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【 第2回 】
(一同揃って礼をして)
「はい、えー皆様こんにちは。お元気でしたでしょうか八重垣悟です。」
「同じくこんにちは木村智子です。」
「高見澤です。」
「ンだよあんたもいるんかい高見澤! しかも何なの今回は。こんな国営放送の夜のニュースみたいな3人一列横並びで!」
「ええまぁ…ねぇ。何だかいつもと勝手が違うなという感じなんですけれども…。」
「まぁ画(え)的には面白いかも知んないけどねー。ああほらほら高見澤、そうやってにこやかに手を振らない!」
「大丈夫ですよ。TVと違って黙っていれば判りませんから。単に大人しく座っている分には害にはなりませんでしょう。」
「大人しくって、勝手に急須持ってきてお茶いれてんじゃんほらぁ。しかも自分だけ飲むしー!」
「いいからこの物体は放っておきましょう。そうそうそうやってお茶飲んで、大人しくしててねたかみー。ほらちゃんとうなずいていますよ。生き物はよく話せば判るんです。―――さて、じゃあそろそろ始めましょうか、『砂の器』座談会 『Le bol de sable』、第2回を。」
「よっしゃ始めますかね! 何せ私は個人的に、この第2回ってすごく好きなのよ。第1回でヘンに数字が取れたせいで浮足立ったりしなけりゃあ、このドラマはこの第2回で目指したカラーというか、別にそこまで祀り上げるほどの名作じゃねぇべ?というあの映画にこだわりすぎない、まさに2004年版と銘打つにふさわしいコンセプトでずっと行ってくれただろうに、そう思うとうらめしいよなぁ…。だって面白いもんこの回。キャラに動きがあってストーリーにもオリジナリティがあって、すごくドラマドラマしてて。」
「それはありますね。非常にTVドラマらしい回でした。セリフをかぶせてシーン転換、というのがやけに多いなという気はしましたけれども。」
「ま、それは手法だから別にいいんじゃないの。座談会のシーン分けがしづらいという欠点はあるけどさ。それより私は今だから言うけど、このドラマに対するY売新聞朝刊の批評がどうも腑に落ちない。褒めるのも批判するのも変にマトハズレというか、最終回の評なんて、オイこれ書いてる奴ラストシーンまでちゃんと見てないんじゃないか?と思ったもん。第1回に対する評もさ、テンポが悪いとか書いてあったけどそれは違うだろう! テンポが悪いんじゃなくて、まだるっこしいんだよ。象徴映像が多すぎるから。」
「いやちょっと待って下さい。『テンポが悪い』 より 『まだるっこしい』 方が酷評じゃないですか(笑)」
「だから見ようによってはね。好き嫌いがハッキリ分かれるんだよ象徴映像って。比喩・暗喩のオンパレードゆえどうしても判りにくくなるし、だから見ようによってはすごくまだるっこしい。他のドラマみたく、シーンの状況や登場人物の心情をセリフでもって明確に説明し、受け身の視聴者を観光バスに詰め込んでハイ次ハイ次と進行していくような、言ってみりゃ画面を ながら見しつつセリフ聞いてりゃストーリーは判る、っつぅドラマじゃないから。間違っても簡潔明瞭つぅ訳にはいかないんだね。」
「確かにそのへんは視聴者の好き嫌いで評価も分かれるところでしょうからねぇ…。ただ、少なくとも象徴映像の場合、どうしても万人ウケはしづらい…。」
「そうそうそういうことなの。しかも一般的には日曜夜9時って、ああ明日っから仕事だなーというブルーグレイな気分でボケーッと画面を眺めるテレビタイムじゃん。ばってんこの『砂の器』って、基本的にそういう気分の時に見たいドラマじゃあないんちゃう? 湿気を含んだズシッとした重さがあってさ。その点『白い影』は確かに悲しいドラマだったけど、基本的に恋愛色が強かったからある意味気楽に悲しめた。」
「悲しめた、んですね。楽しめたんじゃなくて。」
「そうそう。気楽に気軽に、悲しめた。でもこっちはそうじゃないでしょ。下手すりゃ辟易とするほどの重さだったと思うよ。」
「そうですね。僕の友だちにもいますよ。現実だけで十分憂鬱なのに、あんな疲れるドラマ見たくないって第1回めだけでリタイヤした人。」
「はっはっはっはっそうだろなー! 一般的にはそれが尤もな反応だと思うよアタシー! はなっから爆発的な数字なんか狙えるドラマじゃないんだよ。だから第1回めの数字はね、私が思うにあれは何かの間違い(笑) 今クールはSMAPドラマ目白押し〜みたいなお祭り騒ぎにノセられて、チャンネル合わせてみた人の数にすぎない。なのにそれに引きずられて振り回されて、あっちにフラフラこっちにフラフラ、コンセプトが定まらず軸がブレたまんま、ラストシーンの力技で着地したんだと思うぜぇ?」
「うーん…。まぁ最後まで何かに振り回されていたドラマだった、というのは否めませんね。ただその『何か』が果たして何であるかは、僕らには判らないことだと思いますけれども。単に数字のせいだけではない気がしますね。もちろん想像ですけれども…。」
「そうそう、所詮は素人のタワゴトさね。でもこうやってああだこうだと好きなことを言えるのが、また素人の特権でもある訳だからね。あくまでも個人的意見だと、但し書きをつけた上で。」
「まぁ前フリはこれくらいにしましょう。第2回のイントロは第1回めのおさらいシーンからですね。和賀が『宿命』の主題を奏で、五線紙にタイトルを書くところ。」
「うんうん。何度見てもいいねぇこのシーンは。和賀の目の表情にドキドキするね。」
「あとは三木との再会や今西の聞き込みなど、第1回の主要ダイジェストシーンを一通り押さえた上で、第2回のメインになる訳です。」
【 あさみの部屋 】
「一人暮らしの部屋へ帰ってきたあさみが、留守電メッセージで母親の死を知るシーン。誰もいないのに『ただいま』と言うセリフが、あさみの暮らしぶりを端的に表していて上手いね。こういうのが龍居さんは特に上手いと思う。」
「以前の座談会でも出ましたけれども、女性キャラのセリフというのはやっぱり、女性脚本家が書くとリアルなんですね。」
「うん。男性だと理想を入れちゃうからな。女から見ると嘘っぽくてしゃーない。もちろん逆に女性が書く男性キャラクターっていうのも、理想まみれなのかも知んないね。何せ男と女というのは、もともと太古の海では違う種類の生き物だったそうだから、どうしても埋められない認識の差があるんだろうね。」
「それにしても松雪さんは綺麗です。僕は中居より彼女に見とれますよ。」
「あっそー。よかったねライバルにならなくてね。」
【 和賀の部屋 】
「あさみの部屋のシーンから、セリフがずっとかぶっての場面転換。冒頭で言った、今回かなり多様されている手法ですね。」
「あさみにかかってきた丹後のアンドウさんからの電話が、和賀の部屋に流れているニュースの声と重なっていくんだよね。和賀ちゃんたら第1回のラストのまんま徹夜したのかしら、と一瞬思ったけどそうじゃない。着てる服が全然違うし、ニュースでも事件から2週間たったってちゃんと言ってたね。んでもここのシーンの和賀の姿勢には、いいわぁ星人またもやドッキドキよ。ピアノの脚にもたれて楽譜書いてるなんて、巣穴の中で安心してる小動物みたい。どうして中居さんて人は31歳にもなって、こういうはかなげな風情を宿せるのかねぇ。うっとり…。」
「まぁ僕が思うのは、ピアノという楽器の色っぽさですけれどもね。大きく曲線を描いてグッと窪んだボディが、何とも艶っぽいなといつも思います。はい。」
「艶っぽいっつぅんならさあ、ピアノなんかより中居さんの方がずーっと艶っぽいよねぇたかみ〜。ほらほらウンウンうなずいてる。」
「2対1でグル組まないで下さい。勝ち目ないじゃないですか僕。」
「でもってこのシーンではねぇ、ストーリーの進行上しょうがないなとは思うけど、普通は作曲中にTVなんかつけっ放さないよなー。邪魔だもん人の声とか音楽って。和賀の手の進み具合から考えても、この時彼の頭の中には『宿命』のメロディーが鳴り響いていたはずで、そういう時の創作者にとっては、何より静寂が必要なんじゃないかなぁ。ワイドショーならいきなりBGMが流れたりもするだろうし、作曲の邪魔になるんじゃないの。」
「あ、それはあるでしょうね。作曲中に音は一切邪魔でしょう。でも和賀はそれでもニュースをつけずにはいられないんじゃないですか。捜査の進展を知るために。」
「まぁそりゃそうだね。んでこのニュースが和賀に知らせる内容は、捜査の手がじりじりとあの夜の自分の足取りに追いついてくること。『ゆうこ』の映像まで流れちゃってるからねー。和賀の落ち着かない目の動きや、顔を仰向けてごくっとつばを飲む反らせた喉の線が色っぽいわ♪ 美しいお顔に影をつける照明の加減も最高♪」
「TV画面にはまた関川がいますね。もしかしてこの番組のレギュラーなんでしょうか。」
「かも知んないね。でもNHKじゃないよねこの番組。民放だよね。男性アナウンサーの作ってる表情はやっぱ安住くんに似てると思うけど、和賀ちゃんったらいつもこのワイドショー見てんのかしら。天才音楽家にしちゃ俗なもん見とるな(笑) まさか他局は映りが悪いからこれ、なんてこたぁないよねぇ東京タワーのこんな近くでさ。おっと違うよこのマンションなら、多分もう地上波デジタルだよ! 番組を録画してもコピーワンスでRAMにしか焼けないってやつ! これって許せないよねー。プレイリストからのダビングができずにどうするっちゅーん。まさか『仰天ニュース』を毎回通しで残せとでもゆーんかい! ふざけんな責任者出てこーい!」
「そんな話を今しなくたっていいじゃないですか。だいいち北関東はまだ当分アナログでしょうから心配いりませんよ。安心して下さい。…じゃあこのシーンについてはもういいんですか?」
「駄目駄目駄目、駄目に決まってんじゃん馬鹿だねー! えっとね、TVで捜査の進展を知った和賀は、前回優秀な管理人のせいで捨てそびれた白いタートルネックのセーターを、ここへきてようやくハサミで切り刻むんだけども、そうだよ最初っからそうすればよかったんだよ和賀ちゃん!と私は画面に突っ込みました。さらに作業場所はダイニングテーブルの上。なるほど和賀ちゃんちの間取りはこんな感じなのねって、TV誌に先駆けて見当をつけたね私は。すごいっしょ。」
「別にそんなすごくはないと思いますけれども。普通に見ていれば判りますよ。」
「それとここでの和賀のセーターの切り方が妙に不器用なのは、ストーリー的には早く処分したいという焦りによるんだろうけど、やっぱ中居さんの指が完全じゃないのかなーと思うと愛しいねー。バッグのファスナーを開ける時も、右中指がわずかに浮き上がってるの。無意識にかばっちゃうのかなぁ…。ううっ痛々しくて愛しいったらっ。なのにそのあとバッグをバッ!と左右に開く乱暴さには、な〜んかイケナイ想像をしちゃって大変なんですけどっ。えへっえへっ♪ やーねー八重垣クンたらっ、30にもなって、えっち♪」
「僕に持ってこないで下さい。勝手に大変がっていればいいじゃないですか。まぁファスナーの開け閉めというのはね、細かく指を使う動作なのは間違いありません。ええ。」
「セーターをギョキジョキ切りながら一瞬ちょっと唇を舐める和賀も、かなり素っぽかったなぁ…。んでその和賀の横顔にオーバーラップして、雪の海岸を歩く本浦親子の映像になり、画面左に金茶色で『砂の器』とタイトルが出る。タイトル文字がしゅわーっとタンサンみたいに飛んで消えるのは、言うまでもないけど砂のイメージだよね。」
「そうでしょうね。これを見ると僕は毎回、砂上の楼閣という言葉を思い出します。和賀のいる位置であり偽りの幸せであり、また誰の人生もそうであるという…。そういえば『砂の器』というタイトルの意味は、原作でも明確には説明されていないんですよね。」
「うん、されてない。それで思い出したけどさ、今回この座談会のタイトルを『Le bol de sable』にしたじゃない。Leは英語のtheと同じで定冠詞、deは英語のof、sableは砂。お菓子のサブレの語源はこのサーブルね。んで問題は器のbolなんだけども。」
