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【 第6回 】

「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。もうね、お盆休みだの何だので智子さんが帝国ホテルなんて場違いなところへ行ったりして、結局前回の更新から丸1か月近くあいてしまったんですけれども…。はい。」
「いやいや恐れ入ります木村智子です。そりゃまあキモチ的には夏休みじゅう朝から晩までせっせせっせと執筆して、座談会を仕上げたい面もあったんだけどね? ここんとこ精神的にもキチキチしてたから、少しは自分にエサをやらんと暴走するかなと思ってさ。」
「まぁねぇ。確かにこのところ、大丈夫かなと思うくらい忙しかったのは僕も知っていますけれども、この座談会も今回で6回め、ちょうど折り返し地点ですから、あと半分頑張ってもらいたいなと思うんですけれども。」
「そっか、そうなるんだね。まだまだはるかかなたの最終回みたいな気でいたけど、この座談会も着実に進んでたんだ。」
「ええ。ゆっくりゆっくりですけれどもちゃんと進んできました。」
「アテネには重なっちゃったけどねー。できれば開催までに完結させたかったんだけどさ。まぁ年は越さないと思うよ多分。」
「当たり前ですよ。冬になる前には何とかしましょうよ。」
「まぁせいぜい前向きに頑張ろう。んでこの第6回なんだけど、やっぱ一言で言って『微妙』だねー。けっこういいシーンはあるのに、全体を俯瞰すると印象に残らないのよ。なんでなんだろうこれ。」
「そうですねぇ…。場面転換にオーバーラップが多用されていて、各シーンを細かく切っては繋ぎ切っては繋ぎしているあたりにも、その一因があるんじゃないかと僕は思うんですけれども。」
「あ、それは言えてるね。確かに目先は新しくなって、何となくテンポがよくなったような気はするんだけど、最終的にはあれこれ色が混じっちゃって、鈍くくすんだ感じになったっつーかね。しかも細断するってことはさ、つまりそれだけこまこまこまこま、オイオイまたかよって感じに同じようなシーンがテンドンされるってことじゃんか。だから全体を大きく見ると、混然・雑然・なんだんねん!って印象になっちゃったんだね。うんうん。」
「まぁここで駄洒落混じりに全体の印象を語っていてもあれですから、とにかく本題に入りましょう。『フォルテ』から帰ってきたとおぼしき和賀が、雨の窓辺に佇むシーンからです。どうぞ。」


【 和賀の部屋 〜 交互に吉村 】
「僕が思うに今回は、いきなりいいわぁ星人殺しのシーンから始まったんじゃないですか? この和賀の立ち姿に皆さんは、ああっこの憂いを帯びた後ろ姿がたまんない〜! とかってぐねぐねするんでしょう?」
「そうそうまさにその通り。あんたも気の利いたこと言うようになったねー八重垣。」
「ええ、お陰様で僕にもだんだんいいわぁ星人の生態が判るようになってきました。あとはこの煙草に火をつけるシーンの口元アップがいいとか言いそうですよね。どうやらパーツに凝るんですね、星人の皆さんは。」
「パーツねー。そうだね凝るねー。しかも中居さんて人はさ、パーツもよければ配置もいいという造化の神のマスターピースみたいな存在だからなぁ。ああもぅホントにほんとに、いいわぁぁ…♪ と陶酔したい気分を一気に冷ましてくれるのが、ここでの吉村刑事のクッサい芝居なんだよぉー! いやいやそう言っちゃうと永井くんに申し訳ないから言い直す。なんなんだよこのクサい演出は―! ここまでやられちゃ白けんべー!」
「ああねぇ…。前回の線路探索シーンに引き続き、今回も出ましたね熱血刑事吉村が。確かに負傷しているのかと言いたくなるような大袈裟な動きでした。」
「ホントにそうだよねー。ッとになんなんだよこれはぁ。足元もおぼつかずにヨロヨロして転んだりさぁ、野戦病院かいここは。それともなにかいガミラスでも攻めてきたんかい。だいいちどこの警察署だか知んないけどあんなずぶ濡れの不審人物がだね? 誰にも呼び止められずに勝手に建物の奥に入ってこられるほど、日本の警察署ってのは平和ボケしてんのか。いい加減にしろだよなーマジ。画面見てる方が虚しくなる。どっこい中居さんの後ろ姿が交互に短いカットでちょくちょく入ってくるから、早送りする訳にもいかないんさぁ。アリジゴクみたいなシーンだよ実際。」
「まぁここの吉村には僕もさすがに苦笑しましたね。丸っきり劇画ですよねこれじゃ。」
「うん。こんな劇画テイストの演出がなんでここに必要だったのか、あたしゃそれが判らないんだよなー。つい『太陽にほえろ』の世良さん初登場の回を思い出しちゃったよ。ひどかったからね最初の頃のボギー刑事は。側溝に這いつくばってヨダレ垂らすほどの熱演でさ、もう恥ずかしくて見てらんなかった。でも回が進むにつれてどんどん自然になっていって、最後の殉職シーンはよかったねぇ。刑事を辞めた直後にボギーは路上でヤクザに刺されるんだよ。その時の断末魔の台詞がさぁ、『カッコわりいなぁ…。ねぇちゃん…。』って、たった一人のお姉さんに向けた一言でね。あれは真に迫ってたなぁ。んでそうやって殺されたボギーを犬死にさせまいと、山さんを初めとする七曲署の仲間たちが奮い立って、全員でその難事件を解決するっていうストーリー…」
「いえ今ここで別のドラマの解説はいいですから、このシーンについて語って下さい。僕がちょっと思ったのはですね、ここでの吉村の大袈裟な動きは、窓辺に佇む和賀に対比させた、静と動の関係なんじゃないかということなんですけれども。」
「なるほど静と動ね。それもあるかもね。てゆーか私テキには俳優・中居のビフォアアフターを見るようだったよ。ついこないだまでは中居さんも、こんな芝居芝居したベッタベタな芝居してたからなー。まぁそれでも残りオンエア5回の中に、こんなクサいシーンはこれで最後だったからヤレヤレだ。永井くんじゃないのよ劇画タッチの演出がヤだったのよ。あたたたたたっ!ひでぶっ!の世界じゃんか全く。」
「そうですね。吉村のピンの大活躍はここまででした。このあと走り回るのはもっぱら今西ですから。」
「んでこのシーンの最後に和賀ちゃんをアップにするカメラは、ぐーっと回りこんで彼の左横顔をとらえるじゃんか。瞳に映りこむ光の加減が綺麗だねぇ。さらにそこからオーバーラップして、今回のタイトルカットは夏の浜辺。波打ちぎわを歩く本浦親子の姿から暗転して、次のシーンに続く訳だ。」


