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【 第5回 】
「はい、えーお元気でしたでしょうか八重垣悟です。お送りしております座談会『Le bol de sable』、えーようやく第5回に入りましてですね、何とかこのペースを堅持して、後半に入れればと思うんですけれども…。はい。」
「どうもどうも酷暑の北関東から木村智子です。もうこの忙しさにカラダが慣れてきちまいまして、落ち着いたら逆に具合悪くなるんじゃないかと思っております。環境適応力の高いA型です。」
「と言いますか智子さんの場合、過剰適応しがちなタイプですから、適当に自分で手綱を緩めてコントロールした方がいいですよ。」
「手綱ねぇ。手綱っちゃあこないだ国営放送で、メイセイオペラの話やってたの見た? シービスケットだのハルウララだの、最近馬ものが注目されてるよねぇ。マジこりゃあいよいよ、ゆうまちゃんの時代が来るかなっ?」
「ゆうまちゃんて、稲垣吾郎の甥っ子ではないですよね?」
「ちゃうがなちゃうがな群馬県のマスコット、ポニーのゆうまちゃんやがな! んなアンタも判りきったボケをかますねぇ。」
「暑いですからね。…さ、じゃあ今回は前説であんまり引っぱらずに、そろそろ本題に入りましょうか。」
「そうするか。ペースよく効率的に、さくさくさくさく行きますかね。」
【 和賀の部屋 】
「イントロは夜明けの東京の光景。真っ白なシーツの間で、和賀の奏でるピアノによってあさみは目を覚ますんだね。」
「ええ。なかなかロマンチックなシーンですね。」
「そうかぁ〜? なんぼ和賀がピアニストだっつっても、後朝(きぬぎぬ)にピアノ弾いちゃう男ってのもどうかなぁ…。仮にトランペッターだったらトランペットで起こされるのか? 嫌じゃんそんなの、勇ましすぎて。」
「いえ僕が思うに今回はですね、和賀とピアノの関わりがけっこう深く描かれていると思うんです。前回は和賀英良という人間の狡い面や嫌な面、リアルな面がクローズアップされていたと思うんですけれども、今回はピアノに対する和賀の接しかたといいますか、要は和賀のキャラクターを描写する手段として、ピアノという具象が効果的に使われていたと思いますね。和賀の心を、ピアノが語るんです。」
「なるほどね。そういう手法って実にこのドラマらしくていいね。和賀のビジュアルも最高だしなー。切なくピアノを謳わせるって感じのちょっとすぼめた腕の動きといい、斜めからのアップやら軽くうつむいた横顔やら、逆光になってるせいでなおさら雰囲気が強調されてるね。そこへ放浪シーンがオーバーラップしてタイトル画面になる訳だ。」
「タイトルが放浪シーンなのは、これはもう毎回の決まりごとになっていますね。絵画的構図が素晴らしいです。」
「しかしさぁ八重垣。『白い影』の第7回の最初でも思ったんだけど、男と女の関係の頂点っていうのは、Sexしかないもんなのかね。なんかそこに至るまでが簡単な気がするんだけど…。」
「簡単って、またずいぶんと古風なことを言いますね。智子さんて自分も大好きなくせに、妙に懐疑的なところがありますよね。」
「大好きだなんてそんな人聞きの悪い。まぁ確かに決して嫌いじゃあないけどもね? ただドラマの表現としてさ。あさみがマンションに来ました、和賀の部屋に上がりました、会いたかったと言いました…でそのままベッドなんですかい?って感じなんだよねー。なんか簡単すぎるというか画一的というか、男と女の交わりというと、最終的にはそういうことになっちゃうのかなぁと思ってさ。好きな相手を『受け入れる』というのは、イコール寝ることじゃないと思うんだけどねぇ。」
「まぁもちろんそれだけじゃないとは思いますけれども、大人なんですから別に不健全ではないと思いますよ。それに、和賀はあさみを抱いてやるくらいしか彼女を暖める方法がないのも事実ですよね。」
「あ、それはいえる。それにどんな慰めの言葉より励ましより、ひとときの抱擁が欲しいというのも女の本音かも知んない。百の言葉より、確実で具体的なひとつの抱擁が欲しい。」
「でしょう? だったらこの結果は理にかなっているじゃないですか。寒くて凍えていたあさみを、和賀はその体と唇で暖めてやったんです。まぁ肝心のその部分の描写が、ポンと飛んでいるというのはありますけれども。」
「…そうか。判ったそれだ! 玄関で見つめあってたかと思ったらいきなり翌朝ベッドだから、若干の唐突感が否めないんだ。まぁ回をまたいでる分しょうがないってのも判るし、そういうところは各自想像で補いなさいなというのは『源氏物語』でも使われているすぐれた手法なんだけども、ちょっと肩すかしをくらった気分も、否定できないっちゃあ出来ないんだね。」
「ですから要するにいいわぁ星人の皆さんは、和賀のラブシーンが見たかったってことなんじゃないですか? 総括すれば。」
「うーん…。否定はできんな。確かにこのドラマにはただのワンカットも、そういうシーンがなかったしねぇ。キスシーンもないドラマなんて考えてみれば珍しいかも知れないよ。いやいやどうせあったところでこの主演俳優では、大したシーンにならないのは判りきっとる(笑) だからいっそ得意の象徴映像でね、ムーディーに演出してみてほしかったね。そういうのは逆にこのスタッフでなきゃ無理だと思うからさ。例えば手だけのベッドシーンとか、見てみたいんだよなーアタシ。画面に映るのは肘から先だけ。効果音も声もいっさいなし。ハダカなんか映さない分むしろ刺激的で、R18指定のギリギリファックシーンよりはるかに官能的な演出。よろしいと思いますよぉ? それだったらこのキスシーンで歯ァくいしばっちゃう主演俳優も、そんなに抵抗はしますまい。うん。」
「手だけのベッドシーンですか。興味ありますねぇ僕もそれだったら。」
「ねー。いいよねぇ。このスタッフなら撮れると思うんだがなぁ。いいわぁ星人皆殺しのそんなシーンならあたしゃ間違いなく、また絵コンテでショーサイに分割しちゃいますよ(笑)」
「またやりますかあれを(笑) 初回以降登場していませんけれども。」
「だって超大変なんだよあれ。次にやるとしたら…まぁラストの和賀のピアノシーンはほぼ間違いないとして、もう1個所くらいあるかどうか。自分でも判んない微妙なとこだね。」
「じゃあ話を先に進めますけれども、タイトルのあとあさみはリビングに下りてきて、気づいた和賀が先におはようと声をかけますよね。このとき部屋に漂う微妙な空気が、僕としては何ともリアルでよかったと思うんですけれども、智子さん的にはどうですか?」
「まぁいっちゃん意外だったのはあさみが煙草を吸うってことだけど、これは多分あさみの習慣じゃなく、この場で和賀に抱きつく代わりの行為だったんだろうね。本来…というか素直にいけば、体を重ねた翌朝っていうのは、光の中で両腕をひろげた和賀の胸に飛び込みたいのがあさみの気持ちでしょ? でも和賀はおはようと言いながらニコリともせず、すぐに背中を向けてしまう。抱きつくスキなんてどこにもないし、白いシャツの背中には男の本音も透けて見える。この状態であさみにできる唯一の『和賀に触れる行為』は、彼と同じように煙草を吸うこと。それだけだったんだなと思うよ。」
「和賀の背中が漂わせる拒絶の空気が、そのまま居心地の悪い沈黙となって、あさみの口から『昨日はごめんなさい』という言葉を引き出すんでしょうね。」
「けどこういう時に言うんだったら個人的には、ごめんなさいよりありがとうの方がいいなー。ごめんなさいじゃ何だか自己卑下も度を越してて、せっかくのベッドが色褪せるじゃんか。もったいない。」
「でもあさみはおそらく、そのあとも何か言おうとしたんですよ。それを和賀が遮って、もうすぐ婚約するという話を告げるんですけれども、『だから夕べこの部屋には誰も来なかった』という言葉は、あさみに釘を刺すというより自分自身の心に線を引こうとしているんじゃないかと思いますね。」
「これ以上この女にのめりこむな、みたいな感じ? つまりそれだけあさみに傾心している自分を意識しているからこそ、和賀はそうやってこの関係を断ち切ろうとしたって訳か。もちろん綾香と破談になる訳にはいかないという現実的な計算もあるに決まってるけど、このまま深みにはまったら自分自身ぬきさしならなくなる予感があるからこそ、和賀は強いブレーキをかけるんだね。」
「そのあたりがあさみには…というか女性には、そういう男の心理のようなものは判りにくいと思いますけれども、この場を見苦しくせず毅然と立ち去るあさみに、僕は大人の女性の強さと美しさを感じますね。」
