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【 第3回 】

「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。お陰様でご好評を頂いております 『砂の器』 座談会 『Le bol de sable』、今回はその3回めなんですけれども、何ですかDVDの方が、オンエア版とはだいぶ変わっているという情報なんですけれども…。はい。」
「ねー。そんな話だよねー。まぁカナペでもお断りした通り、この座談会はあくまでもオンエアされたTVドラマ 『砂の器』 を、完結した1つの独立作品・クローズな存在と見て語っていきたいもんですから、これが終わるまで私はぜってーDVDの封は切りません。ども、木村智子です。」
「あれ、今回はたかみーがいませんね。どうしたんですか?」
「ああヤツはほれ、スタジオの外でピアノの練習してる。音が聞こえてんじゃんほら。」
「これは 『宿命』 の…第2主題ですよねこれね。もしかしてピアノ講座に備えての練習ですか。へぇぇ感心だなぁ。」
「ま、弾きくたびれたら途中でヒョコヒョコ出てくるかも知んないけどね。」
「そうですね。その時はじゃあその時ということで、早速始めましょうか第3回。」
「そうしょっか。何せさくさく終わらせないと、いつまでたってもDVD見らんないからさアタシ(笑)」
「ですよねぇ(笑) 特典映像とか対談とか、見たいに決まってますもんねぇ。」
「ばってん前回の第2回とは違ってね、この第3回と第4回の2回は、私にとって悪夢みたいなもんだったからねー。今だから言えるけどもう暗澹たる気持ちで、半分泣きながら見てたよ。」
「え、泣きながらっていっても感動してじゃないですよね。ということはやっぱりあれですか、『白い影SP』 の時にも怒っていた例のナレーション…。」
「ピンポンピンポンピンポンピンポン、ザッツライトそのとーりー! サムガで中居さんがさぁ、最初のうちは黙っていた和賀が段々しゃべり始めるんだ、1回分の最初っから最後までずーっとしゃべってるんだって意味のことをおっさった時に、イヤ〜な予感はしたんだよねー(笑) まさかこれはひょっとしてと思っていたら案の定。オイオイ 『白い影SP』 でやらかしてくれちゃったのにまぁだ懲りなかったのかぁ? また脚注つき読み聞かせドラマに成り下がるつもりなんかい!って殺伐としちゃったよ。」
「そんなに嫌なんですかあのナレーションが(笑) 『白い影SP』 の時もすごく嫌がってましたよね智子さん。」
「だってさー。疑いたくなっちゃうんだもん制作側の感性をぉ。例えて言うなら厨房とホールの息がバラバラなレストランみたい。シェフが細心の注意を払って作り上げた料理をさ、ホールの方で勝手に、こんな微妙な薄味じゃあ客が何だか判らないからってケチャップとマヨネーズぶっかけて出したって感じ。じゃなきゃ名画に貼られたポストイットだよ。海の絵が描いてあるところにいちいち蛍光ピンクとイエローの付箋で、『風が強いので波頭が白く崩れています』 とか、『これは船が通ったあとの波です』 とか、『←カモメ』 とか注意書きされてるみたいじゃんか。んなもん見てりゃ判るっつーに、クドすぎの過剰説明! あーやだやだやだっ、超うぜぇ! そんなに視聴者がコドモに思えるのかよ、このナレーション入れさせた奴!」
「はいはいはい、どうどうどう(笑) 何ですか今回は冒頭からかなりキツいことになっていますけれども、とにかくいつも通り順番に見ていきますよ。いいですね。はい、えーそれではまず前回のラストシーンから繋がっての、自殺しようとしたあさみを和賀が助ける場面です。どうぞ。」
「ちなみに開始直前のCMは大正製薬さんだったんで、またまた鷲のマークを1フレームだけ永久保存しちゃったというね、笑えることになってるよ。」


【 崖の上 】
「このシーン、すごい風音だったんだね。第2回でもこんなゴーゴーゆってたっけかなと思って再生してみたら、あっちにはBGMが入ってたんで、それに消される感じで風音はあんまり耳に入ってこなかったんだね。さらにあさみが飛び降りる寸前は、スキャットのBGMだけになって風音も消されてた。そうやって無音状態にしておいて、ギリギリの二者択一を迫られた和賀の心理を表現してたんだね。」
「ええ。第2回のラストシーンは本当によくできていたと思います。BGMだけでなく、風車の回るカラカラという音もかなり効いていましたね。」
「で、そのつながりで始まった今回の冒頭シーンなのに、開始早々JNNのニュース速報が入りやがったんさぁ。あさみがふわっと飛び降りようとしたところへ後ろから和賀がかけよって、無音状態から風車の音がして波音がかぶったところに、すごくいい“間“でピッピッピッとブザーの音だよ? んで大阪知事選は現職の太田房江氏が当選確実ってアンタねぇ、何も和賀の目元にモロに重ねて表示せんでもええやろー! 地震が起きたとか大事故があったとかいうんなら仕方ないけど、大阪府知事の当確をだね、別にそんなに急いで群馬県民に知らせんでもええ! と私は地団太踏みたくなりました。地団太地団太地団太。」
「まぁ何が重要なニュースで何が重要でないかはね、そう一概には決められないと思うんですけれども、よりによって今そこに出さなくたって、というのはけっこうありますよね。」
「なー。今回も相当アタマ来たよ。あまりにタイミングがよすぎてムッとした。」
「別に太田知事に責任がある訳ではありませんけれどもね。」
「そりゃまそうだけどさ。んで和賀は間一髪であさみを助けて、草むらのところまで彼女をひきずってくる訳だけども、こういう時の男ってやっぱ腕力あるんだよね。なんぼ中居さんが中肉中背やや細身だって、イザ本気で力出したら女は敵わんと思うよ。」
「思う。うん。敵わない♪」
「なに、たかみ〜もう来たの。もうピアノ弾き疲れたんかい。」
「いやお茶を入れにちょっと。」
「あ、したっけちょうどいいや八重垣! ちょっとあんたたかみ〜持ち上げてみ?」
「え? なんですか突然…。」
「だから男の腕力はやっぱ女とは違うってクダリをさ、どうせなら八重垣に実証してもらおうかなと。あんたも1人の成人男子として、たかみ〜くらい軽々と持ち上げられるでしょ?」
「あ、ま、そ………」
「その間こっちはこっちで話進めてるから、ちゃちゃっと持ち上げてみておくんな。ね。…まぁそれにしてもこのシーンは松雪さん熱演だよねー。 『あたしは何なのよ…』 から 『生まれてこなければよかった』 まで、身を揉んで泣くというのはこういうことだよなーと思える。対する和賀がこの時、あさみと自分を重ねているのは映像によって判るよね。砂で作った器が云々というあさみのセリフも象徴的だけど、その 『砂で作った器…』 という一言をあさみが口にしたまさにその時に、画面上であさみと和賀がオーバーラップしてる。んで 『見てもらおうと思うともうなくなってて…』 のところで、再びオーバーラップしてあさみのアップに戻るというね、ほんっと周到な演出がされてるなぁと思うよ。和賀がここで単にあさみに同情しただけなら、『宿命は変えられる。もう一度生まれればいい。』 だなんて、とっておきの呪文を教えるはずがないし、とどめがBGMの 『宿命』 メインテーマだよ。ここではもうこれでもかって感じに和賀の心情を強調してるよねぇ。凝った演出だ。…ってちょっとちょっと八重垣、なんであんたソファーなんか持ち上げてんの。」
「いや、腕力を云々するなら何もたかみーを持ち上げなくてもいいだろうと…。それでこっちを持ち上げてみたのになかなか話を振ってくれないんで、二の腕プルプルしてました。おー痛。」
「それはそれは画もないのにご苦労な事だ。まぁもういいから座んなさいよ。ときに高見澤はどうした?」
「たかみーはお茶を持ってピアノ部屋に戻りました。もう少しで仕上がるそうで、今追い込みなんだそうです。」
「ほっほーそれは殊勝な心がけ。昔食った蟻塚とばかり、頑張ってるようだねぇ。ほなこっちもさくさく行かないとな。えーっとあとはこのシーンで思ったのがね、風に乱れた和賀の髪のワイルドさがよろしいなー! 前髪がいい感じに吹き乱されて後ろは跳ねあがって、ワイルドでセクシーでもぉたまりませんですねー!」
「あの、腕力の話はもういいんですか…?」
「いいいいいい。済んだ話をそうやっていつまでも引きずらない。そんなことばっかやってるから、この座談会は必要以上に時間を食うのよ。ねー? その点ちったぁ反省してもらわんとぉ。はい、あとこのシーンで何か言うことある? ないなら次行くよ?」
「いや、僕は特にないです…。」
「あっそ。んじゃ私から1つだけね。このシーンのラストは、和賀と、和賀に抱きかかえられたあさみの姿をカメラがロングで映す訳だけど、2人の向こうに見える岩の感じがいいよねー。海面にのぞいたゴツゴツした岩の周りを、白いレースみたく波が取りまいてる。その映像から画面はタイトルイメージになって、砂丘を行く本浦親子の姿と、左上に白い文字が現れて、いつも通りシュワーッと消えて暗転になるんだね。」
「―――すいません、ちょっとアンメルツ取ってきます…。」


【 ホテル・シャワールーム 】
「さてなんか今回はこのスタジオに人が出たり入ったり、八重垣がアンメルツ臭かったりで落ち着かないんだけど、とにかくさくさく進めちゃうよ。いいね?」
「えっ、臭いですか僕? 困ったな、そんなに塗ったつもりはないんですけれども…。」
「まぁいいからいいから。そのうちアタシの鼻も慣れるから。」
「いや智子さんに気を使う気は毛頭ないんでそれはどうでもいいんですけれども、洋服についちゃうと嫌だな…。」
「我慢しなさいそれくらい! ソファーなんか持ち上げるからそういうことになるちゅーねん。どう見たって重いだろうあれ、相当!」
「はい、馬鹿なことをしました。先に進めましょう。おそらくこのシーンは、いいわぁ星人の皆さんも大好きな映像なんじゃないですか?」
「なに、この和賀ちゃんのシャワーシーンが大好きだろうって? チッチッチッチッ甘い甘い八重垣。人さし指ワイパーで全面否定。」
「え? 好きじゃないんですか? TV誌にもセクシー・シーンとかって書かれてませんでした?」
「確かに書かれてたけどねー。でもいいわぁ星人テキには、完全にツボをおっぱずしてるね。はっきり言って中途半端だよ。映すなら映す映さないなら映さない、どっちなのかハッキリしないこの煮え切らん感じは、かえって欲求不満のモトよ。」
「欲求不満ですか(笑) それはまた判りやすい感じで…(笑)」
「それにだね、カメラがスーッと上に飛んだ時、腰に巻いたタオルだか肉襦袢だかよく知んないけども、ウェストのあたりに布の端っこがチラッと映っちゃってるでしょ。あれは駄目だ。編集で2〜3フレームカットすりゃいいのに、ああいうのはいっちゃん白ける。要するにあんなこれ見よがしのウェストラインまで中途半端にアングル下げるからいかんのであって、もっとビシーッ!とピンポイントでツボを押さえてほしかった。ああいうことじゃないんだよカメラさん監督さんその他もろもろの撮影クルーたち。セミヌード映しときゃ喜ぶと思ったら大間違い。いいわぁ星人はそんなガキじゃないよ。妄想シアターで日夜さまざまに鑑賞してるから、えらく目は肥えてるんだ。うん。」
「はっはぁー…(笑)」
「さらに言わせてもらえれば、私テキにはむしろねぇ、腰にはきっちりタオル巻いて肩からもバスタオル掛けて、んで髪にドライヤーかけてる和賀ちゃんの方が見たかったな。単なるセミヌードっちゅうよりずっと、そういう日常的な動きの方がドキッとするんだ。んでそんなふうに厚手のタオルを2枚も使ってガッチリとガードしてる中、鎖骨の窪みだけがポカッとノーガードだったりするともぉタイヘンね。星人はみんな高いとこに登って、わぉんわぉん遠吠えするぜ。」
「なるほどねぇ。男もそうですけれども女性の場合も、やっぱりチラリズムというのが官能の極意なんですね。」
「じゃなきゃこの際いっそのこと、バックでいいからオールヌードで行こうぜ。決め手はオール・オア・ナッシングよ。その場合の絶叫ポイントはおヒップではなく、後ろから撮った膝の裏とくるぶしの窪み! そぉゆぅところがピンポイントなんさぁー! ふむっ! はっ! はっほっはっ!」
「いきなり屈伸しないで下さい。…はいペリカン・ウォークもしないしない。何を準備体操してるんですか。自家受粉ですか?」
「何でやねん(笑) とにかくワタクシとしてはだね、せっかくだけどこのシーンはバツなのバツ。しかも大ッキライなナレーション入りだし。ここのねぇ、『なんで助けた…』 に始まる説明セリフをとにかく聞きたくなくてさ、この座談会書くに当たっては1回分をだいたい5〜6回リピートするんだけども、2(ツー)リピート以降は私ずっと、このシーンの音声はミュートしてるよ。」
「へぇ、ほんとに嫌なんですね。中居の声なのにそこまでするのは。」
「やだ。マジでこれだけは許せない。だってさぁ、せっかく映像が幾重にも幾重にも丁寧に塗り重ねて表現している心理や心情をだよ、ズバッと言葉にしちゃったらそれでもう終わりじゃんか。第2回のラストから第3回にかけて、風車の映像や回想の本浦親子や、スローモーション、オーバーラップ、効果音にBGMに無音状態…と微に入り細に入り心を尽くして、和賀の心情を細やかに切々と表現してきたのにさぁ、ここでナレーションというか独白がバッサリ、『あの時の彼女はまぎれもなく遠い日の僕だった』 って絶対的な答えを言っちゃったんじゃあ、今までの表現は何だったのってことになるやん。いらなかったじゃんあんなに凝った質の高い映像。全部無駄じゃん。制作側のやってることバラバラじゃん。懐石料理にマヨケチャップかけてるやん。それがヤなの。虚しいの。勿体無いの! 珠玉の何かが目の前でグチャッとレベルダウンするのを、平気で見ていられるほど鈍くなりたくない。だからもしこのナレーションがずっと続いてたら、いくら中居さんが主演だっつっても、あたしゃ途中でリタイヤしてたかも知んない。今思えばゾッとするね。」
「へぇ…。じゃあよかったですね2回でやめてくれて。ナレーションがあったのはこの第3回と、第4回だけだったでしょう?」
「そう。これはマジ神様ありがとうだった。ほんとに手ェ合わせて拝みたかったよ、あのナレーションをやめようと決めてくれた人に。」
「まぁねぇ、実際の話として2回分だけでやらなくなったということは、少なくともこのナレーションが嫌だったのは智子さんだけじゃなかった証拠ですよね。大好評ならあのまま行ったはずですから。」
「そうだよねぇ。いやーほんとにやめてくれてよかった。そう考えると日本もまだまだ捨てたもんじゃないかも知んないね。判る人は判るんだ。うんうん。」