【 和賀の部屋 〜 捜査本部 〜 和賀の部屋 】
「1週間後、とテロップが断りを入れて始まったこのシーンは、なんかちょっと間延びしたロング映像だよね。和賀が何をやってるのか一瞬判らなかった。テーブルに何か重要なものでも見つけたのかと思ったら、まっさらな五線紙をピアノのところへ持っていっただけだったね。」
「そうですね。説明調の映像につい注目してしまいました。」
「でも改めて思ったのは、屋根の上がったピアノって綺麗だなーってことかな。フォルム自体が芸術品なんだよね。」
「ええ、確かにピアノって綺麗ですよ。曲線の美の極致という感じがしますね。『フォルテ』にあったようなウッドカラーにも独特な味がありますけれども、このブラックボディがやはり最高でしょう。」
「まさに王者の風格ってやつだな。んで和賀が手にした楽譜はネーム入りの特注品だから、要はスコアの清書用なのかな。玲子に渡した楽譜には名前なんて入ってなかったもんね。」
「そりゃそうですよ。いくら玲子が訳知りで信用のおける相手であっても、あのセーターを名前入りの五線譜で包むほど、和賀も無防備じゃないでしょう。」
「だよね。たちどころに足がつくよね。だいいち1枚あたりの単価が市販の紙よりずっと高いに決まってんだから大事に使わなぁ。前回の作曲シーンみたいに、書いちゃあポイって訳にはいかないよ。」
「現実的な視点ですね。まぁ確かにこのシーンを見る限りロットも100枚単位くらいでしたから、そう無駄遣いも出来ない感じではありますね。」
「100枚? そんなもんだった?」
「だと思いますよ。普通の五線紙より縦に長い、スコア専用のものですね。それを和賀はテーブルで開けて、何枚かを取り出してピアノに置いたんです。」
「ああそうだったそうだった。EiryoWagaのネーム入り五線紙、ファンの間ではお宝モンだろうね。んで和賀がここでじっと目を閉じるのは、三木の件もなんも全部ひっくるめて、『宿命』の仕上げに本気でとりかかるぞという気合の入れ直しだったんだろうね。」
「気合の入れ直しというと何やらスポーツのようですけれども、つまりはそういうことでしょうね。メロディーが出来上がり構成も決まった『宿命』を、いよいよこれから立体的なスコアに仕立てていく。絵でいえば下書きから彩色へ、彫刻でいえば粘土の塑像から大理石の本彫りへ移るような感覚なんじゃないでしょうか。」
「それはうまい比喩だ八重垣。メロディーをスコアに…すなわち協奏曲に仕上げるっていうのはそんな感じなんだろうね。」
「で、そのシーンと並行させて捜査本部再開の様子が入りますけれども、和賀の作曲が本格的になると同時に捜査本部も再開されるというのは、皮肉といいますか悲劇的ですね。前回までの和賀の観念的な贖罪は、やはり許されなかったということです。」
「しかしさー、吉村の探してきた布にくっついてた血液って、ほんのちょっとのもんだよねぇ。そもそも和賀は犯行の夜に、あのセーターを必死でゴシゴシ洗ったは洗ったんだし。なのにあれしきの量でDNA鑑定なんて出来んのかぁ? しかも吉村はあんな重要な証拠を、べったべたの泥ハンカチで包んでるんだよ? 素人考えでもちょいと無理なんじゃないかと思うけどねぇ。あとさぁ、昭和の刑事が吉村の健闘を讃えるのはいいけど、休日返上で探したってあんた、サラリーマンじゃねんだから休日返上ごときで褒めるなんて甘いだろ!って思ったのは私だけかな。ここでの昭和のセリフはさ、『吉村刑事が執念の捜査で発見してくれた!』程度でいいんじゃないの? ッとになんだよ休日返上ってのはよー。特別捜査本部の刑事が休日返上で褒められたんじゃ、システム切り替え時のSEなんて警視総監賞もんだぁね。」
「まぁまぁそうあっちにもこっちにもモンクをつけないで下さい。智子さんの休日返上が当たり前だっていうのはよく判りましたから。」
「あとさー、どうしても納得いかないのがね? よしんば吉村が発見した布片に付着していたのは三木の血液だと科学的に立証されたにしても、じゃあ今度はその布片が玲子の捨てたものだって証拠があるのかっつったら、実はどこにもないんだよね。推理作家が見たのは紙吹雪を撒く女であって、その紙吹雪イコール血の付いた布だってことは、小説家が『持ち前の想像力をはたらかせて』考えたシチュエーションにすぎないと、現にたった今ここで吉村自身が言ってんじゃんか。小説家なんてのは見てきたような嘘をつくのが商売なのにさ、小説家の妄想が証拠になっちまった日にゃあアンタ、いいわぁ星人なんて全員名探偵だがね。」
「それもそうなんですけれども、だからこそ警察は第一級の重要参考人として、玲子を探しているんじゃありませんか。あの作家は少なくとも玲子が『電車から何かを撒いた』ことは間違いないと証言しているんですから、それを受けて警察は玲子本人に、この作家の目撃証言は本当ですか誤りですか、本当だとしたらあなたはいったい何を撒いたんですかと聞きたい訳ですよ。」
「まーねー。そういうことになるんだけどさー。人間ドラマの味つけ要素としてのサスペンスなら、この程度のテイストでいいんだろうけど、追う者・追われる者のサスペンスとして見ると、どうにもお粗末感がぬぐえないんだよなー。どっかで見た古い刑事ドラマ、って感じで、類型的で。」
「それはもうしょうがないですよ。このドラマの明らかな弱点の1つです。ですからこのシーンの意味はむしろ、これまでの経緯を視聴者に復習してもらうことと、和賀は作曲に専念していたせいでこういった新たな包囲網が成立したのを知らなかったと、それを説明することの2つだと思いますね。」
「なるほどね。本部での会議シーンと、和賀がスコアを書くシーンが交互にあらわれるのは、そのあたりを強調してるんだってことか。今回特に多いよねこの手法がね。」


【 和賀の部屋 〜 田所の事務所 〜 和賀の部屋 】
「和賀を追いつめるものはさらにもう1つ。何やら嫌な女キャラになっていきそうな綾香の存在だね。4時に事務所に来いと権高く和賀を呼びつける田所パパのそばには、不安そうな面持ちの綾香がいましたと。」
「綾香がパパに言いつけたのは、和賀の部屋にあった吸いがらの件でしょうか。それとも関川に言われた意味深な忠告の弁か、どちらでしょうね。いや両方かな。」
「まーどっちにしても和賀を疑っちゃう気持ちは納得できるというか、それはまぁしょうがないからさ、いちいちパパをひっぱり出さんと自分でフィアンセに聞いてみろっつんだよね綾香も。これがお嬢様キャラの最高に嫌なところだ。恋愛に権力を持ち込んじゃいかん。古今東西津々浦々、絶対にやっちゃいけない禁じ手だよ。」
「このあたりはあれですね、女性視聴者がどういう同性を嫌うかを脚本家が感覚的に熟知しているからこそ、効かせられるスパイスなんでしょうね。さすがは龍居さんです。」
「うんうんそれはあるかもね。綾香・悪役への道(笑) それからこのシーンの特筆事項として上げたいのは、煙草に火をつける中居さんの手の綺麗さだね。顔の前にこう持ってきてこうカチッてやる動きが、超Sexyだことぉ♪ あうーあうー、ぐねぐね♪」
「パーツに凝ってぐねぐねする。まさにいいわぁ星人の典型的な生態です。」


【 玲子のマンション 〜 rain 〜 路上 〜 捜査本部 】
「ここもまた映像による説明が続くシーンですね。玲子は雪ヶ谷のマンションを引き払って保育園が近くにあるらしい場所に引っ越し、『Club rain』も辞めた。警察は後手に回りながらも、懸命に彼女の追跡を続けている…ということがこれらのシーンから判ります。」
「そうだね。これがもし橋田先生のドラマだったら、登場人物の長台詞で全部説明させるんだろうって感じ。まぁそういう手法を善し悪しする気はないけど、そのあたりの経緯をこのドラマではきちんとエピソードを積み上げて語ってるんだね。たださぁ、店の極秘事項でありメシの種でもある顧客リストを、なんぼ相手が警察だからって、現物で渡しちゃう経営者ってのはありえないだろうと思うけど。」
「いやその点警察には、絶対的な守秘義務があるでしょう。信用していいんじゃないですか。」
「そりゃ判るけど、だからって“現物”を渡すかなって話よ。名簿自体をポンと渡すってのは、店の経営者としてありえないと思うよ。別に指紋を採取しようってんじゃないんだし、コピーとって渡せば済むことやん。」
「確かにそうですけれども…。相変わらず細かいところ突っ込みますね(笑)」
「おお、それをなくしたらこの座談会も魅力半減よ。ディティールにこだわるのも持ち味の1つ。んで警察が必死に捜査している事柄の中にはちゃんと 『陰陽師U』 もあるって、わざわざテロップで紹介されるのが律義だね。リアリティを出そうって狙いなんだろうけど、逆になんか笑っちゃう。いまだに犯人の特定ができていない以上、三木の身辺の情報収集にはもっともっと力を入れてこそリアルなのにさ、そこんとこを今西の思いつき任せにしている時点で、すでにリアリティはないんだってば。三木が急に東京に来た理由を探る手がかりは、本当に 『陰陽師U』 だけしかないのか? 本庁の刑事たちが何人も加わっての捜査なのにそれだけしか見つけらんないの? んなはずないだろ馬鹿馬鹿しい。手ぬるいご都合主義だよ。これさぁ、前にもゆったかも知んないけども、宿命だの何だのっつってサスペンスタッチを大々的に煽った割には、ドラマ内で展開する捜査の進め方が、甘っちょろい2時間ドラマのレベルなんだよね。ホラよくあるやん、各地の名所とかグルメとかも交えて紹介する、素人探偵コンビの凸凹珍道中。そのレベルなんだよ今西と吉村のやってることは。とてもとても現代日本警察が国家予算を投入して組織的に行う捜査とは言い難い。だから和賀の追いつめられ方も緊迫感が薄いんだろうね。」
「そうですね。この座談会をこうして進めていくうちに、ドラマ『砂の器』の大きな弱点が1つ、確実に洗い出せましたね。」
「うん。キャラクター重視でいくはずが途中からサスペンスをメインにするよう路線変更したため、付け合わせ程度でよかったはずの犯人捜査の部分がグッとクローズアップされることになってしまい、結果、そこまで準備していなかった基本設定を補強する時間がなく、リアリティを出しきれずに息切れした…って感じかな。」
「あくまでも当座談会の『私見』ですけれどもね。そういうことかも知れないですね。」