「強さねぇ。てかひっくり返せば弱さだとあたしなんかは思うけどね。なんでなのよあなたが好きなのにと泣きわめける女の方が、実は強いんじゃないかなって気もするけどさ。」
「それは強さじゃないですよ。幼さです。全世界が自分の思い通りにならないと我慢できないのは子供の特権であって、時と場合によって自分を抑えることができるのが大人なんです。ま、幼さの残る女性を佳しとする男が多いのも事実ですし、そのあたり僕も男として強く否定はしませんけれども(笑)」
「なるほどね。てことはこのシーンの2人は、ともに大人の男と女であるってことか。」
「ええ。静かにこの部屋から消えようとするあさみの気持ちも、今の言葉が彼女をしたたかに傷つけていることも、和賀にはよく判っているんだと思いますよ。」
「だからこそ和賀はあさみにエールを送ってやるんだね。『誇りに思えばいい』って。これってあさみには一番嬉しい言葉だと思うよ。彼女の過去と現在と、人生全部の肯定だから。」
「それとですね、僕がちょっと拡大解釈気味に思ったのは、あさみの言った『私はここにはいない』のひとことなんですね。このセリフで思い出すのは第2回の、『私は何なのよ、どこにもいないじゃない』というあさみの慟哭です。これまで誰に対しても自分の存在意義を感じられずに育ってきたあさみに、和賀もまた同じことを言わせてしまう結果になった。そこで和賀は、フォローというとあまりに誤魔化しじみて薄っぺらいですけれども、君の背中は君の生きざまを映し出しているという言葉で、彼女のアイデンティティに手を添えてやったんじゃないでしょうか。」
「うんうんそういう解釈もありだね。フォロー・ジ・アイデンティティってとこかな。少なくともそんな誠実で力強いエールを、和賀は誰にも言ったことはないと思うよ。人の心に爪を立てることなんて何とも思わない男だったんだから。」
「あさみも最後は微笑んで部屋を出ていきますから、和賀のエールは一応届いたと思っていいんでしょうね。」
「届いたよ。届いたからあさみは『響』に戻るんだよ。『青い鳥』じゃないけども幸せとか生き甲斐っていうのは遥か彼方のガンダーラにある訳じゃなく、現実の、身近な足元で自分が育てるもんだからね。てゆーかこれは和賀にこそ言ってやるべき言葉なのかな。あさみの出ていった部屋で和賀はまた独りに戻り、孤独という名の氷の風にその肩をなぶらせて佇むんだね。」
【 捜査本部 〜 和賀の部屋 】
「しょっぱなの管理官のセリフは前のシーンの和賀の背中にかぶって始まってる。こんなふうにあれこれカブリが多いのも、今回の特徴かも知んないね。セリフになっていないところで…つまり映像と音楽でどこまで時空間を表現できるか。創意工夫を凝らしまくってる感じがするね。」
「制作側のこういう挑み心が見えると嬉しいですね。その意気込みが迫力となって、画面を引き締めていると思います。」
「ただ相変わらず警察の設定は古いよなー。この丸刈りの管理官なんてその最たるもんだよ。典型的な昭和の刑事キャラ。なんか『巨人の星』でちゃぶ台ひっくり返してそう。」
「ああ、昭和の匂いは確かにしますね。もとよりそのあたりは狙ってのことでしょうけれども。」
「んでこのまま捜査に進展がなければ1週間後に特捜本部は解散する、と昭和の刑事に言われて今西たちは発奮し、んでまたすぐにシーンがかぶって和賀の部屋。花びらみたいな灰皿の1つにはあさみの吸いがらが残ってたはずなのに、和賀は全く気づかずにテーブルに置いていっちゃうと。女ならここでぜってー中身のチェックしとくけどな。アウェーでは警戒心を解かなくても、ホームになるとつくづく無防備だよね男っていうのは。」
「あ、それは僕もちょっと耳が痛いかも(笑)」
「でも改めて考えるとこのあさみの煙草って、和賀と同じ行為をなぞるというロマンティックな意味だけじゃなく、このあと綾香に疑念を抱かせるための小道具って側面もあるんだね。必然性からいったらそっちの方が高いか。」
「そうですね。二重の意味を秘めた、なかなか有効な伏線です。」
【 雑踏の中 〜 和賀の部屋 】
「しかしほんとにこの回はシーンのカブリが多いねぇ。ここも提供が明けてすぐ、何かが吹っ切れた顔で道を歩くあさみのカットに始まって、その映像に携帯のコール音が重なり、何、と和賀が出る声がすると、かけてきた相手は玲子であったと。1つの画面で2つのシーンが、それぞれ映像と音によって並存してるんだ。凝った手法だね。」
「ここで玲子が和賀に言う内容は、前回この座談会で智子さんが言っていたのと全く同じでしたね。元セーターを葬ったことで玲子は和賀への感情に完全に整理をつけ、今後もし楽譜の処理を頼まれたとしても二度と引き受けないだろうっていう…。」
「うんうんあたしもびっくりした。実はあの第4回の原稿を仕上げてからこの第5回をリピートしたんだけど、へーこんなセリフあったんだ!って思ったね。マジで全っっ然覚えてなかったよ。第1回と最終回以外が、いかに自分の中で印象が薄いかってことの証明だよね。」
「かなりシニカルですけれどもそういうことですね。これこれのシーン、と言われればぼんやり思い出せるものの、どのエピソードがどの回だったかはほとんど覚えていないんです。」
「なー。奇妙なドラマだよね。んで玲子はどこにいるのかと思ったら、場所はなぜか熊谷。駅前の『ニットーモール』が映った時にゃあ嬉しくなったねー。熊谷にはウン10年前に2年間通ってたから懐かしいわぁ。聞いた話では『八木橋デパート』もまだ健在らしい。」
「それはまたローカルな話題ですね。大学の1・2年が熊谷なんでしたっけ?」
「そうそう。後半の2年間は大崎だったけどね。山手線のいわば終着駅ともいえるあの大崎。いや別に鉄道関係の大学行ってた訳じゃないよ。」
「判ってますよ。誰もそんなこと疑問に思っていませんから。」
「そっか。しかしあんな立派なアーケード街が熊谷にあったかなあ。駅下りて左っかわの方かしらん。雑踏を歩きながら電話してる玲子の左横に、途中からフレームインしてくる女性がぶっさいくだよねー。」
「失敬ですよそんなことハッキリ言っちゃ。」
「そう言うあんただってかなり失敬やんか。まぁそれは置いといてこのシーンの演出。関川の赤ちゃんができたって話を聞いたあと、楽譜を燃やしてくれて助かったと和賀が言うと玲子はいきなり無言になっちゃうじゃない。そこでキュッと鋭く動く和賀の目の動きも最高なんだけどさ、そのあとの玲子がずっと後ろ姿でいるのが、このシーンの重要なポイントだね。玲子がどんな表情でいるか判らない…。これによって視聴者の心は、まさかあのセーターを燃やしていないんじゃ?と不安にかられる和賀の心理とシンクロするんだよ。玲子の表情と反応が、和賀にも視聴者にも判らないからね。何げないシーンなんだけど、ここはすごくよかったと思うな。絶大な演出効果だね。」
「第5回の演出は福澤さんでしたっけ。まぁ改めて言うのも今さらですけれども、演出によって印象は全然変わりますね。」
「変わるよねぇ。あと和賀が玲子に携帯切られた瞬間、ぴくっと耳から外すのもよかった。これって本当にしゃべりあってる訳じゃないんだから、純粋に中居さんの演技でしょ? あんまり言われないけどこういう日常的な細かい芝居が、最近の中居さんてすごく自然になってると思うよぉ。味いちとか初期のナニ金の頃とは別人みたいだよね。当時はさも芝居芝居しててクサかったからのぅ。」
「そう、こういう何でもないシーンが実は一番難しいんですよね。泣いたりわめいたりのエキセントリックな演技より。」
「そうそう。ホームランよりコンスタントにヒットを打つ方が難しいっていうのと同じだな。んで和賀が慌てて玲子にかけ直そうとしていると、またタイミングの悪いことにそこへ綾香がやって来る。」
「実際こういうことって現実によくありますよね。男女のもめごとに限らず、なんでこんな時にという…。」
「あるあるある。よりによってなんで今なんだってのは人生にちょくちょくあるよね。なんで人がトイレに入ってる時に限って宅急便が来るんだとか、仕事中にコッソリ私用のデカいメール送ろうとしてる時に限ってサーバが混雑してるんだとか。」
「ありますねぇ。不思議なものです。巡り合わせといいますか運といいますか。」
「さらに綾香は案の定、あさみが残していった口紅付きの吸いがらに気づくんだけど、気づいてすぐ和賀に聞いちゃうのがお嬢様だよなー。スレた女だったらここでは聞かずに、あとになってさりげな〜くカマかけてボロ出させるよね。」
「それってものすごく怖いですね。まさに『possession possession』の世界じゃないですか。」
