【 Le bol de sableインデックスはこちら 】
【 ビデオの整理棚に戻る 】

【 第11回 】

「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか、八重垣悟です。えー『砂の器』のオンエアが終了したあと、5月からですね、ずっと続けてまいりました当座談会なんですけれども、今回いよいよ最終回を迎えることとなりました。ねぇ、長いような短いようなの約半年間だったんじゃないかと思いますけれども…。」
「ねー。いっつもそう思うよね。やってる最中はホントに果てのないレースみたいなんだけど、ゴールが見えてくると短く感じるというか。ども、木村智子です。」
「まぁでも今回と、それにあと1回…前々から予告している『宿命』聴きどころ講座もありますんでね、これがラストという訳ではないんですけれども。」
「ま、そういうこった。んで本題に入る前にだね、まずはこちらのフリップをご覧頂きたいんですが。よっこいしょっと。」
「え、何ですかこれは。前回のまりも耳かきと同じような顔ですよね。」
「そう、実はこれはドー国から送られてきた画像でね、ひなつ邸の冷蔵庫に止めてある『まりも輪ゴムかけ』なんだそうだ。」
「へぇぇぇー…。個性的ですねぇ…。ガッツポーズした腕にこう輪ゴムをかける訳ですね、まりもの。」
「ねー。そういうことなんだろうけど、しかしあたしゃブッたまげたね。」
「そうですね。まりもに腕があるだなんて生物学上はとても考えられることではなく、まさに驚きの―――」
「ちゃうちゃうそうじゃない。何が驚いたってあんた、北海ドーにも冷蔵庫があるなんて信じられなくないか?」
「あ、そっちですか(笑)」
「いやーびっくりしれとこおしゃまんべ。だってドー国なんつったらさ、ちょっと勝手口から出てそのへん10センチも掘りゃあ立派に凍土(ツンドラ)じゃないのー? 食料なんざその中に埋めときゃ用は足りるじゃん。冷蔵庫なんて無用の長物でしょー!」
「いやいやそうは言ってもね、…どうも、こんにちは高見澤です。優秀な営業マンは南極に氷を売るというから、シャープか東芝か日立か三菱かナショナルかどっかの、ものすごく優秀な人が売ったと考えるべきなんじゃないかなぁ。」
「はっはぁ…なるほどそう考えれば辻褄も合うね。『プロジェクトX』に出てきそうな伝説の営業マンが、北の台地トマコマイにも足跡を残したって訳か。んでそこで今、ガッツポーズのまりもが笑いながら輪ゴムをかけていると。なるほどぉ、壮大なドラマだねぇ。」
「壮大壮大そりゃそうだい。」
「ま、しかしそれにしてもだ。中居ファンの紅涙を絞ったこのドラマの最終回座談会に、よもや まりも輪ゴムかけが出てくるとは誰も思ってなかったろうね。」
「思っていなかったでしょうね(笑) この馬鹿馬鹿しさが狙いですか?」
「つーかひなつが画像送ってきたからさー。こりゃあUPしたらウケるかなと思って。ザッツまりもシリーズ。」
「まりもシリーズ(笑) なるほどね。他にどんなグッズがあるのか、楽しみなようなどうでもいいような複雑な感じなんですけれども…。はい、とにかく今回のオンエアのトータルタイムは59分27秒ありまして、やはり前半を細かく刻んでCMを固めてきましたね。そして前回に引き続き、最終チャプターは30分16秒のブチ抜きでした。」
「ねー。これもマジですごいことだよね。CMなしの30分間ぶっ通しだよ? オマエはNHKか〜!みたいな。民放とは思えない離れワザだった。」
「離れ業ですねぇ本当に…。じゃあいよいよその最終回を、じっくり追っていきましょうか。」
「よし行こう。今回はトウモロコシの鍋もないし、まりもフリップは片づけたと。」
「片づけましたね? まりも耳かきの実物も北一硝子のワイングラスもないですね? それでは落ち着いて始めますよ。VTR、スタート。」


【 神社 】
「時報の直後すぐに、『やさしいキスをして』から始まりましたね。映像は画面いっぱいの菜の花の海と、そこを渡っていく千代吉と秀夫の、前回はなかったカットです。テロップには『最終楽章完結編』とありましたね。」
「完結編ね。いよいよラストかあ…って感じだね。しかしあたしゃこの最終回もオンエア以来1回も再生してなかったから、半年ぶりに見てすごい新鮮だったよ。ただその再生した時にちょっと心の準備が足りなくてね。この回って不用意に再生するとさ、自律神経が失調するんだよなー。それを忘れててうかうかと再生して、やはり息が苦しくなりました。うん。」
「それって更年期だよ多分。動悸・息切れ・肩のコリ。」
「ちゃうわいっ! くわばらくわばらだっ! えーとほいで今回の冒頭は主題歌にかぶってのおさらいシーンからで、BGMには第2楽章のイントロ部分がきてるね。この選曲は実につきづきしい。今西のナレーションも前回の復習で、『千代吉・秀夫親子は本件の被害者である三木謙一と出会うことになります』って訳で三木が自転車に乗って出かけていくシーンに移ると。」
「神社の石段を登る千代吉は、高熱でもあるんでしょうか…もう足元もおぼつかずにふらふらですけれども、このあたりからが未見の映像でしたね。」
「んで制服姿の三木は自転車で雪道に入ってってるけど、こういうシャーベットの上は危ないから押して歩いた方がええでー。自転車のタイヤっつーかホイールは左右の力には徹底的に弱いから、2センチの落差をツルッといっただけでひっくり返る可能性がある。市街地でも側溝の金網が滑るんだよなぁ。私も雪道で何度すっころんだか。」
「よく生きてますよね。でも三木は転ぶこともなく無事に神社にたどりつき、参道に駆け込んでいきますけれども、この様子を見ただけでも三木が真面目な警官だというのが判りますね。すぐに宮司さんも飛び出してきますし、村人との信頼関係が本当にしっかりしていたことが伺えます。」
「宮司さんが指さした縁の下は、はからずも今西と吉村が捨て犬に餌をやる子供を見つけた場所。千代吉と秀夫は文字通り野良犬の風体で、三木と出会った訳だね。」
「優しいお巡りさん、といった雰囲気の三木に比べて、秀夫は今にもその手に噛みつきそうな顔をして睨んでいますね。」
「いや滅多なことをしたらほんとにガブッと噛みついたと思うよ。三木は多分ずいぶんと時間をかけて、秀夫をなだめてから千代吉を担ぎ上げたんだろうね。んでこのあたりにはステージシーンからずっと繋がって、コンチェルトのBGMが流れてる。提供のあと最初のCMが入るまでが4分34秒だったね。」
「今回のチャプターは全部で5つでしたっけ。」
「そうそう。最後以外は全て10分未満だったよ。」


【 捜査本部 〜 三木の家 〜 ステージ 】
「本部では今西の説明が続き、それをナレーションとして画面は三木の家の映像。昏睡している千代吉を三木は親切にも医者に見せてやる訳だけど、保険きかないよねぇこれ…。支払いは実費かい? だとすると高くつくぞぉ。」
「いいじゃないですかそんなところに突っ込まなくても(笑) それに、そういう面には田舎のよさがものを言いますよ。この医者はもしかしたら、治療費を取っていないかも知れませんよ? 人間関係がうまくいってさえいれば、便宜をはかってもらえるのが田舎の人情でしょう。ただそこで一旦こじれてしまうと、村八分なんていうとんでもないことになるんでしょうけれども。」
「なるほどね。何事も長所と欠点は表裏一体って訳だね。んで三木の奥さんは風呂場で秀夫の体を洗ってやり、お父さんは大丈夫だよと励ますんだけど秀夫は黙ったまま。千代吉の布団のそばにぴたりとついて離れないのが痛々しいね。」
「何といいますか、ここでの秀夫は小動物のようですよね。間違いなく空腹のはずなのに、差し出されたおにぎりさえ一口も食べません。」
「動物に例えて言えば、これが抗食ってやつだよね。たとえ餓死しようとも人間の出すものなんか食べないの。でもようやく千代吉は意識を取り戻して、手厚い保護に恐縮する。ここで三木が自分は警官だとサラッと口にするのはさ、まさか千代吉を犯罪者だとは思っていないからだよね。いわゆるホームレスか何かだと想像してたんじゃないの。元気になったら福祉の方に相談して職業訓練をさせて…とか平和なこと考えてたのかも知れない。」
「でも千代吉にしてみれば、よりによって警察官の家へ転がりこんでしまった訳ですからね。しまったと思っても体はまともに動かない。名前を尋ねられて咄嗟に名乗ったのが、ホンダカズオと伜のタケシという偽名。これを秀夫は長崎で名乗ったんですね。」
「タケシくんか、って頭撫でられた秀夫は、実に利口な目で状況を理解してるよね。いいともで劇団名言っちゃってタモさんを苦笑させる子とはスジが違うな。」
「悲しい老成ではありますけれども…。で画面はここでコンサートホールに移り、長めのステージシーンになりますね。今さらですけれどもこの『宿命』という曲は、本当に美しいメロディーラインですねぇ。」
「いや曲より何より中居さんが美しいよ。ダントツの美貌だね。いかにトップスターとはいえ、太陽系第三惑星には綺麗な生き物がいるもんだ。見とれるよマジ、徹頭徹尾。」
「いいわぁ星人というのはあれですか、いいわぁ目いいわぁ科なんですよね?」
「そう、いいわぁ目いいわぁ科、亜種はなし。極めて純血な種族です。」


