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【 第9回 】

「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。月めくりのカレンダーはあと3枚で終わりという段階になってですね、この座談会もようやく終盤に入ってきたんですけれども、この第9回についてはあれですか、智子さんもあまり納得できなかったようで。」
「そうなんだよねー。多分”捨て回”だったんだろうとは思うけどさぁ。それにしても納得いかないんだよなー。…ども、木村智子です。」
「それは例えばどういった感じで。どんなふうに納得できないんですか?」
「あのねー、とにかく和賀の心理描写について蒸し返してるってことねー。前回の第8回には、和賀がスランプを脱する場面があったやん。父親との記憶の中に自己のアイデンティティを見つけた和賀は、父から受け継いだ生への執念とでもいうべきエネルギーを蘇らせ、それが曲への情熱となって燃え上がり一気に名曲『宿命』の誕生なるかと思いきや、この第9回でまたまた迷ってやんの。これじゃあ前回の和賀の心理描写にあった、見事な起承転結が全部パアやんか。パッセージとして見るとそれなりよくできてるけど、楽章全体は破綻しててバラバラなんだよね。」
「ははぁ…(笑)」
「またはフランス料理のフルコースに例えるとさ、まずはアペリティフ、続いてオードブル、スープ、魚料理、アントレといい流れで進んできて、さぁそしたら次は口休めのソルベが来るのかな、それともそのままロティまで行っちゃってアントルメかなと思ってたら、なんかまたさっきと違うシェフが挨拶に来て、こちらフォアグラのムース仕立てにオマール海老のゼリー寄せですってオイオイオイ! まぁたオードブルからやり直しかいー!みたいな。仮に和賀役が中居さんじゃなくてね、名優の誉れ高き西田敏行さんとか仲代達也さんとか高倉健さんが演ったとしてもだよ? ここまで同じような皿をバラバラに出されて、しかもぶっ通しならまだしもちょこちょこ間をあけて繰り返されたんじゃあ、なんぼなんでも もたせらんないと思うよぉ。食べる方だって仕舞いに味が判んなくなっちゃうよね。」
「なるほどね。確かに名演とか主旋律とかいうものは、前後のバランスを整えたいいタイミングで出されてこそ、ピリッと引き立つというのはあるでしょうね。」
「そうだよホントそうだよ。せめて中居さんが綺麗だから飽きないようなものの、第何回めになっても同じようなことばっかり繰り返されて、もういい加減にしてくれって言いたくなるよね。3歩進んで2歩下がるどころか、3歩進んで5歩横に行ってるんだよこのドラマ。―――ってなんかこれで今回の言いたいこと終わったかも知んない。あースッキリした。」
「そうですか。じゃあこれで今回の座談会は終了…という訳にもいきませんので、細かく見ていきましょう。シーン自体はよくできている個所もある訳ですよね?」
「うん。シーンだけ見れば珠玉と言っていいところもあるんだよね。だからなおさら腹が立つ(笑)」
「まぁそのへんは抑えてやって下さい。あまり愚痴らずに(笑) はい。それではVTR、スタート。」


【 捜査本部 〜 あさみの部屋 〜 和賀の部屋 〜 あさみの部屋 】
「今回最初のシーンは、あさみのアパートに今西と吉村がやって来るところだったね。例によっておさらいかなと思ったらすぐに 『1時間前』 ってテロップが出て、んでそこでの内容が前回と変わっちゃってたんだよなー。今回はあの昭和のかほりただよう管理官が 『まずは成瀬あさみを落とそう』 って言ってるけどさ、前回は今西が、『最終的にはやはり成瀬あさみじゃないでしょうか』 って言ったんだぞぉ? んでそのあと、吉村とアパートを訪ねるってシーンだったのに。」
「いやそうじゃないですよ。最終的には成瀬あさみ云々のシーンのあと、今西は宮田と唐木に接触して話を聞いているんです。で、そのあとがアパートのシーンになっていますから、宮田たちに会った時からあさみのアパートに行くまでの間に、今回のこの 『1時間前』 が入るという流れですね。」
「そうだっけ。そんな順番だったっけかぁ。なぁんか印象浅くて覚えてない(笑) まぁどのみち前回と今回のシーンを、無理矢理おっつけた感は否めないよねー。焼き直してるというかさ、スープの次にまたスープが出てきたというか…。一方和賀ちゃんのシーンの方はさすがに変わってないけど。田所パパから何か事件にかかわっているんじゃないかと問われて、黙ってうつむく和賀のアップからタイトルバックへ。このへんはもう手慣れたもんだね。」
「続いてシーンはあさみのアパートになりますけれども、今回はどちらかというとあさみが主役の回でしたね。ここ何回かあまり出番のなかったあさみですけれども、第9回ではちゃんとヒロインになっていたと思います。」
「てゆーかさー。このいわゆる”捨て回”の第9回で、あさみと麻生については何とかカタをつけたっていうのがホントじゃないかぁ? ちょいと穿ったイヤラシイ見方だけどさ。この2人をこのまま尻切れトンボで終わらせたんじゃ、あまりにもあまりなドラマだったからね。まぁとにかくこの第9回は、あさみ中心に話が進んでたのは間違いないと思うよ。それまでは証言をガンとして拒否していたあさみの心が、今西と接することにより徐々に変化していく経緯が今回のメインになってる。いってみればあさみのメロディーが主旋律なんだ。」
「このシーンでのあさみは、最初は余裕なんですよね。元恋人のモリオカさんの話を出されても、一晩で2人の男を渡り歩くように思われるのが嫌だっただけだ、と女優の笑みで返しています。このあたりは名演といってもいい応対ですよね。」
「どっこい今西刑事も言い負かされっぱって訳じゃない。すぐに彼も巻き返しに出て、和賀とあさみが頻繁に連絡をとりあうようになったのは1月4日以降であるのが引っかかるのだ、と警察パワーをチラつかせる発言をする。携帯電話の通話記録を調べ上げるくらい、警察の力をもってすれば簡単なんだぞって暗に告げてる訳だからね。言われたあさみは黙っちゃうけどさ、まだ反論の余地はあるのになー。つまり和賀とそういう関係になったのは4日の夜が初めてだったんだと。それ以上のことはさすがに、いつ出会ってどう惹かれて、どんな感じに和賀さんを狙ってアプローチしていたのかなんて、いくら何でも説明できませんっつって逃げちゃえばいいのになー。あさみには演技力はあるけど構成力はないね。これじゃあ劇作家は無理だな。ふっふっ。」
「ふっふって別にあさみはそれを目指してる訳じゃないんですから。それよりここで重要なのは、今西に問い詰められたあさみが、確かに蒲田には行ったけどそれはモリオカさんに会うためで、和賀はマンションにいたと主張したことですね。ここまで和賀の不在を強調すると逆に不自然ですし、今西の詰問に対する答えとしては少々的外れです。現に今西はすぐそれに気づいて、あさみをじーっと見つめていますよね。この時点で今西は、やはり和賀は4日の夜蒲田にいたんだな?とピンと来ちゃったかも知れませんね。」
「そうだね、気づいちゃったろうね。でも結局この晩は刑事たちも大人しく帰っていくんだけど、ひっぱらなくていいんですか?と不満気に言ってる吉村は、和賀のこともあさみのことも完全に悪者扱いしてるよね。人を殺しておいてバッくれてる悪い男と、恋愛感情に目がくらんで口裏合わせてる馬鹿な女って感じ? そんな風にしか思えないなんて、まだまだ青いなーあんちゃん。宿命ってものの片鱗すら知らない若僧の傲慢だね。」
「で、残されたあさみは部屋の中でガクガク震えだしますけれども、緊張がとけたら恐怖と不安が一気に襲いかかってきたんでしょうね。しかも窓の下には今西が張りついています。こんな風に刑事に張り込まれるって、僕は経験ありませんけれども怖いでしょうねぇ。」
「怖いだろうねー。てかこれで無実だったら超迷惑だよね。警察に疑われたってだけで、周囲からは犯罪者と決めつけられて孤立しかねない。それが巨大なる国家権力の怖さって奴だね。行使する時は気をつけてもらわなきゃ。」
「そういえば最近、被害者の家族を犯人扱いしたって問題になった警察がありましたね。まぁ刑事も人間ですから絶対間違うなというのは酷ですけれども、強い力を使う時には、誰しも十分な考慮が必要だということですね。」
「そうそう。プロの格闘家が無闇矢鱈とケンカしないのと同じだよ。」