「ごりら〜ん♪ごりら〜ん♪ んでスレていない綾香にそうやって、誰か女の人が来たのかと聞かれた和賀が、一瞬固まったような無表情になるのもよかったねー。」
「ええ。これは最高にリアルでしたね。さすが中居も31歳の男です(笑) でも綾香は幸いなことに灰皿を手に持っていてくれましたから、和賀にも一瞬のうちに質問の原因があさみの吸いがらにあると判ったんですね。いやぁここは危なかったですね。」
「ホントに危なかったよね。和賀ちゃん危機一髪だ。マフラーの上からコート羽織って階段をおりてくる姿は、まさにステージ上のスターのようにカッコいいのに、ここで『いや誰も来ていないよ?』なんて言っちまった日にゃあ致命的ミスだかんね。どっこいさすがは和賀ちゃんカンがいい。事務所の人だと咄嗟に無難なウソをついて、最大の武器である優しい仮面の笑顔を見せて出かけていくんだから。」
「なるほど、この笑顔は和賀の武器なんですね。確かに田所事務所のソファーで見せているのと全く同じ笑顔でした。」
「そう、あの嘘っくさい作り笑い。その笑顔であんたは何人の女とおじさまをダマしてきたんだっていうあれね。お嬢様育ちで素直な綾香は、この時はとりあえずそれ以上疑わなかっただろうけど、よく観察すればこの吸いがら、和賀と同じマルボロなんだよね。あんまり女性が吸う銘柄じゃあない。とすれば和賀にもらって吸ったんじゃないかと推理は進み、果たして事務所の女性が和賀先生のおタバコを頂いて吸うもんか?という疑問に繋がるはずなんだけど、はてさて綾香はどう出ますか、危うし和賀ちゃんっ!」
「いい感じにサスペンスタッチになってきたじゃないですか(笑) まぁ冗談はともかくこの時はこれで済んだ綾香ですけれども、婚約披露パーティーの時の関川の意味深な言葉によって、この吸殻をまた思い出すことになるんでしょうね。」
「だよねぇ。こういう妙に手薄でおまぬけなところが、憎みきれないキャラだったと思うよ和賀って。」
【 玲子のマンション 〜 捜査本部 】
「ここもまた複数のシーンがかぶりまくりですね。玲子のマンションを訪ねたり開店前の『Club rain』に電話したり大忙しの和賀と、捜査本部で推理中の今西と吉村と。」
「かぶってるねぇ。緊迫感を煽るよね。もっとも多少落ち着かないけどな(笑) んで今西の疑問はようやく核心に近づいて、三木の勤務日誌に浮浪者親子の話が出てこないことをしきりに不思議がるんだね。一方視聴者はその浮浪者の子供が和賀であることをもちろん知っているから、網を絞るが如く追いつめられていく和賀に、手に汗握る気持ちになっていく訳か。問題の焼却炉は閉鎖されていて、貼紙の汚れ具合から昨日今日の閉鎖じゃないことが和賀にも判る。となると玲子の沈黙は一層の真実味を帯びてきて、いつもクールで沈着な和賀をこうも浮足立たせるんだね。」
「さらに吉村が目を止めたのは新聞の連載コラムらしき文章で、そこにある『紙吹雪を撒く女』に大いにひっかかった訳ですね。」
「うーん…。そうなんだけどさぁ、このへんのエピソードは原作通りだからドラマの責任じゃないけども、この展開にはアタシ一番納得がいかないんだよね。なんでこんな重要な個所が偶然頼みなのよ。たまたま新聞に載っていた記事が手がかりになるって、あまりにご都合主義じゃないですかとアタシは清張先生に言いたい。」
「いや、僕は逆に面白いと思いますけれども。列車から撒いてしまえばまず判らないだろうという証拠隠滅策が、よりによってマスコミに暴かれるというのは何とも皮肉じゃないですか。目撃者は一般消費者とは限りません。公の場へのメッセージ発信ルートをちゃんと持っている、プロの作家だったんですよ。壁に耳あり障子に目ありとはいえ、まさかそんな人間に目撃されていたとは玲子も思わないでしょう。それこそ『模倣犯』っぽくて面白いんじゃないですか?」
「ああねー。そう考えればそれもアリかもね。」
【 和賀の部屋 〜 東京新聞社 〜 和賀の部屋 〜 捜査本部 】
「さて玲子に連絡が取れぬまま、重要証拠を隠滅しそこねたかも知れないという不安の虜になった和賀は、当然の如く作曲に身が入らずスランプに陥る。カデンツァの部分を繰り返してみてもとても満足のいくものではなく、五線譜を書いては丸め、荒れた心をぶつけるように鍵盤をバンと叩く…。自業自得とはいえつらそうだねぇ。」
「その姿に『紙吹雪を撒く女』の朗読を重ねることで、前のシーン同様和賀が追いつめられていく様子を効果的に表現していますね。吉村も東京新聞社にかけつけたようですし。」
「このコラムにある執筆者・川野のさ、『思わず想像をたくましくしてしまうのは、サスペンス小説を生業(なりわい)とする僕の悪い癖か…』って文章にはウンウンうなずいちゃったねー。ブロじゃないけどあたしもHPの更新でさぁ、あー明日のカナペどうしようとか思うと、ネタになりそうなもんなら何でも拾いたくなるもんねー。」
「一銭にもならないのにご苦労様ですね。気をつけないと自分でストレスを製造する結果になりますよ。智子さんにはどうもそういうところがある。」
「ハイ判ってます(笑) 重々気をつけますです。んでこのシーンの私テキなツボはね、メロディーに納得がいかない和賀が、五線譜をグシャグシャ丸めてポイッと後ろに投げるじゃない。その丸まった紙があちこち散らかってなくて、ほぼ一カ所に固まって落ちてるのが笑えたね。これでこそプロの作曲家、丸めた五線譜を投げ慣れている(笑)」
「ああ、確かに綺麗に同じ位置でしたね。そんなところにもプロの技が光りますか。」
「前にさ、ドボルザークがゴミ箱に捨てた旋律で交響曲が1本書けるだろうって話を聞いたことがあるけど、延べにすれば和賀ちゃんもそれくらい捨ててるんじゃないの。」
「まぁ75ページのコンチェルトを仕上げるまでには、ざっと見てその10倍は書き損じているでしょうからね。証拠隠滅失敗の不安はさて置いても、ここでの和賀は夕鶴のおつう状態な訳です。」
「そして苦しむおつうさんの携帯が鳴り、パネルの表示は田所事務所。今西はというと本部でただひとり、手がかりを探して三木の駐在所日誌をまた開く。こうして追う者と追われる者の距離が徐々に縮んでいくんだね。」
【 田所の事務所 】
「さっきの携帯で和賀は田所パパの事務所に呼ばれたみたいだね。そういえば朝マンションに綾香が来た時、夕方事務所に来いとか何とか言ってたっけね。」
「そういえばそうでしたね。忘れていましたね和賀も視聴者も(笑)」
「事務所のソファーで和賀はいつもなら、例の嘘くさ〜い笑顔を浮かべて好青年な芝居してるのに、今回はいささか浮かない顔だね。証拠隠滅の件が解決どころか判明すらしてないからな。そりゃあ無理もない。」
「でも綾香はここでも相変わらず、『交響曲』と発言し続けていますね。和賀は訂正しませんけれども、聞いている方がいささか気になりますね。」
「うん。それだけじゃなくパパが言うには、総理がサミットのオープニングイベントに使う提案をしてるだなんて、オイオイ小泉っちにも交響曲だと思われてたらまずいぞ和賀ちゃん。このへんでいっぺんやんわりと訂正しといた方がいいんじゃないか?」
「しかしここで和賀の表情が険しくなるのは、『宿命』はそんなことのための曲ではない、という気持ちなんでしょうね。この曲に関しては田所親子の言う全てが、和賀の意向と全く違っているんじゃないですか。一番最初に綾香に聞かせるというのも和賀の本心ではないですし、もとより綾香に捧げる曲でもない。でも和賀はいつもの仮面の笑顔になって、はい、と事もなげに答えるんですね。」
「ただここで綾香が見せた微妙な視線には、和賀は気づいてないかも知んないね。綾香の心をよぎったのは、あの吸いがらの口紅でしょ。なんぼ綾香がお嬢様育ちでも、女である以上は本能的に探偵だからな、別の女の存在に対しては。」
「そのようですね。恐ろしい限りです。」
【 麻生の部屋 】
「さて和賀のエールと抱擁をしっかり受けとめ得たあさみは、退団届を撤回して衣装スタッフになる道を選び、恥をしのんで麻生の元を訪れるんだね。『衣装スタッフとして』っていうのが『一生スタッフとして』って聞こえてちょっとびっくりしたけど、それは単なる聞きまちがいだった。」
「大きな決意をしましたねあさみも。あれだけのことを言って出てきた劇団に戻るとは、相当の覚悟がなければできないはずです。演劇というものに、もう一度本気で向かい合ってみようと、あさみはそう決意したんでしょうね。」
