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「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。『砂の器』座談会、『Le bol de sable』本編を前回無事終了いたしまして、今回はですね、主題曲というべき『宿命』の聴きどころ講座を、予定通りお送りしたいと思うんですけれども…。はい。」
「いやいやどもども木村智子です。もーね、今回は大変でしたね! 元演劇部かつ国文科としては、文章でドラマを語るんだったら何とかかんとかおっつくものの、音楽は冗談ともかく中学生レベル。それなのに出来心でこんな講座をやるなんて言っちゃって、イザとりかかったら息切れゼイゼイ。途中で何度放り出そうと思ったことか、少なくともマジで3回諦めかけたかんね。」
「でもまぁ何とかこうして、開催にこぎつけられてよかったじゃないですか。八王子会議は役に立ったんでしょう?」
「ああ、あれは有効だったね。あれでだいぶ方向性が見えたから。でも本気でやればやるほど、追えば追うほど奥が深いのはクラシックに限った話じゃないけど、まだまだ理解不足だっていうのは私が一番よく知ってるよ。ばってんそんなこと言ってたら何年たっても予定のまんまだからね、とにかく『宿命』という曲を美しいと思った全てのかたに、もうちょっと本気出して聴いてみませんか?とお誘いするコンセプトでやってみようと思います。ただドラマ編に比べると、書く方だけじゃなく読む方も若干しんどいと思うんで、通しじゃなく休憩を入れながら、何回かに分けてお目通し頂ければいいのかなと思います。はい。」
「何だか最初から自信のなさそうな感じなんですけれども、とにかく早速始めましょうか。」
「そうだね。じゃあ腹くくってやりますかね! ほな八重垣くん、今回もよろしくお願いします。」
「いえこちらこそ。…って何ですか急に改まって(笑)」
「だってしんどいからさ今回は(笑) 自信だってある訳じゃなしな。はー深呼吸深呼吸。
えーっとねぇ、そしたらまず確認しておきたい前提条件が幾つかあります。1つはですね、今回のこの座談会では、ドラマのBGMとしてではなく、千住明さん作曲のピアノ協奏曲・『宿命』という1つの音楽作品に対する聴きどころ講座をやるってことですね。だからストーリーがどうの中居さんの表情がどうのといったドラマ絡みの話は、基本的には一切いたしません。基本的には。」
「つまり、前回までのドラマの座談会とは一線を画すということですね。」
「うんうんそうそう。そうしないと輪郭が曖昧になるからね。まぁそうは言ってもやむにやまれず、ちょこっと語っちゃうかも知んないけどっ。
んで前提条件その2は、ビジターの皆様に用意して頂きたいモノ。理想としてはサントラのCDがあってスコア(総譜)があるのが一番いいんだけどね。両方じゃなくてもせめてCDは手元にあってほしい。さもないと全曲フルに再現できなくて、どの部分の話をしてるかが全然判らないんじゃないかと思う。本編の演奏シーンは切り貼りだったからねぇ…。」
「でもそういえばDVDの特典映像には、『宿命』の通し演奏シーンがあるんじゃないんですか?」
「らしいんだけどさぁ、いかんせん私自身がまだ見てないんでねー。」
「え? まだ見ていないんですか?(笑)」
「だってあんたこのスコアの読解がさー、予想の5倍くらいタイヘンだったんだよぅ。それにDVDだとどうしても映像を見ちゃって、中居さんに見とれて肝心の耳がおろそかになりそうな気がする。まぁ映像消して曲だけという手もあるけど…。とにかく私がモノを見てないんで、これなら判ると保証できないのがツラいとこです。はい。」
「でも最悪は…って最悪という言い方も変ですけれども、別に単なる読み物としてだけ、楽しんで頂いてもいい訳ですよね。」
「ああそりゃもちろん! そのあたりはビジター様のご自由に、です。本編の座談会だってドラマは見てないけど八重垣くんとアタシの掛け合い漫才が面白いから読んでるっていう方もいらっしゃる。ただやる方としてはだね、ま、一応漫才じゃないからねこれ(笑)」
「そうですね(笑)」
「だからもしスコアはなくてCDだけという人は、プレイヤーであってもパソであっても、『経過時間』が判る再生にして下さい。開始から何分何秒、という数え方ですね。ソフトによっては規定値が『残り時間』の表示になってるのもあると思うんで、その場合はソフトの方で切り替えて頂いて。もし切り替え方が判らなければ素早く暗算してください。」
「時間表示のない機械の人はどうしましょう。例えばCDウォークマンとか。」
「そりゃストップウォッチかアナログ時計の秒針で計るっきゃねぇべよ。若干のズレは許容範囲だ。」
「なるほどね。あと考えられるパターンとしては、CDはないけどスコアだけあるという人はどうします?」
「そんなヘンな奴は知らねっつの。縦笛でオーボエのパートでも吹いてくれ!」
「まぁそうなりますよね(笑) えー…ではこの講座の活用方法というかモデルケースなんですけれども、いきなり曲を聞きながらお読みになりますと、多分読む速度より曲の進行の方が速くてついていけないと思いますので、まずはこちらの文章だけをザッと読んで頂いて、だいたいのイメージを押さえて下さい。でその際スコアをお持ちの方は、このコメントは何小節めに対して言っているのかを、書き込んで頂けばいいんじゃないかと思うんですけれども。」
「そうだね。汚したくなかったらコピーとってもらってね。そういう場合のコピーは版権侵害じゃないと思うよ。まぁページ数が多いし見開きだとA3なんで、コンビニでやるとしたら大変だろうけど。」
「で、そのあと全体を通して聴くか段落ごとに区切って聴くかは、皆様のお好きなようにして頂ければと思うんですけれども…。それと、判らないところは飛ばしてもらっていいと思います。好きなところだけを聴いても全く構いません。音楽のテストの予想問題集じゃないんですから。」
「そうそう。全曲みっちり追うとかなり疲れるもん。とメチャクチャ疲れた経験者は語る(笑) まぁ聴く時はできればステレオ用のでかいヘッドフォンでね、小さな音まで拾ってもらうといいんじゃないかな。そういう音はヘッドフォンじゃないとさ、よっぽどボリューム上げなきゃ聞こえないだろ。近所迷惑だよ。」
「地下にオーディオルームがあるようなお宅ならいいですけどね。」
「そんな金持ちとは友達になりたくな… いや、なっといた方がいいのか?」
「ああ、それと今思ったんですけれども、スコアじゃなくピアノ用の楽譜を買ったというかたも、きっと大勢いらっしゃいますよねぇ。」
「あー、そういう人多いかもねー。自分が昔ピアノやってたとか、お子さんが習ってるとかなー。でも今回は冒頭に言った通り、ピアノ協奏曲『宿命』の聴きどころ講座のつもりなんでねー…。ピアノ曲だとアレンジが違うし。だからピアノ楽譜は参考程度にして頂こうかなぁ。この講座内ではダイレクトには取り扱わないです。すいません。」
「そこまでは手が回らなかったんですね。」
「回んねーよ(笑) だってよぅ、アタシみたいな素人がスコアを追うなんて、やってみて思ったけど暴挙に近いぜぇ? なんでこんなことやってるんだ自分、って何度思ったことか。」
「相変わらずご苦労様です。で…今回の監修には当然このかた、高見澤さんにお願いしている訳ですけれども。」
「どもっ♪ 高見澤凶子でぇ〜す♪」
「えー、たかみーには第1回からほぼ通しで座談会に列席してもらって、色々とネタにさせてもらったんですけれども、今回改めてプロフィールをですね、ちょっと自己紹介して頂けますか。」
「はーい♪ えーそれでは改めましてこんにちは。犬神凶子キャラの高見澤、18歳でぇす♪ 神奈川県在住、中居さんと同じ獅子座のA型です。東京芸術大学を受験せず某音楽大学の声楽科を主席から数えて何番目かで卒業後、現在いいわぁ御殿の雅楽寮長官を務めております。身長・体重・体脂肪率は国家機密。スリーサイズは85・58・90…。」
「あれ。なんか最後のほう文字化けしてるかな。htmlサイズ大きすぎたか? すいませんね。」
「でも僕ちょっと思ったんですけれども、今回この聴きどころ講座を読んでくれている人の中には、たかみー以外にも音楽の専門家がいるかも知れないですよね。そういう人たちからはけっこう、鋭い突っ込みが飛んできそうな気もするんですけれども。」
「そうだよねー。HPなんて誰が見てるか判らんからなぁ。もしや音楽をナリワイにしてる人なんかが、高見澤が何を言うかチェックしてるかも知んないよぉ。」
「うーわプレッシャー! やめてよぉ責任重大〜。」
「だからさ だからさ、ここに書いてあることがもし間違ってたら、それは私じゃなく高見澤のせいだかんね。コイツを指さして笑ってもらおうぜぃ。へっへっどうするぅたかみ〜、現役のピアノ教師の人とか読んでたらぁー!」
「いいえ、最終的には私の責任じゃありませんっ。私はちゃんと教えてあげたのに、智子さんにそのニュアンスを表現する文章力がないって話です。」
「あーっそういうこと言うんならバラしちゃおー。こないだ借りた教科書の巻末問題集にさぁ、たかみ〜ったらちゃんと解答書いてあって、ふぅん偉いなぁちゃんと学習してたんだなーと思ってパラパラ見てたらさ。何なのあれは…音調の判定? 『ちょうやく』ってのがあっちにもこっちにも書き込んであって、オイオイ『跳躍』くらい漢字で書けんのかこの学生は!とか思いながら笑ってたぜよ。けっけっけっ。」
「フン何よハ長調のドの音もとれない文学部が。音大出ナメるんじゃないわよぉ?」
「はいはい2人とも押さえて押さえて。ブレイクブレイク。どうどうどうどう…。まぁでもおそらくほとんどのビジター様がね、和賀を偲ぶよすがにとスコアを買ってみたはものの、音符がみんな元素記号に見えて何が何だか判らない状態だと思いますけれども。」
「そうだよねー。アタシと同じレベルだぁ。そういう人こそ当講座を、最も楽しむことができる層ですおめでとう。普通は判んないよねこんなもん見たってねー! でもそんなド素人の私めも、頑張ればこれくらいは判ったという実例を紹介するようなもんですから、これも縁だと思ってこの講座を読みながら、より『宿命』に親しんでみて下さい。」
「うんうんその点は意義なーし。ぱちぱちぱちぱち。」