【 和賀の部屋 〜 『響』の廊下 〜 和賀の部屋 】
「さて和賀ちゃんの部屋にはミッチー女史をお硬くしたみたいなマネージャーさんが来てるけども、和賀が例の口紅のヌレギヌを着せたのはこの人なんだよね。まぁどう見てもこの女史は、和賀先生のおタバコを頂戴してお部屋で吸ってくタイプではないよなぁ。」
「ええ、見るからに仕事ができそうな女性ですね。…智子さんてけっこうこういうタイプだと勘違いされるでしょう。」
「コラコラ何でそこで勘違いと決めつける。確かに私はこういうタイプであって、なおかつもう少し華があるとお言い。」
「穴?」
「穴じゃねぇよ華! 穴があってどうすんのスズメバチの巣じゃあんめぇし。」
「いやスズメバチっていうよりスズメの巣の方が近いですよ(笑) て言うか智子さんて鳥でいえばスズメみたいじゃないですか。いやこれ褒めてるんですよ。どこででも生活できそうで。」
「まぁな、これであとは栃木にさえ住めば、関東グランドスラム達成なんだけどな。」
「そこで間違っていきなりドー国とか行かないで下さいよ(笑)」
「誰が行くかいあんな寒いとこ。聞いた話ではあそこではもうボチボチ、悲しみを暖炉で燃やし始めてるらしいっていうやん。やっぱ人間の住むとこじゃないんだって。寒さに耐えるべく北国の生物はみな、むくむくと皮下脂肪を蓄える。だからひなつのムネはあの通りフタコブラクダなんさね。…なんつってバカなことゆってないで、このシーンでの何よりのギモン点はこれよ。口紅ベッタリの濡れ衣を着せられたこのミッチーもどき女史がさ、リハとナントカのスケジュールがどうのこうのって和賀に言ってるんだけど、このナントカの部分があたしには『ゲーペー』って聞こえるんさぁ。ゲーペーってのはいったい何なの八重垣。」
「あ、これはですね、こちらに寄せられた情報によりますと、ゲネプロの頭文字をドイツ語読みしたものですね。ゲネプロすなわちゲネラル・プローベ。イニシャルでいうとGP(ジーピー)ですから、ドイツ語ではゲーペーになる訳です。」
「ふーんんんん…。じゃあそれってたかみ〜の推論通りだわ。すげー、今回珍しく使える音大出だったやんアイツ。いまいち役に立たねーなと常々思ってたんだけどもサ(笑) F見さんの妹さんもありがとうございました。んで本題に戻りまして、このシーンには恒例のオーバーラップ手法で、衣装スタッフになったあさみの様子も映し出されるけど、なんかずいぶん元気になったみたいじゃん。何か吹っ切れるものがあったのかね。」
「いや、僕が思うにあさみはですね、前回『フォルテ』で和賀のああいう姿を目にしたじゃないですか。『あの時の君と同じだ』と、彼に救いを求められた訳ですよね。あんな風に誰かに自分を必要とされたのは、あさみはもしかして初めてだったんじゃないでしょうか。親からも恋人からも、また麻生からも女優として必要とされていなかったあさみなのに、『フォルテ』で和賀は初めて、俺を救ってくれと彼女に告げたんですよ。もちろん言葉でではなく、背中と、それにピアノによってでしょうけれども。」
「なーるほどねー。その想いが自信…というか気持ちの張りとなって、明るい笑顔を浮かべる力になったのかも知れないね。人間、誰かに必要とされるのが一番の幸せだからな。そうじゃなきゃ仕事も家事も頑張んないよね。」
「そうですね。逆に言えば邪魔にされるのが最も辛い訳ですから、子供の頃のあさみはまさにそういう思いをしてきたんですよ。」
「しかしさ、今の時代、固いもんの入った差出人不明の封筒をチェックもなしに和賀に渡す事務所ってのもどうかなぁ。何が入ってるか判ったもんじゃないんだから、無記名の封筒なら渡す前に開封するんじゃないの? リスクマネジメントがなっとらんな。」
「ああ、そういえばカミソリとか汚物入りのファンレターとか、けっこうあるって何かに書いてありましたね。」
「うん。例えばアタシが『中居正広様』とだけ書いた封筒にアルファロメオの鍵を入れて、J事務所のポストに入れてきたとしてだよ? カミクボくんがそれを開封もせずに中居さんに届けるなんて、ぜってーありえないと思うがなー。」
「それはまぁいくら和賀が人気ピアニストであっても、中居と比べたらそれは…ねぇ。同じような訳には当然いかないと思いますけれども、和賀のことですから事務所には、自分宛ての郵便物はどんなものであっても開封しないで届けろとか何とか、言ってあるんじゃないですか。」
「そっか。うん、確かに和賀のキャラならそれはあるかも知んないね。秘密主義だからな。」
「で、封筒の中には鍵と一緒にあさみからのカードも入っていた訳ですけれども、一目で女性と判る綺麗な字ですね。」
「あ、それで思い出したけどさ、文字ネタってぇば誰あろう高見澤の登場よ。あのたかみ〜って人がマジでねぇ、こいつぁ希少種だぜ!と嬉しくなるくらい字が汚いんさぁ。女がこの字で人生渡っていくのはデメリット多くねーか?みたいな。なのにそんなもんをモノともせず、あの小汚い字で人生堂々と押し通しちまうたかみ〜が、あたしゃ好きだねぇ。彼女の一番いいとこだと思うよ。これでもし今後ペン習字なんか習い始めたら絶交だな。」
「字が汚いのが長所なんですか?(笑) それってもしや、類は智を呼ぶの典型なんじゃないですか。智子さんも悪筆ですよねぇ。」
「しかるにどっこい総長が、あれで意外と綺麗な字なんさぁ。なんか女の子っぽい字なの。のりちゃんカッコはぁと、みたいな可愛い字。あれはイメージと違うねぇ。駄目だ総長そんなことじゃ。あの字の人生は面白くない!」
「しかしよかったですね今が平安時代じゃなくて。現代は活字文化であるからこそ、たかみーの人生も華々しく晴れやかなんですよ。平安時代は文字も美人の要素でしたからね。悪筆じゃ相手にされなかったでしょう。」
「ま、メールは字体を問わないからね。たかみ〜の今後に期待しよう。…っつぅところで話は戻るけど、和賀ちゃんたらミッチーもどきのジャーマネに 『判ったらすぐメールしてくれ』 とかゆって、自分でも携帯メールとか打つんかしら。案外顔文字とか多用してたらおかしいね。『送ってもらった音響チェックリスト、開けねーよ(--;)』みたいな。それとあとミッチーに『他には?』って聞かれての、『それぐらい…かな』って答え方も好きだなー♪ ほいで笑っちゃったのがさ、和賀の手元の郵便物の束の中に、何とDCカードからの封筒があったぜよー! そうかそうか和賀ちゃんったら、カッパとたぬきのお友達だったのか!」
「ああ、そういえばあのCMをやっているのもナカイさんでしたね。」
「DCきーっちゃん♪ね。まぁDCさんは番組のスポンサーではないにしても、何らかの協力があったのかも知れないね。よくさ、スポンサーとしてサントリーが明記されてなくても、ドラマ内で登場人物がモルツ飲んでたりってあるもんね。きっとそのパターンだな。」


【 田所の事務所 】
「綾香のいいつけ口を聞いた田所パパの、和賀ちゃんに対する飴とムチのシーン。電話で偉そうに呼びつけるパパは気に食わんけど、ここでの和賀への怒り方はいいねぇ。ただの盲目的親馬鹿かと思ってたら、『綾香にはバレないようにうまくやれ』だなんて、けっこう話の判るいいおじさんじゃん。清濁合わせ飲める、現実的な話の判る人だよ。腹黒くとも懐は深い。こういう人が上司だとそれなり力強いぜぇ。あたしが部下ならついてくね。好きだわー田所パパ!」
「まぁ田所がこれだけ本音の話をするというのは、男同士、また政治家として見ても、和賀英良のパトロンを務めるのはメリットがあるからなんでしょうね。世間へのイメージアップにもなりますし。」
「うん。主権者たちに好印象を持たせる材料でもあるだろうけど、そもそも人間てのは本能的に、金と権力の次には名誉を求めたがるんじゃないのかな。だから古今東西の権力者は大概、身近に芸術家を集めてる。ヨーゼフ2世とモーツァルトしかり、足利義満と世阿弥しかり。この田所も政治家としての地位を固め富と権力を手中にした今、今度は和賀に象徴される『芸術』という名の精神的権威がいちばん欲しいんだろうね。」
「これってまさにマズローの欲求5段階説ですね。」
「だよなー。んでそうやって高尚な満足感を求めると同時に、現実的な権力の使い方も知りつくしている田所は、和賀に対して一定の理解を示しながらも、スキャンダルはいかんぞと太い釘をさすことも忘れない。さらに、『まずくなりそうな時はまず私に言え。その時はうまく処理してやる』…っていうこの、『処理』って言い方がいいよね処理って言い方が。なんかゴミでも捨てるような、人を人とも思わない傲慢さがよく出ててさ。」
「ええ。さっきまでこの部屋にいた男たちが、開発の件で田所にペコペコしていたり、確か第2回でしたっけ、後援会の企業が主催するコンサートに田所が気を配ったりしていることから考えても、田所は経済界との繋がりが非常に深いみたいですよね。だとしたらそのルートをたどって、相手の女に圧力をかけて周囲から孤立させ、泣く泣く田舎に帰るよう仕向けるとか、例えばそんな汚い手を打つことも田所には朝飯前なんでしょうね。」
「だろうねー。もっともこのドラマならさ、陰で繋がりのある暴力団にあさみを脅させるとか、そんな時代がかった古めかしいプロトタイプに走りそうだけどな(笑) あさみはOLじゃないとはいえ、所属するのはプロの劇団『響』。日本が資本主義である以上、『響』にも大口のスポンサーだの取引銀行だのは絶対あるはずだから、そっち側から手を回して揺さぶりをかけりゃあ、プロレタリアートは大抵イッパツで崩れるだろ。貸しはがしだ貸しはがし(笑)」
「なるほど。時代に即したリアルな設定ですね(笑)」
「んで田所にその旨言い渡された和賀は、決してうなずいた訳ではないんだけども、ふっと目を伏せたのがYESの代わりだね。いったい何のことでしょうと切り返したり、ジロッと睨み返して喧嘩を売ったりするんじゃなく、和賀はただ黙って目を伏せた…。まぁもっともここでハイッと答えてニコッと小首かしげられたら、それはそれで怖いけどな。それじゃホントの、本物の悪役だよ。」
「ええ。和賀がそこまでやってしまうと視聴者は引くでしょうからね。ちょうどいい塩梅だと思います。」
「また田所パパがサスガなのはさ、そうやって和賀にビシリと一鞭くれておいて、すぐにその舌の根も乾かないうちに、後見人を紹介しようと飴玉を差し出すことだよね。人心を懐柔するのが巧いよなーパパは。大人しく俺の言うことを聞いてさえいれば、お前にはたっぷりとうまい汁を吸わせてやる。要はそういうことだもんね。」
「そしてそのあたりの呼吸は多分、和賀にも判っているんでしょうね。田所が自分に手綱をかけて、意のままに御そうとしていることはよく判るんですけれども、御されるふりで和賀は逆に、自分の欲望のために田所を利用している。どっちもどっちなんじゃないですか?」
「でも相変わらず田所のセリフはプロトタイプだよ。『今晩引き合わせるのはな、財界のボスだ』なんていう表現、えらくチープだなって気がする。なんか劇画的なんだよね。まぁせめて『財界のドン』って言わなかっただけよしとしなきゃならんのかな。今やあんた1億の小切手事件で橋本さんも引責辞任、派閥政治が終焉を迎えようというこの時代に。」
「確かに、和賀とあさみの2人に当たっているピンスポット部分だけが現代で、その外側といいますか物語の舞台構造が、このドラマは昭和のままなんですね。ボスと呼ばれる人間が頂点に君臨して全てを仕切れるほど、平成の経済界は単純ではありません。原作にしても映画にしても、山一證券がつぶれる前の感覚で成り立っているんですね。」
「今や巨大銀行が法廷で痴話ゲンカする時代だからな。複雑怪奇な現代だよ。」