【 和賀の部屋 】
「場面変わってこちらは和賀ちゃんの部屋。田所パパの問いかけに対して、実は関川が警察から言い逃れるために僕の名前を使ったらしい、ってそれこそウマい言い逃れだよね。そんな和賀をじーっと見る田所パパは、こっちはこっちで今西とはまた違う怖い目をしてるね。」
「そりゃあ大物政治家ですからね。こう言うと語弊がありますけれども、そこらのただのおじさんとは違う訳ですから。」
「そうだね。和賀にもさ、ネチネチクドクド質問しないで、君がそこまで言うなら信じようとあっさり鉾をおさめるのも大物の証拠だよ。もっともそこまで言うならっつっても、和賀はそんな大したこと言ってない気もするけどね。あとここでオッと思ったのは、『曲の方はどうなんだ』ってセリフかな。今までは交響曲交響曲言ってたのが『曲』だけになったってことは、スタッフもようやく 『宿命』 は協奏曲だって気づいたのかな?」
「かも知れませんね。今まで交響曲としか言わなかった田所に、ここでいきなり協奏曲と言わせるのも変ですし。」
「つまり最初っからセリフ上は『曲』だけにしときゃよかったんだよ。んで田所パパがしきりに気にしてるのはサミットまでに間に合うのかということ。芸術作品も工業製品も一緒くたなこの感覚は俗物の最たるもんなのに、和賀にもう少しで完成だと言われると、それなら邪魔しちゃ悪いから失礼しようとすぐ立ち上がる。こういう気の回るとこもあるんだよね田所パパは。俗物なところはヤだけども、やっぱ好きだなーこういうパワフルなおじさん。」
「え? つまりは好きなんですか?(笑)」
「そうだね、好きか嫌いかって聞かれれば好きだね。まぁ要するに世の中には、完璧な男…つーか完璧な人間なんていないってことよ。それなのに理想の恋人像を現実の相手の上に思い描いちゃうから、応にして失敗するんだ結婚なんてもんは。」
「なるほどね。いつものことながら智子さんが言うと重みがありますね。で田所が帰るとすぐ和賀はピアノに向かいますけれども、ここで少し動きを止めるのは、心のテンションを作曲モードに戻しているのかも知れませんね。田所の詰問を躱すという現実的な行為から、創作という精神の飛翔にチャンネルを切り替えるというか。」
「うん。この両者じゃ使う頭が全然違うだろうからね。でもここで鍵盤叩いてるのって、これは影和賀じゃなく本当に中居さんなんじゃないのかなぁ。ちゃんと和音出てるのがすごいよね。んで和賀は途中で楽譜に消しゴムかけてるけどさ、なんか久しぶりに消しゴムかけるの見た気がする。最近消しゴムってほとんど使わなくない? 会社だと何でもキーボード打っちゃうし、手書きの場合はボールペンだよね。なんかこの鉛筆の、渋い軸の色が懐かしい。」
「そういえば鉛筆って学生時代も使いませんもんね。今はみんなシャーペンでしょう。でも楽譜を書くときは鉛筆を使った方が、手が疲れないんだそうですよ。」
「文章なら万年筆が一番だけどな。でもそういやカリグラフィって楽譜専用のペン先があるはずだけど、和賀ちゃんは使わないのかしらん。」
「ああ、あれはどちらかというとデザイナーが使う方が多いですね。」
「そなの?」
「ええ。あとは楽譜を製本する前の清書…。少なくともピアノを叩きながら音符を埋めていく作業に、カリギュラペンは使いませんでしょう。」
「ふーん。確かに文章と違って音符ってのは書く位置が決まってるもんだから、消しゴムかかんないと不便かも知んないね。下書きの文章なんてのは矢印でつなげちゃえば、欄外に飛ぼうが裏に飛ぼうが全然問題ないけど。…なんて話は置いといて、和賀ちゃんの様子からするとこの段階ではもうメロディー系は仕上がってて、あとは背景っぽい旋律と和音を加えてるって感じなのかな。んで画面はそのあと東京上空の夜明けになるから、つまり和賀ちゃんは一晩中作曲してたってことなんだろうね。」
「でも何だか満足のいく出来ではないようですね。パタッと鉛筆を置いたあと和賀は、ダメだ…みたく首を振っています。」
「そうなんだよねー。私テキにはこの場面では、一応安堵の表情をしてほしかったな。その方が前回とつながるよ。前回の和賀ちゃんはあんなにノリノリで一心不乱に作曲してたのに、第9回になったら不満を残したままの時間切れ作品をスタッフに渡してさぁ、んでこのあとやっぱり気に入らなくてやり直しぃ〜じゃ、創作者として何か情けないよなー。」
「なるほど、そのあたりも冒頭で出た、オードブルからのやり直しの一例ですね。」
「そうそうそう! こういうところがアレレのレ〜? なんだなこの回は。これじゃあ前回の和賀が見せた、あれほどの集中は何だったのってことになるじゃん。父親との記憶を蘇らせることで、『宿命』 に魂が籠っていく過程だったんだよあれは。つまり和賀はこの曲を創る過程において、自分も気づかないうちに本浦秀夫に戻り始めていたんだ。そんな大事なシーンのあとだっちゅうのに、今さら何をイヤイヤしてるんだよ和賀ちゃんん。とりあえずは満足しろよぉ。今の自分の全てを出しきった作品なんだろうそれがぁ。んでこのあと実際にオケに乗せてみたらダメだったとかね、リハまでの間にまた何かが起きて和賀の心が変化して、それによって 『宿命』 はより深いメロディーを宿していくとか、そういう大きな流れのあるストーリーにしてほしかったよなー。例えばそう、和賀を変えるのは関川の宿命論でもいいじゃん。誰かに勝つことばかり考えていた関川が、玲子と子供のことを生涯の宿命だと口にするなんて、和賀にとっても衝撃だったんじゃないかなぁ…。」
「でもこの第9回で関川には、別の役割が与えられていましたよね。つまり和賀の 『宿命』 が仕上がっていないのを見抜く役です。」
「そうなんだけどさ、関川の発言によって和賀自身が、『宿命』 はまだ未完成であることを慄然と悟る方がインパクトあるじゃん。そうすれば視聴者も和賀と同じ目線でハッとするから、気持ちがぐいっとストーリーにたぐり寄せられると思うんだよね。しかも和賀が突如亀嵩へ向かうという行動にも、いっそう説得力が出るじゃんか。」
「なるほどね。『宿命』 の完成過程と、和賀が自ら秀夫に戻っていく過程を完全にだぶらせる演出ですね。また宿命というのは和賀が背負った不幸な過去をさすだけではなく、人間が生きていく上で避けようのない悲しみのことだというのも、より強く前面に押し出す訳ですか。」
「うん。映像をオーバーラップさせて暗喩するばっかりじゃなくて、このへんはきちんとエピソードで説明したいよね…なんて言ってると、おいおいオマエはいつプロデューサーになったんだって言われそうだからいい加減にしとこう。えーっとそれであと1つこのシーンで思ったのは、和賀が楽譜をパラパラめくっていっちゃん下の1枚に書いた文字ね。あれっててっきり音楽的な単語だと思ってたら、何のこたぁない 『March』 だったのね。ただの3月かい(笑) 気が抜けたー!(笑)」