「さてそれでは本題に入る前に、八王子で高見澤に教わった基本を少々語りたいと思います。中学校で習ったはずのレベルなのに、案外忘れてましたねー。
ではまず楽譜の見方。単に5本の線がダーッと引いてあるこういう紙を五線紙といいます。和賀ちゃんのは特注ネーム入りでしたが、明ちゃんのも生意気にネーム入りです。で、この線は下から第1線・第2線・第3線と数えて、第1線と2線の間を第1間といいます。…これで合ってるよね たかみ〜?」
「はい合ってます。ポイントは下から数えることですね。ドレミは下から上がっていく訳ですから、線も下から数えた方が理にかなっている訳です。」
「では次に、お手元にスコアがある人はそれを見て下さい。手にとって頂いて…。いやぁ実に立派な表紙ですね。」
「いや表紙はどうでもいい(笑)」
「で中を開いて1ページめを見ますと、左端に上から楽器名が書いてあります。このように全部のパートを見開きで見られるから、『総譜』と呼ばれる訳ですね。ステージでは基本的に指揮者が持つもので、オーケストラ・メンバーが見ているのはパート譜。自分の担当する楽器のところだけ抜き書きしたものです。そうしないと10秒に1回くらい楽譜をめくらなきゃならず、忙しくて大変です。
でこの並びはだいたい上から音の高い順になりまして、Flがフルート、Obがオーボエ、Clはクラリネット、Bnはバスーン、HrnはホルンでTrpがトランペット、Trbはトロンボーン。トランペットとトロンボーンの略はpとbの違いだけで判りにくいです。その下のPercはパーカッション、Timpはティンパニ。PfがピアノでVn1は第1バイオリン、Vn2は第2バイオリン。Vlaがヴィオラ、Vcがチェロ、最後のDbはダブルベースと。これが『宿命』のご担当者様たちですね。当たり前だけどこれ以外の楽器は使われていません。お馴染みなところではチューバとかハープとかピッコロなんかは、この曲には出てこないってことです。」
「ちなみにバスーンはファゴットともいいまして、たいてい黒か赤茶色の胴体にフィンガーの金具がついている縦に細長いやつですね。オーケストラの中でヌッと上に突き出してる、木管最大の大きさを誇る楽器です。」
「んで楽器の略の右側に小さく書いてある数字は、これはパート数です。人数じゃありません。フルートとオーボエとクラリネットとバスーンは各々1・2と書いてあるんで、それらは最大2つのパートに分かれるため最低でも2人ずついるということですね。ホルンは4パートあるから最低4人、トロンボーンは3人ですか。」
「そうですね。もちろん弦は1人2人じゃなく大量に必要です。」
「しかしさぁ、こういうのも全部明ちゃんが決めたかと思うと、考えてみれば生意気な話だよね。」
「生意気、って作曲者なんだから当然じゃないですか。提灯作ってる人じゃないですよ明ちゃんは。」
「えっと、それでこの五線の頭に書いてあるのが音部記号。ト音記号を知らない人はさすがにいないと思いますけど、この音部記号が記入されたものを譜表といいまして、五線紙は用紙の名前で、音部記号がついて初めて五線譜と呼ばれるってのは知りませんでした。マジ。」
「ねー。そういうところが音大出にはびっくりなのよねー。いやはや。」
「んでト音記号の場合は、中心の渦巻きがくるっと絡んでいる第2線の上がト音…すなわちハ長調のソに当たりますよってことで、フルートやオーボエやクラリネットのところにはこのト音記号がくっついてるのに、バスーンになるとヘ音記号が書いてあります。なんでこんな区別があるのかというと、オーケストラの楽器はそれぞれにさまざまな音域をもっているため、当然5本の線だけじゃ全てをカバーできないんですね。加線…てのは五線の上下に補助的に引く短い線ですが、あれは制限なく何本使ってもいいとはいえ、例えばダブルベースの音なんてのをト音記号で位置づけると、加線引きまくりで見づらいどころか、1曲の間に5線上の音は1回も出てこないなんてことになっちゃいます。そこでト音記号では書ききれない音域の場合は、ハ長のドからドシラソファと下がったファの位置を指定するヘ音記号を使いましょうという訳ですね。」
「そうそう。右側のてんてんに挟まれた線上が、低いファの音ですってことね。へぇぇ偉いじゃない智子さん、京プラで教えたことちゃんと覚えたのね。」
「アフタヌーンティーセットが出てきた時はびっくりしたけどな(笑) んでト音記号の音域はバイオリンの得意領域だから、ト音記号は別名バイオリン記号とも高音部記号とも呼ばれ、対してヘ音記号はバス記号とも低音部記号とも呼ばれます。この2つは音楽の授業で習うから記憶の片隅にひっかかっていても、もう1つ見慣れないのがこの記号ですよ。ビオラのところに出てくるやつ。こいつはハ音記号といいまして、ハ音すなわちドの音を指定できる記号です。このスコアに書かれているのは第3線がドになる、アルト記号のハ音記号ですね。」
「ここでちょっと補足しますと、ハ音記号は上下にずらすことによってソプラノ・メゾソプラノ・アルト・テノールの4種類があるんですが、一般的なのは第3線をドとする今のアルト記号と、第4線をドとするテノール記号ですね。これにト音記号とヘ音記号を加えれば、オーケストラの全音域をカバーできるということです。」
「ちなみに今回の主役のピアノという楽器は、皆様ご存知と思いますけれどもオーケストラの中で一番音域が広く、下はラから上はドまでの白鍵52+黒鍵36、合計88鍵の7オクターブちょっとありまして、この上を10本の指がところ狭しと走り回ることで、演奏される楽器な訳ですね。はい。」
「ピアノの場合は基本的に左手で低音を、右手で高音を弾きますので、スコア上ピアノのパートは高音部と低音部を大カッコで結んだ『大譜表』といわれる形式になっています。それでもまだ上下に2段ずつ空きをもたせて書いてあるのが、ピアノという楽器の音域の広さを象徴しているといえますね。」
「…あの、ちょっとこのあたり硬い話が続きますけれども、まさかもうサジを投げたなんて方はいらっしゃいませんね?(笑) まぁ確かに退屈だとは思いますけれども、ここは必要最低覚えておいた方がいいポイントなので、もう少しだけ我慢しておつきあい下さい。」
「んじゃ残りはハショリ気味にいこう。えーと小節を区切る縦の線を小節線といいます。判りやすいネーミングですね。江戸を流れるから江戸川、みたいな。んで縦に二重なのは複縦線といい、文章でいえば段落記号のようものです。まっさらな五線紙に縦線は書いてありません。作曲者が任意の位置に記入するので、長さはまちまちになります。リストだと1小節に1段フルに費やすこともあるんだそうで。」
「そうなのよー。リストの楽譜って見てるだけで溜息が出る。」
「それとテンポの表し方について。このスコアだと最初のところに、四分音符を1分間に約86回弾きなさいという指示がありますが、これはメトロノームが普及してからの感覚なんでしょうね。その前はおなじみのアンダンテだとかアレグロ・ノン・トロッポだとか、言葉で速さを表そうとした訳です。もちろんメトロノームの普及どころかパソコンまで普及した現代のクラシック音楽である『宿命』には、そういう速度形容はついていません。…で思い出したけどさ、ついていないといえば調名もついてないよねこれ。ハ長調とかロ短調とかいうおなじみのやつ。まぁどう考えても長調ではなかろうってのは判るけどさ、『宿命』ってのは何調なの? たかみ〜。」
「これはa―moll。イ短調ですね。」
「なんで?」
「いやなんでと言われても…。そのへんの説明は尺を食いすぎるから、座談会では省略した方がいいと思うよー。」
「そっか。じゃあそのへんを詳しく知りたいという人は、私経由で高見澤に直接メールして下さい。まぁしかしこうして見ると、明ちゃんも字がきったないねー。高見澤といい勝負だな。」
「そういえば何だか字体が似ているかも知れませんね(笑)」
「確かにちょっとそうかも(笑)」
「てことはさー! もしこれバッくれて、明ちゃん手書きのスコアに手書きの覚書きですーって言っても信じる奴いるかな!」
「いやー…まさか書いた本人が、『なんでこういう表記なのかよく分からない』とは赤書きしないでしょう。」
「でも案外ホントに判ってなかったら笑えるよ(笑) 明ちゃんてお茶目だから。」
「どんどんキャラが出来ていきますね。えーと、ではここで少し、僕からピアノの打鍵の仕方について説明させて頂きます。」
「おっいよいよ八重垣くんのピアノプレイだねっ! 皆さん注目注目〜っ!」
「えーこちらにですね、座談会第1回めの時からずっと置きっぱなしだったピアノがあるんですけれども、皆様覚えていらっしゃいますでしょうか。スタインウェイに対抗して国産の名器、YAMAHAのフルコン仕様CFVSとなっております。」
「そういや最初の時だけ枯れモミジにチラッと弾いてもらったんだっけねー。忘れてたわ。んで何だっけ、確かピアノを習う時にまず訓練するのは、全ての指で同じ大きさの音を出すことだっけ?」
「いえその前にですね、まず全ての指で鍵盤の同じ位置を叩けるようにする練習があるんです。もっともこれは僕が子供の頃に習ったものなので、今は多少違うかも知れません。奏法というのはけっこう変化するものですから…。」
「いいってそのへんはこだわらなくて。読んでる奴はほとんどうちらと同世代なんだからよ。」
「判りました(笑) じゃあ僕が習った当時の話をしますけれども、鍵盤が音を出す仕組みを考えると、梃子の原理に基づいて鍵盤の奥を叩くほど弱い音になりますよね。でも人間の指を普通に鍵盤に乗せますと、親指と中指では2〜3センチの差がありますから、親指では手前を、中指では奥を叩いてしまうことになります。そうならないためには手首の角度を変えて、指先の半円形が等しい距離で鍵盤に当たるよう調整する必要があります。このためピアノの演奏には指先の上下動だけでなく、手首が弓なりにしなう動きと、それに伴う上半身の揺れが当然出てくるはず―――」
「そうなのそうなのそうなのよっ! クイ、クイッて手首が左右に振れる動きと、腕から上半身に伝わるリズミカルで自然な揺れ! これを中居さんがちゃんっっと表現してたのがねぇ! 高見澤にはもう脅威といっていい感動でしたぁー! だいたいどんなドラマでも映画でも、ピアノを弾けない役者がピアニスト役やる時って、そこまで表現する人はまずいないんだからぁ! 腕も体も平行移動するだけで、あれじゃまともな音なんて出ないよ。でも中居さんの和賀ちゃんは見事にピアニストだったのよー! あああっ、いいわぁー!」
「はい気持ちは判りますが今回はドラマの座談会ではないんで。ね。はい落ち着いて落ち着いて。どうもピアノの近くにいると興奮するようですから、テーブルに戻りましょう。はいたかみーもこっち来て。」
「うー…がるるるる…。和賀ちゃああん…。」
「えっとそいじゃあ、あとは『宿命』の全体的な構成を押さえてから、曲の説明に入ろうか。」
「そうですね。大まかな流れの説明は最初にしておいた方がいいと思います。スコアをお持ちでないかたも、雰囲気だけ掴んで下さい。」
「えー協奏曲というのはですね、だいたい3楽章から成るものですが、『宿命』はコンパクトに2楽章で出来ています。うち第1楽章はスコアの44ページまで。今回はこちらだけを語りたいと思います。第2楽章は来週以降ということで…。」
「あ、やはり通しでやるのは無理でしたか。」
「無理(笑) ボリュームありすぎて倒れるかも。てか文章も長くなっちゃって、読む方も相当疲れるか知んない。」
「今回は聴きどころの『講座』ですからね。若干理屈っぽくなる面はどうしてもありますね。」
「んでは皆様、判りやすくするためにこちらのフリップをご覧下さい。」
「またですか? 今度はまりもの何ですか。マグカップですかクリアファイルですか?」
「ちゃうちゃうまりもじゃない。ここにですね、第1主題のリズムだけを書き出してみました。メロディーラインじゃないしスキャンで取り込んだ訳でもないんで、まぁこれっくらいなら著作権・版権もどうこうならんだろうと踏みましてですね。記してみたんですが。