「うん。多分和賀と別れたあとであさみは色々考えたと思うんだけど、そこで彼女が気づいたのが、自分は今まで愛されることばかり望んでいたってことだった。自分から本気で愛したことがあるのか、ひょっとして一度もないんじゃないかって、ようやく思い至ったんだろうね。これはすなわちあさみが、母親との葛藤を完全に抜け出た証拠だよ。愛されたいっていうのは本来、子供時代に満たされ終えるべき欲求なんであって、大人になったら今度は自分が、誰かを、何かを、愛する番なんだよね。」
「そうですね。それに気づいたあさみは、愛されるために女優になるのではなく、自分が演劇を心から愛そうと思って『響』に戻るんですね。これは彼女の大きな人間的成長だと思いますけれども、比べて麻生の方は相変わらず訳が判りませんねぇ…。『スキあらば女優に復帰と思ってんじゃないのか?』だの、『負け犬の遠吠えだな』だのって、言うにことかいてわざわざあさみの痛がるところばかり狙ってくるじゃないですか。ひどいですよねこのおじさん、ほんとに。」
「ねー。ほんとにヘンな人だよね。んでもアタシ思ったんだけどよ、麻生はここであさみを、指でチョイチョイってやって呼ぶじゃんか。これってやっぱ暗に、アアイウコトを要求してるんじゃないかいね。ひざまづいて云々、みたいな(笑) どっこいあさみはキョトンとしていて、色仕掛けに走る気配は毛頭見せない。それで麻生もついにダメだこいつはと諦めて、『衣装部に行け』と吐きすてるように言ったと。そう考えた方がよっぽど辻褄合うんさね。カリスマに見えたけど麻生ってのはさ、つまるところただのスケベなおっさんだったんじゃねーか? だとしたら桐野カヲルも、結局はカラダで得た主役ってことか。うわー乱れとるなー『響』! 昼ドラの世界だねどうも。」
「まぁそれが事実なのかどうかは、語られていないので判りませんけれども…。それにしても考えれば考えるほど、判らない役どころでした麻生というのは。」
【 熊谷 〜 車内 〜 玲子の店 〜 捜査本部 】
「続いてのシーンは、なぜか埼玉・しかも熊谷パート2。『紙吹雪の女』を書いた川野に吉村が会って聞いてみたら、その女は銀座のクラブに勤める玲子という女であると、身元がたちどころに割れちゃうんだよねー。偶然頼りのたまたま展開もここまでくるとちょっとなー。オイいい加減にしろよと言いたくなるかも知んない。だいいちホステスさんなんてさ、店にいる時と普段とじゃ着るもんも化粧も全然違うだろぉ。列車で見かけたくらいで判るもんかぁ?」
「まぁ限られた回数で決着をつけなきゃいけないドラマなんですから、そのあたりは仕方ありませんよ。ギリギリ許容範囲なんじゃないですか?」
「うん…。そう思わざるを得ないのは判ってるけどねー。どうも釈然としないんだよなー。んでまたこのシーンはさぁ、2場面が細かく交互に重なる進行で、いやこれが慌ただしいのなんの。」
「玲子の店に電話する車中の和賀と、それをrainで玲子の同僚らしきホステスが受けるのと、そこへやってくる吉村ですね。」
「うん。不自然なほど効率よく展開していくよね。このクラブのママ役の女優さんにはちょいと貫禄が足りないけど、店の女の子が辞めるのは『大抵男がらみのことなんですけどね?』ってセリフにかぶる映像が、和賀のアップだっていうのはいいよね。いぇーい男がらみ男がらみー♪ やるもんだ和賀ちゃんっ! つんつんつんっ。」
「しかし和賀の乗っているこの車は、どう見てもタクシーではありませんよね。おそらくは田所一家との食事の帰りなんでしょうから、運転しているのは田所の運転手なんじゃないですか? 大丈夫なんですかそんな車で、『玲子』なんて女名を出して。」
「そーなんだよねー。ハイヤーかなぁとも思ったけど、なんかそうでもなさそうだし…。だからこれはきっと田所のお抱え運転手さんでさ、和賀は雪谷で下りる時に、彼に万札渡して口止めしたんだよ。そういうのはセンセイにもよくあることだろうから運転手さんも慣れたもんで、他言無用が身のためだと判ってるんじゃないの。」
「なるほどね。話の判る、苦労人の運転手なんですね。」
「おお。さすが行間を読むドラマだぜ(笑) でもって和賀がそんなことをしている間に、rainでは吉村が玲子の連絡先を聞き出す訳だな。」
「それによって和賀も吉村たちも同時に雪谷に向かうことになり、玲子のマンション前でハチ合わせするんですね。」
「そういうことだね。吉村に連絡をもらった今西が、『行方不明?』と聞き返すシーンは、前回の予告編に使われてたカット。誰が行方不明なんだと思ってたら玲子だったのね。」
「ショートフィルム的な面白さがありますね、予告編というのには。」
【 玲子のマンション前 】
「かくして玲子のマンション前で3人がすれ違うシーンですけれども、ここがこの第5回の最大の見せ場かも知れませんね。」
「それは言えてる。このタッチ・この雰囲気・この空気こそが、このドラマの目指したコンセプトなんだなって感じだよね。恋愛カラーを強める弱める、人間ドラマ風味を加える減らす。そういう調整はいくぶんあったにしても、描きたい核(コア)はこういう世界だったんだと思う。」
「ええ。風格のあるサスペンスと言っていいと思います。」
「建物を出てきた和賀は、玲子の部屋に明かりがついていないのを確かめつつ歩いてくる。一瞬だけ焼却炉の『閉鎖』の貼紙なめになるのが念入りでいいね。あのセーターは燃やされたのか燃やされていないのか、店にも部屋にもいない玲子からは聞き出しようもない。仕方なく歩き始めた和賀は人の気配に顔を伏せる。やって来たのが今西と吉村だとは、神ならぬ和賀には知りようもなく、同様に2人の刑事たちも、探し求める真犯人が目の前にいるとは思いもよらず…。」
「すれ違う寸前から映像がスローモーションになって、さらにBGMが雰囲気を盛り上げてくれますね。第1楽章のエンディング部分です。」
「けどこの第1楽章のラストってさ、オケの息継ぎがかなり乱れてない? このシーンでいえば映像がスローになってすぐのとこ、メインテーマのメロディーのさ、ラララ♪ララララ♪ラ〜ララ〜♪ …ウン、のこのウンの部分の八分休符。ここがきったないんだよなーオーケストラ! サントラ聞いてて毎回うわーと思うよ。」
「いえ、ですからそれは前にも言いましたけれどね? ウィーンフィルやベルリンフィルと比べちゃ駄目ですよ。あくまでも劇伴音楽なんですから。オーケストラにあまり自己主張されても、映像とのバランスが悪くなるんです。」
「まぁそれもそうだわね。んじゃ話を映像に絞るけども、ここで3人のアップが交互に映るじゃん。この時の和賀のアップは、全編通しても筆頭クラスの素晴らしさだよね。綺麗だとかいいわぁだとか、そういう溜息ももちろん溢れんばかりにあるんだけど、なんかこう…存在自体に貫禄を感じるんだ。単に歩いてすれちがうというそれだけのシーンは、演技じゃどうにもならない役者本人の纏(まと)う空気がモノを言うでしょ。コートのポケットに手を入れて苦虫かみ潰した顔で歩くなんて、10年前の中居さんが演ったらただのチンピラだよ(笑) それが今じゃ見事に絵になるからね。ぞくぞくしたねこのシーンには。第3回にも第4回にも、このゾクゾク感だけは一度もなかったのに。」
「なるほどね。確かに今西の迫力にも見劣りしていませんでしたね。」
「うん。そう思うよ。よかったねこのシーンは。個人的には特筆もののシーンなんだここ。中盤においては珍しいクリーンヒットというか(笑)」
「『その後1週間扇原玲子は誰の前にも姿を現さなかった』というテロップが、例によってサスペンスタッチを強調し、このスパイスの効いたシーンを締めくくっていますね。ラストが上空からの俯瞰映像なのもよかったと思います。」
【 特捜本部 】
「そして1週間後の特捜本部。部屋に入る前に管理官が戒名をはずすことで、ああ解散になるんだなっていうのが言われなくても判るね。」
「『戒名』ですか(笑) それも『踊る大捜査線』の用語ですね。」
「そうそうあれに出てきた。この戒名を書くのが所轄の重要な仕事だって。でもその戒名も外されて、特捜本部は解散し吉村は別の事件に配属になると。納会は湯のみに日本酒ですか。古いっすねぇ(笑)」
「まぁ昭和の空気は演出の1つですからね。好き嫌いはともかく、善し悪しを深く論じても無意味ですよ。」
「吉村ってのもさ、一昔前の熱血刑事ドラマに出てきそうなキャラかも知んないね。」
【 和賀の部屋 】
「捜査本部解散の情報は新聞記事を通じて和賀にも伝わり、証拠隠滅に失敗したかも知れないという不安の中にいた彼はこれで一気に開放された訳ですけれども、和賀を包むのは安堵を通り越した、深い虚脱感だったようですね。」