【 あさみの部屋 〜 路地 〜 和賀の部屋 】
「和賀ちゃんは朝まで作曲してたのに、窓の外を窺っていたあさみはどうやら途中で寝ちゃったようだね。あさみちゃんももう若くないんだから、お化粧落とさないで寝るとお肌がガサガサになるよぉ?」
「でも…寝化粧する人っているじゃないですか。あれは成分的に、したまま寝ても肌が荒れない化粧品なんですか?」
「さー知らなーい。そもそもアタシ化粧ってそんなに気合いれてしたことなーい。多分たかみ〜も同じだと思うけど。」
「コラなんでそう決めつけるか(笑) どうも、ご挨拶が遅れましたが高見澤は今回もいます。」
「だってたかみ〜みたいなタイプってぇ、あんまり化粧してどうのこうのって考えなさそうー。」
「うー………… そうだねと答えるべきか黙秘すべきか…。」
「あの、犬神メイクでそれを悩むとなんだか変ですよ。大した質問じゃありません、気にしないで下さい。」
「じゃあ話を進めるけども、目を覚ましたあさみがカーテンの外をのぞいてみると、昨夜同様今西がいる。それを認めたあさみの顔が、昨日はただの恐怖の表情だったのに、今朝になったら少し変わってるのがいいね。今西が本気だってことと、単に手柄を上げて点数稼ぎしたがってる嫌な刑事じゃないってことが、あさみにも少しずつ伝わってくるんだろうな。」
「外に出てきたあさみに会釈する今西の、寒そうに縮こまった様子もいいですよ。まぁこの季節にこの格好で、本当に朝まで表にいたら、多分肺炎になるんじゃないかとは思いますけれども。」
「そのへんはドラマだからな。でもこの寒そうな姿には、チラリ同情の念も起きようってもんだよね。さすがは今西、心理的揺さぶりがウマイなー。知らん顔を作って通り過ぎようとするあさみに、和賀の過去をあなたにも知ってほしいと語りかけるあたりも、実にツボをついてるよ。あなたなら真に彼を理解できると、そんな意味も込めてるだろうからね。」
「あさみは答えずに行ってしまいますけれども、心の中に確実に変化は起きていますね。任意で出頭させて短期集中で取り調べるより、時間をかけて揺さぶった方がいいという今西の考えは正しかったようです。」
「んで和賀ちゃんの方はというと、ジャーマネに電話して曲が完成したと連絡してる。このマネージャーの名前は南じゃなく、このさい飯島にした方がウケたと思うけどね。」
「いえ、南さんイコール南っちで、すなわちミッチー女史なんじゃないですか?」
「あー! なるほどそういうことかー! さっすがTBSのスタッフはシャレが判ってるっ!」


【 喫茶店 】
「あさみに色々と聞こうとしたらしい唐木が、結局それを諦めるシーン。ランチのあとにでも呼び出したのかも知んないけど、あさみは見るからにげっそりして元気ないよね。」
「ええ。顔色もよくないですし、これでは唐木も友人として、やっぱもういいやと引き下がるしかないでしょうね。」
「あさみにしてみればそういう気使いって、いったいどうしたんだ何があったんだお前が心配だからちゃんと話せ、ってキリキリ問い詰められるより気持ちが動くよね。太陽と北風の童話みたいなもんだな。それから宮田の、僕はちょっと悲しいですって言葉ね。宮田にとってあさみという女性は、実際につきあってどうこうしたい相手じゃない、いわゆるマドンナな訳でしょ? ダイレクトな欲望が絡まない分、宮田の感情は純粋で鋭いよね。」
「そうですね。和賀があさみを苦しめているならつらいと、宮田は素直に言っていますけれども、この言葉はあさみの耳に、今の和賀と自分は決して正しい…いや正しいというとニュアンスが違うな、何ていいますか…自然で素直な向きあい方をしていないことを、ズバリと指摘される形で伝わってきたでしょうからね。」
「それってある意味、宮田にしか伝えられないことかも知れないね。宮田はまっすぐな心で自分と和賀に憧れている。なのに私のしていることはずいぶんと濁っているじゃないか…。あさみはそんな風に思ったかも知れないなー。」
「そのこともまたあさみの心に波紋を呼んで、彼女に今西の言葉を噛みしめさせるんでしょうね。」