「このbolというのはあれですよね、サラダボウルとかいう、あのボウル…。」
「そうそうその通り。だけど仏訳されてフランスでも出版されているらしい清張先生の原作は、『Le vase de sable(ル・ベーズ・ド・サーブル)』って題になってるんだね。器をbolじゃなくvaseに訳してる。ところが『クラウン仏和辞典』によれば、vaseというのは花器とか甕(かめ)とか、どっしりした工芸品を指すんだって。一方bolはほんとにお料理で使うようなあのボウル、つまりは容器・容れ物全般のこと。となるとドラマのタイトルとしてはさ、オープニング映像からも推察するに、vaseじゃなくbolの方の器だべー! 風に吹かれて虚しく崩れる…あのイメージは甕じゃないよね。」
「そうですね。頑丈で立派すぎますね甕は。」
「……カメか…。」
「はーっはっはっはっはっ! 突然笑かすな高見澤―!」
【 秋田駅 〜 特捜本部 〜 秋田駅 〜 和賀の部屋 〜 羽後亀田駅 】
「ここもまたカットが細かく切り替わりながら場面転換していくね。まずは新幹線の映像に始まって、見るからに寒そうな秋田駅のホーム。例によってサスペンスタッチを強調するテロップが、今西と吉村は羽後亀田に向かうためここで羽越本線に乗り換えたと説明してる。」
「そういえばこのドラマは、日本の美しい風景をロケで紹介するというのも目玉の一つになっていましたね。」
「うんうん番宣とかTV誌とかではそうなってた。ッたくそんなとこに金使うなよと思ったけどね私は(笑) 舞台装置に感動なんかしやしないよドラマ視聴者は。綺麗な風景が見たけりゃ温泉めぐりの紀行番組見るし、ほんの一瞬しか映らないもんなら、風景なんていっそCGだっていいんさ。なのにこのドラマってさぁ、どうも創り手の創りたいものが先行して、肝心のストーリーとエピソードが置いてけぼりになった気がするんだよね。秋田駅なんてわざわざ行かなくたって、別に大宮駅のホームで撮りゃいいじゃんねー。」
「いやそれは無理ですよ(笑) 駅名表示に紙を貼っただけじゃあ、いざオンエアされたものは無残なばかりに偽物だと思います。映像の怖さは多分そこにあるんですよ。」
「そういうもんかねぇ。ストーリーにしたたか感動すれば、細かな風景なんてどうでもいいんじゃないの? 秋田駅が実は大宮駅で、羽越本線が八高線で、羽後亀田が群馬町でも別にいいじゃんか。」
「確かに理屈ではそうですけれども、じゃあ46分間ずっとストーリーで感動させ続けろとなったら、実際問題としてそれは無理ですよね。息抜きというか、見る方もふっと緊張を解きたい瞬間があるでしょう。そこへ挿入するのはやっぱり、綺麗な風景がいいんじゃないでしょうか。」
「そうかなぁ。とにかく私がプロデューサーなら、ロケ費すなわち旅費交通費は徹底的に切り詰めるけどね。んでそうやって浮かせた分の費用で、演奏シーンにウィーンフィルを呼ぶんさぁ。」
「いや、無理でしょう(笑) あのクラスは金と宣伝効果だけでは動かないと思いますよ。」
「んじゃベルリンフィルは?」
「無理ですって。まぁネタとしてここで話す分には面白いと思いますけれども。」
「だろぉ? 本物の秋田駅より、本物の超一流オケだよ。そっちの方がインパクトが強い。私としては短いオンエアのための全国ロケより、そういうところにこだわってほしかった。」
「確かにウィーンフィルを使うとなれば、それこそ馬場アナの言うザ・世界が仰天!でしょうけれども…。ドラマのワンシーンのためにウィーンフィルあるいはベルフィルが演奏するなんて、普通は考えられませんからね。」
「そしたら中居さん…じゃないよ和賀の装束もさ、正式にブラックタキシードか、もひとつ格上のスワロウテイルになるのかな? うーわゾクゾクするぅー! 私がもし『金スマ波乱万丈』に出るような大成功した実業家だったら、宝石買うより豪邸買うより別荘建てるより、全財産はたいてでも、中居さんのドラマのためにウィーンフィルに丸ごと来日してもらうけどな。」
「そのアプローチにはおそらく楽団員が猛反撥しますよ。まぁそう言っては何ですけれども一般論としてね? 日本の、民放の、TVドラマのためにですよ? 自分たちのネームバリューを『利用』するのかという反撥は必定―――」
「チッチッチッチッそれは違う八重垣。民放の、TVドラマのためじゃない。私の、ナカイマサヒロへの、本心本気の愛のためだ。そのためにあなたたちに演奏してほしいと、人生賭けて頼もうっていうんさぁ。」
「ああ、むしろそちらをアピールした方が、ひょっとしたらひょっとする可能性はなきにしもあらずですね。ただウィーンフィルなんて来ちゃったら、逆に福澤さんが困りそうな気がしますけれども(笑)」
「なんでよー。好きなように鳴らして好きなように撮れよ世界一のオーケストラをぉ。んでその中央で中居さんを、薔薇でできたダイヤモンドのように輝かせてくれ。そのために全財産投げ出したら、翌日から豪邸を出て借家住まいになったって、あたしゃ一向にかまわないよ。うんうんうん。」
「まぁずいぶん熱く語っていますけれども、要するにもし財産があればの話ですよね。群馬銀行中居支店の貯蓄預金の残高レベルじゃなくて。」
「ウルセーな(笑) それを言ったら身も蓋もねっつの。オメーもそこで笑ってんなよ高見澤(笑)」
「じゃあこの話には蓋をしめて、流れを元に戻しますよ。秋田駅の話からずいぶん飛びました。」
「おおそうだそうだ。えーっとそれでホームの映像から話は5時間前に遡って、特捜本部での刑事たちの会話が入る。蒲田事件の2日後に亀田をうろついていたという不審な男の背格好は、『30前後・中肉中背やや細身』。それが白いタートルネックの男と一致するって訳だけど、そうか中居さんていうのは言葉で言えばそういう外見なんだ、とやけに深〜く納得しちゃったね。中肉中背やや細身…。それに続けて『顔立ちはかなりの美形だそうです』って台詞を付けたいとこだけども、『ゆうこ』のホステスさんは2人連れの顔までは覚えてないんだよね。チッ惜しい。」
「そんなところで惜しがるのはいいわぁ星人だけですよ。今さら中居の顔立ちを褒めなくたって、褒め飽きるほどあちこちで褒めまくってるじゃないですか。このシーンについて他に何か言うことはあります?」
「えっとね、秋田駅のホームに入ってくる羽越本線の列車が、陽炎みたいに揺らめいて見えるのがよかったね。ピンクと紫のラインという、こりゃまたずいぶんビビッドな車体の列車だったけど。そう考えると高崎線のオレンジ&モスグリーンは、ありゃ渋い選色なんだねぇ。いや高崎線つーか、JRの中距離電車っていうのか。東海道線にも走ってるもんね。熱海行きも高崎行きも同じ色なのが笑えていいや。まぁ高崎線と東北線は違う色にしてくれって思うけどな。上野駅とかで5番線と6番線の両方にオレンジ&モスグリーンが停まってたりすると、一瞬どっちが高崎行きでどっちが小山行きだか判んないんだこれが!」
「ですからそういう話はもういいです。ストーリーに沿ったところで。」
「ストーリーに沿ったところではと…。そうそう和賀は切り刻んだセーターを紙袋に入れる訳だけど、わざわざ楽譜で包む意味があんのかなと考えたら、これって袋を持った時の手触りのためなんだろうね。セーターだけじゃフワフワして、失敗作の処分じゃ通らない。」
「そうですね。ジェラルミンのケースに入れる訳ではなく紙袋ですからね。手触りは大事です。五線紙ってけっこういい紙使っていることが多いですから、硬さがあるんですよ。サイズもA3で大きいですし。」
「そっか、そういえばA3なんだぁ。なるほどなるほどぉ。だからうまいことくるめば、中にセーターが包んであるなんて判らないんだね。立派な包装紙だ。」
【 ソアラ車中 】
「新幹線の線路を見下ろす跨線橋で、和賀と玲子・車中の密談。このシーンはねぇ八重垣、バリ青としては感慨深いよぉ。こういう大人の密会みたいな意味深な場での、何ということのない会話。これが不自然じゃないもんね中居さんね! まぁ多少は居心地悪そう感が漂ってはいるけども、今までだったらもっともっと無理っぽくてワザとらしくてクサくって、見てる方がツラくなってきたと思うけど、自然だったよねぇこの会話ね。チョークストライプのジャケットもえらく似合ってて、こんなアダルティな和賀ちゃんに 『急に呼び出してすまなかった』 とかゆわれたらさー、いいえっあなたに呼ばれたならば、たとえ第11番惑星の向こうまでも! さらば地球よ旅立つ船は、いいわぁ星人大ワープっ! トー!」
「はいもうそのままどっか行っちゃって下さい。ところで僕的にはここのテロップ…『和賀の元恋人』というのはいささか蛇足だった気がしますけれども。こうやって車中で密会して没楽譜の処理を頼む相手は、どう考えても元恋人ですよね。」
「いやそれはどうかなぁ。今現在の恋人かも知れないよ。まぁもっともそのへんはね、ひとことふたことセリフを足せば十分に伝わったとは思うけど。例えば玲子に、『変わってないのね。つきあってた頃もあなたはそうだった。必要でないことは何も教えてくれない。まぁ私もそこが好きだったから、別にいいんだけど。今更。』とか言わせればいい訳だからね。」
「でもけっこういい女ですよね玲子って。訳知りの大人の女って感じで。和賀にとって玲子は共犯者たりえる相手というか、元カレだろうと元カノだろうと、人の詮索はしない女だというのをよくよく知っての依頼でしょうからね。」
「そうそう。いい女だと思うよ。このドラマで私が個人的に好きなのはさ、女性キャラがみんな大人でキチンとしてる点だね。燃やしてくれと頼まれた袋の中身を絶対に見ない玲子、婚約者の部屋の中をあれこれいじらない綾香、ちゃんと電話してから訪ねてくるあさみ。こういう設定はすごく好きかな。まぁここで比べるのも何だけども、倫子ってヒロインは大ッキライだった。勝手にクロゼットあけやがったり部屋に上がりこんで来くさったり、あの無神経な図々しさだけはどうしても好きになれなかったね。あんなのがルームメイトだったらあたしゃ叩き出してるもん。ケッ!」
「まぁまぁまぁ(笑) あれもこれもドラマなんですからドラマ。」
「でねぇ、ついでにまたまた辛口評になっちゃうけど、私テキにはこのシーン自体は大人の男と女って感じで素敵だと思う一方、セーターの処分の仕方は和賀らしくないと思うね。これまでの和賀の人生を考えたら、この人は他人なんてカケラも信じないと思うんだ。大事なこと・重要なことは、絶対に自分独りでやる男だと思うよ。人には協力してもらうどころか相談もしない。そういう高い壁を、心に張り巡らしてる人間だと思うね。玲子を信じるとか任せるとか以前に、そもそも人に頼むって発想が和賀にはないと思う。だからこのへんの和賀の行動は、ストーリー展開上のご都合主義と言われても仕方ないだろうね。」
「なるほど辛口ですね(笑) いいわぁいいわぁ言っていたかと思うと、突っ込むところはキツく突っ込んで来ますよねぇ。」
「だってそれがなきゃ座談会やる意味な〜いじゃ〜ん! 人が何と言おうと、いいものはいい。そうでないものはそうでない。この審美眼はちゃんと持った上で―――」
「やっぱり中居は素敵であると。そう言いたい訳ですね。」
「当た〜り〜! どんどんっ! んじゃ次行きましょー!」
【 駅前食堂 】
「このシーンの食堂はリアルでしたね。ストーブに乗っているヤカンといい、色も形もバラバラの椅子といい、椅子に乗っている薄い座布団といい。」
「あと店のおばちゃんの態度といいねー! 『東京の刑事さんかい?』 って好奇心丸出しで聞いてくるあたり、いるよいるよこういう人!って感じですごくよかった。」
「『黒い男』のことで警視庁の刑事が来る。そんなことが町中の噂になるほどの田舎町だってことですよね。」
「蕎麦と天丼の話もよかったね。いざという時は鬼瓦みたくなるのに普段はユーモラスな今西。謙さんやっぱ上手いなぁ。」