「虚脱感か。まさにそれだよね。このシーンのイントロはオレンジと黄色の真ん丸な夕陽だったじゃない。これで視聴者を画面に集中させておいて、次にまず和賀の目をアップにし、続いてカメラが和賀の視線で『犯人特定できず』って見出しや『解散』って文字を大写しにするから、さっきの後ろ姿の玲子と同じく、視聴者は和賀にシンクロしてこの場面に入ることになるんだよね。上手い演出だわホント。」
「BGMは低音弦の暗い音で、それに重なって聞こえるジェット気流のような風の音も効果的ですね。和賀の心を満たすのは『逃げ切った…』というポジティブな思いのはずなのに、やれやれこれで安心だという気分にはむしろなれない。そこのところをこの風の音が、よく表現していたんじゃないでしょうか。」
「ズルッと床に崩れる和賀が、哀れというか、悲しいんだよね。逃げおおせた安心感じゃなく、逆に罪の意識が黒々と頭をもたげているのが判る。そう感じるってことはそれだけ、こっちが和賀に感情移入してるんだ。つまり演出的に成功なんだよねこの回。」
「そういうことになりますね。最終回に押し消されて印象が薄らいだだけで、けっこう珠玉の回だったんですよ。」
「そうみたいね(笑) てことはこの先もこうやって丁寧に追っていけば、わりと感動のシーンが出てくる可能性大ってことか。うわーオイオイちょっと頑張ろー。イッパツ気合入れ直すべ八重垣!」
「入れ直すべって、僕はいつも気合入れてやってますよ。智子さんの仕事が忙しいんです。」
「いやあたしだって手ェ抜いたことは1回もないけどさ。いかんせん現実を放り出す訳にはいかねーべー?何たって責任ってもんがあんだよ大人にはよー。」
「はいはい判りました判りました。そんなことを言っている間にどんどん進めましょう。」
「そうだね。んじゃ早速次のシーン行こう。和賀の横顔にオーバーラップして切り替わる、夜の操車場のシーンだね。」
【 蒲田操車場 】
「三木の死体が発見されたその場所へ、まずやって来るのは今西。前のシーンから続く、低音弦とオーボエのBGMがいいね。あの夜と同じような貨物列車の下に、花束とカップ酒を置いてやるのか。」
「この百合の花には反対側からライトを当てているようですけれども、透き通るような花びらが風に揺れるのが切ないですね。今西の気持ちを代弁するかのようです。」
「そして犯人に逃げられたかに見える者・今西に続いては、逃げおおせたかに思える者・和賀が陸橋の上にやってくる。立ち止まった和賀の向こうをきしみながら遠ざかる電車は、長い車体を『ひきずって』って表現がぴったりくるよね。全ては和賀の心情の比喩。逮捕という現実の罰が遠のいた今、今度は良心という名の神の声が、和賀を責め続けるんだね。」
「ライトアップされた区民ホールの階段は、あの晩三木がいたところですけれども、今は三木はそこにはいません。なぜって、和賀が殺してしまったからです。警察でも法律でもない自分自身の記憶が、和賀を告発し続けるとでもいいますか。」
「シーンはいったん暗転して今西のいる線路脇になるよね。ここで電車がゆっくり走る音が聞こえるけど、これってさっき和賀が見送っていた電車の音なのかな。あれが操車場に戻ってきたのかしらん。」
「ええ、そう考えていいと思いますよ。2人の間は繋がっていて、闘いも終わっていないんです。」
「さらに今西は、『亀嵩行ってきたよ三木さん』と亡き人に話しかけ、『何で来たんすか東京へ』と悔しげに言ったところでハッとする。自分がいま口にした言葉が、事件を解くカギだってことに気づいたからだね。遺体を確認した時に息子も言っていた通り、岡山からお伊勢参りに行ったはずの三木がそもそもどうして東京に来たのか…。まぁでも冷静に考えればね、そんなことも調べずに特捜本部解散だなんて、オメーら税金を何だと思ってんだってツッコミはあるけどさ。」
「まぁそのあたりを突っ込むとキリがないのは、ドラマや映画に始まった話ではありませんからね。純粋な推理ものとしては、原作自体がかなり強引なんです。」
「そうだよねー。カメダは誰だの東北弁と出雲弁が似てるだのってアチコチつっつき回す前に、まずは伊勢の旅館に行ってこいよって思うよね。今西と吉村が私立探偵コンビならいざ知らず、組織力を誇る日本警察が刑事を何十人も投入して捜査してんのよ? だったら真っ先に調べるべきは殺されるまでの三木の足取りであって、それで手がかりがなかったら初めて、過去の警官時代に何があったんだってことになるんじゃん。」
「ええ。まったくもってその通りです。東京に来る前の三木の足取りをこれまで誰も洗っていなかったというのは、いささか不自然すぎるとは僕も思いますけれども、ただ、このドラマはサスペンスとはいえ別に謎解き主体の推理ものではない訳ですから、そのぶんハードルは少し低くてもいいんじゃないかと思いますね。」
「まぁね、犯人は誰だ!の推理クイズやってる訳じゃないからね。警察の捜査にしてはちょいとお粗末すぎやしませんかくらいのコメントにして、肝心の和賀の心理の方に移ろう。操車場を見はるかす陸橋の上で和賀は、手袋を外して合掌する。この手袋を外すって行為の中に、和賀の贖罪の気持ちが見てとれるね。贖罪っつっても多分に観念的で、身勝手な側面もあるけどさ。」
「そうですね。そんな甘いことで今西は許さないだろうと、明らかにそう思える理論上の贖罪ですね。」
「そのあたりがさ、この何とも奇妙な手の合わせ方に出ていたと思うよ。初詣で拝んだり仏壇に向かったりする時って、あんなふうに親指立てないよね。多分あの不自然な指が表すのは、和賀の中の良心が自分に対して向けた『許されざる刃』の形なんだ。警察が手を引いてしまえば、和賀を裁いてくれる者はいなくなってしまう。罪の烙印は和賀の額に刻まれたまま、この先もずっと消えないんだよ。和賀が心の中でつぶやいていたのも、例えば『安らかに眠って下さい三木さん』みたいな一件落着の文句じゃなく、『俺の罪は一生、ぬぐえない…』って、そんな言葉だったんじゃないのかな。罪は続く。一生続く。和賀はむしろその思いを噛みしめていたと思いたいね。」
「でも大丈夫、今西は諦めていませんよ。『やれるだけのことやらんとな』という先輩の言葉に、若い吉村も力強く応じています。」
「今西は和賀にとって、追う者であり恐ろしい敵であり、でも同時に『救ってくれる者』になっていくのかも知れない。オンエアでこのシーンを見た時、ぼんやりとそう思ったね私は。」
【 和賀の部屋 】
「かくして罪から逃れたかに見えて、実はより深い罪業に囚われてしまった和賀は、静かにピアノの蓋をあけて純白の鍵盤に向かう。そこにあるのは美しくも神々しい世界。罪ある指を拒むかのような…。あたしさぁ八重垣、これで和賀が今までのようにピアノを弾けなくなるって設定もいいなと思ったよ。罪から逃げる卑怯者の上になど、創造神ミューズは宿らない。何たって相手は神様だからね。」
「そうですね。それが和賀への本当の罰だということですね。」
「その通り。音楽や文学といった芸術は人間の精神の豊饒のためにあるものなんだから、その人間界のルールに基づいて、犯した罪は償えばいいんさ。そうすれば元の場所に…ミューズのいる場所に戻ってこられる。逆にそれまでは決して許されないんだよ。」
「ということは最終回の『宿命』演奏シーンは、和賀が罪を償う覚悟をして挑んだ場所になる訳ですか。だから和賀はあのように見事なピアノが弾けたと。」
「まぁねー。そういう解釈するしかないだろうけど、ここで私が思い出すのは、三谷さんのドラマ2本なんだけどね。『古畑任三郎』のパート1で木の実ナナさんが演ったピアニストの話と、かの名作『古畑vsSMAP』において、三谷さんは罪を認めた犯人たちをステージに上げてはいないんだ。犯人の自白を受けたあと古畑が『プラハの春』を聞きたいと言うと、逆に犯人の方から慎みなさいと注意されるし、『古畑vsSMAP』でもさ、あれを見た人の中には最後に5人のステージが見たかったって意見もあったけど、三谷さんはそうはしなかった。罪ある者は舞台に昇ってはいけない。舞台とはそれだけ神聖な場所なんだ。この結末に三谷さんの舞台人としてのプライドというか、真意があるような気がするね私は。」
「神聖な場所ね。そうかも知れませんね。じゃあやはり智子さんの個人的な意見としては、このドラマの最後に和賀はステージに上がるべきではなかった…。」
「うん。そうなるね。私に決定権があるのならそうしたよ。ただそれだとドラマとしては全く盛り上がらないし、お前の理屈はどうでもいいから中居さんのピアノシーンを見たいんだよ!ってファンからも非難轟々だと思う(笑) それをあえて押し切ると『模倣犯』のようなことになるだろね。あの映画で森田っちは、非難を承知で自分の描きたいものを描ききったんだなと思うよ。――って森田っちの話を始めちゃうとあたしゃまた長くなるってば。先に進めよう先に。」
