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【 第2回 】

「はい、どうも皆様お元気でしたでしょうか、八重垣悟です。先週から始まりましたこの『白い影』総合座談会、題しまして『L’ombre blanche』(ロンブル・ブランシュ)の、今週は第2回ということでね、けっこういいペースなんじゃないかと思うんですけれども。はい。」
「やーやーやーやーこんにちは木村智子でぇぇす。ホントにもうこの年度末のいっちゃん忙しい時に、しかも特番ラッシュのさなか、我ながらよくまぁこんな手のかかる企画をやってんなってくらい、なんかもう笑っちゃったりしますなぁ。ははははは…」
「まぁまぁ、そんな気の抜ける笑い方はあんまりしないで頂いて。ね。桜も咲き始めたことですし。」
「おおそうだねぇ咲き出しましたねぇ! …そしたら今回のコレ終わったらさ、高崎城址公園に繰り出して桜見物とシャレよっか!」
「…あ、いいですねそれ。行きましょうか。綺麗ですからねあそこね。お堀ばたにこう桜のトンネルがあって、土手みたいになってますから酒盛りする人もいないし。」

「よっしゃっ! ふんじゃあさくさく行こうでないかい! お酒は自販機で仕入れるとして、ツマミは何にする? にぎり寿司でも買ってく?」
「いえそういう具体的な話は終わってからにしましょう。本題の座談会がやっつけ仕事みたいになっても困りますよ。」
「いやいやないない、それはない。だってあたしはもぅねぇ、八重垣。」
「はい。」
「つくづく思ったねー。このねぇ、直江ビジュアルってけっこう危険。今になって改めて判った。」
「え? 危険ってどういうことですか?」

「あのね。オンエア全部終わってからこの座談会やろうっていうんで、あたしゃー今までそんなにビデオ見直さなかったのよ。せいぜい1回くらいなもんで。それがさぁ、座談会やるとなると3回4回と見直すじゃんか。そうするとね、…ちょっとハンパじゃなく”来る”。この直江。心臓鷲掴みというよりは、なんか肝臓に来る感じね。」
「肝臓ですか?(笑) なんでまた肝臓なんですか。総長じゃないですけども別のとこだったら判りますけど。」
「ところがどっこい肝臓なんだねぇ。いわゆる”沈黙の臓器”ってヤツ。命の要でありながらじっと沈黙しているその臓器にだね、青毒の変種である直江毒がこう、ずずずずずずーっと入り込んでくる感じがすんの。しかも空気伝染じゃないよこれ。気管支は経由しない。皮膚からくるね、直に。」
「皮膚ぅ? いやそれは、その… ありえるんですか?」
「だからそのありえないことが起こるのが直江毒の恐ろしいところよ。即効性と持続性と習慣性のある、強烈な中毒症状を引き起こす猛毒だわ。うん。」

「何だかよく判りませんけども、じゃあその中毒症状が、智子さんには出ちゃってるんですか?」
「…出そうだねー(笑) なんかちょっと怖いなって思った。マジ。」
「ははぁ。でもそれって治療方法はないんですか?」
「いやそりゃ確実な方法はさ、直江ビジュアルから強制的に隔離した上で、治検薬・爆発カラスを集中的に投与すれば何とかなると思うけどさ。」
「爆発カラスって治検薬だったんですか(笑) でも隔離しちゃったんじゃあ、この先このコーナーが…」
「ねぇ。そうでしょー? 第2回でおしまいにするんだったら始めんなよってカンジでしょ? だからこそアタシは自信がないのよ。このまま直江毒にさらされ続けたら、アタシはそのうち社会的な廃人になっちゃうかも知んない。まさに人間☆失格。」
「土曜の7時じゃないんですから間に星入れないで下さい。しょうがないですよ、もうロンブル・ブランシュを始めちゃったんですから。廃人になったらなったで仕方ないじゃないですか。週に1回くらいなら差し入れ持ってお見舞いに行きますよ。」
「けっ、来なくていいわ。…差し入れはハッピーターンとミルクプリンでよろしく。」

「判りました。―――なんて前置きがすごく長くなっちゃったんですけれども、えー…それではさっそく、『L’ombre blanche』の第2回めをですね、始めたいと思います。おさらいシーンは飛ばしまして、洗顔する倫子のシーンからです。どうぞ。」
「は〜るの〜うらぁらぁの〜♪ ちぃくぅわ〜川〜♪」
「…もうかなりやられてるみたいですねぇ、ホントに…。」


■志村宅■

「こういう時の気分っていうのは、女の人はどうなんですか? いきなり唇を奪われてしまうという、その衝撃は。」
「そりゃアンタもう単純明快、『相手による』。キスされちゃったタイプが好きか嫌いか、問題はそこんとこだけだね。好きだったらむしろドキドキ感が強いだろうけども、嫌いなタイプだったら消毒薬でうがいして、いや、できれば口ごとはずして半日くらい日光消毒したい気分だね。」
「ここでの倫子はどうなんでしょうね。まぁ半分以上は驚きととまどいと、信じられない…っていう気持ちなんでしょうけれども。」
「でもそういう気持ちを全部をひっくるめた底の底の部分では、けっこうドキドキ、ときめいちゃってると思うよぉ。その象徴があのピンクのタオルだね。口元押さえてボーッとして…感触とか嫌でも思い出すだろうし、そもそもそれを思い出してボーッとするってことはさ、無意識にかみしめてる証拠だから。嫌だったら思い出したくもないじゃん。」

「じゃあ倫子は、第一印象で直江を嫌ってはいないということですね。」
「第一印象で嫌う相手かい! 滅多にいない美形じゃんかよぅ!」
「でも人間、美醜以前に好みのタイプっていうのがありますからねぇ。人がどんなに賞賛する相手であっても、どうも自分は苦手だなって人、いるじゃないですか。」
「まぁそれはそうだけどね。倫子にしてみればさぁ、気になるからこそハラの立つ相手なんじゃないの。当直の夜にお酒飲んだり夜中に製薬会社の女と会ってたり、どうでもいい相手がやってるなら、そんなに頭にも来ないと思うよ。」
「なるほどね。直江が気になる存在だからこそ、彼のすることに目がいくんですね。」