【 三木の家 〜 ステージ 〜 駐在所 】
「千代吉と秀夫はそれから2週間三木の世話になっている…というのは桐原のじっつぁまの記憶によるものだ、との今西の説明にかぶって、パトカーで帰宅する三木の映像。隣町南署の会議に出席した三木は、自分が保護した男が本浦千代吉であると知ったって訳だけども、三木が手にしている人相書きによれば、何ですの千代吉って37歳ですの? オイオイオイそれは無理だろー! どう見たってこの男、30代には見えんばい!」
「いえそのあたりは簡単に説明がつきますよ。過酷な放浪生活のせいで千代吉の体は老人のように老けこんでしまったんです。滝壺のサカナの例もあるように、おそらく千代吉は手に入れた食べ物のほとんどを秀夫に与えていたんでしょう。自分はろくに食べていないんですよきっと。」
「まぁねぇ、マリー・アントワネットでさえもヴァレンヌ逃亡の短期間に総白髪になっちまったんだから、そのへんは納得いくんだけどもさ、しかし千代吉がアタシより年下というのは何としてもうなずけない。うなずきたくないっ!」
「はい高見澤としても非常に不本意です。」
「まぁそのあたりは2人でよく話し合ってもらってですね、整理して頂きたいんですけれども。で三木が帰ってきた時に奥さんが干している洗濯物は、これは千代吉たちの装束ですか? 何だかそんな感じだったんですけれども。」
「ああ、チラッとだったけどそんなのが映ったね。ばってん桐原のじっつぁまによれば、2人がここへ来てからもう2週間たってるんだろ? だったらとっくに乾いててよさそうなもんだが。1度や2度洗ったくらいじゃダメなほど汚れていたのか、漂泊しなおしているのか、あるいはじっつぁまの記憶がアテにならないか、ナレーションの方が後録りかのどれかだな(笑)」
「そうですね、後録りはありえますね。撮影時間が潤沢でなかったのは、この最終回になっても相変わらずだったでしょうからね。ところで問題のタケシはというと川べりでピアニカを吹いていますけれども、この旋律は『宿命』の第1テーマじゃないですか。これは驚きでしたね。」
「うんうんそうそう。この歳でもう作曲してたとはさすが天才! …ってそういう訳じゃなく、ふっと心に浮かんだメロディーを何げなく吹いてただけだろうけどね。んでその旋律を和賀は、三木を殺したあとで不意に思い出したんじゃないの。そしてそれを主題に据えた、自らの分身たる曲を創ろうとしたんだよ。」
「なるほどね。封印していた過去を直視することで苦しみをリセットし、真に乗り越えようという意図で書き始めた曲なんでしょうね。」
「そのあたりの説明は、あとで今西からもなされるけどね。んで川の中州みたいなところでピアニカを吹いていた秀夫は、三木に本名を呼ばれて思わず振り返ってしまう。タケシと名乗らなきゃいけないんだとは判っていても、こんないきなりじゃ大人だって誤魔化せないよね。三木はニコニコ近づいてくるのに、振り向いて睨みつける秀夫の冷たい目が印象的。こいつに自分たちの正体を知られてしまった…その危機感をちゃんと感じてるんだね。こんな小さな子供なのにだよ。哀しいよねぇ。」
「秀夫の表情にオーバーラップする夜の山は、本当に神々の住む山という感じがしますけれども、どうせならその神様たちには秀夫を守ってほしかったですね。ここを彼の安住の地にしてやってほしかったです。」
「でも古来、故郷でない場所の神様ってのは割と冷たいもんなんさ。やっぱナワバリとかあるんじゃないの。上中居諏訪神社と大宮氷川神社みたく。んでおそらくその夜、秀夫が眠っているうちに三木は千代吉を説得したんだね。秀夫がいくら犀利でも、子供である以上眠りは深い。一度寝つくと子供ってそう簡単には起きないよね。ぐっすり眠っている秀夫の布団を直してやる奥さんと、襖のところに立っている三木とのうなずき合いには、夫婦でどんな相談をまとめたのかを十分伺わせるものがあったね。秀夫を自分たちの養子にして育てる。奥さんもそのつもりになったんだろうな。」
「それにあのうなずきには、秀夫は熟睡しているという確認の意味もあったかも知れませんよ。これから交わされる三木と千代吉の会話に、ショックを受けることはないだろうという。で、三木が千代吉の寝ている部屋の襖をあけると、そこは大人ですから千代吉は即座に起き上がります。世話になっている相手だということで、律義な態度をとりますよね。これは別に三木の機嫌をとっておいた方が安全だという計算ではなく、生来のものだという気がします。」
「だろうね。千代吉ってのはきっと、面白味のないほどクソ真面目な男なんだよ。だから近所づきあいなんかも上手くなくて、酒の席のお世辞も冗談も言えない。そんなところが村人には、軽侮される原因になってたのかもね。」
「そしてそういう千代吉の人柄を、三木はこの2週間の間に理解していたんでしょうね。だからこそ、いきなり手錠をかけるような権力づくの逮捕ではなく、『本浦千代吉さんですね』と穏やかに話を切り出したんですよ。言うことが人情的じゃないですか。『あんたが根っからの悪人だとは思えねぇ、あしたことしでかしたからにも、きっと訳があったんだべ』だなんて。」
「でも最初は千代吉も逃げ出そうとしたのを、簡単に取り押さえる三木はさすが本職の警官だね。なんぼ千代吉が病み上がりとはいえ、大の男を一発で組み伏せるのは訓練されてなきゃ無理だよな。んで千代吉は三木の前に、秀夫を独りにはできないから見逃してくれと頭をすりつける。この気持ちも方便じゃなく本心だろうね。」
「そうですね。でも三木は警官ですから見逃すはずがありません。秀夫を連れて逃げてどうなるんだ、学校にも行かせないでずっと放浪生活をさせるのかという言葉は、千代吉にとってはまさに急所ですよね。泣き所といいますか落としどころといいますか。」
「『そいであいつが幸せんなると思ってるのか、あいつの将来奪ってるってことが判らねぇのか!』って三木の説得を、別の部屋で座って聞いてる奥さんの姿もよかったね。大人2人の会話に気づかず熟睡してる秀夫の、子供らしさも涙を誘うよ。」
「結局千代吉は抵抗も反論もせず、三木の説得に応じる訳ですけれども、ここで三木の言う、『あの子は強いいい目してる』という言葉が、いつか桐原老人が今西に見せた『秀でたるまなこ輝け』という俳句に綱がるんですね。」
「そいでここで画面はステージシーンになって、ピアノがお休みの部分で和賀は、鍵盤からふぅーっと手を浮かすじゃんか。これなんだよこれ。こういうところを心の準備なく目にするとだね、自律神経がでろぉーっと失調するんだよ。奏でられるのは海原の旋律。和賀は今、過去も現実も超越した…いうなれば芸術の狂気の中にいるんだね。それで思い出したのは『オルフェウスの窓』のモーリッツのセリフよ。公園で『皇帝』を弾くイザークの前を立ち去りながらの、『彼はすでに弾き始めたんだ。神の高みに向かって創造の苦しみを開始してしまったら、手は届かない。決して泥靴で踏みこんではいけないんだ。』って独白。ちょっとウロ覚えなんで微妙に違うかも知んないけど、これって池田理代子さんの芸術論そのものだよね。和賀の魂は今、天の高くへ飛翔してるんだと思うよ。」
「芸術の狂気ですか。…まぁ、今ここでそれを言ってしまうとドラマのコンセプトを論ずることになってあれなんですけれども、そういう創造の領域に自分を解き放てる人間は、卑俗な人間同士の恨みや憎しみなんて、どうでもよくなってしまうんじゃないかという気が僕にはちょっとします。和賀が芸術家として純粋であればですね。」
「あ、そうそうそれと似たような話が読売新聞の番組評にあった。この最終回に対する論評なんだけど、この長いステージシーンには、憎しみを昇華させる芸術の力をしみじみ感じる…みたいなことが書いてあってさ、あれっこの記者さん褒めるのはいいけど、まさかこれを書いた時、ラスト10分を見てないなんてことはないよね?ってすごく違和感を感じたのを覚えてるよ。」
「まぁ感じ方は人それぞれですからね。つまりその記者は、和賀が『宿命』を奏でながら真実に身を投じていく姿に一番感動したんでしょう。」
「ああそうか。だったらもっと素直に自然に、中居さんいいわぁって褒めればいいのにねー♪ もう、ヨミーの照れ屋さんっ♪」
「いやそういうことではないと思いますけれども…。とにかく三木は千代吉を説得したあと秀夫の将来を考えて、勤務日誌から関係する記載を焼却したんですね。これが後に今西たちの捜査を難航させる原因になる訳ですから、皮肉といえば皮肉なものです。」
「んでシーンは翌日の朝へ。ランドセルにピアニカ入れて支度してる秀夫はちょっと嬉しそうだよね。やっと学校行けるんだもんな。転校初日にピアニカは置いてけよと思うけど、これはつまりスヌーピーに出てくるライナスのセキュリティ・ブランケットと同じなんだね。いっつもズルズルひきずってるあれ。いつでもどこでもそれを持ってさえいれば、不安を取り除いてくれる存在よ。」
「ああ、まさにその通りですね。あのピアニカは秀夫にとって父親の代わりです。他の誰にも触られるのは嫌でしょうね。」
「そんな嬉しそうな秀夫のところに千代吉がやって来て、父ちゃんはしばらく入院するから三木さんのところで待っていろって言うじゃん。それを三木と奥さんが茶の間から見てるのもしみじみするけど、千代吉が秀夫の顔をろくに見ないのが泣かせるよね。」
「ええ。千代吉の様子がいつもと違うことに秀夫は一瞬で気づいたでしょうし、また秀夫は気づいているということが、千代吉にもはっきり判るんですよね。言葉では『待っててくれや』と言っていても、逮捕されたら死刑になるのはほぼ間違いないですから、二度と一緒には暮らせない。そんな果たせない約束は、むしろ言う方がつらいでしょうね。」
「ここで千代吉がピアニカを手下げに入れてやるのもさ、最後の親心って感じで悲しいね。秀夫の頭を撫でて、ちっちゃな肩をぎゅっと抱えてから離れていくのが、父親らしいなぁとも思ったね。母親だったら両手で胸に抱きしめるだろ。この武骨な感じが逆に愛情の深さを感じさせるよね。」
「悲しいんでしょうね千代吉も。秀夫との別れが純粋に。」
「放浪中は2人きりで生きてきたに等しいからね。その親子が別々になるっていうのは、人間的にというよりすでに動物的に、身を切られるような悲しさと寂しさがあるだろうね。んで千代吉が立っていったところで、暗転になってCMだった。」