「この町で手ごたえを得られると確信したから、吉村は上天丼にするなんて冗談を言った。でもそれは全くの思い込みであったと、このコンビはもうすぐ知らされるんですね。」
【 川べりの公園 〜 亀田 】
「ここでもセリフにかぶせてのスライド式場面転換が使われてるね。和賀ちゃんお気に入りの川べりの公園で、見覚えのある黄色いサイファを見つけた目元のアップ。そこに亀田署での今西の声と、続いて映像がオーバーラップして場面が切り替わる。さらに今度は今西たちが『黒い男』の目撃者を訪ねまわるシーンに、再び和賀の横顔が重なると。手の込んだ編集だよね。ディレクターさんお疲れ様(笑)」
「さすがはスポンサーだけあって、ソアラの次はサイファが登場ですね。黄色いサイファってそのへんを走っていても本当に目を引きますよ。ヘッドライトのデザインがアニメっぽくて独特ですから。」
「でもこのクラスなら私はマーチのが好きだなー。といきなりスポンサー様を敵に回してどーする(笑) いやいやソアラは好きですソアラは。大学時代、発売されたばっかのソアラGT−EXを乗り回してたハイソなおにーさんと湘南にドライブに行ってねぇ、ユーミンの『星空の誘惑』を聞いた、あの青春の思い出が―――」
「はい、ストップ。その話はそこまでということで。あとでたかみーと2人、縁側で好きなだけ思い出話に花を咲かせて下さい。」
「ばーさん同士の茶のみ友だちかいあたしらは(笑) 渋茶をふぅふぅすすりすすり、是非とも付けたい理想の戒名の話をして…ってなんでやねん!」
「お、キレイに決まりましたねノリツッコミ。」
「うるせーやい。たかみ〜も私も、ともに現役現役っ! このシーンの中居さんにだってハナヂ吹きそうになったからねー。だって革手袋したまんま眼鏡をはずしてねぇ、そのあとのハンドルなめの映像ったらどうよ! 合奏練習してる子供たちを見る和賀の目の、まぁ切なくも優しいこと…。しかしそこにサイファを認めるや、一転ギクッと顔色を変える、この落差が素晴らしいじゃないですか、ねぇ! もうさぁ、ストーリーだコンセプトだは何もかんもうっちゃって、いいわぁ星人としてだけ見ればこのドラマは、陶酔につぐ陶酔の麻薬みたいな映像だったからねー。いやはやカラダに悪いの何のって。もぉもぉもぉホントに、い〜いわぁぁ…。」
「いいわぁ〜〜〜…。」
「そうやって畳みかけるとヒグラシみたいですね。」
【 川べりの公園 〜 交互に麻生の部屋 】
「同じ公園で今度は、和賀とあさみの会話が入ってきますね。ロングヘアというのはけっこう没個性なんですけれども、あさみのヘアスタイルはこうして見るとかなり特徴的ですね。それとあの黒いショルダーバッグ。和賀の印象にはっきり残るものだと思います。」
「車の中で和賀はちょっと考えて、決心したように降りていってあさみに近づくんだよね。あいつの記憶を確かめたい、いや確かめずにいられないって感じかな? 冒頭のニュース映像のこともあるしね。」
「セーターの処分を玲子に頼んでいることから考えても、この時の和賀は行動的というか、打てる手は早めに打っておこうという気持ちになっているんじゃないでしょうか。あさみが自分を思い出す可能性はどれくらいかを計りたい…。いや違うかな。あさみに好感を持たせて、新しい記憶を作らせてしまおうと考えたのかも知れません。」
「あー! そっか、それはあるかもねー! 『あの晩蒲田で会った不審な人』の記憶には絶対結びつかないように、『いつも公園で会う素敵な人』のイメージを固定さしちゃえばいいんだ! あたかもキャンパスに描かれた暗い絵に、上から明るい絵の具をコテコテ塗っていく感じ。」
「ええ。和賀はおそらく本気で愛している訳でもない綾香と、婚約にまでこぎつけている男ですからね。容貌への自信がないと言ったら嘘になるでしょうし、女性に好意を持たせる腕はかなりあると思いますよ。」
「そーだよねー。ちなみにあんたと比べてどうよ八重垣。女性に好意を持たせる腕っつぅヤツは。」
「え? なんですか突然振りますね(笑) うーん…。さぁどうですかねぇ…(笑) 要はこればかりは相性ですから…。」
「でもあんたってさぁ、ナンパとかチョー上手そうだよねー。『すいません今何時ですか』 って道玄坂で聞きまくってんじゃないの〜?」
「まさか。今どきそんな伝統芸能みたいな手は使わないですよ。」
「じゃなきゃ人違いのふりして肩叩くとかさぁ、ビラ配りのバイトしてる可愛い子の手に、自分の携帯ナンバー押し付けちゃうとか。」
「あぶない人じゃないですかそれ(笑) 僕はむしろねぇ、最近逆ナンされることの方が…って僕の話はどうでもいいです。和賀ですよ和賀。ね。このシーンはこれまた水面がまぶしそうですねぇ。」
「おっ無理やり話を変えたな。さては文化村通りで逆ナンされて、流れのまにまに丸山町のパターンか? サービスタイムをフル活用、しかも今どきワリカンは常識。低成長時代の逆ナンのバイブルみたいな男やねー! ヒューヒューヒュー!」
「あのー高見澤には何のことかよく判りません。だってまだ18歳なんで。」
「………しかし私が思うにさ、この公園の広い階段を降りて舗道を大股に横切る和賀の、ロングで捉えた全身像。これって綺麗だよねぇ…。つくづく足長いよなー中居さん。」
「うん、確かにそれは言えますね。あまり素直に認めるのも悔しいですけれども。」
「あのぉ、アタシの18歳ネタが宙吊りに…。」
「よくねぇ、シニカルな中居ファンが言う言葉にさ、中居さんていうのは縮尺がちょっと小ぶりなだけで全身のバランスは完璧だっていうのがあるけど、んなアンタ縮尺がなんぼのもんだっつんだよね。舗道を横切りつつ一瞬歩調をゆるめる、そこんとこの立ち姿なんてまさに絶品だよ。金スマを彷彿とさせるあのおみ足の交差させた感じと、かっちりした肩のバランス…。…いいわぁぁ…。」
「まぁ逆光の中の黒いスーツということで、いっそう引き締まって見えるというのもあるかも知れませんね。」
「ぷっくりひろちゃんだからねぇ…。でもさぁ、10代ならカリカリもいいけども、ある程度の年齢になったらカラダの厚みは必要だと思うけどなー。みっしりした重量感というか、やっぱ男もアブラが乗らんとぉ。」
「娘じゅうはち、番茶も出ばな♪ 若〜い娘は♪ ウッフ〜ン♪」
「このシーンの和賀は、珍しく手袋を外しながらあさみに近づいていきますよね。手袋というのはこのドラマにおいて、和賀の心情を表現する小道具としても使われている気がするんですけれども、ここでの和賀はけっこうカジュアルな自分を演出しているのかも知れませんね。」
「そうかもねー。『発声練習しないの?』っていう切り出し方も、前回会ったときの会話を引きずることで自分たちは初対面じゃないというニュアンスを持たせ、親しさを強調してるんだよね。しかもそのあと和賀はさりげなく、女優だといっていたあさみの個人情報を引き出そうとする。『事務所は? 近く?』って言葉がスラッと出るのはさすがクリエイターだよ。」
「ドラマの設定としては、和賀はおそらく羽田健太郎さんくらいには有名なピアニストなんでしょうから、芸能界にも知り合いの1人や2人、いたっておかしくないですよね。」
「うん。プロデューサーとか知ってるかも知んないね。んで和賀に話しかけられたあさみの方も素直に会話に応じてくれて、これなら話が弾むかと思ったところへあさみの携帯が鳴る。『麻生さんからだ』という嬉しそうなつぶやきを耳にして、えっ?という顔をする和賀は、田所パパつながりで麻生のことも知ってるんだろうね。」
「そういえば第1回で麻生は、田所のパーティーに招待されていたのに行けなくなって、それで演出助手の唐木を代理で出席させたんでしたよね。」
「ああそうだったそうだった。何やら色々と面白いことがありそうな麻生のキャラ設定だったのに、何だかエキセントリックでよぅ判らない、結果的にはほんのチョイ役で終わっちゃったのが惜しかったなー。」
「それとですね、僕がちょっとあれっと思ったのは、このシーンで公園と交互に出てくる麻生の映像なんですけれども。ここであさみを呼び出している時の口調と、このあと実際彼女を前にしての態度とがあまりにかけ離れていて、どうにもしっくりこないんですよ。『すぐでしょうか』とあさみが聞いたあとの『悪いな』の言い方なんて特に優しいのに、この麻生が面と向かってああいう言い方をするとは思えませんね。もしかして中間にあったエピソードが1つ飛んでるんじゃないかな、なんて考えちゃいましたよ。」
「確かに唐突なんだよね麻生の変化は。あさみへの電話を切ってからも麻生はデスクで腕組んで何か考えてるしさ。まぁ芸術家というのはいつの世も、突拍子もない言動で一般人をふりまわすもんだけど、それだけにしちゃあ なんだかなーという感じなんだよねぇ。ま、これについての話は次のシーンでもうちょっと語るとして、ここでの和賀とあさみの会話について。劇団『響』の次回公演で主役をやる女、とまで個人情報を絞り込んだ和賀は、当たり障りない挨拶をして立ち去ろうとするんだけども、そこにちょっとしたアクシデントが起こる。走ってきた子供とぶつかったあさみは、その瞬間あの夜のことを思い出しちゃうんだね。」
「『ぶつかった』という動きが引き金となったんですね。あの晩自分とぶつかって、驚いて目を見開いた和賀をあさみは至近距離ではっきり見た訳ですから。」
「ここんとこの中居さんの、目の動きがいいよねぇ。『気づいたか…?』ってセリフをさ、口じゃなく目が言ってるんだ。子供とぶつかる直前までは、あさみの反応は100%和賀の目論見通りで、『じゃあ頑張って』っつって歩いていく和賀を見送る表情もかなり好意的だった。だから和賀としてはとりあえず今回の目的は達した訳で、ホッと安心しようとしたところへこの事態だからね。思わず後ずさりするのも道理。やばい…とばかり立ち去ろうとするや否や、『ねぇあなた思い出した!』と声をかけられるんだね。」
「あさみがハッとした瞬間から、BGMが『ラクリモーサ』になるのが象徴的ですね。心理描写として重要なシーンには必ずといっていいほど入ってくる曲です。蒲田でのことを思い出した瞬間のあさみの姿が、水面のきらめきの逆光になるのもいい演出だと思いますよ。」
「この逆光ってもしかしたら、ロケやってて急遽決まったカメラワークかも知れないね。それともロケハンでもう決まってたのかな。この時刻この角度にカメラを置けば水面はこう光るんだ、って。」
「かも知れないですね。先に風景を見ておいて、ああここにあの役者をあてはめて撮りたい、なんて思うのはスタッフにはよくあることなんじゃないですか。」
「うんうん私なんかしょっちゅう思うよ。こういう光景・空気の中に、もし中居ビジュアルを置いたらこんな感じになるんだろうなって。満開の桜並木とか、霧雨に濡れる新緑の木立とか、高層ビルの夜景とか。時々ふっ…とホントに見えた気がしたりなんかしてね。」
「それって行きすぎるとただのあぶない人ですから気をつけて下さいね。」
「よ〜く判ってらい。んでそうやって蒲田でのことを思い出したあさみが和賀に言う言葉って、実は和賀にとってはけっこう致命的なフレーズなんだよね。『年明けてすぐ、ほら殺人事件あったでしょ蒲田で。あの日の夜!』ってあさみはハッキリ言っている。こんなにも明確に覚えていた訳だ。」
「つまり言い方を変えればあさみは、あの晩の和賀が場所的にも時間的にも事件のごくごく近くにいたという、具体的証言ができるということですね。」
「だよねぇ。そりゃ和賀もビビるはずだぜ。『人違いじゃないかな』とかゆって表面は冷静に見せながら、軽く下唇を噛んでるのがすごくいい。こういう細かい表現がさ、ちゃんとされてるんだよね中居さんの和賀は。んで内心はともかく外見は落ち着き払った様子の和賀に、『そういえば全然雰囲気違ったかな…』とあさみもアッサリ前言撤回する。でもやっぱり疑問は晴れきらずにモヤモヤした気持ちでいると、通りすがりの女の子たちが『今の和賀英良じゃない!?』と騒いでいて、あさみもようやく別の意味で彼が誰かを思い出すんだ。」