■土手〜バス停■

「朝っぱらから直江先生の唇の感触なんぞを思い出してボーッとしていたら、ウチを出るのが遅くなっちゃったんだね倫子は。土手に停まってたトラックの横を、おりて押せばいいのにスクーターのまんま行こうとするからコケるのよ。草ってすっげすべるんだから。」
「でも草の上でよかったじゃないですか。あれだけ派手に転んで、コンクリートだったら多分ケガしましたよ。」
「すっころんだ手の下にあった小さなたんぽぽに、ごめん、て謝る倫子は好きかなー。微妙なんだよなーこのキャラ。可愛いっちゃあ確かに可愛いんだけども…。うーん…。」

「倫子がバス停に走っていくと、タッチの差でバスが行っちゃうじゃないですか。あのバスって京成バスじゃないです?」
「あ、だと思うだと思う。青と白のツートンカラーが見慣れた感じだったし、バックに『京成電鉄』の文字がぼんやり映ってたかも。それに小橋先生って確かさ、ケイセイ大学病院のエリートドクターだとかって高木センパイが言ってたじゃない。あのケイセイって京成かも知んないよね。京成大学病院…。うわーっ青砥にありそー!」
「青砥なんですか? 小岩じゃなくて。」
「いや、小岩にだけはあってほしくない。特に北小岩には。」
「なんでですか(笑) 豆大福のおいしい和菓子屋さんが京成小岩駅のそばにあるんでしょう?」

「豆大福がウマイからって大学病院は建たんだろぉ。まぁ小岩の話はどうでもいいとして、私がここで気になったのはさ、倫子ったらスクーターどこ置いたのかね。まさか土手に放りっぱなしってことはないだろうし。」
「ああ、そう言われてみればそうですね。スクーターどうしたんだろう…。もしかして一旦うちに置きに戻ったんじゃないですか? 土手からそんなに離れてない感じですから。」
「ああね、そうかも知んないね。ウチに戻って庭先に置いて、大あわてでバス停へ走ったと。でも間に合わずにバスは行っちゃって、最悪…とか言っていると1台のタクシーが停まり、遅刻の根本原因が声をかけてくるのか。」


■タクシーの中■

「『おい』っていうこの低ぅい声…。いいわぁいいわぁいいわぁー! いいわぁ星人炸裂だわぁ―!」
「はいはい、くねくねしないで下さい可愛くも何ともないですから。遅刻の根本原因に『乗れよ』と声をかけられても、さすがに倫子は一度断りますね。バスで行く、と言う倫子に直江は遅刻するぞ、と。誰のせいで遅刻しそうになってると思ってるんでしょうね。」
「お前がキスなんぞするからだろう!ってね(笑) あと10分…とか倫子は言ってるけどさ、10分で来るなんていいバスだよなー。群馬だったらこれ、『あと2時間…』になるもんなぁ。」
「いえ、この『あと10分』はそういう意味じゃないと思いますよ。あと10分で病院に着かなきゃいけないんじゃないですか?」
「あー! そっかそっか! そっちの10分か! じゃあ意地張ってる場合じゃないね、直江先生のタクシーに乗せてもらわなきゃあ、こりゃ絶対遅刻だ。そかそか。」
「で、乗ったはもののドアのところにくっつくように座っている倫子。シートのこの不自然な空間が、2人の心理的距離を表していて面白いですね。」

「直江はさぁ、『夕べは悪かった』って言う前に、じっと目を閉じてるんだよね。誰とも深く交わろうとしない彼の心情と表すと同時に、決して健康ではない人間の”朝の弱さ”みたいなのを感じたかなー。こういう何気ないシーンの方がキャラの表現って難しいんだよね。」
「忘れてくれ、と言われたあとで倫子は、忘れてくれって…と復唱するじゃないですか。やっぱり忘れたくないんでしょうかねこれは。」
「忘れたくないっていうか、勝手にそっちがキスしといて、いきなり忘れてくれはないだろうって気分じゃないかなー。あの衝撃のおかげでさぁ、ウチを出るのは遅くなるはスクーターはぶっこけるはバスには乗り遅れるは、えれぇ目に会ってる訳だから倫子は。」
「そう思うと勝手ですよね直江もね。このあたりの倫子は、もう彼に振り回されまくってますよね。」

「キスだけじゃなく仕事のこともさ、嫌なら辞めろとまで言っといて今度は手術に付いてくれと。いったいコイツは何を考えてるんだってとこだろうね。」
「直江という男の正体不明さを徹底して強調するのが、この第2回の狙いの1つだったのかも知れませんね。」
「そうだね。でもって倫子は直江に振り回されつつも、少しずつ少しずつ彼の本質に近づいていく? このあたりのストーリー展開は、そういう図式になってるのかもね。」


■診察室■

「このさぁ、診察中の直江ってずいぶんと優しくない? ことさらに甘々しい口調じゃないんだけども、別に言葉つきは冷たくないし治療は的確だし…。こんな先生だったら患者は集まってくると思うよぉ。信頼されると思う。」
「それがまた倫子にとっては、ちょっと意外なんじゃないですか? もっと事務的でぶっきらぼうかと思いきや、患者にはけっこう親切な直江。」
「あ。だけどひょっとしてさ。これって相手がお婆ちゃんだからこういう態度だったりして。若い女の患者とかだったら、とんでもなく無愛想なのかも知れないよ。必要ないことは一切言わない。また相手にも言わせない空気を醸し出す。だから聞きたいことが――直江にしてみれば余計なことが、患者にすれば先生に聞きづらくって、『小橋先生の方がい〜い!』ってなる。」
「ありえるかも知れませんね。年寄りだとか重病の患者だとか、死に近ければ近い相手ほど、直江にとっては尽くしてやりたい存在なのかも知れません。」


■ナースセンター〜次郎の大部屋■

「エレベータをおりてくる高木センパイと小橋先生。高木センパイったら嬉しそうねー。大好きな小橋先生と一緒だし。」
「小橋って、看護婦だからといって高木を下に見たりは絶対にしないんでしょうからね。自分だけが特別扱いされてるんじゃないとは判っていても、高木さんにしてみれば嬉しいだろうな。」
「あたしさー、なんかすごく高木センパイの思いは実らせてあげたくって。一途で激しい恋心なのに、決して強引にはアピールしない。応援してあげたくなるよねこういう子って。」
「高木さんはこのドラマで、けっこういい味出してましたよね。そんな重要キャラではないんだけれども、けっこう印象に残ってます。」
「ほんとだね。それに比べて今となってはあんまり印象にない次郎(笑) キャラとしては悪くなかったと思うけどねー。情けなくて思慮が浅いんだけど、根はまっすぐで何とも憎めない奴。」
「うーん…。でもそのクセのなさが、逆に平凡なイメージだったかも知れませんね。あんまり個性的で印象的な存在ではなかったんじゃないでしょうか。」
「ああね。確かにそうかも知れないねー。」