【 小学校 〜 亀嵩駅 〜 小学校 〜 線路 〜 ホーム 〜 ステージ 】
「秀夫が通うようになったのは亀嵩小学校の2年3組。送ってきた奥さんが急いで走っていくのは、大阪へ出る汽車の時間があるからだろうね。当時も本数は少なかったろう。蒸気機関車が15分に1本走ってたらうるさくってしゃあないよ。」
「このあたりは過疎地ですよね。亀嵩小学校も今では廃校になっているんじゃないですか。だから今西たちも調査ができなかったとか。」
「それはあるかもな。んで秀夫は本浦でなく三木の名前で、滋賀県から来たっていうことで転入するんだね。クラスメートには拍手で迎えられたのか。それにしても担任はえらく気弱そうだな。これじゃあこの先秀夫の素性を知っても、ガンとして守ってやるほどの骨はなさそうだね。大畑村と違って村ぐるみで制裁してた訳じゃなし、この教師には他の子のいじめから秀夫を守ってやる大きな義務があったと思うが。」
「そうですね。親の罪は子供には関係ないんだということを、他の児童に教えてこその教師であり教育だと思いますけれども、金八先生がどこにでもいる訳ではありませんからね。」
「んで千代吉は三木とともに、奥さんの運転する車で駅に着いて汽車を待つ。教室で掛け算を習っている秀夫は、汽笛や動輪の音が聞こえてくるようで居ても立ってもいられなくなる…。」
「父ちゃんが自分から離れて遠くへ行ってしまうということが、秀夫には本能的に伝わるんでしょうね。こういう動物的なカンは、人間には確かに残っていますよ。やがて秀夫は席を立って走り出しますけれども、いやぁ立派に演技してますよね隆成くんね。行こうか行くまいか迷いに迷って、ぎゅっと目を閉じるところなんて特によかったですよ。」
「ほんとほんと。最優秀演技賞はひょっとしたら隆成くんかも知んないね(笑) 教師を振り切って校門を出ていくところもよかった。ただドマ的にはちょっと子役に頼りすぎっつーか、汽車に追い越されつつ必死で走る姿なんて、さもホレ泣けホレ泣けって言われてるみたいで、ややムッとしたのも事実(笑) ッたく子供使うたぁきったねぇぞTBS、みたいな。横目で僕カノカノ見て真似する気なんかぁ?とか文句悪態罵詈雑言を飛ばしながらも、この秀夫の必死さには反射的に涙腺がゆるんで、ホロッ、じわっ、ぐすっと来ちゃうんだよねぇ…。画面が滲むよチッキショー…この線路沿いの光景だったら高崎前橋でも撮れたぜよ。鳥羽町のあたりならアングル工夫すればぜってーこんな画が撮れた。遠くには浅間山も見えて旅情もあるのになぁ。もっとも『赤まる』の看板が入らないよう注意する必要はあるけども。」
「じわーっとしながらそんなこと考えてたんですか(笑)」
「うん。それとステージシーンでの中居さんの、キッと指揮者の方を見るピアニストっぷりが堂に入ってるなーとか。色々考えながらハナたらしてました。」
「成程(笑) で秀夫を追い越したC56がホームへすべりこむと、千代吉と三木がそれを待っているといううまい流れでしたね。三木は規則上しかたなく千代吉の片手に手錠をはめ、コートで隠してやってから乗り込もうとしたところに、秀夫の声が聞こえてくるという。」
「ちょいと出来すぎなタイミングではあるけど、感動的に盛り上がったから許そう。んでここでもまたまた、隆成くんは演技賞モノだよ。線路にかけこんだところでグラッと転びそうになるの、あれはまさか芝居じゃないと思うけどさ、そこでNG出さずに走りきってるもんね。スタッフもさぞや感心したんじゃないの?」
「大した役者魂ですよね。リハーサルと本番と両方走っているとして、アングルを変えて撮り直すこともあるでしょうし、石がごろごろした走りにくい線路の上をよく頑張りましたよね。」
「何にせよズルイよねこの演出(笑) んでそんな風に必死で走ってくる秀夫に、千代吉は不器用に絶句し顔をそらす。三木の方が感極まって『何か言ってやれ!』と千代吉を責め、三木の奥さんに抱えられた秀夫の『とぉちゃーん!』という絶叫にC56の汽笛がかぶる…。ッとにメチャクチャずるいよ福澤。これは普通泣くだろう! また千代吉が何も言わずに元気な笑顔で手を振るのもずるい。思いだしちゃったじゃないかよぅ、山の中でピアニカに名前書いて、出来た…っていうのを千代吉が見てくれたら満足して黙った秀夫をよぉ。何てことすんだよ全く。子供使って泣かせるのは反則だっ!」
「いやそのへんは別にルールがある訳ではありませんから。どう表現しようと感動させた者の勝ちなんです。定石通りとはいえ泣かせ所をきっちり押さえた、見事な演出じゃないですか。」
「そうなんだけどもね。福澤の思う壺にはまるのがちみっと悔しい(笑) 走り出した汽車を秀夫がおいかけて、ホームのへりで立ち止まって涙こらえるアップなんてさ、第10回の和賀のアップと完全にだぶらせる狙いじゃん。さらにそこにステージ上の和賀を重ねる演出も、すでに判っちゃいるけどジーンと来るじゃねぇかよこの野郎。」
「何を怒ってるんですか(笑) 感動したなら感謝しましょうよ。」
「でもここのステージシーンを暗転してCMに行く流れは、珍しくアレッ?て感じのちょん切れ方だったね。まぁここにしかCM入れられる個所がなかったのかも知んないけど。」
「確かにちょっと唐突でしたね。強引にカットした感じでした。」


【 捜査本部 〜 小学校 〜 三木の家 〜 ステージ 】
「CM明けのチャプターは、再度いじめにあった秀夫が亀嵩を出ていくまで。ここは比較的短くて5分54秒だったね。」
「ええ。大畑村の悲劇再びで秀夫がいじめられる辛いシーンですからね。ここをあまり長ったらしくクドクド描くと、見ている方も引いてしまうでしょう。そういうバランスに注意を払うのが、TVドラマには必要なんですね。」
「日誌を燃やし大阪まで出向いた三木の努力にもかかわらず、秀夫が千代吉の息子であることはまたたくまに亀嵩じゅうに広がっちゃったのか。犯人逮捕のニュースを聞いてピンと来た奴もいるだろうからね。宮司に駅員に往診した医者。あいつらみんな村の人間だろ? そういうのがあっちこっちで喋るんだろうね。そのせいで秀夫はクラスで遠巻きにされ、席には『人ごろしのこども』なんて紙を貼られ、それを破って丸めたところでクラスメートに囲まれる。多勢に無勢だよな可哀相に。」
「講堂のようなところでピアニカを奪われたのは、さすがに秀夫にも許せなかったんですね。『割っちゃおうぜー!』とピアニカが蹴られるのを見た時、大畑村で千代吉が袋叩きにされていた光景が蘇ったかも知れません。」
「一番のガキ大将は棒を持った子なのかな。秀夫はその子を突き飛ばしてピアニカを奪い返して、仕返しに棒で左腕を殴られちゃうんだね。」
「ナイフではなく木の棒ですから、切れたというより裂けたんでしょうか。でもかえって痛いんですよそういう傷の方が。」
「んでその怪我に三木は包帯を巻いてやるんだけど、このシーンは私テキにけっこう重要だと思うな。だって三木は優しそうに見えて、実はかなり残酷なことを秀夫に言ってるんだぞ? 『宿命って言葉知ってるか』に始まって、生まれた時から決められていて変えられないものだ、お前にとってはあのお父さんの息子として生まれたのがそれだ、これから先もずっとつらいことがあるかも知れないけど、逃げようなんて思うな頑張って生きていけ…ってねぇ三木さんよぉ、あんたそりゃ無茶だと思わない? これから先もずっとつらいなんて言われたら、6歳7歳の子供が、震え上がっちゃうに決まってんじゃん。今は秀夫を我慢させずに、まずは恐怖を取り除いてやれよ。秀夫はまだ鳥でいえば雛、花でいえば双葉だよ? 頑張って生きていけば必ず本物の春が来るなんて、小学2年生の子供に言うのは逆効果だ。そんなの中学生か高校生相手に言う言葉だろ。大人目線の理屈だよね全部ね。」
「うん…。思うにこういう時でも、感情が爆発しないのが他人の冷静さなんでしょうね。怒りというのは本能的で無分別なものですけれども、実の子供がこんな目にあったら父親はまず、よくも俺の可愛い息子を痛い目に会わせやがってテメェらただおかねぇ、という感情の昂りがあると思うんですよ。」
「そうだね、それはほんとそうだ。まだしも女の方が感情は強いからさ、横田の学校に転校させようって奥さんは言うけど、三木に無駄だと言われたらそれ以上逆らわないもんね。これがもし実の子ならさ、ダンナが何て言おうと母ちゃんが秀夫連れて出ていくかも知んないよ。つまり三木はこの時も1月4日の夜も、全く同じ過ちを繰り返したんだ。理解してなかったんだよ三木は、秀夫の中の恐怖心を。はからずも今西が、『三木夫妻にどれだけ慰められても、幼い秀夫の心に深く刻みこまれてしまった傷が癒えることはありませんでした。』っつってるけどその通りだね。『自分が本浦秀夫である以上この地獄は続くのだ。それならば誰も自分のことを知らない、自分と父親のことを知らない世界に行きたいと思ったのではないでしょうか。』 おお、おっしゃる通りだそうもなろうってもんだよ。理不尽ないじめは今後も続き、ずーっと我慢しないと春は当分来ないなんて宣言されたんじゃね。」
「つまり三木は、秀夫の恩人ではなかったんですね。確かにそうでなければ、あんなむごい殺し方は和賀にもできなかったかも知れません。生きたまま顔をつぶすなんて、常人の感覚じゃないですよ。和賀にとって三木は、恩人でも庇護者でもなく、孤独と恐怖を思い出させる相手だった。これは大きなポイントだと思います。」
「それに対して今西の方が、今や和賀の理解者になり得たって訳だよね。三木には判らなかった秀夫の心の糸を、今西は知ることができたんだ。」
「そういうことになりますね。結果、秀夫は三木の家を抜け出し、かつては父と歩いた放浪の道を、今度は独りぼっちで歩き出す訳です。夜道をとぼとぼと遠ざかる姿が、孤独の極致のようで切なかったですね。」
「そいでまた例によってそういうシーンをさぁ、ステージ上の和賀の横顔と重ねるんだよね。ッたく小癪な演出だ(笑) しかし話は違うけどこのシーンの中居さんは、マジで弾いてるとしか思えない手の動きじゃんか。これって直前番宣見て判ったんだけど、音がちゃんと出てたぜオイ。鍵盤も下まで沈んでるのがハッキリ映ってたよ。まさか手パクじゃなくてホントに弾いてたんか? 今さらながら驚愕だぜナカイ!」
「鍵盤が沈んでいれば手パクはあり得ませんよ。だってこれスタインウェイですよ。サイレントピアノじゃないんですから、叩けばとにかく音は出てしまうでしょう。」
「だよねー。マジ弾いていたらすごいよなー。んでここでスポンサーが変わる旨のご案内が入って、『ここまでは、清潔で美しくすこやかな毎日をめざす花王』ってさー、前にも言ったけどこういうシーンでこのコピー言われると、なんか無性に気に食わないんだけどね(笑) このあとさらに秀夫の悲劇が語られようという時に、んなもん目指してる場合かよみたいな。」
「確か第1回の時もそんなこと言ってましたよね。駄目ですよスポンサーさんに文句言っちゃ。」
「いやそいでスポンサーっちゃあ、もう1つモンク言いたいことがある。次のチャプターはいよいよ30分16秒ブチ抜きのクライマックスなんだけどさ、DVD−Rに焼くときに残る一瞬のフレームって奴で、頭にしっかり『NEC』のロゴが入ってやがるんさぁー! んなもん仕事だけで十分だ、ドラマでまで見たくねぇー! ウチの会社に来る請求書にはあの3文字が入ってくんだぜー? それをあたくしが支払依頼書上げてねぇ、経理に回してんのによー!」
「はいはい判りましたご苦労様です。次に行きましょう次に。」