「このへんのあさみの意識の流れは、巧い伏線だと思いますよ。いま目の前にいる男をあさみは、蒲田でぶつかった人ではないかと思った。でも否定されて半分納得して、次に、ピアニストの和賀英良であると判った。それであさみの頭の霧は一瞬晴れて、『だからどっかで見たことあると思ったんだ』と納得がいった。…ということはですよ。蒲田でぶつかった人 → 目の前にいるこの男によく似ている → その男はピアニストの和賀英良、と繋がったんですからもうあと1歩、指の先でツンとつつくようなきっかけさえあれば、和賀英良 → 蒲田の男にそっくり、というリンケージが成り立つはずです。ただこの時のあさみは、『あの有名な』和賀英良だったのかというインパクトに気持ちを持っていかれていますから、意識のリレーもそのチェインで止まっているということですね。」
「うん。一方の和賀はソアラの中で、あさみが記憶しているあの晩の自分が思いがけず印象強いことに慄然としている。単にぶつかっただけの相手なんてすぐに忘れて当然なのに、あそこまで覚えていたとは…って感じかな。」
「『殺人事件のあった夜』という言葉を、あさみはさほど意識せずに使ったんでしょうけれども、和賀にしてみれば喉元につきつけられた短剣のようなものですからね。ショックを受けながらも和賀は、三木の死体を車輪の前に横たえたのと全く冷静さ、あるいは冷酷さで、あさみの口をどう封じるか考え始める訳です。」
「和賀の横顔の背景になった、ウィンドウ越しの夕日の綺麗さが皮肉…というか悲劇的だよね。夕焼けなんて今の和賀には目にも入らない。美しいなんて思う余裕もない。ハンドルを操りつつ和賀は、自分の中の悪魔とだけ会話してるんだろうね。」
【 劇団 『響』 】
「電話で呼びつけたあさみに、主役を下ろすばかりか女優をやめろと告げる麻生。このシーンはいまだによく判らんなー。麻生の言ってることってメチャクチャだよねぇ。なんぼ芸術家はエキセントリックだっつっても、主義主張に説得性がないつーか、どうも納得いかない。しかもあさみが部屋を出ていったあと、変に意味深な麻生のアップがあったりして、…やっぱこのドラマってさ、『響』関係のエピソードが1つ2つ飛んでるのかも知れないよね。」
「うーん…。どうしてもそう考えたくなっちゃいますよね…。鯛茶漬けだと思って期待していたらまずお茶をかけたご飯だけ食べさせられて、いつ鯛が出るかいつ鯛が出るかと思っているうちに終わっちゃった、みたいな。」
「あー、そんな感じだね確かに。幻の鯛茶漬け・麻生だ。んでアタシが思ったのはね、『響』がらみのエピソードでこんなのはどうかなって。和賀は殺すつもりで近づいたあさみにどんどん惹かれていって、女優をやめるかやめるまいか悩んでいる彼女の気持ちを知り、やがて麻生に劇伴の作曲と音楽監督を依頼された時、引き受ける条件として彼女を主役に戻せと言う。麻生は和賀の実力&ネームバリューとあさみを使う冒険を秤(はかり)にかけた結果、和賀の条件を飲むことにしてそれをあさみに告げる。喜ぶかと思ったあさみは激怒して和賀に食ってかかり、実力で勝ち取れないなら主役なんて演らないと自分から衣装スタッフの職に就いてしまう。そんなあさみの怒りによってクリエイターの誇りを思い出した和賀は、中断していた『宿命』の作曲に全力を注ぐことにする。かくして主役にも音楽監督にも降板されて公演予定が滅茶苦茶になった麻生は、その暴君ぶりを前々からスタッフに嫌われていたこともあって失脚。『響』を追われることになる。全てを失った麻生はあさみに対し、和賀の才能は狂気と破滅の紙一重だから注意しろと、予言めいた言葉を残して姿を消す…とまぁこんなストーリーはいかがですかねぇ。つぅか5・6・7回あたりの膨らませるべき中盤には、こんなふうなエピソードも用意されてたんじゃないかと思うよ。あくまでも個人的な想像だけど。」
「なるほどね。可能性としてはありえますね。正直言ってこのドラマはそのぅ…けっこう中だるみしましたよね。」
「したしたした。言いたくないけどかなりしてた(笑) 中居さんが出てなかったら私、ぜってーリタイヤしたと思う。やっぱさっきも言ったけどさ、この第2回のコンセプトでずっと行ってほしかったなぁ〜!」
「この回がよっぽどお気に入りなんですね(笑)」
「そうよ好きよぉ。このシーンでさ、龍居さん上手いなと思ったのは麻生のセリフね。主役を下ろす理由をあさみに聞かれて答えたのが『若さです』って、これは30オンナのあさみにはキツいよー! 年齢を理由にされるのってさ、とんでもない不条理ではあるんだけどもその一方で、すごく物理的で明確なラインでしょ。いってみりゃテストの成績とか視聴率みたいなもん。内申書とか視聴質とかっていうのは確かに重要なんだけど、あくまでも判断する側の主観的なものだから、とらえ方によってどうしても曖昧な部分があるんだ。どっこい数字というヤツには絶対的・客観的な明確さがあるからね。それによってなされる判断には、他のどんな理屈とも相容れないところがあるんだよ。」
「なるほど。智子さんが言うと説得力ありますねぇ(笑) いや褒めてるんですよこれ。本気で褒めてるんです。」
「ふーん。なんかそうは思えないけどねー。まぁいいや。しかし見方を変えれば日本っちゅうのは、伝統的に若さを尊ぶ国だよね。なんでなんだろうと考えてみたら、もしかしてその根底には四季おりおりの『旬』を楽しもうという意識があるのかも知んないね。散りぎわの見事さだの引き際の鮮やかさだの、そういうのにこだわる国民性なんだよなぁ。んで新鮮さ・瑞々しさを尊ぶあまり、どうしても若者や子供に甘くなる。いわんやこの麻生をや。『全てを若返らせる。スタッフも、看板となる役者も。』とか言ってるけどよ、だったらいっそのこと主宰を若返らせちまうのが一番早いんでないかい? …って、ズバッと言ってやりゃいいんだよあさみもぉ。」
「いやここでそんなことを言えるのは智子さんだけだと思いますよ(笑) しかし麻生のあさみへの呼称は、このシーン内で3通り変わるんですよね。初めは『あなたを主役にするのはやめました』で、そのあと『君の役じゃなくなった』で、次は『お前の納得なんか必要ない!』 ですよ。あなた・君・お前と、各種とりそろえて使っています。」
「この呼称はそのまんま、麻生とあさみの心理的な位置関係とイコールなんだと思うよ。『あなた』は事務的だけどマナーにかなった言い方、『君』は一般的、『お前』は完全に見下してる。そういう心理的裏付けがあって使ってる言葉だと思う。こんな短い時間の間にクルクル変わるのも乱暴だと思うけど。」
「つまり麻生はそれだけ感情の起伏の激しい人間なんだと、それを言いたいんですかねこのシーンは。」
「そういうことになるだろうねー。でもって今思い出したんだけど、あさみの部屋にはそういえば、デザイン画を書く道具一式みたいなのが確かにあったね。机に置いてあったペンスタンドにさ、消しゴムのカスを払う羽根がささってたよ。それにトルソーをハンガー代わりにしてたし、多分あさみは女優をやりながら舞台衣装にも見識みたいなものがあって、衣装部屋とかにもけっこう出入りしてたんじゃないの。」
「ああそうか、それで宮田とも仲がいいんですねきっと。」
「でも麻生の『君が口を出した』って言い方にも、かなり刺があるよなぁ。本職でもないのに横から出しゃばってきやがって、ってニュアンスあるよねぇ。」
「ありますね。それにしても麻生はこの時あさみに何を求めたんでしょう。一度は主役にしようとしたからには、彼女がダイコン女優でないのは麻生が一番よく判っているはずですよね。だいいち主役から外すだけなら、麻生自身も言っている通り、脚本を直しているうちイメージが変わったためということで判らなくもないですけれども、いきなり衣装スタッフに人事異動というのは、まるでイジメとしか思えませんよね。」
「ほんとだよね。まさか昔のバレーボール漫画みたいに、一度わざと谷底に突き落として、這い上がってきたヤツだけが本物だなんてこたぁないよねぇ。そんな時代錯誤がまかり通るんならさ、真っ先に主宰が若手と交代した方がいいよ。つまりあれだね、麻生は舞台人としては一流でも、劇団経営の手腕となるとゼロどころかマイナスだね。」
「いい選手がいい監督になれるとは限りませんからね。この傲慢さがやがて、麻生の墓穴を掘るんでしょう。」
【 『響』 の前のソアラ 〜 亀田 】
「劇団の場所を偵察に来る和賀と、亀田で情報収集中の刑事2人。例によって両者は対比して描かれるんだね。今西の捜査シーンはほぼ必ず、和賀とオーバーラップしてる。ハンドルの上部に掛けられた和賀の革手袋の指が綺麗だわぁ♪」
「ここで和賀が『響』の場所をわざわざ確認しに来たのは、あさみの日常的な行動範囲を押さえておくためなんでしょうね。」
「そうだね。和賀はこれから何とかして、あさみの口を封じなきゃならないんだから。」
「一方亀田の猫沢界隈の風景は、これまた雪が少ないですね。案内役の巡査もそう言っていますけれども…。」
「少ないね。ところどころ白くなってるだけで、田んぼの土が普通に見えてるもんね。これなら鴻巣・吹上・行田あたりの風景と大して変わんないよ。でも確かここ10年くらいは太陽黒点の極大期に当たるんでしょ? その影響で地球は全体的にあったまってるのかも知んないよ。よく判らんけど。」
「ということはいずれまた寒い10年間も巡ってくるということですね。」
「だろうね。みゆき姉さんの『時代』にある通り、『回る回るよ時代は回る』だ。」
【 和賀の部屋 】
「偵察から帰ってきた和賀を、嬉しそうに迎える綾香。和賀も一瞬びっくりしてたけど、婚約者だから鍵を持ってるのは当たり前か。それにこのマンションって田所パパが買ってくれたんだよね? だったらなおさら綾香には当然の権利だな。うん。」
「あ、権利なんですか(笑) へぇ。」
「鍵を持つっていうのは一種そんなもんだろ。プライバシー侵入権、みたいな。」
「なるほどね。部屋というよりプライバシーへの鍵なんですね。」
「しかし綾香と話してる時の和賀は、徹底して優しそうな表情を崩さないよね。顔色が悪いと言われた時の、『そうか?』って聞き返し方も、嫉妬するほど優しいもんなー。」
「でもそうやって常に優しいということは、つまり本当の自分を見せていないということですよね。不機嫌な顔や苛々した顔は、仮面の下に隠して決して見せない。お嬢様育ちの綾香は、それを和賀の優しさだと思っているかも知れませんけれども。」
「いーや女って生き物は育ちにかかわらずそのへんは鋭いよ。15〜6のコムスメならともかく、綾香は薄々感じてるんじゃないかなぁ。この人は私に本当の顔は見せてくれないんだって。でも結婚すれば変わるだろうと思ってるんだろうな。ときに私の大きな疑問はさ、果たして綾香は和賀の寝顔を見たことがあるのか?つぅこと。端的にゆってこの2人は、この時点でどこまでの関係なんだろうね。まぁ普通一般的に考えれば、婚約者なんだから別になんも遠慮するこたぁない。ああでもこうでも好き放題にしろー!って感じなんだけど。」
「それはかなり育ちの悪い発想ですよ(笑) やはり綾香の場合だったら、結婚するまでは…というのがふさわしい気がしますね。」
「ふーん。やっぱそうかねぇ。田所パパに対してもその方が有効?」
「と言いますか、綾香のことが本当に好きで好きでたまらないなら、男はやっぱり『結婚するまでは手は出さない』なんていうお行儀のいい気持ちにはなれないと思いますよ。いや仮に頭では思っていたとしても、これがまた…ねぇ。なかなか(笑)」
「あーねー(笑) やっぱそうよねー。場の雰囲気というかノリというか勢いというか、磁石がくっつくみたいにそういうコトになっちゃうんだよねー。さすが八重垣、経験に裏打ちされた確かな意見だ。」
「褒められてるんだかけなされてるんだか(笑) まぁそんな話はどうでもいいでしょう。和賀と綾香の会話についていかがですか?」
