全シリーズ。そんなんがあったらぜってー標準録画するけどなぁ。」
「あってもいいですよねそういうの。でもJCBとJACCSのCMを同時に流すなんて、TV界のタブーなんでしょうか。」
「んじゃ日本放送局でやればいいよ。国営放送様がなさる分には、シモジモの民法各局は何も言えまい。」
「強引ですね。まぁそれはそれとして、どこから話がずれたんですか。」
「多分ホタルイカのせいだと思う。でね、ここのナレーション。これはやっぱちょっとヘンだよ。『知らぬが仏』の意味を説明しなさいっていう国語のテストみたくなってるけど、『知ること、確かめることが、人間の最も切実な条件だから』って…意味も文法もおかしいぞぉ? 知ることって最も切実か? それより食う方が切実だろぉ? 第一切実な『条件』って、何に対する条件だよ。吾郎の語りは申し分ないけど、例によって情緒に流れた、ふらふらした文章だよな全く。」
「ずいぶん手きびしいですね(笑)」
「ここはさ、『知ること、確かめることは、人間にとっての押さえがたき欲求なのだ』とかにすればいいと思わない? そんなら納得できるでしょお。」
「はいはい判りました。そういうことにしときましょう。」
■社長室〜藤城邸■
「ところで新児は、どうしてここでいきなり藤城さんちに電話したんだろ。引き出しあけたら偶然メモが目に触れただけかな。」
「いや違うんじゃないですか? やっぱり仁美と会ったことが大きいと思いますよ。ほんの一時、彼は魚住新児に戻って、そこで思い出したんじゃないですか? タクシーと、それから彼女のことを。」
「ああなるほどね。純粋に客として接した藤城さんのことをね。」
「しかし藤城さんちはいいおうちですね。千駄ケ谷でしたっけ?」
「ちゃうちゃう信濃町。これは間違いなくいいとこのお嬢だろうね。足が悪いせいで我儘放題に育てられたんだよ。『切らないで。あたし待ってる、この前のところで』なんて台詞、お嬢じゃなきゃ言えないよ。この自我の強さはお嬢様育ち独特のもんだよね。」
「まさか新児は『この前のところ』に行くんでしょうか。」
「どうなんだろう。回想シーンが幾つも交錯して、『何のためにこんなことしてるの?』って女たちの問いかけが強調される。そこでスックと立ち上がる新児は、きっと何かを決意してるよね。それって果たして『あ308号車』に乗って、藤城さんを迎えにいくことなんだろか。」
「立ち上がった新児がスッと歩き出してフレームアウトするところ、スローになってますよね。この演出はいいよなぁ。次回に繋がる余韻がありますよね。」
「うん。ほんの1〜2秒なんだけどね。」
■公園、有季子〜川原、野々村■
「街はすっかりクリスマスモードだねぇ…。でもこういうさ、木に巻きつけた電飾って、木にしてみりゃ迷惑なんだろうね。夜が明るいなんて植物にとっては不自然極まりないでしょお。」
「この時期になるとどこもかしこも、ライトアップを始めますからね。日本中の目抜き通りが表参道化すると言ってもいいんじゃないですか?」
「全く、花見のちょうちんじゃないんだからさ、横一列に同じことすんなっての。画面としては確かに綺麗なんだけども。」
「赤い風船が舞い上がるのは、ののさんの魂が天に還っていくのをあらわしているんでしょうけど…イルミネーションと赤い風船の組み合わせとなると、ずいぶんとゲツク風ですよね。」
「ずいぶんつーか、モロにそうだよ。ここでまたピタッと音が止まる。至れり尽くせりで是非とも感動させようとしてる感じ? まぁ、暗い夜空に消えていく風船から走り去る電車につなげて、シーンチェンジするのはシャレてたけども。」
「轟音を上げながら電車が走り去っていって、あたりに聞こえるのは水音だけになりますね。まるで酔っ払いが居眠りしてるような姿勢のののさんの足元には、ぐちゃっと曲がった赤いガムがある…。」
「そして彼のワイシャツの胸は、その包み紙と同じ色に染まっていた。この凶器は拳銃じゃなくてナイフだろうね。心臓の真上を一突きってとこかな。」
「拳銃だと足がつきますからね。これで多分有季子は復讐に燃えてしまうんでしょう。警察内部の犯行だとは思いもせず、最後にののさんの言った『とんでもないこと』を、突き止められた都築雄一郎の仕業だと思って。」
「そういうことになるだろうね。物語はいよいよ悲劇へまっしぐらか。」
「はい、ということで座談会第8回、そろそろまとめたいと思います。あちこちのTV誌で『結末大予想』とかいうのをやっているようですけれども、前回も申しました通りそういうのはね、なるべく読まないようにしています。それでもどうしても目には入ってきちゃうんですけれども、引きずられないようにしたいと思います。はい。」
「あと3回やったらこの座談会も終わりなんだよねー。夜中までかかって書いてる時は『私はなんでこんなことしてるんだろう』とか思うことも多いんだけど、終わるとなると寂しいから人間はワガママなもんだ。とにかくいよいよラストスパート、さらに気合入れて頑張りたいと思います。」
「それでは次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「風邪をひいて『よっしゃ、明日は会社休んだる!』とか思っても、酒飲んで寝て翌朝になると治っちまってる、悔しいほどケンコーな木村智子でございましたぁ! また来週〜!」
座談会第9回に続く
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