【 玲子の部屋 】
「玲子の引っ越し先に関川が訪ねてきて、彼女の心を手ひどく傷つけるシーン…なんだけども、ここに出てくる手編みの赤ん坊の靴下ってのも、ちょいと小道具として古いんでないかい。っていちいち目につくようになっちゃあ駄目なんだよなー。アラ探しは決して本意じゃない。」
「いやこの編み物についてはですね、玲子の本質は質素で古風な女性だったということで、個性の範疇と考えていいんじゃないでしょうか。まさかこれで機織りをしていたというんじゃあ、時代錯誤もはなはだしいですけれども。」
「しかし編み物といえばさ、手編みのプレゼントは重たいっていう男が多いみたいだけど、そこんとこアンタ的にはどうよ八重垣。1目1目手で編んだセーターなんて、女の執念がこもっていそうで怖いって聞くけど。」
「ああ、これはもう100%相手によりますね。本気で好きな相手が編んでくれたなら、それはもう宝物のように嬉しいですよ。この世にたったひとつ、僕のためだけにあるセーターな訳ですからね。でもまぁ…要はそこまで好意を持っていない相手にされると、それこそ怨念が籠っていそうで、取り憑かれそうで不気味ですけれども。」
「じゃあ例えばセイラさんがあんたに、モコモコのタートルネックのセーター編んでくれたら?」
「真夏でも着てますよ。」
「その点、ふたこぶひなつだったらマフラーまで?」
「え? ―――いやいやいや(笑) まりも羊羹と函館いかすみキャラメルで十分です(笑) まぁ手編みのマフラーをもらうのもけっこう好意度がいりますよね。パーセンテージでいったら…そうだな、好き度70%ないとキツいですね。」
「ふーん。んでこれがセーターとなると9割5分くらい?」
「まぁそんなもんですね。」
「でもさ、編み物とか刺繍っていうのは、作る方からしてみると別に相手のことをずーっと想ってやってる訳じゃなく、どっちかいうとやってる時は頭からっぽになってるんだけどね。手芸つーのは読んで字の如く手だけの芸であって、大脳を通らないところで指だけが動いてるんだわ。ほら精神をリラックスさせるためにこんなボールみたいなのを手の中でクルクル転がすといいっていうじゃん。あれと同じかも知んないね。単純な動きをずーっとくり返すことで、脳が気持ちよくなるんさ。」
「へぇぇ、そうなんですか。じゃあまぁ編み物の話はそれくらいでいいですから、問題はここでの関川の態度ですよ。子供が出来たと言う玲子への大人げない態度は、急に言われて動揺したにしてもいささかひどくありません?」
「うんうん確かにひどいね。これって玲子が云々っていうより、和賀への嫉妬が吹き出した形かも知んないね。仕事でも私生活でも、関川は和賀にチョッカイを出して邪魔ばかりしていた。玲子の心も本当は和賀に取られてるんじゃないかっていう疑いを、関川はどうしても消せないんだね。」
「でも玲子は、その和賀からのエールを受けて、勇気を持ってちゃんと関川に言った訳ですよね。それなのにお前は売れっ子のホステスだったんだから他の客の子供だろう、はひどすぎる言いぐさですよ。玲子の人格を完全に否定する言葉じゃないですか。かりにも自分がつきあっている女性をそこまで貶めるなんて、ひいては自分をも否定する最低の言葉ですよ。絶対に言ってはいけない一言です。」
「関川ってさ、つまりはガキなんだろうね。こいつ玲子に甘えてるんだよ。和賀に比べて関川は、苦悩の重みが中途半端なんだと思うな。その点和賀は他人を騙し続けてきた男だけど、命の誕生に対しては真摯だったじゃん。不幸はどこかで断ち切らないとずっと続く…というあの実感のこもった言葉の中に、玲子は頭がよくて感性も鋭いから、真実の匂いをちゃんと嗅ぎとったんだろうね。和賀に背中を押してもらって玲子は1歩踏み出したのに、肝心の関川がびびっちゃったんだな。いや情けねーったらありゃしねー。」
「ただですねぇ、けなす一方で弁護もしますけれども、多少なりとも情状酌量の余地があるとするならば、関川には時間が必要だったかも知れませんね。あまりに重要なことを心の準備もなくいきなり告げられたので、うろたえてしまったというのはあるでしょうね。もちろん情けないには違いありませんけれども。」
「んでこのシーンに飛び込んできたのが、またまた速報の気象情報よ。茨城北部と茨城鹿行地方に津波警報…。まぁ警報ならしょうがないかなーと思いつつ、しっかりRに焼いちまった。これがオンエア版DVDの証拠だね。CASIOだの大正製薬だの気象情報だの、賑やかなDVDになりました。」


ホテルのサロン 】
「東京の夜景に続いての俯瞰映像は、これまたすげぇ派手なロビーだね。いや会員制のサロンか何かかな? どこのホテルで撮ったんだろう。エンドロールに出ていたそれらしき名前は、『イースト21東京』 に 『東京ドームホテル』くらいだったけど。」
「帝国ホテルはどうでした。これくらいの豪華な空間、あのホテルにはありそうな気がしますけれども。」
「ところがどっこい驚くなかれ、泊まったっつったって部屋に泊まっただけで、こんな高そうな空間にはついぞ行ってないよ。てかあのホテルにあるのってさ、これ見よがしな高級感じゃないんだな。例えて言えばおろしたてのタオルって一見いいように思えて、実際ノリが効きすぎて顔なんて拭けないじゃない。それを1回わざわざ水に通してふんわりさせたような、そういう高級感なのよあそこは。つっぱらかった舞台衣装の豪華さじゃなくて、身に馴染んだ絹の柔らかさ。そんな居心地のホテルだからこそ、長きに渡って超一流の名を冠せられてるんだと思うよ。ロビーも意外とオープンで、フレンドリーな感じだったね。だからむしろTV的に映える場所ではないかも知れない。」
「なるほど。TV的にはもう少しキラキラした感じの方が、さも豪華でいいかも知れませんね。この画面に登場するのは産業経済連合会長だのどこだかの銀行の頭取だの、『さも』豪華な人たちばかりですから。」
「『宿命』の発表リサイタルばかりかその後の海外進出をも全面的にバックアップしてくれる、強烈な味方だって田所パパは言ってるけどさ、このセリフって正しい日本語でいうと、強烈な味方じゃなくて『強力な』味方なんじゃない? 強烈な味方じゃ振り回されそうだよ。でもそんな強烈なおっさんたちを見回す、この和賀ちゃんも綺麗だねぇ…。紹介してるパパも自慢そうだこと。綺麗な婿を見せびらかしてご満悦ってところかな?」
「この年頃のおじさんたちって、だいたい有名人が大好きですからね。一緒に写真でも撮りたい気分かも知れませんよ。」
「田所にしてみればさ、和賀には自分の後援者の中から選りすぐった味方をつけてやってる気分だろうし、現実的には実際そうなんだろうけど、一方で精神面の支援が全く抜け落ちてることには、現世の欲望に生きる田所パパが気づくはずもないよね。いくら社会的地位が立派でも、このおじさんたちは決して和賀の精神的な味方にはなりえない。精神的に支えてくれる人が、和賀には誰もいないんだ。だからこそその位置にはあさみを置きたいところなんだけど、いまいちそういうエピソードがこのドラマにはなかったね。」
「そう、あさみには和賀のピアノを理解していく過程が欲しかったですね。例えば『フォルテ』で『宿命』を聞かされた時、和賀の傍らであさみはじっと目を閉じて、『綺麗な、でも悲しい曲ね…』とつぶやくんです。そしてこんなふうに言う。『この曲はあなた自身なの? 私には何だか海が見えるみたい。暗い、悲しい、冬の海…。』 それを聞いた和賀は驚いてあさみを見て、でもあさみはすぐ、『ごめんなさい、的外れなへんな感想よね。あたし素人だからピアノの曲のことなんて全然判らなくて。』 と言い訳をする…。」
「ちょっとちょっといいじゃんそれ(笑) あるべきだったよ是非ともそういうシーンが。和賀英良のCDとか買い集めて聴いちゃうあさみもいいよね。ジャケ写がこれまた綺麗なんだぜーきっと! ショパン全集とかリストの超絶技巧とか、色々出してて不思議はないんだから。」
「あとは唐木や宮田とあさみとの会話の中に、和賀のピアノ論みたいなものが少し出てきても面白かったかも知れませんね。専門誌に載ったコンサート評を紹介するとか。」
「そうだよね。もうちょっと音楽家っぽい描写が和賀には欲しかったな。演奏シーンと楽譜書きだけじゃ単調すぎるよ。高名な作曲家の先生が和賀の弾くリストを絶賛していて、でもどんなに好評な演奏会であっても、関川にはどこか1点必ずけなされている…なんて話があったらリアルだと思うけどな。ピアニスト和賀のイメージがグッと立体的になるのにね。」