「えっとね、ここもまた文語体っぽい台詞になってるね。しかも画の方もだよ、煙草をくゆらせながら背中で語る和賀という、いいわぁ星人皆殺しのショット。宿命のなんたるかを語る言葉の中にある、『持って生まれた外見の美しさ』って一言には、『そうよそれが中居さんの宿命なのよぉ〜!』 と深く賛同しちゃったね。」
「そんな賛同をするところなんですかここは。『運命よりも残酷なものだ』って重い締めくくりがされているのに、『外見の美しさ』の方に反応するんですか?」
「だってあまりに通念的すぎて嘘っぺーんだもん、和賀の宿命論は。もちろんこれは綾香に『宿命』の意味を聞かれて説明するセリフだから、彼女に判りやすくするために多少は一般論に流れるのは仕方ないとしてもさぁ、『生まれた国、肌の色』まで視野を広げたとたん、自分の苦悩なんて大したことないと気づきそうなもんだがな和賀も。生まれた国を云々するなら、この戦時下に生まれたイラクの子供たちを見てごらん。貧困のために千円で売春させられる発展途上国の子供たちを見てごらん! 和賀ちゃんの考え方は、やっぱ少々甘いんだよ! ―――ってそっちに話を持ってっちゃうと、このドラマに対する総括論になって座談会が終わっちゃうから(笑) そのテーマは最終回まで引き出しにしまっておくとして、ここでは和賀が経てきた道の険しさに思いをはせるとしますかね。」
「ええ、是非そうして下さい。言ってたじゃないですか智子さん、第1回での和賀に対する三木の叱責は、殺人犯の子供であることで彼が負わされた社会的ハンデを無視した一方的なものだって。つまりそれだけ大きい訳でしょう? 和賀が否応なしに背負ってきたものは。」
「そうなんだけどさ。まぁこのドラマにおける『宿命』論についてはあとあとじっくり語るとして、ここで和賀が言う、『命が宿った時には既に決まっていて、自分ではどうすることもできない、自分の存在・自分の価値。』っていう言葉には、和賀…というか秀夫の、自分には何ら責任のないことなのに一方的に苛められ迫害された悪夢の記憶が塗りこめられてるよね。確かにそれはよく判る。子供の頃の心の傷はそう簡単には治らない。人生の底に深く影を落として、その人の生き方や考え方まで方向づけちゃうんだ。『俺のせいじゃない。俺が何をした?』って叫びを、和賀はいつも胸の底に噛みしめて生きてきたのかも知れないよね。だから和賀に宿命を語らせるならあくまでも哲学的に、ピンポイントで深く垂直に掘り下げていかなきゃいけないのに、国だの人種だのって社会学的な方向に論旨を水平展開してどうするよ脚本(笑) 例え方が適切でない分、説得力に欠けるよね。」
「はいはい文句はそれくらいで。話をストーリーに戻しましょう。ね、ちょっとお茶入れて、たかみー。」
「ああそういやコイツもいたっけね(笑) 18歳ネタを拾ってやんなかったんでイジケてたんか。悪い悪い。」
「娘18、高見澤も18♪」
「そこですかさずリトライすんなっちゅーん。37進法で年齢計算しよってからに。」
「え? …ということは…。」
「はいはい計算しないしない八重垣。ここは深く突っ込まないところ! えーっとそれでどこまで行ったっけかね。和賀の宿命論が甘いってとこか。んであとはねぇ、綾香の、『それを曲に?』って聞き方がやっぱ文語調で雰囲気あるなっていうのと、『ああ』と返事して離れていく背中を見ながら、綾香は多分和賀の過去に思いをはせてたのかなってことだね。両親がいなくて施設で育ったって話はもちろん綾香も聞かされてる訳だけど、ここでの綾香の眼差しには、『この人はどんな気持ちで生きてきたんだろう』って思いが籠ってる気がするね。」
「子供時代の不幸というものに関しては、綾香には想像することしかできないでしょうからね。有力政治家の一人娘という立場は、ある程度の歳になるとそれはそれで不幸を感じると思うんですよ。周囲に嫉妬されたり敬遠されたり利用されたりで、親友といえる友達が案外できにくいんですよね。でももっと小さい頃の、家族の中でだけ生きていた頃の綾香は、それこそ蝶よ花よのお嬢様扱いだったはずです。欲しいものが手に入らなかったことはないどころか、ことさらに欲しいものはなかったんじゃないですか? 物質的に満たされすぎていて。」
「そうだろうねー。どっこい和賀は今時珍しい『飢え』を知ってる子供時代だもんなー。飢えたことのある子供って、この現代社会に滅多にいないと思うよ。現に和賀より10年早く生まれてる私だって、さすがに飢えたことはない。もっと早い高見澤も… ないね。ないよね。愛に飢えてるとか言いなさんなよ。」
「飢えてない♪ 今もすごく愛されてる♪」
「…ちょっと八重垣、こいつどっかそのへん捨ててきてくんない。」
「捨てても戻ってくると思いますよ。それに市役所の清掃車に迷惑です。…さて、だいぶこのシーンに時間をくいました。そろそろ次に行きたいんですけれども。」
「待って待ってあと1コだけ。和賀は綾香に一通りのことを答えると、煙草と灰皿持って部屋を横切っていくじゃん。これがまた今更な感想だけど、だだっ広い部屋だよねー! 室内でどんだけ歩くのか、万歩計つけて計ってみてほしいよね。こんな部屋でぎっくり腰になったらさ、ベッドからトイレ行くだけで一苦労だよね。」
「またそうやって現実的なことを…(笑)」
「んでカメラは、歩いてくる和賀を正面で待ち構える感じに捉えてるけど、このさぁ、煙草を指の付け根深くに挟む持ち方がすごく好き。口元全体を覆うみたいになる手がSexyでね♪ このドラマの撮影における最重要ポイントが、中居さんの手であることはもう疑いようがないね。それと衿元と。正面にいるカメラに1歩ずつ近づいてくるこのアップ、もう絶品なんだよね。すっと上がった眉といい目といい、もぉ造形的に完っ璧。まさに宿命的美貌。どうすることもできない存在価値。ザ・ナカイマサヒロは日本国の至宝だ! ばんざーい!」
「はい、よく判りませんがまとまったといえばまとまったので、次に行きましょう。」
−−−−−−−−− 5/21 UP分 −−−−−−−−−
【 亀田 〜 和賀の部屋 】
「『黒い男』の目撃者の話を聞けば聞くほど、空振り感を強める今西。若い吉村は何とか確証を得ようと動きまわっていますけれども、うどん干しと田圃の写真を撮って次は川へ行った男の行動が、今西にはどうにも臭ってこないんでしょうね。」
「こういう第六感ともいうべき直観力が、ベテランならではの能力なんだろうね。経験なくしては出来ないこと。もっともこれが麻生なら、『そんなもの意味がない!』とか言いそうだけど(笑)」
「ところでこの川で布をさらしているおばさん3人は、役者さんなんですかね。それとも協力してくれた土地の人なんでしょうか。方言はリアルなんですけれどもそのぅ…台詞回しが子役っぽいといいますか、すごく素人っぽいですよね。」
「うん。もしかしたら土地の人かも知れないね。これが役者さんだったら逆にすごいよ。ここまでジモッピーになりきれるのかと。」
「ジモッピーね。まぁ確かにそうですね。」
「んでここで印象的なのは、今西と和賀のオーバーラップの仕方。どうしてもノれない今西の横顔が画面右側にあって、それとスーッと重なる和賀の横顔は画面左側。フェイドインとアウトを重ねながら、2人の男は右と左で向き合ってるんだよ。これまさに『対決』の図式だよね。」
「こういうのはディレクターの腕なんでしょうね。演技というより編集の妙です。」
「で和賀が何をしているかというと、クリーニングに出しておいた借り物のコートをクロゼットから取り出し、計画の第2段階に進む決意を固めるかのように、キッと虚空を睨む。計画というのはあさみの口封じ計画。初めて主役をやることを聞き出し劇団の場所も確かめた和賀は、いよいよ本人に接触するための方法を探り始める訳だ。行動的だねぇ。」
「でもこういう犯罪的な…いや『的』はいりませんね。犯罪行為というのは、勢いに乗って自分を鼓舞しないとできないことかも知れませんね。」
「悪魔に後押しされる、みたいなね。しかしこのシーンの切れ方は変だったよ。和賀がコートを持って階段を降りてドアの方へ近づいていったところで、CM。あらっ?てちょっとカックンとなった。」
【 玲子のマンション 】
「和賀に頼まれた荷物を玲子が燃やしそこねるばかりか、中身を関川にまで知られてしまうシーン。関川が自分勝手な保身欲の塊であることを強調するとともに、この先和賀が関川に、あるいは玲子にすら追いつめられていくかもしれない予感を抱かせる伏線のシーンだね。まぁあんまり有効とはいえない伏線だったけど(笑)」
「ええ。ここも若干伏線倒れですね。玲子ももったいないキャラでした。ピンク色に変色した元セーターを、関川は『血か?』と言い当てますけれども、お客さんがワインをこぼしたんだと咄嗟に誤魔化してやる玲子は、和賀への好意をまだ持っている証拠ですよね。」
「玲子ってさ、いわゆる深情けの女っていうのかな。男に対して本能的に優しい、自己犠牲に走るタイプの女なんだろうなー。自分の満足は二の次で、相手が喜んでくれた方がいい。そういう女ってだいたい利用されちゃうから、世間で言うところの『幸せ』ってものにはあんまり縁がないんだよね。ちと手綱が緩すぎて、男をいい気にさせちゃうんだろうなー。」
「まぁ僕が言うのも何ですけれども、男って生き物は狡いですからね。こいつは言いなりになる女だと思うと、それこそ釣ったサカナにエサはやりません。そうなる傾向は否定できないと思います。」
「つーかそれって女も同じよ。この男は御せるなと思ったら、その時からナメてかかるからね。そのへんはお互い様なんだろな。うん。しかしそんな深情けの玲子も、五線譜に何も書かれていないことで当然不審を覚えるよね。没になった楽譜は消してしまいたいのが和賀の常だったから、玲子は燃やすのを引き受けた訳でしょ。なのに何も書いていないとなれば、和賀が消したかったのはこのピンク色の布きれの方だ、ってすぐ判るよね。」
「いくらバラバラに切り刻んだところで、手に取ってみればその布がニットであることは判るでしょうし、元々は白かっただろうことも想像できるでしょう。となると関川もさんざんコメントしていた、『白いタートルネックの男』に繋がる可能性はかなり高いことになります。」
「しかも関川はサスガというか何というか、五線譜の束によって即座に、この荷物を玲子に預けたのが和賀かも知れないとピンとくる。このあたりの展開は脚本も上手いよねぇ。いよっサスペンスドラマ!って感じがしてさ。」
「『もしかして和賀か?』と聞かれた玲子が思わず目を伏せるところで、カットになるのもいいですね。このあと関川は玲子を問い詰めたのか、玲子はどうやって躱したのか。その結果玲子の心の中にも、和賀への疑いが芽生えたのではないか…。色々想像できますからねぇ。」
「やっぱこっちのセンで行ってほしかったなー! 多少は俗っぽくなったかも知んないけど、スリリングで面白い展開だったと思うよぉ!」
【 桂浜 】
「このシーンは何といっても、この空の美しさが特筆ものですね。薔薇色というか朱鷺色というか。」
「うん。これまた自然界の撮影協力だよね。しかし私もあとになって気づいたんだけど、この色は前のシーンの血に染まったセーターと同じなんさねぇ。う〜ん象徴的だなぁ。」
「あちこち歩きまわって目撃談を聞き集めた結果、『黒い男』はどうやらワザと目立とうとしていたことが、さすがに吉村にも判ったんですね。」
「さらに今西にとってショックだったのは、この時点で自分たちは完全に犯人に負けていることだね。『黒い男』が目撃されたのは事件の2日後でしょ? そんな短い間に犯人は捜査の先回りをして、警察が秋田の亀田に目をつけるだろうことを予め読み、手早く撹乱のためのワナをしかけてあった。そのワナに今西はものの見事にハマッた訳で、まさに犯人の思う壺にドップリいっちゃった訳だからね。」
「海を睨みすえる今西の耳には、波音が犯人の哄笑に聞こえたかも知れませんね。天ぷらだけにホシが上がるとか何とか勢い込んでいた自分が、ピエロに思えたことでしょう。」