TUVW
XYZ[

えーよろしいですかこちらの8小節が、『宿命』の主題です。もっと細かく見れば最初の2小節、八分休符の弱起で始まって3+4の八分音符という形が、…何だっけ、『動機』っていうんすか? あんまり専門的なことは判んないんだけど、曲の中核になって展開されていきます。だからこの形だけはしっかり覚えておくと、スコアがすごく追いやすいです。」
「そうですね。この主題に色々な楽器がハーモニーをつけていって、バイオリンだったりオーボエだったりホルンだったり、メインとサブを色々な楽器のフォーメーションで楽しむのが、協奏曲の醍醐味でありまた作曲家の腕の見せどころでもある訳ですからね。」
「んでフリップにある通り、今後はこの主題を1小節ずつ、ローマ数字で呼び変えて述べていこうと思います。いちいち長ったらしく『第1主題の1小節め』というより『T』っつった方が判りやすいですからね。なのでこれだけはメモっておくか、印刷するかして下さいまし。」
「そうね、この形を覚えとくと判りやすいね。あっここで主題が出てきた、ってすぐに気づくから。」
「それとあとポイントとなるのが、この協奏曲の準主役となる楽器はホルンだってことですか。それとオーボエかな。ピアノ以外ではこの2つがすごく耳につきました。」
「うんうんホルンは最高に美しい! なんかこう、オーケストラの聴かせどころを担当してるって感じがするね。」
「ええ。そもそもホルンというのは、アルプスの高原を思わせる立体的な広がりを出せる音ですからね。風景にとけこむ効果は抜群です。『宿命』は独立した協奏曲ですけれども、ドラマの劇伴のためという明確な目的があって作られた訳ですから、どんな使われ方をするか前もって判っていて、選択されたのがホルンなんじゃないかと思いますけれども。」
「そうだね。千代吉・秀夫の放浪シーンのBGMになるのが、『宿命』の宿命だったんだからね。」
「―――さて、ではオリエンテーションは以上でよろしいですか。そうしましたらですね、このあとは本編の座談会にならって、第1楽章を9個の段落に分け、それごとに区切りながら追っていきましょうか。最初に段落全体の解説をつけて、そのあと部分部分細かく見ていくことにして…。実際たかみーにピアノを弾いてもらいながらの講習は、いずれ帝國ホテルでやることにしましょう。」
「いや八重垣くんあたし何度も言うように声楽科なんで(笑) 実際はこんな曲弾けないから。そこんとこ忘れずによろしく。」
「いやいいんだってそのへんはキャラで通せば。いいわぁキャラの高見澤凶子として、アルゲリッチか中村絋子かJAちょきんぎょの気分でいればいいのよ。んでも帝國ホテルでの勉強会はいつかホントにやりたいね。また1泊9せんえんとかの安いシーズンもあるってきっと。」
「でも9千円のプランにはミュージックルームの利用権は付かないような気がするんですけれども…。」
「だけど普通に泊まったらあんた、1人1泊2万7千円だよ?」
「「「ん…」」」


【 段落1 】
1小節め〜14小節め / 開始〜1分02秒くらい

曲の開始はピアノソロから。体重を乗せるような強打で独奏楽器の名乗りを上げたのち、ポーンと高い1音が入って、次に6連符と7連符の組み合わせで旋律を昇ったあと、最後は左右交差のトリルになる。
以上のピアノソロの導入のあとは、管弦とピアノが交互に短調の旋律を歌う。まずはバイオリンがメインの2小節があり、パーカッションとティンパニに盛りたてられてピアノの短いパッセージが入る。次はまた弦と管。フルートがピュルルルーッと高く飛ばす。続いてピアノが華やかに旋律を昇り、昇りきるとタララタララタララ…とシンコペーション風な3連符の連なりで降りてくる。最後は低くダーンと鳴らし、1拍遅れてホルンがフオーン…と高く抜ける。印象深い導入部序章。

「この曲は4分の4拍子。シギリージャなんかよりずっと判りやすいよね。しょっぱながピアノソロで始まるっていうのは、CDがなかろうがスコアがなかろうがドラマ見た人なら判るね。ピアノが咆哮を上げるような強打。」
「楽譜上にもここはフォルテシモで表記されていますね。」
「ダーン、ダンダーン、ダンダンダーン、と四分音符の単純なリズムで進んできてポーンと高いキーを叩いて、息継ぎするみたく微妙な間があってから6連符7連符のパッセージ。低音の迫力と高音の軽やかさと、両方を十分に響かせなきゃいけない導入部なんだろうね。ピアノの魅力と実力を最初にたっぷり誇示しておけ!みたいな。」
「低音の伸ばしにモノを言うのがこの2小節めの『Ped』よ。ペダルで延ばしなさいっていう意味ね。そのあと3小節めから音階を昇るところの『ad lib』はアド・リビトゥムの略。つまりアドリブの語源だよ。自由に弾いていいですよーってこと。」
「え? てことはカデンツァみたいなもんなの?」
「いやそれとは違う。カデンツァはたいてい第1楽章か第3楽章の終止の前に置かれるし…なんて理屈はよすとして、ここのアドリブは言ってみれば、『メロディーは指定通りで。ただテンポについてはピアニストさんの気分次第でお好きにどうぞ』って感じかな。きっちり八分音符の長さでキーを6個7個叩かなくてもいいよ、って。」
「ふーんそうなんだ。八分音符にしちゃ長くねぇか?って長さでもよろしい訳ね。」
「つまりこのパッセージは、カデンツァ風アインガング(指慣らし)というやつじゃないですか? ちなみにいきなりピアノソロから入った最初のコンチェルトが、ベートーベンの『皇帝』なんだそうですね。」
「へーっ! さすがはベンちゃん、色々やってるねぇ! んで6連符7連符で旋律を昇ったあとはおなじみの左右交差のトリル。猫ふんじゃった状態だね。」
「トリルっていうのは2度違いの音を交互に素早く連打することで、楽譜上は第4小節めにある、右上がりの三みたいな記号がそれね。この部分は楽譜で見ると和音のトリルになってるけど、映像だと単音に見えるんだよねー。」
「あー確かに和音なんだね。えっとこれはト音記号だからぁ…左っ側がミとラの和音、右っ側がレとソの和音なんだ。ハ長調のドから右に行った高いドの、さらにその1オクターブ上のドの次にくるミとラとレとソだね。すげー右体重。」
「そう… ね(笑) 言葉で言えばそうなる。で左手が最初の和音…つまりミとラを弾いて、右手が後のレとソを弾くのよ。ちょっと机の上でやってみて。両手の指がまたがって交差するの判る?」
「なに? …左手がミとラで右手はレとソ? てことはこうでこう…。あーなるほどね! 左手の甲がチョー邪魔だこれ!」
「でしょう。その状態で左右交互に素早く連打するんだから難しいはずよぉ。だけどそんな風に弾いてなかったよね映像では。」
「いやーどうかなぁ…。何にせよ和賀ちゃん脅威のフィンガー・プレイであることは間違いないね。また今度、特典映像あたりでよく確かめてみよう。んでここの最後のとこはフォルテが3つだから、最初の1打より強く。かなり強く弾けってことだね。」
「フォルテフォルティッシモね。これって多い人は4つも5つも書くのよね。チャイコフスキーとかが大好きだったみたいよ。」
「あーなんか判る。フォルテッテッテッテッシモでゆけぇ〜!って感じの曲多いもんねチャイ様はね。」
「ラストの1音にはfffだけじゃなく、中居奏も知っているフェルマータがついていますよ。」
「そうそう、ケロヨンもびっくり!みたいなフェルマータね。このピアノソロのラストはもう十分に延ばせと。心ゆくまでタメろと。バレエでいえばアラベスクに等しい、主役のピアノ様にのみ許された最高のパフォーマンスなんだね。」
「で、次の2ページめ。楽譜を見ても耳だけでも、この部分の構成が、管弦2小節→ピアノ2小節→管弦2小節→ピアノ4小節、と繰り返して成り立ってるのが判るよね。」
「最初の管弦のところはさ、CD聴いてるとバイオリンが耳立つけど、クラリネットやらバスーンやらホルンやら、このへん総出で音出してたんだね。」
「ああ、それが判るのがスコアを見るメリットでしょうね。素人は耳だけじゃあ、使われている楽器の種類までは聞き分けられません。でもその点楽譜を参照すれば、五線譜上に音符があればとにかく何らかの音は発している訳ですからね。」
「そうそう。私なんかは音で覚えるより逆に簡単よ、譜面で見た方が。」
「おたまがいれば音は出ている。素人はそう覚えればいいのね。」
「で、パーカッションのところの『SuspendedCymb.with mallets』というのはこれは何ですか?」
「これはね、直訳すればバチで叩く吊るしたシンバル。いわゆるドラムセットのハイファイみたいなものね。」
「あ、でもさー。映像にはドラというかゴングもあったけど、あれは見た目の効果の問題で置いてあったのか?」
「さぁどうかな…。でも楽譜で見る限り、ドラは使ってないよね。吊るしシンバルは手で持って叩くより、シャァァーンという細かい振動の音が出るんだよ。」
「それが管弦とピアノの間で、メゾピアノからメゾフォルテへクレッシェンドするってことか。このへんも中居奏用語炸裂だね。ティンパニはデクレッシェンドしてるしね。」
「ティンパニの全音符の上に書いてあるのがトレモロ記号。ドコドコドコ…と左右のバチで打てということね。」
「打楽器にはおなじみの奏法ですね。」
「ほいで3ページめに行くと、見るからに派手派手なピアノのパッセージが出てくるやん。これって見ただけで高見澤には弾けなそうだよね。そういや『とくばん』で明ちゃんも間違ってなかったか?」
「ピアノ科じゃなきゃ弾けないよこんなもん。12小節めに書いてある『8va』っていうのは、楽譜より1オクターブ高い音を弾きなさいって意味ね。そうしないと加線が上に上に延びてっちゃって、ティンパニの領域侵犯になっちゃうから。」
「なるほどね。見た感じ6畳4畳半のアパートでキッチンとの仕切りにかけてある、ガラスビーズのノレンみたいな音符だよね。」
「このへんの音がいかに高いかは、下の段を見ても判りますよ。ほら12小節めがト音記号になっています。次の13小節めの真ん中でヘ音記号に戻っていますけれども。」
「なるほど。この狭い紙面にあの手この手で収めようって工夫だね。んで最後の14小節めでダーンと各パートが揃うとこで、弦の部分にはみんな『unis』ってあるのはユニゾンってこと?」
「そうそう。みんな気持ちをひとつにして揃えなさいってこと。」
「んで次の小節線は二重になってるから、文章でいえばここで段落が変わるんだね。」
「そういうことですね。以上で導入部が終わり、曲はメインへと進んで行きます。」
「はーい先生しつもーん。」
「何ですか智子さん。」
「この1ページめのバスーンのところに、冬眠から覚めたケロヨンが片目で地表の様子を伺っているような唐突な離れフェルマータがあるんですけど、これは何でこんなところにあるんですかー?」
「え、これ…? さー何だろう…。消し忘れでなきゃ見て注意を促すためか…。だから見やすいところに書いておいて他の楽器にも心の準備をさせようと…?」
「てことは注意書きですか? 別になくてもいいんです?」
「うん、なくてもいいと思うけどね。というより付けてある理由が判らない。」
「気分かね。」
「さー(笑)」
「それとも見た目このへんがスカスカして寂しいから、飾り?」
「知らな〜い(笑)」
「そっかー。こういうところがお茶目キャラ明ちゃんの面目躍如なんだなー。」