■会議室(?)■

「ところでこの部屋…なに?(笑) 医局じゃなさそうだし、小橋の応接室でもなさそうだし。」
「ホワイトボードが置いてありますから、ミーティング室か何かじゃないですか? スタッフのための部屋ですよ多分。」
「おっきいもんね行田病院て。前に何かで聞いたけど、『○○病院』と『○○診療所』の違いって、患者を常時収容できるベッドが、20以上だと病院で20未満が診療所なんだってね。『○○医院』っていう名称だと、規模に関係なく使えるんだって。」
「へぇ。ということは『ナントカ病院』となっていたらそこは大きいんだと、そう思っていいってことですね。」

「そうそう。行田さんちは大病院。でもさー、泥棒扱いされて嫌な思いをしたあの大部屋には、戻りたくないなんて甘ったれる次郎も次郎だけど、それを特別室に入れてやる小橋は、こぉれはちょっと甘すぎだよなー。あまりに不公平でさぁ、これこそえこひいきと言われてもしょうがないよ。十分な入院費がなくて大部屋で我慢してる人はいっぱいいるはずでさ、そいつらの面倒を全部見られない以上、小橋が次郎にしてやってることはしょせんは自己満足だよね。」
「小橋先生にはきびしいですね智子さん(笑) もちろんそうですけど、ここは脚本がそういう風に、小橋の甘さというか、正義は正義なんだけど現実においてはちょっと片手落ちなところを、うまく表現してると思いますよ。
演じる上川さんも、嫌味ではなく上っすべりに見える世間知らずの理想家、っていう難しい役どころをうまくこなしてるんじゃないでしょうか。」

「上っすべりの理想家って意味では、ここでの倫子も同じか。嘘つきは大っキライっていうのは、実に幼稚な正義感だもんね。
そんな彼らの間にあっては一見独善的に見える直江の態度・思想が、実はどれだけ悲愴で優しいものであったか…。全10回終わったあとで見返してみると、そういうところにはきっちりとね、丁寧な伏線が引いてあるドラマだったね。」
「結末が判ってからの座談会って、こういう見方ができていいですね。」


■石倉の病室■

「この夫婦、両方とも演技派だけに見ごたえあるよねー。社会の片隅でさ、必死に生きてる2人って感じでいとおしいわ。苦労して苦労して、ようやく築いたささやかな幸せっていうか。となると切ないよなぁ末期癌だなんて。絶望の同義語である告知を、直江が選べなかったのもよく判るよ。うん。」
「ここで小橋が見せる反応、リアルでいいですね。直江先生が手術すると言ってくれたってこんなに喜んでる2人の前で、まさかそんなはずないですよとは言えないですしね。」
「うまいこと話を合わせて笑うという、高度な芝居を求められた小橋先生だね。」


■医局■

「このさ、レントゲン写真をぺたっと貼っつけてる発光パネルみたいなやつ。これってシャウカステンとかいうんだっけ。」
「え? 何ですか、シャウ…?」
「いやうろ覚えだから全然違うのかも知んないけど、なんか目に悪そうな机だよねー。こんなとこでパソコンは使いたくないなー。」
「いえ使わないですよ多分。パソコンは後ろ側の机にあるじゃないですか。」

「そっか。やっぱりね。でも直江ってさ、閑さえあれば自分のレントゲンとか見てるのかしらん。七瀬先生だの小夜子だのに渡す研究資料を作ってるにしても、ちょっと通常人の神経じゃあ耐えらんない作業だよね。」
「前回もその話は出ましたけど、直江にすればデータを分析したり解析したりしている最中は、これは自分の体だっていう意識はないのかも知れませんね。自分であって自分ではない、自分自身を完全に客観視することができるというか。
でもそうやって客観視できるのは、もちろんずっとじゃないんです。自分のことではないかのように一心に資料を作っていて、ふと何かの拍子に、生身の気持ちが顔を出して自分自身の死期に向いた時、直江は自分の足元がズブッとめり込むほどの恐怖を感じるんじゃないでしょうか。」


「…怖いねぇ…。世の中にこれほどの恐怖はないかも知んないね。常にそういうものと向かい合ってる直江にとっては、小橋が自分にぶつけてくる理想論なんて本当にそよ風ぐらいにしか感じないかも知れない。嘘の手術は無意味だとツバ飛ばしそうな勢いで熱弁する小橋に、反論するどころか『考え方の違いですね』ってサラリ受け流しちゃう。相手は刀抜いて挑みかかってきてるのに、抜こうともしないって感じだよね。」
「手術したのにどうして治らないんだとくってかかられたら、『黙って聞いています』っていうのもすごいですよ。死と病に対する呪いの言葉を、直江は全て自分で受け止める覚悟なんでしょうね。」

「これさぁ八重垣。あたし今思ったんだけどね、直江って、自分が誰かにしてほしいことを、誰でもなく自分自身に対してしてるんじゃないの。死ぬのは怖い。死にたくない。何で俺だけがこんな。助けてくれ。救ってくれ。ちきしょうちきしょうちきしょう…。そういう思いをぶつける先ってさぁ、あったら幸せなんだと思わない? 何かを恨めたら人間は楽なんじゃない? そんなふうに誰かを恨みたいのは、誰より直江自身なんじゃないの? 『全ての嘘が不幸とは限らない。』本当に”嘘”が欲しいのは、石倉よりも直江なんだよ。
でも、彼には…というより、病をえた者には恨める相手なんていない。のっぴきならない残酷な運命を、受け入れる以外に道はない。その1人である石倉に、直江は恨まれてやろうとしている。何かを恨みたい自分を石倉に重ねて、ギリギリの己れ自身と向き合っている。だからここでの直江は、いうなればイエス・キリストだよね。自分の問いに対する答えに、自分自身がなろうとしている。
こういうことを倫子は多分、彼が死んだあとでしみじみ、思いおこすことになるんだろうね。」