【 駐車場 〜 和賀の部屋 】
「今回は駐車場のシーンが2回出てくるんですけれども、そのうちの1つがこれですね。前回の予告つながりで一瞬今西かと思いましたけれども、ここで和賀を待っていたのは関川だったんですね。」
「このシーンのしょっぱなの武田クンはなかなかカッコよかったよ。色んな人が駐車場で和賀ちゃんを待ってるんだねー。」
「まぁこのマンションはかなり警備が厳しいようですから、建物の中で待つのは無理なんじゃないですか。それでみんな駐車場にいるしかない…。」
「ああそうか。警備員もいるし、誰でも勝手に入れるマンションじゃないんだ。んでこちらへ近づいてくる関川の姿を認めて、和賀はうるさそうな顔してるよね。歓迎する相手じゃないもんね。もしかして玲子の件かなって予想はついたかも知んないけど。」
「そして和賀の部屋で繰り広げられるのは、キツネとタヌキの化かし合い…いや関川の場合は果たし合いですね。騙している訳ではないですから。」
「この2人を対比すると、どっちかいうと関川がキツネかな。和賀はタヌキおやじよろしく何を言われようとのらくらのらくら、薄笑いを浮かべて躱していたら、『俺見たんだよ五線譜!』と言われてさすがにハッとする。しかも『変な布きれ入った袋』とまで関川が言ってるってことは、中身を見られたんだから相当ヤバいはずだよね。」
「なのに和賀は乱れませんねぇ。普通なら焦ってボロを出しそうなものですけれども、ふっと笑ってシラを切り通すとは、いやぁ大した役者ですよ。…中居がじゃないですよ和賀がですよ。」
「うん(笑)」
「思うに和賀はですね、多分今までにも何度か、本物の和賀英良かどうかバレそうになったことがあるんじゃないかと思いますね。だってそりゃそうでしょう、他人になりすましてただの1回も、ヒヤリとしなかったなんてありえない。でも和賀はその都度、こうやって危機をくぐりぬけてきたのかも知れませんね。度胸と頭脳のなせる技です。本当にすごいですよ。」
「頭脳ね。ほんとにそうだよね。ここでの和賀もうまいところでスパッと論旨を切り替えて、関川を黙らせてるもんね。『つまりその玲子って人のことを、君は愛してるってことなんだな…』って、いきなりそこに持っていくのはちょっと無理があるような気もするけど、この一言で関川は大人しくなっちゃったんだからね。もしかして関川自身なんでこんなに自分が苛立っているのか判らなかったものを、その原因を和賀にスパッと突かれて、絶句したってとこかな。」
「その上和賀はさらにトドメのダメ押しをするんですね。『それともなにか、彼女僕について何か話していたとか?』 つまり和賀はこの部屋での短い会話のうちに、玲子は関川に対し自分との経緯(いきさつ)や最近のやりとりを話していない。それを確信したからこそ、こんな強気なことが言えるんでしょうね。」
「しかもさ、最後は理解者ヅラまでしてるんだから図太いよね。『君にもスキャンダルは禁物だろ。心配するな』ってさぁ、まー白々しいったらありゃしない。どうぶつかりあってもこの2人は、和賀の方が1枚上手なんだね。主人公だから当然っちゃ当然か。」
「そんな2人の関係や心情を、ライトの位置による影のニュアンスが上手く補足していましたね。和賀には斜め前から、関川には斜め後方の上の方からライトが当たっているので、関川の表情には常に暗い影が落ちることになるんです。」
「うんうんそうなのそうなの。こういう演出はすごく巧いと思う。んで立っていく関川を目だけで追う和賀の、無言の横顔もいい感じだったよね。たっぷりと余韻があって、小説的で。」
「小説的な映像ね。本当にここはそんな雰囲気でしたね。」


【 捜査本部 〜 関川のホテル 】
「『夜を徹して『陰陽師U』の調査』ってわざわざ出てるテロップの末尾に、あたしゃもうカッコ笑いって付けたくなったね。『関係者の張り込みが続けられる』ってのは玲子と親しかった5人の客のことだろうけど、よーく考えると玲子は自分が警察に追われてるなんて知らないはずだよね。だったら警察が探しても判んないほどに、コソコソ引っ越しするもんかな。出産するなら母子手帳みたいなやつもいるはずだし、案外普通に住民票移してるんじゃないの〜? 借金取りから逃げてる訳じゃないんだからさ。」
「でも玲子が自分の居場所を大っぴらにしないのは、警察に対してではなく関川をかばうためなんじゃないですか。何せ相手は有名人なんですから。」
「だけどさ、今までの雪ヶ谷のマンションにだって玲子は実名で住んでいて、そこへ関川の方がコッソリ通ってた訳でしょ? だったら今更隠れる意味が判んないなー。玲子が隠すのは関川との関係であって、何も玲子自身が隠れる必要はないはずだよ。近所であまり目立たないようにする程度で十分やん。警察が探しても判らないくらい注意深く隠れなくたって。」
「まぁ確かに素人が警察の目をくらますのは、現実においては至難の技でしょうけれども、警察もまさか玲子を指名手配はできない分、探すのが難しいんじゃないですか。まぁこの際彼女の捜索は別の刑事さんたちが懸命にやっているということで、カメラは今西たちの動きを追って、ストーリーを進めていく訳ですけれども。」
「そういや関川ってホテルに住んでるのかね。実際いるでしょ、作家の早坂暁さんだっけかな、渋谷のホテルが家代わりなのって。確かに都内の高級マンションの家賃プラス光熱費と比べりゃあ、ホテル住まいも大差ないのかも知んないね。」
「そうかも知れませんね。掃除もしなくていい訳ですし、身の回りはいつも快適ですしね。でも今西と吉村が『5分たったら上がろうか』と言って見上げるホテルのまばゆさは、何だか彼らの日常とは別世界の感がありました。寒風の中で張り込みをしている刑事たちにしてみれば、今に見ていろ悪人ども、今に俺がお前らを引きずり出して地面にはいつくばらせてやる、みたいな気分になるのかも知れないですね。」
「だろうねぇ。その手を罪に染めながらこんな豪華なホテルでぬくぬくしている野郎は許せない…って感じかな。いわゆる臥薪嘗胆ってやつだ。しかも2人の刑事の来訪を受けた関川がさ、人を食った態度の見本みたいな応対をするから、今西の心証をメチャ悪くするんだよねー。この生意気な青二才めが、って思われてもしょうがない。」
「確かに関川は、ここで今西にすごいマイナス評価をもらってしまったんでしょうね。質問は吉村にさせておいて、今西はじーっと関川の反応を見ています。どんなわずかな狼狽も見のがすまいという視線ですね。」
「こんな目で反応をチェックされたら、嘘発見器どころの騒ぎじゃないヘビに見込まれたカエルだよ。おお怖い怖い。んで関川に『何か事件ですか?』って聞かれたあと、『ええ刑事ですから』ってニコッてするのも怖いよねー。こんな刑事にマークされたら最後、逃げられる奴はいないかも。謙さんの今西刑事は最高だよね。どうにも古くさいのは設定の方だ。」
「こんな風に表面は穏やかな人間の方が、本当に怒ったら怖いですからね。ドーベルマンは無駄鳴きしないんです。」
「しかし話は違うけどさ、今西たちが来た時、関川の部屋のテーブルにはもうルームサービスの料理が並んでたでしょ。けど車寄せで今西は、あと5分したら上がろうと言っている。だとしたらえらく早いルームサービスじゃんか。5分で持ってくるもんか?」
「またそういう細かいことを(笑) それは多分ですねぇ、関川は出かける時に前もって予約を入れておいたんですよ。今日は何時頃戻るから、その頃部屋に夕食を持ってこいと。」
「あ、なるほどぉ。そうかそういうこともありえるね。例えば予定では6時に帰ってきてシャワーでも浴びて、7時に夕食にするつもりだったのが渋滞で帰りが遅れてしまった。だから部屋に着くと同時くらいに、料理のワゴンが来たって話ね。あーなるほどなるほど。ものすごく納得。」
「別にそんなに深く納得しなくても、どうでもいいことだと思いますけれどねぇ…。」