【 ホテルの廊下 〜 ルーム内 】
「さてでは気を取り直して、ホテルでの和賀とあさみの会話ですけれども、高級観光ホテルという感じですよねここ。」
「うんうん全室オーシャンビュー、みたいなね。若狭湾のこのへんてさ、夏は海水浴、冬はカニ目当ての観光客で賑わうところなんだろうね。どっこいこのホテルがどこなのかは、目を皿にしてエンドロール見ても判らんかったなー。『三井ガーデンホテル蒲田』 なのか 『HOTELブルーきのさき』 なのか…。多分ここって外観の映像と実際のロケ場所が違うんだろうね。」
「ああ、そうかも知れませんね。室内の撮影なら別に都内でもどこでもいい訳ですから。」
「そうそう。んでその室内がね、何度かリピートしてて気づいたんだけども、和賀が泊まったのってツインルームなんだね。セミダブルとシングルと、ベッドが2つあった。和賀はセミダブルの方を使ったみたいだけど。まぁそりゃそうだろな。普通誰だってそうするだろう。」
「前の日に和賀はあさみを助けて、それでその晩2人はここに泊まった訳ですよね。まぁこの状況ならそんな気分にはならないとしてもですよ、展開からすると何となく、2人が同じ部屋でもいいような…。」
「あー、あるあるあるそれはある。シチュエーションとしてありえるよ。自殺というのは一種タイミングの問題だそうだから、和賀にいったん助けられたことであさみのパニックも峠を越して、目を離すとまた何をするか判らんという状態ではなかったにしてもさ、やっぱり普段通りの判断力は失ってて当然だからね。男と同じ部屋だろうと何だろうと、抵抗してる余裕はなかったと思うけどさ。しかし和賀も10代のガツガツした若僧ならともかく、あさみの傷心につけこんでどうにかするような卑怯な男ではないでしょうよ。」
「もちろんそうですね。ただ現実においてはこういう場合、女性の方がこう…自虐的に自分を投げ出してくるというか、ドラマっぽく言えばまぁ…独りにしないで、的な? そんなアプローチもありなのかなと思うんですけれども…。えへ。」
「何だオイそのえへって(笑) おいコラ八重垣(笑) 今のえへはアンタ、実績と経験に裏打ちされた確かな説得力を感じさせるものだったぜ。あー?」
「いやいやいや、何でもないです。深く突っ込まないで下さい。先に進めましょう進めましょう。えーとその次にくる廊下のシーンはどうですか。あさみと顔を合わすのを避けるように部屋を出た和賀が、やはり彼女に声をかけられるという。」
「まぁなー、確かになー。恐怖や不安や後悔で自分自身のコントロールができなくなった時、即効性のある最大の特効薬っつったらSEXだからね。抜本的な解決策ではないけども、超強力な精神安定剤としては一番効き目があると思うよ。うんうん。」
「まだその話から離れませんか(笑)」
「やっぱね、心ってのは体の中にあるんだよねー。体を押さえられると気持ちはひきずられるよ。体から始まる関係つーのも、案外確かなもんだと思う私は。うん、確かだ確かだ。」
「でも最近は何も始まってなさそうですよね智子さん。」
「…何ですト?」
「(笑)」
「おめーもピアノの前で吹きだしてんじゃねーよ高見澤! これでもあたしゃ16進法でいえばまだ20代なんだかんね! …もっとも1の位がAなのがつらいとこなんだけどよ(笑) まぁいいや話を進めるとしてだね、ここでのあさみの表情を見る限り、彼女は別にドアの内側で待ち伏せしてた訳じゃなく、和賀の部屋にお礼言いに行こうと出てきたらそこで相手とバッタリ、って感じだよね。ドラマっぽい偶然ともいえるけど、現実にもこれくらいのハチ合わせだったらよくあるかな。」
「ありますね。そんなにわざとらしいシチュエーションではないと思います。」
「んでここでの和賀の表情はさ、廊下でも、そのあとの部屋の中でもそうなんだけど、振り向かずに目だけ動かして、背後の気配を窺う感じがいいよねぇ。ドアから顔をのぞける時の油断のなさも好きだなぁ。まぁいいわぁ星人同士でやりとりしたメールの中には、和賀はあさみの分の宿泊料を払いたくなかったんで、コッソリ帰ろうとしたんじゃないかって笑える意見もあったけどもね。てか予約なしの飛び込みならデポジットかな。カードだと足がつくから、支払いはキャッシュに違いない。うんうん。」
「相変わらずお馬鹿さんなメールをやりとりしているんですね。で、ここでのあさみはというと、昨日の騒ぎから一晩たってだいぶ落ち着いたみたいですね。和賀の部屋で彼に言う 『迷惑かけてすみませんでした』 という言葉に、あさみが取り戻した冷静さと、和賀への心理的な距離感が出ていると思います。」
「そうだね。迷惑かけて 『ごめんなさい』 じゃなく 『すみませんでした』 なんだよね。言葉が完全に他人の距離を持ってる。改めて考えてみるとさぁ、すいませんでしたって恋人には使わない言葉だね。」
「確かに言いませんね。つきあってる彼女にいきなり 『すいませんでした』 って謝られたらドキッとしますよ。」
「だよなー。心変わりか別れ話だよね。んでこの部屋に入って最初の映像は前室からメインルームを見るアングルになってるけど、部屋を区切る下がり壁が絵のフレームみたいになって、2人の立ち姿を囲んでるのが画的にちょっと面白かった。」
「カーテンの色あいもシックでいい感じでしたね。モスグリーンとアイボリーの組み合わせには高級感があります。」
「でさー。その前に立って煙草に火をつける和賀の、コートの衿を立てた後ろ姿がもう最高なんさぁ。今さらだけど中居さんて肩がすごくガッチリしてるんだよねー。思えばこの背中と肩にヤられちゃったんだもんな私は。忘れもしないあれは2000年の5月2日、スタジオアルタ内1.4mの至近距離に存在していた中居さんのお背なっ! あれにヤラれちったのよ骨の髄まで! くぅぅぅーっ! 思い出しただけで血糖値が上がるぜっ!」
「はい、生中居の背中の話はもうさんざん聞きましたのでけっこうです。ええとですね、僕がこのシーンで上手いなと思ったのは、和賀に礼を言ったあとであさみが、どうしてあなたがあそこにいたんだと聞くじゃないですか。そこで和賀が言う 『黙っていてくれないかな』 というセリフですね。あさみの言葉を遮るとともに、この先の口止めの意味でもあって、短い一言の中にそれが上手く籠っていたと思います。」
「そうだね。『黙っていてくれないかな』 と言われてあさみが思わず質問を飲み込んだところで、和賀はくるっと振り返り、『僕がここに来たこと…』 と口止めに持っていくんだよね。さらにこの振り返った時の表情がねぇ、絶好のキャプチャーポイントなのよぉ。影があってニュアンスがあって、ああもぉホントに綺麗だわぁ…♪」
「でも、『うたばん』で石橋貴明に突っ込まれたのもこのシーンですよね。」
「あー、あったねあったねぇ。ライター忘れてっちゃったって話(笑) さらにこのシーンに 『うたばん』 ネタはもう1コあるよ。和賀のセリフの 『人として君のことが心配だった』 ってやつ。これであたしゃどうしても、一青窈さんがゲストに来たときのトークを思い出しておかしくてさぁ。『一青なり』 だとか 『一青して駄目』 だとかって、面白いよなぁ 『うたばん』 は。中居さんの単独レギュラーの中ではアタシいっちゃん好きかも知んない。」
「中居はここのところTBS系が多いですよね。もちろんこのドラマもそうですし。」
「うん。お派テキに合うような気もするなー。んでこのシーンについてあと1個ね、本当は前回気がついてて書き忘れたんだけど、和賀がこうやって伊根に来たのは、そもそもあさみを殺すためだったはずじゃない。なのにこの時も和賀ちゃんたら白いタートルネック着てるんだよね。オイオイ懲りないやっちゃなーと思ったよ。」
「ああ、そういえばそうですね確かに。まぁこのコートに合わせるならば、インナーは白がいいかも知れないですけれども…。」
「てことはファッション優先なのね和賀ちゃん。も、おっされっ♪」


【 警察署 】
「場所は変わってこちらは蒲田西署。あさみ同様三木の息子も、一晩たって落ち着いたみたいですね。」
「この息子役の役者さんてさー、上手いんだか下手なんだかあたしゃ今だに判んない。方言を買われての出演なのかしらん。ミョーな存在感があるんだよねぇ。ミョーというか、かなり微妙。」
「微妙ですね(笑) まぁその分、リアリティはあったと思いますけれども(笑)」
「あとこのシーンで印象的だったのは、カメダという名前に心当たりはないかって聞くときの、今西がググッとアップになるとこね。カメラも視聴者も一膝乗り出すというか、ゴクッと唾を飲む感じがあってよかったよ。」