「うん…。今の彼女はどのみち、そこまで思うには若すぎる気がしますね。」
「そうなんだよね。直江と小橋の議論に横から口はさんでくるのって、ちょっと出すぎた行為だもんなー。こういうとこがねぇ、今ひとつ倫子ってキャラを好きになれない理由なのよ。明るいとかポジティブとか言えば聞こえはいいけども、私のモノサシで計ると若干図々しいんだよな(笑) 鈍いというか(笑)」
「まぁ、確かに若干は…(笑) でもTVドラマですからね、あまりに内面的な描写に偏ると、判りにくくなってもいけませんし。」
「そうなの、そこんとこがねー。難しいんだと思うよ。そのバランスというか塩梅が、作り手にとっては一番微妙。判りにくいもんをTVが作っちゃいかん。これは宿命というより倫理だね。」

「…判りにくくなってきたから次いきましょうか(笑) えーと…このシーンでまだ言い残したこと、あります?」
「んーとね、伊田さんだか誰だかの病室お願いしますって呼ばれて部屋を出ていく直江の、あの後姿はなんであんなに色っぽいの? 視線で射ぬかれ背中で打ちのめされ、声で蕩けさせられたんじゃ人間やってらんないじゃん。」
「何ていいますか、論点が極端ですよね智子さんて…。」


■石倉の病室■

「綺麗なオレンジ色の夕日。眺めてる石倉はどんな気持ちなんだろうね。この時点ではこの色が、希望の象徴に見えたんだろうなぁ。俺はこれでよくなるぞっていう。」
「手術同意書、ですか…。倫子にしてみれば嘘の宣言書で、複雑な思いがするでしょうね。」


■ロビー■

「出ました意地悪婦長! みんなの反面教師! 『私を探す努力しました?』なんつってさぁ、いやいや婦長、アナタの部下たちはみんな、帰ってくんなー!って思ってたと思いますぜぇ。」
「どうなんでしょうかね(笑) でもこれは明らかに意地悪ですよね。4時に戻るっていう時間も変に中途半端ですし、今日が今日の手術ではない訳ですし、戻ってから言おうって思いますよ普通は。」
「なして倫子はこの人にこんなに嫌われちゃったのかね。図々しいからか?(笑)」
「それは違うでしょう。前の病院を辞めた理由というのが、まぁ…ちょっと倫子には不利というか、マークされやすい内容ですからね。」

「次郎かぁ。どうもアレがいかんなぁ。だけどここでも直江ったら優しいじゃんか。ロビーの真ん中で怒る婦長も意地悪だけど、吹き抜けの2階廊下からその様子を見て、さりげなくミカン渡してやるなんて。」
「倫子がミカンを好きなのは、例の川原で知ってますからね。」
「そっか、直江の右手にぶつかって、ころころボチャンだったもんねー。患者の家族に貰ったのは事実だとしても、苦手だって本当なのかなぁ。」
「直江って北海道出身ですよね。ミカンはあまり食べないのかな。」
「まさか。そりゃ栽培はされてないだろうけど、店先には並ぶでしょおミカンくらい。まぁリンゴの方が多そうな気はするけどね。…それはそうとしてここでの直江の、苦手なんだって言いながらミカンを1個手にとって、ポンと袋に放り込む仕草は好きだなー。いらないなら捨てろだなんてとんでもない。あたくしだったら今日の記念に、押しミカンにしてとっときますわ!」
「つぶしてどうするんです(笑)」


■志村宅■

「セメダインで何してるのかと思ったら、倫子はスクーターのライトか何かを修理してたんですねこれ。」
「そうだね。んでもああいう場合はね、一般の接着剤じゃダメよ。アロンアルファ! アロンアルファにかなうものなし! って無駄に熱く突っ込んでしまった。」


■クラブ■

「えへ。このシーンはねぇヤエガキ。総長とアタシとメールでまぁ、いやぁ盛り上がった盛り上がった! 大人の鑑賞に十分に堪(こた)える、名シーンであったよのぅ。」
「はぁ(笑) まぁだいたい判りますけどね、どこでどう盛り上がったかは。」
「だっしょー。『脅し?』っていう視線の動きもさることながら、全編通して一番直接的なインパクトがあったのが、『一杯飲んだら行こう』ってヒトコトですわねぇ〜! もぉ総長もぐるぐるしてるし、アタシもぐるぐるしてるしぃ〜! 確かnagaiっちもぐるぐるしてたと思うよぉ! マジでもぉねぇ、このセリフをよくぞ書いてくれた龍居!みたいな。」
「…盛り上がったんですねぇ(笑) いいドラマの見方してますね皆さん。楽しいでしょう。」

「おお。(笑) 泣いたりぐるぐるしたりタイヘンな3か月間だったよ。しかしここでの小夜子にはちょっと色気が足りないね。直江に迫るにゃ5年早いな。」
「それはまた微妙な数字ですね。普通10年とか100年とか言いません?」
「いや正確に見積もって、5年(笑) 顔とか様子とかじゃなくって、体の奥から立ち昇ってくるフェロモンに不足がある。だって直江の方が色っぽいやんかこの場面。女として負けてるよ小夜子。もうちょっと鍛錬が必要だな。うんうん。」
「鍛錬ですか(笑) それは是非頑張ってほしいですね。」

「思うにこのシーンさぁ、もしか総長の声でもって『私の愛情…』とかって囁かせたら、ちょっとハンパじゃなく色っぽいだろーと思うよ。滅茶苦茶セクシー・アルトだかんね総長の声って。ノリコって名前はチョー気に食わないんだけどさ。」
「色々と発展的に空想できて、楽しそうですねぇ。奥の深いシーンだなここ。」

「あとはまぁ何といってもさ、直江がつけようとしたライターをね、小夜子が手ぇ押さえて下から取るカット。これには全国手フェチ連合完全悶絶だったね。節のとこがきゅっと高くなったあの妙にごつい手がねっ! もーねっ! 高いとこ昇って遠吠えしたいくらいなもんだったねっ! でもってその女の手で灯された煙草をだねっ! ふぅーってこうソファーにもたれながら吐き出す虚無的な表情がね! ああもうっカラダに悪いよこれわっ!」
「…なるほど。そうやって毒が回っていくんですね。」