【 三木の家 〜 亀嵩駅 〜 捜査本部 〜 長崎 〜 捜査本部 】
「さて、ここから最後のカットまでCMは一切ありません。映画さながらの密度で画面が進んでいく訳なんですけれども、まずは三木の奥さんが秀夫の書き置きを見つけて、いなくなったことに気づくシーンからですね。『ありがとうございました』と秀夫は律義に礼状を残していったんですね。」
「子供なのにやることがすごく他人行儀だよね。奥さんにしてみれば息子になったと思ってたろうからショックだよ。んで三木はただちに自転車で追いかけるんだけど、確か夕べ秀夫が出ていくシーンには、駐在所前にパトカーが停まってたぞ? ソアラじゃあるまいし勝手にどっか走ってった訳じゃないよね。こりゃあ編集ミスだなぁ…ってすまんすまん嫌味な間違い探ししちったい。リュックしょって駅にいる秀夫の背中のピアニカが、なんかテトラみたいで可愛いわ。」
「追ってきた三木をうまくやり過ごした秀夫は、今西曰く、それ以降どこをどうさまよったのか不明ながら、昭和57年1月16日に長崎の北浦公園で野宿しているところを保護されたという訳ですね。父との放浪を続けるかのように、秀夫は南に向かっていたんですね。」
「ま、ある意味正しい選択だな。仮に1月の野宿がドー国じゃあ、たちまちのうちに凍死する。場所が長崎でよかったよ。ひょっとして放浪のノウハウを、秀夫は知らず知らずのうちに千代吉から学んでいたのかもね。」
「そうですね。言葉は悪いですけれども食料を盗むコツとか、どういうコースを辿れば見つかりにくいか、そういうことを秀夫は身につけていたんですね。」
「んで長崎で保護されたあとのいきさつは今西が調べて回った通り。このあたりは捜査会議での説明と一緒にナレーションで語られて、本浦秀夫が和賀英良になりかわるシーンだけは、演技で見せてくれたってことだね。それにしてもホントに大変だったよな隆成くん。さっきは線路走らされたりここではずぶ濡れにされたり、第9回までの和賀よりも動きのある芝居してるぜオイ(笑) 崩れた斜面を降りてきて泥の中に転がるとこなんて、タートルネックの切れ端探してた吉村刑事をかすませる大熱演だ。」
「和賀役の高木優希くんも大変ですよ。泥の中の死体役ですからね。顔も見分けがつかない分、その…何といいますか、報われない面もありますから(笑)」
「うん(笑) あんまり美味しい役じゃなかったかもね。しかし秀夫がこんな嵐の中でもピアニカを離さないのは、この少し前に施設の建物も被害にあって、間一髪逃げ出したからかも知れないね。それで和賀くんが心配になって駆けつけてみたらこの惨状。泥に埋まった友達を見つけて、あっ!て表情をちゃんとしてるのが偉いよ隆成。和賀くん和賀くんと必死に呼ぶ声は、ちょっと10歳にしては甲高くて幼いけどね。」
「でもそのあとの、小さな悪魔という感じの冷たい目はよかったですよ。大人でも身震いしそうな大それた策を、秀夫はここで思いついて実行に移したんです。捜索隊がやって来たのは夜明けですから、それまでここにいるというのは子供には命懸けですよ。雨に体温を奪われて死ぬかも知れないし、その前にもう一度土砂が崩れて飲み込まれるかも知れない。それらを覚悟の上で泥に横たわった時、秀夫は賭けをしたんでしょうね。
「長崎の喫茶店で今西をもうならせた才覚だよね。そして秀夫はその賭けに勝ち、和賀英良になり代わって、施設から通っていた高校の恩師に見いだされて芸大に進み、ピアノの才能を遺憾なく発揮して現在に至ると。続いて今西の説明は、退官後の三木がはるばる和賀に会いに来た理由へと移るけどさ、千代吉は大畑事件の公判中に不治の病に倒れたって今西は言ってたけど、和賀がマンションで見た新聞記事には肝硬変って出てたよね。こりゃやっぱ逃亡中の無理な生活が原因なのか? 肝硬変ってのは確か死亡率も高いんだよね。」
「高いですよ。医療刑務所でまさか臓器移植の手術が受けられるとも思えませんし、肝癌の可能性もあるんじゃないですか?」
「そうだよね。人道的な治療はするにしても、先進的で高価な薬や手術は無理だよなー。そんな千代吉の元を今西が訪れたのは第9回のエピソード。あの時の手紙の束が、ようやくここへ来て活かされるんだね。」


【 医療刑務所 〜 捜査本部 】
「今西が千代吉を訪ねるこのシーンは、流れからいえば回想に当たる訳ですけれども、ここは映画でも名場面とされているらしいですね。」
「そうらしいね。となればこのドラマでも、すべからく踏襲するってことか(笑)」
「嫌味な言い方しますね(笑)」
「はははは歯。んで今西は千代吉のいる鉄格子のこっち側に立って、三重の映画館にあった和賀の写真を見せ、『これはあなたの息子の秀夫さんじゃありませんか』と聞く。こんなザラっとした拡大複写の写真なのに、中居さんたら綺麗だよなぁ…。」
「このシーンでもいいわぁ星人はビジュアルを見逃しませんか。さすがですね。で本部では管理官が今西に、千代吉は認めたのかとわざわざ聞いています。確かに実の父親がこれは秀夫だと認めれば、捜査の有力な裏づけになる訳ですけれども、千代吉はここで否定するんですね。そんな奴は知らないと言って。」
「そうそう。でも千代吉の顔はYesと言ってるんだよな。そこは親だよ自分の子供はイッパツで判ったんだ。また実際にどことなく風情が似てるもん隆成くんと中居さん(笑) 千代吉の脳裏に蘇るのは、ピアニカを盗んで逃げた時の秀夫の笑顔。海の見える丘の上で夢中で吹いていた横顔。石仏の前で自分を見上げ、ホームの端で泣きながら叫んでいた顔。この写真の青年は秀夫だと一瞬で悟った千代吉は、しかし殺人犯の息子であることがどういう意味をなすか知りつくしていたから、そんな奴ぁ知らねぇ!と掠れた声で否定する。しゃがみこんで驚愕する今西の横顔がいいよねぇ。今西には千代吉の親心が痛いほど判って、さらにそこに自分の父親のことが重なるんだね。」
「今西と父親のエピソードは、非常に大きな伏線となりましたね。自分が誘拐されかけても平然としていた父を、今西は薄情で冷たい人だと思っていたんですけれども、実は父親の心の中では、刑事をやめようと思うほどの衝撃と後悔になっていた。口には出さない不器用な父親の愛情を、和賀の捜査をしている最中に、今西は理解した訳ですよね。」
「うん。だから今西には息子の立場を守ろうとする千代吉の愛情が判ったし、ホームでの和賀の絶叫も聞いた。父と息子と双方の思いを、今西は感じとっていたんだね。んでこれが肝心なんだけど、今西の父親は介護施設にいて、そばに誰がいるのかももう判らない症状になってしまっている。今西が何を語りかけようとも、父の耳には届かない。墓に布団は着せられずじゃないけど、今西は間に合わなかったんだよ。だから、秀夫にはそんな思いはさせたくない。千代吉にも息子の思いを伝えてやりたい。自分には出来なかったそのことを…父にはしてやれなかったそのことを、秀夫と千代吉の上に叶えてやりたいと、今西は思ってたんだろうね。」
「なるほどねぇ…。」
「この親子を再会させてやりたいという思いにおいては、三木もまた同じであったと、今西はあの手紙の束で知ったんだね。その大きなところを語り終えて今西はいったん着席し、今度は秀夫の側からの、三木殺害動機の説明にかかる。すなわち三木の出現は秀夫にとって恐怖でしかなく、『父を思い出すことにより幼い頃に受けた苦痛や差別が蘇り、その恐怖から逃れようとした。あがき、もがき、そして最悪の事態を引き起こしてしまった。』」
「慧眼…というか今西はすでに、刑事の範疇を超えて和賀を理解している分、言葉の一つ一つに説得力がありますね。『宿命』という曲のなんたるかについても、余すところなく語り尽くしていますよ。」
「まぁそうなんだけどねー。『彼はその曲を創ることで自らの宿命と戦っていた。』に始まり『その曲を完成させるに至ったのであります。』に至る6センテンスで、ここ何回かのオンエアで表現していた和賀の心情がスパッと説明され尽くしちゃったよね。ブレもなく朧ろなニュアンスもなく、明確に言葉で描写されちゃった。こういうのはあの和賀の蛇足ナレーションと同じで、個人的にはあんまり好きな手法じゃないなー。これまで何時間もかけて丁寧に表現してきたのが、無意味じゃんって感じで。まぁでもここで一切合財の決着をつけなきゃならない最終回だから、それも仕方ないかなとは思うけどね。」
「うーん…。それがセリフという明確な手段の怖さですね。決定的な解答を出してしまいますからね。でも精魂込めた今西の説明を聞いて、管理官初め全員がしーんと静まりかえってしまうのは当然だと思います。殺人犯の子供もまた殺人犯か、などという無責任な感想は影をひそめてしまいましたね。」
「んでそこで今西は再度立ち上がり、どんな宿命を背負おうとも犯した罪は裁かれなければならないと力強く宣言し、事件当日和賀が蒲田にいた証拠は成瀬あさみによって得られた…みたいな話を始めたところで、セリフはBGMに隠れてフェイドアウトする。この部分がTVドラマとしてのオリジナルになる訳だよね。今西の想像だけで逮捕状は出せないぞと。そのあたりを補強する狙いなんだな。」
「ただ…前にも出ましたけれども、あさみの証言と血のついたコートは、和賀のアリバイを崩せるだけで決め手にはなりえませんよね。」
「そうなの。それはやっぱちょっと甘い点だね。和賀の犯行を決定づける物的証拠と証言は、玲子が死んでしまった今、この世には存在しないんだ。となるとあとは和賀の自白を待つだけだから、逮捕状じゃなく任意出頭だね多分。しかも和賀はもう観念してるから、警察的には十分なんじゃないの。」
「そうですね。このあと舞台袖で今西は和賀を待ちますけれども、逮捕状を手にしてはいませんでしたね。手錠もかけていませんし、任意という形になるんじゃないでしょうか。」
「でね、ここまで真面目に語ってきて最後に言うけども、このシーンの個人的ツボは、今西の熱弁にかぶってのステージシーンでぺろっと唇を舐める和賀だね。もうあれには自律神経ヤラれた。なんで不意にああいうことをするんだよ和賀ちゃあん。心臓が勝手に停まりそうで困ったもんだよ。」
「ああ、あれは確かに萌えポイントでした♪ ああいうのを編集でカットしないディレクターが好きです♪」
「…だそうです伊佐野さん福澤さん(笑)」


【 ステージ 】
「さてさてさてさて、さては南京玉スダレっ。あまりの大変さに第1回以来一度もやらなかった文章絵コンテをね、最終回ということで今回またまたやってみました!」
「またですか(笑) しかも何ですかずいぶん長くありません?」
「うん。今回はねぇ、このあとの全部…エンドロール直前までを一気にコンテってみました。いやーもう大変だったの何の。へのへのもへじで描きとめるのに3時間、文章にするのにここだけでプラス2時間かかったかんね。ちと右手が痛かった。」
「そりゃ痛くもなりますよこれだけ描いたら。ねぇ。見返りがある訳でもないのにご苦労なことです。」
「んじゃま、ダーッと並べてみますかね。捜査本部の場面から暗転になった次の、ステージのシーン。第1回でやった時みたく右だの左だの書くだけじゃ判りにくいかなと思ったんで、今回せめて矢印を使ってみました。『左への視線』て書くだけじゃなく、『←』も添えた方がピンと来るっしょ。」
「まぁないよりはいいかも知れませんね。ではとにかく書き並べてみて下さい。」