「そうですね(笑) えーっとそれで、ピアノに向かう和賀の耳には、今になって三木の優しい声が蘇ってくるんですね。逮捕される恐怖に怯えていた時には、何度来ても何度でも殺してやると思っていた相手なのに。」
「ここで聞こえる風の音はさ、実際に今この部屋に吹いてるんじゃなくて、和賀の心に吹き荒れる後悔と悲しみの音なんだろうね。それらの思いを和賀は、ピアノの鍵盤にぶつけるのか。冒頭であんたが言った、ピアノと和賀の関わりに重点を置いた回だっていう話の、まさにそのシーンがここだね。和賀の全てを受け止めて、ピアノは謳い始めるんだ。」
「この風の音もそうですけれども、『宿命』を第一楽章のイントロから弾き始めた和賀の耳には、協奏する管弦の旋律がまざまざと聞こえているんでしょうね。それがこのシーンのオーケストラなんでしょう。」
「だろうね。実際には聞こえてないバイオリンやホルンやオーボエの音を、頭の中で再構築して再生できる能力がなくちゃ、作曲家にはなれないだろうからね。んで曲が進むにつれて今度は和賀の『心』が動きだし、三木への思いはやがて父への思いに繋がって、『宿命』という曲の中に流れこんでいくんだね。」
「そのあたりを象徴するのが、ここで現れる本浦親子の放浪シーンですね。雪の荒海や、父親と並んで拝んだ赤い鳥居や…。」
「だけどさ、ここで聞こえる三木の声からすると、お父さんと別れたあとで秀夫は三木に連れられて、雪深い三木の家へ行くような感じなんだけど、このへんの設定はあとから変わったのかね。オンエアされたストーリーでは確か、本浦親子って神社で発見されてすぐに三木んちで寝起きしてたよね?」
「ええそうです。やっぱり物語が進むうちに、色々と変更があったんですよ。スタッフのご苦労が忍ばれるじゃないですか。さぞや大変だったと思いますよ。」
「それは本当にそうだよね。ここでうちらがこんなふうに、ああこう言ってるのは気楽なもんだ。素人の特権、無責任の極みだよね。まぁそのあたりは重々承知の上で、とにかくもワレワレがこのドラマを最初っから最後まで超真剣に見たことは確かですので、こんな生意気な意見もどうか許して下さいまし。ほれあんたも、礼礼礼! ぐいっ!」
「ちょっと痛いですよ! 痛いですからそんなに首押さないで下さい!」
【 婚約発表会場 〜 秩父 〜 衣装部 】
「続いては和賀の婚約発表の場。都庁のビルの後ろには暗い空が広がり、濁った光が下界に射しこんでいて、和賀の偽りの人生は戻りようもなく進んでいく…ってところか。ちなみにあさみとのシーンにはけっこう東京タワーが出てきたじゃん。でもこっちの綾香系は都庁で、東京を代表する2大ランドマークがうまいこと対比されてて面白いかもね。」
「一方今西は、今度も電車で伊勢の旅館へ向かっています。よくよく飛行機の嫌いなドラマなんですね。さらに吉村は秩父鉄道を徒歩で捜索。埼玉県とは思えない風景ですね。」
「実はあたしさー、この吉村のシーンはメチャ苦手なんだよなー。駄目とか嫌いとかいうんじゃなくってモロ、苦手。なんか芝居がクサすぎて見てる方が恥ずかしいんだもん。ここだけ青春ドラマか?みたいな。」
「でも吉村にとってはここが最大の見せ場なんですから、そんなことを言わずにつきあってあげましょうよ。」
「それは判るけどさー。バランス悪いんだよなーぶつぶつぶつぶつ。あ、ところで伊勢二見駅には私も行ったことがある。二見が浦の夫婦岩の最寄駅なんだよねここ。」
「三木はおそらく伊勢神宮に詣でたあと、夫婦岩を見にここに来たんでしょうね。伊勢の2大観光スポットですし。」
「だろうね。神宮では赤福とか食べてね。んでまたシーンは細かく切り替わって、和賀と綾香の会見会場では、お定まりのエンゲージリングご披露大会が行われてますな。でもここは綾香よりむしろ田所と和賀の2ショットの方が、意味深でなかなかいいんじゃん〜♪なんて思っちゃうのは、いけないいいわぁ星人のつぶやきね♪ おーいS原さーんゲンキ〜? 夏休みに高崎の観音山来ない〜?」
「はい座談会で私的メール発言はやめて下さい(笑) それでですね、この部分にはもう1つ、重要な伏線のシーンが出てきますよね。再出発の職場である衣装部で、あさみが例のコートを目にする場面です。」
「そうそうこれこれ。物語的観点からいくと、このためにあさみは衣装部に来た訳だからね。なんか最近の展開で忘れかけたけどもあさみっていうのは、三木殺害の夜に和賀が蒲田にいたことを証言できる唯一の人間なんだから。」
「ええ。そのあたりの位置づけが、再び大きくクローズアップされてくる訳です。」
【 伊勢 】
「こちらは伊勢の大家旅館ですけれども、これまた歴史を感じさせるいい建物ですね。智子さんあたり好きそうじゃないですか。」
「うんうん好き好き。いいねぇこの昔ながらの重厚な風情が。だいいちここは捜査本部の刑事さんたちが、三木の身元が判明したと同時に、真っ先に来るべき場所だしね!」
「まぁそれはもう突っ込まずにおきましょうよ(笑) ここで今西は女将さんから、三木が行き先を東京に変えたきっかけが映画にあったらしいことを聞き出すんですね。岡山へ帰るはずだったのに、急に東京に行くことにしたと。」
「んで今西が急ぎ文化座に行ってみると、今やってる映画は『半落ち』か。リアルでよろしいな。映画館の主人役に斎藤洋介さんとは、これまた豪華なチョイ役で。」
「三木が来た日は『陰陽師U』をやっていたというのも、現実に即していていいですね。しかも『陰陽師U』じゃあ、この事件にはまず関係なさそうな映画だというのがタイトルを聞いただけで判るじゃないですか。これでもし三木が見たのが『半落ち』だったら…ねぇ。ひょっとして関係ありそうですもんね。」
「もしかしてアンコール上映で『模倣犯』だったらコントだけどね。まぁこれが日テレのドラマなら、冗談でありえたかも知んないけどな。」
【 パーティー会場 】
「ここへも関川は相変わらず、和賀の邪魔をしに来るんだね。マメな奴。まぁ招待されてなかったら入れない場所だろうけど、マスコミの伝手でそのへんは何とかなるのかな。」
「主賓である和賀は田所のそばにぴったり付いて、政界・経済界のお偉いさんたちと次々挨拶をしていますけれども、関川は実際のところああいう立場に自分もなりたくて仕方ない訳ですからね。ことさらにラフなスタイルも、嫉妬の裏返しの自己主張でしょう。」
「しかしこの撮影会やってるおじさんたちって、揃いも揃って有名人大好き人間なんだろうね。新進気鋭の青年音楽家なんていったら、ぜってー取り巻きに加えたいんだよ。しかも和賀は綺麗な男だけに、従えてみたいのが人情ってもんだろう。大概スポンサー連中なんていうのも、中居さんに対してはこんな態度なんじゃないのか? もちそんな世界を貧乏人は想像するしかできないけどさ。」
「まぁ芸能人たる中居にとっては容姿端麗が必要条件であるにしても、和賀のこの容色も、人生の武器になったといいますか、ラッキーアイテムには違いありませんでしたね。」
「ラッキーアイテムね。確かにそうだね。これさぁ、もしかして関川にはそっちの自負もあるのかも知んないよ。自分もワイドショー番組にはよく出てるんだし、俺だってそんな悪い男じゃない、みたいな。」
「ええ、あるかも知れませんね。現に関川は十分に、いい男の部類に入りますからねぇ」
「んでその関川は、将を落とさんと欲すればまず、じゃないけどここでは綾香に近づいて、和賀にも色々あるとか何とかチラつかせて最後に、『女優にご注意を』と謎かけみたいなことをして去っていく。ジョークだろうと気にも止めなかった綾香の頭にはその時、あの口紅のついた吸殻が浮かんじゃうんだよねぇ。これでもし綾香がもっと育ちの悪い不躾な女だったらさ、あの時和賀が出かけたあとでベッドとかゴソゴソ調べて、枕の下にあさみの長い髪の毛を見つけてたりするんだぜぇ。まー大変よ和賀ちゃんっ!」
「いや綾香はこの場合そんなことはしていませんから。『砂の器』は昼ドラじゃないんですからね。」
「もちろんだって。ジョークジョーク。んで今の関川の言葉がちょっと引っかかった綾香が、問いかけるように投げた視線の先には和賀がいて、フラッシュを浴びながらいつものようにポーカーフェイスで笑っている。なんぼお嬢様だっつっても綾香は27歳。ぴよぴよの小娘じゃあないから、あの人が欲しいのは私じゃなくてあの場所なのでは…という疑念が、もしかしたら心をよぎるかも知んないね。」