【 和賀の部屋 〜 玲子のマンション 〜 和賀の部屋 】
「和賀がマンションに帰ってきたら綾香がいましたというシーン。この新聞は和賀ちゃん、途中で買ってきた訳じゃないよね。ポストに入ってたんだよね。綾香もクロゼットに手をつけないのは立派だけど、ポストも開けないとは徹底しとるな。もち郵便物を1つ1つチェックするよりはずっといいけど、鍵持ってて部屋に入れるんだから、新聞くらい取ってもいいような気もしなくもない。てかこのへんは主観的なもんかな。どっちでもいいっちゃあどっちでもいいね。」
「じゃあどっちでもいい話はどうでもいいとして、大事なのは和賀がその新聞で、三木の身元が判明したのを知ることですね。驚愕すべきことなのに綾香の前では全く態度を変えず、彼女が帰ったあとで和賀はその記事を熟読する…。つくづく孤独な男だと思います。」
「この場面で和賀は四たび態度を変えてるんだよね。ドアをあけたらピアノの音がして玄関先に綾香の靴があった。そこで優しい婚約者の仮面をかぶるのが1回。新聞の記事を見て一瞬だけ顔色を変えるのが2回。どこにいたのと問われてまた冷静な顔で振り返るのが3回。この時の目が冷たいんだよねー。綾香に対して愛情なんてこれっぽっちも持っていないかのよう。んで最後にもう一度、綾香が帰ってようやく自分に戻った時の顔。こんな風に和賀はいつだって心を鎧ってるんだよね。彼が自分を解放できるのは、独りでいる時とピアノに向かっている時だけか。」
「ピアノといえば綾香も、子供の頃に習っていたんじゃないですかね。何せ元大臣の娘なんですから。」
「そうだよね。お嬢様の常としてピアノくらい弾けてもおかしくない。んでもここでの綾香はさ、第1回・第2回とはちょっとキャラ変わってるよね。ずっと携帯が通じなかったって拗ねてみせたり、『私もあなたにとって特別な存在よね?』 と強気に出てみたり。」
「確かにそこは強気でしたね。まぁその割に帰り際はずいぶんあっさりでしたけれども。」
「いやそれは和賀がちゃんと 『判った』 と言ってくれたんで納得したんだよ。納得して確信して安心したから、それ以上ゴチャゴチャは言わないんだ。こういうところが綾香ってキャラの好きな部分だなー。お嬢様なのに案外物分かりがいい。」
「そうですね。和賀が送ろうと立ち上がったのに、疲れているだろうからいいって断っていますしね。」
「ただこれもまた女心の妙でな。和賀が自分から送ろうとしてくれたからこそ、こっちも断れるっていうのもあるよ。どっこいこれでテキがハナっから送るそぶりさえ見せてくれないとなると、カチンときて文句のひとつも言いたくなる訳。送ろうとしてくれるかどうか、相手にその気持ちがあるか否かが重要なんだよね。」
「なるほど。色々と勉強になります(笑) まぁ恋愛がらみじゃなくてもそうですよね。何か揉め事があったような時でも、相手に平身低頭されるとかえって恐縮して丸くおさまったり。」
「そうそう。物事、攻撃ばかりが能じゃないよね。んでここでまた話は戻るんだけどさぁ?」
「またってどこへ戻るんです。まさか最初じゃないですよね。」
「いやさすがに最初には戻んないけど、ここで綾香の姿がドアの向こうに消えるのを見ている和賀のさ、後ろ姿が素敵だって話と、ようやくソファに座って新聞をじっくり手に取る、その表情が素敵だって話よ。」
「なるほど、そこへ戻るんですね。」
「新聞には 『白いタートルネックの男 特定急ぐ』 って見出しがあって、ふと不安を覚えた和賀は携帯でどこかへダイヤルする。その電波を受けて 『着信中 WAGA』 と表示されているのは、さすがスポンサーだ!のDoCoMoマーク入り携帯。んでその着信先がどこなのかは、郵便物の宛名によって扇原玲子であると示される。折しも玲子は和賀からの依頼を果たすべく、ブツを抱えて焼却炉の前に立ってるんだけど、あろうことか環境に配慮して焼却炉が閉鎖されてしまったという訳やねー。こないだ関川に邪魔された時が、もしかしたらこの焼却炉を使える最後のチャンスだったのかも知れないね。」
「この焼却炉の扱いについては、ものすごくリアルだったと思いますよ僕。今の時代にものすごく即していて、何といいますか…旬の設定でしたよね。」
「そうだよねー。このドラマってさぁ、蒸気機関車だとか大畑村の環境だとかも含めて、設定にかなりの古さがあったのは否めないじゃない。無理やり理屈で補強して、いや当時まだ蒸気機関車が走っていたところは実際あるんですよと言われりゃ納得するしかないけど、ただねぇ、和賀が有力政治家の娘婿になるという設定がそのまんま踏襲されてるのは、私テキにはすごく芸がない気がする。何ていうかなぁ…政治家というもののとらえ方が、社会的通念としてえらくカビ臭いんだ。その古くささに何ともやるせないところがあって、…何つぅんかなぁ… ”イタい”古さなんだよね。去年流行ったアクセサリーを今年もつけてるっていうのは、見方によってはウケ狙いのジョークファッションにもなり得るけども、30年前のシャネルスーツをいまだに一張羅として着てる人って、見ててやるせなくない? なんぼシャネルでも30年前のデザインは微妙にダサい。レトロ調ファッションなんてのはよく言われる言葉だけど、そういうのって必ず現代風にアレンジされた上でのレトロじゃんか。政治家というものがよくも悪くも強くて大きな存在だったのは、田中角栄の時代までだよ。その頃に比べりゃ今は、総理大臣の息子がドラマに出たりコマーシャル出たり普通にやってる御時世。政治家の娘と結婚するなんて別にどーってことないやん。むしろ逆に世間からは、和賀ってミエミエでだっせー!と笑われる危険性の方が強い気がすんだよねー。蒸気機関車云々より、私テキにはこっちを何とかしてほしかった。田所は代議士つぅより、外資系レコード会社の東京支社長の方がよかったんじゃないかねぇ。」
「それはまた大胆なアレンジですね。イメージとしてはソニーミュージックとかエイベックスとかビクターの社長ですか。確かに音楽家ならその方が、直接的メリットは大きいかも知れませんね。」
「だしょー。CD出し放題やん。でもそれだってインディーズ・パワーに圧倒されるのは珍しくない訳だし、いまどき代議士の娘婿がなんぼのもんだっつの。そういう古くさい設定をそのまんま引きずっちゃったドラマにしては、この焼却炉を閉鎖したというクダリはね、素晴らしく現代風な設定だと思うよ。なんかスキッとする。シャネルスーツの胸元にシカTシャツを見たような爽快感があるね。」
「なるほど(笑) 最新流行グッズなんですねあれは。」
「そうそう。カビ臭さを一瞬で消すフレッシュパワー。ファブリーズみたいなもんだな。」
「で、そろそろ話を軌道修正したいんですけれどもよろしいですか。玲子のマンションから映像はすぐに切り替わって、再び和賀の部屋に戻るんですけれども。」
「うん。携帯を切った和賀はちょっとイラついた感じで立ち上がって窓に向かい、煙草に火をつけるというこのシーンの、突っ込みどころは2つかな。和賀はここで100円ライターみたいなので火をつけてるけど、てことはここに戻る前にライターをなくしたことに気づいて、ホテルに電話したのに見つからなかったってことだよね。この唇の端に煙草を浅くくわえたちょっと下品な感じ、すっごい好き〜♪ こういうモロに“素”の和賀って、1回のうち何度も出てこないからね。」
「あの、それが突っ込みどころなんですか? ただのいいわぁどころじゃないですか。」
「そういやそうか。まぁあんな高級ライターなくした割には平然と100円ライターかい?って気がしただけなんだけどね。んでもう1つはレッキとした突っ込みだよ。このシーンで和賀はなんでいつまでもコート脱がないの。綾香がいたからには部屋にはヒーター入ってたはずやん。コートくらいすぐに脱ごうよぉ和賀ちゃあん。」
「いやそれは第1回の洗濯シーンと同じで、ここでの和賀の心境を暗喩しているんだと思いますよ。和賀はコートを、すなわち心の覆いを脱ぎ去っていないんです。綾香の前でもそうですし、彼女が帰ったあとも、あの新聞記事を読んでしまってはくつろぐ気持ちになれないということでしょう。」
「あ、なるほどねー。そういうことなんだね。事件の記事を目にした和賀の心は、常に戦闘態勢なんだ。だからコートを脱ぎはしないと。」
「そうです。さらにここでのナレーションは、智子さんが嫌いなのは判りますけれども、自分自身に言い聞かせる形での独白でしたから、こういうのはあってもいいんじゃないかと僕は思いますね。」
「うん、ここのは私もいいと思うよ。だって和賀がこのまんま、『丈夫だ…。ここまでは辿りつかない。成瀬あさみがあの夜のことを思い出さない限り…。』 って声に出してつぶやいても、独り言としておかしくなかったもん。ナレーションじゃなく1個のセリフとして、ちゃんとシーンに嵌まってたよ。成り立っている。それなら文句ないんさぁ。今あんたの言った通り、和賀は自分自身の不安な気持ちに対して、怯えなくても大丈夫だって言い聞かせてるんだよね。でも一方でコートは脱がず、不安は少しもぬぐわれていない…。」
「ええ、そういうことだと思います。それがこのあとのシーンで、三木の幻影や逮捕への怯えとして、よりクローズアップされてくるんだと思いますよ。」


【 伊根 】
「前のシーンの和賀の横顔と向かい合いながらオーバーラップしてフレームインしてくるあさみ。和賀のライターを握りしめて実家に乗り込んで、義理の父親をブッ飛ばしてくるシーンね。そうよ人間これくらい強くなくちゃいかん。」
「ブッ飛ばすという言い方もあれですけれども、強い決意を持って乗り込んできたあさみの鬼気迫る表情には、義父も迫力負けしていますね。もっとも小さな女の子を虐待するような男は元来小者ですから? ここでの情けないありさまは、当然といえば当然なのかも知れません。」
「そうだよね。こうやって思い切ってぶつかったことで、あさみにも判ったかも知れない。この男は最初から大した人間じゃなかった、憎む価値もない相手なんだってことが。まぁあさみの愛情とその裏返しの憎しみは、この義父がメインじゃなく実の母親に向けられてた訳だけど、母親が変わってしまったのはこいつのせいってことで、恨みの一部は義父に対しても抱いていたろうからね。かつて自分を口汚く罵りながら突き飛ばした相手を、この時あさみは母の遺骨の前で振り払い、ぶざまに尻もちをついて圧倒されている姿を目の当たりにした。そのことで整理されたというか、ひとつ 『乗り越えた』 ものは確かにあっただろうね。」
「東京に帰ってからのあさみの変化にも、それが大いに係わっているんでしょうね。憎しみの氷がひとつ溶けたことで、彼女の心は軽くなったんです。」
「しかし骨壺に手ェ突っ込んで骨片を取るっていうのは、これは実の子供にしかできないことだよねー。つーかこの骨、食えといったらあさみは食えると思うよ。まさに阿修羅の図だけども、血の繋がりの意識が一番強いのは母親と娘だろうから、愛情と憎しみが混在した究極の行為として、骨壺をあけるというのは納得できるね。うん。」
「そういう話を聞くと僕は、やっぱり女って怖いなと思いますね。どんなに憎くてもまた愛していても、男は骨壺から骨を出して噛りはしないと思いますよ。」
「いやあさみも別にここで噛った訳じゃないから(笑) ただ脚本の龍居さんには、何か生理的・感覚的に通じるものがあったかなと思ってさ。母と娘の修羅闘諍(しゅらとうじょう)みたいなもの。情念というかな。これっぱかしは男性には判らないと思うよ。それにホラ、昔から幽霊になるのは女ばっかじゃん。」
「何だか怖くなってきたんで次いきましょうか。何だか首の後ろがぞくぞくします。」
「―――ああっ! あんたの後ろに不気味なモノが! 駄目だ八重垣、振り向くと危ない!」
「…やっぱりたかみーじゃないですか。今の話にはうってつけですねその犬神メイク。」
「しかし最近気づいたんだけどさ、犬神凶子って 『イブの息子たち』 のヒミコに似てない? …って何のことやら判らない人には申し訳ありません。青池保子さんのファンサイトを探して行ってみて下さい。」