1.鍵盤上の和賀の両手。
2.ピアノなめで和賀、正面から。
3.客席からのロング。ステージ中央にピアノと和賀、手前に客席。
4.3よりステージに近づいた真正面からのロング。和賀の姿勢は真横。カメラ左から右へ→パンしつつ近づく。ぐーっとアップに寄って和賀の横顔から手元へ回り込む感じ。
5.鍵盤上の両手、右方向からアップ。
6.和賀の向かって右から左へと←カメラ回り込む。
7.上手(かみて)寄りの2階席からステージと客席を見下ろすロング。
8.向かって左斜め前から和賀のアップ。
9.下手(しもて)寄りの2階席からステージと客席を見下ろすロング。
10.舞台裏、上部に非常口表示のあるドアがあいて今西と吉村が入ってくる。
11.10で2人が入ってきた無人の空間を天井部から見下ろす。
12.ステージを正面席からロングで。中央に堂々たるピアノ。
13.見つめて涙ぐむあさみのアップ。
14.並んで座っている綾香と田所。視線はともに右方向のステージへ→
15.和賀のアップ、向かって左斜め前から。
16.あさみのアップ、向かって右斜め前から。
17.和賀のアップほぼ正面。曲はオーラスのコーダに入る。
18.ステージ真正面の少し高めの位置から見下ろすようなカット。ピアノの内部が見える。
19.18を1階客席目線で。
20.オーケストラ。中央に指揮者、手前にチェリストの背、右に第2バイオリン。
21.バイオリン3丁、第1回めの演奏シーンの使い回しか?
22.トロンボーン、上記に同じ。
23.チェロ、上記に同じ。
24.ステージ正面から和賀、横向き。
25.上手寄り、客席上部からステージを見下ろすロング。
26.和賀の横顔。その表情は集中を超えて陶酔に近いか。この世ならぬものに抱きとられるような。
27.手前右の見切れ位置に指揮者の背中、画面中央は第1バイオリン。奥の舞台袖の暗がりに今西と吉村が現れる。
28.左に今西、右に吉村の胸上。
29.18とほぼ同じアングルのカット。
30.27の引きのアングル、画面上部にライトの光。画面正面、和賀の背後にあたる位置に今西と吉村が立っている。
31.鍵盤上の両手、右上から見下ろしたアングル。鍵盤蓋の裏に手元が映りこんでいる。
32.30と同じアングルから、カメラは和賀とピアノの左方向へ←回り込む。
33.ステージを見下ろすロング、7とほぼ同じ。
34.32からパンしてきたカメラ、ピアノ越しの和賀を真横向きに捉える。
35.ステージ正面2階席後部からのロング。
36.34からさらに←回り込み、カメラは和賀の真横に近づく。
37.和賀のアップ、向かって右斜めから。曲は最後のコーダ。鍵盤の左右を大きく動くところ。
38.37の左斜め前から。
39.演奏終了、和賀のアップ右斜め前から。果てるように深く顔を伏せていく。
40.上記の左斜め前から。伏せていって動きが止まる。
41.あさみのアップ。頬に涙が光る。オーケストラは無音に。
42.綾香と田所。田所も涙ぐんでいる?
43.微動だにしない今西と吉村。
44.顔を伏せた和賀のアップ、右斜め前から。和賀は動かない。やがて拍手が聞こえてくる。
45.満場の客たち、拍手しながら立ち上がる。
46.右方向(上手寄りの位置)から客席を見たアングル。続々とスタンディング・オベーション。
47.ステージを正面に見下ろす2階席でも、客たちが立っていく。
48.あさみの正面アップ。
49.拍手する綾香のアップ。視線は右、田所の方へ→
50.田所も拍手。綾香の視線に応えてから正面を向く。
51.吉村のアップ。
52.今西のアップ。つらそうな表情。
53.44と同じアングルで和賀、顔は伏せたまま。万雷の拍手が聞こえる。ハッと我に返り少し顔を上げ、もう一度伏せてから、現実に戻るが如くふぅっと客席の方を見る。
54.和賀目線の客席、1階も2階も総立ち。
55.和賀を軽い右背後から捉えるアングル。背中ごしに振り向くように和賀は視線を上へ。
56.その目線の客席。
57.55より少し右方向へ→カメラ寄る。和賀は斜め前から向かって右向きの→横顔へ。さらに振り向くように立ち上がるタイミングで次のカットへ。
58.オケの方から和賀を見たアングル。手前に指揮者の背、和賀は立ち上がり客席を見る。
59.フォーカスは上手袖にいる今西と吉村。画面手前を和賀が右から左へ←横切る。
60.客席から見た和賀の全身、上着のボタンを止める。
61.拍手する客たち。彼らの視線は右へ→
62.反対サイドの客たち。その視線は左へ←
63.立ち尽くすような和賀の全身。60より少し近くから。視線をゆっくり右へ→
64.和賀目線の客席。
65.正面から和賀の立ち姿、63とほぼ同じ。和賀は手を後ろに組んで礼をする。
66.65を客席から見たアングル。和賀は体を起こしていく。
67.和賀の大アップ。半ば放心したような表情で客席を見回し、軽く息を吐いて視線を右へ→
68.67からの流れでオーケストラ側からのアングルへ。手前右に指揮者、和賀の背後は客席。指揮者急いで台を降りて和賀に近づく。
69.客席から見たロング、和賀と指揮者が握手する。BGM『ラクリモーサ』へ。指揮者がオケを立たせる。
70.オケ側から和賀を見る。手前にバイオリニストたち。弓を揺らしての拍手。和賀の背後は客席。和賀は右から→振り向く流れで次のカットへ。
71.前カットからの流れ。和賀左から右へ→体を回し、こちら(舞台下手にいるカメラ)に向く。
72.71の逆カメ。手前右寄りに和賀の背中。左奥、舞台袖に今西と吉村。
73.和賀のアップ右斜め前から、袖の方を窺うように。
74.今西胸上。和賀を見つめている。
75.73と同じアングルで和賀アップ。じっと今西を見返し、顔を右へ→ 横顔に。
76.客席からの和賀全身。正面向き。もう一度上着のボタンを確かめ、後ろ手に組んでクッと姿勢を正す。背後にコンマス。
77.和賀の横顔、向かって左から。一度振り仰ぐようにして深々と礼をし、もう一度体を起こして視線を左へ←
78.今西の胸上。
79.左斜め前から和賀アップ。目を伏せ歩き出したところでスローになる。徐々にカメラに近づき、大アップから左へフレームアウト。
80.正面奥に今西と吉村の立ち姿。中央、和賀の背中が2人に近づいていく。スロー。
81.拍手のやまない客席。
82.微笑みながら拍手する綾香。
83.田所もスローで拍手。
84.80のアングルで、和賀はさらに2人に近づく。(カメラからは遠ざかる) 画面左にピアニカも見える。
85.涙を浮かべ微笑むあさみ。
86.和賀、舞台袖で立ち止まる。今西、吉村、和賀の順に礼をする。和賀、左の台上のピアニカを見る。
87.ピアニカをそっと押さえてから取り上げる和賀の両手アップ。持ち上げるタイミングで拍手がぐっと大きく聞こえる。
88.拍手のやまない客席。
89.86と同じアングル、和賀ピアニカを持つ。今西と吉村は向かい合って横向きになり、間をあける。そこへ進んでいく和賀。その背に今西は手を添える。3人、袖の奥の暗がりを右へ曲がり姿を消す。
90.拍手と歓声の聞こえる無人のホール。和賀のポスターが虚しく貼られている。
91.上手寄り2階席からステージを見たアングル。ステージに下手から誰か走り出てくる。一見和賀のようでもある。
92.1階席中央からのアングル。出てきた男が指揮者に何か耳打ちする。
93.ハッとするあさみ。
94.あさみ、咄嗟に立ち上がり出ていく動きでカットチェンジ。
95.綾香と田所。田所は綾香に何か言っている。
96.舞台上、指揮者とコンマス退場。えーっ!?のブーイング。
97.ざわつく客席、アンコール!の声。
98.下手寄りの客席。
99.上手寄りの客席。
100.不安そうな綾香。
101.田所、何かあったのかという顔。
102.田所と綾香。田所は隣に控える部下にあごをしゃくって様子を見に行けと指示。
103.ますます不安げな綾香のアップ。

「いやーもうもうこの演奏シーンの迫力と素晴らしさは、言うのも今さらって感じだけどさ、カットナンバー37のあたりの大きな左右の動きねぇ。短く刻む感じのスケール(音階)を下りたそのあとの、低音・高音が交互に現れるパッセージ。あそこは音ばかりか動きまで派手で、目立つよねぇ。CD聞いた時からそう思ったな。ああこりゃ撮影用に考えられたコーダなのかも知れん、と。」
「そう、このへんは音も体も動きが大きいんですよね。耳だけでなく目への見せ場としても十分に応えられるものだったと思います。」
「んでそれを今西は舞台袖で見つめ、客席のあさみは涙を流している。和賀の胸の内を理解している2人の、優しくおごそかな反応だね。」
「曲が全て終了した時、客席がいきなりブラボーと騒ぎださないのもよかったですよ。一瞬し〜んと静まり返ったところに、ティンパニの振動が残っていました。最近は聴衆もクラシック慣れしているというか、指揮者がタクトを降ろすや否や喝采するのがお約束のようになっていますけれども、あれは演奏する側にとっては必ずしも嬉しくないんだそうですね。余韻のある曲なら余韻を味わって、それから拍手すべきなんです。」
「うんうんよく聴く曲だとクライマックスのメロディーは覚えちゃうもんね。だから素人でも、はい終わったー!って感じに拍手できるんだ。どっこいこの『宿命』は、あさみ以外の客にとっては初めて聴く曲だもんね。定石の拍手モードに身構えている余裕はないだろうし、したたか感動に打ちのめされて心の準備どころじゃないんだ。」
「本当に感動すると人間は黙りますからね。で、そのあと反動のように、喝采が爆発する訳です。」
「すごいのは田所も涙ぐんでることだよ。サミットのことばかり気にしていた俗物の親玉にも、世俗の垢を落とすようにしみいる感動があるってことだ。これで案外田所の気持ちも変わってさ、逮捕後の和賀をかばってやったらすごいよね。立場上 表立って発言することはできなくても、腹心みたいな部下を通じて指示するのは簡単だろ。んで留置中の和賀のところに、できるだけ便宜を計ってやるよう言われたっつって超辣腕弁護士が現れるとかね。ただそれが丸山弁護士だったらどうするって話だけど。」
「だからいきなり違う方向に飛ばないで下さいよ。ずっこけるじゃないですか。」
「いやいや人間てのは応にしてそういうものなんだよ。かばってくれるはずのない人が、意外と力になってくれたりね。それこそ例の読売新聞評じゃないけど、芸術にはそんな風に人の心を溶かす力があるんさ。そう、古今集の仮名序だよ仮名序! 曰く、
『力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をもやはらげ、猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。』」
「まぁ確かにそれはありえますね。『宿命』を聴く前の田所だったら、自分を騙していたに等しい和賀への憎しみに、がんじがらめになってしまったんでしょうけれども。」
「そうだよねー。君のしたことは許せない。だが私は、君の曲に感動したんだ。あの曲を創ってくれた君のことを、助けられればと思う…みたいな感じで援護してくれるんさ。」
「それで丸山弁護士を遣わす訳ですね(笑)」
「うん(笑) 頼もしい味方だよなー。それはともかくステージ上の和賀は、弾き終えた姿勢のまま精魂尽き果てたかのようになかなか動こうとしない。そこへ拍手の嵐がわきおこって和賀の耳にも届き、はっと我に返って客席を見るのが、ナンバー53のカットね。ここんとこの中居さんの表情、はかなげですごく綺麗だったなぁ…。」
「思うにこの喝采は、本浦秀夫に戻った彼が初めてその身に浴びた、他人からの称賛なのかも知れないですね。受け止める和賀の表情には、第1回で見せた不遜な笑みはどこにもありません。」
「袖にいる今西はつらそうだよねぇ。この栄光の舞台を全て、和賀は捨てる決心をしてる訳だからね。でBGMは『ラクリモーサ』になって、和賀は静かに今西を見返したあと客席に向いて礼をし、袖の方へ歩き出すところでスローになるの。十分に感動的なクライマックスだったから、あたしゃてっきりこれでラストかと思ったくらいよ。それまで個人的に想像してたのは、今西に手錠をかけられた和賀が天使のように微笑むシーンもいいな〜なんてラストだったから。」
「でも実際はそうではなかった訳ですね。もっと衝撃的な結末が用意されていたと。」
「そうそう。9回裏2アウトの奇跡はまだこれからだった。」
「このシーンで僕がいいなと思ったのはですね、スローでこう歩いてきて舞台袖で和賀が立ち止まると、今西と吉村が和賀に頭を下げるじゃないですか。そうすると和賀も2人にお辞儀して、でそのあと、今西と吉村が向かい合って間をあけたところを、スッと和賀が通り抜けるように前に進んでいくところですね。これはよかったですねぇ。花道というと変ですけれども、いくら自分がやってしまったとはいえ、罪を認めるって勇気のいることじゃないですか。その勇気を今西たちは和賀の中に認めて、ちゃんと敬意を払っている訳ですね。」
「ねー。美しいよねぇこういう魂の感応って。人としての誇りみたいなやつ。でも舞台裏のそんなドラマを知るはずのない客席は、アンコールがないことに納得できない。ざわめきだす客席にあってあさみはすぐ異変に気づき、ハッと立ち上がるのもよかったね。対して綾香はただ不安そうにしているだけ。まぁここでわざわざ言うのも可哀相だけど、あさみと綾香の差がはっきり現れたシーンでもあったかな。和賀という男への理解度の違いが、この土壇場で出たというかね。」
「ヒロインはあくまでもあさみですからね。演出的に彼女を立てるのは当然ですけれども、これが綾香と和賀との、事実上の別れなんでしょうね。」