「幾度となく打ち消してきた疑念でしょうけれどね。野心に満ちた男たちに恋心を利用される。これがお嬢様の宿命かも知れません。」
【 文化座 〜 秩父 〜 公園 】
「場面は再び伊勢の文化座になりますけれども、2シーン前に今西が来たときは夜でしたから、これはもう翌朝ってことですよね。」
「そうだね。従業員に会いに出直すって、今西もはっきり言ってたよ。しかしそうなるとこの直後に線路をフラフラ歩いてる吉村は、一晩中ああやって探し続けてたってことだよね。オイオイ待てよ真冬の秩父だろ!? なんぼ21世紀でも凍死するぞぉー!」
「そうか、一晩あけてるんですもんね。確かにそれはすごいな…。スポ根ドラマみたいですね。」
「無理だよぜってー無理だよこの設定―! あろうことか雷鳴まで轟いてるじゃんかあ。春雷にしちゃ早くねっすか? 冬の雷雨だなんて、秩父は日本海側じゃないんだからよぉー! やっぱアタシ駄目だ八重垣このシーン。生理的に受け入れねぇー! 恥ずかしいー!」
「じゃあ次の公園のシーンに行っちゃいますけれども、雨音にコール音がかぶって始まった割には、公園は気持ちよく晴れていますね。証拠隠滅の件をしつこく気にしている和賀に、玲子は燃やしましたと嘘をつきますけれども、これは日にちがたって玲子の心も落ちついて、穏やかに事を済ませる余裕が出来たってことなんでしょうか。」
「まー熊谷の路上ではね、和賀の言葉に対して玲子は答えるタイミングをはずしちゃったんで、問い詰められてボロボロになる前に会話を打ち切ったとも解釈できるけどね。和賀は鋭い奴だから、それなりの心構えがないと誤魔化しきれない。」
「それはありますね。うまく対応するだけの精神的余裕が、あの時の玲子にはなかったんでしょうね。」
「んで今ここで玲子は電話しながら荷造りしてるけどさ、これから越すのか越してきたのか、いったいどっちなんだろね。こういう場合に固定電話と違って携帯って、場所の特定ができないから不便だよねー。ドラマも小説も携帯の普及でエピソードが変わったっていうけど、それってホントだなと思うよ。」
「智子さんもそろそろ持ったらどうですか? 便利ですよ携帯って。」
「ヤだ。あたしが持ったらコンピュータ・トラブルの電話で24時間365日追いかけられる。んな、相談できる消費者金融じゃあるめぇし御免だねそんな生活。んでシーンの話に戻るけど、玲子に語りかける和賀の話し方も、これまでとは大分変わってるよね。」
「そうですね。自己の罪業を意識したことで和賀は大きく変わりました。子供たちを見る目の優しさはこれまでにもあった表現ですけれども、玲子の子供の幸せを願う言葉といい、この場面ではより深く強調されていると思います。」
「『不幸はどこかで断ち切らないとずっと続く。断ち切る強さを持てるかどうかだ』ってセリフにも、実感がこもっててズシリと重たいよね。」
「ただ…これを言っている和賀本人は、果たして不幸を断ち切ったのかどうかというと…」
「うん、断ち切ったつもり“だった”と思うよ。今までの和賀は。でも今は揺らいでいる。断ち切ったどころかもっと大きい不幸を、自分が呼んでしまったことに和賀は気づいていると思う。そんな不幸な青年を包むバックのさざなみが、悲しいほど綺麗なんだよねこのシーン。煌く波をバックに佇む和賀のシルエット…。このカットはこのまんま1枚の絵になってるよ。現にこの第5回のタイトルサムネイル、中居さんのアップじゃなくてこのシーンにしちゃったもん私。もぉ構図からして絵画的でさ、まんまポスターにして飾りたいよ、うん。」
「でも和賀はもしかしたら、ここで無意識にあさみを待っているんですかね。今まではここに来ればあさみに会えたんですよね。ほぼ例外なく。」
「おお、あんたもそう思ったか八重垣。私もやっぱそうだろうと思うよ。だけどあさみはやって来なかった。彼女の中ではもう、和賀には会わないって決心がついてるんだろうね。一度でも体を重ねると、女ってけっこうキッパリできるもんなんだ。それから当然和賀の婚約も大きいよね。ああも大々的にTVでやられたんじゃあ、自分とは違う世界の人だって納得するしかあるまいて。」
「で…ここであさみに会えなかったために、和賀は『フォルテ』に来たんでしょうね。」
「うん、エピソードはそういうふうに繋がっていくよね。今までとは2人の立場も逆転してるんだな。今では和賀が、あさみを求めているって訳だ。」
【 秩父 】
「さてここは智子さんの苦手なシーンですから、さっくり行きますよ。一言で言ってしまえば要するに、吉村は奮闘の末に玲子の撒いた血のついた布片を発見したと。そういうシーンだということです。はい。」
「まぁねぇ、永井くんの熱演は大いに認めるけどねー、いかんせん表現が激烈オーバーでさぁ、ほとんど劇画じゃんかこりゃ。指の爪から血が出てブルブルするのも、別に素手で穴掘った訳じゃなし、あんな風になるかねぇ。それとようやく見つけた重要証拠物件をあんな汚いハンカチで包んじゃ駄目だろ。ピンセットにビニール袋くらいはさぁ、なんぼ休暇中の捜査でも持ってこいよぉ。素人の探偵コンビの片割れじゃないんだから。」
「まぁ熱演は熱演でしたよ永井くんも。土手を転げ落ちて泥水に突っ込むところなんて、捨て身の体当たりだったじゃないですか。」
「いや私はあれで逆に引いた(笑) さも熱演でござい!って感じで押しつけがましいよ。…な〜んていつまでも言ってると永井くんファンに怒られそうだから最初にゴメンナサイって言っとくけどね? こういう体当たりの芝居って一番簡単なんだよなー。極端に言えば素人がやったって、体当たりならそれなり感動する。てか永井くんが云々というより、なんでこういう演出がここに成立し得るんだろう…。こんな暑苦しい熱血が必要なんかねこのドラマに…。うーん…。なー八重垣ぃ。やっぱアタシ納得いかなーいー!」
「…えっと、次行きましょうか。ね。要するに証拠が見つかっただけなんですから。そういうシーンなんですよ。」
【 フォルテ店内 】
「さぁいよいよ第5回もクライマックスだ。今回のテーマである『和賀とピアノの関係』においても、説得力のあるエピソードだよねここは。」
「ええ。あさみは行きつけの店である『フォルテ』でバイトを始めたんですね。閉店後の片づけと掃除が仕事といったところでしょうか。」
「劇団の衣装部なんて給料メチャ安そうだもんね。バイトで補わないとやってられないんだろう。うんうん判る判る。」
「で、その店へ思いがけず和賀がやって来た時、あさみにすればどうしてなのか理由が判らなかったでしょうね。あの朝、人間としては力強いエールを送っても、女としてのあさみをはっきり拒絶したのは和賀の方なんですから。」
「そうだよね。『私たちは会ったことない。もう会うこともない。そうでしょ?』ってあさみの言葉は、一種の皮肉だもんね。あの時あなたがそう言ったんじゃないのみたいな。でも和賀は黙って手袋なんか外しだして、真意が読めないあさみはちょっとヒステリックに 『帰ってって言ってるでしょう!?』 これっていわば言葉による平手打ちって感じか。」
「自分の心をもてあそぶつもりかという怒りですよね。あさみから見た和賀は、何ひとつ不自由しない、将来を嘱望された強くて幸せな男ですから。でも和賀は『あの時の君と同じだ』と言って、それ以上は無言でピアノを弾き始める。」
「和賀はさ、ピアノに語らせるんだよね。言葉を紡ぐ訳でも、ましてやあさみを抱きしめる訳でもなく、不器用に手袋を外して鍵盤に向かう。それが何より雄弁な、和賀の自己表現手段だから。」
「この店にあるピアノは、スタインウェイを弾きなれた和賀にすればオモチャ同然の品でしょう。でもピアノというものは、和賀が心を開放できる唯一の存在なんですね。そして和賀が真剣だということは、曲を聞いているうちにあさみにも伝わるんです。特別な曲だということ…。交響曲だの協奏曲だのそういう学問的な理解ではなく、もっと深い根底の部分というか、ああ、この曲はこのひと自身なんだなという、そういうことが綾香には判らなくてもあさみにはすぐ判ったんでしょうね。」
「そうだね。それが、魂の理解者ってことだよね。そのあたりをこのシーンではさ、カウンターの中で見つめるあさみに、曲を弾く和賀の俯けた顔がオーバーラップして、ひとときを保ったのちまたあさみに戻るという、映像技術の粋を凝らしたような丁寧なカットで表現してるんだね。言葉なく、曲に乗って、寄り添っていく心と心を。」
「この曲が作りかけの『宿命』であることや、最初に聞かせたのは綾香でなくあさみであったことなどは、ここまでストーリーを追ってきた視聴者には判っていますからね。また途中で入る海岸の風景によって、今さっき和賀が言った『あの時』とは、あさみが自殺しようとした時のことだというのも判ります。」