【 商店街 〜 あさみの部屋 】
「セピア色の夕景の中を荒川線の電車が走り、あさみは独り暮しの住まいに帰ってくるんだけど、場所が入谷なのがすごいよね。まさに 『おっそれ入谷の鬼子母神』 だぜ。バックにちゃんとその文字も見えるし。」
「でも前のシーンとのつながりで考えれば、もしかしたら上京した時のあさみはその名に惹かれて、真源寺のそばにアパートを借りたのかも知れませんね。」
「いや単に安かったからかも知んないよ。西の渋谷や新宿ではまずお目にかかれないような、ボロっちいアパートがあるからね東京の東側には。そういや都電荒川線ってさ、スマスマの 『上京物語』 のオープニングに出てくる電車なんだけど、まだ気づいてない人いるんじゃないのぉ? 青森秋太もこの沿線に住んでたんだよぉ。」
「江戸の風情を今に残す下町ですからね。ちなみに鬼子母神について少しだけご説明申し上げますと、彼女はもともと古代インドの女神で、人間の子供をさらっては自分の子供たちに食べさせていたんですけれども、ある時お釈迦様が彼女を諫めるために末の子供を隠してしまうんですね。嘆き悲しむ彼女にお釈迦様は、大勢の中のたった1人がいなくなっただけでお前はそんなに悲しんでいる。ならばお前に子供をとられた人間が、どれほど辛い思いをしたかも判るだろうと諭します。それによって改心した彼女は、以来、安産子育ての守り神になったという訳です。そのため正確には鬼子母神の 『鬼』 という字にはツノを表す上の点がないんですけれども、JISにはその活字がありませんので、『鬼』 で代用しているという訳ですね。はい。」
「ねー。こうしてみると仏教っていうのは、物語の宝庫だよね。まぁ聖書もそうなんだけども、はるか昔から人間は物語というものを作って、それを後世に語り継いできたんだよね。思えばすごいことだよなぁ。」
「で、このシーンにはですね、確かこの回にしか登場しなかったと記憶しているんですけれども、今西の妻も姿を見せています。ここもやはり使われなかったエピソードの伏線だったんでしょうね。」
「だろうねぇ。いい女優さんをキャスティングしながら、これももったいなかったね。」


【 田所の事務所 】
「和賀が田所パパに昨日のことを聞かれるとともに、コンサートの代役を頼まれるシーン。『誰か女と一緒だったんじゃないだろうね』 と言われて否定する白々しい笑顔は、これはもう和賀の得意中の得意なんだろうね。和賀ちゃんったらこうやって今までに何人のオジサンたちを騙してきたのかしらっ。うりうりうりっ。」
「いやそれはちょっとキャラクターが中居寄りになりすぎですよ(笑) まぁ彼は年上男キラーとして有名なんだそうですけれども。」
「そうそう中居さんは天下の年上男キラーさ。んで思い出したのがね、とあるいいわぁ星人が、和賀ちゃんは綾香と知り合う前は田所パパに囲われていたんじゃないかとの見解を示しましてね。これにはあたしゃ大ウケしましたよ。『コメディ・砂の器』、やっぱいけんじゃん!って。」
「ということは田所にすれば、自分の愛人を娘の婿にってことですよね。まぁ戦国ものの時代劇ならありそうな話ですけれども。」
「うん。星人もそう言ってた。江戸時代にも似たような話はよくあったらしいね。美しいものは権力者に愛玩される。刺持つ薔薇にならなきゃやっていけないよな。んでこのシーンのメインはコンサートの代役についてだけども、場所が大田区民ホールと知ったとたん、和賀の中にあの夜の記憶がコマ送りでフラッシュバックするのがよかったし、田所が部屋にいる間と出ていったあととで、まるで別人になる和賀の表情が素晴らしかったねー。」
「最初に見せていた好青年の笑顔とは、顔つきだけでなく雰囲気がガラリと変わりますからね。このへんはファンならよく知っている 『中居らしさ』 でもあるんじゃないですか?」
「うんうんそれはある。彼の変わり身の速さには誰しも驚いたことがあると思うよ。やっぱ中居さんて人はことさらに演技だの芝居だの連続ドラマに主演だのっていわなくても、普段レギュラーで見せている一瞬一瞬が、それだけで壮大なドラマであり終わりなき最高の演技なんだろうなー。いつだってこの人はカメラの前でナカイマサヒロを演じてる。贅沢にもそれを見慣れてしまった我々ファンは、目も耳もすっかり肥えている。だから今さら直江だピースだ和賀英良だって持ってこられても、どんな主人公よりナカイマサヒロの方がはるかに謎めいて魅力的だし、揚子江もアマゾンもチグリス・ユーフラテスも真っ青な超大河ドラマ、『ザ・ナカイマサヒロ物語』 に優る作品はないんだろうな。『白い影』 も 『模倣犯』 も 『砂の器』 も劇中劇にすぎず、本編に敵うはずはないって訳だ。」
「あの…それってもう最上級の賛辞といいますか、これ以上はないというほどの褒め言葉ですよ。よくそこまで好きになれますね。ある意味羨ましいですよ。」
「うん、それはよく地球人に言われる。それだけ夢中になれるものがあったり、それが縁で友達が増えたりするなんて羨ましいって。」
「うん…。そうだろうと思いますよ。日常生活の中で交際範囲を広げるのは、一部の恵まれた人たちを除けば決して簡単なことではないですから。」
「だよねー。地域のクラブだサークルだっつったってお金かかるし時間もかかるし、遠出すりゃ交通費が馬鹿になんない。でもその点いいわぁ星人にはインターネットという名の円盤があるから、それに乗ってビュンビュンどこへでも飛んでいける訳だ。年齢も環境もほとんど関係なし。実生活の利害関係もなし! そういう楽しい世界を持ってるって、すごいことなんだよね。」
「すごいことです。それは本当にそう思いますよ。人生を豊かにする1つの大きな要素です。」
「てことはこの座談会もそうか。これもワンノブ大きな要素か! そして今まさにその素晴らしき瞬間を、うちらは体現してるってことだね。ほな気合入れてビシビシいかんとな! はい次行くよ次!」


【 今西の家 】
「このドラマにおける伏線倒れナンバー1を劇団 『響』 のエピソードとするならば、ナンバー2がこのシーンの今西ファミリー劇場だね。今西の奥さんは知らない人と仲良しになるのが得意だって視聴者にわざわざ知らせているからには、おそらくこの奥さんはあさみと親しくなって、そのルートで今西に何かの情報をもたらす…。こんなエピソードが用意されててもおかしくないもんね。」
「そうですね。全11回にふさわしく、色々と裾野を広げる予定だったんでしょう。それを途中で和賀vs今西に絞りこんだために、余白を埋めるのにかなり苦労した感があります。」
「だよねー。それで途中が間延びしちゃったんだよなーこのドラマ。本題とは違う枝葉をバッサバッサ切り落としすぎて、間がスカスカになったっつーか。」
「このシーンが先々に活かされたのはただ1点、今西のお父さんが介護を受けていたことだけですからね。考えれば考えるほど、もったいないですよねぇ。」
「それと気になったのはさ、なんでまた今西は息子にジュゲムなんて覚えさせてんだろう。なんか中途半端に時代錯誤な…。それとも子供番組か何かで流行ってんの? そのへんの情報はあんた押さえてる? 八重垣。」
「いや僕に聞かれても判りません。別に子供いる訳じゃないんで。」
「そっかー。謎だなー。この第3回における最大の謎よ。」


【 あさみの部屋 】
「部屋に訪ねてきた唐木と宮田からエールを受けると同時に、あさみがなぜ和賀の携帯番号を知ったか、その理由の説明を補強するシーンだね。ちゃんと2人でやってくるのが男友達のマナーだな。」
「このあとのシーンであさみは、携帯番号を宮田君から無理に聞き出したと和賀に言っていますからね。宮田にとってあさみは年上の憧れの女性な訳ですから、強く頼まれれば断れないんでしょう。」
「でも唐木も言ってるけど、ここでのあさみはえらく素直だよね。これはやっぱ伊根に行ったことによって、彼女の中で大きなわだかまりが1つ消えたからだろうね。母親の死を自分で納得できたから。そりゃあ骨まで持ってくれば、いい加減納得もいくだろうて。」
「そうですね。案ずるより生むが易しといいますか、思いきって行動して正解でしたねあさみも。」


【 ソアラ車中 〜 玲子の部屋 】
「このシーンで強調されているのは、現在の和賀の不安な心中ですね。大田区民ホールに向かう道すがら、蒲田駅前のロータリーをぐるりと回り、第1回で今西たちが目撃者探しをしていた橋の上を通って、ソアラはホールの建物に入っていく。橋とホールのアングルは第1回と同じですから、和賀だけではなく視聴者も、三木が殺されたあの夜のことを嫌でも思い出す訳ですね。」
「和賀にとってはあたりの光景全てが、敵というか告発者に見えたかも知れないね。そのとどめが階段の上に立っている三木の幻影だよ。あの夜と同じコート・同じポーズで、三木がこっちを見ている…。ギクッとする和賀の視界にグリーンのフィルターがかかるのがいいね。実際はフロントガラスのコーナー部分の色なんだけど。」
「こういうのが殺人者の目にだけ見える、告発の映像なんでしょうね。たとえ和賀が表面上どんなに冷静にふるまって、他人や警察を欺くことができたにしても、自分を騙すことだけは決してできないんです。あの晩以来和賀は常に、何者かにナイフをつきつけられている心境なんでしょう。その恐怖と緊張はおそらく想像を絶するものであって、それがこの世に時効というものが存在する理由でもあるでしょうね。」
「そうだね。それほどの恐怖に15年間さいなまれ続けたのなら、許してやってもいいだろうってことだもんね。犯罪なんてさ、白状しちゃった方が人間は楽なんだろうな。たとえ罪に問われたとしても、自分を偽って何年も逃げ続けるより楽だろうって気がするね。和賀なんて特にそうだよ。身に宿る才能と磨き上げた感性は、どんな境遇になろうとも絶対になくならないんだから、それ以外はスッパリ捨てちめぇ和賀!と思うね。」
「でも人間それができれば苦労はしないんですよ。捨てるとか失うとかいうのは、誰しも怖いことなんです。」
「いや、捨てると失うは大いに違うと思うよ。例えば捨て身でぶつかったからって、必ずしも命を失うとは限らないし、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれって言葉もあるじゃない。」
「それはまたちょっと意味が違うと思うんですけれども…。」
「んで話は違うけどさ、ホールの前には花束持ってる女たちもチラホラいるじゃない。これって多分和賀のファンだよねぇ。でもこのコンサートで彼がピアノを弾くのはつい昨日決まった話なのに、こうやってファンが集まってくるってことはさ、やっぱ和賀にはリスト同様おっかけがいると考えていいんだね。和賀ちゃん応援サイトとかもあるんだぜきっと。」
「さぁそれはどうでしょうね。今どきピアニストが公式ホームページを出していても不思議はない気はしますけれども、田所の後援をしている企業が主催したコンサートな訳ですから、その会社のサイトか何かで至急告知されたのかも知れませんよ。あるいはこの区民ホールが出しているページとか。」
「あ、それはあるね。『チケットをお持ちのお客様へお知らせ』 みたいな。そういう緊急の情報をリアルタイムで発信できるのも、インターネットの大きな利点だもんね。…なぁんて呑気なことを言ってる場合じゃないのよ和賀ちゃんは。三木の幻影は消えたものの、衝撃の激しさにシートベルトまで外して気持ちを落ち着かせなきゃならなかったんだから。」
「ここで和賀の受けた衝撃は、ほんの一瞬にせよ三木がいるのかと思って心臓が止まるほど驚いたのと同時に、そんな幻を見るほど怯えている自分に愕然とした、というのもあるかも知れませんね。三木と自分を繋ぐ手がかりは何もないはずだし、あさみの記憶に対しても別なイメージを植えつけるのにほぼ成功して、あとは時が経つのを注意深く耐えればいいだけだったはずなのに、自分の中にこれほどの恐怖心があろうとは思いもしなかった、という感じなんじゃないですか?」
「誤算だよねー和賀のねぇ。他ならぬ自分自身をなだめるのに、こんなに手がかかろうとはね。んでそこへ折りよく玲子から電話が入ってきて、証拠品の白いタートルネックはもう燃やしたと聞いたんで、多少なりとも和賀はホッとしたかも知んないね。」
「でも実際は焼却炉が閉鎖されたために、まだ燃やしていないんですよね。それを和賀に言わなかった玲子は、中身に対してやはり何らかのヤバい気配を感じとっていたんでしょうね。テーブルの上にドサッと置かれた布の山は、色が綺麗なだけに何とも不気味ですし。」
「不気味不気味。見るからに何かありそうな感じ。わざわざ白紙の五線譜に包んであった布片…。細かく切り刻まれた様子には凄惨な気配が漂っていて、しかも関川曰く、血に染まってるんだからね。しかも玲子なら中身を見ないだろうと踏んで、和賀が嘘をついていることも気になる。玲子と和賀は今さらそれで言い争う仲ではないとしても、例えば浮気場所でワインをこぼしたんで婚約者に知られるとまずいから燃してくれと頼まれたのに比べれば、玲子の疑惑が深くなるのは当然だよね。」
「じりじりと追い詰められていくんですね和賀は。このあとにもそれを表すシーンがいくつか続いて、その先にあさみとの会話があるということは、苦悩と恐怖の谷底に突き落とされた和賀にとって、あさみの存在こそが光になるのだという展開にもっていきたかったのかも知れません。」
「そうだね。和賀をいかに追い詰め苦悩させるかが、第3回の大きなポイントだった気がするよ。四方八方から網を絞るように和賀は退路を断たれていき、もうひとりの自分でもあるあさみにどんどん引き寄せられていくんだけど、彼が真犯人である決定的な証言ができるのもまた、成瀬あさみその人であったという展開。う〜んドラマチックやねー。見たかったなぁそんなドラマドラマした 『砂の器』。」