【 廊下 〜 駐車場 】
1.廊下を歩いていく3人の後ろ姿。左に今西、右に吉村、2人にはさまれて1歩先を和賀が進む。BGMはなく足音だけ。廊下を右折する。
2.曲がったその先のカメラから、自動ドア越しの映像。ピアニカを持った和賀の右隣に今西。さらに正面から3人の姿。和賀の左には吉村が。こちらへやってくる3人の手前に赤いランプが映りこみ、画面を左から右へ→和賀を拘束するための車影がよぎる。
3.歩いてくる和賀。手前に大きく赤い回転灯がかぶる。吉村先に立って足早に進みドアをあける。
4.向かって左横から、自動ドアを抜ける3人の姿。吉村が先に行き、後ろの手前に和賀、奥に今西。吉村は覆面車のドアをあけ、どうぞと今西が促し和賀がそれに乗ろうとした時、ヒールの足音が聞こえてくる。和賀は振り向く。手前を一瞬影がよぎる。
5.走ってくるあさみの足を後ろから。画面奥に立っている3人。
6.髪を乱して走ってくるあさみを正面から。
7.あさみを見つめる和賀。背後に今西と吉村。
8.立ち止まるあさみ。バックの蛍光灯が白いボーダーになっている。
9.和賀のアップ。その顔に覆面車の赤色灯がくるくると影をつける。
10.あさみのアップ。何か言いたそうだが言えない。
11.見つめ続ける和賀。
12.あさみの目に涙が光っている。
13.和賀はあさみにふっと笑いかける。
14.泣き笑いの表情のあさみ。BGMはピアノソロで海原の旋律。あさみ、つっと1歩前へ。
15.和賀、車に乗り込む。身を屈め右下へフレームアウト。
16.今西、あさみに会釈してから和賀に続く。吉村もあさみを見る。
17.今西車内へ。覆面車の左ドア閉まる。画面手前、右寄りに立ち尽くすあさみ。
18.あさみのアップ。
19.吉村は車の後ろを回って右のドアから乗り込む。あさみの後ろ姿。
20.ウィンドウ越しに和賀の頭。車が走り出すと軽くうなだれ、その上を撫でるかのように、白いライトの筋がリアガラスを流れる。
21.見送るあさみのアップ。
22.和賀を乗せ走っていく車。白いライトが幾筋もガラスをよぎる。車は左方向へ。
23.あさみのアップ真正面。
24.覆面車、左へ曲がりフレームアウト。画面にはあさみの背中が残る。
25.あさみの頬をつぅーっと涙が伝う。
26.25にオーバーラップして進んでいく車。クレーンで上から見下ろしているのか。土手沿いの道を直進する。

「ここはもう文字通り、和賀とあさみの別れのシーンだね。廊下を歩いていく和賀の背中に今西は手を添えてるけど、左右の刑事がデカいだけに、2人に挟まれてる和賀が痛々しいんだよなぁ…。もし何も知らない人間が見たらさ、咄嗟に和賀の方を助けちゃいそうだよね。しかもここで和賀…つぅか中居さんは、かつてないほど丁寧に演技してたと思うよ。単に歩くだけのシーンなのに、足どりがちゃんと『逮捕された犯人』になってた。少し前屈みで背中を丸めた感じで、観念はしてるんだけど恐怖もあるというね。すごい細かい演技だと思うよこのあたり。」
「そうですね。謙さんという先輩に並んで、気持ちも引き締まっていたんじゃないですか。そして3人は地下駐車場への出口にやってきますけれども、すーっと横付けされる覆面車の赤色灯が画面手前に大きく映りこんで、和賀のアップがライトなめになるカットはよかったですね。すごく悲劇的でした。」
「うんうんカットナンバーでいえば2から3のあたりね。んでそこへ走ってきたあさみにニヤッと笑いかける和賀の、これは大人の男でなきゃできんばい!っつぅ渋い笑顔もよかったけど、何よりシビれたのは車が走り出す寸前の後ろアップだねー。力なくうなだれた肩のへんが、さっきも言ったけどまさに『逮捕された犯人』の悲哀を漂わせててさぁ、見ててじーんときたよねぇ…。リアウィンドウの表面を白いライトが筋になって流れ落ちるのもよかった。」
「見送るあさみの心中は、まさに主題歌の歌詞ですね。平穏な幸せには程遠くても、この人は私の『ただ独りの運命のひと』なのだと…。」
「うん、伝わってきたねそのひとことはね。セリフがなくてもあさみの決意は映像だけではっきり判るよ。この先あのひとが戻って来ようと来まいと、私は生涯あのひとを待つのだ。それをあさみはここで決めたんだろうな。そういうシーンのBGMに、あえて『やさしいキスをして』を流さないのがスタッフのこだわりだろうね。」
「ああ、それはそうでしょうね。ここであの歌が流れたらゲツクですよ。こういう寡黙な別れのシーンこそが、『砂の器』のヒロインにはふさわしかったと思います。」
「しかしさぁ、こうやって和賀とあさみの別れをちゃんと描いてやるなら、ソアラとのお別れもちょっとだけ入れてやればいいのにねー。和賀と別れてあのソアラはどうするんだろう。放ったらかしじゃ可哀相じゃんかぁ。」
「そりゃあ一応警察の調べはあるんじゃないですか? 少なくとも和賀はあのソアラに乗って、犯行現場の蒲田に行ったのは確かなんですから。」
「いやいや問題はそのあとだよ。警察は調査が終わったら返してくるだろ。でも綾香との婚約はソッコー破棄に違いないから、となると和賀には財産を管理する身内がいないんだよね。マンションだって多分和賀の名義だろ? 田所パパの名義じゃ冗談ともかく和賀ちゃん愛人みたいだよ。犯罪者になったからって全財産奪われる訳じゃないけど…ただ刑務所にいたんじゃ税金払えないからね。結果的に差し押さえられるのかなぁ。あ、そういや和賀には著作物も多いはずだよね。ピアノ曲いっぱい作ってんべ? ふむぅ。これはやっぱ事務所がどう出るかがポイントかぁ…。腕の見せどころだぜ南っちー!」
「またそうやって実にうちらしい、細かい現実に突っ込んでいきますね(笑) まぁ僕も法学部ではないんでよく知りませんけれども、そのあたりは多分、裁判所とか弁護士とかが法定の管財人を選出するんだと思いますよ。」
「ああそっか。要は丸山弁護士がそういうことを決めるのか。よし頼むぞ丸山。ソアラにとっても和賀ちゃんは、ただひとりの運命のご主人様だもんね。どこかの中古車センターに売られて二夫にまみえたりせず、ほら中国で最近見つかった化石の『ぐっすり眠る竜』みたいに、倉庫の片隅でじっと眠って、ご主人様を待ちたいんじゃないの。いつかご主人様が迎えに来てくれたら、ライトをピカピカッてやって応える日を夢みながら、ソアラは独り眠り続けるんだろうな…。」
「何だか馬鹿にロマンチックですね。あさみをかすませそうじゃないですか、ソアラ(笑)」
「そだね(笑) キャストの2人めに出てきそうだよね。SOARER、っつって。直訳するとあれは『滑空するもの』だからね。ダイナミックないい響きだ。」