【 和賀の部屋 】
「『宿命』の楽譜を取りに来た南ッチー曰く、明日のリハまでに必ず間に合わせますってさぁ、このありえないほどの遅筆はいったいなに。和賀ちゃんたら音楽界の三谷幸喜? 来週のシナリオがありませんってやつか?」
「リハの前日に完成とは確かに驚きですね。楽団員はいつ練習するんでしょう。プロとはいえ相当しんどいんじゃないでしょうか。」
「もっともクラシックの四方山話を色々調べた時にね、コンサートの段取りミスで初見の協奏曲をぶっつけ本番で演奏したソリストがいたって話を読んだけど、そういうのってプロなら出来るもんなのかな。エチュードならともかく3楽章もあるコンチェルトをさ。ねぇそれってどうなの音大出。」
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
「あれ。まさに寝化粧ですねこれは。しかも明らかに狸ですけれども…それとも睡眠障害なのかな。」
「睡眠障害! それはありえるねー。要は体内のホルモンバランスが崩れるのが更年期だからさ。」
「あ、今ちょっとピクッとしましたよ。」
「さしずめ夢の中でホルモン焼きでも食ってんじゃないのぉ? 豚の睾丸とか。そういや私の友達で、砂肝というのは鶏の睾丸だとずっと思ってた奴がいたっけ。肉屋さんで見るたんびに、どうやって採取するんだろう嫌らしいなーと思ってたんだとさ。」
「それはまた笑える間違いですね。でもお肉のどの部位にしたって、生きているうちにどうこうする訳ではありませんからね。」
「いやいや 『砂の器』 にひっかけて砂肝の話をすることはなかろう。ましてや睾丸をや(笑)  あ、そういや正露丸をイモリの睾丸だと思っていた奴もいたな。あの強烈な臭いはそのせいだと。えれぇ勘違いだけど着眼点は笑える。うん。」
「ですから睾丸から離れましょうよ。ほらたかみーも吹き出したいのをこらえてないで、笑いたかったら笑いましょう。溜め込むと体に毒ですよ。」
「今に屁が出る足が出る♪ってそれはオタマジャクシ違いだろう! と多少判りにくいセルフ・ノリツッコミをやってしまったのであった。んで和賀ちゃんはスタッフが楽譜を持って帰っていったあと、疲れた様子で煙草をくわえるんだけども、そこへ嬉しそうにコーヒーを運んでくるのは綾香。いったいいつ来たんだコイツ(笑) 相変わらず神出鬼没キャラだよねー。」
「でもここの綾香の衣装は、僕は好きですね。清楚でお嬢様っぽくて、すごくいいじゃないですか。」
「ああねー。なんかレンガ造りの図書館とかが似合いそうな、リセエンヌみたいな雰囲気だよね。ちょっとたかみ〜には似合わなそうだけど。」
「そんなことはないっ。」
「あれ? 今の寝言?」
「どうやら今回は眠りキャラでいくみたいですね。」
「いつまで続くか見てようぜぃ。えーっとそれで綾香は完成おめでとうと和賀に言ったあと、おずおずって感じで 『ごめんなさいね昨日』 と詫びる。そのあとの和賀の、『ん?』 て聞き返しがいいんさねぇ〜! いつもより幾分まったりした、やつれたような雰囲気でね。綺麗な殿方が疲れている風情はたまりませんなぁ。んで綾香に、マンションの前に警察がいたんで驚いてパパに言っちゃったことだと言われて、『あれか…』 と納得する和賀ちゃん。それ以外の何だと思ったんだろうね(笑) 『怒ってる?』 と気にする綾香に和賀はほとんど取り合わず、少し疲れてるだけだと煙草を揉み消して、『ちょっと休もうかな』 つってソファーを立ってっちゃう。さりげないだけに冷たい男だ。まぁそこが素敵なんだけどさ。」
「でも綾香のいれてくれたコーヒーに、和賀は手もつけていないんですよ。せめてひとくち飲んでやればいいのに。僕が綾香だったら怒りますね。」
「つーか和賀ちゃんテキには、こんな時にコーヒー出すなよ気の利かない…って感じだったりしてな。いや待てよコーヒーとは限らないのか。ひょっとしたらハーブティーかも知れないよね。」
「中身までは画面に映りませんでしたからね。トレイの上のティーセットの豪華さからして、コーヒーというより紅茶系かも知れません。」
「それにしてもこの部屋で和賀と綾香が何か飲んだり食べたりするシーンが一度も出てこないのは、自宅とはいえこの場所も、和賀にとって真の安らぎの場所ではないことを象徴してるんだろうね。逆に言えば綾香の心はいつも置き去り。曲が完成したら最初に聴かせるという約束も忘れたかのように、和賀の白い背中は遠ざかっていく。同じ部屋なのにまるで別世界にいるような遠さに耐えかね、思わず 『ねぇ!』 と声をかければ、振り向いたその表情の何と虚無的なことよ…。」
「まぎれもない他人の顔ですよねこれは。近く自分の夫になる男が、見せる顔では決してないと思います。」
「だから綾香は言葉で確かめずにいられなかったんだね。コンサートが終わったら私はあなたと結婚して幸せになれるのよね、と。その問いかけに和賀の言葉は確かにYesと答えたけれど、表情はNoと言っている。いやーいいよねぇこのシーンねぇ!」
「いいわぁぁ…。」
「和賀はもともと、綾香を利用するために近づいただけですよね。ですから今までの和賀なら、第4回の船のシーンのように、いくらでもリップサービスができたんだと思います。ところが今の彼にはそれができない。素の感情が綻(ほころ)びてしまう。偽りの自分を婚約者として信じきっている綾香に、ふと哀れを感じる人間らしさを取り戻しつつあるんでしょうね。」
「大きな変化だねぇ和賀の…。さらに中居さんについてもさ、ああこのひとはこういう表情ができるようになったんだな…ってすごく感動しちゃったよ。憎らしいくらいいい男だね。不安を押し殺して笑っている綾香に、かすかに微笑み返して階段を上がっていく、その背中が物語ってるもんなー。口でもなく目でもなく背中で語れたら、人間は本物だよ。」
「あの、…たかみーが背中にパペットマペットくっつけてますけど(笑)」
「こりゃまた凝ったことをするもんだ。ど根性ガエルのTシャツを前ウシロに着りゃあもっと簡単なのに。」
「ちっ、そうだったか…。」


【 町中 】
「思いつめた顔で芝界隈を歩いているあさみを、麻生が偶然呼び止めるシーン。なんか群衆の中にマスクつけた不審な人物がいるんだよね。一瞬真犯人かと思った(笑)」
「エキストラさんでしょう多分。しかしこのシーンの麻生の登場は唐突ですね。智子さんの言う、この回で何とかまとまりをつけたというのも、さもありなんと思える扱いでした。」
「しかもこのシーンが麻生のラストカットなのにさ、町でバッタリ会うという成り行き任せなエピソードになってるよね。まぁ画的にはこのシーン、バックの東京タワーになかなか存在感があってよかったけど。東京タワーって近くで見ると、脚元がドンッと踏ん張ってて頑丈なんだよね。」
「それはまぁ333メートルに組み上げられた鉄を支えるんですからね。あれくらいの足腰がないと無理なんでしょうけれども、遠目の華奢な立ち姿からするとちょっと意外ですよね。」
「立ち姿っていえばこのシーンの麻生、黒いロングコートの立ち姿が和賀ちゃんに似てるっちゃあ似てるよね。要はこの2人、芸術家としてのタイプが同じなんだろうな。麻生曰く和賀というのは、自分を削って真実を生み出す力を持っている。それが人に感動を与えるんだそうだけど、これも自分と同じだからこそ、麻生にはよく判るんじゃないの。んで麻生はあさみに、『君のその力は自滅と成功の紙一重のところにあるから気をつけるように』 と和賀に伝えろと言い残して姿を消すんだね。」
「この台詞の”自滅”という言葉は非常に印象的ですね。確か前半の頃のTV誌に、麻生はこの先もっともっと追いつめられていくといった紹介がされていたようですけれども、つまり麻生は自分の才能によって自滅していくんでしょうか。そのあたりのエピソードは本当にきれいにカットされてしまったようで、返す返すも残念ですね。」
「だろうねー。ほんっともったいない。例の春公演はその後どうなったのか、桐野カヲルは麻生の愛人にでもなったのか、それがバレてトラブルになり麻生は引責辞任に追い込まれたのか、テキトーに想像するしかない訳だね。」