【 段落2 】
15小節め〜26小節め / 1分02秒〜1分40秒くらい

全曲中メインとなる第1楽章第1主題のメロディーが、オーボエとバイオリンによって初めて提示される。T〜Yが奏でられたあとピアノのパッセージにバトンタッチして、高い音から漣(さざなみ)のように優しく下降する。

「このへんはスコアでいえば4ページめだけど、譜面見ただけでなんか静かそうだなって感じがするよね。」
「確かに上の方は空欄ですからね。旋律を担当しているのはオーボエと第1バイオリン。バイオリンはオーボエの1オクターブ下を弾いているのが判ります。」
「こういうさ、第1主題が初めて現れるところを、ソナタ形式の『管弦による提示部とソロによる序奏の部分』っていうんでしょー? 主題ってのはいきなり独奏楽器が奏でる訳じゃない。主役はもったいぶって出し惜しみするのが常であって、まずは大オーケストラに前フリさせるんだよ。それが協奏曲ソナタ形式の特徴であるね。そうなんだよねたかみ〜?」
「いや一概にそうとも言いきれなくて、例外多数なんだけど…それにしてもどこでそんなこと調べてきたの(笑)」
「えっ、たかみーが教えたんじゃないんですか?」
「まさか、そこまでやると対位法とかの授業になっちゃうじゃない。何度も言うけど私は作曲科でもなきゃ器楽専門でもないんだからぁ。」
「どっちにせよ『対位』の変換ミスには注意が必要だよねー。あっ今ぜってー総長笑った(笑) そういえばオンエア第1回めの冒頭の砂浜のシーンでも、この第1主題を初めて聞かせるのはチェロであってピアノじゃなかった。もしあれも協奏曲ソナタ形式にのっとった演出だとしたらすごい凝ってるけど…。まぁ協奏曲と交響曲を勘違いしてたくらいだから、偶然の産物なのかな。」
「だと思うよ私も。でここでちょっとテクニックの話なんだけど、スコアの22小節め。オーボエが主題をYまで吹いたあとメインがピアノに渡って、ピアノソロで下降する直前のところを見てくれる? ここって右手つまり上の段は八分音符4つで、左手すなわち下の段は四分音符の3連符4つになってるでしょ。だから要は左手でタタと2回叩く間に、右手はタタタと3回叩かなきゃいけないのね。こんな感じの組み合わせが多い曲なんだよこれ。まぁここはそんなに難しくないけど。」
「難しいですよ(笑) ピアノやってる人じゃないと無理ですよ。試しにビジターの皆様も机の上でやってみて下さい。ほら、できないでしょう?」
「できないできない(笑) 左手の存在を忘れないと右手が揃っちゃう(笑)」
「で、そのあとピアノが旋律を下る23〜24小節めね。さっき全体解説で『漣(さざなみ)のように優しく下降』って出てきた、その優しいイメージの理由がこれだと思うよ。24小節めの二分音符に注目すると、何か見慣れない縦のくねくね記号がついてると思うけど、これをアルペジアーレっていってね、幾つかのキーをいっぺんに押さえて和音にするんじゃなくて、チャラン…て感じにタイミングをズラして押さえて、最後に和音が完成するって弾き方なんだよ。」
「ほー。アルペジアーレね。直訳すると『分散和音風に』?」
「そうそう。このへんの左手の四分音符は全部これで弾いてると思う。分散和音(アルペジオ)は鍵盤から指を離してもその音が消えないうちに次を叩いて、いわば残音で和音にする奏法だけど、アルペジアーレは指を離さない点が違うんだ。」
「あ、判った! よくパソが固まっちゃって再起動する時に、CTRL+Alt+Deleteを順に押していくのと同じだね! この3つのキーっていっぺんにせーのっグッ!て押すんじゃなく、左手の薬指でCTRL押しといて次に人差し指でAlt押しといて、最後に右手でDelをポン、だもんね。そっかそっか、Windowsはアルペジアーレで再起動なんだ。メモメモ。」
「まぁこういうのは言葉で言うより、耳で聞くいた方が比較的判りやすいかも知れませんね。ピアノソロがメロディーを下る時に聞こえる和音は、チャンチャンチャンチャンという音ではなくてチャランチャランチャランチャラン…とバラけた感じで4回ありますけれども、あれがまさにそうなんですね?」
「うんうんあの音がそうだね。そうやってバラかして弾いてるから、和音の輪郭にグラディエーションが生まれて優しい感じになるんだね。分散した和音というより『最終的に和音』か。じゃなきゃ連続時間差和音? 指の動きはバレーボールでいうAクイックみたいなもんかなぁ。」
「いやバレーボールに例えるのはかなり無理があると思いますけれども。」
「んなこたないっしょぉ。まずリベロが上げて、セッターがトスする動きでエースがジャンプ、アターック!みたいな。」
「まぁピアノ協奏曲をこんな風に解説するところも滅多にないでしょうね。」
「いや滅多にじゃなく絶対ないと思うけどね(笑) で25小節めにある『RIT』はリタルダンドの略。だんだん遅くってことね。次のページの段落3の頭には『a Tempo(ア・テンポ)』、元のテンポでって意味の記号もある。これも中居奏用語よね。」
「確か中学の教科書に出てきたなー。忘れてるもんだねぇ。因数分解の公式より覚えてないや。」
「じゃあ因数分解の公式は覚えてるんですか?」
「ぐー…」
「「っ!」」


【 段落3 】
27小節め〜66小節め / 1分41秒〜3分26秒くらい

いよいよピアノによる第1主題があらわれる。管は沈黙し伴奏は弦のみ。第1主題はT〜[のフルセットで2回繰り返され、和音の厚みが増していく。そのあと1・2・3・4と四分音符4拍で経過して、少しメロディーラインの明るい副主題へ移行する。副主題になると弦だけでなく管も伴奏に加わる。キラキラと木漏れ日が輝くように旋律を下ったのち、もう一度第1主題のT〜Yが出てきて、やがてゆったり昇った高音部から煌く3連符で駆け下りる。第1主題終了。