【 車内 〜 医療刑務所 】

1.車内の3人、向かって左から吉村、和賀、今西。和賀は観念したかのように静かに眼を閉じている。膝にはピアニカ。本当にいいんですかと吉村。今西、『俺が責任とる。』
2.手前に目を閉じた和賀、向かって左から。奥の右隣に今西、ちらりと和賀を見る。
3.右斜め前からの和賀のアップ。身じろぎもしない。チェロの旋律始まる。和賀にオーバーラップして道を行く覆面車のロング映像。右には川が。
4.画面手前に水溜り。雨粒の波紋。右奥から覆面車フレームインしてくる。
5.1と同じアングルで車内の3人。
6.今西目線のフロントガラス、右の見切れ位置にハンドル。ワイパー動いている。フロントガラス越しの正面に建物が見えてくる。
7.2と同じアングル。今西『上、消しとこうか。』
8.鉄門の前に停まる覆面。赤色灯消える。門の前では刑務官が警備している。
9.和賀のアップ、正面。がくんと揺れて停まったので、ふと瞼を開き目を上げる。今西『警視庁捜査1課です。』
10.和賀目線のフロントガラス。右の見切れ位置に運転手の肩。刑務官が門を左右にひらく。
11.いちど目を伏せた和賀、何気なく視線を向かって右へ→投げる。
12.塀に『昭島医療刑務所』。
13.ハッとする和賀のアップ。
14.和賀、左に座っている今西を見る。車動き出す。
15.なぜ…という顔で今西を見ている和賀のアップ。やがて正面を向く。
16.敷地内に入っていく覆面車を見送るアングル。すぐに鉄門は閉じられる。
17.左奥から走ってくる車、右に建物。手前には手入れされた芝生が見える。
18.停止する車の中の3人。右手前の今西、『余計なことかも知れません』とつぶやくように言い、ドアをあける。
19.18からの流れで外に出る今西、車の正面からのロング。車内にはフロントガラス越しの和賀。今西はドアに手をかけて押さえ、和賀を待つ。『君の背中をずっと追ってきました。』
20.車内の和賀。今西の声が聞こえる。『君の背中は…』
21.立っている今西。『ここへ向かって弾いているようだった。』
22.和賀、目を閉じる。背後のガラスを流れる雨は涙さながら。
23.ピアニカのアップ。ぐっと握る和賀の手。
24.和賀のアップ。閉じていた目をひらき眉を寄せる。
25.ピアニカを強く握る。
26.BGMは低い弦の音色。和賀はぎゅっと眉を寄せ、体をドアの方にずらす。
27.外から覆面車を正面に見るロング。手前軽く草なめ、降りてくる和賀。右に立っている今西。吉村も左からおりる。
28.和賀は今西の前に降り立ち、向かいあって一礼する。今西は和賀の背に右手を回し、左手でドアを閉め、ピアニカを持った和賀を押し出すように歩きだす。
29.ドアの後ろで2人を見送る吉村。

「さぁて場面はどんどん最大のクライマックスに近づいていくね。ここもいいシーンだったよ。廊下でもそうだったけど車の中でも、和賀は左右をガッチリ刑事2人に挟まれてる。いくら対応は丁重とはいえ、立派に犯人の扱いなんだよね。んで和賀はすでに俎の上の鯉というか、身体と将来と生命まで、全部警察に預けた状態だね。潔いことだ。」
「ごく自然な姿勢で目を閉じている和賀は、この車がどこへ向かっているかも意識していないようですね。もし仮にこのまま断頭台に到着しても、文句は言わないんじゃないでしょうか。」
「そうだね。黙ってギロチンの歯の下に首を差し出すかも知れない。んでも今西ったら『俺が責任とる』とか言ってるけどさ、なんぼ警視庁捜査1課の印籠を出したところで、刑務所での面会ってのは面倒な手続きふまないと許可されないんちゃうん? 急に行って通して下さいったってダメだろぉ。」
「それは事前に準備してあったと考えるべきですよ。上司には内緒で依頼しておいたとか。」
「まぁそれだけ今西は周到に考えていたってことで説明がつくのかな。そいでここで車が停止する時にガクンと大きく揺れたんで、和賀はふっと目をあくんだよね。このあたりも中居さんは本当に神経の行き届いた演技してると思うよ。謙さんとガップリ4つに組んでさ、竹刀じゃなく真剣での勝負って感じ。だってこの車内のシーンの和賀の右肩に、ちょっと水滴がついてるのがハッキリ映ってるでしょう。これはどう考えても不自然だよね。ホールから出たあと和賀は、一度も外に出ていない。この覆面車に乗ったのも地下駐車場だったもん。だから肩に水なんてつくはずないし、ついたとすれば直前のリハだよね。そこでぬぐい損ねた水滴を、モニター見てるスタッフは当然気づくでしょ。だったら普通は、あっこりゃマズイぞってカットかけそうなもんなのに、役者たちの集中力が途切れることの方を恐れて、演技を中断させなかったんじゃないかな。実際は判んないけど私はそう思った。」
「なるほどね。十分ありえますね。それだけこの場面は熱の入った、緊張感あふれる撮影現場だったんでしょうね。」
「んで今西は『余計なことかも知れません…』って言ってから和賀に先立って外に出るやん。このひとことは、今西の心に自分と父親のことがあるからこそ、言葉になった感情なのかなと思うね。今西自身、まだ意識のある父に会いたかった。だから和賀の本心も同じだろうと想像して、職権乱用でここへ連れてきた訳だもんね。そして和賀も今西の考えを肯定するように、父との記憶の形代であるピアニカをぐっと握る。で次のカットから低い弦のBGMが入ってくるけど、この部分はこれまたコンチェルトには出てこないよねぇ?」
「あ、これはねぇ、『宿命』とは別のコンチェルトです。ちゃんとした曲。すごく有名な作曲家の。」
「オイオイ高見澤(笑) 有名作曲家のちゃんとした曲ってよ(笑) それじゃ明ちゃんがスネてワルシャワ提灯の職人さんになっちゃうべよ(笑) ちゃんとしてないのかい『宿命』は(笑)」
「そうですよ、いくら明ちゃんがいいわぁ御殿の下足番だからって、それはあんまり…」
「ちゃうっつーの、下足番じゃなくお庭番だっつーの。そりゃあんたも失礼だぞ八重垣(笑)」
「あ、失礼しました(笑) 踏んだり蹴ったりでした?」
「あたしも失礼しました(笑) 別に明ちゃんがモグリの作曲家だっていうんじゃなく、もっと『古い人』の書いた、有名な古典(クラシック)だって言いたかっただけで。えーっとね えっーとねこの曲はねぇ…。そう、エルガーのチェロ協奏曲だ! エルガーよエルガー、有名でしょ?」
「エルガーってぇとあれか、『威風堂々』の作曲家だ。なぁるほど、そりゃちゃんとしてるわ(笑)」
「ちゃんとしてますね(笑)」
「そっかー、やっぱこの大事なシーンには、ちゃんとした作曲家のちゃんとした曲を使いたかったのねースタッフも。」
「いや別にそういう訳ではなくて、ここへきて明ちゃんに…というか千住さんに、曲風の違う新しい曲を書いてくれという訳にもいかなかったんでしょう。それよりですね、これを聞いて僕は思いましたよ。ああこれは楽譜に書かれなかった『宿命』の第3楽章なんだなと。協奏曲は普通3つの楽章から成るのに、『宿命』は2楽章ですよね。これは多分劇伴としてのボリュームを考えて、短縮版といいますか、多少コンパクトにしたんだろうなと最初は思っていたんですけれども、そうじゃないですね。『宿命』の第3楽章はここ、今のこのシーンなんです。和賀がピアノを弾き終えたあと第3楽章は始まり、映像やセリフも交えて総合的に成り立ちながら、視聴者に届けられているんですよ。」
「いや〜八重垣くんいいこと言うわー! 素晴らしい。凶子カンドー。なんか惚れ直したかも知んない…。」
「いえそのへんはお気持ちだけで。」
「そう言わずにもらっときなさいよ。遠慮すんなってシャイだなぁ。んで和賀は今西に続いて車を降りて、小さく一礼するじゃんか。この何気ない動きにも、逮捕された犯人の自己卑下みたいなものが漂ってたね。今西は和賀の背中に手を添えて、ぐっと前に押しだすようにしてやるんだ。」
「この2人には身長差がある分、今西の包容力…といいますか、理解力…。年長者としての経験の豊かさみたいなものを、強く感じることができますね。」
「そんな2人を黙って見送る若い刑事・吉村。彼にとっても今回の事件には、学ぶものが多かったろうね。こうやって1つ1つ人間を理解しながら、いい刑事になるんだぞ兄ちゃん。」
「いやぁなかなかいいシーンでしたねぇ。確か何かの記事に、天候には徹底して恵まれたドラマだというようなことが書いてありましたけれども、灰色の空から小雨そぼ降るというこの舞台装置も、雰囲気を高めるのに役立っていたと思います。」
「お天気も中居さんに惚れてんだな。大したもんだ。んで関係ないけどこの覆面、車種はクラウンだったのね。さすがはスポンサー様。正面からのアングルでやっと判ったよ。」


【 廊下 〜 千代吉の病室 】

1.廊下を左折してくる和賀と今西。
2.こちらへ歩いてくる2人、左に和賀、右に今西。今西立ち止まる。BGM止まる。
3.『203本浦千代吉』のプレート。
4.今西、『私は、ここで…』と告げ、向かって右方向に半身を背ける。和賀は会釈する。
5.和賀の胸上アップ、視線は←左へ。戸口に近づき中を窺う。
6.二重の鉄格子の向こうに白いベッド。横たわる千代吉。
7.横顔の和賀。
8.今西、肩越しに背後の和賀の気配を窺う。
9.しばし和賀はためらい、まばたきを数回繰り返し、やがて向かって左方向へ踏み出す。
10.ドアの取っ手にかけられた和賀の手。一度指を置いて止まり、ぐっと力を入れて押し下げたタイミングで次のカットへ。
11.和賀、画面左の部屋の中へ入る。
12.11の流れを室内から。和賀は逆光の中。ドアを閉めた時は横顔になる。千代吉の息遣いが聞こえる。
13.苦しそうな千代吉。物音にうっすらと目をあく。
14.うなだれている和賀。
15.千代吉、目を開く。
16.和賀、泣いている。
17.口を動かす千代吉。
18.上から見下ろすアングルで和賀の立ち姿。シルエットに近い。左に千代吉のベッド。『秀夫…』
19.無言で泣く和賀。
20.千代吉、『ひ…秀夫か…?』
21.和賀、すすりあげる。
22.千代吉、見つめる。
23.『あなたが…あなたが憎かった…。』
24.千代吉。
25.軽いアオリで和賀の立ち姿のシルエット。千代吉はベッドから見ている。『あなたの子供であることが、嫌だった…』
26.和賀のアップ。『本浦秀夫を、この世から消したかった…』
27.千代吉かすかにうなずく。
28.横顔の和賀、『三木さんを、こ、…殺してしまいました…!』
29.BGMイン。千代吉。
30.和賀は横顔のままガクリと膝をつき、顔を伏せて嗚咽する。『殺してしまいました…!』
31.千代吉の目にも涙が。ベッドの中で体を鉄格子の方にずらす。
32.嗚咽する和賀、涙がしたたる。秀夫、秀夫と呼ぶ千代吉の声。
33.打ち伏せる和賀の向こう、手を伸ばす千代吉。
34.額づくような和賀。すまんかったのぅ、すまんかったと繰り返す声に首を振る。
35.千代吉。
36.33と同アングル。ほら、と手を伸ばす千代吉。
37.和賀の横顔アップ。
38.必死で手を伸ばす千代吉。
39.徐々に顔を上げる和賀、真横から。
40.鉄格子越しのアングル、床に膝をついた和賀、少しだけこちらへ這いより、がくりと首を折って、
41.千代吉の方に手を伸ばす和賀の後姿。このカットは一瞬。『とぉちゃん…!』
42.父の手をつかむ和賀、横からのロング。両手で包むように。曲は海原の旋律。
43.泣きじゃくる和賀。
44.千代吉は末期の表情に。
45.42と同じ。鉄格子の間から伸ばされた和賀の両手が揺れる。『秀夫の手だ…』
46.両腕を伸ばした和賀、頬が濡れている。子供のように父ちゃん父ちゃんと呼び続ける。
47.枕の上で千代吉は息絶える寸前か。鉄格子が細かく揺れている。
48.2人を見下ろすロング。
49.46と同アングル、和賀は泣き続ける。
50.千代吉は静かに眼を閉じる。
51.涙に濡れた顔を上げる和賀、曲はメインテーマへ。和賀のアップに放浪シーンがオーバーラップし、スタッフロールになる。