■志村宅■

「一転して庶民の暮らしだなぁ…。コマーシャルかと思った(笑)」
「電気製品は全部スポンサーのですよねこれね。当たり前ですよね。」
「そりゃそーだろ。まぁこのシーンはね、倫子が自分の幼い直情性を考え直すっていう意味では、非常に大事な場ではあるよね。嘘も時には必要だっていうより、何でも本当のことを言えばいいのかというと、決してそうではないのだという例かな。」
「嘘の中で許しあう、っていうのは、これは純然たる大人の感覚ですよね。”真実”とは正しいものであるがゆえに、時に救いがないのだということを、経験を通じて知っている者の見方。」
「そうだねー。みゆき姉さまの歌に、『うそつきが好きよ』っていうのがあるんだけどさ、嘘っていうのはつく方にも罪の意識があるから、つかれた方はその意識の痛みに対して許せるっていうのがぜってーあるよね。嘘をついてくれる人は優しい…。なんかこう、『清き水には魚住まず』に通じる感覚じゃないかな。」
「嘘の裏側に潜む優しさ。それを理解した時に、倫子はまた1歩女として大人になっていくのかも知れませんね。」


■行田家■

「これまた成金っぽい家だねぇ。お座敷にデーンと壺が置いてあるから、やっぱこの院長は壺集めが趣味なんだね。そういや初期のスマスマにあったな、『壺』っていうショートコントが。」
「ああ、草gが蛇使いをやってた奴ですね。」
「そうそう。森くんファイナルの回にもあったっけ。それはいいとしてこのシーンで気になったのは、三樹子のお盆の持ち方だなー。お嬢様はバイトなんかしたことないんだろうけども、お盆はああやって片手で抱えるように持つとこぼすのよ。5本の指を立ててそこに乗せて支えるの。指の関節でサスペンションみたく上下動を緩衝するのが大切なんだけどな。あれじゃあお盆の上はビチョビチョよ多分。」
「ははぁ…。実にこの座談会らしい細かい突っ込みですね。」
「あとはねぇ、ここでの院長のセリフにある、院長から見た直江像の表現がわりと好き。若いくせに自信ありげだとか、感情を押し殺したような目だとか。あのセリフを聞いただけで、普段の直江の様子が浮かぶよね。いいとこ見てんな院長! 実は直江が好きだろっ!て感じ。」
「そんな、誰でも片っ端からいいわぁ星に連れてっちゃ駄目ですよ。」


■車の中■

「小橋を送っていく三樹子。しかし小橋もつまらん男だねー。駅までで結構ですだなんてさぁ、じゃあここで降りる?って言いたくなるよね。」
「そんな、それもまた意地悪ですよ。駅までは乗せていってあげて下さいよ。」
「多分小橋っつうのはさぁ。ベタに単純に真面目なだけで、つきあってもあんまり面白みはない男なんだろうな。」
「総長には3日で捨てられるタイプですね。」
「おお、鋭いっヤエガキ!」


■直江のマンション■

「このシーンもなっ! 小夜子に色気が足りんのだよなー! もうちょっとこうさぁ…これから何がどうなるのか判ってそこにいるんだろうからよぅ。」
「だからって智子さんがブツブツ言うことないじゃないですか(笑) いくら怒ろうが文句を言おうが、この部屋に行ける訳じゃないんですし。」
「んなことは判ってるさぁ。だけどどうにも直江の方が色っぽいのよねー。三樹子からの電話を受けてチラッと小夜子の方を見て、スッと立っていくその流れがねー。『またそのうち』のところで窓に映るイルミネーションがオーバーラップして、…なんでこのオトコはこうゆう姿かたちで現世(うつしよ)に生きてる訳? 不条理だよこれは不条理。ふむっ。」
「まぁそう息巻かないで下さい。僕ねぇ、ここで気がついたんですけど、フロノスっていう薬の名前は、フロンティア製薬だからフロノスなんでしょうね。実在の薬じゃありませんよねこれ。」
「あーそっか! これまた鋭いじゃんか八重垣! そっかそっか、実在の薬である訳がないんだ!」
「でしょう? まだ認可されていない薬なんですから。そんなものTVドラマで公言しちゃったら厚生省に怒鳴りこまれますよ。」

「そうだよねぇ。1つ利口になったわ。でもこれ直江ってさ、やっぱ自分で命縮めてるよね。強いお酒を麦茶か何かみたく、こくこく喉動かして飲んでさぁ。薬もアルコールも一旦は肝臓に蓄えられるんだから、負担増やしてどうするんだってば。まさかアルコールの摂取量との関係まで、分析してるってことはあるまい。」
「でもいくら直江だって神経繊維がグラスファイバーでできてる訳じゃないんですから、せめて酒には逃げたいでしょう。この時点では女よりもむしろ酒の方が、直江を救える度合いは高かったんだと思いますよ。」
「だろうね。小夜子の『私がいて邪魔だった?』に対しても『いや、別に』だもんね。別に、だよ別に。小夜子も三樹子も、”別に”な訳よね。窓に両手を突いてすがるように川を見て、荒い息を吐いてさぁ。ここで直江を哀れと思わせ得たら、それは演者の勝利ってことよね。」
「ええ、それはそうです。中居が色々と褒められているのは、決してお世辞じゃないでしょうね。」
「ガラスに置かれた右手の指の、これまた美しい事…。いいわぁ星人、至福の時ねぇ。」


■石倉の病室■

「ここで印象的なのはさぁ、石倉に頼りにしてますよと言われて、頑張りましょうねと笑う倫子を見る、その直江の表情ね。こないだは医局で小橋同様、手術には納得できないって言ってた倫子がさ、ここでは全く動じずにニコッと笑ってそんなことを言っている。」
「こういうことがあるたびに、直江は倫子を理解していくんですよ。倫子が直江を理解していくのと同じように、彼もまた少しずつ倫子に近づいていく。」
「そうやって2人の距離は、徐々に縮まっていく訳か…。」


■会議室■

「小橋は小橋でつまらんほど真面目な男だから、なかなか持論を曲げようとはしないね。直江のやり方は医者の傲慢だと、そこまで手触りの粗い言葉を使ってでも、何とか直江を思いとどまらせようとしてるんだ。」
「でも小橋が何を言おうと、主治医の権限は絶対なんですね。院長が何もかも知った上で許可をしている以上、小橋には直江を止める手だては何もない、と。」
「しかしこの上っすべりな正義感が嫌味に鼻についてこないのは、演じる上川さんの力だろうねー。見ていて『ま、これはこれで正しい意見なんだがな』くらいに思えるっていうのは。」
「出方・出し方の難しいキャラでしょうね小橋は。引きすぎず押しすぎず…。まさに助演男優の役割ですね。」