【 ホール 〜 医療刑務所前 〜 ホール 〜 医療刑務所 】
「直前に入った提供バックの映像とつながって、上空から見下ろした東京シティの光景。その手前に『翌日』 とテロップが入り、『宿命』 のリハーサルシーンになるんだけど、前にカナペでも言ったけどさ、やけにオーケストラ団員が少ないよねー。ナンダこりゃ!?とびっくりしたよ。」
「うーん…確かにこれはちょっと少ないですね…。ざっと数えたところ第1バイオリンが6人ですか。これではピアノのフォルテシモに負けてしまうと思うんですけれども…。」
「負けるよねー。いいとこアンサンブルだよねこれじゃ。んでも客席にひとり立ってステージを見ている和賀の後ろ姿は、シルエットが綺麗なんだよなぁ。なんかさ、銀座4丁目に立って鞠子を見てたピースを彷彿とさせるね。中居さんたら影まで綺麗だなんて、罪な人っ♪」
「はいはい判りましたそうですね(笑)」
「んでメロディーが第1主題にかかったところで、すでに満足できないらしい和賀ちゃんはドサッと体を放り出すように客席に座って、楽譜で前の椅子を叩いてるけど、これって曲云々より先にオケが下手なんちゃうか?(笑) バイオリンの音色がいまいちバラけてて汚いよ。つーかサントラCDの中でも、何となく弦が息切れしてる個所があるんだよね。金管ならともかく弦がへたばるなよなー。」
「でもドラマの音楽というのは映像込みで成り立つものですからねぇ。ここに仮にウィーンフィルの音色をもってこられても、映像と音が喧嘩してアンバランスになると思いますよ。サウンドトラックのCDなら一応耳だけで聴くでしょうけれども、シーンに乗せてオンエアされる音楽に限っていえば、むしろこの程度の出来でいいんだと思います。」
「そっか。一流オケの演奏にはそれだけで個性と主張がガンガンに溢れてるから、逆に『名曲アルバム』みたく映像が脇役に回らないとならないかもね。じゃあいっか、第1バイオリンが6人ぽっちでも。」
「ええ、いいんですよそれで。気にしないでおきましょう。」
「ほしたら映像の方はというと、このあたりからはもうオーバーラップの嵐だね。今西がやってきたのは千代吉の収容されている 『昭島医療刑務所』。手帳に挟んだ和賀の写真は三重の映画館にあったやつのコピーだ。綾香がチョン切られちゃってまぁ可哀相に(笑)」
「散々ですよね綾香は。で、その映像からまたカットが小刻みにチェンジされて、シーンはリハーサル中のホールに戻りますけれども。」
「客席に座った和賀ちゃんは眉間に深く皺を寄せていて、そこへカメラが正面からずーっと近づいていき、Maxになったところで和賀は一転、何かを決意した表情になって立ち上がる…。ここが私テキには第9回のベストショットだったねー。迷って迷って悩みぬいたあとに、和賀は重大な決意をした。そのことがよく伝わってくるワンカットだったよ。んで和賀は楽譜を椅子の上に置いて出ていっちゃう訳だから、いったん仕上がった曲を捨てるも同然の気持ちでいるのが判るよね。歩き去る歩幅の大きさも、決意のほどに比例してると思う。」
「そこにオーバーラップする映像が、階段を上ってくる刑務官と今西ですね。リハーサル場面とは対照的にBGMが全くありませんでしたね。」
「んでさ、この今西のいる建物が、エンドロールにあった東京水道局の中なのかなぁ。まさか本物の刑務所でTVのロケはさせてくれないだろうし、天井に太いパイプが何本も通ってて、何となく水道局っぽかったね。」
「いえ水道局だからといって天井にパイプは通っていないでしょう。水道局は別に水を溜めておく施設じゃないですよ。」
「まぁいいじゃないの細かいことは。んで映像はスローになり、今西は鉄格子の窓をいくつも通り過ぎて千代吉のいる部屋にたどり着く。そこにいた死刑囚は多分、今西自身の父親と同じくらいの歳だよね。最近見舞いに行ってるだけに、グッとくるものがあったろうな今西も。」
「力なくうなだれる千代吉と、鉄格子ごしにそれを見ている今西の姿が、同じフレーム内にロングでおさまっているのがよかったですね。車椅子が映っていることで、千代吉はもう歩くこともできないのだと判ります。さらにそこにオーバーラップするのが、歩いてくる和賀の姿なんです。」
「宿命というキーワードを取り囲む3人の男が、ここで同時に映るってことだね。んで画面はすぐ和賀の背中だけになるけど、『TVぴあ』 の集中連載にあった、音声さんが裸足で和賀の足音を拾ったシーンがここだったんだね。和賀が歩くにつれて背中に陽が当たったり陰ったり、人生を象徴するかのようなカットだった。こういう映像詩みたいなシーンを撮らせたら、なんだかんだいってこのチームに優るものはないんだろうな。叙情的で素晴らしい映像だったと思うよ。でもって和賀の遠ざかる背中にまたもオーバーラップして、塀の外をこちらに向かって歩いてくる今西が映ると。」
「今西の足取りからは、千代吉に何か重要なことを聞いたんだろうというのがはっきり判りますね。手にした手紙の束は三木からのもので、その重さが今西の足を遅れさせるのかも知れません。」
「何かをひきずるようにゆっくりと歩いていく今西の後ろ姿に、もう一度和賀の背中が重なる。もぉもぉこれでもかって感じの、追う者と追われる者の対比だね。敵同士だったはずの2人の心は、静かに憎しみを抜け出して同じ旋律を奏で始めるんだ。」


【 地下駐車場 】
「正面にソアラの停まった地下駐車場。ここで背後から 『和賀!』 と声をかけてきたのは、赤いライトの中に立つ関川だった…んだけどこの関川のカッコウ、あたしゃまた中居クンかと思ったよ(笑)」
「ああ確かにそんなスタイルでしたね。今までの関川の、乙に気取ってカッコつけた細身のスーツとはガラリと違っていました。」
「んで近づいてくる関川を待つ和賀の背後は白い壁。この赤と白のコントラストは印象的だったね。それと和賀の立ち姿が綺麗。『玲子のこと隠してたんだろう』 と関川に言われて和賀は何か答えようとしたんだけど、遮るように関川は話し出すんだね。玲子と赤ん坊…不幸にも死んでいったこの2人のことを、自分は宿命として背負って生きていくしかないんだと。これはさっきも出たように、和賀にとっては衝撃的な言葉だったと思うよ。あの関川がこんなことを言うなんてさ。」
「でもそのあとの、『誰の心にもどっかしらでひっかかるタイトルつけるなんてさすがだね。商売上手だ』 という発言は関川らしいですよ。シニカルさはまだ健在のようです。」
「言われた和賀はふっと関川から目をそらすんだけど、そのそらした目がアングル的にカメラの真正面になるっていうこのカットは、無造作だけど上手い演出だったと思う。関川には見えなかったろう和賀の微妙な表情が、視聴者には判る訳だからね。んで関川は、『完成おめでとうって言おうと思ったけどやめとくよ。まだ完成してないみたいな顔してるから』 と言い残して去っていく…。」
「このあたりは関川もさすが評論家ですね。和賀には薄っぺらだと批判されましたけれども、何はともあれ第一線で活躍していたプロなんですから、見抜く目の鋭さはあるはずです。」
「そうだよね。アラ探しするにしたって評論家ってのはさ、大衆の納得するアラを探さなきゃいけないんだもんね。掲示板を荒らす素人みたいな訳にはいかんわな。」
「去っていく関川に和賀はくるりと背を向けて歩き始めて、多分これで二度と会わないだろうことを、この2人はそれぞれに感じているのかも知れませんね。関川はマスコミ界からも、未練なく去っていったんでしょう。」
「んで和賀のソアラのあとを吉村は、さも尾行してるぞと見せつけるようについてくるんだね。ムカつく若僧だぜまったく(笑)」