「さぁここからが本当の意味でのメイン。独奏楽器による第1主題の提示部だね。これに先立つ段落2の部分は、いわばオーケストラによる主題のチラ見せイントロって訳だ。」
「こうやって主題を繰り返す理由は、何より聴衆に覚えてもらうことですね。何せクラシック全盛の時代にはCDなんてありませんでしたから、その場で覚えてもらえるよう印象的に繰り返す必要があったんです。」
「しん、とした感じの時空間に、静かに流れだすピアノがいいやねぇ…。控えめに伴奏する弦の響きが上品だ。でも楽譜で見ると何でここに急に、ギターみたいなコード記号が出てくるの?」
「ああこれねぇ…。なんか最近はよくあるみたいよ。コード、って概念は今や一般的になってきてるから、それを書いておいた方がメロディーラインが掴みやすいし演奏もしやすいのかも知れない。演奏家にとってはさ、なるべく判りやすく書かれている楽譜の方がいいに決まってるしね。逆に言えばコード記号なんて、書いてなきゃないで演奏できるんだけどね。」
「ふーん。あった方が『ピンと来る』ってやつか。明ちゃんたら親切だね。」
「この主題は2回繰り返されますけれども、右手の主旋律の楽譜を見てみますと、1回めは和音ではなく、2回めに繰り返される時に和音になっているのが判りますね。これは聴いているだけでも耳で判りますよ。厚みが全く違うんです。しかもオクターブの和音ですので、すっきりした厚みなんですね。」
「それと副主題に入る前に出てくる主題のZにも注目ね。33小節めと41小節めの二部音符の3連符のとこ。ここもさっき出てきた22小節めと同様、一種のズラシのリズムなんだよ。さっきは右手が八分音符4つ、左手で四分音符の3連符4つだったけど、今度は右手が二分音符の3連符で、左手が八分音符4つなの。つまり右手でターターターと3連符を叩く間に、左手はタタタタと4回刻まなきゃいけないっていう。」
「あーこれはさっきより明らかに難しいや。皆様もちょっとやってみそ? 右手は3回、左手4回。揃っちゃうぜってー揃っちゃう!」
「で、42小節までで第1主題×2セットの繰り返しが終了して、43小節めで1・2・3・4と次に続けるべく経過する訳ですけれども、この4拍からはクラリネットとバスーンも吹き始めるんですね。」
「そうそう。ピアノと弦だけだったところに木管が入ってくるの。この43小節めって、リズムは四分音符4回とすごく単純なんだけど、楽譜をよーく見ると2個めの四分音符の下にドの音が書かれてるの判る? これはね、右手はこのドを親指で押さえておいてファソファを薬指・小指・薬指で弾きなさいと。同時に左手の方は小指でラを押さえ、中指・人さし指・親指でミラファラソラファラと弾けってことなのね。リズムは単純な割にやらされることは多いという(笑)」
「そんなん今すぐやれっつわれても無理だよねー。ピアノ科ってあれじゃないの、全員が前田知洋なんじゃない? まずはトランプでカエルを折る練習から始めるんだきっと。」
「どういう学校ですか(笑)」
「それでね、ここの1・2・3・4のつなぎのフレーズは、例の第10話の放浪シーンでよく出てきたよー。違う調というかメロディーにバトンタッチするのに、わりと便利な4音なんだろうね。2回繰り返されるのが多かったかな。で次の44小節めからは、少しメロディーラインが明るくなるよね。この部分は副主題。第2主題じゃないです。和音的にはここからオーボエも入ってきて、さらに厚みが増すって訳ね。」
「副主題は44小節〜47小節で1セット、48〜52小節で1セットと2回繰り返されますけれども、この副主題のピアノのディセンディング…つまりメロディーの下降のことをここではそう呼びたいんですけれども、この部分は連符の組み合わせの面白さが魅力でしょうね。」
「そうかもね。楽譜上ざっと見ても、9ページ10ページはやたら連符が目に付くよね。このへん聴くと、音がすごくキラキラ・コロコロした感じがすると思うな。」
「なんかさ、蓮の葉っぱの上を小さな水滴が煌きながら零れ落ちていくあの感じに近いね。1回めは手前の2小節でラーラー・ラララ、ラーラー・ララララときて、そのあとはツタ・ツタ・ツタ・ツタ・ツタと2つずつ下がっていく部分。んで2度めはやっぱ2小節でラー・ララララー・ララララー・ララララーときてから、ツタタ・ツタタ・ツタタ・ツタタと3連符で刻みながら下りるんだ。ツタとツタタの違いだね。」
「それって耳でも判るけど、楽譜だともっとハッキリ差が判るよ。最初のツタ・ツタ・ツタは46〜47小節めの、1オクターブの高低差で半音ずつ下りてくる6連符。ちょっと聞いた感じはシンコペーションっぽいよね。で2度めのツタタ・ツタタは51小節めからで、こっちは3連符になってるんだよ。」
「そうですね。音も違うし当然表記も違う。CDとスコアはどちらか一方だけでなく、両方確かめるのが一番いいんでしょうね。」
「もちろんそうだね。で3連符のメロディーはさらに低いキーへタタタ・タタタ・タタタと下って、続く54小節めでまた第1主題のメロディーが現れる。呼応するのはこの曲の準主役ともいうべきホルン。でもまだこのへんは伴奏だけで、若干控え目にしてるけどね。」
「それと53小節めから54小節め、メロディーを下りきってTが始まるあたりの速度には『Accele』とあって、これは『アッチェレランド』…次第に速く、という意味の指定になってます。はい。」
「へー。Accessのスペリングミスかと思ったら違うんだ。アッチェレランドってイタリア語だよね多分。英語読みするとアクセルだな。55小節めに四分音符を104回という記号があるから、徐々にそこまで追い上げろってことか。チョクに数字で指定するなんて、21世紀の作曲家やねー明ちゃんは。」
「ここでまたピアノテクの話するけど、56小節めの主題のVには、頭のところにソの音があるよね。これはこの小節じゅうソの音をずっと伸ばしてろって指示なんだけど、弦楽器じゃあるまいしそんなムチャいうなよーってことで、実際はペダル使ったりしますね。」
「なるほどね。そうそう明ちゃんの我儘にもつきあってらんないって話だ。」
「いや別にそういう訳じゃないけど(笑)」
「んで2回めに現れる第1主題はT〜Yだけのショートバージョン。そのあとゆったりとメロディーラインを昇って降りてまた昇って、ラストの2オクターブ分の大滑降直前でフルートがピュルルルーッと高く飛ばすんだね。この曲に限らずフルートってこういう使われ方多いよね。なんか逆上がりの補助する人みたい。ほーれっ!と高く投げ上げてくれるっつーか。」
「ほんと色んな例えを思いつく人よねー。で64小節めからのピアノはまた3連符で刻みながら旋律を下って、最後、66小節めでダーンと着地する。段落1のシメにはホルンの高い一吹きがあったけど、ここではピアノが自分でやってるね。」
「『8va』ってのはさっきも出てきたね。領域侵犯防止策。例のガラスビーズのノレンのとこだ。」
「そうそうあれと同じ。この記号はこのあとも何度か出てくるよ。」
「それにしてもこの段落3は構成が整然としていて、まとまりがよかったですね。第1主題→副主題→もう一度第1主題ときて、最後はピアノの見せ場でシメる。厳正なルールに基づきしかもメロディーは美しいという、よくできた流れだったと思います。」


【 段落4 】
67小節め〜97小節め / 3分27秒〜4分59秒くらい

第2主題の提示。『海原の旋律』と名づけた叙情的な長調のメロディーが響く。オーボエとチェロに始まり、ピアノが、続いてバイオリンが、ホルンの美しい呼応を受けながら次々と主題を展開していく。バイオリンの旋律にピアノの高音が絡みつくようにしてメロディーを受けとると、そのあとに小休止のようなピアノとフルートのメロディーを挟み、低い音で下降して次の段落、第1主題再現部へとリンクする。

「この第2主題に対する『海原の旋律』というネーミングはいかがですかね高見澤先生。私が勝手にそう名づけて、座談会本編でもしばしば使ってた呼称なんだけども。」
「ああ、なかなかいいんじゃないの? 確かにそんな雰囲気のメロディーだったから。」
「ね、そうだよねー! 丘の上から大海原を見はるかす、って感じがしたんでね。んで第1主題同様この第2主題もオーボエが先導してて、でも1オクターブ違いで奏でられる弦はチェロなんだよね。第1主題の時はバイオリンだったけど。」
「そうですね。第2主題はオーボエとチェロで始まっています。この段落の最初の67小節め…ここだけ2拍子になっているところですけれども、このチェロのところに『solo』とありますので、これは首席奏者が1小節ぶんリードするんでしょうね。」
「こんなところでこけたら超みっともねーよなー。首席こければ皆笑う。」
「ま、チェロがこけるってことはあんまりないかもね。金管の場合は珍しくないけど。でそのチェロは楽譜を見ると判るように、次の68小節めからパートが2手に分かれてるでしょ。主旋律を弾くパートと、伴奏のパートに分かれるってことね。で最初の小節に書いてある『Meno mosso(メノモッソ)』っていうのは、もっと遅くという意味。四分音符を76パーセコンドまで落とせって書いてあるよね。」
「アッチェレランドがあったのは段落3だよね。そこで四分音符104パーセコンドまで上げといて、段落の最後にはリタルダンドがあったからそこでぐーっとスピードダウン。んでまたさらに遅く、76パーセコンドまでダウンしろって訳だ。なんか操縦指示みたいだね。」
「まぁ指揮者というのはオーケストラのパイロットですからね。彼のタクトが全てを仕切る訳です。つまり逆にいえば指揮者の頭には、メトロノームに近い速度感覚が備わっていなくてはならないということですね。」
「そういやドラマが始まる前のなんかのTV誌に、和賀はピアニスト兼作曲家で、指揮もしますみたいなことが書いてあった記憶があるな。それ読んで思ったもん、おいおい弾き振りまですんのかよぉ、お前はアシュケナージか!って。」
「多分さ、和賀ちゃんの指揮姿もいいかも知れないってTBSの中居マニアが思ってたんだよきっと。」
「でも弾き振りってのも画的にはいまいちマヌケやん? ナルシスト入りまくりでさー。やらなくて正解だったと思うな。んで第2主題のメロディーがオーボエとチェロからピアノに移るのが、楽譜でいえば74小節め、再生開始から3分48秒あたりだね。こうやって旋律のバトンが色んな楽器に次々と渡されていくのも、実に協奏曲らしい展開だね。」
「またここで呼応するホルンの美しいこと美しいこと! これはもう曲中随一の部分だよねー。」
「そうですね。ここは間違いなくこの曲の必聴部分です。是非ともビジターの皆様1人1人の耳で、実際に確かめて頂きたいと思うんですけれども。」
「賛成賛成。海原の旋律のホルンの呼応。ここだけはドラマのBGMとしてじゃなく『協奏曲』で味わってほしいね。んでピアノがマンダール…ってのはフラメンコ用語か、失敬。えーとピアノが主導権を取ったところでチェロはユニゾンに戻り、クラリネットとバスーンも伴奏に加わってんだけども…惜しいかなここはホルンがあまりにも綺麗なんで、他の音に耳が止まらない感じがするね。みんな裏方に回ってるというか。」
「でですね。ちょっと話は戻りますけれども、このメロディーがピアノに渡る74小節めまで来ると、段落冒頭の67小節めがなぜ2拍子だったか判りますね。つまり74小節めでは、主題の受け渡しを4拍子1小節の中でスライドさせるように行っていますから、前半の2拍ではチェロが主旋律を、後半の2拍ではピアノが主旋律を担当しています。であれば主題のメロディーがスタートする67小節めは、4拍子の半分の2拍子でないと辻褄が合いませんよね。最初に1・2とカウントしておいてから、1・2・3・4と4拍子にならないと。」
「ああそっか。4拍子だと最初の2拍を休符にしなきゃならないんだ! そうかそうか納得納得。いやーこうしてみると音楽ってのは『音学』だよねぇ。実に整然とした理論が系統立てて構築されてんの。音楽ってのはある意味数学的なもんなんだなと、あたしゃ今回初めて思ったよ。」
「そう、音楽って数学的ですよね。上に2度とか下に何度とか、数字的にズラすだけで『美しい』和音が生まれる…。これは驚異というか不思議なことですよ。美しいと感じる情緒を、ある程度理論で制御できる訳ですから。まぁ元々音というのは特定の周波数をもった空気の振動な訳ですし? 数字をもって操りやすいものなのかも知れませんけれども。」
「そういやぁさ。原作の和賀ってピアニストじゃないもんね。コンピュータだか何だかを使ってそういう『音』を論理的に加工した音楽作ってたんだよな。それで玲子を錯乱させて、結局死なせちゃうんだもんね。」
「ええ。和賀をピアニストにしたのは映画ですよ。原作の和賀は、ヌーボー・グループという前衛的な集団にあって、既存の価値観を破壊することに燃えていた男たちの1人です。」
「…てことはさぁ八重垣! あたし今ものすごいことに気づいちゃったんだけどっ! かなり聴きどころ講座からは外れる話を、今ここでブチ上げてもいい?」
「駄目です駄目です駄目です、駄目です。4回繰り返しちゃいましたけれどもそれくらい駄目です。今ここで変な話のズレ方をすると収集がつかなくなりますから、どうしても言いたければ最後にして下さい。」
「判った、じゃあそうする。えーっとそれじゃ話を戻して…今どこまで行ったんだっけか。」
「第2主題の最初がカウント合わせで2拍子だったって話よ。主題の担当楽器を1小節内でスライドさせてるから、そういうことになるんだって話。そこから数学的だって話になったの。」
「そっかそっか。んでオーボエとチェロに続いてピアノの担当部分になって、そのあとは81小節めから、今度はバイオリン担当で第2主題3回めのリピートになるんだね。バイオリンにバトンタッチの部分では、フルートの送り出しにティンパニとシンバルも入って、弦の和音を盛りたててくれると。このへんのホルンも相変わらず綺麗だよねー。」
「この第2主題はこうやって3回繰り返されるうちに、徐々に伴奏の厚みが増して全体がクレッシェンドしていく演出になっているんですね。また僕も楽譜を見ていて気づいたんですけれども、バイオリンが主旋律を弾いている間は、ピアノとオーボエとクラリネットが第1主題のTのリズムを刻んでいたんですね。第2主題の裏に第1主題の動機が流れているんですよ。これは耳だけでは気づかなかったですね。」
「あーホントだ。タタタ・タタタタってリズムが続いてるんだね。楽譜見ながら耳をすますとかろうじて聞こえるかもよ。」
「でね、バイオリンがメロディー担当になってからの後半部分。楽譜でいうと86〜88小節めのところね。ここの1小節内の後ろの2拍分は、バイオリンの音を追いかけるように、ピアノの1オクターブ離れた高音がシンコペーション風に絡んできてるの判る?」
「あ、あのバイオリンがタ〜ララ♪ときたあとにンタ・ンタ・ンタ・ンタってピアノがじゃれつくところだ。んで最後はクルッと自分がメロディー・ラインもらって、タラララララーッ♪と旋律を駆け上がる。」
「このへんのピアノとオーケストラの掛け合いは面白いですね。構成的にも、一番遊べる部分なんだと思いますけれども。」
「続く91〜96小節めは、箸休めのようなピアノとフルートの旋律。これは第2主題の副主題なのかね、短いけど。」
「いや…ことさらにそういう訳でもないと思うよ。」
「ここんとこでクラリネットとバスーンも伴奏してるのは楽譜見れば判るけど、むしろ95〜96小節めにちょこっと出てくる、オーボエのラーラー♪と下がる2音が耳立つね。いやーこの曲で判ったけどさ、オーボエってのは音質自体が耳立つ楽器なんだね! 私は昔、ドボ先生の『新世界から』をイヤってほど聴きまくった時期があるんで、そのせいで耳がすっかり覚えちゃったのかと思ってたけど違うね。音自体の際立ちがいいんだオーボエって。だからはっきり聞き取れる。」
「けっこう音は出しにくい楽器なんだけどね。でこの段落は最後1小節だけピアノソロで、低音で下降してアクセントを効かせながら、次の段落の前フリをしてる。もう1回第1主題が出てきそうだなーっていう音調に、事前にもってってるんだよ。」
「うん、聞いてるだけで素人にも何となく、このあと第1主題に繋がりそうだなと判るよね。これが音階の不思議さってやつだ。」
「そのへんはまたご希望があれば別講義で(笑)」
「ん〜… しばらくは遠慮しとく(笑)」