■前室■

「今まで色んな医療ドラマ見てきたけど、こういう消毒のシーンってあたし初めて見た。手術のシーンなんかはけっこうあるでしょう。でも手術前ってああやってブラシみたいので手洗うんだぁ…ってつくづく見ちゃった。本格的だねー。」
「そうですね。医療監修、ちゃんとやってるんでしょうね。」
「だよねー。もちろんさぁ、マスクをつけていく直江の仕草からは目を離さなかったけども、重要なセリフもあったよねここに。」

「ああ、たとえこの手術が嘘だと判っても、石倉は誰も恨まないっていうくだりですね。」
「うん。『聞くのが怖いからだ。』って…これは直江にしか言えないセリフだよね。死んでいく者の本心というか、ただの想像では決して言えない重さがある。真実に裏打ちされているとでもいうかな。ずしん、と響く言葉だよね。」
「倫子は母親との会話によって、『嘘』に対する見方が少し変わってるじゃないですか。だから直江のその言葉に宿る真実を素早く感じ取って、それ以上は何も言わずに、手術室に入っていったのかも知れませんね。」


■手術室■

「さぁ、そしてここが第2回の白眉! 全編通してもここでの直江の表情は、これは賞賛に値するだろうねぇ。」
「確か読売新聞の記者座談会でも、このシーンの中居を褒めてましたよね。」
「うん。3時ジャストに手術が始まって…ってこの時点で手フェチ連合は、もぉ悲鳴あげまくったんだけどさ。」
「ええ、言われなくても判ります。手フェチだったら飛びつくでしょう。」
「3時11分くらいに、ジジジ…っていってたあれは電気メスなんだろうね。皮膚を切ってから腹膜を切るのかな。聞いた話では電気メスって、肉の焦げる匂いとかもけっこうするらしいよ。」
「ああ、なるほどね。生きた組織って簡単には切れないでしょうからね。電気で焼き切るのか、いわば。」

「でもって石倉の癌は予想以上に転移していて、あと2か月もつかどうかなのか。病んだ臓器をじっと見て動かない直江に、倫子は『先生?』と呼びかけるのね。」
「この時が3時30分ですから、本当に開くだけの手術だったんですね。このシーンの間じゅうずっと響いている秒針の音が、すごく緊迫感あったと思います。」
「それにかぶって石倉の呼吸の音ね。糸を結んで、終わった…とつぶやいて、あと2時間ここにいてくれと倫子に言ってから、直江はマスク取って石倉を見つめるじゃない。この表情よこの表情! 見事に役者・中居正広になりきってみせてくれたのは。」
「うん、確かによかったですねこのシーン。セリフではなく動きでもなく、ただ視線と表情だけで直江の心情を表現する。悲しそうな顔をすればいいってもんじゃありませんからね。見事だったと思いますよ。」

「ここで直江が見ていた…ていうか感じて噛みしめていたのはさ、刻々と刻まれる時間(とき)の中に、一瞬一瞬消えていく命の灯(ともしび)と、それへのどうしようもない無力感だったんだろうね。
このひとは、石倉は死んでいく。
何もできずに、自分はただ立っている。
自分の命も、刻まれる時間の中に飲み込まれていく。
虚無と慟哭と諦念と祈り。脈打つ心臓の無言の決意。
その果てにやがては見えるかも知れない、白く透き通った愛(かな)しさ…。
そういうものがさ。直江の中に溢れて溢れてこぼれ落ちていって。命の約束を見守るように、彼は石倉のかたわらに立っていた。
それはやがて倫子にも伝わった。何、とははっきり判らぬまでも、直江の中から溢れでる想いが倫子を立ち上がらせ、直江の隣に並ばせた…。」

「名場面ですねここは。直江の本質みたいなものが、はっきり前面に押し出された瞬間でもあったでしょう。」
「死、ねぇ…。生まれたからには必ず訪れる回帰点だよねぇ。人間ていうのは、いや命っていうのは、どうしてこの世に生まれて死んでいくんだろうね。そこにはどんな意味があるのかね。いや意味なんてないって南波次郎は言ってたけども。」
「その命題は大きすぎますよ。答えを示せる人は誰もいないと思います。」


■石倉の病室■

「手術は無事に…も何もない、たったの30分で終わって、点滴の補充をしてる倫子。窓に映る自分の顔は、これは嘘つきの顔なのかな。」
「倫子としても、いくら”嘘”に対する観点が変わってきたといっても、そんな一瞬にして全てを肯定することなんてできるはずがありませんからね。やはり良心が咎めるというか、本当にこれでいいのかなという迷いはあるでしょうね。」
「そこへやってくる直江。簡単な報告を受けるとすぐに、ここはもういいと倫子を行かせてカーテンを閉める。倫子がドアをあけようとしたその寸前に、背後で異様な物音がする…。」

「この、直江が苦しむシーンですけど、この第2回以降は1話に1回、必ず登場しましたよね。ディレクター談にもこのシーンの中居は色っぽいって言葉があったみたいですけど、…まぁ男がそれを言うのも妙だなと思いますけどね、どうなんでしょうかねそういうのって。」
「どうなんでしょうかねって言われてもな(笑) アタシだって明白にこうこうですとは判んないけどさ、『綺麗な男が苦しむ姿ってのはいいもんだ』ってセリフは、かの青池保子さんも『七つの海七つの空』で書いてるんだよね。うーん…。何なんだろうねこの感覚は。人間て、何かそうゆうあぶない欲求を自然に持ってるものなのかも知れないね。本能的っていうか。原始的にっていうか。」

「うん…。あるのかも知れませんねぇ。確かに苦悩と快楽は、同じ表情ですからね。」
「うっわ、すげーコトゆったぜヤエガキっ(笑) ふふっ。もうっ、悟ちゃんたら、さ・す・がっ。つんつんっ。」
「何ですか。つっつかないで下さいよそんな(笑)」
「まぁどっちにせよ苦しんでいる直江先生は、このドラマの見どころでもあったからなー。それは事実として否定できないと思うよ。」