【 事務所 】
「和賀は田所にも 『宿命』 の未完を告げ、田所が慌てるというこのシーン。和賀ちゃんは自分から出向いたのかな、それとも打ち合わせでもしようってんでいつものようにパパに呼び出されたのかな。」
「さぁそれは判りませんけれども、田所がパンフレットのようなものを差し出していることからして、田所サイドの準備は本当に順調に進んでいるみたいですね。なのにここへ来て和賀に未完だと言われたら、もう後戻りはできない、君ひとりの問題じゃないと叱責したくなるのも道理だと思います。」
「そりゃそうだけどもさ、ここでの中居さんたらさぁ、一切の不満を吹ッ飛ばす勢いでものすごく綺麗なんだよねぇ。横顔の輪郭が逆光で光ってるんだよ? 多少減量のあとも見えるよね。その精悍さに助長されて、この一見大人しやかに見えて実はふてぶてしいって感じがよく出てたと思うよ。」
「ここで和賀が 『僕の問題です』 と言い返してきたのは、田所にも意外だったようですね。和賀がこんな反論をするのは多分初めてなんじゃないでしょうか。いつもは賢い子供のような笑顔で、判りましたと言うのが常だったのに。」
「そうだよねー。『宿命は僕のものなんです』 っていうこの 『宿命』 は、曲のタイトルだけの意味じゃないよね。もちろん 『宿命』 という曲をサミットの材料のように考えて口出しするなって気持ちもあるだろうけど。」
「出ていこうとする和賀に田所は、それはどういうことだねと問い返していますけれども、そこで和賀は 『コンサートは予定通り行います』 と答えるじゃないですか。これは単に田所を黙らせるための方便なんじゃなく、和賀の中にはこの段階ですでに、カウントダウンのシナリオが出来ていたと思っていいんでしょうか。」
「うん。私もそうだと思う。さっき綾香に見せた何ともいえない笑顔からしてもそうだと思うよ。自らの闘いの幕引きを、和賀は考えていたんじゃないかな。んでこの 『ご安心下さい』 って言葉を和賀は、背後を振り向くでもない微妙なアングルで言う。その肩越しの頬の線が、精悍で艶っぽくてたまらなくいいわぁ…。いい男にはやっぱり悲劇が似合うんだねぇ…。」


【 路地 〜 公園 】
「あさみが再度今西に会い、公園で話をするシーンですけれども、このあたりからあさみの心は、蒲田でのことを証言する方向に大きく傾き始めたんでしょうね。」
「そうだろうね。路地であさみを待ってる今西は、刑事じゃなかったら完全にストーカーだろうっていうしつこさだけどな。んで2人が話をした公園のカットに最初に映りこんだのが、蕾もつけていない冬の桜の枝。これはなんか象徴的だった。まさに今のあさみのようで。」
「ここで今西はついに、和賀は罪を犯しているという言葉を口にするんですね。そしてあさみもそれを知っているのに、彼を守ろうとして証言を拒否していることも。」
「んでここでアレッと思ったのはさ、ベンちゃんの 『運命』 の話ね。アタシも第8回で似たようなこと言ったじゃん。宿命っていわれたらあの交響曲を連想するだろう、みたいな。んでも私はこのドラマ、座談会やるに当たって1回分ずつしかリピートしていないから、第9回を再生したのは第8回のUP後だったのよ。ここにこんなセリフがあったのは、いやーすっかり忘れてたねぇ。」
「ええ。ベートーベンの第5番 『運命』 は、おそらく日本で一番有名な交響曲ですからね。クラシックの代名詞といってもいいでしょう。『宿命』と聞いて『運命』を連想するのは、平凡なことだと思いますよ。」
「で、今西はあさみに言うじゃん。彼は宿命に立ち向かって生きてきた、ある日それを背負いきれなくなった、だから罪を犯したと。んで大事なのはその次の、『彼は間違えたんです』 ってひとことだね。これって何げないセリフだけどさ、いわば刑事たる者の究極の悟りだと思うよ。罪を憎んで人を憎まずというか、犯人というのは骨の髄から悪い奴なんじゃなく、単に何かを 『間違えた』 だけ。それを正しい方向に向き直らせてやるのが、刑事というものの役割なのであると。それを悟った時に今西は、父から受け継いだ宿命を乗り越えられたんじゃないかなぁ。そう、和賀との出会いによってね。そんな今西があさみに言うんだ、私は私のやり方でしか彼を救うことはできず、それはあなたも同じだって。この時の今西の言葉には凛とした説得力があるね。小手先のお涙頂戴じゃない、無条件に人を動かす力があると思うよ。」
「あさみから真実を導き出せるのは、今西の真実だけだという訳ですね。だからあさみもここで初めて今西に、判らないんです…と本音らしいものを見せます。『私はあの人に助けられたんです。あの人の手は、暖かかった…』 と。」
「あさみの心はもう半分以上、ほどけかけてるんだよね。BGMの 『ラクリモーサ』 が、いい感じに叙情を歌いあげてたと思うよ。」