「ここで今西が掴んだ黒く湿った砂は、第1回のオープニングと対比させての演出なんだろうね。今西がググッと砂を掴むのを見ると、ほぼ同じアングルで和賀が掬い上げていた砂を思い出す。砂を握りしめる今西と、サラサラと零れさせていた和賀の対比。この演出は素晴らしいと思うなぁ。例によってセリフは一言もないのに、対照的な2人の男はこの先ずっと、憎み、怯え、駆け引きを繰り返しながら対決していくんだなというのがよく判る。」
「謙さんの存在感もさることながら、映像による心理描写にこだわりきった演出は、やはりこのドラマの大きな特長ですね。」
「そうだね。この点においてはもう素直に、スタッフの自信と心意気に拍手したい。」
【 ロビー 】
「ここの場面転換も上手かったねー! 海の風景から写真の海へ、海つながりで入ってくるとは意外だったよ。和賀の手の影で海の色が変わったんで、ああ写真かって気づいたくらいだからね。またその写真を見ている和賀の、『ふぅーん…』ていう相槌がいいんだ。何ともはや気のない相槌で、この写真自体には何の意味もないんだってことがよく判るよね。」
「文化財でも名所旧跡でも有名観光地でもない、つまらない風景写真ですからね。」
「なんかさぁ、全国中居巡りの写真みたいだよね。関心のない人には何でこんなところが写っているんだろうという、バス停だの高圧電線の鉄塔だの立て看板だの。中居巡りの写真を現像に出す時って、我ながらちょっと気がひけるもん。」
「だったらデジカメで撮ればいいじゃないですか。智子さんてコンピュータ屋のくせにとことん『新しもの嫌い』ですよねぇ。」
「いやデジカメってやつも1歩間違うと画像全部パーだからね。コンピュータ屋なだけにフラッシュメモリーなんて不安定な媒体は信用できない。大事なもんはやっぱフィルムに焼かなぁ。」
「いえ最近のメモリは決して不安定じゃありませんよ。今度能登へ行く時に使ってみて下さい。」
「やだ。能登行きも今年は無理になったんだい。それよりこのシーンの和賀はさ、車中の密会の時と同じチョークストライプのスーツ着てるけど、ほんっとこれ中居さんに似合うよねぇ…。すごいシックでアダルトでいいよなぁ。『うん?』て聞き返す声も相変わらずいいわぁー。全面ガラスの向こうの緑の庭園をバックに、ヨーロッパにでもいるようなこの雰囲気が素敵だったらありゃしない。カップもいいの使ってるよね。ロイヤルドルトンかコペンハーゲン、それともリチャード・ジノリかしらん?」
「さあ。エンドロールをよく見れば『協力』のところに出ているかも知れませんよ。そこまでチェックしたがる素人もあまりいないとは思いますけれども。」
「んでこのシーンで視聴者には、亀田で写真を撮っていたのが『響』の衣装スタッフの宮田であることが知らされるんだな。会話の途中でカメラが左下からずーっと回り込んで、宮田を映すのがタネ明かしっぽくてよかった。」
「この宮田くんはなかなかいい味出してますよね。人なつっこい弟みたいです。」
「なんかADの伊藤ちゃんみたいだね。宮田にとって和賀は憧れの存在なんだろな。」
「ところで僕がこのシーンで引っ掛かったのは、やっぱりコートの袖に残っている血のあとですね。このコートはクリーニングに出したんでしょう? なのにあんな大きなシミがくっきり残っているって、あまりにも不自然じゃないですか。」
「うん。なんぼなんでもこれは不自然だね。ドラマの虚構じゃ済まされないレベルなんじゃないか?と私も思ったよ。裏地のシミならともかく、袖口だよ? 一番汚れの目立つとこじゃんかぁ。それを平気で残すなんて、こんないい加減なクリーニング屋ってあり? チュミリエンヌが激怒しそうだよ。」
「普通は二度洗いして落ちなかったら、お詫びのメモみたいなのがピンで留められて返ってきますよね。だいいち血痕かどうか、プロのクリーニング屋さんならすぐ気づくでしょう。まぁ単にそれだけで、蒲田事件に結びつくことはないでしょうけれども。」
「でもまぁこの血痕については、強引に理屈で逃げようと思えば逃げられるけどね。例えば和賀はこのコートを、わざわざ変な店に頼んだのかも知れない。いつも出す店だと当然顔を覚えられてるじゃん。多分高級品ばっか出してるんだろうし。だから路地裏で細々とやってるような、しかもけっこう遠いところの店をあえて選んだのかも知んない。したっけその店が見た通りのやる気のなさで、いい加減にパーッと洗って返してきたのかもよ。」
「なるほど。牽強付会に近いですが、説明はつかないこともないですね。それにしても和賀はいつも自分で洗濯物を出しているんでしょうか? マネージャーさんがやってくれるとか、あるような気もしますけれども。」
「いや、それはないないない。だってホラ和賀ちゃんたら、自分でゴミ持って下りてきたしぃ。」
「あ、そうか。身の回りのことは自分でやるんですね和賀は。」
「そうそう。部屋には乾燥機もあったじゃん。スーツはちゃんとクリーニングに出して、下着類は自分でお洗濯。それが和賀ちゃんの日常だと思うよ。綾香はそういうところ出しゃばらないと思う。つーか田所家の家事なんてメイドさんがやってるんちゃう?」
「どうでしょうねぇ。上流のお嬢様というのは意外と家庭的なものだと思いますけれども。料理や洗濯は…うん、上手でしたね。」
「あらアンタお嬢様ともつきあってたの?」
「ノーコメント。帽子までクリーニングしてもらったと喜んでいる宮田は、若手のお笑い芸人さんみたいでフレッシュですね。」
「その宮田だけどさ、ここでの説明調のセリフによれば、エンストした和賀の車を押してやったのが出会いだそうだけど、トヨタさんがスポンサーなのにそんなことゆっていいのか? なんかソアラがエンストするみたいじゃん。」
「いやそれについてはこう解釈できますよ。どこのメーカーか知りませんけれどもエンストする車を下取りに出して、和賀は今のソアラに買い替えたんですよ。」
「ああねー。そういうことだよねー。でもそこまで説明している尺はなかったのかー。そりゃそうだよトヨタさんの車はエンストなんてしないよぉ。する訳ないじゃんスポンサー様なのにっ!」
「行き届いたドラマですね本当にね。」
「んでこのシーンのラストも、セリフだけかぶせて次に繋げる方式になってるね。宮田が『何か聞きたいことあるって…』と和賀に話を振ったところで、画面はやけ酒でベロベロのあさみの映像になる。」
「『いつもの店で』やけ酒だろうと宮田は言っていますから、当然それがどこなのかも和賀は聞き出したんでしょうね。ダイレクトに聞くと不自然ですから、『君たちはいつもどのあたりで飲んでるの?』とか、遠回しに聞いたんだと思います。」
「で、場面は港区芝の、東京タワーに見下ろされた路上へ移るんだね。」
【 芝の路上 】
「ここで最初に和賀が立ってる場所は、あれだよね、JRの浜松町駅から増上寺へ向かうとある、あの木の門のとこだよね。大門だっけ。確かそばに大きな料理屋さんがあったような。」
「そうでしたっけ。浜松町って羽田への乗り換えでしか使ったことないんで、僕。」
「ほらモノレールの反対側のさ、世界貿易センタービルの前を通って…ってそんなのはどうでもいいか。このシーンの和賀のフォルムはこれまた最高なんだから。黒いコートがもぉもぉ滅茶苦茶似合いやがってコイツぅ。さりげなそ〜にすれ違う時の微妙な表情と、首尾よく気づいたあさみの『あれぇぇ〜?』って声を聞いた悪魔的な表情と、意外そうに振り向く好青年っぽい表情と。中居さんが演じ分けているこういうグラディエーションは、もっともっと褒められていいと思うよ。鬼気迫るような場面だけじゃなく、普通のシーンが実に自然でよかったと思うけどなぁ。」
「そうですね。うまく変化を出していたと思いますね。カメラワークもいいですよ。背中、正面、下からのアオリとリズミカルに切り替えています。」
「それにしてもあさみったら飲み過ぎだよ。下手したらこれ、そのへんに寝っころがって凍死しそうやん。」
「でも人間て不思議なもので、どんなに酔っても家までは辿り着くものじゃないですか? どこをどう歩いてきたか全然思い出せなくても、目が覚めたら玄関だったというのはよくありますよ。」
「あるねー(笑) あれも一種の帰巣本能なのかね。渡り鳥みたいなもんだなー。」
【 あさみのアパート 】
「実はアタシこのシーンがねぇ、第2回の中でも一番好きなんだわ。突っ込みどころももちろんあるけど、今にして思うと全11回の中で、気分的に一番盛り上がったのってここだったかも知れない。うんうん。」
「そうですか。じゃあ順を追って見ていきましょう。まず線路沿いの古いアパートの前にタクシーが停まって、2人が降りるシーンです。」
「ここのさ、画面に入ってくるタクシーの、ガクガク揺れながら停車する感じが何か好き。リアルというか、高層マンションの地下駐車場に滑るように入っていく和賀のソアラとはえらい違いだよね。そのタクシーから和賀は、すっかり出来上がっちゃってるあさみに手を焼きながら降りるんだけど、自分の部屋を指さして教えるあさみがさ、ヨロヨロしつつ和賀の肩に手を置くのは、これは男を知ってる女のやることだなーって納得しちゃった。綾香とはえらい違いだ。うん。」
「まぁ『送り狼』って言葉もありますけれども、こういう時の女性は無意識なのか何なのか、けっこう思わせぶりなボディータッチをしてきますからね。あれをされたら男はそそられます。これは無理のないことですよ。男ばかり責めるのは酷というものです。ちょっとこの場のシチュエーションとはズレた話になりましたけれども。」
「へっへーん。アタシは昔バリバリの送られ狼だったからねー。もしこんな展開で和賀みたいないい男が送ってくれたとしたら、部屋に上がったとたんにね、へっへっタダで帰れると思うなよぉぉ!みたいな。」
「やだわぁそういうの。なんかガツガツした感じで。」
「急に突っ込むなよ高見澤(笑) あんただってそんなこと言ってるけどさ、もし和賀ちゃんに部屋まで送ってもらったら、まさかそのまま帰すとでも?」
「食う。」
「だべー? だべー? だべー? 兵庫で総長もそうだそうだっつってんべー!」
「………えー…それでですね、部屋に上がったあさみは皆さんとは違って、ベッドに座りこみながらも一応警戒心を見せますね。大丈夫、と言って手をこう、それ以上近づくなの形にしています。」
「まぁね、そりゃ最初っから引きずり倒す訳にはいかないからねぇ。とりあえず間はおかないと。」
「いや、いきなりで構わないと思う。」
「そうか? 部屋に入ったとたんにGo?」
「………えー…それで和賀はあさみに水を飲むかと聞いて、彼女のバッグを置きながら部屋の中を見回し、キッチンの方に近づいていく訳ですけれども…」
「ここんとこのさ、腰を屈めた姿勢から上目づかいで、室内を見回す和賀の表情がいいよね。この女をここで殺(や)るか。だとしたらどうやって…ってこんな綺麗な顔で冷酷に考えてるかと思うと、ゾクゾクするよねー。」
「ゾクゾクっ♪」
「でもさ、『幸せな人は他人にも優しくできるんだ』ってセリフと、このあとに出てくる『だからあなたに似てると思ったんだ』ってセリフはちょっと矛盾する気もするんだけどね。まぁそれはあとにするとして、夜獣みたいな表情で凶器を探す和賀が、まず目をつけたのはガスの栓。次にカメラは和賀目線になって、洗い籠の中にコップと、包丁もあるのを映すじゃない。でも和賀はその包丁を見ても、これを使ったら他殺と判るからまずいなって判断してパスしたんだよね。カメラの動きによって視聴者の視線と意識も、和賀とシンクロして伝わってくるんだよ。きっちり計算されたカメラワークだよね。」
「ああ、そういえば包丁のカットは和賀目線でしたね確かに。で、続いてコップに水を汲む和賀の横顔になって、『女優はクビになるし母親は死ぬし…』というあさみのつぶやきに、和賀は思わずハッとするんですね。」
「この時の和賀の表情もさ、『母親は死ぬし…』で一瞬ピクッとした時と、そのすぐあと肩越しに軽く振りむいた時とで、まるっきり別人なんだよね。ピクッと反応したのは自分の記憶と重なったからだし、振り向いた時は母親の死が自殺の理由になると考えたから。『ガスで殺るか』と決めた瞬間でもあったかも知れないね。」