【 楽屋 】
「このシーンがねー、個人的に第3回の中ではいっちゃん好きだね。シニカルで挑戦的な関川とあくまでも冷静な和賀の台詞の応酬がいいし、それに1か所ねぇ、ほんの一瞬なんだけども、超いいわぁ星人殺しな絶叫ナイスショットがあるんさぁ。どこだか判る? 判る? 判んない? じゃあしょうがない教えてあげるけどさ、和賀の控室に入ってきた関川は、本人というよりは鏡の中の和賀と会話するみたく色々と話しかけてくるんだけど、その時さも邪魔してますぅ〜みたいに自分の衣装を鏡でチェックして、んでそのあとソファーに座って今度はパンフレットを手にするじゃん。そこで和賀は関川にチクリと、『仕事で取材って訳じゃないんだろ』 って言う…その時なのよその時その時! 邪魔くさい関川がいなくなった鏡の前で、和賀は上着のラインを確かめるようにちょっと斜めに立って、片足に体重をかけて腰をきゅっとひねるっつう、すんごいかっけーポーズをとるの! その全身をカメラはバックからビシッと捉えてくれてるんだ。ほんとに一瞬だけだからまばたきしたら見落とすかも知んないけど、もぉもぉさすがはダンサー中居!って感じで、しびれましたねマジ。うんうんうん。」
「ありましたっけそんなカット。好きとはいえよく見てますねぇ。」
「いや実はこのシーンで何だかをチェックしようとしてさ、スローにしてて気がついたのよ。うわっ今のポーズは何!?みたいな。金スマでの絶品立ち姿にも通じる、ダンスさながらのポーズなんさぁ。もぅもぅもぅホントにねぇ、い〜いわぁぁ〜〜…。」
「でもノックのあとで関川が入ってきた時の、和賀の微妙な表情もよかったですよ。招かざる客が来たという感じで、目が 『こいつか』 と言っていました。もちろん関川もそんな反応は百も承知で、半ば嫌がらせのために来ているんだと思いますけれども。」
「そうそう。オイカワジュンのピアノを聴くつもりで来たら和賀が代役だった。コンサートの主催は田所の後援企業…ハハンそれでコイツ出てきやがったな、と正しく推論したんだろうね。和賀が代役を引き受けないことを関川はよく知っているから、一言言ってやらずにはいられなかった。控室で鏡に割り込むようにチョロチョロしてることからも判るように、とにかく和賀の邪魔をしたくてたまらないキャラなんだよ関川は。それに対して和賀はとことん、受け流すことに徹してる。『田所代議士に頼まれると何でも聞いちゃうんだ』 なんていう嫌味な挑発にも、『それを言いに?』 とあっさり躱してるもんなー。和賀は和賀で、関川にはこうやって接するのが一番いいって判ってるんだろうね。」
「それにしてもこの2人はどういう関係なんでしょうね。ずいぶんと親しそうなんですけれども、ドラマ内でははっきりと説明されていませんよね。」
「うん。されてないと思うよ。まぁ恋人でないことは確かだろうけど。原作ではさ、和賀も関川も、『ヌーボー・グループ』 っていうこりゃまた語感が古すぎていささかドラマにゃ使えんばいっていう、若き革新派文化人チームみたいな会のメンバーなんだよね。言ってみりゃ六本木野獣会みたいなもんか。」
「ちょっ…(笑) 何ですかその時代がかった名称は。戦後ですよ戦後。ビジター様の中には知らない人の方が多いんじゃないですか? 僕だってかろうじて聞いたことがあるくらいです。」
「私だって知らないやい。泉麻人さんのエッセイで読んだだけ。上州ブルー・トライアングルなら加盟してるけどね。んで原作の話が出たんでついでに言っちゃえば、玲子はそのヌーボー連中がよく行く店のホステスだから、和賀も関川もお互いのいるところで玲子には会ってるんだよね。だからこのシーンで和賀が玲子を知らないと答えるのは、これはドラマ版のオリジナル設定って訳だ。うん。」
「このシーンの関川は、和賀に対して完全にカマをかけていますね。『そう、玲子』 という言い方にもワナっぽいものを感じます。何せ関川は玲子の部屋で、あの怪しげな無地の楽譜を見ている訳ですからね。」
「なのにしれしれと否定する和賀に、関川はいっそうの敵愾心を募らせるというのが次の通路のシーンで判るね。部屋の中ではずっと浮かべていたシニカルな薄ら笑いを消して、控室の方をギリッと睨みつける関川…。和賀のあの余裕しゃくしゃくとした仮面をとっぱらって、吠え面かかせてやりたいって気持ちがよく判るよ。」
「一方ではひとりになった和賀も、油断なく考えを巡らせていますね。玲子と自分の関係を、関川は知っているんじゃないか?と察知する。和賀には本当に心の休まる隙がないんですね。」
「ぴくっ、と痙攣するみたいな和賀の眉の動きがよかったねー。それに比べてこの楽団員たちは呑気なもんだ。ステージで音出ししてるメンバーもいるのに、まだ通路のソファーに座ってるヤツもいたりなんかして。そういえば演奏前の音合わせってさ、あれはなんでオーボエがやるの? なんかちょっと調べてみたら、周波数が変わらないとか何とか小難しい話になってきちゃったんだけどさ。」
「まぁ僕も音大出じゃないんでそんなに詳しくはないんですけれども、チューニングに使われるのはオーボエのA音、ドレミでいうとラの音、442ヘルツですね。僕が昔先輩に聞いた話では、オーケストラの中でオーボエというのは一番神経質な楽器で、かつニュアンスの幅が狭いんだそうです。いってみればバイオリンやピアノよりずっと不器用な楽器なんですね。ですからそれに皆が合わせることによって、オーケストラ全体の調和をとろうという意図があるみたいですよ。」
「ふーん…。そういえばオーボエのコンチェルトって聞いたことないね。フルート協奏曲とかクラリネット協奏曲はよく聞くけど。」
「いや、オーボエもけっこうありますよ。有名なところではモーツァルトのオーボエ協奏曲、それにビバルディ、ヘンデル…。バッハも作曲していますし、ドニゼッティの曲なんかも有名だと思いますけれども。」
「ほー。あたしゃオーボエってば 『新世界から』 の第2楽章しか浮かばない。てかあれはオーボエじゃないか。イングリッシュ・ホルンか。」
「そうです。まぁオーボエの親戚といいますか、大きさ以外の見た目はほとんど変わらないんですけれども、ホルンと聞くとどうしても金管を想像しますよね。」
「あたしさぁ、最初イングリッシュ・ホルンて言われた時、あのガーナチョコのCMに出てくる長〜いやつ…ほらアルプスとかでチロルハットかぶった人が吹いてる、あっちを想像したもんね。」
「あ、なるほど(笑) ちなみにあれはアルプホルンといいます。」


【 ホール 〜 駐車場 〜 路地 】
「コンサートがハネて、出待ちしてるファンの前に和賀が現れるシーン。フラッシュと花束と黄色い声に迎えられて、まんざらじゃなさそうだよね和賀もね。」
「そりゃあ人間そうでしょう。ガードするスタッフまで付いてくれて、VIP待遇されれば気分はいいですよ。」
「女たちはみんな一様に、和賀さーん和賀さーんて呼んでるけどさ、1人くらい 『和賀ちゃーん!』 って言う奴がいてもいい気がするけどね。そういやいいともで1回 『英良さーん!』 て声が飛んでたけど、見事に無視してたっけな中居さん。すごくらしくて笑っちゃった。」
「そんな呼び方をするのはいいわぁ星人くらいですよ。まぁ確かにこのシーンにはもう少しバリエーションのある、『こっち向いてー!』 とか 『カッコいいー!』 くらいの悲鳴はあってもよかったかも知れませんね。」
「だよね。この黒いインナーにダブルの上着っていでたちも、渋くてかっけーもんなぁ。んで和賀ちゃんは花束ひとつ受け取らずに愛車に乗り、悠々と道路に出て行こうとしたところで正面をふさがれる。立ちふさがった人影を和賀は、その制服の雰囲気から咄嗟に警官だと思ったんだろうね。またまぎらわしいんだ警備員の制服ってやつが。銀行とかデパートとかで見かけてもさ、別に何も悪いことしてないのにドキッとするよね。おカミに自然な威圧感を感じるのは、善良な小市民の証だな。」
「まぁ警備員というものには、警官に近い威圧感がありませんとね。なめられたら何にもなりませんから。」
「そりゃそうだ。親しみやすくてどうするって話だよね。でも身に覚えのありすぎる和賀は緊張で全身を硬直させて、ぎゅっとハンドルを握りしめるんだ。白手袋の手でコンコンと窓を叩かれた時も、ビクッ!としてから目を伏せ気味にして、ズーッとウィンドウを下げるのがいいね。こんなところで制止を振り切って走り出したら、大勢のファンの前で自白するようなもんだもんな。」
「でもこういう時の人間はだいたい悪い方に悪い方に考えますからね。この時も実際はただ単に、左は一通の出口だから右へ回れと注意されただけで、和賀の動揺はとんでもない取り越し苦労だった訳です。」
「んでこん時のさぁ、警備員に 『すいません』 って謝ってウィンカーを右折に出し直す、和賀のというか中居さんの運転慣れした手の動きがよかったわぁ。昨日今日ハンドル握った訳じゃないっていう、自然とサマになった動きなのよねぇ。いいわぁ…。」
「そんなところにもいいわぁポイントがあるんですね。ドラマのストーリーとは全く別に、気を抜く暇もないですね。」
「ないない全然ない♪ いいわぁ星人至福の46分間よ♪ んで運転っちゃあオンエア中に 『TVぴあ』 に連載されてたコラムにも、『中居は車の運転も上手だった』 って一文があったなぁ。『運転も』 って何だろうね 『も』 ってね。あの編集部にはぜってーいいわぁ星人がいるからな。日本にTV誌は多けれど、ファン目線の中居賛美が味わえるのはあの雑誌ならではだからね。ほんに素晴らしい集中連載だった。」
「 『ぴあ』 の視点は独特ですからね。マスコミの一翼を担うものとして最低限の公平は期した上で、これはいい!と自誌が思ったものについては、かなり力を入れてきますよね。」
「ほんとほんと。中居ファンにとっては同志と言ってもいい雑誌だよ。んで左折を注意された和賀は大きくハンドルを回してソアラの方向を変えるんだけども、このグググッとステアリングする手の動きもいいんだよなぁ…。それでまた思い出したけど、バックする時にドライバーって助手席のシートに手回すやんかぁ。あれをもし中居さんにやられたら、助手席で息止まるだろうなー絶対なぁ…。想像するだけで血糖値がスクランブルエッグよ。ホラホラたかみ〜もピアノの前で悶えてる。」
「ああ、あの助手席アクションですね。あれをされるとドキドキするって女性はよく言いますね。僕はまぁやったりやらなかったり、その時々ですけれども…。」
「なるほど、相手による訳だ。」
「まぁそういうことですね。ドキドキされても困る相手もいますから。」
「てことはさ、自分がこう助手席にいてだよ。運転席の殿方がバックする時シートにこう手を回してきたら、それは何らかのシチュエーションを期待してもいいっつぅことかね。」
「いやそれは一概に言いきれないと思いますから、決めつけて行動に及ぶのは思いとどまった方がいいですよ。」
「そっかー。残念やねー。まぁそんな話はいいとして、大田区民ホールをあとにした和賀は、はからずもあの夜の犯行現場を再訪することになるんだね。突き当たったところにフェンスがあって左折矢印の標識が1本立っている…。このあたりの画は 『世にも奇妙な物語』 っぽかったなー。画面の雰囲気が何となく似てた。」
「そうですね。和賀の心理をそのまま画にしたような、今にもそこの陰から何かが出てきそうな不安に満ちた画面でしたからね。停まっている電車というものは不思議と大きく見えますし。」
「そうそう! あれって車輪のせいだよね! ふだんホームで見る電車って四角いボディだけじゃんかぁ。でもこういう操車場みたいなところで見ると、あの車高に圧倒されるんだよねー。んでここの画面は、フェンス越しにその車体をずーっとなめるように映してきて、やがて手前に和賀の横顔がアップで入ってくるという、緊迫感のある構図だったからねー。しかも和賀の目が泳いでるのがいいんだ。まっすぐ正面を見られずに、どうしても伏せちゃうんだよね。」
「すると皮肉なことにその視界には、あの黄色い杭が入ってくる訳ですね。はずみとはいえ三木を昏倒させた最初の凶器。和賀としては最も通りたくないその前を通りすぎた瞬間、ひでお!という三木の声がして、映像がフラッシュバックするのもよかったです。」
「こうやって追いつめられていくんだよねー和賀は。警察でもあさみでもなく、自分自身が抱えたぬぐいようのない記憶と、ひりひりした罪の意識に。」
「このシーンのラストが、ソアラの赤いテールランプと点滅する赤信号だったのが象徴的ですね。まさに心情風景。このドラマらしいいいカットでした。」