【 段落5 】
98小節め〜124小節め / 5分00秒〜6分10秒くらい

段落4から低音の導入を受け、再度第1主題が現れる。ピアノはTだけを弾いて伴奏に回り、Uからはクラリネットとバイオリンがメロディーを奏で、ホルンが唱和する。T〜[のフルセットを聞かせたのちに1・2・3・4と四分音符で経過し、ピアノは再び副主題のメロディーへ。フルートとクラリネットも加わって副主題を2回繰り返して、段落3で登場した聞き覚えのあるフレーズを経、もう一度第1主題に。十分厚みをつけたハーモニーでT〜Yを弾いてから、一気に高音へ抜ける。

「この段の最初…楽譜でいうと98小節めの、段落4の助走を受けて立ち上がる主題のTはけっこう迫力あるね。なんか大所帯で奏でているというか。ピアノの他にはフルート、クラリネット、バスーン、トロンボーン、第1第2バイオリン、ビオラ、チェロと総動員に近いやんか。パーカッションとティンパニまで入ってるよ。んでホルンがそれらに一手に唱和して、ピアノはTの後半の八分音符4つを、倍速の十六分音符で刻んで上がってるんだ。弦も管もかなり細かいリズムになってるね。」
「ここのピアノはTだけを弾いたらU以降は伴奏に下がって、フルートもこの2小節を吹いたあとはちょっとお休みになるのね。ここで面白いのはトロンボーンかな。98小節のとこよく見てみ? 後ろの八分音符4つを、わざわざ2パートに分かれて吹いてるのが判るから。」
「ああほんとだ。なるほどねー。言われてみればあの楽器って、指で押さえるんじゃなくスライドを前後に動かして音程変えるんだから、細かいリズムを作るにはこうするしかないのかもねー。」
「U以降の旋律を担当するのはクラリネットとバイオリンですけれども、この曲に主題が現れる時に、ピアノを先導している楽器の組み合わせを比較してみると面白いですよ。まず最初の第1主題はオーボエとバイオリンでしたよね。第2主題が初めて出てくるところはオーボエとチェロ。次が今見ている段落4のここなんですけれども、第1主題をクラリネットとバイオリンで。そしてあとになって出てくる段落8の第2主題では、クラリネットとビオラとチェロになっています。表にするとこんな感じですね。」
 第1主題第2主題
1回め管: オーボエオーボエ
弦: バイオリンチェロ
2回め管: クラリネットクラリネット
弦: バイオリンチェロ&ビオラ

「ふーん…。こうして見ると明ちゃんの意図がよく判るねー。管は1回めより2回めの方が低い音で、弦は第1主題より第2主題の方が低い音なんだ。いやーバリエーション豊かだねー! こんな風にしてクラシック聴いたのなんて、あたしゃ『宿命』が初めてだよ。」
「ええ。そういう人は多いと思いますよ。素晴らしいじゃないですか。ドラマ『砂の器』に出会い協奏曲『宿命』に出会ったことで、クラシックという世界をより深く知ることになったんですから。」
「そうなんだよね。ちと大袈裟だけどそうやって人生や感性や思想を豊かにしていくのが、誰かのファンになるということの、価値であり意味だと私は思うよ。」
「なるほどねー。でもその一端にさ、アタシに出会ったことによってっていう考え方はないの?」
「…まぁそれにしてもここのホルンも綺麗だよね。主題はクラリネットとバイオリンだっていうのは楽譜を見れば判るけど、耳だけだとホルンが印象的すぎてクラリネットはあまり意識しないんだよなー。バイオリンはもち判るけどね。」
「クラリネットはオーボエより低いですし、どちらかというと裏に回りがちな音かも知れませんね。」
「んで第1主題が1回フルセット終わると、107小節め、5分24秒あたりから副主題が始まるやん。これって要は段落3の44小節めからの繰り返しなんだね。音符をよく見ると音の高さは違ってるけど。」
「副主題の繰り返しの2回め…111小節からは、ピアノに加えてフルートとクラリネットもテーマを吹きますね。段落3ではこの2本の木管は、ピアノに和音で合わせていただけなんですけれども。しかもよく見るとフルートとクラリネットのリズムは、107小節めに始まる副主題1回めのピアノのものなんです。こういうバリエーションの変化を聴くのも、オーケストラを味わう楽しみの1つでしょうね。」
「ああバリエーションといえばね、117小節めでピアノがTの後半を十六分音符で駆け上がるのは、さっき出てきた98小節めとほぼ同じなのよね。でも98小節と117小節を比べると、パートごとの音は上から下までほぼ同じ…トロンボーンがズラしてないくらいで一緒なんだけど、第1バイオリンだけはオクターブ上になってるんだよ。」
「ほ〜んとだ。それに119小節以降には、さっきはすぐお休みしたフルートも入ってるんだね。つまり副主題前の第1主題よりも、全体に高い和音を作りたかったのかな。」
「フルートが加わると同時に、第1バイオリンによるオクターブアップですからね。そうなのかも知れませんね。」
「んで122小節めのYの3連符をそのまま引継ぐ形で、ピアノがさらに高い音へと分散和音で駆け上がる訳だ。」
「で、段落としてはここで一旦切るんですね。次の小節線は縦重線ではありませんけれども。」
「うん。そうしないと段落5が長くなってしゃあない。それにこの次はちょっと雰囲気の違う、弦が主体の部分だからね。」


【 段落6 】
125小節〜160小節 / 6分11秒〜7分43秒くらい

バイオリンソロで始まるこの部分は、弦のアダージオと呼びたい秀麗さを持つ。低い弦に伴奏されて歌うバイオリンのメロディは、やがてピアノに引き継がれて奏でられる。フルートも透明な響きで寄り添いクラリネットも艶めく声を重ね、短い上下のパッセージを繰り返したあとは畳みかけるようなTの連続音となる。そののちピアノに与えられる短い休息の間は、第1バイオリンとフルートとホルンが躍動感あるメロディーを担当する。高音に跳ね上がっておいてピアノソロとなり、リズムに抑揚をつけつつ繰り返し下降して、最後は華やかな分散和音で昇る。