【 繁華街路上 〜 ホテルの関川の部屋 〜 捜査本部 】
「ところで今回僕が一番不自然に思ったのは、この玲子の死ぬ場面ですね。いくら東京人はお互いに無関心といっても、これだけ人通りのある時間に道ばたで人が倒れたら、みんな寄ってきて大騒ぎになりますよ。ホームレスの老人じゃない、まだ若い女性なんですから。」
「そうだよね騒ぎになるよねぇ。唯一の例外があるとしたら朝の通勤ラッシュの新宿駅かな。あれは死人の上をまたいで行く戦場みたいな世界だけど、このシーンの玲子を無視する歩行者はさすがにいないと思うよ。銀座通りだよね多分ここ。」
「ということはつまりはこれも、一種の心情風景ととらえるべきなんですかね。玲子の孤独と寂しさを表すためのシーンだと。」
「かもね。そうじゃなきゃ不自然すぎるよね。ウィンドウのディスプレイは子供服だし、夢みた団欒に手の届かぬまま、孤独と絶望の中で玲子は死んだってことを言いたいシーンなんだろうね。」
「その時関川は高層ホテルの一室にいて、でも何か物思いにふけっている様子ですね。こんな薄情な男でも思うところはあったんでしょうか。」
「さらに特捜本部では、『陰陽師U』のスタッフの出身地を調べ上げたようでご苦労なこった。そこへドラマらしいタイミングのよさで電話が入り、扇原玲子の発見を告げておいて、次のシーンへ移るんだね。」


【 署内 〜 和賀の部屋 】
「あまりにも唐突な玲子の死に言葉を失う刑事2人ですけれども、このすぐあとにくる和賀の作曲シーンとの対比は相変わらず巧いですね。もちろん玲子の死は和賀の意図したものでも何でもありませんけれども、結果的には口封じに等しいもので、和賀にとってはラッキーだったでしょう。」
「そうだよね。まぁラッキーだなと思うのは視聴者であって、和賀は知らないんだけどね。でもこれで玲子が警察に発見されて取り調べとか受けちゃったら、さすがに彼女も隠しおおせないだろうからなー。考えてみれば玲子って、あさみより確実な証言者なんだよ。あさみが証言できるのはせいぜい、あの晩殺人現場の近くに和賀がいたってことだけだけど、玲子は三木の血のついたセーターを和賀に直接手渡されたんだもんね。前者は情況証拠、後者は物的証拠。どっちが有力かは考えるまでもないやね。」
「そんな強力な証言ができたはずの玲子が、死体となって捜査陣の前に現れるというのは皮肉ですし、悲劇ですね。」
「なのに当の和賀はというと、自分の周囲がそんな状況になっていようとは夢にも知らずに、作曲に熱中していましたと。見ようによってはすごい無防備な犯罪者だよね。彼女が一言だけ証言すれば和賀はたちまち逮捕される。そういう人間が死んだというのに、和賀は床じゅうに五線譜を広げて音符をカリカリ書き込んでいく。ある意味不気味な光景かなこれも。」
「和賀の魂は今、この世にいないようなものですからね。現実とは切り離された向こう側に行ってしまう。創作というのはそういうものです。」


【 玲子のアパート 】
「一方こちらは現実の世界。玲子のアパートには当然捜査の手が入って、今西はそこで五線紙を見つけるんだけどさ、玲子ったらなんでこんなの持ってきたんだろうね。あのセーターを処分したのは和賀との決別の証だったんだろうに、無地の五線紙なんてもっと簡単に廃棄できるよね。」
「いや、だからこそ捨てそびれたんじゃないですか。いつでも捨てられると思ったから、慌てて捨てることをしなかったんですよ。」
「でもだったらいっそのこと、食器でも包めばよかったのにね。あーでも新聞より固いから荷造り用に五線紙は不適か。クシャクシャに揉むにしても新聞のが楽かな。」
「で、刑事たちはここでもっと重要なものを見つけて色めきたちます。大量の関川の切り抜きですね。」
「しかしこれ見た時さー、あたしゃ思わず笑っちゃったよ。だってもしかアタシがね? アタシの美貌に惑わされた哀れなオトコに殺されたとしてさぁ、こんな風に部屋が捜査された日にゃあ中居さんヤバいじゃないかって。だってファイリングだけでもウチに何冊あるぅ? こんなブ厚いA4のやつがさ。きゃー困ったー! ヤバいかもなこれぇー!」
「大丈夫ですよ。トラブルにならないのは僕が保証します。事件以前にそういう間違った男はいないだろうから安心していいですよ。長生きして下さい。」
「でもさぁホラ古来からさぁ、美人薄命っていうしぃぃぃ。」


【 和賀の部屋 〜 警察 〜 和賀の部屋 】
「えーとそれでこのシーンで思ったのはですねぇ…」
「オイ待てコラ。放りっぱなしで次のシーンの話かい。その前に美人薄命についてなんかフォローせい!」
「え? 何かありましたっけそんな話。すみません記憶に残ってなくて。えーとそれでこのシーンでもですね、いいわぁ星人の皆さんは悲鳴を上げたんじゃないですか。だってソファーで寝ている和賀ですよ? 完全なサービスショットですよねこれ。」
「うんうん確かにこれはサービスだね。肩がすぅすぅ動いててもぉ愛しいったらありゃしないー! アタシがもし夜の女神なら、いつまでもこの眠りを守って闇のとばりを張り巡らせておきたい…なんて思っちゃって思っちゃってもうタイヘーン!」
「いや多分アイマスクの方が手軽でいいと思いますけれども。」
「何だよさっきからケンカ売ってんのかいアンタ。あー?」
「いやいやとんでもありません。日々ご苦労様です。…で和賀の眠りは携帯によって覚まされ、そのすぐあとに刑事たちが何やら物々しく出かけていくシーンになったじゃないですか。だからもしや和賀にかかってきた電話も、そんな危機的なものなのか…と思ったら綾香からだったんですね。」
「そうそう。このへんはちょっと演出がもったいぶってたな。綾香はパパに相談したことですっかり安心しちゃって、気持ちは披露宴のプランでいっぱいになってる。するとそこへまた電話がかかってきて、すわ今度こそ何かスリリングな展開かと思ったら、こんだ麻生の件だったんだね。思わせぶりが続くなぁ。」
「時々こういう小技を使ってきますよね、このスタッフは。」
「うん。んで麻生の件の電話のあとにさぁ、和賀は多分綾香に、これで帰ってくれと言いたかったんだろうね。なのに食事作って待ってるなんてニコニコ言われちゃって、一瞬笑いが消えてるのがリアルだったなー。本音はうぜーんだよねこれ。けど綾香曰く 『気にしないで』 なんてさ、和賀にすれば 『いやそういう意味じゃないんだ』 って言いたかっただろうなと思うとおかしいよ。」
「まぁ今の綾香は何を言われても怒らないでしょうね。綺麗なウェディングドレスに夢見心地なんでしょう。」
「その心理ってさ、コザクラインコのメスと同じだよね。コザクラには紙をちぎって尾羽に挿す習性があるんだけども、ヒト科のメスもそれと同様、我が身を美しく飾りたいという本能を持ってんだろうね。『源氏物語』なんかでも、豪華な衣装の描写には熱が籠ってるもんなー。」
「ああ、それは女性に特有の感情かも知れませんね。男の王様が巨大な宝石の指輪をするのは、綺麗だからというより権威の象徴ですからね。自分の指にはめて、それをうっとり眺める王様はあまりいないでしょう。僕もアルマーニのスーツを見ても別にうっとりしませんから。」
「まーねー、アタシも最近どうでもいいなー。洋服なんて袖が通りゃいいよ。」
「女性がそんなことでいいんですか? コザクラインコにもかなわないですよそれじゃ。」
「だってスズメやんけアタシ。この渋い色合いがいいのよぉ! 益鳥益鳥。ちゅんちゅん♪ ちゅんちゅんちゅん♪」
「あの、可愛いキャラとは違いますよ。そういう意味で言ったんじゃないですからね。田んぼ荒らさないで下さいね。」
「おおっあれに見えるはイナゴの大群。ごんべさんの田んぼを守るんだ、ものどもぬかるな、かかれぇー!」
「はい、何やら不思議なコントが始まったようです。放っておいて次のシーンにいきましょう。」