【 居酒屋 】
「一方こちらは今西と吉村のミドル&ヤングチーム。岡山と東北弁のつながりを解き明かそうと今西は懸命になってるんだね。」
「このコンビに関しても、この第3回・第4回あたりでは比較的軽やかに描かれていますね。誘拐されかけたという今西の過去もあっさり紹介されますし、吉村とのやりとりにはカジュアルな笑いがあります。演出的に、さほどの重厚感を出そうとしていないのが判りますね。」
「うん。吉村の 『すいません、角煮ひとつ』 なんてセリフも、今どきの兄ちゃんっぽい軽い言い方だもんね。」
「ただこのシーンを見るたびに僕、どうしてだかビールが飲みたくなるんですけれども…(笑)」
「あれ、あんたビールなんて飲むっけ。どうもワインしか飲まないイメージあるけど。」
「それはご本体のイナガキです。僕はスコッチ党ですよ。ビヤホールで飲むビールも好きですね。缶ならスーパードライかな。」
「お、さすがサラリーマン。スポンサー様に気ィ使ってるねぇ!」
「いやいやまぁまぁ(笑)」


【 和賀の部屋 】
「さぁ! そしてこのシーンはこれまた、いいわぁ星人皆殺しカットが雨アラレの場面だったからねぇ。ベッドで震えている和賀ちゃんなんて、伊根のホテルのシャワーシーンより何千倍もセクシーよぉ。もっともカメラがずっとベッドに近づいていくカットでは、よからぬ想像をした星人も大勢いるみたいだけどね。」
「ああ…なるほどそうですねぇ(笑) ここでの和賀の乱れた息づかいは、蒲田操車場で三木の顔に石をふりおろしている時と同じですから、和賀の手には三木の顔をつぶした時の生々しい感触が蘇っていて、それが和賀に 『何度来ても何度でも殺してやる』 という悪魔宣言をさせているんでしょうけれども、…確かに場所がベッドとなると、この荒い息には何やら妄想をかきたてる効果がないとは言えませんね。」
「ねー。みんなオトナだからなぁいいわぁ星人は。んでもこのシーンで何が不満だったって、いつまでも鳴りやまない携帯に出るために和賀が起き上がった時にさぁ、オイオイなんでそんなにきっちり着込んでるんだよ―!って、毛布の端っこ食いちぎりたくなった。ッとにもぉ中途半端な。どうせ脱ぐならシャワーよりベッドで脱いどけぇー!」
「またそんな即物的なことを…(笑)」
「だってよー、このシーンに限らず和賀ちゃんにはさー、これだけの部屋でこれだけのビジュアルでねー? 寝るときはパジャマだっていうのはやめてほしい! シーツの間にのぞくヌードの肩、これしかありえないでしょう和賀ちゃんなら! 『freebird』 のプロモを思い出してくれー!」
「いやPV云々はこのさい関係なくてですね、このシーンでの和賀は、帰ってくるなり上着だけ脱いでブランデーをあおり、ベッドにもぐりこんだんじゃないですか? つまりそれほどの強迫観念にとらわれていたことを表現したいのであって、そこへあさみの電話がかかってくるという展開には、制作側のあきらかな作意が読み取れますよ。和賀を追いつめて追いつめて追いつめて、そのあとにぽっ…と救いの光のように、あさみという存在をもってくるんです。」
「それは判るけどもさぁ。こんなにきっちり着こんでないでほしかったねー。あさみの電話に対する高慢で冷たい態度も、その方が強調されたと思うんさねぇ。携帯の通話口に注ぎ込む、この低い声が最っ高。琥珀色のセクシー・ハスキー・バリトンよ。中居さんてバラエティとかで声を張り上げるから掠れるだけでさ、普通に喋ると渋くて深みのある、い〜いお声をしてらっさると思うなぁ。吾郎の声がエンジェルボイスなら、中居さんはさしずめルシフェルの声だね。心を麻痺させる麻薬みたい。」
「悪魔の声ですか。なるほどね。」
「そのセクシー・バリトンで和賀は、なんでこの番号を知っているのかをあさみに聞くんだけど、ここんとこがあの宮田のセリフにあった、『あさみさんて和賀さんと知り合いなんですか?』 につながる訳だね。」
「あのシーンはあそこでカットになっていましたけれども、あさみは宮田を拝み倒すようにして、和賀の番号を聞き出したんでしょうね。宮田の困った顔が目に浮かぶようです。」
「しかし和賀はなんだかんだ言って結局、この電話で呼び出されてあさみに会いに行くんだね。ライターを返すと言われても、そんなものは捨てていいっつって会わない気もするけど…。なのに会いに行ったということは、要するに和賀も心のどこかで、あさみが気になる存在だったってことか。それにまぁ和賀がここで断っちゃったんじゃ、ドラマが先に進まないもんね。」
「その他に考えられるのは、エピソードとしては特に紹介されていませんでしたけれども、あのライターに対して和賀は何か特別の思い入れがあるんじゃないかということですね。」
「だったらそんな大事なライター、ホテルに忘れてくんなって話になるぜ(笑) タカさんに突っ込まれても仕方ないよ。つーかあのホテルでの和賀は、冷静な態度とは裏腹にそれだけ取り乱していたってことだよね。」
「そういうふうに考えると和賀は、けっこう人間臭いキャラクターかも知れないですね。」
「うん。やっぱそれはあるよね。いつもこんなクールな表情でキメてるくせに、どっかおまぬけな愛すべきキャラ。いいよねぇそういうのね。秀夫ももしこんな不幸な生い立ちでなかったなら、案外ユニークで剽軽で、人を楽しませることのできる面白い青年になったのかも知れないね。」