「ここは非常に特徴のある段落ですね。起承転結がハッキリしていてドラマチックです。」
「うんうんすごく好き好き〜。最初の部分…124小節めに『Solo』とあるけど、バイオリンのソロだったらコンマスが弾くのかな?」
「まぁだいたいそうだろうね。絶対そうじゃなきゃいけないって決まってる訳じゃないけど。」
「でバイオリンが歌っている間に、ピコン…て入るアルペジアーレの1音が綺麗だよね。楽譜でいえば127小説め? んでそのあとバイオリンの音を追いかけて、低い弦が下がりながら3つに分かれるところもすごくいいよねぇ。128から129小節めを見るとよく判るけど、第1バイオリンが全音符で延ばす間に第2バイオリンとビオラが同じ音で入ってきて、第1バイオリンを残してまず第2バイオリンとビオラが下がり、次の四分音符でビオラだけもう1回下がってるの。ここの響きあいが綺麗なんだよね。」
「またさらにそのあとビオラが2手に分かれてるのも、耳だけだと微妙だけど楽譜で見ると判るでしょ。」
「明ちゃんが親切に矢印つけてくれてるもんね。それにさぁ、そこから続く4小節ぶんの弦だけの部分は、バイオリンていう楽器が最も得意とする音域の、バイオリンでなければ出せない最高に美しい音でメロディーを歌いあげてる感じだよね。テーマでも何でもないのに、ここの弦のハーモニーは個人的に一番好きかも知んない。」
「綺麗な部分ですよね。でその旋律は134小節め、6分41秒くらいからピアノに引き継がれていきます。フルートも同じように唱和しますね。」
「1小節遅れてクラリネットも入ってくるよ。ホルンにも呼応されながら、上がって下りて上がって下りてのメロディーを繰り返すうちに、ピアノのリズムがどんどん細かくなるんだ。136、7、8小節を見ると、書かれてる音符の数がどんどん増えていってるもんね。」
「ええ。そうやって煽って追い上げたあとに現れるのが、第1主題のTの形の連続音です。3+4の八分音符ですね。」
「そうそう。それが1小節ごとに転調して少しずつ上がりながら、6回繰り返されるの。最初の休符部分は左手で低い和音をバンと叩いてるから、映像的にも和賀の動きが大きくなるのは想像つくよね。」
「そのあとまた1・2・3・4、1・2・3・4と四分音符で経過する部分は、例によってホルンが存分に主張してるね。んでピアノはちょっとお休みに入って、代わりに第1バイオリンとフルートが頑張る。その間の第2バイオリンはさ、多分ずいぶんと忙しい忙しい弓の動きになるんだろうね。楽譜から伝わってきそうじゃん。タカタッ・タカタッ・タカタッ・タカタッの延々繰り返し。オーボエとクラリネットもタンギング効かせて吹いてそうだよねー。あとで掃除が大変だ。」
「あ、それでこのオーボエのところと、151小節め以降の第2バイオリンとビオラのとこ。ここにパーセント記号の小丸を塗りつぶしたようなマークがあるでしょう。これは文章の『〃』とか『々』と同じで、同じように繰り返しなさいっていう略記ね。」
「なーるほど。明ちゃんたら書くのがメンド臭くなっちゃった訳ね。」
「てゆーかね、いちいち音符を読まなくても、『前と同じ』だって判った方が演奏しやすいっていうのもあるじゃない。そっちの効果も強いと思うよ。」
「ああそっか、ここは繰り返しだっていうのが見ただけでパッと判るもんね。フルに書いてあるより確かに判りやすいかも。」
「で、この段落の最後の部分もピアノソロでシメていますね。ラストをピアノが盛り上げるのは、段落1の序奏もそうですし段落2もそうでしたし、ここの段落6から7、8、9も全部そうですね。まぁピアノコンチェルトなんですから当然なんですけれども、要所要所は必ずピアノがシメてきます。」
「フラメンコでいうところのシエレって奴だな。この段落6のシエレは完全なピアノソロだけに、抑揚のつけ方はピアニスト次第ってことか。ラストを鮮やかに昇りの分散和音で飾って、段落7の第1主題に繋げるんだね。」


【 段落7 】
161小節〜200小節 / 7分44秒〜9分31秒くらい

再度ピアノによる第1主題が静かに現れ、初めはオーボエの、続いてクラリネットの呼応を受けて2回繰り返される。1・2・3・4の経過部分ではホルンも唱和し、続いては段落3に登場した副主題以下と同様となる。すなわち副主題を2回繰り返したあと第1テーマのT〜Yがホルンの呼応を伴って奏でられ、ピアノの長い下降へと続く。

「ここはあれかな、再現部…っていうのかどうか判んないけど、全体的に段落3と同じ構成だよね。違うのは頭のところの第1主題の繰り返しの部分で、ピアノにはっきり呼応する楽器が現れること。1回めはオーボエ、2回めはクラリネットだ。」
「こうやって短いスパンで聴き比べることができると、この2つの木管楽器の音性の違いがよく判りますね。高さ、硬さ、和音の印象…。」
「あ、比較っていえばさ、この段落7と段落3は、構成が同じなだけじゃなく譜面自体も同じなんだよ。」
「え? それはどういうことですか?」
「あのね、最初に気づいたのは198〜200小節めを見てなんだけどさ、ここだけインクの感じが違うなーと思わない? なんかこすれてテカッた感じがするじゃんか。んで64〜66小節めと比べてみたら、微妙な記号の位置まで一致するのよ。うわーこれって機械で丸々コピーしてんじゃん!て思って。んでその調子で他もチェックしてみたらさ、35ページは12ページと同じだし、11ページは34ページと同じ。10ページは33ページ、9ページは32ページと順繰りに揃って同じだったの。」
「…ホントだぁ…。ページ丸ごとコピーして書き加えてるんだこれ…。」
「ねー? つまり43小節以降と177小節以降は、177小節めにホルンの音符があるだけで、あとは同じなんだよねー。」
「そうですね。8ページと31ページは違いますけれども、7ページと30ページも管以外は一緒ですし、6ページと29ページもピアノと弦の部分は一緒なんですね。」
「いやー明ちゃんたらメンドくさがり〜。こんなところで手抜き発見〜。」
「ヘンなことに気づいちゃいましたね(笑) でもこれこそ手書きの妙味かも知れませんよ。」
「でも5ページめと28ページめはさすがに別だね。よかった(笑) そこも一緒だったらどうしようと思った。」
「いやはや明ちゃんたらすごいテクニックだわ。曲の中でどこがどう一緒なのか、作った本人はよ〜く判ってる訳だから、下書きから清書する時に先に共通部分を書いておいて、ガーッとコピーとったところに加筆して仕上げたんだね。お仕事部屋にコピー機が置いてあるのかぁ。まさかコンビニでとってたら笑えるし。」
「そんな小細工をしていたとは小癪なお庭番だわ(笑) やっぱりいいわぁ御殿におけるエリート部署・雅楽寮勤務は認められないわね。」
「長官としては許可できませんか(笑)」
「駄目。10年早い!(笑)」


【 段落8 】
201小節〜231小節 / 9分32秒〜10分57秒くらい

第2主題の再現。最初はクラリネットの旋律にチェロとビオラが合わせ、ピアノが伴奏し、次にメロディーが転調してピアノに引き取られると、フルートが澄んだ高音で唱和する。続いてバイオリンが段落4と同様に登場してひとしきり歌ったのちに、キラキラと絡みあってくるピアノにメロディーを渡す。ピアノは分散和音で旋律を昇ってソロになり、コーダの登場を予感させる緊張感のあるメロディーを経て、次の跳躍に備えるが如く徐々に低音へ沈んでいく。

「ここは段落4の再現部って言っていいのかな? 段落4ではオーボエとチェロだった主旋律が、今度はクラリネットとチェロとビオラで演奏されるんだね。」
「ええ。段落7ではオーボエとクラリネットの話をしましたけれども、この段落8で判るのはビオラとバイオリンの音域の差ですね。楽譜をよく見ますと、ビオラとチェロではハ音記号の位置が1線違っているんです。」
「そうそう。冒頭で智子さんが解説した通り、ビオラはアルト記号、チェロはテノール記号で書かれてるのよ。チェロは直前までヘ音記号だったのが、この部分へ来るともう少し高い音がメインになるから、へ音記号で書くと五線譜上のずいぶん上の位置へ行ってしまう。そうならないように五線譜というフレームの方をクイッと上げて、上下の真ん中へんの見やすい位置に音符を並べたということね。」
「なるほど。そう考えると判りやすいですね。それにしてもビオラが前面でメロディーを弾くのは、この曲に限らず比較的珍しいことです。いい音ですよね。低くて優しい艶のあるアルト。」
「うん。総長の声ってぇのが丁度こんなトーンなんだよなー。電話で聞くとほんっっと色っぽいんだから。ありゃテレクラでバイトできると思うよ十分。」
「はい、負けないように高見澤も頑張ります。」
「おお是非とも頑張ってくれ! んでここの第2主題は段落4に比べると、より低音を強調してるんだって話はさっきの段落5のところでも出たけど、かと思うとメロディーラインがピアノになったところでは、最高音のフルートを重ねてくるんだね。さっきはなかったハーモニーだ。」
「こういうのが協奏曲の面白さですね。CDを1回2回聴いただけでは、なかなか判らないと思いますけれども。」
「でもさ、そんなら昔の人はそんなに耳がよかったんかというと、思うにライブ時代はナマで目の前で見てた訳じゃんか。てことはスコアなんか追わなくても、現にそこで弾いてる楽器が違うことで、音の区別も簡単にできたんだろうね。さっきはあっち側の人たち、今度はこっち側の人たちの弓が忙しいね、みたいな。」
「確かにオーケストラの動きは見ているだけで楽しいですからね。それまでずっと所在なげにしていた打楽器奏者が、俄然生き生きとマレットを手にして指揮者を注目しだしたりしますと、ああそろそろ盛り上げにかかるのかな?と予想できたりしますからね。」
「うんうん、クラシックってCDでは長ったらしく思えても、コンサートで聴くと短く感じるもんね。だから『N響アワー』好きなんだ私。見て判るオーケストラの動き。」
「で…ここのピアノとバイオリンの絡み合いは、耳に覚えのある旋律だと思いますけれども。段落4で出てきたのと全く同じですからね。でも段落4ではそのあとに、小休止のようなピアノとフルートのメロディーを挟んでいたのに比べ、こちらは緊張感のあるピアノソロでコーダへの導入をはかります。リズムを細かく刻みながら、ディセンディングを繰り返しますね。」
「ここに『poco a poco(ポコ・ア・ポコ) Accel』ってあるのは、少しずつアッチェレランドにしろ…つまり少しずつ速度を上げていけという意味ね。段落8の初めは四分音符が76パーセコンドだったのを、徐々に100まで上げろということ。」
「そうやってデジタルな指示を出してるくせにさ、このへんも明ちゃんは楽譜コピーだよ。ッたくアナログなことしやがって(笑) 14ページと37ページ、15ページと38ページ、16ページと39ページがほぼ同じだね。部分的に違うパートもあるけどさ。ただ40ページと17ページは見るからに全然違ってて、当たり前だけど耳で聞いても全然違うメロディーになってるね。」
「さっきは休息感のあるメロディー。そして今度は緊張感ですね。いよいよ第1楽章がクライマックスを迎える訳です。」


【 段落9 】
232小節〜255小節 / 10分58秒くらい〜ラスト

前段落の低い経過を受けて第1主題のTを2回繰り返し、印象の違いを強調したのちに、ピアノは伴奏に下がって弦とフルートとクラリネットが高らかにテーマT〜Yを歌う。そのあとは弦の3連符で抑揚をつけながら全体がなだらかに高揚していき、そのままピアノが短くアセンディングしたあと、第1主題のTのリズムを力強く畳みかける。ラストは3連符を連ねて旋律を下り、最後の2音をぴたりと決める。