■ナースセンター〜特別室■

「特別室に謝りにくる3人。このシーンには2つの意味があるだろうね。まずは、嘘でもいいから信じると言ってほしかった、っていう次郎のセリフによる、『全ての嘘が不幸とは限らない』実例。もう1つは、『また直江かよ…』に見えるストーリーの伏線ね。」
「ええ、伏線ですねこのセリフは。次郎が直江を憎み始めるという。」
「でもそのエピソードもさ、結果的にはちょっと中途半端になっちゃった感じはしたね。直江と小橋の対立が中盤以降はあまり描かれなくなったせいなのかも知れないなー。」
「あの女優のエピソード自体、挿入話的な位置付けになりましたからね。その分、石倉のエピソードにぐっとライトが当たったっていうか。」
「ま、それで正解だったろうけどね。」


■石倉の病室■

「直江の思惑通りに石倉は、一時的には元気を取り戻すんだね。すぐにでも歩ける、って起き上がろうとするのを、駄目てすよって慌てて止める2人がなんだかすごくよかったなー。」
「病は気から、とはよく言ったものですね。少なくともこの一瞬は、石倉の気力は病気に勝ってるんですよね。」
「癌だってさぁ、時には気の持ちようで治るっていうもんね。そりゃあ誰でもって訳にはいかない、奇跡と言っていい確率ではあるんだろうけども。」
「人間、ストレスから病気になることはよくあるんですから、ストレスがなくなれば治っても不思議はないですよ。」

「そうだよね。でも石倉の晴れ晴れした笑顔につい泣きそうになってしまう倫子は、これはまぁ無理もないかな。」
「無理もないでしょう。春になると野原にいっぺんに花が咲くのが楽しみだとか、けなげなたんぽぽを見ると元気が出るとか、たまりませんよそんなこと言われちゃ。」
「べそをかきそうになっている倫子を見て、石倉には判らないようさりげなくフォローしてやる直江。優しいよなコイツな、ぜってー。」
「優しい、のもそうでしょうけど、よく気の回る男ですよね。」
「そういう面がさ、ファンとしては中居さん自身のイメージとかぶったりすんのよ。だから一層切ないんだよなぁ、このドラマは。」
「いくら役を演じるといっても、持ち味まで消す必要はないでしょうからね。中居の演じた直江庸介は、やはり細やかな男だったと思いますよ。」
「細やかな男、かぁ…。愛しいねぇ…。ふぅぅぅ…。」
「青毒、兼、直江毒ですね。判りやすいなぁ。」


■廊下〜屋上■

「これって今にして思うとさ、ちょっと珍しいシーンだったね。小橋と倫子のツーショットin屋上。嘘について、っていうか…言ってみれば直江の考え方について話をする2人。ついこの間までは小橋と同意見だった倫子は、今やほぼ直江派に傾いている。と同時に、彼女自身の身の上にやがて襲ってくる運命への、物語的な”救い”の前フリだね。」
「え? 救いの前フリって、それはどういうことですか。」

「つまりさぁ…それがこのロンブル・ブランシュが”総合”座談会である所以なんだけども、全体を俯瞰して見た場合にね? この物語のラストって、改めてまた論じるけどさ、ちょっとばっか問題アリっていうか…ハッピー・アンハッピーに限らず手放しで拍手できるほどの、後味のよさは持ってないでしょう。
それに対して今の段階から、倫子というのはこういう考え方のできる強い女性なんですよと。直江に騙されたと思って自暴自棄になる女ではないんですよと、予めそれを示しておく前フリ? 救い? そういう意味もあるかなーと思って。」
「ああねぇ…。倫子は直江の意志を認め、許し、肯定するであろうと。それを先に言っている訳ですね、ここで。」
「そうそう。伏線とはまた違うけど、物語を破綻させないための周到な構成だよね。実はアタシもよくやる、こういうの(笑) 裏テク裏テク。」


■病院の前■

「直江っていうのもホント、会話にならない男だよね。『お疲れさまでした』のあとで倫子は何か言いたげなのに、挨拶だけでサッサと歩き出しちゃうという…。コートにボールを打ち込んでも打ち込んでも、わざと外側に打ち返してゲームセットにしちゃう感じだよね。」
「それでも倫子はめげてませんよ。バイク押して追いかけてますから。」

「恋愛感情よりはもっと手前のところで、倫子は直江のことを知りたいんだよね。よくも悪くも素直だからな倫子って。石倉さんの笑顔を見ていたら、あの手術が嘘とは思えなくなってきたって、アンタそれはちょっと単純すぎやろー!と思ったけど、直後に直江もまたバサッとさ、『それは無理だろうな』…。これじゃあ取りつく島もないよ。」
「本当に、会話にならない男ですね(笑)」

「かと思うと思いがけずに、心に響くことを言ったりするんだよね。納得した死を迎えさせてあげるために、看護婦としてやるべきことをやれ。そのためにこの病院に来たんだろう…。あの時喫茶店で倫子に言われたことを、直江は聞き流すことなく心にとめてたんだよね。直江って男は優しいのか冷たいのか、倫子にはホント判らなくなるだろうね。」
「だからこそまたさらに、直江のことが知りたくなる。ありますよねそういう心理。」
「そんな2人のやりとりを物陰で聞いている次郎。一波乱ありそうな伏線だったね、この時点では。」

「しかし直江は、毎日毎日タクシーで通勤してるんでしょうか。まぁこれだけの病院の外科医だったら半端な年収じゃあないでしょうけど…どうして自分で車持たないんですかね。」
「やっぱ発作が怖いからじゃないの? 運転中にああなったら完全事故るでしょう。それで病院に運ばれて検査とかされたら、病気だってことがすぐにバレちゃうし。」
「ああ、それはありますね。なるほど。」
「家賃と食費と酒代とスーツ代以外は、お金なんてほとんど使わないんだろうから、タクシー通勤なんて痛くも痒くもないんでしょ。小夜子ともマンションで会ってたってことは、ホテル代もかからないということで。」
「なるほどね(笑)」
「実際、バカにならんからな、あの代金がな。」


■直江の部屋■

「帰ってくるなり激痛に襲われた、って感じの部屋だね。薬と注射器と、カバンまで床に散らかってて。」
「ここでの三樹子が直江をイライラさせていることは、あの煙草の消し方でよく判りましたね。灰皿にこう、シャカシャカシャカってこすってました。」
「三樹子を抱きしめたのも、黙らせるためにすぎないもんね。三樹子が部屋に入ってきた時から、直江は彼女の顔を見てないでしょ。冷蔵庫から缶ビール出して、しかも1本、自分の分だけ。一口飲んでテーブルに置いたのを、三樹子は手に取って飲むというね。2人の心理関係がすごくよく判る演出だと思う。」