「こうして見るとかなり難しいですね和賀という役は。殺意と全く並行して、自分と同じ悲しみをあさみの中に見つけていく。言ってみれば二重奏なんですね。まるで弦とピアノのように。」
「お、いいこと言うね八重垣。そうなんだよね、和賀にとってのあさみというのは、救いや癒しを求める相手ではなくて、自分に近い悲しみを知っている人間…つまりもうひとりの自分みたいな位置づけなんだよね。あさみの対極に綾香を配したことで、そのへんはちゃんと強調されてると思う。だから基本設定はすごくいいんだよこのドラマ。」
「そうですね。綾香というのは和賀にとって別世界の住人と言ってもいいですからね。」
「しかし他のドラマでも思ったことだけどさぁ。しばらく出さなかった水道って、蛇口ひねっていきなりの水は鉄サビ臭くない? 10秒くらい出しっぱなしにしないとさ、飲めたもんじゃないと思うけどなぁ。和賀ちゃんもいきなりコップに汲まんと、少し流してからにせなぁ。」
「いやそれはですね、おそらく智子さんちの水道が古いだけです。大家さんに言って直してもらうか、浄水器を付けた方がいいんじゃありません?」
「やっぱさぁ、飲んで美味しいのは地下水か湧き水だよねー。しかも和賀ちゃん、手袋した手ならバレないと思ってコップとか平気で触ってるけど、手袋してると単に指紋が残らないだけで、指の痕はしっかり残るんだぞぉ? 仮にあさみを自殺に見せかけて殺したとしても、鑑識さんがじっくり捜査すれば、手袋をした誰かがガス栓に触ったってことは判っちゃうんだ。そうなったら『白いタートルネックの男』の次は『革手袋をした人物』が捜査線上にのっちゃうよねぇ。それってやっぱヤバくねー?」
「あのですね、話が若干重箱の隅になってきていますよ。水道だの手袋だののアラ探しより、ここではあさみが語る過去の話の方が重要です。」
「おおそりゃそうだ。えーっとあさみが和賀に語って聞かせたのは、自分は母親の再婚相手に虐待されて施設に放り込まれたんだってこと。『鬼になんなきゃ生きてこられなかった…』とつぶやくあさみを、無言で見ている和賀の表情がいいよね。暗い沈黙とでもいうかなぁ。天井から下がったライトが和賀の斜め後ろにあるから、その影が彼の顔に残忍な雰囲気を出してるんだ。んでこっから先がさっき言った、あさみのセリフの矛盾なんだけど、『蒲田でぶつかった人。あの人も、悲しい鬼の顔してた…』はいいとして、『だからあなたに似てると思ったんだ』って一言はずいぶん唐突だよね。ついさっきは和賀を『幸せな人』って言ってたのに、いつ『悲しい鬼』になっちまったんだろう。それがちょっとね、腑に落ちない部分。」
「でもここでのあさみは立派な酔っぱらいですからね。色々と脈絡のないことを言うと思いますよ。」
「ああそっかぁ。そうだったね、酔っぱらいの言うことをマトモに聞いちゃいかんよね。しかしこの酔っぱらいは和賀の心臓を凍らせるようなことを平気で言ってるよ。ニーッと笑いながら、『もしかして、あなたが犯人だったりして…』とか。すると和賀は見ため表情を変えずに、『もし…僕だったら?』 と返して次の瞬間、あさみにとどめを刺される。『だったらついでにあたしも殺してくれない? ピアニストの、和賀英良さん…』 これはもう和賀にとっての臨界点だよね。ぴくっ…と微かにひきつった眉の動きだけで、和賀の受けた衝撃がはっきり判るよ。この女は生かしておくには危険すぎる。和賀の中で最後の理性がついに崩れだしたのを、映像で表現しているのがあの砂の器だね。」
「そういえば3つありましたよねあの器は。1つめは三木を殺した時に吹き飛び、もう1つめがいま崩れ始めて…」
「ちなみに原作の和賀ってさ、3人殺してるんだよね。三木と玲子と…あとは宮田か。まぁ映画ならともかくお茶の間に届くTV番組で、主人公が3人も殺害するんじゃ凶悪すぎるからね。このドラマでそこまでやる予定は最初からなかったろうな。」
「それはそうでしょう。あまりにも残酷な設定にすると、視聴者はアレルギーを起こしますよ。何せ今は現実が現実ですから。制作側にとってはやりにくい時代だと思いますよ。」
「そうだね。リアルになりすぎれば不快感を催し、大団円だとキレイごとに見える…。そのちょうど中間に巧くハマッてウケたのが、『僕と彼女と彼女の生きる道』なんじゃないかと思うよ。いやまぁ他局のドラマの話はこっちに置いといてだ。酔っぱらいのあさみは言いたいことを言うと泣きながら眠りこんでしまい、和賀は彼女の肩を揺すって眠りの深さを確かめたのち、革手袋の音が象徴する殺意と、あさみの過去に共鳴する気持ちのはざまに生じたためらいを噛み殺して、台所のガス栓をいっぱいにひねる―――んだけどもここのねぇ、あさみの肩を揺らす和賀の横顔のアップ。これがまた絶品中の絶品なんだなぁ。この頬の削いだような線なんて、彫刻みたいに綺麗よねぇ…。画面の中居さんに魂を吸い取られてしまう、これがいいわぁ星人の宿命なのよ…。」
「うっとり…。」
「でもどうせなら肩を揺さぶったあとは、コートとか脱いでほしいなっていうのはあるんだけどっ♪ ここまできて遠慮すんじゃねぇみたいなっ♪」
「う、うっとりうっとり…。じゅるるるるぅ…。」
「まぁ…話の視点が急に変わるのはいつものことなんですけれども、食虫植物が2体あるみたいで、僕的に今回の座談会はかなり不気味ですね。はい。それにしても酒の眠りというのはいったん引きずりこまれたが最後、ほとんど仮死状態に近い熟睡が3〜4時間は続くと思うんですけれども、あさみがすぐに飛び起きるのは、これは多少不自然ですね。」
「いやいやだからさぁ、あさみは酔っぱらったふりをしていただけの、送られ狼だったんじゃないのぉ?」
「ですからここへきてコメディにしないで下さいよ。話が崩れすぎですって。」
「まぁ確かにね。一度は眠りこけたあさみが、こんなすぐ飛び起きるっていうのは不自然極まりないけどもね。一方でガス栓をひねるや否や『駄目!』と言われた和賀の驚愕は、見てる方にもリアルに伝わってきたよ。反射的にコックを戻して、和賀は背中でガス台を隠す。好きだなーこの展開なぁ。メリハリが効いててドラマチックで、まんまといえばまんまなんだけどつい引き込まれちゃうよ。『もし…僕だったら?』のあたりなんて、マジで息を殺したもんね。」
「確かにドラマチックではありましたね。まぁ多少の強引さはあれ、それも仕方ないかなと納得させられます。そういうものなんですよね、創作というのは。」
「そうそうその通りよ。ドラマにしても小説にしても、理屈は通ってるんだけどもつまらない話より、少しくらい強引だって要は面白ければ許されるのよ。もちろん荒唐無稽になっちゃったんじゃ行き過ぎだから、程度問題ではあるけどね。んでこのシーンの終わりもこれまた、セリフを引きずっての映像転換だね。殺しそこねた焦りを隠し、話の接ぎ穂を求めるように実家の場所を聞いた和賀は、伊根という地名を聞いてハッとした顔になる。目を伏せたその横顔にオーバーラップするのは、亀田から東京へ戻る今西の乗った列車なんだね。」
【 列車内 】
「車中、手帳にメモする手を止めて何かをじっと考えている今西。車内がロング映像になった時、ハテこの2人はいったいどこに座ってるんだろうって一瞬探しちゃったけど、真ん中へんでこっち向きに座ってんのが吉村だよね? どうもこのお兄ちゃんは聞き込み疲れで居眠りしてるみたいだけど。」
「若さですねぇ…。20代は何においても精神力より体力が勝りますからね。体が疲れればそちらが優先なんです。どんな心配事があろうとも、眠るとなったら眠れるんですよ。」
「なるほど、それはあるかもね。んでぐっすり寝て体力が戻ると、考え方もガラッと前向きになったりするんだ。」
「そうですそうです。20代の体というのはパワーの出どころが違うんです。」
「ふーん…。あんたもそんなこと言う歳になったかぁ…。」
「そんなしみじみしないで下さい(笑)」
【 和賀の部屋 】
「故郷を語るあさみのセリフは、車中のシーンをまたいでこの場面までかぶってくるね。部屋に戻ってきた和賀は革手袋をソファーに投げ、寝室への階段を昇りながらコートを脱いでマフラーと一緒にベッドに放り、クロゼットをあけてピアニカの下の地図帳を取り出すと。しかしこのクロゼットには色んなもんが入ってるなー。人間、大事なものは仏壇の引き出しか茶筒の中か、あるいはクロゼットに隠す習性なのかね。」
「でも隠すかどうかはともかく、普通の家で大きめの大事なものを仕舞える場所といったら、クロゼットくらいしかないと思いますよ。押し入れというのはそうしょっちゅう取り出す場所ではないですし、かといって本棚に並べておくほどの頻度では見ない。そういうものってだいたい、クロゼットの中に入れませんか。」
「うーん…。言われてみればそうかも知んないねー。ライブのパンフはアタシもそうだわ。あと『しんごのいたずら』に吾郎のモダン東京の『MR』、ピースモードの中居さんが載った『CUT』と、『TUGBOAT』なんかもクロゼットだね。んでも地図帳は机の引き出しだなぁ。古〜いやつ。」
「あれ。智子さんも昔の地図帳持ってます?」
「持ってる持ってる。中学の時の、国土地理院発行の茶色い表紙のやつ。あれって何となく捨てらんないんだよねー。あんたもそうじゃない?」
「僕も捨てられないです。地図帳って、わざわざ改めて買うほどの必要性はないんですけれども、何となく持っていた方がいいような気がする。そういう変な本ですよね。」
「うんうん全くもって同感だね。だからこのシーンで地図帳をひらく和賀が、何だかすごく身近に感じた。もちろん和賀がこれを持っていた意味は、何となく役に立ちそうだから、なんてノンキな理由じゃないのは判るけど。」
「和賀が見ているのは若狭湾で、彼の指は伊根から東へ、再び西へとゆっくり海岸線をなぞりますよね。このコースはまさしく父と自分が辿った放浪の道。和賀の脳裏にはありありと海岸の光景が蘇る訳ですね。」
「父・千代吉と一緒に海を見ている子供時代の秀夫。そこに今の和賀がオーバーラップして時間軸は元に戻るんだけど、あさみの故郷が伊根と知った和賀は、ますます運命のようなものを感じたかも知れないね。アメリカに比べりゃ決して広くない日本の国土とはいえ、よりによって自分の過去と重なる場所があさみの出身地であり、そこが彼女の不幸と悲しみの出発点だったとは…。偶然、の2文字で片づけてしまうにはあまりにも深い交錯だよ。」
「その交錯に引きずられるように、和賀は伊根へと向かうんですね。もし和賀がこの時伊根へ行かなければ、あさみはおそらく自殺してしまったでしょう。そうすれば蒲田のことを証言する人間はいなくなり事件は迷宮入りになって、和賀の人生は安泰だったかも知れませんね。」
「なのに伊根へ行かずにいられなかった和賀は、むしろ人間らしいというか…。そこにこそ彼の人間としての救いがあるのかな。私ねぇ八重垣。『白い影』の続編は見たくないけど、『砂の器』のオリジナル続編なら見てみたいと思うんだ。逮捕されたあとの和賀に、本当の意味での魂の裁きと救いが訪れる瞬間を。和賀が裏切り傷つけてしまったのは、あさみでもなく綾香でもない。音楽家としての彼のピアノを純粋に心から愛してくれた、名も知らぬ大勢のファンなんだよ。そのことに気づく瞬間が、和賀の本当の『裁き』なんだと思う。彼の慟哭と後悔はいかばかりだろう。そしてそんな和賀を赦し、彼の心の平穏を祈り、復帰を待ってくれるのもまたファンたちなんだと思うのよ。」
「いやその話は最終回のあとにしませんか。今語ってしまうとあまりに順不同で、収集がつかなくなる気がするんですけれども。」
「そうだね。最終回のUPがいつになるかは全く判らないんだけど、でもまさか来年にはならないと思うんで、この話はそん時までとっとこう。」
【 伊根 】
「かくしてあさみは神山駅に降り立つ訳ですが、ホームに停まっているもう1台の電車は、これは多分単線なので待ち合わせをしていたんでしょうね。」