【 和賀の部屋 〜 あさみの部屋 〜 和賀の部屋 〜 海浜公園 〜 捜査本部 】
「さてと。ここから今回のラストまでのシーンが、冒頭で言った、細かくカットしすぎてクドくなったいい例だと思うね。まずは和賀ちゃんちの階段の上でバタバタ音がしてるから何かと思えば、床に座りこんだ和賀が泣きそうな顔でピアニカを拳で叩いている。要は無力感にうちひしがれてるってことかな。曲も満足に完成させられず、捜査の手はじりじりと迫ってくる。やがて追憶の表情になる和賀にオーバーラップして雲間の太陽がのぞき、こんどはそれとあさみが重なる。膝を抱えて考えこんでいたあさみが背後のカーテンをめくると、目障りだったはずの今西の姿も今はない…。」
「このあたりは今西も、揺さぶりが巧いといっていいですね。これでまだ張りついていられると、あさみとしても意地でも抵抗したくなるでしょうし。」
「うんうん巧いよね。これがベテランの呼吸なのかな。んで和賀は地図帳とピアニカを持って階段をおりてきて、床に座り込んでソファーの背に頭をもたれさせる。睫毛の長い端正な横顔には見とれるけど、これも既にどっかで見たシーンなんだよね。和賀の部屋の映像って、すでに使い尽くしてパターン化されちゃってる気がする。ピアノ弾くかピアニカ吹くか、苦悩のアップか追憶の表情のどれかだって訳よ(笑) 女性視聴者にウケるだろうアングルを、各監督が揃いも揃って狙ってくるというかね。さらにそれを細かく切って小出しにするもんだから、もっとクドく感じる。」
「なるほどね。あさみや今西などの『動』のシーンに、和賀の『静』のシーンが点綴されるという構成の妙は判りますけれども、繰り返しすぎて効果が半減どころか逆効果になってしまったんでしょうね。」
「そういうことだよなー。海浜公園でのあさみは煌く水面の前に佇み、ここで和賀と交わした会話を思い出しつつ、出会いから今日までのことをずっと辿ってるんだろうね。」
「そういえば、あさみの前で和賀が 『宿命』 という言葉を初めて口にしたのは、あの風車のシーンでしたよね。」
「ああそうだったそうだった。このあたりでのあさみはもう、今西を訪ねる決意を固めてそうな感じだよね。んで今西の方は捜査本部で手紙を読んでるけど、これって千代吉のとこから持ってきたあれでしょ〜? するってぇと今西はこの手紙によって、千代吉と三木の間にどんな通い合いがあったのかを知るんだろうな。でもってそれを次回以降のネタに使うんだろうな。チッもったいぶりやがってスタッフ、とか思っていましたここを見た時(笑)」
「そうなんですか? 何ともヒネくれた視聴者になってきましたね。」
「ニンともカンとも致し方ないわな。ほいで今西の背後の時計は8時を指してるから、つまり徹夜したってことだよね。そこへ電話が入ってあさみがやって来て、今西の待つ署の建物に入っていくところでCMだった。」


【 和賀の部屋 〜 署内の一室 〜 和賀の部屋 】
「CM明けは和賀の横顔から。とろんとした目で虚空を見ていて、膝にはピアニカというのも見慣れたパターンだね。んでこれまた和賀とオーバーラップして、署内の一室で向かい合う今西とあさみ。あさみはいきなり4日の夜のことを話し出すのではなく、まず今西に宿命の意味を聞く。すると今西は、私が知っている限りの全てをお話ししましょうと言って話し出すけどさ、守秘義務とかは大丈夫なのかね。」
「いやそれはもうここまで来たら、あさみが事件と無関係なはずはありませんよ。それより今更ですけれども僕が思ったのは、あさみの証言というのは決定打ではないんだなということですね。彼女の目撃はあくまでも情況証拠なんです。和賀が三木を殺したという物的証拠を握っていたのは、唯一、扇原玲子だけなんですね。」
「うんうん確かに今更だけど、実際の話そうなんだよね。和賀が蒲田にいたからといって、三木を殺した証拠にはならない。そんなこと言ったら蒲田の住人全員が容疑者になっちゃうよ。例えばあの時和賀を追い越していった自転車の男が犯人かも知れないじゃん。和賀の逮捕に踏み切る根拠が甘いという指摘は、実は映画への批判の中にもあったんだってね。今西が頭で組み立てただけのあんな漠然とした推理で、逮捕状なんか取れないってさ。映画の呪縛を離れられなかったこのドラマは、なんか欠点まで引きずっちゃったんだね。」
「その点、原作の和賀は3人殺していますからね。うち1件は関川も共犯者ですから、証言にはこと欠かないでしょう。それに和賀が最初に取り調べられるのは、電波法違反か何かでしたよね? アル・カポネの脱税のように、警察は搦め手から行ったんです。まぁ文章と映像ではアプローチが違いますけれども、理論武装となるとやはり原作が一枚上手だったようですね。」
「やっぱその点は清張先生もぬかりないんじゃない? 理屈を固められるのは文字作品の強みでもあるだろうけど。まぁこんなふうにこのシーンには色々と文句もあるけども、よかった点も確かにあるよ。このシーンで和賀は地図を広げて父と歩いた道をたどってるけど、これがイコール今西の、あさみに聞かせてる話とぴったり重なってるんだよね。これをセリフじゃなく映像でやった演出は素晴らしい。これは称賛していいと思うよ。ただそういうのがピンポイントで来れば効果的なのに、最初っから最後までそればっかりだから、いささか食傷気味になるって話でね。いくら美味いからって同じ料理を何度出すんだよみたいな。」
「こうしてみるとこのドラマは、本当に時間がない中で作られたんでしょうね。全体を見回してトータライズに演出する余裕がないほど、厨房は大混乱だったんですよ。ですからとにかく出来た皿から客に出してしまわないと、コースそのものが滞ってしまう。結果、同じような味つけが続いたり前後で相殺するような順番になったりしても、目をつぶるしかなかったんでしょう。いわば指揮者不在のオーケストラ状態ですね。」
「おお、それはいい例えだ八重垣! 砂班・の班・器班がバラバラに撮影してたんじゃあ、さもありなんって感じだよね。だけどもう何度も何度も言ったけど、映像自体は綺麗なだけに、完成度が低くなったことについては涙が出るほどもったいない。奥出雲の山々に和賀のアップを重ねたカットなんて、あのポスターを彷彿とさせる芸術的な仕上がりだったよ。あーもったいないったらありゃしないっ!! …って地団太踏んでるうちに今西は全てを語り終え、感に堪えたあさみを嗚咽させるんだね。」
「このシーンの松雪さんは熱演でしたねぇ…。本当に泣いていたんじゃないですか? 涙は目頭からしか流れないといいますけれども、号泣になると色んなところから零れますよね。それに、目頭からポロッと流れ落ちる筋も、確かにあったと思うんですけれども。」
「いやいや熱演は確かだよ。あんなに必死に隠そうとしていた血のついたコートの存在を白状して、『和賀英良さんです…』 と最後の一言を言うところに、敢てBGMが入ってないのもよかったね。んでやがてチェロによるメインテーマが流れてくるんだけど、これは第1回のオープニング・シーンで初めて聞こえた 『あさみの旋律』 なんだよ。オーバーラップする和賀の横顔の静けさともあいまって、嫌でも第1回の冒頭を思い出す流れだよねぇ。どっこいそれにしては第1回と9回で印象が違いすぎて面食らうけどよ。」
「印象の違いですか。確かにそれは大きいですね。こうして振り返ってみると、全く別のドラマのようですよね。」
「んでアップになった和賀はゆっくりまばたきしてから目を閉じて、もう一度目あけた時には決意の眼差しになっている…。ほらねー、ポイントごとに見るといい演技してるんだぜ中居さん。なのに同じようなカットばっかちょこちょこちょこちょこ来るから、鮮烈な印象にならないんだよ。これでいっそぶっ通しのワンシーンならねー、ラヴェルの 『ボレロ』 みたく、その中で完結したクレッシェンドが成り立つものを。」
「なるほど 『ボレロ』 ですか。あの延々と繰り返される旋律を小出しにやられたら、聴く方は耐えられないでしょうからね。…で、かくして第9回最高の見せ場は終わり、1人の刑事が今西を呼びに来て、場面は次に続く訳ですね。」
「あ、このシーンで1つだけバカなこと言っていい? 深刻に向かい合ってるあさみと今西の後ろのロッカーに、『非常持出禁止』 ってプレートが2枚貼ってあったでしょ。あたしゃシーンの間じゅうあれが気になってねぇー。よくよく考えると非常持出禁止って変だよ? ただの持出禁止なら判るけど、非常時にも持ち出せないなら資料の意味ないじゃん!」
「まぁそうかも知れませんけれども、相変わらず細かいですねぇ…。」