「このシーンは全体的に映画っぽいですよね。昔のことは忘れた、ってカサブランカみたいなことを言って直江が三樹子を抱きよせた時、消え残りの紫煙がふわっと立ち昇るじゃないですか。ああいうのはシャレてていいですね。」
「しかし身長差のない2人だよねー。ってソレは言っちゃいけなかったかしらん(笑) だけど直江の方が華奢に見えるんだもんよぅ(笑)」
「まぁ確かにそうですけどね(笑) 若干、危険な発言ですよ。」

「ほんとにあたしのこと見てるの、って三樹子が言うあたりは、イルミネーションの使い方が綺麗だったなぁ。直江の表情にきらきらと光がかぶる演出は、この先もけっこう出てくるよね。映えるから撮り甲斐もあるのかな。」
「でもこうして見ると、けっこう髪の毛茶色いですよね。」
「そうだね。光の加減で特にそう見えるのかも。」


■朝の川原■

「前のシーンの光る川がそのまま朝の映像につながる、と。この場面転換はけっこう好きだなー。鳥の声がよく効いててね。」
「でもこの季節、河原でああいう鳥の声がしますかね。鳥好きとしてはそのへんいかがですか?」
「いや……(間)…… バードウォッチングは未体験なんで、何とも…。」
「なんだそうなんですか。僕としてはどうも、鳥の声っていうと高原を連想しちゃうんですよ。キャンプ場とか林間学校とか、そういうところでの。それ以外の朝の鳥って、スズメくらいしか聞いたことないですから。」
「あー、生粋の渡会人だねぇ八重垣。町なかにもけっこう野鳥っているんだけどね。ヒヨドリとかオナガとか。」

「まぁ鳥の話はそのへんにしましょう。朝から直江は河原で何をやってるんですかね。」
「そーねー。拡大解釈すればだね、夜のうちに汚れた自分を、川という場所で清めたい気持ちが無意識にあるんじゃない? 何かあるごとに直江は一人で川へ来ていた。そのあたりも倫子との共通点なんだよ。」
「川というのは2人にとって、心を休められる場所だったんですね。この朝の、ここでの2人の出会いというのは、ある意味”第2の出会い”というか…清らかな予感を感じさせるシーンですよね。」

「『あるんですね、冬でもたんぽぽ』って言って嬉しそうに笑ってる倫子と、彼女を見つめる直江の表情。視聴者の耳には石倉の言葉が自然に甦ってくるという、なかなかいい演出だよねここも。」
「石倉の言葉が甦る、っていうのが重要ですよね。つらく長い冬が終わり、光り輝く季節がやってくる。けなげなたんぽぽを見ていると、生きる元気がわいてくる…。勇気とか希望とか愛とかいうものの、象徴なんですよね春という季節は。」
「その化身であるかの如く、直江の前に立っている倫子。そこにテーマ曲がかぶって、エンドロールへと続く流れ…。ここはもう実に綺麗ね。目新しさはないんだけどさ、じっくりと感動できるというか。」
「こういう落ち着いた演出は、TBSドラマの特徴かも知れませんね。奇を衒わずに正攻法でいく。」

「でもね、この土手に咲いてるたんぽぽって在来種じゃないよ。」
「何ですか突然(笑) いきなり園芸論ですか。」
「たんぽぽってさぁ、国内に大きく分けて2種類あるの知ってる? 在来種と外来種。外来の方を俗に西洋たんぽぽつってね、わりかし季節を無視して咲くの。倫子が見つけたやつみたいに、根元にくちゃくちゃっと固まって、ロゼッタ状に咲くのも特徴でね。これに対して日本元来のたんぽぽは、大地から立ち上がるみたいにすっと首を伸ばして、ほぼ春だけに咲く種類。」
「へぇぇ…。やっぱり妙なことに詳しいですよね智子さんて。そういえば僕が昔よく見たたんぽぽって、もっと茎が長かったかも知れないな…。」

「何につけても外来種は強いからね。在来種の方が少なくなってきてるんじゃないのかなぁ。それからもう1つ、このシーンのたんぽぽについて、『うっそだぁー!』と思ったことがあるんだよね。たんぽぽの根っこって馬鹿長いんだぞぉ? あんな取り方したら1日で枯れちゃうよ。メインの根を途中でぶった切ってるんだから。野草を植木鉢に植えるのは酷よね。」
「でもここでは石倉を元気づけるっていう、人間的にすごく優しい目的がある訳ですから、たんぽぽにも協力してもらわないと。」
「まぁね。人間が花を切ったり取ったりするのは、つまりは花の命を奪うことなんだからさ、それに見合うだけの真意というか誠意というか、人間の側にそれがなきゃいけないっていうのが華道の基礎なんだそうだ。だからここでの倫子には、花を取るって行為も許されていいよな。死んでいく石倉にせめてもの希望をあげようという、誠意と愛情がある訳だからね。」
「人間のそういう姿は、多分この世で一番美しいですよね。花で飾るにふさわしいかも知れません。」
「美しいといえばここのさぁ、無造作にマフラーを首にかけた直江先生は美しいわぁ…。」
「また最後はそこへ行っちゃいますか(笑)」
「だっていいわぁ星人だぴょ〜ん♪ ぴょんぴょんっ♪」

「やめて下さいってば、可愛くも何ともないんですから。―――はい、ということでですね、危険な直江毒が絶好調になってるみたいなんですけれども、皆さんも十分お気をつけ頂いて…って、もう手遅れな方がいっぱいいらっしゃるのかな。ねぇ(笑) 何しろ爛漫の春ですからね。はい。」
「さっ、花見行くぞ八重垣ぃ〜♪ 美味しいお酒を飲むのだぴょ〜ん♪ ぴょんぴょんっ♪」
「ああはいはい判りました判りました。ちゃんと皆様にご挨拶して下さい。それでは次回までごきげんよう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「青毒満開、ぴょんぴょんぴょん♪の智子ちゃんでしたぁ〜! ぴょんっ♪」
「だからやめましょうってばそれ…。」



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