【 フォルテ 〜 路上 】
「あさみが和賀を呼び出したのは、行きつけの店の 『フォルテ』 だったんですね。伊根に行く前に偶然…とあさみは思っているんでしょうけれども、和賀とすれ違った大通りにある店ですから、指定しやすかったというのもあるでしょう。」
「んで出かけていった和賀の背後にはどっしりした増上寺の建物があり、夜空を彩るのはライトアップされた東京タワーって訳だけどさ、東京タワーと増上寺の取り合わせは、これはもう和洋折衷を通り越してすでに現代の名風景になってるね。薬師寺東塔と本堂に匹敵するよ。構図的にピシャッとはまるんさぁ。」
「もともと東京タワー自体が、増上寺の旧境内に建っていますからね。徳川家の菩提寺にふさわしく、増上寺には広大な敷地があったんです。」
「今は縮小されたといっても、行ってみると十分広いよね。こういう大きなお寺にはさ、町全体の雰囲気を自然としっとりさせるパワーがあるから、この界隈にはマジでけっこういい店が多いんだよ。まぁこの 『フォルテ』 は実在の店じゃないみたいだけど、蒲田の 『ゆうこ』 は実際にあるんだってね。んで地下に下りる 『フォルテ』 の店内にはジャズ…というよりブルースかなこれは。そんなアダルトムードの音楽が流れていて、実に芝らしいお店であるな。うんうん。」
「女性一人で入れる店、という感じがしますね。ただその分和賀にとっては、さほど好みの雰囲気ではないかも知れません。BGMが和賀の世界の音楽でないことが、そのあたりを象徴しているように思います。」
「でもだからっつって何もオーダーしないのは、客としてどうなのかねぇ和賀ちゃん。もちこの店とあさみの雰囲気じゃあ、いざ腰を落ち着けたが最後かなり立ちづらくなるだろうなと、それを一瞬で理解するあたりが和賀ちゃんったらご堪能だわっ♪ コートの衿元に覗くマフラーのあしらいが相変わらず素敵ねっ♪ くぬっくぬっ、くぬっ♪」
「まぁバーテンには内心ムッとされたかも知れませんけれども、長居する気はないと和賀がはっきり態度に示しているので、あさみもすぐに本題に入って、ライターをテーブルに置いたんでしょうね。」
「何やら高そうなライターだけどさぁ、これってどこのブランドなの。名前とか判る?」
「いや僕は煙草は吸いませんので、ごめんなさいジッポーくらいしか知りません。」
「しかもあさみがテーブルにこのライターを置くや否や、和賀が手袋した手でパッと取っちゃうからさぁ、どんなデザインなのかチェックできなくてねー。でも全体のフォルムは香水の瓶みたいだったなー。ボル・ド・ニュイ… 『夜間飛行』 とかさ。volには飛翔の他に盗みという意味もあるってクダリが中井英夫さんの本にあってね、『夜を盗む、人でなしの恋』 なんていう素敵なフレーズが出てくるんだよ。」
「中井英夫の話は今はいいです。どうもナカイの話は長くなりますんでね、ええ。」
「んじゃ井戸の井じゃなくて居住の居の方の中居さんの話をするけどさ、このシーンでも中居さんたら手美人炸裂だよねぇ。ドリンクは断ったけど一応スツールには座って、革手袋した手でちょっとの間ライターをもてあそんでからふところにしまい、そのあと所在ない感じに手袋を脱いでみたり、やけに熱く語っているあさみの話を聞きながらこめかみをポリポリ掻いてみたり…。このポリポリしてる指の感じが、あぁんもぅ好き好き好きぃ。」
「あさみはこの時、ライターを返すというのは口実にすぎなくて、本当は和賀に会って色々と話をしたかったんでしょうね。人生の障害をひとつ乗り越えた今、彼女が素直になってしまったのは和賀の大きな誤算でしょう。恩人に向けるようなあさみの視線は少々面はゆいでしょうし、理解者のように思われるのも筋違い。それに、そこまで深くかかわりたくないという気持ちが、『正しい人なんだな』 というつぶやきによく表れていると思います。」
「でもその 『正しい人』 という言葉を、あさみは違う意味にとっちゃった。んでそのあとのあさみの、自分の世界に浸ってるような話を和賀は持て余し顔で聞いてるけど、ここでの和賀の目の動きとか唇を舐めるとことか、まばたきする睫毛の長さとかに、星人はいちいちヤラれちゃうのよねぇ。うっとし…。」
「確かにあさみはここで自分の考えたことばかりを一生懸命語っていますけれども、『宿命は変えられる。もう一度生まれればいい。』 という言葉が、和賀自身に向けられたものだということは見抜いていたんですね。だから 『あなた自分のこと言ってた』 と断言できる訳です。」
「『言ってたんでしょう?』 でも 『言っていたのよね』 でもない、『言ってた』 だからね。どっこい断定された和賀の方は 『考えすぎじゃないかな』 と否定にかかる。自分はごく普通の家庭に生まれて幸せに育ったんだって。でもこの和賀のセリフがすごく空虚なのは、龍居さん上手いなーと思うよ。だって普通さぁ、自分の過去を形容するのに 『幸せに包まれて』 なんてクサいこと言うかぁ? せいぜい 『父の仕事は安定していて両親は仲がよかった。欲しいものはたいてい買ってもらえたし、従兄弟たちともよく遊んだ。』 とかさ、もっと具体的に言うんじゃないかな。つまり和賀の言ってる 『幸せな家庭』 って、イメージなんだよ。本当は経験したことがないものを、一般論で言っているにすぎない。だから空虚で具体性がないんだよね。」
「うん…。そうかも知れませんね。それに和賀は、言われたあさみがグサッとくるだろう言葉を、あえて選んだのかも知れませんよ。」
「さらに最後にとどめを刺すように、『人の人生を勝手に自分と一緒にするな。頼むよ。…じゃ。』 と氷みたいに冷ややかに言い捨てて和賀は席を立つ。この冷たさがまたいいんだわぁぁ…。実際自分が言われたら痛くてたまんないだろうけど、こうやって鑑賞してると別の意味でたまんない。『頼むよ』 って言いながらちょっと冷笑してる感じも素敵。ああもう、たまんないけどたまんないっ!」
「そうですか。日本語というのはつくづく奥が深い言語ですね。」
「日本ってえばここの増上寺! ライトアップの効果もさることながら、日本放送協会の 『行く年来る年』 みたいな格調高い画が撮れてるね。カメラ的には境内から外を見るアングルになってる。つまり和賀は店を出たあと境内に入ってってる訳だけど、てことは徒歩で来たのかね和賀ちゃん。こっち抜けると近道とか? それとも駐車場がこっちなの?」
「いや和賀は部屋で酒を飲んでいますから、車はありえないでしょう。ベッドの脇にデキャンタとグラスがありました。それよりこのシーンでは、和賀を追って光の中を走ってくるあさみが綺麗でしたよ。とりどりのイルミネーションが、まるで光の海のようでした。」
「しかしドラマのヒロインつぅのはさ、しつこくないと務まんないんだねー。やっぱここで和賀を追ってくるんだよなあさみはな。『フォルテ』 であれだけ冷たく言われたら、普通あそこで諦めちゃいそうなもんなのにめげない。まぁあさみに諦められたら物語ごと終わっちゃうんだけど、やっぱ人間、行動が大事か。」
「まぁドラマとしてはそうですけれども、でも現実においてはですね、行動を起こした結果もっと嫌われることがあるから難しいんですよ。相手の気持ちなんてそう簡単に読めるものじゃないんですから。」
「そうだよね。そこが難しくもあり、また面白くもあるところなんだよね。ともあれあさみにはまだ伝えたいことがあったから、和賀を追いかけて呼び止めて、『まだ何か?』 と素っ気なく言われながらも、『嬉しかったの、心配してくれたこと』 と正直な気持ちを伝える。一番言いたかったのは多分これだったんだろうけど、そのあとあさみがアパートまで送ってもらった時のことを言い出すと、そっちはいささか聞き流せない和賀は、彼の思惑によって立ち止まる。でもあさみにはそんな思惑なんて判らないから、あなたは私を殺すどころか生き返らせてくれたんだと言って、『ありがとう…』 と手を差し出す。この 『ありがとう』 には 『さようなら』 のニュアンスも含まれているのを感じたから、和賀はわざわざ手袋を外して彼女と握手してやるんだね。」
「で…ここが第3回で一番大事なワンカットだと思うんですけれども、手を取りあい向かいあった2人の姿は、あの第1回オープニングのイメージ映像と全く同じなんですよ。この演出意図は見落とせませんね。このシーンが象徴するのは運命であり、その運命に導かれて、2人は惹かれあっていくんだと思いますよ。」
「うんうん、まさにそうだね。あの海岸でのカットと同じなんだよねここ。さらに和賀はここで初めて、『あったかい…』 とつぶやくあさみの寂しさを、頭じゃなく心で感じとったんだろうね。あさみをとりまく不幸な環境を、すでに和賀は知ってしまっている。色々なものを失ったばかりで、泣き崩れそうな自分を無理矢理支えて立っているんだと、和賀にはそれがよく判るんだよね。この女、寂しいのか…と感じた時、同情とか哀れみとかじゃなく、過去の自分の寂しさと重なっちゃうのが、和賀にとってのあさみなんだと思うよ。」
「またあさみの方も、自分のつぶやきを不躾だと思ってか、すぐ和賀に謝るじゃないですか。ずいぶんと弱くて、可愛い女になっているんですよね。こうなると男というのはですねぇ、本能的に守ってやりたくなるんですよ。和賀も例外ではないですよね。ふと自分の中に沸き起こった愛しさの感情を意識したからこそ、和賀はここで目をそらしたんだと思います。」
「反動、ってやつだろうね。んであさみは言うことを言えたし、和賀にも一応ちゃんと聞いてもらえたから、じゃあ…と挨拶して踵を返す。和賀はしばし横顔で佇み、彼女と背中合わせに歩き始める…とこう書くとすごいいいシーンなのにさぁ、ここでぶち壊してくれるのがこのナレーションよぉ! 和賀がぎゅっと握った右手にはあさみの指の感触が残っていただろうし、斜めのアングルのアップといい睫毛の長さといい文句ないし、和賀が再度手袋をして手前に歩き出すのも、遠ざかるあさみの背中がライトに溶けるのも言うことない演出なのにね? なんで最後にマヨケチャップぶっかけて説明し直すんだよぉ! 『成瀬あさみはもう僕を思いだしはしないだろう』 は和賀の独白として何とか成り立つからギリギリ許せるとしても、『なのに僕の足元が…』 以下は、蛇足蛇足蛇足蛇足! ムカデにつけた101本めの足! んなもんナレーションで説明しなくたって、判るっつーの画面見てりゃあ! 紙芝居じゃねぇんだようってーしー!」
「まぁまぁナレーションが出てくるたびに怒らないで下さい。この回ともう1回だけの気の迷いですから。」


【 バス通り 〜 和賀の部屋 】
「ここはカナペでも語った国研のクダリね。国際興業バスのグリーンの車体と歩道の生け垣を見たとたん、あっここは!と思い出したよ。行ったことがあるのは20年前なんだけど、変わってなかったねぇ…。懐かしいやぁ。」
「土地鑑というのはそういうものですよ。実際に足を踏み入れた場所の記憶は、非常に確かなものなんです。五感全部で記憶するからでしょうね。」
「んで今西と和賀のシーンは常に対比させる法則にのっとって、ここでも今西がバスから下りたあとに、部屋で作曲をしている和賀のシーンが来るんだね。ピアノを弾いてるのはこれは、間違いなく中居さん本人の手。主旋律だけとはいっても、左手で和音つけてるのがすごい。少なくともあたしにゃーできんよ。」
「このメロディーは第2楽章の主題ですから、作曲はもうそこまで進んだということですね。色々と忙しそうな和賀ですけれども。」
「ここでのピアノなめ正面からの和賀のビジュアルは、2000年秋にオンエアされたナニ金の灰原くんにちょっとだけ似てたかも知んない。まぁ似てるっつーか、中居さんは本人なんだから当然だけどさ。しかし今更改めて何千回めかの感慨だけど、ほんっっとに綺麗な人だよなぁ中居さんて…。このシーンでも右下からアオリになった時に、前髪と睫毛が透けて光ってて、瞳なんて黒翡翠みたいやん。なんかもう溜息で画面が曇りそうだよ。あふー。あふー。あふぅー…。」
「じゃあついでにそこのクリーニング用の布でよく拭いといて下さい。モニターもクリアになって助かりますから。ね。はいそうそうよ〜く拭いて。すみっこの方も丁寧にお願いしますよ。さてこのシーンで重要なのは、和賀の中で父の記憶とあさみの存在が重なることですね。あさみと握手したその手で奏でるメロディーに誘(いざな)われるように、忘れていた父との記憶が蘇ってくるんです。」
「ふーキレイになったなった。いやースッキリした。えーっとそれで何だっけ? そうそう和賀にとって父親との記憶というのは、彼の思想や生き方の根幹をなすものだから、それがあさみと重なる意味は大きいよねー。惚れたはれたの恋愛話とはちょっと違うんだよ。和賀がピアノを奏でているこの指は、遠い雪の日に父親が暖めてくれたもの。さらについ先日、一瞬だけとはいえあさみと心を交わしたもの…。それらがすぅっとひとつになった時、和賀はこれまでにも漠然と感じていた、あさみはもうひとりの自分であるということをはっきり“理解”したのかも知れないね。」
「ええ。それと同時に彼の中には、彼女との間をこれで終わりにはできないという気持ちも生まれてきたんでしょう。きわめて危険な感情と知りつつ。」
「いやードラマチックやねー! 中居さんのアップも冴えまくりだし、非常に素晴らしいシーンだったよ。」


【 国研 〜 喫茶店 】
「懐かしの国立国語研究所が、独立行政法人だっつぅのはこのドラマで初めて知った(笑) 大層な機関だったのねー。この研究所がらみで一般的になじみが深いのは、よく新聞なんかに載る、年に1度の漢字書き取りコンクールじゃない? 漢字日本一を決めるあのイベントを主催してるのが、実はこの国研なんさぁ。んでそこの職員さんとして登場するのが佐藤B作さん。伊勢の映画館の斎藤さんと並ぶ、豪華なワンポイントプレイヤーだね。」
「東北弁の話を振るには最適の役者さんですね。で、建物の周りの雰囲気は変わっていないとのことでしたけれども、室内の様子はどうですか。やっぱりこんな感じでしたか?」
「いや、あん時は館内を見学してまわった訳じゃなく、当時ウチの大学に講師として来ていた先生の研究室しかお邪魔しなかったからなー。んでもマシン室みたいなとこに、畳2枚ぶんはあろうかという巨大なワープロがあったのは覚えてるよ。あの頃のコンピュータなんて、今なら12〜3万のパソコンでできる機能に何千万円とかかったもんだ。19歳の夏にこの研究所でBASICプログラムを習わなかったら、あたしゃ今ごろコンピュータなんて生業(なりわい)にしてないよ。そう思えば感無量だなぁ…。」
「ところでこのシーンで出てくる方言については、やっぱり智子さん的には身近な話なんですか? 国文に興味のない人の中には、国語学という学問があることすら知らない人がいるかも知れませんけれども。」
「それについては前にカナペにも書いたけど、国語学っていうのは要は英語のグラマーの日本語版ね。当時この国研から来てた先生の授業で私がやったのは、『する』 というサ行変格活用の他動詞について。これについてのレポートを書いて単位もらったんだ。」
「それはまたずいぶんと専門用語な話ですけれども…。何ですって、サ行ヘンカク活用の助動詞?」
「助動詞じゃないよ他動詞。日本語の動詞には自動詞と他動詞があってね、大まかにいって目的語が必要なのが他動詞、そうでないのが自動詞っていうの。つまりドアが 『あく』 は自動詞で、ドアを 『あける』 は他動詞ってこった。んで 『する』 という他動詞の特徴は、格助詞 『を』 を介して名詞にくっついているうち、やがてその 『を』 をとっぱらってサ行変格活用の自動詞を作っちまうことなのよ。『料理をする』 と 『料理する』 は同じ意味でしょ? こういうのをね、その気になって調べると面白いよ。」
「ははぁ…。ということはこのB作さんが演じていた職員さんは、毎日そういうことを研究して、学生に教えたり本を書いたりしているんでしょうね。」
「出雲地方のズーズー弁すなわち雲伯方言も、国語学ではわりと有名なネタなんだ。他にも有名ネタは幾つかあるけど、栃木が無アクセント地帯だっていうのも面白いとこかな。例えば 『ヤエガキー!』 って呼ぶ場合、エのところが若干高くなるでしょう。そこにアクセントがある訳よ。でもこれを栃木の人が言うと、平坦に全部同じ高さで、『ヤ・エ・ガ・キ』 ってなる。それとねぇ、剛が関東出身じゃないのも、実は言葉で判るっちゃあ判るんだな。彼、何か説明する時に 『僕はその時、なになにしてしまって…』 ってけっこう言うでしょ。あれ関東ならまず、なになに 『しちゃって』 って言うはずだから。この 『しちゃった』 とか 『やっちゃった』 とかって言い方、実はれっきとした方言なんだよね。東京方言というか、関東方言。標準語じゃないの。」
「なるほど、NHKのニュースでは使われない言葉なんですね。」
「―――とか言ってて今ハッとしたんだけど、あのー…これって別に剛の欠点でも何でもないし、メンバー内の誰かと誰かを比較してああこう言いたい訳じゃありませんので、そのへんはご理解下さいましね。ここんとこだけは気をつけとかないと、時々感情的なクレームメールくらうんでアタシも神経質になっちゃって。」
「まさか。関東出身じゃないという話だけでクレームになったらたまらないですよ。そんなことを言ったら総長はどうすればいいんです(笑) ドー国からは宣戦布告の使者が来ますよ。東京が首都なのは江戸城を無血開城させた明治政府がそう決めたからであって、別に関東が偉い訳じゃありません。平安時代の武蔵国なんて、東夷(あずまえびす)が跋扈していた片田舎じゃないですか。」
「まぁそうなんだけどね。んじゃこの話はこれくらいにして、次の喫茶店のシーンに行こう。東北弁のナゾが解けた今西は出雲にカメダを探すべく地図と首っぴきするんだけども、この喫茶店での今西がちょっと傍若無人なのは気に食わないんだよなー。さっきの吉村との居酒屋のシーンにもあったように、今西のキャラに軽みを持たせるっつぅ意図は判るけど、現職の刑事があんた床に地図を放り出しても平気だなんてさぁ、店の迷惑になるようなことやってんじゃねーよ。隣のテーブルにコーヒー置けだなんて非常識な。ここの演出はちょっとアマいよね。」
「いつもながら個性的なところを突っ込みますねぇ…。とにかく今西はそうやって喫茶店に迷惑をかけながら、ついに地図上に 『亀』 の字を見つけて、そろそろと指をどかしたところに現れたのは 『亀嵩』 の地名。カメダではなくカメダケだったんですね。」
「カメダケねぇ。出雲神話にも縁がありそうな地名だよねー。日本の古代文学と出雲には、切っても切れない関係があるからなー。そもそも中居という姓からして、古代日本に大和民族より前から住んでいた古い一族の末裔じゃないかという説がある。本気で調べたら歴史小説の1本や2本書けそうな気がするよねー! てか書きてぇー!」
「先に 『三つの太陽』 の方をお願いしますよ。くれぐれも山本鈴美香や美内すずえにはならないで下さいね。」
「ああっ七つのエルドラドー! ロレンツォとラウールはあのあとどうなったのぅー!」