「さて。」
「さて。」
「さぁて(笑)」
「ここは究極のラストシーンでしたなぁ。エンドロールにメインテーマのBGMが重なって、最後はピアニカの音と、砂遊びしている秀夫の映像から現在の和賀へ。画面はブルーグレイからモノクロに変わってストップモーション。テロップがゆっくり、『宿命とは/この世に生まれてきたこと/生きていることである』と、2004年版『砂の器』の独自の主張・結論を述べて、完…って訳だね。このラストで千代吉は、自分が手に入れてやったピアニカで秀夫の吹く旋律を聴きながら、静かに息を引き取ったと解釈したいね。千代吉の死をはっきり告げるセリフはないけども、あんなに苦しそうだった千代吉が、今はベッドの上に安らかに横たわっているもんね。」
「それに和賀と手を取り合ったあと、千代吉は確かに末期を思わせる表情を見せていましたよ。秀夫と千代吉の再会は、2人にとってもドラマにとっても、1つの救いの形だったんです。ハッピーエンドというのとは違う、暗く静謐な、うっすらとした影の中に消えていくような救いですけれども。」
「んで最後の最後に画面には一瞬だけ、流木と砂の器が映るんだよね。たっぷりと余韻を残してフェイドアウトするオーラスシーンだった…。いやーホントにいいドラマだったねぇー!」
「ねぇー!」
「なるほど、最後はそうなりますか(笑) 今まであれだけ文句を言ってきて、気持ちいいくらいの前言撤回ですね。」
「いやいやだからさ、何度も言ったけども最後はこうなると判っていたから、今まで好きなように文句言えたんだってば。9回裏のツーアウト、ツーストライクの土壇場へ来て起死回生の逆転サヨナラホームラン。その1打を放ったのはまぎれもなく、4番打者の中居さんだったってのがこれまた最高でね。もうもうもうお見事!としか言いようのない最終回だったよ。逆にそれまではよかったドラマが、最終回になってヘンに力(りき)んでスカッと行くことも多いのに、このドラマは途中が締まらず最後が桁外れによかったという、ちと特殊なタイプかも知んないね。」
「まぁ確かに全体として見ると、かなりアンバランスさはありましたね。でもスタッフも多分このラストシーンには、自信を持っていたんじゃないかと思いますけれども。」
「そうだね。これがあればある程度は強引に行ける、みたいな意識はあったかもね。それと最後に見せてくれた中居さんの、ビシッと気合入った演技も素晴らしかったよ。刑務所の廊下で今西が『私はここで』って背中向けてくれたあと、千代吉の部屋をのぞく時のあの絶妙な動きとかねー! 何十年ぶりに見る父親の姿に、表情は変えず何度もまばたきするとことかさ、ほんっと綺麗で儚くて悲哀に満ちてて、こんなシーンなのに見惚れちゃったよね。」
「泣き声が本物なのも判りましたね。涙がボロボロ滝のように、さも目薬さしましたというように流れないのもリアルでした。」
「ほいで和賀はここで初めて、口に出して自らの罪を認めてるんだよ。『三木さんを殺してしまいました』ってガクッと膝を折ってさ、まるで子供が父親に悪いことをしたのを白状するみたい。和賀が最初にはっきりと懺悔する相手は、今西じゃなく父親だというのが泣かせるよなぁ…。」
「みっしりと考え尽くされた演出でしたね。和賀のアップにオーバーラップして、エンドロールへ移る流れも文句なしでした。」
「うん…。ホントにいいドラマだったよねぇ…。だからここであえて真面目に、改めて1つだけ不満点を上げればだね。今までグチグチ言ってきた軸のズレだとか、警察の捜査がお粗末だとかの難癖みたいなことじゃなく、正座して姿勢を正して言いたいのが、音楽的観点に立った描写・表現が全くといっていいほどなかったのが残念だってことだね。そっちの観点から主人公・和賀英良を描いたら、スタッフが目指した『香り高い作品』になったと思うよ。でも惜しいかなこのドラマの和賀は、ただピアノを弾いていただけで断じて『芸術家』ではなかった。過去と父への憎しみをどうしても消すことができない一方で、全ての憎しみを超えうる精神的豊饒も、和賀は感じたことがあるはずだもん。芸術にはそれだけの力があるんだ。さっきの続きで『古今集』仮名序をついでに引用しちゃうけどね。
たとひ時移り、事去り、たのしび、かなしび、ゆきかふとも、この歌の文字あるをや。青柳の糸絶えず、松の葉の散り失せずして、正木(まさき)の葛(かづら)長く伝はり、鳥の跡(あと)久しくとどまれらば、歌のさまをも知り、ことの心を得たらむ人は、おほぞらの月を見るごとくに、いにしへを仰ぎていまを恋ひざらめかも。
いやー名文だよねぇ…。時空を超越する芸術の勝利宣言。この輝かしき美の教典が、『古今集』と名乗る理由でもあるよね。こういうのを日本人は、もっとちゃんと読まないとダメよ。英語が話せるのも大事だけど、その前にちゃんとした日本語話せや!」
「はいはいそうやって元国文科が気負うのはいいですけれども、そのへんをテーマにストーリーを作られると、完全に違うドラマになりますよ。少なくともサスペンスではありません。いわゆる文学作品になって、かなり難解でクセのある世界になると思いますけれども。」
「そうさね、木曜10時枠か深夜か…あるいは単館上映の映画ならいいけどね。じゃなきゃDVDオンリーってのはどうよ。これからの新しいメディアとして、そういう手もあると思うけどな。」
「あ、それはいいかも知れませんね。今後は本当に、そんな新しい形式も出てくるかも知れません。」
「でさぁ。最後に1つ、ずっと言いたかったことがあるんだけどね。」
「何でしょう。」
「第1回でもチラッと言ったけど、私が個人的に考える『続・砂の器』。逮捕されたあとの和賀の、本当の裁きについての話よ。さっき出た田所もそうだけど、思いがけない人が助けてくれるかも知れないっていうのもある。でもそれより何より注目すべきは、ファンの励ましだよね。彼が和賀英良だろうと本浦秀夫だろうと、服部武史だろうと田中太郎だろうと高見澤俊彦だろうと関係ない。『a man』の彼と彼の作品を愛してくれる人たちが、山ほどの励ましを届けてよこすと思うんさ。和賀のピアノに触発されて音楽家を目指してる孤児だとか、和賀の音楽を支えに闘病生活を送っている老人とかからのね、あなたの曲が聴きたい・あなたを信じている・あなたを待っているという手紙を、獄中にいる和賀は受け取るんだよ。中には減刑の嘆願書や大勢の署名なんかもある。それによって和賀は気づくんさ。自分を愛してくれる人がこんなにいたこと。自分が幸せにできる人が何万人もいたんだってことに。その想いに気づかぬまま、狭っこらしい自分だけの過去にこだわり心を鎧うなんて、何と愚かで小さなことだったか。鉄格子の中で和賀はそれに思い至り、自分が裏切ったのは三木ひとりじゃない、愛してくれた大勢の人の心だったと悟った時の、和賀の後悔はいかばかりか…。胸をかきむしるような懺悔に号泣してうち伏した時、神の鞭は下ったという訳だね。それが彼への、本当の罰だと思うよ。」
「う〜ん…いいねぇそれ…。なんか、シーンが思い浮かぶよね。」
「んで多分和賀はさ、死刑にはならないと思うんさぁ。丸山弁護士の力なんかもあってね、三木殺害も最初は過失だったってあたりが証明されて、子供の頃の心の傷や、有名人であった分すでに社会的制裁は受けているってことなんかが裁判官に受け入れられれば、まぁ無期がいいところじゃないの。んでいったん服役すれば和賀は、模倣犯…じゃないよ模範囚の見本みたいなもんだろうし、とすれば仮出所は可能だよね。身元引き受けは今西が責任もってしてくれるよ。それにあさみだっているんだ。それで出所したあと和賀はどうしたかというと、ピアニストとしての公演や大々的な作曲活動はもうせずに、本浦秀夫の名前で1曲だけ、優しい子守唄を残すんさ。人の世のある限り弾き継がれ、歌い続けられるような曲を。んでそのあと彼は、この世のどこかでひっそりとその生を終えるんだろうね。最後まであさみが傍にいてね。」
「いいえっ、おそばには凶子がいます。死ぬまでご一緒に、奈落の底までもお伴します、殿…! ひしっ!」
「なぁにゆってんの ここへ来て出しゃばってんじゃないわよぉー! そんなことになったらいいわぁ星人が全員黙ってないかんねー! 兵庫からは踏切、千葉からは泡立て器、さいたまからは見沼区役所の机が飛んでくるぜ! ばびゅーん!」
「まぁまぁそんな醜い争いはどこかで勝手にやって下さい。…さ、以上で座談会は無事に完結ですね。全11回、すべて語り終えました。いやぁ智子さんもたかみーもお疲れ様でした。」
「いやいやお疲れ様でした。ッとに長くかかったよねー! 何せ月1回しかUPできない時もあったからね。春から始めてアテネを越えて秋になっちまった。でもまぁ無事にゴールできてよかったよ。一時はどうなるかと思ってたけど。
さぁそしたらあとは聴きどころ講座とね、おまけで『DVDのツボ編』なんかも、座談会形式になるかどうか判んないけど、年内にやろうかなーと思ってます。はい。」
「そうですか。色々とお楽しみはあるということですね。じゃあ皆様にはそれも楽しみにして頂いて、とりあえずはまとめましょうか。ね。
はい、といった訳で『砂の器』座談会、『Le bol de sable』本編は以上にいたしたいと思います。『宿命』聴きどころ講座につきましては、来月の頭にUP予定でよろしいですね?」

「そーね、その頃にはできると思うよ。専門家・高見澤に頑張ってもらって。んな。」
「ん〜〜…ちょっと荷が重いけど、モンガラカワハギ頑張ります。」
「したっけねぇ、最後に工藤直子さんの詩を1つ紹介して締めくくりたいんだけどな。これは私が個人的に、第1回めを見た時から、ああ和賀ちゃんに聞かせたいなと思ってたんだ。」
「ああ、じゃラストはそれで締めるということにして、先にご挨拶しちゃいましょう。ね。えーそれでは次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「地震が来ようと台風が来ようと浅間がブツブツつぶやこうと、関東バンザイ!な木村智子と、」
「最近モンガラカワハギな18歳、高見澤凶子でした♪ ぷりてぃっ♪」
「ばこっ。それでは工藤直子さんの『花』を、以下に謹んで引用します。」

わたしは
わたしの人生から
出ていくことはできない
 
ならば ここに
花を植えよう

「―――また次回。」


【 『宿命』聴きどころ講座に続く 】




Le bol de sableインデックスに戻る