「だからこの時の和賀の思いは、『あの時のように今度は俺を助けてくれ』ってことなんだろうね。そんな弱みを今まで和賀は、誰にも見せたことはなかったんだろうけど。」
【 伊勢 】
「『フォルテ』でのロマンチックな場面にグイッと割り込む感じのこの伊勢のシーンは、和賀もあさみも決してこのまま幸せにはなれないのだと、そのことを思い出させる効果がありました。悲劇が待っているのだと、確実に予感させるシーンでしたね。」
「今回も今西は真実をいいところまでたぐり寄せてるのに、結局外しちゃってるんだよね。それにしても斎藤さんはいい味出してるなー。本物の刑事を見るのは初めてだけど映画とは違うとか、初対面じゃないせいで親近感を感じてるんだろうね。捜査に協力したいから何でも言ぅて、とやけに積極的な『田舎のオッサン』を、今西はちょっと持て余し気味になってる。この持て余しが大きなポイントだね。」
「ええ。多分にうるさかったんでしょうね今西にすれば。『まずは小さな善(よ)きことから始めよ。それがいつかは世の中の大きな善きこととなる』という言葉を、話の流れでちょっと褒めただけなのにすぐ田所の写真の前に連れていかれたのも、田舎にありがちな政治家崇拝かと今西はゲンナリしたと思います。東京の人間は普通、田舎の代議士に興味はありませんからね。遺影のような田所の写真も、おざなりにザッと見ただけです。」
「しかもさ、そこに電話がかかってきて斎藤さん…じゃないよ映画館の主人が、場を離れて行っちゃったのもアンラッキーだったね。これで横に立っていればさ、このおじさんすっごくしつこく今西に解説してくれたと思うよ? これが田所先生のご家族の写真ですとか言って、写ってる1人1人を懇切丁寧に。」
「ああ、目に見えるようですねぇ。熱心な主人と迷惑顔の今西。でもそうしたらおそらく、和賀が田所の娘婿で東京の音楽家であることくらいは、この主人も知っていて教えてくれたかも知れませんね。」
「だけどさ、一方で和賀の心理を考えた場合、どんな写真であっても手の傷がバッチリ映っちゃうようなポーズで収まるもんかねぇ。神経質に隠すんじゃないかなぁ、和賀の性格だったらさ。」
「でもこの写真でこの傷を見たからこそ、三木は和賀が成長した秀夫であると気づいた訳ですからね。ストーリー展開上、これは仕方がないんじゃないですか?」
「だけど和賀ってのは真夏でもピタッと長袖着て、カフス止めてそうなタイプじゃない? ピアニストなんだから指だけじゃなく腕全体を保護する必要があるとか何とか、言い訳もつくだろうしねぇ。」
「まぁまぁそこまで細かいことはいいじゃないですか。次はいよいよラストシーンですよ。」
【 フォルテ 】
「ピアノを引き続ける和賀と、彼をじっと見つめるあさみ。こんな和賀の姿を見るのは、あさみは初めてなんだよね。今までずっと強い人だと思っていたのに。才能も名声も溢れんばかりの、ミスター和賀英良だったのに。もしかしたらこの人の心にも、誰にも言えない苦しみや悲しみが宿っているのかも知れない。あさみはそう思ったんだろうね。」
「そうですね。切なく見守るような松雪さんの目が素晴らしかったと思います。タイトルの『宿命』を聞いた時にも、あの崖の上で和賀が言った言葉だと、間髪入れずにあさみは思い出すんですね。」
「でねぇ。その次のねぇ、きゅっと下から見上げる和賀の視線なんだけどね? 厳然(げんぜん)と身構えたようないつもの眼差しに、ふと弱さと脆さの浮かぶ…この目はもう絶品中の絶品だったね。全編通してあんまり言われないシーンだけど、これぞナカイマサヒロにしかできない目だと言い切っていいと思うよ。透明で、触れたら崩れてしまいそうな儚(はかな)さ。これが中居さんの真骨頂なんだと思う。中居さんをトップスターにした要因は色々あるけども、迷宮みたいな摩訶不思議な二面性とともに、この人のもつ独特の『儚さの風情』――男女関係なく古来日本人が大好きな、この風情なんだと思うねー私。これを持ってる男性芸能人って他にいなくない? しかも10代ならともかく30代で(笑) 揚句の果てはそれを看板にするんじゃなく、笑わせたりかき回したり無愛想だったり時には凄味まで出してみちゃったり、そういう派手なエンターティナーっぷりを惜しげもなく披露する中で、ごくごく稀に幻みたいに、ふぅ…っとこういう風情を漂わされたら、そりゃあ2千万人がコロッとやられるのも道理さね。このシーンで見せる一瞬の和賀の眼差し。ここにザ・ナカイマサヒロの秘密がひとつ隠れてるのよ。」
「はっはぁ…(笑) まぁ僕には はっはぁとしか言えませんのでね…。いやぁ熱いですねいいわぁ星人は。」
「いやー久ブリに語ってしまったぜよ。まーしかし振り返ってみれば、オンエア時にこの第5回を見て少しホッとしたのを思い出したよ。第3回と4回でテンション下げられまくったからねー。この第5回になってやっと、ああ少し揺れが止まったなって感じだった。」
「ねぇ。予想外に面白かったですね(笑) 連続ドラマの第5回6回あたりは大事なところですから、このあたりをビシッと締めてほしいんですけれども。」
「このあとの第6回には、うたばんにもよく出てきた『和賀さんですか』のシーンがあって、第7回は和賀が僕がやりました…とドアノブにすがるシーンでしょ。んで第8回は和賀くんハッピーバースデーの回で、9回にあさみの告発があって、10回11回が最終回の前後編と。こんな感じだったよね確かね。」
「ええ。そうだったと記憶しています。次回でちょうど折り返しですねこの座談会も。」
「そうだよねー。雨にも風にも夏の暑さにもマケズ、きっちり進めませんとねぇ。1回くらい暑気払いやりたいとこなんだけど、こう暑くちゃビール飲んでるそばから即身成仏しそうだしなぁ。」
「まぁそう言わずにビールを1杯。スポンサーさんに敬意を表してスーパードライでいきませう。」
「おやたかみ〜。そういやいなかったね今回ね。なに、酒屋さん行ってたの。」
「いや暑いんで寝てたんですけど、ビールって聞こえたんで目が覚めて。ハイそれではかんぱ〜い。第5回完、お疲れ様でしたぁ。」
「あ、どうも…。お疲れっした。」
「それで私思ったんですけどね八重垣くん。」
「え、あ、はいはい何でしょう。」
「やはり音大出の名にかけまして、どっかで一度『宿命』企画をやりたいなぁと思うんですよ。北海ドーに行った時もずっとそれ考えてたんです。」
「嘘だ。そんなわきゃない。花咲ガニがボイルされすぎてて怒ってたくせに。」
「え? 自分は花咲ガニを食べたのにおみやげはとうもろこしなんですか? 何ですかその格付けの差は。」
「ぎく。高見澤、これは話題をしくじったかも。」
「いいですよ判りました判りました。僕、ドーには友達がいますから今度その人に頼んで送ってきてもらいます。僕が頼めばね、大抵の無理はきいてくれる優しい人ですから。」
「あーあーやめとけやめとけ八重垣! そんなこと言うと高級まりも耳かき1年分とか届いちゃうよ。」
「まりも耳かき? そんなのがあるの?」
「あるんだわこれがー。何なら今度実物持ってくるよ。てっぺんでまりもが笑ってんだ。楽しいぞー♪」
「うんうん見たい見たい♪ 高見澤、耳掃除得意ですっ。今度八重垣くんにやったげる♪ えー左上がCの1。」
「歯ですよそれは。歯! 駄目ですよ最後のご挨拶を忘れてるじゃないですか今回。」
「おおそうだそうだ。いやー暑いからねぇ記憶も飛ぶ飛ぶ。」
「何でも暑さのせいにしないで下さい。はい、えー、といった訳で…ってどんな訳なんだかよく判りませんけれども、第5回の座談会は以上でまとめたいと思います。次回第6回は8月になりますので、ご理解ご承認のほどよろしくお願いします。はい、それでは来月までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「カニがいまいち好きではない、タコイカ大好きの木村智子と、」
「『誰でも判る“宿命”聞きどころ講座』をやろうと計画している高見澤でした。また次回。」
「おい聞きどころ講座ホントにやんの? 楽譜をチョクに載せる訳いかないんだから、どの部分の話してんのか、読者とポイント合わせるのが難しいよ?」
「いやいやそのへんはぬかるみです。楽しんで下さい。」
「ぬかりがない…んじゃなくてぬかってんのかいっ! 田んぼじゃあるめーし滑るだろー!」
「つるつるつるーっと高見澤退場〜。『宿命』講座お楽しみにー!」
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