【 路上 〜 捜査本部 〜 車内 】
「さてラストシーンは一転してダイナミックな映像だ。俺はスポーツカーなんだぜ!と言わんばかりにつっ走るソアラは、いいエンジン音たててるよね。ソアラの最高速度ってかなりなもんだと思ったけど、こんな時にスピード違反で捕まったら元も子もないぜ和賀ちゃん。」
「いやこれも演出ですよ。実際は制限速度いっぱいってところでしょう。この大事な時に和賀も、まさかそんなスキのあることはしませんよ。」
「そんなん判るもんかぁ。だって和賀ちゃんたら大胆にも、職質かけようとした吉村の制止を振り切って逃亡したんだよぉ? ああっこのシーン見たかったなぁー! 刑事の職質を振り切る和賀ちゃん! 全編通して一番見たいシーンだ! 多分吉村たちもさ、スカしたピアニストだと思ってた和賀が、まさかあんな身軽に、黒い豹みたいな敏捷さで自分らを振り切るとは思ってもみなかったんだぜ。んであわてた刑事たちが 『止まりなさい!』 とかノンキなこと言ってるうちに、和賀はハンドブレーキに手をかけ後輪鳴かせてスピンターンだ! 走り屋・緋色っちもまっつぁおなヤンキー仕込みのドライビングテクニック、ああっ見せてくれてもいいじゃんかよぅ中居さんー! 素敵素敵素敵、惚れるぅ―っ!」
「ちょっと待って下さい(笑) ぐねぐねするのはいいですけれども、ソアラでそんなシーンをやるとトヨタさんから文句が出ますよ? まずいでしょう、スポンサーさんの車でそんないけないことをしちゃあ。」
「ちっ。そうかそれがあったか。ッたくやっかいな時代だぜなぁ。まさかゲームのCMみたく、『これはドラマ上の演出です』 ってテロップ出しとく訳いかんしな。じゃあそこらに停めてあった外国車カッパらえばいいやん。たまたまキーがつけっぱだったって設定で。」
「駄目ですよ、和賀が窃盗の現行犯で指名手配されちゃいますよ。ここまできて最終回前にそれじゃあ、真犯人として情けないじゃないですか。宿命も何もあったもんじゃありません。」
「でもさぁー! 見たかったんだもんよ和賀ちゃんの職質無視ぃ―! なんなら腕つかんだ刑事の手でも逆にヒネりあげてやれー! 『BIRDMAN』 のチンピラはカッコよかったぞぉー!」
「ですからこのシーンのポイントはそこじゃないでしょう。和賀英良が逃亡した、全員行方を追ってくれと言う管理官に、はい!と刑事たちが部屋を駆け出ようとするのを、戸口で堰止めるように今西が止めるところです。今西はそこできっぱりと、『和賀は逃げません』 と言い切る。なぜなら今西はすでに、和賀の一番の理解者になっているからですね。」
「まぁな。そこがポイントなのは確かだなー。ばってん今西はたったひとりで、あとで連絡しますとだけ言って出てっちゃうけど、こんなスタンドプレイが許されるはずはないんちゃう?」
「そこもやっぱり演出なんですよ。この一瞬、今西の信念と迫力に負けて全員が黙ったということでしょう。」
「じゃあここはそういうことにして、次のソアラのカット。坂の上にヌッと現れておりてくるっていうのは、サスペンスものにはよくあるアングルだね。ハンドルを握る和賀には既に焦りも迷いもなく、そこに今西の姿がオーバーラップする。ここまでアップで重ねたのはこれが初めてかも知んないね。かくしていよいよ2人の男の対決…じゃないな、真実が交錯するのである!とばかりBGMが盛り上がって、画面は和賀の全面アップへ。正面を見つめ突き進む和賀の、決意の目元にカメラはぐーっと寄っていき、暗転…つぅ訳だ。」
「緊迫感が溢れる中、次回へバトンタッチするこの演出は申し分ないですね。今回は山室大輔さんですか。予告によれば次回はいよいよ、和賀への逮捕状も申請されるようですね。」
「あと残り2回かぁ。第10回・第11回という分け方じゃなく、最終回の前後編って形になるんだね。それだけ気合入れましたってことか。でもこの頃はTV誌なんかで宣伝されてた、最終回には和賀が 『宿命』 を全曲演奏するってことが話題になってて、私もストーリーの結末よりそっちを楽しみにしてた記憶があるなー。言っちゃあなんだけどやっぱ変なドラマだったね。」
「とにかくこの座談会もあと2回ですから、こちらも最後の気合を入れて語ることにしましょう。ほらたかみーもあっちで腰痛体操やってますよ。」
「あら何だよいつの間に起きたんだ高見澤。やっぱ睡眠障害のハシリだぜあれ。そういや総長も腰痛だっつってたし、アタシも朝起きると腰と背中が痛いんだよなー。季節の変わり目はどうしても、節々が痛むんやねぇ…。関節年齢が高くなったアナタなのかのぅ。ああどっこいしょっと、トントントン…。」
「何だか年寄りに囲まれて座談会をやっている感じがするんですけれども、えービジターの皆様には、僕と一緒にもっと若々しく参りましょう。ね。
はい、という訳で第9回は以上でまとめたいと思います。次回まで皆様ご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」

「若くありたきゃカルシウム摂取! 次回UP予定は今月14日頃、今月いっぱいに最終回まで語って、聴きどころ講座は来月アタマ目標です! な木村智子と、」
「 『更年期友の会』 の会長に任命されて憤懣やるかたない高見澤でした。また次回〜♪」
「あれっ憤懣やるかたないなんてゆって、ウソだよぉけっこう喜んでたクセにぃ〜。」
「喜んでないっ! 断じて喜んでないっ! 私はただ 『活力ある更年期を目指し中居さんのセクシーポイントに萌えよう会』 の会長ならいいって言っただけやんっ!」
「ははぁ…けっこうそのこと自体には前向きではあるんですね。いやぁさすがです。」
「さすがって何がよぉー! 更年期キャラ定着、はんたーい!」
「まぁまぁたかみ〜のためにあるような、いい言葉があるんだよ。ジョセフ・ジェベールの『随想録』に曰く、『人生の夕暮れはおのずと燈火をたずさえてくる』。」
「ああ、いいねぇ…。しみじみするねぇ…。子供や孫に囲まれて、暖かな夕暮れのひとときは窓の明かりもサンダーソニア色…って誰が孫持ちなんやいっ! コラー!」



【 第10回に続く 】




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