「あーねー。単線なんだろうねきっと。上りなのか下りなのか知らないけど、片っぽが通ってからじゃないと線路が使えないという。そんなローカルの極致みたいな路線なのに、車体の先頭に『かにカニ』とかってプレートがついてるのが笑えるね。一応宣伝はしてるんだぁ、みたいな。」
「そんなの付いてましたっけ。本当に細かいところチェックしてますねぇ。」
「ま、何回見るんだってことだよな。5回6回7回とリピートすると、嫌でも重箱のスミまで見えてくるんさぁ。例えばここでのあさみについても、あれだけ飲んで翌日遠出ができるとは、よっぽど酒に強いオンナなんだな〜とか思う。」
「それは重箱のスミというより、ひねくれた見方というものでしょう。僕が感動したのは喪服の女性の美しさです。衿元にパールのネックレスだけという装いが、彼女の愁(うれ)いをいや増しに増して実に魅力的ですよね。」
「うん。確かにあさみは綺麗だと思う。素寒貧とした駅には全然似つかわしくない、女優らしい華やぎをまとって降りたってるよ。」
「まぁ素寒貧といえばその通りですけれども、このあとかなりの尺を取って流れる港の景色は、ノスタルジーに満ちた素晴らしいものだと思いますよ。」
「これって京都府なんだよね。そうは思えないなぁ。何せ京都っつったら関東の人間は大文字山だの二条城だの知恩院だのしか思い浮かべないから、京都にもこんなところがあるとは驚きだね。もっとも群馬つーたら温泉しかないと思ってる関西人もいるだろうけどな。高崎駅前に足湯はあらしまへんで。前橋は硫黄臭くなか!」
「でも知らない場所のイメージなんてそんなものですよ。京都には名だたる文化財ばかりがある訳ではなくて、こんな鄙びた港町もあるということです。」
「でさぁ、その郷愁に満ちた港をバックに佇むあさみも綺麗だけど、不安な面持ちの彼女がフレームアウトすると同時にフォーカスが合う和賀の立ち姿も、さながら1枚の絵だよねこれは。粗末な板塀の前、衿を立てたアイボリーのコートのポケットに両手を入れて、殺すべき相手を凝視している和賀は、このままポスターにして飾りたいくらいだよ。高台から湾を見下ろすお姿も綺麗よねぇ。あさみを殺すために来た場所なのに、遠い日に父と見た景色と寸分たがわぬ光景を前にして、自分でも整理のつかない複雑な想いを持て余している不器用な表情…。微妙きわまりない和賀の心理を、ちゃんと表現してたと思うよ中居さんは。」
「ここにもセリフは一言もありませんね。力のある映像が、言葉より雄弁に想いを語るんですね。」
「で、あさみは記憶のままの道をたどって実家の前まで来るんだけど、そこで冒頭の電話をかけてきた丹後のアンドウさんに呼び止められるんだね。このおばちゃんの態度もよく判んないよねー。まぁ留守伝メッセージは全部流れた訳じゃないんで、葬式に来いとまで言ったのかどうかは定かじゃないけど、外からそっと拝んで帰れっつーのはあまりにも馬鹿にしてるよ。『あんたのことで騒ぎになると困る』って言い方もひどすぎる。前夫の連れ子で邪魔者だったんだからその立場をわきまえろ、と暗に言ってるのと同じだからね。まぁストーリー的に言えば、ここであさみが思いきりひどい目に会わないと次に続いていかないから、これっくらいのセリフは必要だったんだろうけど。」
「でも父親の男泣きは、ちょっと行き過ぎで芝居臭かったんじゃないかと思いますけれども。『かよぉー!』と名前を呼んで号泣する声が、1回めと2回めで全く同じでしたよ。」
「しかも2回めの号泣はさ、『おかあさーん!』と娘が泣くと父親が『かよぉー!』と叫ぶ、この間合いがよすぎてなんか笑えたね。ヒグラシのデュエットのごっついやつみたいだよ。まぁ悪役だからなこの父親はな。感情移入できない芝居でちょうどいいんだよね。」
「このシーンで印象的なのは、あさみの回想シーンに登場する母親の方じゃないですか。玄関先に突き飛ばされている娘をかばうどころか、この邪魔者がって顔でチッと舌打ちをしている…。これはまさに鬼の顔、般若の面ですよ。」
「実の母親にこれをされたんじゃあ、子供の逃げ場はどこにもないからね。その時も今も全く同じように、あさみは誰もいない海岸で泣きじゃくるんだ。泣ける場所はここしかないのかな。景色が穏やかなだけにむしろ、あさみの悲しみが際立つね。」
「そんな彼女を見つめる和賀の心にも、徐々に変化が起きてきます。昔の自分と今のあさみが彼の中で完全に重なって、固く鎧った心をほつれさせていくんですね。」
【 蒲田西警察署 〜 崖の上 〜 観察医務室】
「このシーンのイントロも、カメラの方に近づいてくる和賀と、廊下を遠ざかる今西の背中のオーバーラップという対比映像になってるね。」
「こうやって対比させる演出を繰り返すことで、和賀vs今西という構造を視聴者に印象づけたいんでしょうね。」
「んで秋田みやげの饅頭がどうのこうのと今西と同僚が話していると、そこへ西村が走ってきて、被害者の身内が見つかったと告げる。そして2人は観察医務室に走っていって、再び場面は伊根の海岸へ。あさみは登ったらもう飛び降りるしかないだろうという崖の上にいて、和賀はそれを見上げている。崖の上のあさみがカクンと膝を折ってしゃがみこんだところで、画面がいきなり暗くなったんで何だと思ったら、三木の遺体を冷凍保存してある…何ていうんだこれは。ロッカーみたいな?箱の中からのアングルだったんだね。」
「このシーンはNG集にも出ていましたね。確か三木の息子役の人のNGでしたよ。」
「ああそうだっけね。この息子の泣き方がこれまた、あさみの義父もまっつぁおな派手さなんだよねぇ。遺体にガバッととりすがったかと思ったら、『誰だー!誰だおー!』と吠え狂うという。素朴というか素直というか幼いというか、びみょー。」
「ここで今西は野口から衝撃的なことを聞かされるんですね。被害者の出身地も現住所もともに、東北ではなく岡山だと。」
「うん。そこから例の方言の話になるんだけど、清張先生の推理小説がそれまでと違うのってさ、こういう学問的というかトリビア的というか、謎解きの犯人捜しだけじゃなくて、なるほどねーと唸らされる要素が入ってることじゃなかったかなぁ。今じゃもう珍しくない手法だけど、当時としては画期的だったと思うよ。『点と線』て作品でも、東京駅のホームにはほんの一時だけ、停車中の列車が極端に少なくなる時間帯があるっていうのが『へぇ〜』ポイントでね。」
「なるほど。それが清張作品のアイデンティティなんですね。」
「そういうトリビア風要素って、文字で読むと知的好奇心をくすぐられて面白いんだけど、映像になると文章ほどの効果はないから、今回のドラマでもそのへんのクダリは必要最低限に抑えてるよね。ほら岡山県と東北弁のクダリさ。」
「はい、それは第3回で出てくる話なのでそちらで語って下さい。」
【 海岸 】
「さていよいよ第2回のラストシーンです。寒風吹きすさぶ崖の上で、千々に乱れる和賀の心情描写のシーンですよ。」
「ここでの中居さんの演技はねぇ、圧巻だったと言っていいと思うなぁアタシ。放心状態のあさみの背中を前にして、革手袋をギュッと鳴らして悪魔の笑みを浮かべ、いざ突き落とさんと進めた足を止めさせたのは、歌うような叫ぶような風車たち。この場所はあたかも風の墓場、風車は墓碑銘のよう…。見つめる和賀の心に蘇るのは、遠い日に同じ場所で泣き叫んでいた自分と、無言で海を見ていた父の姿。今この崖の上で和賀に突きつけられたのは、未来を危険にさらすか過去を蹂躙するか、このギリギリの二者択一だったと思うね。」
「未来を危険にさらすというのは、あさみを生かしておくことですよね。過去を蹂躙するというのは、あの日の父と自分を見捨てること。和賀の中であさみと秀夫はすでに二重写しになっていますから、彼女をここで死なせることは、幼い日に同じ場所で生を望んだ自分を、自ら否定することになる訳ですね。」
「そのものすごく重たい二者択一を突きつけられ、風の中で和賀は立ちすくんでいる。限界まで追いつめられた和賀の心理を、見事に表現していた中居さんは素晴らしいと思うよ。こういうシーンがもっともっとねぇ、評価されてしかるべきなんだよ。なんかピアノのシーンとラストの『父ちゃーん!』ばかりがクローズアップされて、細かいところが忘れられちゃってるけど。」
「まぁそれは智子さんもたびたび言っているように、ストーリー自体がこのあと大きく方向転換しましたからね。初期の頃の第2回・3回は、視聴者の記憶から薄らいでしまっているんですよ。」
「ねー。もったいないよなーホント。もったいないオバケが10ダースくらい、溜池山王をデモ行進だよ。」
「そしてあさみはフラフラと崖の先端に歩いていって、抱きとめてくれる大きな手を焦がれるかのように、ふわりと身を躍らせる。その瞬間、和賀は何かにはじかれるように―――で画面は暗転。テーマ曲の流れるエンドロールへ…。いやぁよく出来ていますねこの回は本当に。智子さんが好きだというのも判りますよ。」
「だっしょー? 起承転結があってメリハリが効いてて、私テキにすごく面白かったんだよね。なのになんでこのまま行ってくんなかったんだろうって、しつこく恨みたくもなるよマジ。」
「崖の上のあさみを、和賀は放っておけばよかったんですよね。そうすれば彼女の死は本当に自殺なんですから、和賀は露ほども疑われない。あさみは主役をおろされた上に母親に死なれ、心ない親戚に葬儀への列席も許されなかったとなれば、いい加減死にたくもなるでしょう。誰しも納得の理由ですよ。」
「それにしてもさぁ。ふと思ったんだけどね? これでもしあさみを救おうと駆け寄って足を滑らせて、和賀の方が落っこってたら大爆笑だよねー。しかも奇跡的に無傷で救出。人生つーのはえてしてそういうもんなんだ。そしたら和賀の人生観も変わるよぉ。宿命なんて感じてるのが馬鹿馬鹿しくなる。」
「…あのですね、どうしてこれだけ真面目に語った直後に、そういう下らないことを思いつくんですか?」
「多分一種の反動ってやつだと思う。あーこれ舞台でやった方がいいかも知んないね。題して『コメディ・砂の器』。いいからそんな呆れ顔してないで聞きなさいよ。あのねあのね、殺そうとしていたあさみを初め登場人物の全員が、和賀に熱烈求愛するというのがストーリーの基本さぁ。綾香も玲子も桐野カヲルも、関川も宮田も唐木も麻生も、しまいに今西も吉村も野口刑事も、競って和賀に求愛するの。組んずほぐれつの恋愛バトルの中、和賀だけがシリアスに縦皺寄せて苦悩しているという、こりゃあ笑える話になるぞぉ。となるとオチはやっぱ田所パパかなぁ。だって好きじゃなかったらあんなマンション買ったげるはずないよ。『綾香には悪いが、君の全てを理解して幸せにできるのは私しかいないんだ。愛している、英良さん。』とか何とかゆって追っかけまわすんさぁ。しまいには亡霊になった三木まで出てきたりなんかしてね。どうよ、面白いと思わない?」
「………はい、えーそれでは第2回については以上で語りつくしたということで、このへんでまとめたいと思います。予告していましたたかみーの『あなたも弾ける「宿命」ピアノ講座』の方は、もう少し練習してからということで、次回以降に、えーお届けしたいと思います。」
「あら? ちょっとちょっと私のアイデアはどうなったの私のアイデアは。舞台劇『コメディ・砂の器』。パルコ劇場あたりで絶賛前売中なのにぃ!」
「もう好きにしてもらいましょうあの人には。勝手に盛り上がって頂いて。ね。…はい、それでは次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「人に愛されて18年。神奈川の台地に咲く花・高見澤でした♪ ばいちゃ♪」
「けーっ! 神奈川の台地なんて多摩川水系じゃんかよぅ! 関東平野を潤す阪東太郎、利根川水系をなめるなぁー! モルツはやっぱり赤城山麓の天然水だ! という訳で木村智子でしたー! 次回UPは多分来月になります。お楽しみに!」
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