【 和賀の部屋 】
「先に僕から話を振っておきますけれども、このシーンについても智子さん、相当頭に来たんじゃないですか?」
「うん。来た。そりゃあ来たよ来まくったよ。映像だけ見れば素晴らしいんだけど、実際のところこのシーンは別にいらなかったんじゃないかとさえ思う。だってまるっきしナレーションのための場面みたいなんだもん。2つ前のシーンの、ピアノの前で和賀が何かに思い至るカットだけで十分だったんじゃないか? そりゃま中居さんの洗顔シーンなんていう珍しいものを見せてくれたのは有り難いし、鏡に映った濡れたお顔はシャワーシーンよりずっとセクシィだったけどね? ばってん 『それなのに僕は今怯えていた』 なんて、わざわざ言葉で断らんでもええ! きーっ!」
「はいはいまた怒り出しますから、ササッと次に行きましょう。」


【 特捜本部 】
「カメダの正体について刑事たちに説明している今西。さらにその発見に、出雲がらみで新しい情報が加わるんだね。すなわち三木謙一は元警官で、出雲で勤務していたのではないかと。」
「ええ。三木が元警官ということで、この話は今西の過去にもかぶっていくんじゃないかと予想されますね。和賀の宿命が主旋律なら、今西の宿命はそれに添うメロディーとして唱和するんでしょう。」
「そうそう。んでその副旋律の1つとして、金管や木管や低音弦のように、関川や麻生のメロディーも絡んでくるはずだったんでしょうよ。ってこの話はもう何度もしたから、これ以上掘り下げないけどね。」
「新たな事実の発覚で勢いこむ捜査本部にあって、独りじっと考えこむ今西の表情が、夕陽の川にオーバーラップして次のシーンに進みます。それが第3回のラストシーンですね。」


【 公園 】
「ここであさみを待っている和賀は、彼女との関係をどうしてもこれっきりにできなかったと。その動かざる証拠だよね。不器用な男だわ和賀ちゃんも。」
「このシーンの最初のカットでは、2人はごく近くに立っていそうに見えるじゃないですか。でも背後からのロングになった時、実はけっこう距離があるのだと判りますね。やがて和賀に気づいたあさみは一瞬迷ったあとで近づいてきますけれども、顔には微笑みを浮かべつつ、かなりの距離をとって立ち止まります。これもやはりこの時の2人の、心理的距離そのままなんでしょうね。」
「そうだね。この公園で会ったばかりの時の方が、2人の立ち位置は近かったよね。あの頃はただの顔見知りだったからな。でも今のあさみには遠慮がある。親しくなったからこそ距離をとるって心理は、面白いもんだなと思うね。男と女っていうのはさ、友達同士だった時の方が言いたいこと言い合えるってよくあるもんね。つきあっちゃってからの方が、変に意地張ったり見栄張ったり。」
「ありますね。自分をよく見せようという意識が強くなるからでしょう。下手な駆け引きなら、しない方がよっぽどましなんですけれども…。で、あさみはその距離で和賀に語ります。自分は過去を捨てられない。生まれ変わるのではなくて、もう一度やり直してみると。」
「その言葉に 『そうか…』 と答える和賀は、かなりまぶしそうだけど綺麗よねぇ。風になぶられてる衿元のファーが、ふかふかしててあったかそう。」
「綺麗、といえばあさみのつぶやきがそれでしたね。水面をきらめかす夕陽を見て、情感豊かにつぶやくんです。つまりあさみには余裕が戻っているんですね。夕陽を綺麗だと思える、落ち着いた気持ちが戻っているんです。でも和賀は、夕陽を綺麗だなんて思えない。自分を保つことに精一杯で、そんな余裕はないんです。対してあさみのように過去を背負ったまま生き抜こうと決意した者には、この夕陽が綺麗に見える。本当の生き方といったらどちらなんだろうと、暗に語りかけてくるようなシーンですね。」
「そうよ。実に素晴らしいラストシーンだったのよ。素晴らしかったんだからこれで終わりにしてくれればいいものを、またまた最悪のナレーションが図々しいオバハンみたく割り込んでくるんだ。『彼女のまっすぐな眼差しがまぶしかった』 に始まるセンテンスは、もぉ最悪最悪最悪っ! 『白い影SP』 の、妊娠してる女学生を手術したあとの 『真琴のことを思った』 と同じやんか。ふざけんな映像付き小説かこれは! 演出はダレだ。なにカネコぉ? テメーこの野郎ちっと湯沸室に来い!」
「はいはい判りました判りました。お怒りはもっともです、はいはい。まぁそれにしても次の第4回が心配になってきましたねこれは(笑) ナレーション、もっと増えますからねぇ。」
「ねー。そうなのよ第4回の方がさらに多いのよ! オンエアの最中に私、マジどうしようかと思ったもん。怒るというより悲しくなってきたね。このまま私はこのドラマから離れてしまうんだろうか、中居さんのお仕事の中に肯定できない大きなものを残してしまうのだろうか…ってホント泣きたくなったよ。でもこの第3回はまだよかったんだ。ギリギリ表面張力で耐えてる感じだったけど、第4回になるともうダラダラ液ダレ起こしてたからね。」
「そうですか。じゃあ次回はなるべくササッと、早足で通り過ぎましょうね。」
「いやいやそこまでせんでもよか。中居さんのプロモーションビデオと割り切って見れば、いいわぁいいわぁ言ってられるから。そうしないとモニターひっくり返したくなるけどな。」
「じゃあよく固定させておきます。…ところでたかみーはどうしました? ピアノ講座の準備は整ったんでしょうか。ちょっとそちらに行ってみましょうか。」
「はいそれではマイクを持ってスタジオを出て、続きの部屋に…。おやおやどうしたたかみ〜、何をアタマ抱えてんの。なになにぃ? 『あなたも弾ける・宿命ピアノ講座』 だったはずなのに、あなたには弾けない? あらそうなの? そんな誰でも弾けるような簡単な曲じゃない…。じゃあこの企画はどうするのよ。何か他のを考えないと…。えっ、何この資料。」
「ははぁ 『宿命』 のスコアですね。コピーですか? えっ何ですって、コピーをとったのは書き込みをするんで汚してしまうから…。ふんふん。楽譜はちゃんと自分で買ったしコピーもこれ1部しかとっていない。なるほど感心感心。著作権法は遵守しないといけませんからね。」
「んでこれで何をやろうっちゅうの。…えっなに、『あなたも判る・宿命のココを聴こう』? あ、なーるほど。聴き方のポイントを音大出らしく、専門的見地から説明しようという試みね! すごいじゃんたかみ〜! さすがは愛のバックアタッカーだ!」
「じゃあどういう風に進めますか。たかみーがそこでピアノを弾いて… えっ弾かないんですか? そばで聞かれると緊張で指がもつれるから? ははぁ、短いですからねぇ。」
「そこで取りいだしましたのが、その高級CDラジカセなんかい。できればこの座談会を読んで下さっている方々にも、CDをご準備頂きたいと。んで聞きながらこの楽譜を見て解説していくのね。成程成程、なる… うーわっ何じゃこりゃー! オイオイこんなに細かいのかいオーケストラスコアってもんは! しぇぇー!」
「…あの、智子さん? 楽譜、それ、さかさまです…。」
「へ? こっちが上? こう見んの? ふーん…。ああそっか千住さんの名前が逆だ。失敬失敬。」
「あの、それってウケ狙いじゃないんですね? 本当に気づかなかったんですか。もしかしてスコア見るの初めてですか?」
「ハイ。初めてどす。自慢じゃないけど五線譜なんて音楽の授業でしか見たことねっす。何じゃこりゃ訳判んねー。ハ長調のドってこの場合どこになんのよ。しかもなんでこんな だんご8兄弟みたいな音符が、ハンガーにかかったみたく並んでんの? 何なのこれは何。なに何なにぃ〜!」
「いえ、ですからね? ピアノというのは10個の音をいっぺんに出せますでしょう? ですからこの上側の五線が右手で、下が左手用の音符なんです。左右の指は5本ずつですから、それぞれ5個ずつ音を束ねたような表現になる訳ですよ。」
「ほぉぉぉぉー……。ダメだ、あたしには判らん。音符つぅより化学の元素記号に見える。自動詞と他動詞の区別ならつくけど、楽譜はサッパリ判らんたい!」
「―――無理ですねこれは…。どうしますたかみー。何のかんの言って書くのはこの人なんですから、この人が判らないことには…。ふんふんまた何かうまい方法を考える…。そうですね、それがいいでしょう。
えー、ということで変な期待をさせてしまいましたけれども、ピアノ講座につきましては、やっぱりそんなに簡単ではなかったということで、全11回が一通り終わった後にでも、別稿でやりたいと思います。」

「いやー専門家というのはやっぱりすごいねぇ。あれを見て実際の音にヘンカンできるとは、つくづく感動モンだよ。いやはやたかみ〜はすごいっ。あんたもすごいよ八重垣!」、
「ま、他人はだいたい自分よりも偉いんです。そう思える人は大怪我をしません。…はい、という訳で今回の座談会はこのへんにしたいと思います。次回をお楽しみに、ごきげんよう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「楽譜というのは読めない奴には徹底して読めないんだなぁと感心している愛の使者・高見澤と、」
「冗談ともかく本当にスコアを上下逆に見ていた、国文出の木村智子でした! 次回UP目標は2週間後です、よろしく〜!」


【 第4回に続く 】



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