【 響 】
「んでこの応接室だか仕事場だかよく判んない部屋で、和賀と麻生が対峙するシーン。あたしゃこれがまた判らないんだよなー。何の意味があってここにあるシーンなんだろう。これといって伏線にもなってないし、和賀の性格描写にしちゃあ演出がアッサリしてるし。」
「うーん…。何と言いますか、何か起きそうな予感ばかりが強くて、結局スッポ抜けた感じの場面なんですよね。」
「そうなんだよねー。てっきり和賀がここで、音楽を引き受ける代わりに成瀬あさみを主役に復帰させろとか、そんな交換条件でも出しちゃうのかと思ったら。」
「第1回・第2回の展開のままいけばそうだったかも知れませんね。原作や映画から離れた、純TV版2004年の『砂の器』であれば。」
「それとあと思ったのはさ、もしかしたら和賀はストーリーの途中で、『宿命』を交響曲からピアノ協奏曲に書き替えたのかも知れないね。このシーンで麻生が言ってるんだ、交響曲ってハッキリと。田所パパや綾香なら勘違いで済むかも知れないけど、まがりなりにもカリスマ演劇人の麻生譲ともあろうキャラがさ、交響曲も協奏曲も一緒くたってことはないだろぉ。よもやスタッフが両者の区別をつけられなかったってことはあるまいし。」
「交響曲から協奏曲への変更、ですか…? うーん…。まぁ実際においてはかなり無理があると思いますけれども…。それにこの第6回の頭でスコア用の五線紙に音符を書くとき、和賀はピアノのパートをちゃんと書き入れていますよ。もちろん交響曲にピアノが入ってはいけないという規則はありませんけれども、目立つ旋律をピアノが奏でる場合は、まず協奏曲の形式になるはずです。つまりそれだけ個性と存在感の強い楽器なんですよピアノというのは。脇に回すのはもったいないといいますか。」
「いやいや私も現実にはそうだと思うよ。でもこの先…第8回だっけか、和賀が客席からオーケストラのリハを聞いて、駄目だこりゃみたく首を振るシーンがあるでしょ。あれで結局和賀は、突然亀嵩に行って帰ってきたあと、ごくごく短い時間で曲を変更してる訳だよね。だったらドラマの虚構の範囲として、交響曲を協奏曲にするくらいはアリなんじゃないの。オーケストラにとってはふざけんなな話であろうとも。」
「まぁドラマとしてはその方が盛り上がるかも知れませんね。それまでは『宿命』の楽曲としての完成度に重点をおいていた和賀は、最後の最後になってピアノが主役の…つまり自らの手で全てを語り、完結させる曲にした。それは自分のとるべき道を覚悟した上での、選択であり変更だったということですね。」
「そういうことになるよね。いやーなかなか感動的じゃんか。もちこんなこと言ったってホントのところは視聴者には判んないよ。でも教育TVの作曲家養成講座じゃないんだからさ、こう解釈した方がドラマが面白くなるんなら、音楽の専門的な理屈なんてバサッと省略していいんだと思うよ。創作なんだから基本的に何でもありなんさ。警察の設定にしたって、古くさかろうが捜査が雑だろうが、それによってストーリーに深みが出てドラマが面白くなるならそれでいいんだよ。どっこいそっちはそこまで行ってないんで、単なるアラに見えるって話で。」
「まぁそのあたりも見る人によってそれぞれ、十人十色なんだと思いますけれども。」
「そうそう。だから難しいよねドラマ作りは。360度から批判が飛んでくるんだ。見てる方は勝手にああだのこうだの気楽なもんだけど。」
「じゃあこの座談会の見解としては、『宿命』は初め交響曲だったのが、ギリギリになって協奏曲に書き替えられたということにしますか?」
「そうだね。そりあえず今の時点ではそういうことにしておこう。んでこのシーン自体についてなんだけども、和賀が麻生に言うこのセリフ、『ま、この時期になって音楽家が決まっていないというのは大変でしょうが、まぁどうぞ時間のある方に当たってみて下さい』って言葉には、けっこうトゲがあるよねぇ。やっぱ和賀はあさみのことで、麻生をよく思っていないっていうのもあるんだろうね。もしかして和賀は一矢報いてやったのかな。女優・成瀬あさみを侮辱した男に対して。」
「と言いますかこのシーンはですね、このすぐ次にくる廊下のシーンへの伏線なのかも知れませんよ。関川と玲子とあのセーターが実はとんでもないことになっているのを、和賀はここ『響』の廊下で初めて知らされる訳ですから。」
「そりゃまたスパンの短い伏線だね。なんか行きがけの駄賃というか。」
「いや伏線というよりは前振りですね。前説…とでもいいますか。」
「前説が麻生かぁ。そんな使われ方か。いやーもったいねーなー市村さん! すごい存在感だったのにね。」


【 響の廊下 】
「ここで和賀を呼び止めたのは唐木ですけれども、その時に唐木は他の劇団員たちと、『こればっかりはどうしようも…』みたいなことをつぶやいていますよね。よくは判りませんがあまり明るい話ではないようですし、劇団の中がうまくいっていない証拠かも知れませんね。」
「かもね。この先『響』についてはほとんど出てこないけど、最終的にはよくない状態になるみたいだもんね。春の公演だって音楽さえ決まってなくて、果たして上演できたんだかできなかったんだか。」
「もしかしたらカリスマをいいことに無理を通しすぎて、麻生だけが追われたのかも知れませんけれどね。『響』も麻生も、確かこのシーンがラストに近かったと思います。」
「唐木のことを和賀はさ、最初忘れてたみたいだね。誰だこいつ…みたいな顔されたんで、唐木は改めて名乗るじゃん。田所のパーティーでこの2人を紹介したのは関川で、その関川のことらしいというんで、唐木は和賀に新聞を見せるんだね。それにしても和賀が事件捜査の進展を知るのはいっつもスポーツ紙ってのもどうかと思うけと、『血染めの服をまいた女?!』って大見出しは、色使いも毒々しくてインパクトあるよね。『若手人気評論家S氏への事情聴取の噂』だなんて、そりゃあこんな記事見たら和賀もびっくりするよ。ここのところ自分の世界に籠りっぱなしでせっせと作曲していたら、まさに青天の霹靂、寝耳に水とはこのことだ。」
「でも和賀は態度を変えませんね。新聞なめでアップになった目に浮かぶ、驚愕の表情はよかったですけれども。」
「目といえばここはあさみの視線もよかったよ。廊下をまっすぐに遠ざかっていく和賀の背中を、じっと見つめるあのまなざしね。和賀には振り向く気配もなくて、こういうの見送るのって切ないんだよなー。」
「とはいえ2人はこのあと『フォルテ』で会いますからね。何か、無意識に呼び合うものはあったのかも知れませんね。」


【 公園 〜 大通り 〜 衣装部 】
「こちらの海浜公園には、私どもつい先日行ってきましたよクソ暑い中。このロケの頃には寒かったんだろうけど、日本は四季の変化に富んでるねぇ! 素晴らしかったよ。」
「情緒があってけっこうなことじゃないですか。楽しそうな小旅行でよかったです。」
「んでこのシーンの和賀はさ、グラサンをはずしてソアラの車内で新聞を読み、ケリがついたと思っていたあの事件が再び動き出したのを知る…。舗道に影を落とす木の枝が不安をさらに煽るかのようで、BGMも消えたところにクレーンがぐーっと回りこみ、やがて子供たちの吹くピアニカの音が聞こえてくる。ハンドルの向こうに深く顔を伏せていた和賀の指が、その音をたどるようにうごめいたかと思うと、和賀はぎゅっとハンドル握りしめ、ソアラはどこかへ走り出す…。この時点で彼の心にはさ、悲しみや恐れや後悔の感情が嵐のように吹きすぎたあと、傷口からあふれ出す血のようにピアノのメロディーが鳴り響くんだろうね。和賀の全てを受けとめられるのは、やっぱこの世で唯一ピアノしかないんだよ。」
「そうですね。和賀にとっては、ピアノこそが宿命なのかも知れないですね。決して人には見せられない激しい感情に突き動かされた時、和賀はこれまでも必ずピアノに向かっていたんでしょう。」
「ピアノこそが和賀の宿命か。ほんとにそうかも知れないね。んで一方、さっき廊下で和賀の後ろ姿を見送ったあさみは、たまたま雑誌に和賀の写真を見つけ、会いたさをさらに募らせるってことか。衣装スタッフがファッション誌を常備するのは当然だけど、やっぱ和賀ちゃんともなると『ショパン』みたいな専門誌だけじゃなく、一般女性がターゲットのお洒落な雑誌にも載っちゃうんだー。この写真だけが目当てで買うファンもいるんだろうなー。高い上に重いんだけどねファッション誌ってのはね。」
「『フォルテ』って店は多分オーナーの都合か何かで、春まで休業しているんでしょうね。その間閉めっぱなしにするのはよくないので、たまに来て風を入れるのがあさみのアルバイトなんでしょうか。」
「だろうね。もしもそれだけで時給1000円とか貰ってたらボロいよな。」
「…確かに(笑)」