「段落の初めに転調しながらTを繰り返すのは、これは前後の繋がりから見れば一種の破綻なんですね。あれっ今までと違うぞ?と注意させる効果があると思います。」
「ずーっと続いてきた調子というか曲調ってやつが、ここでカクンと乱れるからね。しかもその2回めのTには、3+4の八分音符の前の休符がないんだよ。同じ形はトロンボーンが吹いてるけど、そこの1音には強く吹けという指示が出てるもんね。」
「八分音符のところの小さな『>』ですね。」
「だけどさー。前から何度も言ってるけど、ここんとこの弦の響きがどうにも汚く聞こえるのはアタシだけかねぇ。音の切れ目がさぁ、下手な女性アイドルの息継ぎみたいに耳障りなんさー。悪いけどオーケストラの力不足かぁ?なんて、生意気なこと思っちゃったよ。」
「まぁ確かにね、CDで出回る曲というのは、ウィーンフィルだのベルリンフィルだのといった、とんでもない超一流オーケストラのものが多いですからね。そういうのを聴き慣れてしまうと、許容範囲が必要以上に狭くなるというのはあるかも知れません。」
「要は素人耳の悪ズレなのかもね。だけど私にはどうしても、ここんとこが汚く聞こえるんさー。」
「そうねぇ…。まぁ汚いとまでは感じないけど、確かに苦しそうな感じはするかもね。めいっぱい頑張ってます〜!みたいな。そのせいでちょっと足並みが揃わないというか、必死に『ついていっている』って感じはあると思うよ。」
「そうだね。少なくとも余裕はないよね。んじゃその点に関してはそういうことにしておいて、ここの第1主題T〜Yの次にくる弦チームの二分音符3連符の連続はさ、おっこれはラストが近いんだなと期待感を高める効果があるよね。ゆったりめにジリジリ盛り上げておいて、次にくるピアノのTの繰り返しがオーケストラ全体を派手に煽る。2段構えのクライマックスって訳だ。」
「でもここのラストのピアノのディセンディングは、第2楽章に比べると大人しいですね。」
「そりゃあ第1楽章がオーラスを凌いじゃまずかろう。とりあえずはこんなところですか、って程度でシメにしておかないと。んでここの部分もね、明ちゃんはお部屋でコピーとってるよ。41ページと18ページは部分的に同じだもん。これって41ページの方を先に書いたみたいだね。だってさだってさ、18ページの97小節めんとこ見てみ? チェロのところに矢印つけて二手に分かれろって指示なのに、直前には何もないじゃん。へっへへー消し忘れ消し忘れ〜!」
「そこまでくるとアラ探しですよ。いささか嫌味じゃないですか?」
「ノンノン感心してるんだぜ私は。機械文明は人類が作りあげたものなんだから、大いに活用する権利がある。曲想を練るためにはいくら時間かけてもいいだろうけど、楽譜を書くことに必要以上の手間ひまかける必要はないよ。省略できるエネルギーは省略した方が賢い。知恵だねぇ明ちゃん。あったまいい〜!」
「―――さ、ということで第1楽章11分59秒が終了しましたけれども、いやぁドラマを語るより大変でしたね。」
「大変だったねー! 語るのもそうだけど私としては、たかみ〜の知識を引っぱり出すのも力技だったよぉ。」
「え? そうだった?(笑)」
「うん。今回判ったけど音大出ってのはさ、国文出ほど冗舌じゃないみたいね。言ってみればそう、たかみ〜は知識の井戸なんだよ。だからこっちが汲まないと、口あけてりゃあ流れこんでくるって訳には行かないよね。」
「なるほど井戸ですか。まぁ聞きたくもないことをベラベラしゃべって止まらない、壊れた水道みたいな人よりはずっといいですね。」
「何、それってのはアタシのことかい。」
「いえいえ(笑) そんなつもりは僕には全く(笑)」
「したっけ水道ついでにさっき段落4でアンタに止められた話するけどさ。ほら音楽とは数学的であるってとこから出た話。あれを今ここでしゃべってもいい?」
「ああ、今ならいいですよ。区切りもついたことですし。」
「ふんじゃあベラベラしゃべらしてもらうけどね? さっき八重垣が言った、『美しいと感じる情緒を、ある程度理論で制御できる』のが音楽だってクダリ。原作の、小説の和賀がやってた音楽はさ、かなりそっち寄り…数学寄りの、音楽を数値的にコントロールする分野だったよね。つまり美しいメロディーで人を感動させるというより、音楽によって人間の感情や体調を制御する方に、和賀は情熱を燃やしていた。チャイコフスキーを弾いたり協奏曲を書いたりするような、正統派の音楽家じゃあなかったんだよ。」
「そうですね。原作では和賀はむしろ、清張先生から見てあまり肯定できない、得体の知れない分野で創作をしている青年として描かれています。そう、和賀がやっていたのは電子音楽…。この21世紀の現代に『シンセサイザー』として定着しているものとはまた違った、昭和20年代のコンピュータが一般的にそう認識されていたような、人間の感覚とはあまりにかけ離れた、奇妙な機械を使った訳の判らない音楽なんです。」
「てことはさぁ八重垣。原作の和賀は、清張先生が良しとして捉える純粋な『芸術家』ではなかったってことだよね。数学的に分析された音の特性によって人を殺めるような、一種のエイリアンだった。だから過去に囚われて殺人を犯すキャラクターに設定しても、十分な説得力と必然性があったんだね。どっこい映画化の段階において、ストーリー的な感動と映像のインパクトを優先させるために、和賀英良は芸術家にされてしまった。この時点で和賀というキャラは、原作にはなかった大きな矛盾を孕むことになったんだなー。」
「なるほどね。原作の和賀なら人を殺す。映画とドラマの和賀ならば、芸術家ゆえ人は殺さないということですか。」
「殺すというか…映画とドラマの方の和賀なら、三木が現れる前に自分で気づいて本浦秀夫に戻ってたと思うよ。芸術というのは愚かなくらい人間を純粋にしていくんだ。だから、素人玄人・巧緻稚拙に関係なく、本気で創作した作品が仕上がった瞬間には、『やはり本当に信じるものに命を賭けるのが、人間にとって最高の理想なんだな…』くらいの真実には到達しちゃうんだって。
明ちゃんもこの曲を作曲しながらさ、主題の構成がどうの効果がどうの菅野版『ピアノと管弦楽のための組曲・宿命』がどうのっていうのをつきぬけて、『何故ボクは今この曲を創っているんだろう。映像に従うものとして自己の存在主張を捨てるのが劇伴音楽の宿命なのか。耳あたりのよいメロディーの多用という命題と、ボクが真に描きたいものとが異なっている。ボクが従うべきは自らの声なのか、それともプロとしての誇りなのか…。ああ…こんなふうにかつての偉大なる作曲家たちも、国王の命令に背けぬおのれの矮小さを嘆きつつ、静かに筆を運んだのだらうか…』なんて考えてたってぜってー。
んで徹夜明けの東京の景色を見ながらさ、和賀ちゃんぽく窓辺に佇んで、『あれこれ思いわずらうのはよそう。商業的な成果も気にするまい。この地に暮らす無数の人々が、ボクの創った旋律を美しいと思ってくれれば、それだけでいいじゃないか。それこそがボクの、ここにいる意味なんだ…。』なんてあのポチャッとした横顔でかみしめてたと思うよ。
そんなふうに精神的充足と到達感を得てしまったら、殺人犯の子供だからって後ろ指さす人間の方が、愚かで哀れなんだって気づくよ和賀も。そうしたら当然、そんな愚かな人間をだますための偽りを重ねている自分は、そいつらに輪をかけて愚かなんだと判る。ならばむしろ、自分は大畑事件の死刑囚・本浦千代吉の息子であると公言して、かつて自分が感じた悲しみと苦しみを、今の子供たちには決して感じさせてはならない!か何かで人権侵害撲滅を掲げたコンサート開いちゃえ和賀! その方が芸術家としてはるかにリアリティがある。芸術家の闘いってのはそっちの方だろう!」
「…これはまた熱く語りましたね(笑) でもそういう熱血漢の和賀というのは、あまり魅力はないような気がしますけれども。」
「いやそりゃ判ってるって。撲滅コンサートなんてのは極端な例だよ。ただ和賀の自意識の持ちようについていえば、映画とドラマより原作の方に一貫性があるって話さ。てゆーか肝心なのは、原作の和賀は芸術家じゃなかったってことに、この聴きどころ講座をやって初めて気づいたって点だよ。いやーメリットあったなー! うんうん。」
「まぁ音楽というと一般的には、極めて感情的・情緒的な、決して理論化できない感性の賜物だというイメージがあると思いますけれども、実はそういう訳でもないんですよね。天才は99%の努力と云々ではないですけれども、音楽家に必要なのは理論50%に感性が50%…。そういう世界なんだろうなと思います。」
「そうだよねー。かのフランツ・リストがすごいのは、完璧なテクニックの上にそれに負けない感性が乗っていたことだっていうしね。もしかしたら音楽の知識っていうのはさ、文系より理系に近いのかも知れないよ。」
「ということはたかみーには、理系的な面があるということですか?」
「やーねー何言ってんの八重垣くぅん。違うでしょお? 凶子は理系じゃなくぅ、美形っしょ〜?」
「………はい、えーそれでは今回の聴きどころ講座・前半は、以上でまとめたいと思うんですけれども…」
「ちょっとちょっと無視しないでよ。今のは言ってから自分でも後悔したんだから(笑)」
「おお後悔したか。やっぱな。でも言葉は1回でも口にしちゃうとなー! 覆水盆に帰らずとはこのことだよねー!」
「うん間違えた。凶子は美形じゃなかった。美形というより、可愛い系〜♪ きゃぴっきゃぴっ♪」
「―――やっぱ文字化けしてるわ八重垣。しょうがねーなーもー。」
「そうみたいですね。何ならBiglobeさんに相談してみたらどうですか。」
「場合によってはねー。それにやっぱhtmlが大きすぎるのかも知んない。まぁ第2楽章は演奏時間ももう少し短いから、ちょっとは縮められるかな。」
「そのあたりは要領よくいきましょう。はい。えー、それでは今回は第1楽章のみということで、続きは次回にしたいと思います。UPはやはり2週間後くらいですか?」
「んー…それくらいは欲しいねどうしても。月が変わることは多分ないと思います。」
「では、それまで皆様には風邪などひかれないよう、気をつけて頂きたいと思います。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「6連符のフレーズを口ずさんでいたら舌噛みそうになった木村智子と、」
「汲めども尽きぬ井戸のような美貌と知識の宝庫。ミューズの化身・高見澤凶子でした♪ g−mollを完全5度上げるとd−moll〜♪」
「だからそれは何なのよ。カ行変格活用みたいなもん?」
「音大出と国文出の会話。聞いていると噛みあわなくて面白いですよ(笑)」



【 『宿命』聴きどころ講座 後半に続く 】




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