【 路上 〜 フォルテ 〜 ホテル前 〜 フォルテ 】
「でもってここで和賀がなんで『フォルテ』に向かったのかというと、マンションの部屋には綾香がいるからなんだよね。」
「あ、そうか。確かにそうですね。食事を作って待っていると綾香は言っていたんでした。」
「なんかさー、婚約者がいる部屋に帰れない、素顔を見せられないっていうんじゃ、いったいどこが安らぎの場所なんだって感じだよね。素の自分に戻れる場所。それが今は『フォルテ』ってことになるのか。」
「和賀はもう直観的に、追いつめられていくだろう自分を悟っているんでしょうね。じりっ、じりっと網を絞るように、捜査の手が自分に向いてくる気配がするんでしょう。『フォルテ』のシーンに重ねて関川が任意同行されるのも、そのことを強調していると思います。」
「恐怖から逃れるために、またピアノにすがりつくように、我を忘れて弾き続けていた和賀は、彼らしくない不覚でついあさみの足音を聞き漏らしてしまった。急に背後で物音がしたので思わず振り向いてしまった顔は、あさみがあの晩蒲田で見たものと全く同じだったんだね。」
「そうですね。わざわざ回想シーンが入っていますから間違いないと思います。」
「ここで和賀がさ、1回だけまばたきするのがすごくいいんだよ。ほんの一瞬仮面を取り落としたというか、頭の中が真っ白になったのがよく判る。あさみはアッという顔をしたあと脅えた目に変わって、すでにもう何もかもを脳裏に蘇らせてしまったことが、言葉でなく和賀にも伝播してくる。んで和賀はピアノの方に向き直るんだけど、その背中が震えてるんだよねー! それからこくっと唾を飲む音がして、『独りにしてくれないか…』と絞り出すような声で言う。ここんとこの中居さんのアップは、全編屈指の美しさだと思うよ。きゅっと眉を寄せてからキッと目を上げるとことか、なんでこんな綺麗なんだろうこの人…。完全無欠の、い〜いわぁぁ〜〜〜…。」
「まぁそれはそれで否定しませんけれども、あさみがいつ和賀を思い出すかはけっこう興味深いところだったんですけれども、ギリギリまで引っ張るかと思ったら中盤の第6回とは、けっこう早かったですね。」
「そうだね。それは私もそう思った。前に『危険な関係』ってドラマがあったけど、あれなんてヒロインが真実を思い出すのは事件が終わってからだったもんね。…ってキケカンのことはあんた覚えてる?」
「覚えてますよ当然じゃないですか。あの時も座談会やったでしょう?」
「そういややったっけね。いやーあのドラマの構成は心憎いもんだったよ。新児がタクシードライバーだってことを有季子が思い出せば、それでもう全ての虚構があばかれる。致命的ともいえるその瞬間は、果たしていつなんだいつなんだ…っていう視聴者の期待や予想も裏切って、有季子が思い出すのは事件の全てが終わってから。もうそんなもの思い出したところで何の用もなさなくなった時になって、ようやくなんだよね。だから新児の記憶は事件解決のための証言ではなく、有季子のためだけの救いとなったっていうのがよかったなー。あとは何といってもあの第7回の自転車のシーンね! ドラマ史上最も美しい犯罪シーン。新児がちひろの死体を荷台に座らせて、横断歩道を渡っていくあのシーンだよ。シンデレラとは反対に、脱げてしまったちひろの靴…。あれも素晴らしかったなぁ…。」
「主人公が他人になりかわるという設定は、あのドラマも『砂の器』も同じでしたからね。」
「そうなんだよね。豊川さん素晴らしかったよなぁ。ただ残念なことにあっちはさぁ、このドラマとは全く逆に、最終回だけがとんでもないアレレレレ?だったんだよねー。おかげでえれぇ後味が悪かったんだ。それまではホントに素晴らしかったのに、なんで肝心の最終回をあんなに安っぽくしちゃったんだろう。」
「そこが連続ドラマの難しさなんですよきっと。スポーツでいえばサッカーと同じで、試合時間は決まっていてその中で何点取れるかが勝負な訳じゃないですか。野球の場合は回数であって時間は決まっていませんし、テニスやバレーのように先に点数を取った方が勝ちでもない。つまりは全体の起承転結や、バランス配分が大事になってくるんですよ。」
「そうだね、そういうことだよね。『砂の器』はほんとに最終回が全てを決めたよ。それまでは攻守が全然噛み合ってなかったのに、ラスト10秒で起死回生の殊勲のゴールが決まったようなもんだね。MVPはカンペキ中居さんだよな。これは真剣にそう思う。」


【 取調室 】
「前のシーンの和賀のアップから『ラクリモーサ』でつながって、目元を押さえて泣いている関川。意外にも純なんだなと思ったのに、口調は小憎らしいまんまか。」
「必死の強がりですよ多分。玲子の死はショックだったでしょうからね。なのに蒲田事件の容疑者にされていると知って、さすがに驚く訳ですね。」
「しかし例によって警察の言うことは大ざっぱで、三木の返り血をあびた洋服を扇原玲子が捨てたんだって今西は言っちゃってるけど、これって誘導尋問にならないのかなぁ。そんなの小説家が想像しただけで、もしかして玲子が捨てたのはレシートか、昔の恋人と交わした古い手紙だったかも知れないよ。」
「でもこうやって取調室で向かい合って、今西にこの迫力で机叩かれたらビビりますよ。」
「確かにそれは言える。関川が任意同行されるシーンも、左右を刑事にはさまれた関川はえらく小柄に見えたもんね。衣装が細身のスーツだから、なおさら細く見えるよ武田くん。」
「で、ここの演出なんですけれども、セーターの切れ端を手にした関川が、そうだあいつだ…とつぶやいたあとパッと顔を上げたところでセリフか消えていますよね。これは僕、素晴らしいと思いますよ。肝心かなめの部分をあえてポカッととばす手法。」
「そうだねこれはいいね。セリフになっていない分、見る人が自分の思う一番衝撃的なセリフを当てはめられるからね。官能小説もこれと全く同じ。よく、呻き声とか擬音をそのまま書いちゃう人がいるけど、それじゃ書き手が満足して終わりなんだよ。その時の声や音は、読み手に想像させてこそゾクッとくる。ページのほとんどがあーあーうーうーで埋まってるやつは、想像の予知がなくて笑っちゃうしかないよね。」
「つまり今西が『和賀英良』の名をどんな風に耳にしたかは、視聴者に委ねられていて正解はないということですね。そして続いて第6回最大の見せ場がやってきます。」


【 駐車場 】
「さぁそしてここは言わずと知れた、『和賀さんですか』のシーン。追う者と追われる者が初めて言葉と視線を交わす大事な場面なのに、サムガによれば焼き肉をたらふく食べたあとだったとか何とか、余計なコメントしてくれる主演俳優だよね。今西にしてみればわざわざ偽の手がかりをエサに自分を秋田くんだりまで引っ張り出して、したたかおちょくってくれた憎むべき相手。こいつか…と敵を見定める気分だろうね。」
「和賀の背後から近づいてくる刑事たちの足音には、すごい緊迫感がありましたね。複数の足音が会話もなく近づいてくるのって怖いですよ。」
「んで『和賀さんですか』と声をかけられて、振り向く寸前の顔がさぁ、これこそ第2回であさみの言った『悲しい鬼の顔』だよね。でもその修羅の表情は一瞬のことで、振り向いた時は穏やかな普通の雰囲気になっている。このシーンも『フォルテ』に続いて中居さんのまばたきがいいんだよ。今西は1度もまばたきしてなくて、じーっと射るように凝視している。対する和賀はその太刀をそらすように、余裕を示すようにゆったりまばたきをする。いいねぇいいねぇ。2人の男の戦いの幕が切って落とされたねぇ!」
「このシーンのライトもいい角度ですよ。鬼の顔の時は斜め背後からの影で、振り返った時には前から当たるんです。中居もちゃんと演技していますけれども、そこへ照明が的確な援護射撃をしていますね。」
「対峙する2人のアップをカメラは交互に捉え、一瞬の暗転からエンドロールへと移る…。以上が第6回でしたな。」
「この回の演出は山室大輔さんですか。引き締めるべき回を任されましたね。」
「引き締めるべき回ね。6回7回ってホントそうなんだよね。まぁそれが成功してたかどうかはハッキリ言って微妙だけど、印象的なシーンはけっこうあったね。」
「でも中盤はほとんどリピートしていないという人も多いみたいですけれども、アテネが終わった後にでももう一度、このあたりを見返してみるのも興が深いのではないでしょうか。ね。…はい、といった訳で第6回をこのあたりでまとめたいと思うんですけれども、何か言い忘れたことはありますか智子さん。」
「いやとりあえずは特にないね。つーか次回はまた9月になっちゃうだろうから、そこんとこをご了解頂きたいと思います。予め。」
「そうですか。まぁ年内はまさかドラマもないでしょうから、慌てず堅実に行きましょう。…はい、それでは第6回につきましては、以上といたしたいと思います。残暑厳しき折、皆様も体力を消耗しないよう頑張って下さい。それでは次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「貧乏ヒマなし猫灰だらけの木村智子でございました。アテネ後半、頑張れニッポン!」



【 第7回に続く 】




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